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—2019年の占星学から見る世界と個人の運気予測—
『マンデーン2019』
レイモンド・メリマン著 [Kindle版]
アマゾンKindleストアにて販売中ですマンデン・アストロロジー/社会占星学に興味ある方にはとても面白い内容だと思いますので、ぜひご一読ください。
内容紹介記事こちらです。

September 13, 2019

🌕9/14の満月 ― みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)

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    満月は前回の新月のテーマが熟し、花開き実を結ぶときです。 この日は太陽と月が、地球を挟んでちょうど反対側にやってきます。0°の新月から始まった地球全体への課題は、満月で180° 対向のエネルギー同士がぶつかりあい補いあうことにより、輝く満月というひとつの「結果」を見せてくれます。それは、わたし達が空間から受け取ったエネルギーをどう昇華し、現実に表現してきたのかを、あらためて見せてくれる「鏡」だと言えるかもしれません。なので満月のテーマは新月の瞬間から色濃く育っていくとも言えるでしょう。そして わたし達はみな満月を超えて、次の新月までにその経験を消化(昇華)し、エネルギーはゆっくりと静まっていきます。それはこの世界に生きるわたし達の意識に与えられたプログラミングの一種かもしれません。そんなシステムをどう使うのか?それとも使われるのか? それはきっとわたし達次第。さぁ、今回はどんな風景が見えるでしょうか? では今月も行ってみます。(^_-)~☆
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★満月タイムスケジュール★
エネルギーが高まる時です。ヒーリング・メディテーションや祈りを捧げたい方は、もし可能ならこの時間帯(ずれるなら満月前がベター)に合わせてみてください。エネルギーの高まりを感じられると思います。

【地方平均太陽時:ソーラータイム(LMT)】
東京・関東ローカルで 9月14日13:56前後、北海道周辺で14:02前後、関西方面は13:37頃(日本標準時ではこの時間)、沖縄周辺で13:25前後に 魚座21°05'で満月となります。

今回のテーマのベースであり、今も背景で発効し続ける新月の大テーマについてはココをご覧ください。
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サビアン・シンボルによる【満月がもたらすテーマと挑戦】
*ここではデーン・ルージャー(ルディアー)版やマーク・エドモンド・ジョーンズ版の解釈ではなく、透視家エルシィ・ウィーラーの伝えた言葉をそのまま書き写したオリジナル版サビアン・シンボルを使ったブレイン・ボヴィの解釈を参考に、アスペクトを加味して書き下ろしています。
*テーマはひとつの意識の流れを表したものです。この流れは順不同に現れたり循環したり、ひとつだけ突出して感じられる場合もあります。また、内容はその時々のアスペクトを意識しながら抽出しています。


【月 魚座21°→22°/ 太陽 乙女座21°→22°】
  🌕 “A little white lamb, a child, and a Chinese servant”
  『小さな白い子羊、子供、そして中国人の召使い』
  🌞 “A girls’ basketball team”
  『少女達のバスケットボール・チーム』
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  🌕"A man bringing down the new law from Mount Sinai”
  『シナイ山から新たな “法” を持って下りる男』
  🌞“A royal coat of arms”
  『王室の紋章』

9月29日新月のベース・シンボル 天秤座5°台
 『真実の内的智識を教える男』に繋がっていく

【テーマがもたらす雰囲気と挑戦(順不同)テーマ発効期~9/28】
 ※満月の場合、1週間~数日前から前倒しで感じられると思います。

→★護られた環境下での無垢さと無知の違いを認識する必要
→★導くこと、教えるという役割に付きまとう責任の重さ
→★プライドや権威を護るために自分を正当化しようとする心理
→★自分が属する集団のアイデンティティを通して全てを判断する危険
→★抗えない運命や定めと思ってきた物事の真偽を再評価する必要
→★“公平な条件” が立場の違いにより不公平を生む現実を見る
→★未熟さゆえの傲慢さや不機嫌で侮蔑的な態度を
    広いこころで受けとめていなす経験豊富な目
    または 上手く利用するためにすり寄る欺瞞に満ちた目
→★他者や自分自身の“内なる子供”を導くために必要な持続力と忍耐力
→★個人的な権利や利益を放棄し、全体のために尽くそうとする精神
→★新たな状況や物事の中で慣れない感覚を抱きながら何かを達成していく
→★社会や人間関係の「権力」や「特権」に付随する膨大な「責任」の重さ
→★正当な義憤と単なる悪意やウサ晴らしの言動との相違が結果として出る
→★自己犠牲か、それを装った支配か、その両極を見抜く必要
→★古い伝統に裏打ちされた美と威厳、または剥がれ落ちる偽の紋章
→★感情/精神/霊的世界など目に見えにくい領域を慎重に見定める
→★おおげさな権威や神秘性でゴリ押しまたは魅了する存在に注意
→★「印象」や「確信」も足早に消えて変化していく人間のサガを見る
→★もの静かに戦闘態勢を整え、もしもの時に備えておく必要
→★ちぐはぐになりがちな感情・精神・行動を整え自分自身に立ち帰る・・・→


★エネルギーのポイント:新月
            『自分自身の安全神話を書き換える』
             
            満月
            『書き換えた安全神話に沿って行動する』

            
190914FM



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  伊豆東部から関東首都圏を襲った台風15号は各地に大きな爪痕を残し、横浜では海沿いの工業団地に集まる中小企業に甚大な被害が出たと聞いています。また特に千葉県では家屋の被害の他にも道路の遮断、停電や断水、固定電話や携帯も不通に。。 今はずいぶん復旧してきたとはいえ、まだまだ厳しい生活を余儀なくされているひと達が沢山... そして直後から不眠不休で復旧に力を注いでいる大勢のひと達も...。台風一過で猛暑は収まり急に秋めいてきたけれど、心身の疲れやストレスはホッとひといきついた後に出やすいもの。無理せずどうかご安全に!

  ただ星をみる限り、これから先も日本は災害に気をつける必要はありそうです。とりあえず何があっても最低限数日くらいはしのいでいけるだけの準備はしておきたいです。世界は凄まじい勢いで動いているし、局地的な武力衝突や内乱、テロや暗殺事件など、不安定な状況は2020年にかけてしばらく続くでしょう。ひとのこころも大地も、噴き上げたり揺れ続けることで、長い間に様々に溜まった埃や澱が浮上する — 全ては人間が創造したものなら、それを何らかのかたちで収めなければならないのも人間。そんな時代を生きるべくして生まれてきたことにも大きな意味があるような気がします。


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  さて、新月は目には見えないスーパー・ムーンでしたね。それは月が近地点に来ていたから。今回の満月はブラックムーン・リリス(BMリリス)とゆるいコンジャンクト(オーブ5°30’程度)なので、遠地点に近い月。なので今夜の中秋の名月は少しだけ小さく見えるかな? この、遠地点の月は比較的力が弱いという説もあります。けれど実際は弱いというよりも「少し俯瞰して自分自身を見つめる機会」と言ったほうが良いかもしれません。

月はあらゆる惑星から送られる様々なエネルギーを感知し、わたし達それぞれに「自分の気持ち」として感じさせる働きを持ちます。なので火星とともに燃え上った新月の強力なスーパー・ムーンは、総体的にひとびとの怒りやこらえ性のなさ、様々なこころの叫びとなって空間に木霊していたような気がします。そして明日はその結実となる満月。今回の満月でもアスペクトを見るとなかなかの厳しさがあるし、テーマも社会や人間の本質を突いてくるところがあって侮れません。海王星ともコンジャンクトで、現実に追われる中でふと夢見心地に誘われる可能性も高いし、BMリリスもちょっぴり「隠れ離人症」みたいな性質があり、放っておくと悪さをしかけてくることがあります。でも、たとえ海王星の霧のただ中にあったとしても、明晰夢めいた現実の中で意識して自分と周囲を見渡し、「これは何なのだろう?」と問うてみる。それはもしかしたら、まだ見ぬ山河を越えていくための強力な羅針盤になっていくかもしれません。

沢山のアスペクトが形成されている今回の満月ですが、時間の都合で今回の星読みもサビアン・シンボルのみになります。また余裕が出来たらアスペクト編も再開しますね。m(_”_)m


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★9月満月のサビアン・シンボル ★


満月のベースとなるシンボル:魚座21°
『小さな白い子羊、子供、そして中国人の召使い』


        ではさっそくサビアン・シンボルをみてみましょう。この組み合わせも何年か前にルネーションで経験した度数ではあるけれど、やはり今年は同じテーマの内にも微妙に異なるニュアンスが浮上している気がします。

今回のシンボル、まずベースとなるのは『 小さな白い子羊、子供、そして中国人の召使い』という、ちょっと謎めいた光景です。このシンボルには三つの異なる要素がひとつのシーンに収められています。
 

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  by EM Framing, Pixabay


  「小さな白い子羊」― イメージとしては、ただただ無垢で可愛らしい存在。「子供」― こちらもイメージとしては無垢で可愛い存在だけれど、このシンボルではそれに加えて、まだ幼く社会的な規範を知らない存在としても描かれているようです。また、特になんのことわりもないことから、この子はおそらくM・E・ジョーンズやエルシィ・ウィーラーと同じ白人の子供ではないでしょうか。

そして「中国人の召使い」― サビアン・シンボルには折りに触れて「中国人」のシンボルが出てきます。これは全て1920年代当時の米国における「移民」という立場を表していると見ていいでしょう。もともとアメリカという国自体が移民の国です。けれど、世界各国から新大陸で成功を手にするという夢を求めて大量の移民が押し寄せるようになると、旧移民(アングロサクソン系プロテスタントや開拓移民など)と新移民(東・南ヨーロッパ系、アジア、南アメリカ系・カトリックその他異宗教・出稼ぎ移民など)との溝が深まり、社会や経済面で人種や民族差別があらわになっていきました。特に大量に渡ってきた中国のひとびとは、当時の一般的な白人米国社会では「米国に溶け込もうとしない異文化の侵入者」「下層の仕事をする人々」などのイメージがあったと言われています。以前もシンボルに出てきた「洗濯屋」「超低賃金の工場労働者」「召使い」などは、そんなひとびとの代表的職業だったようです。このような移民問題と、それにまつわる様々な立場からの不平不満は、これまでもアメリカに渦巻く大きな問題のひとつでした。そしてここ数年は、まるで歴史が一斉に反動期にでも入ったように、あらゆるマイノリティ(そして抑圧されていると感じるひとびと)からの声が高まり、それが極まった現在はマイノリティ同士の間にさえも新たな亀裂が生じ始めています。


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  By Capri23auto, Pixabay


        では、このシンボルに出てくる「中国人の召使い」は、真っ白な子羊や子供に対してどのような思いを抱いているのでしょうか? そして子羊は、子供は、どう感じているのでしょう?

  子羊は無垢でか弱い存在のシンボルです。けれどいつも側に寄り添っているはずのお母さん羊の姿は見えません。この子は群からはぐれてしまったのでしょうか? ならば、誰かが世話をしなければ生きていけません。子供はふわふわして温かく、可愛い目をした羊をきっと気に入るでしょう。純粋な気持ちで子羊と友達になりたい、ペットにして可愛がりたいと思うかもしれません。けれど、それにはきちんと世話をする方法を知り、身に付けなければなりません。ここでそれを教える役目を果たすのは、きっと人生経験を積んだ中国人の召使いなのだと思います。

この真っ白な子羊は、魚座が包含する「霊性/魂」の一番純粋な顕れ ―「無垢さ」を暗示しているのかもしれません。そして人間の子供は、まだ手つかずの生き生きした感情と未発達な自我、そして好奇心に満ちあふれたナマの肉体的欲求(何でも触って口に入れてしまうような)をも表しているように見えます。子供は純粋であると同時に、邪悪さや危険が至るところに(自分の中にさえも!)潜むことをまだ知らず、やりたい放題のワガママにもなってしまいます。ならば、かしずきながらも教師の役割を果たさねばならない中国人の召使いは、苦労と経験を積んできた人間の精神、そして成長した自我を顕しているのでしょうか...。


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  こう考えてみると、このシンボルには人間世界に見られる二つの道が示されているように見えます。まず一つの道筋はこんな感じかな。

…→ 魚座の最高の顕れとされる、自分の「霊性」を守り育てるためには、まずその存在に気付き、慈しむこころが必要。そして同時に、騒々しい社会の中で、純粋な感性をどう護り、どう育てていくかを知り、そのためにどうしても必要となる「自己規範」を確立する必要がある。

…→ それには自分にとって人生で何が一番大切か?という問いに対する自分なりの答を「核」として経験を積み、大人としての忍耐力を身に付ける必要がある。自分を生きる「霊性」または「わたしと呼ばれるいのち」に仕え、護れるように。ゆるぎない感性を鍛えていくための自立した精神性を保てるように...。

  小さな白い子羊は、あどけない子供をひたすら慕います。子供はそんな子羊が可愛くてたまらず、召使いに助力を求めます。『ねぇねぇ、この羊、飼ってもいいよね?』 召使いはおそらく主人筋にあたるだろう子供を、人種・文化の壁や差別という世間の波を乗り越えて慈しみ、これまでの人生で蓄積してきた智恵を用いて導くかもしれません。たとえば、こんなふうに言うかな?『きっとそれはお父様がお許しにならないでしょう。でも、わたしの所で面倒をみることは出来ますよ。坊ちゃんは内緒で遊びにいらっしゃい。どうしたら羊と仲良く出来るか教えてあげましょう』なんて...。


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  中国人の召使いはそのとき、弱々しく見える真っ白な子羊が実は彼/彼女にとってもかけがえのない存在 ―「普遍的な魂の象徴」であることを深く理解しているのかもしれません。ここではわたし達「人間」という存在を構成する「霊」―「肉体」―「精神」という三つ組(または三角関係)の象徴と、その間をスムーズに流れていこうとするエネルギーの構図を見てとることが出来ます。

  けれど、それはあくまでも「理想」としてのカタチです。魚座の霧はそうすんなりと晴れてはくれません。もうひとつ、今という現実をふまえて考えられる道があります。

  可愛い子羊を見て子供は『ボクが世話をする!』と言い張るかもしれません。『ぬくぬくした羊を抱っこしてボクのベッドで一緒に寝るんだ!』 なんて言い出すかもしれないし、おやつのキャンディを子羊にあげようと思うかもしれません。でもそんなことを許したら、召使いは雇い主である子供の親に厳しく叱責されるでしょう。何も知らない子供の思いどおりに子羊を扱わせるのは、その子にとっても子羊にとっても危険なことかもしれないのです。そしてまた別の側面も考えられます。当時の米国社会で召使いにかしずかれた子供なら、やがて責任ある地位に就き、広い世界に立ち向かってひとびとを導かねばならない運命の下に生まれている可能性があります。だとすれば、きっと幼いうちに、自分が生まれた世界の厳しい一面を学んでおく必要があるでしょう。無垢と無知はまったく違う。天真爛漫とやりたい放題も違う。生き物を友とすること、関係をもつことは、相手が動物であれ人間であれ、自らの選択に対し責任を引き受けること...。


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  けれどもしここで、召使いが自分の虐げられた境遇を恨み、天真爛漫な子供の恵まれた境遇を妬ましく感じていたらどうでしょう? きっと子羊に対しても『お前はいいよね。たまたま真っ白な子羊に生まれたってだけで何の心配もなく可愛がってもらえるんだから... ふん、 世の中は本当に不公平だよ!』なんて考えていたとしたら? ...そこには果てしない鬱屈と羨望、そして自分自身のこころが生み出す分断の淵からふつふつと湧き起こる怒りと抑圧が見てとれます。それは、たとえ一瞬の想いであったとしても、いつ頭をもたげるかわからない凄惨な闘争の芽となり得るでしょう。つまりここに描かれるもうひとつの光景は、「霊」―「肉体」―「精神」の三つ組みが逆流を起こし、精神が病み衰え、闘争が肉体を蝕み、やがては霊の死が訪れることを暗示する道です。

けれど...大なり小なりこういう構造や意識の流れって、わたし達のこころの中で、社会や人間関係のただ中で、大きくは集合体の総意として、わりと普通に起きていることじゃないでしょうか...?

 
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満月に光を放射する太陽のベース・シンボル:乙女座21°
『少女達のバスケットボール・チーム』


       一方、月に光(人間意識)を与える太陽側のベース・シンボル、乙女座21°『少女達のバスケットボール・チーム』はどうでしょう。 この度数は4年前に日蝕が起きた位置でもあり、最長6年と言われる蝕の効果で強化されているかもしれません。

  米国の女子バスケットボールの歴史は19世紀末から大学対抗試合として始まりました。参加者はモダンでお転婆で裕福なお嬢様方だったようです。当時はまだまだ「飛んだり跳ねたりするのはレディのする事ではない!」という風潮が強く、チームを作るだけでも社会的な偏見と闘い、まずは「互いに競い合う権利」を勝ち取る必要があったそうです。だからきっと、このチームの選手達はそれぞれに個性が強く、自分の意見や主張をはっきり持っていたのではないでしょうか。


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  先進的な考えを持つ彼女達は、抑えつけられるような状態を良しとはしなかったと思います。必死にドリブルの練習を続ける子、恋の悩みに気もそぞろな子、親にも兄弟にも内緒で参加した子、戦うことがそのまま自己表現になっている子…それぞれの想いを抱えた勝ち気な少女達。誰かが笛を吹いたとしても、最初から足並みを揃えるなんて、とても無理だったかもしれません。けれど、試合が決まれば話は別。だってやっと勝ち取った「試合する権利」です。それぞれの悩みをひととき忘れ、自分自身のプライドとアイデンティティをかけて「敵チームに勝つ」という共通の目的の下に集まり、それぞれに割り当てられた役割を果たさねばなりません。

  参加した目的はそれぞれ異なるかもしれない。それに最初から上手な子
もいれば、どんなに練習しても上手くいかない子もいます。そうでなくても少ないメンバーです。技量の差が歴然としていても、チームに期待することが全然違っていても、カバーしあって共に働く必要があります。その過程では沢山の問題が起きてくるでしょう。『あの子は自分が目立つことばかり考えている』とか『せっかく頑張ってるのに足を引っ張らないで!』とか。。 未熟さからくる口論や喧嘩、葛藤。そんなときの少女達は、ひとりひとりが自分だけの「子羊」を抱きしめて地団駄をふみながらイヤイヤする子供なのかもしれません。今抱きしめている子羊が本当は何なのかもまったく知らないままに...。


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  外部(親・周囲・世間や社会)から押し付けられた「純白のレディ」という衣装を脱ぎ捨て、自分の体で、自分の力と技で、自分だけのアイデンティティをつかみ取りたいと願う……これは日々を生きるわたし達の姿でもあります。それと同時にわたし達は、チームとして、集団や集合体の一部として、競合社会の中でそれぞれの役割や責任を果たすことも求められます。これもまた、何かに属すことによって得られるアイデンティティや身分であり、わたし達はそれに支えられることによって、自分という存在を護り育てる基盤を得てもいるからです。それはわたし達のほとんどが普段は気付くこともない「特権」なのかもしれません。

想いや期待や意見の違い、力の格差を乗り越えてひとつにまとまること。そして「敵」― 試練や危機、災難とせいいっぱい戦い、耐えて打ち勝つこと。あるいはチームの一員として黒でも白でもなく渾然一体となり、その中でひたすら自分の本質を出し切ること。白いドレスを脱ぎ捨てて、少女達は元気はつらつ!... けれどまだまだ未熟な彼女達を導くコーチはきっと大変だったのではないでしょうか。コーチは無垢なこころを持つ少女達のひとりひとりを、自分自身の人生経験に照らして判断し、導こうとします。おそらくその方法論は、子羊や子供の無垢さとは異なる、彼/彼女自身が紡ぎ上げた個人的・社会的・文化的な世界観で成り立っていたでしょう。ではもしそれが、度重なる苦い体験の印象から「こうでなければならない」と堅苦しく凝り固まっていたら? 当時の米国で大学教育まで受けられた「上流女性」達の “文化的特権” や、格差への不公平感で歪められていたとしたら...?


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  ...最善と最悪が極小の粒子となって、ふうわりと優しい混沌の霧を創り出す魚座。...極大と極小、見る者と見られる者がひとつの存在として重なり合い、解釈の違いによってどうにでもなる “シュレディンガーの小箱” みたいな魚座。 そんな魚座の行程を2/3ほど過ぎた最終ディーカンで起きるこの満月。ここで浮き彫りにされる二つの道 ― 光景は、そのときどきで下すわたし達の判断が、大きくも小さくも、それまで自分達が目にし、耳にしてきた物事から紡ぎ出された「印象」の集積に過ぎないことをさりげなく気付かせてくれる気もします。

みんながこころを開いて互いを受け入れ智恵を出し合えば、それは大きな経験として共有していけるかもしれない。これは社会的な理想です。でも、わたし達ひとりひとりの経験は、広大な世界から見ればとても狭くプライベートなもの。だからもし本当の意味で共有出来るものがあるとすれば、それは個としての経験や記憶の後ろに茫漠と拡がる漆黒の闇だけかもしれない。生と死が入り混じり、生きとし生けるもの達の夢がまどろむ深く豊かな存在の闇。そしてそれが何なのかを本当に識っている存在は、もしかしたら...ことばを知らぬ小さな子羊だけ。 わたし達は自分が抱きしめている子羊を通してその深く豊かな闇を互いに覗き込み、ただ受け入れていくことが出来るでしょうか?


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満月のメイン・シンボル:魚座22°
『シナイ山から新たな “法” を持って下りる男』


        さて次に満月のエネルギーが向かう先は、メインのシンボル『シナイ山から新たな “法” を持って下りる男』です。これには旧約聖書の「出エジプト記」に出てくる有名なモーセと、神が彼に託したといわれる「律法」のイメージが濃厚に重なります。このシンボルはモーセの話と密接に繋がるものなので、そのお話から始めてみますね(とは言ってもわたしも詳しいわけではないので、もしも間違いなどありまたらご指摘ください)。

        モーセは120才まで生きたと言われています。彼の人生は前のシンボルと共通する「数の要素」を持っています。つまり、三つの時期に分かれているんです。そして、そのうち最初の40年はエジプトのハトシェプスト王女の庇護のもとで育てられ、安楽に過ごしました。当時エジプトではイスラエルの民は奴隷化され、迫害されていました。そんな中でも彼の場合は殺されそうなところを奇蹟的に助けられるなど、とても幸運な巡り合わせで生き延びていました。ところがある日、彼はイスラエルびとを打ち据えていたエジプト人を怒りにまかせて殺してしまったのだそうです。そこから、彼の失意と逃亡の40年が始まります。


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 シナイ山麓 聖カタリナ修道院


  その後、彼は遠い砂漠の地でひとりの羊飼いとしてひっそりと暮らし、結婚もして、腰を落ち着けて時が過ぎました。ある日、タベラと呼ばれる地を通ったモーセは、燃えても燃えても燃え尽きない枯れ柴を見て不思議に思い、近寄りました。すると神の声が聞こえてきて、彼ら民族の神である「ヤハウェ」であると名乗ったのだそうです。そして、虐げられて苦しむイスラエルの民をエジプトから脱出させよと命じられました。その時、神は彼に『ここには土足では入れない、靴を脱げ』と告げました。その言葉は彼に「人生の全てを捨ててかかれ」という暗示でした。 

  ここでモーセがすぐさまその通りに出来たかと言えば、そんなことはありませんでした。全てを捨ててまで自分が属する民族を救うなんて大それたことを、何故自分がしなければならないのか? せっかくここまで生き延びてきたのに...と迷いに迷い、何度神に促されてもなかなか腰を上げられなかったそうです。その意味では、彼は人生の2/3を「普通のひと」として生きたのかもしれません。

  けれどやがて、彼は神の声に従ってエジプトに戻り、ファラオにイスラエルの民を脱出させる交渉をすることになります。彼の最後の40年です。神の助けもあって運良くエジプトを離れられても、大勢の民を連れて旅することは当然ながら苦難の連続でした。ファラオの軍勢に追われて食べ物や水にも事欠き、やがては『これならエジプトにいた方が良かったじゃないか! 上手いこと言いやがって、騙された!』なんて不平不満をもらしてモーセを非難する人々が出て、かなり不穏な雰囲気にもなります(これは国のリーダーや政治家と大衆、プロジェクトのリーダーと下部のひとびととの関わりで今も世界中で見られる光景かもしれません)。


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  けれどその都度「神の奇蹟」を顕したモーセは、すでにベールで顔を隠さないと輝く光でまともに見ることも出来ないとされたほどの宗教的英雄になっていたと伝えられます。やがて旅の一団がシナイ山のふもとに辿り着いたとき、神が山の上に顕れ、モーセを招きました。山上に登った彼は、そこで神から十戒を授かり、ひとり下りてきました。そしてこの時「イスラエルびと」と「神」との「契約」が成立したのだそうです。

  その後も「神の民」の歴史は長く続いてきました。それは建国の闘いの歴史でした。ユダヤ教からはキリスト教が生まれ、またイスラム教も源は同じでした。けれど今も、それぞれに宗教的、政治的、それに経済の問題も複雑に絡んで闘争を孕み、世界をゆるがす問題の根源ともなって尽きることがありません。イスラエル/パレスチナ問題、そして最近は特に米国急進左派層にも拡がる親イスラム&反イスラエル主義とユダヤ人差別。またユダヤ/シオニスト絡みの陰謀論も絶えることがありません。一方、キリスト教の最高権威として長く世界に君臨してきたバチカンの威光も度重なるスキャンダルによって衰えを隠せない今、至高であるはずの神に関しても、ひとびとの周囲は濃霧に覆われているように見えます。地球規模で見ても、いったい何が真実で何がウソなのか、 “適正” なグレーゾーンはどこなのかさえもわからないような状況だと言えるかもしれません。


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  至高で純粋な力であるはずの「神」という存在。けれど、もし神が存在したとしても、その力が生身の人間に託され、それが聖化されて権威となり、ひとびとによって都合良く解釈され始めたとき。そこにはまた別の、とても “人間的な” 「魔の力」が入りこむのだと思います。

わたし達人間はこの長い闘いの歴史を終わらせることが出来るでしょうか? 長く水面下に隠されてきた過去は、これからも次々と浮上してきます。社会的にも、個の経験としても。現ローマ法王を決めたコンクラーベは、ちょうどこの度数で新月が起きたときに開かれました。キリスト教社会に大きな影響力を持つバチカンの指導者方は、この宇宙からの挑戦を知っていたでしょうか?

        このシンボルには、ごく普通の人間でしかないわたし達が、ある機会を得て「力」を持ったとき、または身近にそれを感じたとき、その「力」と「特権」をどう扱うのか?という問いかけが含まれています。それは、わたし達それぞれの中に住む、純粋で真っ白な子羊をどう育てていけるのか? 純粋な “Calling”(自分自身を存在たらしめている「核」から微かに響いてくる「声」または「音」)にどう応えるのか? という問いでもあります。

旧約聖書やモーセの物語、そして宗教絡みの闘争という問題は、世界規模のスケールで展開していきます。けれど、その話の中に潜む本質は、実はわたし達の日常にも姿形を変えて常に起きていることではないでしょうか? 
 

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  ここで「力」とされているものが、民族や国を救う力でも、職場のゴタゴタをまとめる力でも、パートナーや家族との絆を確かなものにする力でも、またはSNSや動画サイト、ブログで自分の意見や気持ちを発信する力だったとしても。 その力によって本当に大切なものを護り生かしていこうとすれば、そこには常に大きな忍耐と、ある種の犠牲がつきまといます。けれどその覚悟を持たないとき、責任を負いたくないとき、わたし達は自分を安全な場所に置いてひとを動かそうとします。そして気に入らなければ批判し、不平不満をもらします。

そこに在るとき、ひとは自分が「犠牲者」であることさえも、他者より優位に立つための盾とすることが出来ます。そしてそんな盾と盾の隙間から、内部に溜まった澱を世界に向かって吐き出すことも出来ます。けれどそれは、見知らぬひとびとの中に新たな怒り、妬み、恨みを呼び、力と力のぶつかりあいを生み出していくでしょう。あるときは派手に、あるときは密やかに。互いに自分の、自分達だけの、力や正当性や特権を護ろうとして…。これは日々、ネットやメディアで、あるいは日常の暮らしの中にもよく見られる光景です。そこに勝者はひとりもいない、そんな闘い。そしてその闘いのさ中で真っ先に傷付き喪われていくのは、小さな白い子羊の姿、わたし達の内なる霊性の種子なのかもしれません。


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満月に光を放射する太陽のメイン・シンボル:乙女座22°
『王室の紋章』


  では月に光を与える太陽のメイン・シンボルを見てみましょう。『王室の紋章』。この月と太陽・表裏二組のシンボルをよく見ていくと、この乙女座のシンボルはひとつの物事を地上的・社会的な視線で捉えているのに対し、魚座のシンボルは同じことを天上的・霊的、または宗教的な側面から捉えているように思えます。

        『王室の紋章』( “王家の紋章” でも良いのですが)。これは連綿と受け継がれてきた伝統の重さ、積み上げられた地位や血統、そしてそれらがもたらす特権を表すものです。そして、国家やそこに居住する人々を先導する役割を担っていること(担ってきたこと)を意味しています。今は王家による直接的な統治制度を廃した国が多いけれど、それでもこの紋章を受け継いだ人々は、友好国である限り世界のどこに行ってもその国が持つ最高権威の継承者(または象徴)として最大の敬意を持って扱われます。


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        この「紋章」はその昔、深い森や荒れ地、険しい山、見渡すかぎりの敵陣の中で郎党を率い、道なき道を切り拓いた人々の血脈の証しです。多くの血を流しながらも、人々の安住の礎を築いた先祖達の偉業の印ともされるものです。その偉業を果たすには、絶大な権力を持つことが必要でした(戦乱の時代にもし合議制を敷いていたら一丸となった闘いなど出来ないし、奇襲に即応することも出来なかったでしょう)。 王のことばは即ち「法」であり「輝き」でした。また『王室の紋章』は戦いの中で絶対に譲ってはならない一線、護るべき誇りをも意味します。騎士達は自らが仕える王家(国家)の旗印をかかげ、その紋章に託された集団の命運のためにいのちと名誉を懸けて一騎打ちを行いました。もしかしたら近代の戦争でも、たとえば戦闘機のパイロット達の心理には似たような側面があったかもしれません。現代でも勇壮な国歌や軍歌にその片鱗が色濃く見られる国は沢山ありますね。

       さて、魚座22°の月は「神」から「力」を負託され、乙女座22°の太陽は「ひとびと」から「力」を負託される。。 この二つのシンボルに共通して浮かぶのは「選ばれし者」のイメージです。そして「法」と、それを施行するための「権力」でしょうか。善と悪とが混沌と入り混じる人間社会では、人々が一団となってまとまりながら平穏に生きていくために「法」が必要になります。そしてその下に守るべき「規則」や「規範」そして文化的・局所的な「社会常識」が出来てきます。


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  また、特権階級である王や貴族の生涯にもモーセの生涯にも「ノブレス・オブリージュ」として知られる、選ばれし者が負う重い責任がついて回ります。それは「統率者に権力を負託した者達(国民や大衆、または神なる存在)に対する義務」。命を差し出すことを暗黙の了解とした「契約」でした。これもまた「法」です。おそらく究極の「法」とは、この世の境界を超えた先に存在するはずの「聖なる意志」を源泉とするものだったのかもしれません。

  一方、独裁的王権を持たなくなったわたし達の時代はどうでしょう? 世の中を見渡すと、沢山の「法」や「ルール」に溢れています。そして皆が口々に『これが正しい』『いやそれはおかしい。完全に間違ってる!』『いやこっちこそが正しい。 そんなことも理解出来ないなんて頭が悪い証拠だ!』などと、国境を越えて罵り合ったりしています。

それぞれがより良いと信じる「法」をかかげて自らのアイデンティティとし、あちこちに様々な主義主張が溢れるさまは、まるで意識の世界で永遠の戦いが始まっているかのよう...。昔なら、イデオロギーを広めるためのツールは活字やダイレクトな集会や対人関係、あるいはせいぜい拡声器くらいだったかもしれないけれど、今はネットの世界で誰もが自分の「意見」自分の「法」を発信するようになりました。そしてカーディナル・クライマックスから昨今の木星・海王星の下、それぞれの多様な文脈を、より発信力を持つ著名人やメディアが汲み上げてさらに誇張(木星)と欺瞞、誤読、誤解(海王星)を混在させながら拡散するというシステムが成立してしまったように見受けられます。そんな中では以前メリマンさんが書いていたように「信じられるものなど何ひとつない」ということだけが真実なのかもしれません。


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  こんなときは、なおさら統率者が「ノブレス・オブリージュ」を果たす姿を示すことが重要になりそうです。けれど、もし彼らが責務を果たしていたとしても、今、便利に見えながら複雑になってしまった社会の中で、それを明確に、しかも信頼に足るかたちを通して示すのはかえって困難かもしれません。加速していく世界の中で、わたし達は1秒でも早く結果を知りたがります。そしてチラリと見てはすぐに忘れていきます。そんな現代社会で『王室の紋章』はどんな輝きを放てるでしょうか? リアルと幻影の区別が曖昧な今、声高なパフォーマンスや受けの良いレトリックが主流になれば、その反動は暴力という形をとって顕現するかもしれません。その兆しは比較的平穏に見えた世界においても見え始めています。...そういえば、1950年〜1960年台にテレビが普及して以来、電気や電磁気、電波や電子を介したメディアがひとびとの認知の道筋を全く別物に変化させるだろうと、当時のメディア理論家/文明評論家のマーシャル・マクルーハンは50年以上前に予測していました。そして、その流れは今も留まるところを知らない勢いで進化しつつあるようです(あ、話が横道に逸れてるかな…😓)

  うーん...じゃ、この満月はわたし達にとって何を象徴しているんだろう? 自分自身にとって絶対の「法」、消えることのない紋章の「重さ」や「輝き」って何だろう? そして「譲れない一線」や「力」とは何を指すのだろう? 宗教者ならすぐに答は出るのかもしれません。また、道を求めて歩むひとも「これだ!」と感じられる何かをこころの内に持っているかもしれません。確固とした政治的信条や「こうあるべき何か」を明確に描いているひともいるでしょう。けれど漠然とした不満を抱えながら、これまで培ってきた自分の世界観を護るために使える目新しい「法」を盾とし、その隙間から人生の不満や鬱屈した想いを槍のように突き出しているひともいるかもしれません。まるで『こんな世界に誰がした!』とでもいうように...。けれどそんなひとのこころの奥底にも、まだ純白の子羊はきっと生きているのではないでしょうか。そして、見出され、抱きしめられるそのときを、じっと待っているのかもしれません。


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  何か本当に大切なもの。ずっと護っていかなくちゃいけないもの。絶対に妥協出来ない物事… わたし達はそれぞれにそんな「とても大切なもの」を、漠然とでも抱えて生きているような気がします。たとえそれが「ことば」で表現し得ないものであったとしても。でも『何もないよ、大切なものなんて。その日その日をただ生き暮らしてるだけ。どうでもいい』とか『ただ虚無を見ているだけ…』なんてひともいるかな。ならばその「虚無」や「どうでもいい」状態こそが、今 自分の内部で真正面から対峙すべき大切なものなのかもしれません。そんなタイミングに来ているかもしれません。「自分なりの安全神話」が崩壊し、それを書き換えるとき。そして、これからはきっと、それを生きてみるとき。

       こうしてみると、今回の魚座の新月の度数は両方とも、いかにも魚座らしい「挑戦」を提示しているように思えます。そして、魚座のミルク色の霧の中には途方も無い激しさが隠れ潜んでいることを暗示しているのだとも。

魚座ってもともと、究極の理想や慈愛、平和を希求する星座宮です。でもわたし達がその境地を現実に手にするには、いくつかの関門を通り抜けていかなくてはなりません。それを避けて通れば、手に入るのははかない夢や幻想、そして意識の海底に横たわるかすかな罪悪感と、永遠に逃避し続ける自我の深い眠りです。


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  海王星とBMリリスが近くに控えるこの満月の前後で、わたし達は身近な対人関係や集団、いえ、もしかしたら自分自身の中にも、ある種の狡猾さや無責任さを見て怒りや嫌悪を感じることになるかもしれません。または本当に虚無や孤独を感じて身動きが取れず、うずくまるひとがいるかもしれません。なぜなら今、満月のロード土星は月のSノードとコンジャンクトし、そこに小惑星アグニ(焼き尽くす霊の火)とヴェスタ(燃え続ける霊の火)からクァドリフォームが形成されているから。これは「トールのハンマー」または「神拳」と呼ばれるグループアスペクトで、頂点となる惑星に強烈なフォーカスを当ててきます。今回はその拳を打ち込むのが、小惑星とはいえピンポイントで来ればじりじりと燃え立つ炎で対象を照らす「火」の星達です。なので感受性の強いひと、ネイタルで霊の火の要素が強いひとなら、何かを感じ取るかもしれません。

また、今回は牡羊座のエリスに対しても、オルクスとジュノー、そしてセレスからクァドリフォームが形成されています。エリスの原型には、加速する世界の中で断片化し、継ぎはぎと穴だらけになってしまった「自分」をあちこち探し回って次々と不和を創り出しながら、その中で自分を確かめようとする働きがあります。そんなエリスに焦点を当てるオルクスとジュノーの働きを放っておくと、やたらに誰かを批判したり喧嘩をふっかけたいような気分にさせられるかもしれません。

でも、このフォーメーションをもう一歩踏み込んで受けとめるなら、オルクスが「理解を深めて相手に通じることばを発するために、目の前の問題を熟考する必要があること」を示唆し、そしてセレスは「実りある対人関係のためには互いの着地点を探る必要があること」と囁いているのがわかるかもしれません。ただし、それは事なかれ主義や周囲の期待をくみ取って迎合することではありません。エリスは不和の星という要素を持ちながらも、「互いに分かち合うことで得られる深い満足感を探求する」という位置に在ります。事実は事実として明確にねばり強く伝えていくことも必要。鍵となるのは社交辞令でもスマートさでもなく、目前のリアリティに対し真摯に取り組む姿勢。その結果としてそこから何が得られるか?  たとえそれが思わぬ道筋だったとしても、オルクスが漕ぐ冥界の渡し船に乗る勇気を持つなら、少なくとも悔いはなさそう。このアスペクトがヒットするひとには、たぶんこれがヒントになるかも? だから、もし上に書いたような経験をしたとしても、自分も、誰のことも、責めないでください。このシンボルには、身を焼く火の壁を突破するための「門」もまた暗示されているのだから。


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  シナイ山から下りてきた男は、自分にとっての「神」なるもの、つまり「純粋で至高なる存在」の下で、履き物を脱ぎ捨てました。その時彼は自分の人生の全てを、とても大切な何かに託す覚悟を持ったのだと思います。そしてその時から、それが「自分の意志」=「力」となり、また同時に「それ以外の全て」ともなりました。これを「今見知っている “自分” 以外の全て」…って、言い換えてもいいのかな。 

これは真っ白な子羊を通して預託された力であり、究極の問いです。『見る覚悟はあるかい? それを負う覚悟はあるかい?』って...。大きな覚悟、そして小さな小さな、ささやかな覚悟。ひとによっては「覚悟」なんてことばでは表現出来ない、もしかしたら意識さえ出来ないほど微細でありながら、それでいて強靱な何かへの意志かもしれないけれど。

今は見る影も無くなってしまったように思える『王室の紋章』。けれど、わたし達の内界を統べているのは他ならぬ「わたし自身」です。それは、誰? 自分という存在を率いる「王」は、誰? 「紋章」はたぶん、ひとりひとりの中に刻まれてる。だからわたし達は、自分に対して「ノブレス・オブリージュ」を果たしていく。自分自身の生に対して。それはきっと、まだ見ぬ「白い子羊」なのかもしれない...。


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  本当に色とりどりのわたし達。でも。きっと、満月の下に抱くそれぞれの小さな想いこそが、今 感じるべき大切な「法」への一歩、小さな結実なのかもしれません。

  これから先のルネーションにも、新たに創造的ともいえる挑戦のテーマがどんどん出て来ます。そろそろセットアップも佳境に入るころ。けれど、だからこそ。無理に力を入れることなく、一番シンプルな自分に立ち戻ってみて。深く、深く。頭もこころもその瞬間まっ白にして、ひと呼吸いれて。

で、『何だろう?これ』って。実は「法」には何も書いてなかったりして。そして本当は今、それが一番大切なことだったりするのかも...?😊



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have a great trek!!!★
hiyoka(^_^

September 01, 2019

レイモンド・メリマン 週間コメント9/2【金融アストロロジー】

http://www.mmacycles.com/
レイモンド・メリマン・コラム  2019年9月2日(フリー版より)

翻訳:hiyoka  
文中の日付・時間はすべて米/東部時間です。
自身の学習のための翻訳文です。日本語になりにくい箇所は意訳があります。また知識不足による誤訳があるかもしれません。原文は上記サイトで無料で閲覧できますので、よろしければそちらもご参照ください。またご意見やご感想、間違いのご指摘などいただけましたら嬉しいです。また投資日報社さんでは無料コラムには記載の無い情報や、文中のメリマン用語の解説も掲載されるそうですので、そちらもぜひご覧ください。 翻訳者はこの記事をアストロロジー学習者向けのエッセイに近いものと捉えています。詳細な相場予測や何らかのトレードを推奨するものではありません。投資に関するアドバイスをお求めの方は投資日報社さんまたはMMAサイトにて「講読版」をお求めください。また文中の * は翻訳者によるものです。原文が "ファンキー" な時は、時々お節介な訳注が入るかもしれません。
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今週は ≪短期ジオコズミクスと長期的考察≫ のみの抄訳になります。

  また来週9月9日付のコラムはお休みさせていただきます。

米国市場はレイバーデーの祝日のため月曜は休場です。


≪短期ジオコズミクスと長期的考察

    ジオコズミックな相関性から見て、9月は世界の株式指数にとって非常に重要な月になろうとしている。というのは、9月2日〜30日の間に50週サイクルに対して40%かそれ以上の相関性を持つ5つのジオコズミック・サインが展開するからだ。これはかなりの数だ。以下に拙著『The Ultimate Book on Stock Market Timing, Vol 3: Geocosmic Correlation toTradeing Cycles』からその日付けと相関性のパーセンテージをピックアップした。
9月2日  太陽・火星コンジャンクト(43%)
9月10日 太陽・海王星オポジション(43%)
9月18日 土星順行(43%)
9月21日 木星・海王星スクエア(40%)
9月30日 金星・冥王星スクエア(55%)

  上記と比較すれば8月と10月は、50週サイクルの天井または底に対し40%かそれ以上の相関性を持つジオコズミック・サインはそれぞれたった1つしか形成されない。9月に形成されるジオコズミック・サインの中間点は9月16日で、私達はこの日±1週間以内をこのサイン群のピークと見て注視している。

これらサイン群のそれぞれは、アストロロジーにおいて「ハードアスペクト」と認識されるもので、世界の集合意識のムードがある種のストレスに曝されることを示唆している。それでも過去をふり返れば、私達は「非合理な活況」をもたらす木星・海王星のアスペクトが形成されるにつれて株価が史上最高値に舞い上がるのを見てきた。9月21日はこのアスペクトの今年3回目の形成日だ。過去2回のケース(2019年1月13日と6月16日)において、株価は非常に強い反騰を見せた。厳しい下げが8月26日、この最後のアスペクト形成まで3週間弱というところで終わったことから、これが再び示現するように見える。

  しかしながら、この木星・海王星スクエア最終形成のちょうど3日前、9月18日に順行する土星の存在が異なる結果の予兆となるかもしれない。木星(誇張)と海王星(希望と切望)が象徴する膨大な多幸症状態の中、何か良いニュース(たとえば貿易協定など)の発表に世界が期待を寄せるものの、それが現実にならず結局は失望する筋書きを私達は過去の観察結果から知っている。今回もまた同じことだろう。ただ反動としての失望の度合いはより深まる可能性がある。何故なら土星は失意と損失の原動力に関連するからだ。

もちろん、土星が持つ最もポジティブな象意には、関わり合う全ての側がフェアプレイ精神を遵守しながらゴールに向かうことに専念した結果、重要な物事を達成するという可能性も含まれる。だが「ルールを遵守し続けること」や「達成」という状況は、木星と海王星が互いにスクエアを形成する時、自然に見られる状況ではない。このコラムで以前から何度も述べているように、木星・海王星が互いに関わり合う時は読む事、見る事、聞く事、全て信じることが出来ない。むしろそれらは単なる噂や偽の希望に過ぎないことが多いのだ。世界でポジティブな話題、たとえば貿易協定が取り交わされる寸前に来ているなどと取り沙汰される度にそれは起きてきた。貿易協議が再開されるだろうとの見通しが発表されるたびに、投資コミュニティーが株価をせり上げる。そんな事が続くというのも不可解な話ではある。だがもしかすると、今度こそ進展があるのかもしれない。そしてこうした想いこそが、木星・海王星下での共通感覚なのだ。

  9月2日〜14日に太陽、金星、火星の全てが木星・海王星スクエアにTスクエアを形成し、一方9月6日〜19日には土星・冥王星コンジャンクションにトラインを形成することを考えれば、話し合いのテンポは進むと思えば後ずさりという調子で揺れ動きそうだ。後者はすこぶる建設的で、長期的な合意との同期が可能なシグナルだが前者は異なる。9月の株式市場が、人を惑わす噂と正確なニュースやファクトの間を行きつ戻りつする新しいニュースやらプレスリリースが出る度に上下するかもしれないというのはこれが理由だ。何がどんな状況にあるか、それを突き止めるのは困難になる、それが9月だ。これはなにも米国 — 中国間の貿易戦争に限ったことではない。ブレグジットの行方にも当てはまることだ。

今月は話し合いの場が用意されて進展が伝えられる限り、株価は騰がる。だがこれも再び偽の希望と「非合理な活況」という木星と海王星の話法に沿った話かもしれない。そうした話し合いが物別れに終わったとたん — 私が予測するとおり再度相容れずに終わるとすれば — 株価は下落するし、おそらくそれは非常に激しいだろう。射手座の木星がもたらす天井をもってこのサイクルは終わっていく。そしてその後2020年~2022年、木星は山羊座、水瓶座、そして魚座を運行していく。それは長期サイクルの安値が示現するサイクルとして歴史に刻まれている時間帯だ。または楽観的に見るなら、それは勇気 — とキャッシュ — を持つ者にとって、あえて闘技場に参加することによって株価(とおそらく不動産価格)がとてつもない価値を生み出す時期となるだろう。

  視点を今週に戻せば、宇宙は乙女座にコンジャンクトする太陽と火星に彩られて始まる。これは以前、株式市場が8%かそれ以上下落し、それが終わって反騰が始まると述べたアスペクトだ。下落は先週8月26日に終了したように見える。しかし戦いはまだ終わっていない。世界の労働者(乙女座)はストライキ決行への準備を整えている可能性がある。

また米国ではカレッジフットボール・シーズンの始まりでもある。太陽・火星が競争のシグナルでもあることから、多くの記録が破られこれまでの金字塔が砕かれるエキサイティングなシーズンになりそうだ。だが願わくは、骨を砕く事故が沢山起きないよう祈りたい。これは新しいプロジェクト(または新たな抵抗運動)をスタートさせるには幸先の良い時期だ。乙女座の火星は完璧主義の傾向があり、喜ばせるのが難しい組み合わせだ。だが分析的なスキル、または運動技能に優れた人々には追い風になるだろう。

今週は楽しんでほしい。だが最初は慎重に考えぬくことだ。慌てて急な行動に走らないよう気をつけねばならない。あまりにジリジリして衝動的になれば、それはミスや事故に繋がる。軽挙妄動を慎み、忍耐強く、思慮深くあるべきだ。その上で取り組んでいる物事に情熱的になれるなら、それは今回、きっとあなたを成功に導くだろう。





訳文ここまで
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August 29, 2019

🌑8/30の新月―みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)

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    新月は前回からの課題を経て、次の新月までの約1ヶ月をかけて取り組む新しいテーマが開示される時。 そしてこれは生まれた星座に関係なく、地球に生きるわたし達みんなに平等に降り注ぐエネルギーです。わたし達はこのエネルギーを使って日々、自分なりに考え行動していきます。その現れはひとの数だけ様々ですが、やがてはお互いに影響しあいながら、社会・国・世界の潮流を作っていきます。これは言い換えると、わたし達を取り囲む「空間の雰囲気」です。星読みの世界から見れば、誰もがその中で生き、そのテーマに呼応して・・(素直になったり、反抗したり、無視したりしながら・・)自分なりの人生を創造していると言えます。 その意味でも、刻々と変容していく惑星エネルギーの流れをおおまかに知っておくことは、きっと何かの役に立つのではないでしょうか。
    例えば... シンボルの光景やキーワードを覚えておくだけでも、何かに迷った時の指針になるはず。ではでは今月も行ってみます!(^_-)
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★新月タイムスケジュール★
願い事やアファメーション、ヒーリング・メディテーションなどしたい方は、もし可能ならこの時間帯に合わせてみてください。エネルギーの高まりを感じとれると思います。(^_^)

【地方平均太陽時: ソーラータイム(LMT) 】
東京・関東ローカルで  8月30日19:56前後、北海道周辺で 20:02前後、関西方面(日本標準時ならこの時間)は19:37頃、沖縄周辺では 19:07前後に乙女座 06°46’ で新月となります。

前回の新月のテーマについてはココ、満月についてはココをご覧ください。

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サビアン・シンボルによる【 新月がもたらすテーマと挑戦 】
*ここではデーン・ルージャー(ルディアー)版やマーク・エドモンド・ジョーンズ版の解釈ではなく、透視家エルシィ・ウィーラーの伝えた象徴の言葉をそのまま書き写した「オリジナル版サビアン・シンボル」を使ったブレイン・ボヴィの解釈を参考にし、アスペクトを加味して読んでいます。
*テーマはひとつの意識の流れを表したものです。この流れは順不同に現れたり循環したり、ひとつだけ突出して感じられる場合もあります。また、解釈の内容はその時々のアスペクトを意識しながら抽出しています。


【月・太陽♍️乙女座6°~7°― 発効期:8/30~9/28 】
🌑🌞”A merry-go-round”
   『メリーゴーラウンド』
            
🌑🌞”A harem”
   『ハーレム』

【テーマがもたらす雰囲気と挑戦(順不同)~9月28日】
ひとによっては数日前から前倒しで感じられると思います。
新月から満月を経て次の新月まで共振し続けるキーワードを抽出しています。

→★人生で味わう山や谷を巡りめぐるサイクルの一環として眺めてみる
→★社会的なシステムの中で自分のポジションや
    しがらみを保とうとするこころのメカニズムに気付く必要
→★一度踏み出したら後戻りは出来ない状況を前にこころを決める
→★人生を社会的な力を強化するための螺旋階段と見るか...
     または流れの外に出て行き交う全てを幻のように眺める
→★気ままな旅を選ぶか目標に向かって進む航路を選ぶかという選択
→★決まり切った安定路線を外れ、欠乏感を満たすために脇道に逸れる
→★現状から抜け出し他者より高みに昇るために特定の集団に加わる
→★必要な利益を得るために自分自身の一部を犠牲にする状況
→★自分の欲望を誰かに投影しその成功や美を歓ぶ、または失敗に落胆し怒る
→★危機を怖れ快適さと安全を願ってひたすら閉じこもりたくなる気持ち
→★自分なりの「緊張」と「弛緩」のリズムを知って活用する
→★外の世界を知らないための偏狭さや「島国根性」的な世界観に注意
→★安全圏に避難する時と
    あえて勇気をふるい打って出るべきタイミングを見分ける
→★「タブー」や「禁断」とされる人生領域へと安易に誘う声に注意
→★危うい物事を「目撃した」または「知っている」と吹聴する行為
→★全体への責任を負わずに保護や特権を当然と感じる傾向とそれへの逆風
→★「平等」や「公平性」ということばの裏にひそむ矛盾を見ていく
→★自らの分を知ってたとえ窮屈でも現状を維持し向上を目指すか
            タブーとされる荒野の冒険に出るかの選択・・・→

魚座21°台の満月へと続く


★エネルギーのポイント:
 前回の新月『制御不能な世界を自己制御によって渡る訓練』
             
 今回の新月『自分自身の安全神話を書き換える』
                   
            
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  猛暑の8月ももう終わり、明後日からは9月。陽の落ちた木立からは虫の音が聞こえ始めました。いつもならホッと息をつく気分なのだけど。世界/社会では毎日のように物事が新たな展開を見せ、あるいは加速的に進行していて、あぁやはりセットアップの年なんだな… と感じます。


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  そういえば、カーディナル・クライマックスのただ中にあった5年前の秋、このブログにこんなことを書きました。

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…カーディナル・クライマックスが始まって以来、沢山のことが起き、今も様々な波が生まれては寄せています。世界は音を立てて変化しつつあるし、惑星達を見る限り、これは動きがおさまれば元に戻るというような変化ではなさそう。人間も、社会も、大地も。『この世でただ一つ、変わらないのは変化するということだけ…』メリマンさんはだいぶ以前のコラムでカーディナル・クライマックスを評し、こう言っていました。これを本当の意味で体感する5年という月日はもう始まっています(そしてその後に続く4年間の試行期に繋がる道も…)。周囲の状況や出来事が、そしてわたし達自身の内面までもが日々 "変わってしまうこと" を、わたし達はごく普通の日常だと感じ始め、受け入れていくようになるでしょうか?

きっと「良いこと」も起きれば「悪いこと」も起きる。個人的にも、社会的にも。もちろん、これまでもそうでした。けれど今までと決定的に異なるのは、カーディナル・クライマックスの惑星配置を背景として、そこに「根こそぎ」感覚が潜んでいることです。

そのせいもあって、敏感な感受性を持つひと達は、言葉に出来ない大きな不安を感じるのではないかと思います。言葉に出来ない不安。それをわたし達は必死に説明しようとします。『きっと○○がXXだから不安なんだ…それさえ何とかなれば…』 そのひとの信条や人生経験によって、いろんなバージョンの理屈づけが出来るでしょう。けれど、こうした合理化によってこころが本当に休まるかどうかはわかりません。なぜなら、星々がわたし達に示唆しているのは 『解など無い』 という場所からもう一度出発し直すことだから。

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  天王星・冥王星スクエアというカーディナル・クライマックスの中心部が終わり、セットアップの年とされる2019年も2/3が終わろうとしている今。わたし達はすでに物事のとてつもないテンポアップと複雑化に慣れてしまい、それをごく普通の日常として無意識に受け入れているようにも思えます。 それとも、そこはかとない不安が背中に貼り付いたように感じながらも、変わらぬ人生の機微に一喜一憂しながらそれぞれの人生を生きているのかな? 昨日があり、今日があり、そして明日がやってくる。大抵のひとにとってそれは変わらないとしても。わたし達が立つ大地と空間はじわじわと、でも本当に根こそぎシフトしてきたと思うし、これからもそれは続くでしょう。


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  前々回のメリマン・コラムでは、来年起きる土星と木星のコンジャンクション=地性星座宮から風性星座宮へと移りゆく長期の文明シフト「グレート・ミューテーション」について触れられていましたね。けれどこうした文明シフト(人間精神のシフト)は、誰かや何かの力によって一方的に変えられるわけじゃない。宙にひしめく無数の星々のネットワークから放射されるフォースを使い(またはそれとともに踊って)、わたし達ひとりひとりが自分の人生を創りあげていく、その行為の集積が膨大な流れとなり、歴史を創っていくのです。

あ、冒頭からなぜこんな話をするのかというと、今回の月がちょうど近地点に在泊する強力なスーパームーンだから(満月と違って目には見えないけれど)。また今回は前回の金星に代わって新月図のロードとなる火星が月、太陽にコンジャンクト、他に金星、水星、ジュノーも揃って獅子座から乙女座に移行し、乙女座のナチュラルハウスである6室に入ることなどを考えると、この新月がまた新たなシフト・ポイント(またはスイッチ)になるひとがいるんじゃないかな?と思ったからです。 世界という巨大装置の歯車が回る、カチリという音。それに呼応するかのように、こころの内側深くで何かが微かに ピンッ と鳴る。...それはそんな感じで起きるのかもしれません。その音は微かかもしれない。けれど、その余韻は体内に長く響き続けるのではないでしょうか。


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  とはいえ、今回の新月が起きるのは現実派で細部の整合性にこだわるとされる乙女座の第1ディーカン。テーマもかなり社会的な意味を帯びてきそう。ならもしかして、この新月がなんらかの形でネイタルに触れるひとは、社会的な意味での選択を通して新しい一歩を踏み出すのでしょうか? 騒がしく忙しい世の中にあって先行きの見えにくい今、もう一度足許を見つめて。こころの平衡を保ち、今ここに。自分自身がどう在るのかを眺めてみる。行くのか? 留まるのか? うん、決めた。けど、ならばどうやって? 

乙女座の惑星群に相対するのは強力な魚座の海王星が放射し続ける幻の霧。そこには美しい夢もあれば、底知れない怖れや疑念もあります。それは何かが明確に形をとる前に一度溶け崩れていくような混沌。だから無意識を通してやってくる導きは、マインドで掴もうとすれば儚く消えていく。

それでも信頼していくしかない。けれど、いったい何を? 


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魚座の海王星

  1998年11月。海王星は行きつ戻りつの後、本格的に水瓶座の旅を始めました。そこは理性と知をもって『We are the world!』という理想を追求するリベラルな星座宮。そこで天王星とともに多様な世界を結ぶコンピュータ/インターネット・カルチャーを育んできた海王星は、わたし達がカーディナル・クライマックスのゲートをくぐった2012年2月、最終的に魚座入りを果たしました。そして、現在魚座17°台の中間地点を逆行しながら再び行きつ戻りつし、最終的に牡羊座入りする2026年1月まで、自ら支配する魚座に滞在します。この約14年にわたる強烈な魚座の海王星の下で、良くも悪くも日々こころにじわじわと浸潤してくるその力をダイレクトに感知するのはとても難しいと思います。

けれど広く世界を、社会を見渡して「最近なんだかなぁ...」と思うとき。あるいは「人間も捨てたもんじゃないな...」と感じるとき。または日常のさりげないやり取りの中で誰かの無償の優しさに触れてこころが癒やされたり、逆に「自分が(または誰かが)こんな目に遭うなんて許せない!」という情動に駆られるとき。そこにはきっと魚座の海王星がこっそりと...他人の顔をしながら忍び寄っているかもしれません(他の惑星とも連動しつつ)。


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  海王星に関連する主な徴候は、漠とした希望、優しさ、自己犠牲、えも言われぬ魅力、芸術、理想主義、宗教心、傷ついたひとびとに手を差し伸べる行為。逃避行動、言い訳、責任回避、被害者意識。そして形を持たない哀しみ。 あるいは社会(共産)主義、病院、慈善団体、内密の行動、隠蔽、噂話、混濁、錯乱、集中力の欠如、薬物やアルコール、支離滅裂さ、狂信性... etc.

天王星・海王星の水瓶座時代、風の知性をもって「あらゆる違いは乗り越えられる」とばかりに包括的な多様性を押し進めてきた世界。グローバルという夢。けれど魚座の海王星の下ではそんなふうに表層を整えた世界観に対する様々な反動が噴出しているように見えます。

魚座は水性、つまり「感情」が力を持つ領域です。また12星座宮の終着地点であり、スッキリと割り切ることなど出来ない言語化不可能な感情が無意識の層に堆積しながら溶け崩れていく領域でもあります。きっとだからこそ、魚座には人間としての最善から最悪までもが存在し、ときに幻となって噴き出すのではないでしょうか。ならばいくら理性で解決しようとしても、知力で制御しようとしても、人間って最後の最後には感情によってしか動かないと言えるのかもしれません。


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  たとえば米国を見ていると、コンピュータの黎明期を牽引してきた知的リベラル層がいまや目を覆いたくなるほど感情的な急進左派を生み出し、高邁な理想の下に意見の違うひとびとをファシストと名付けて断罪するような流れが目立ちます。反論には即座に傷ついて報復するし、話し合いの余地もないありさま。テックモンスターと呼ばれる巨大IT企業は平和の名の下におおっぴらに個人のプライバシーを覗き検閲を行い、大手メディアは良くて切り取り、ともすれば完全なフェイクニュースを流す(これ、本当に驚くことが沢山あります)。ジャーナリストはクリエイターと化し、思い入れをこめて報道という名の作品作りにいそしみ、性別や出自によって細分化したアイデンティティで断片化されたひとびとは、互いに深い疑心暗鬼に陥っているように見えます。それは同じ国の中で「カルチャー・ウォー」「コールド・シビルウォー」などと呼ばれる状況。これはたまたま米国の社会世相をあれこれと追っていて感じることではあるけれど。今、日本を含めて世界中が多かれ少なかれ似たような情動の渦の中にあるのではないでしょうか。

  そういえば前回の満月、水瓶座22°台のメイン・シンボルは『腰を下ろして両手足を振る大きな熊』でしたね。そしてテーマのポイントは『制御不能な世界を自己制御によって渡る訓練』でした。おそらく鍵となったのは水瓶座の持つ理性や知性だったはず。どうでしょう?上手く使えたでしょうか? で、今回は繊細だけどちょっと手強い乙女座の新月。向こう岸には、ひたひたと冷たい湿り気を帯びて輝く海王星。 理性では御しきれなかったこころのわだかまりを。漠とした不安を、胸に溜まった想いの澱を。魚座の水辺に映りこむ自分を、その自分を動かしている歯車の本体を... ゆっくりと覗き込むようなひと月の旅になるかもしれません。


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  ならば信頼していくしかない。でも、だから、いったい何を? 

  今、ここに在り、生きていることの絶対性を。そう... もしかしたらその原点まで降りてみること。そこには自分が知っていた強さや弱さなどはるかに超えた何かが ひっそりと、何にも惑わされることなくただ呼吸し続けているのかもしれないから.....

海王星が魚座を去り、牡羊座入りする2025年~2026年。世界は再び真新しいアイデンティティを探り求めて激しく動き始めるでしょう。そこからしばらくはおそらく「風」と「火」の時代になります。(土星と海王星が牡羊座入り、その後天王星が双子座入り、冥王星は水瓶座を運行)だから今、魚座の海王星がわたし達のこころに入り込み、人間の感情が持つどうしようもなさ、それがもたらす愚かさや哀しさ、そして幻の彼方にほの見える「美」や「希望」を見せるのなら... それを味わい尽くしてみるというのもまた、これからを生きるわたし達それぞれが選択してきたことなのだと思います。


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★8月新月のサビアン・シンボル★


新月のベースとなるシンボル:
乙女座6°『メリーゴーラウンド』

(補完、または対象的な位置付けとなるのは対向の魚座6°
 『正装した将校達のパレード』)


  今回もまた、数年前に満月を通して経験した度数です。けれど当時とはまた異なるニュアンスのテーマが強調されているようにも思えます。そのことをふまえながら、もう一度ふり返ってみますね。

  以前、こんな童謡みたいな詩?を書きました。

  回る 回る メリーゴーラウンド
  調子っぱずれな オルガンの調べ
  ぴかぴか光る イルミネーション

  乗るひと 見るひと 賑やかに
  上がって 下がって 下がって 上がる

  木馬は回る どこへも行かず
  ひたすら巡る メリーゴーラウンド♪


merrygoround


  ここはきっと休日の遊園地。親子連れや恋人達、家族や友人同士、沢山のひと達で賑わっています。回転木馬に乗って手を振る子供達。その笑顔を微笑みながら写真に撮るひと。メリーゴーラウンドって本当に昔からある遊具です。それが今でも遊園地の主役のひとつとして生きていて、大人も子供も楽しんでいるって、凄いことかもしれません。ところでメリーゴーラウンドに音楽は付き物だけど、このシンボルが降ろされた1920年代のアメリカの遊園地ではどんな曲が奏でられていたのでしょう? 古い映画の中に見られるメリーゴーラウンドのBGMには、今聴くとどこか懐かしいような、もの悲しいようなイメージがあります。

これは1950年代の曲だけど、なんとなくこんな感じかな?



  曲に合わせて小さく揺れながら、スーッとせり上がってフーッと下がって。ゆっくりゆっくり、ぐるぐると回る木馬たち。

色とりどりの木馬にまたがった子供達は『このまま終わらないといいな。ずっとずっと、永遠に回りつづけたらいいのに..』なんて思うかもしれません。何故だかわからないけど、そこは別世界。上がれば、下がる。昇れば、降りる。まるで人生の浮き沈みのように、永遠に回りつづける別世界。けれど本当の人生とは違う。馬から振り落とされることもないし、そのまま空に向かって駆け出すこともない。たぶん、安全。そして、どこにも辿り着かない。それに本当は、全て機械で動いている世界。カタカタと、回りつづける歯車。

        人生では日々沢山の物事が起き、出逢いがあり、そしてあつれきがあります。わたし達は自分の力を証明しようとして、または相手を説得しようとして、思い通りに生きたくて、日々頑張っています。様々なことばを用い、イメージを使い、怒って見せたり、優しい笑顔で自分をアピールしたり。ときにはじっと耐えたりして。その対象は他者とは限りません。他のひと達に背を向けて、自分の中で、自分に向かってそれをやることだってあります。これ以上傷つかないで済むために。あるいは自分を護るために。その結果として、きっちり片を付けて(またはそう感じて)納得出来ればひとときの安らぎを得るし、状況に負ければ落ち込んで堂々巡り。これはちょっともの悲しいメリーゴーラウンド。この新月の下では、自己批判や他者批判、落ち込みや昂揚感の回転木馬に乗って、上がったり下がったりしながらぐるぐると回り続けるひとが出てくるかもしれません。うん。それもまた、人生。でも...


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  この度数に対向する魚座6°のシンボルは『正装した将校達のパレード』です。本当に対象的ですね。それに、魚座というよりこちらのほうが乙女座で、メリーゴーラウンドのほうが魚座に似つかわしいような気もするけれど?

パレードする将校達はおそらく儀礼装と言われる最高位の制服に身を包んでいるのでしょう。もしかしたら、士官学校の祝賀行進かな? それとも記念日や国賓を迎えての軍事パレードかもしれません。自衛隊観閲式の映像を見たことのあるひとなら、およその雰囲気は掴めるのではないでしょうか。彼らの行進には儀仗兵のドリルに近い厳密さがあります。号令に合わせた機械的なその動き、無表情かつ精悍な顔つき。制服が象徴するエリートっぽさ、責任感、そして強靱な意志力と勇敢さ。ぴたりと同じ方向を見つめる厳しい視線は国威と勇猛な武力のアピールです。これ、ひとりでもしくじって調子を狂わせたらきっと大変。何故ってきらびやかな将校達のパレードが真に目的とするのは、『この軍隊とはけっして戦いたくない....』と見る者に思わせるだけの武力とともに、その武力を担う者達の一歩も退かない決意の固さや意志力を、将来敵となるかもしれないひとびとに誇示することだから。つまりこれは「間接的防衛活動」の一環であり、血みどろの戦争に至る前に持てる力を美にまで昇華させて脅威とし、同時に自国のひとびとに誇りを与える — そんなイメージの戦いでもあるのだそうです。だから将校達は、一糸乱れぬ行進を見せながらも何処かに辿り着こうとしているわけじゃない。ただぐるっと広場を巡りめぐってみせながら、イメージVSイメージの戦闘を続けているんですね。


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  けれど考えてみれば制服は、一種の鋳型とも言えます。社会の中で、わたし達はいつの間にか色とりどりの制服を身に纏います。アイデンティティ、主義主張、どこに生まれ、どこに住みどんな仕事をして暮らしているか。学歴は? 収入は? 認知度は? 意識的にも無意識下でも、わたし達は様々な制服を着込み、それらしくふるまおうとしているのではないでしょうか? 社会人という制服。自由人(ノマドとかかな?)という制服。大人、子供、高齢者、若者、強いひと、弱いひと、マジョリティにマイノリティ、意識高い制服にロウワーな制服。夫や妻。男、女、どちらでもないひと、どっちでもあるひと、異端に鬼畜にハンパ者、宇宙人やら地球市民……もう、数限りない制服。着る制服、着せられる制服。脱いでみせるための制服。そしてまた、同じ制服の中にも自動的に生成される、上下格差をデザインした制服やバッジ。 その究極は「わたし」という一張羅の制服。どこまでもセルフィーをまとって自分の世界を回り続けるわたし達。もしかして、世界という名の遊園地には巨大な鏡の迷路があって、そこに「人生」という名のメリーゴーラウンドが設置されているのかな...?


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  何処にもたどり着かないメリーゴーラウンド。ときには昇り、ときには落ち込む、それは楽しくもあり、哀しくもある円環路。それが良いとか悪いとかじゃない。ただ、きっと今。わたし達は今着ている制服に似合った木馬に乗って、何処かを巡りめぐってる。じゃその制服、またはこころの鋳型を創り上げ、ぐるぐると同じところを回り続ける内的メカニズムっていったい何だろう? 何がわたし達をそうさせるんだろう? 木馬にペンキで描かれた何も見てはいない目。凜々しい将校達の、一切の感情を消し去った目。それぞれの制服を身にまとうことは、たぶんとても安全で、護られることでもあるのだと思う。でも、もうそのままではこの先何処にもたどり着けないとしたら…?

今、もしかしたら... これまで「わたし」を動かしてきたメカニズムにヨレが生じ、ガタついてきてるひとがいるんじゃないかな? もしそうなら、この新月期には『そろそろリニューアルの時期が来たよ!』という呼び声が聞こえるかもしれません(時にはそれが、ちょっと痛い思いをともなうものであったとしても)。

これから先しばらくの間。濃く垂れ込めた雲の切れ目から、微かに聞こえる新しい調べに導かれて。何かことばにならない感覚に動かされて、声高らかに『選択した!』とも言えないほどの精妙さをまといながら。そっと一歩を踏み出すひとがいるのかもしれません。

  さぁ回転木馬は軸から放たれて、駆け出すだろうか? 将校達は新たな戦場へと旅立つのだろうか…?


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では、メインのシンボルにいってみましょう。
新月のメイン・シンボル:
乙女座7°『ハーレム』

(補完、または対象的な位置付けとなるのは対向の魚座7°
 『ゴツゴツした岩に横たわる十字架』)


  『ハーレム』。そしてその対向には『ゴツゴツした岩に横たわる十字架』。ここでも再び「安全」というキーワードが浮かび上がります。今の惑星配置からすると、これは「安全」や「護り」といくばくかの「特権(または不利益の解消)」を確保するために何かを犠牲にしつつ、それでも一方では全体の利益となるために何かしなければと感じて行動してみる…または行動への欲望が高まる...そんな感じのイメージかな。

ハーレムといえば、権力やお金を持つ人々によって部外者と会うことを禁じられ、囲われて暮らす複数の女性達が居住した領域...というのが代表的なイメージでしょうか(もともと「ハーレム」とはアラビア語で「禁断、禁じられたもの」を意味することばだそうです)。


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  ハーレムに「自由」はありません。外に出ることは出来ない… その代わり、不満さえ抱かなければ、大きな力によって護られているという安心感があります。外界での暮らしには付き物の、予想外の出来事や事故・事件に遭うこともないだろうし、暮らしの心配もありません。主にとっての自分の価値(魅力)が下がらないよう努めてさえいれば、きっと戦火からも護ってもらえるでしょう(内部では常に目に見えない競争が付きまとうのだとしても)。

  一般的に見て今のわたし達には考えられないことだけれど、昔の女性にとってそれはある種の特権でもあったようです。ハーレムに留まりその規範に従って生きている限り、食べ物や衣服に困ることは無いし、巷の規範にも縛られることなく贅沢に暮らすことも出来ました(実情はどうあれ、1920年代米国のハーレムのイメージはそうだったようです)。権力者と繋がっていれば、外界に残した家族の生活も保障されていたかもしれません。

そのときどきの、安心、そして安全。生きていく上ではとても大事な要素です。自然災害に襲われたり、何か大きな事件が起きたとき。日頃忘れがちな生きるためのサバイバルに直面するとき、わたし達はその大切さを思い出します。 だから自分の分を知って「安全地帯」に留まることもまた現実的な選択だし、そこに生きながら、時間をかけ、エネルギーを使って力と立場を築いていくことだって不可能ではありません。


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  ハーレムといえばとても特殊な環境に感じられるけど、その構造が象徴する現実を考えてみると、男性・女性に限らず今のわたし達だって「社会」や「国」という名のハーレムの住人だと考えることも出来ます。いくばくかの自由と安定を手に入れるために、妥協しながらも懸命に生活を支えているのだとしたら…。

けれど、世界という大きな括りの中では、個として絶対に譲れないギリギリのラインを保つためにあえて妥協しない、という選択をするひともいるでしょう。もう、それは頑固なまでに。もしそうなるとすれば、自分がその道を選んだように見えても、傍目にそう見えたとしても、本当は選択の余地が無いほど行き詰まった状態に来ていたのかもしれません。他に道は無い。いや本当は、最初から無かった。ならば残された道を行ってみるしかない。たとえそれが危険に満ちた迷いの道だったとしても。禁断の道だったとしても。そしてとどの詰まり、その結果を受け入れるしかない。『必ず新しい道が拓けてくる、きっと何処かに辿り着くんだ』と信じて。同じ道を行くのも選択。新たな道を行くのも選択。いずれにしても、必ず新しい挑戦は待っている。そしてこの新月期、その道を示しているのは『ゴツゴツした岩の上に横たわる十字架』かもしれません。


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  「十字架」というと、やはりキリスト教会の屋根に立つあの十字架をイメージしますよね。でもこのシンボルで描かれる「cross」は、もっと一般化したイメージで「十字形に組まれた標識」を指すと考えられます。魚座は宗教性を帯びた星座宮なので「信じる」という意味ではキリスト教の十字架も含まれるけど、おそらくそれでは意味が狭まってしまうでしょう。このシーンで出て来る原語の「cross」は「crossroad markers」つまり交差点に立つ標識を想起させるとB.ボヴィは指摘しています(たとえば古代ギリシャで旅人の守護や厄除けとして十字路に置かれていた「ヘルマ」と呼ばれる石柱のように)。じゃ、その示唆に沿って、この対向度数もちょっと覗いてみましょうか。


  ……今「わたし」はハーレムの住人。でも、そこから逃げ出したいと思ってる。溜まりに溜まった不満があるから。決まりきった生活の外に出てみたい。自由になりたい。ひとりになりたい。やりたかったことを思う存分やってみたい。誰かのために生きるのはもう嫌だ…。

そんなある日、夢を見た。ふと気付くと「わたし」は険しい山道に立っている。そこにあるのは大きな岩。ゴツゴツした岩肌の上に、十字形の標識が置かれていた。ん? 何処からか落ちてきたのかな? いや違う。岩だらけの険しい道には標識を立てる場がないんだ。最初から、ここにこうして置かれていたんだ。

前方に目をやると、霧の向こうにうっすらと十字路が見える。ならばこの標識が道しるべ? 右か、左か、それともこのまま真っ直ぐ行くのか…それとも戻る? いや、戻るなんてあり得ない。だってふり返っても今来た道はもう消えている。刻の輪とともに生きるなら、きっと前に進むしかないんだ。

自分を護ってくれる壁も、ふかふかの絨毯も、着替えもなければ食べられそうな草も生えていない、そんな荒涼とした山道。全ての虚飾が取り去られたむき出しの岩肌。この先、何があるかは誰にもわからない。ポケットにも何もない。見回しても、今まで自分のものだと思っていたものなど何ひとつなかった。たったひとり。果たして自分は耐えられるだろうか? けれど、そんな風景の中に、ぽつんと置かれた「わたし」のための標識。 

でも人生の選択って、本当はそんなものかもしれない。本気で選ぶなら。考えて、あらゆることを考えぬいて、感じて。踏んばって立って。そして、体に響く微かな音を聴いて。さぁ、どっちへ行こう?


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        このエネルギーは、人生上の大きな決断として顕れるとは限りません。もしかしたら日常のほんの些細なこと、誰かの行動やひとことによって浮上してくる一瞬の感情と、そこから拡がるある種の「気分」として経験することもあると思います。 それでも、何かがひそやかに結実を迎えようとしています。頼るべき基準など何も無いように見えても、心地良さや安心感を手放すことになっても、タイミングが来たひとなら。きっとそこからごく自然に一歩踏み出すでしょう。ならば、自分の背中をどんなエネルギーが押しているのかを知り、どんな想いが溜まっているのかを自覚して歩を進めることには大きな価値があるのではないでしょうか。


  けれど慎重さも忘れないで。『悪魔は細部に宿る』これが乙女座の合い言葉。無謀な冒険と「それしか無い道」 とは決定的に違います。たとえ妥協を許さぬ道を行くにしても、安全や安定を選んで現在の場に留まるにしても、今は本当にいろんな欲望のエネルギーが交錯し、綱引きをする時期であることもこころに留めておきましょう。それが十字路を覆う霧の正体でもあるのだから。

たとえば駆け引きや小さなウソで逃げたくなるエネルギー。自分に対しても、他のひと(または見知らぬ罪びと)に対しても、報復や罰を与えるのが当然だと感じる燃え上がるような原動力(それはおそらく自分自身が経験している「理不尽さ」の投影)。深いこころの傷から目を逸らすための無茶な行動。はかり知れないひとの気持ちや物事の背景を考える余裕を失なわせる無意識の強い衝動。ひそやかにエネルギーを吸い取る寄生者を切りたくても切れないという葛藤。わかっているはずなのにまた同じ事を繰り返してしまう、自分の前に立ちはだかるその壁をどうしても超えられないという感覚。自分の直観を信じられなくなり、疑心暗鬼に落ち込ませるエネルギー。あるいは幻想に基づく強い使命感(ドン・キホーテ的な)、または罪悪感。良かれと思いながらつい犯してしまう誤り。そして限りあるいのちに残された日々を数えながら抱く、この先何かが起きるのではないか?という漠とした不安と期待感。動きたい、何とかしなくちゃ!という衝動。うーん、このところ乙女座 — 魚座間を行き交う惑いのエネルギーは複雑で細やか。何でもアリに見えて、一筋縄ではいきません(ゆったりかまえて想像力の翼を拡げ、思いを巡らすには良いのだけど..)


August


  いえそれでも、だからこそ。ハーレムの素敵なソファーに寝そべって、主の居ない間にひと休み。盛夏から秋への変わり目に、耳を澄ませて見えない月を感じてみる。 

『これでいいんだ』 ふと、呟いてみた。

すると即座にこころが問い返す。『本当か?』

『さぁ...どうだろうね』 

半分本当で半分は嘘。 だってそんなの割り切れやしない。でもそのままが、今のありのまま。そしてありのままが、少しずつ 少しずつ 深まっていく。体中にひろがる霧が、いつしか すっと透明になっていく。 ん。なんか口角、上がってる? 「わたし」の中で、歓んでるのは何?

  そのとき。目の前にひとりの女神が立つ。その名はヘカテー。精霊の集まる十字路に立ち、聖なる岐路を護る月の女神。彼女は地獄の犬を連れ、松明を持って道を照らす。そして道往く者にこう問いかける。
『後戻りはないぞ。本当にこの道を行くのか?』と... 。

さてと。何て答えてやろうかな?♪


(この新月図で、小惑星ヘカテは天秤座11°台のDCにピタリとコンジャンクトしています。だからこのひと月のうちに、何かドラマティックなシフトを経験するひとがいるかもしれませんね。)

みんな、どうか素敵な新月の夜を!







have a great trek!!!★

hiyoka(^_^

August 25, 2019

レイモンド・メリマン 週間コメント8/26【金融アストロロジー】

http://www.mmacycles.com/
レイモンド・メリマン・コラム  2019年8月26日(フリー版より)

翻訳:hiyoka
文中の日付・時間はすべて米/東部時間です。
自身の学習のための翻訳文です。日本語になりにくい箇所は意訳があります。また知識不足による誤訳があるかもしれません。原文は上記サイトで無料で閲覧できますので、よろしければそちらもご参照ください。またご意見やご感想、間違いのご指摘などいただけましたら嬉しいです。また投資日報社さんでは無料コラムには記載の無い情報や、文中のメリマン用語の解説も掲載されるそうですので、そちらもぜひご覧ください。 翻訳者はこの記事をアストロロジー学習者向けのエッセイに近いものと捉えています。詳細な相場予測や何らかのトレードを推奨するものではありません。投資に関するアドバイスをお求めの方は投資日報社さんまたはMMAサイトにて「講読版」をお求めください。また文中の は翻訳者によるものです。原文が "ファンキー" な時は、時々お節介な訳注が入るかもしれません。
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≪ 先週をふり返って ≫

  “金曜、米国企業は中国での操業をやめて代替地を探せと要求するドナルド・トランプ大統領の連続ツイートが流れた後で株式市場は下落した。『我々の偉大なアメリカ企業はそのホームであるアメリカ合衆国での生産開始を含め... これによりただちに中国に代わる操業地を探すよう指令する』トランプはこうツイートした。ナショナル・セキュリティーズのチーフ・マーケットストラテジスト、アート・ホーガンはこれを受けて『中国は常に脅威ではあるが、なにも火に油を注ぐことはない』と述べた。『トランプ政権はおそらくFRBがジャクソン・ホールの会合で利下げを発表すると期待していたのだろう。それでパウエルが応えなかったものだから彼はデフコン5* 状態に入ったのだ』” 

— Fed Imbert
  “Trump Orders U.S. Companies to Look for Alternative to China”
  www.cnbc.com 2019年8月23日付


*デフコン5:デフコン(DEFCON)とは戦争への準備態勢を5段階にわけて整えるという米国国防省の規定。「5」は平時における防衛準備態勢を意味する。

  “中央銀行は緩和策のスタートを切ろうとしているとヘッジファンドのマネジャー、カイル・バスは述べた。そして米国金利はどんどん下がる世界の金利を追いかけて下がり続け、ゼロ(あるいはそれ以下)まで行くだろうと予想する。『長期債券利回りが自然数ベースなのは我が国だけだ*。ここには世界の投資適格債の90%がある。事実、我々には法規範があり経済も好調だ。マネーがどんどん流れ込むだろう』 ヘイマン・キャピタルマネジメントの創業者でありチーフ・マネジメントオフィサー、カイル・バスは火曜、CNBCにそう語った。”

—  Fred Imbert
   “Kyle Bass Says U.S. Interest Rates Will Follow the Rest of the World
   to Zero – “This is Insane”
  www.cnbc.com 2019年8月20日付

* 原文は「We’re the only country that has an integer in front of our bond yields.」元記事によればこれは約15兆ドル分の長期国債がマイナス金利で取引されるに至るまで世界主要国(文中ドイツ、フランス、日本、中国を例示)の中央銀行が刺激策を遂行しており、これはもう常軌を逸している...という文脈の中で出て来た言葉。

(“integer” は「整数」または「完全体」という意味になるが、整数にはゼロ以下も含まれる。おそらくこれは値1以上を維持しているという意味ではないかと思う。債券利回りに関する他サイトの記事中で “natural”=自然数というワードが用いられていたため、この訳文にしてみた。ただし訳者は債券取引に詳しいわけではないので、もし誤訳であればご指摘ください。) 

なおバス氏はこの流れにともなって起きる想定外の結果を『富める者はますます富み、中間層はそのまま何も変わらず、貧困層はますます貧困になることだ』とも語っている。


  私達は再びハリケーンを追跡し始めた。素晴らしいライン河クルーズとイタリアはトスカナの豊かな渓谷と葡萄畑に抱かれたハネムーンの日々はこの上ない休養の日々だった。だが、ツイッターの嵐と “狂気じみた” 政治・経済政策が金融市場に引き起こすカオスの世界に突っ込んでいくことこそが結婚生活を離れた自分のやる事だった... だから私は並行するもう一つの世界へと戻って来た。さて、大統領と私は昨今、とある深遠な疑問について考えているかのように見える。その日、大統領はこうツイートした。『我々の最大の敵はいったい誰だ? FRB議長のパウエルか? それとも中国の国家主席習近平か?』(ヒント:答はどちらでもない) 私自身の疑問はもっとシンプルだ。『本当のリアリティーはどちらにあるのだ? トスカナの優しくリラックスしたライフスタイルか、目の前のスクリーンに映し出された世界の株式市場のさらなる雪崩とその誘因となる突然のツイート旋風やニュースという、まぎれもない混沌なのか?』

  金曜までは全てが上手くいっているように見えた。株式市場は木星と天王星がそれぞれ方向転換した8月11日を間に挟む8月7日と15日につけたダブルボトムの後、良い感じに回復しつつあった。だがこうした反騰は太陽が現実的な星座宮乙女座に入居した直後の金曜、突如として終わった。中国が自動車を含む米国製品に対しさらに750億ドルの新関税をかけると発表したのだ。それは数週間前の中国製品に対する米国の追加関税措置への報復だった。中国は報復があり得ると通告していたし、市場はその発表を織り込みつつあった... 大統領がツイッターで怒りを爆発させる前までは。これは惑星の影響と行動が同期する、アストロロジーにおける典型例だ。先週のコラム終盤に書いたように、

『... 今週の主要なジオコズミックの動きは太陽、金星、火星の全てが獅子座から乙女座に移行することだ。これはドナルド・トランプ大統領のチャートにとって重要な出来事だ。何故ならそれぞれの惑星がネイタルの獅子座のアセンダントと火星を通る形になるからだ』。

火星は攻撃的かつ衝動的な闘争本能を通じて闘いたいという欲動を象徴する。それ自体は生きていく上で別に悪い事ではない。しかし、ひとたび怒りや激情に駆られて働けば、そのエネルギーが消耗しきるまで何であれそれを止めることは不可能だ。その時点に至るまで、株式市場にはもう一段の下げやさらなる価格崩壊のような想定外の結果が起こり得る。それは大統領が一番望まない結果だ。 繰り返すが、これは典型的な弱気相場が見せる動向だ。市場は徐々に上昇するが、突如として踵を返し、上げ幅を失ってそれ以上に下落していく。



≪ 短期ジオコズミクスと長期的考察 ≫

ドイツ中央銀行はヨーロッパ最大の経済がこの第三四半期にもリセッションの瀬戸際に立つことになりそうだと警告した。輸出の急激な減少と工業生産の低下がその重石となっている。

— Martin Arnold
  “Bundesbank Adds to Fears of German Recession as Trade Wars and Brexit Hit”
  Financial Times 2019年8月20日付


  これからの3〜4週間は互いに矛盾したジオコズミック・サインで溢れる日々となるため、投資家は非常に混乱するかもしれない。もしかすると彼らは誰が米国の最大の敵なのかというトランプ大統領の問いをじっくり思案するのかもしれない。習主席を彼はしばしば友人として語っていなかったか? ジェローム・パウエルにしても、彼自身が決めて任命したのではないか? ところで、私が中国に滞在していた6月当時、習主席は常ならぬ外交的処遇をもってトランプ大統領を『私の友人』と公的に認めた。だがプーチン大統領に対しては『私の無二の親友』だそうだ。

皆さんはそれが金融市場とどう関係するのかと疑問に思うかもしれない。これは米国との貿易にまつわる不確実性の代わりとして、中国がロシア(や他の国々)との交易関係をより拡大しようと決めたことを物語っている。つまり中国は、以前は安定した通商パートナーとして依存していた米国に代わる新たな売買の市場を見出しつつあるということだ。彼らは世界中の貿易を介した同盟関係が変化しつつあるという(彼らにとって有利な)見込みの下でより長期の戦略を見据え、調整しようとしている。だが米国のリーダーシップは米国企業に対し国内に戻って生産しろと命じるのみで調整も補正もしない。それは賢いやり方だろうか? 現実的だろうか? 私にはわからない。何故なら私自身、何がリアルで何がそうでないかを理解しようと試みている最中だからだ。トスカナはリアルに見えた。だが今、ここで見聞きするものはそう見えない。だが上手くいくのならそれでOKだ。もしそうでなければ、きっと私達はそれぞれに自分自身にとってのトスカナを見つけるべきなのだ。

  いや、短期のジオコズミック解説に戻ろう。金星と火星(恋人達と反目者達)は互いにコンジャンクトしながら完璧主義者の(すなわち批判的な)星座宮、乙女座を運行中で、8月24日〜27日まで天王星と調和的なトラインを形成中だ。また太陽も8月29日には天王星に対し調和的なトラインを形成する。通常ならこれは株式市場の起爆剤であり、交渉事の成功を示唆すると考えるところだ。とりわけこれらの惑星がその後9月1日〜19日に土星と冥王星にもトラインを形成することから、その可能性はある。だがこうしたソフトアスペクトの背後には、より潜在力を秘めたコズミック・フォースが控えている。9月2日の太陽・火星のコンジャンクションと、9月21日に起きる3回目にして最後の木星・海王星ミュータブル・ウェイニングスクエアだ。9月初めの2週間には太陽・金星・火星がこの木星・海王星スクエアに対してTスクエアを形成する。9月が相互に矛盾したメッセージが出やすく非常にややこしい月となるかもしれない理由がこれだ。巷は噂だらけでそれが「非合理な活況」またはヒステリー、もしくはそれらが交互に示現する。事実が噂を否定し、そして(または)生じた希望が事実によって打ち消される。世界の株式市場は9月初めの2〜3週間、ワイルドな上下動を見せるかもしれない。

  より長期の視野で見るなら、木星の射手座運行(2018年11月8日〜2019年12月2日)がすでに市場の天井と合致し終えたか(私は終えたと考えているが、確認はまだ取れていない)、そして(または)太陽・火星のコンジャンクションによる崩落が終了したかという問題が残っている。このコラムでも数回にわたり指摘したように、米国株式指数における長期サイクルの天井と木星の射手座運行には歴史的相関性が存在するが、それは通常、そのトランシットが終わる少なくとも2ヵ月前にはピークアウトする。理想的なのは木星が射手座の中間度数を通過する近辺で最高値が示現するケースだ。2019年8月11日、木星は射手座のほとんど中心部で滞留し順行に転じた。つまり木星は7月〜9月の間、射手座の中間度数(13°〜17°周辺)に在泊するということだ。

この木星の射手座運行に加え、9月2日の太陽・火星コンジャンクションが持つ重要性も加味することが出来る。この日付けから前後の4週間は、世界の株式指数がその間、もしくはその直前につけた高値からの8%かそれ以上の下落に見舞われやすいという歴史的傾向を持つからだ。7月の高値はこのパターンに当てはまる。したがって私達は今もなおこれが示唆する8%またはそれ以上の下落のただ中にあるかもしれない。もしそうなら、これもまたこの時間帯の内に終わる可能性がある。しかしそれが10月までに終わったとしても、12月2日には木星が射手座を離れ山羊座入りする。これは歴史的に見て強気よりは弱気を物語る動きだ。太陽・火星でつけた安値からの反騰はあるかもしれない。だからといって必然的にその後、史上新高値が示現することを意味するわけではない。

  9月の木星・海王星スクエアはまた、ここ3ヵ月ほど50ドル近辺でもみ合っている原油にも関連している。都合3回にわたるこのアスペクト形成のうち初めの2回は金のメジャーサイクルにおける安値にも同期し、それを追って金は強い反騰をみせた。この時期は夏の終わりかもしれないが、金融市場はヒートアップしそうだ。






訳文ここまで
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August 18, 2019

レイモンド・メリマン 週間コメント8/19【金融アストロロジー】

http://www.mmacycles.com/
レイモンド・メリマン・コラム  2019年8月19日(フリー版より)

翻訳:hiyoka
文中の日付・時間はすべて米/東部時間です。
自身の学習のための翻訳文です。日本語になりにくい箇所は意訳があります。また知識不足による誤訳があるかもしれません。原文は上記サイトで無料で閲覧できますので、よろしければそちらもご参照ください。またご意見やご感想、間違いのご指摘などいただけましたら嬉しいです。また投資日報社さんでは無料コラムには記載の無い情報や、文中のメリマン用語の解説も掲載されるそうですので、そちらもぜひご覧ください。 翻訳者はこの記事をアストロロジー学習者向けのエッセイに近いものと捉えています。詳細な相場予測や何らかのトレードを推奨するものではありません。投資に関するアドバイスをお求めの方は投資日報社さんまたはMMAサイトにて「講読版」をお求めください。また文中の * は翻訳者によるものです。原文が "ファンキー" な時は、時々お節介な訳注が入るかもしれません。
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≪ 先週をふり返って ≫

  “イールドカーブはリセッションへの警告を声高に告げている。水曜、米国の2年イールドと10年イールドのスプレッドは2007年以来初めて逆イールドに転じた。こうした動きは過去50年にわたり米国に起きた全てのリセッションの前触れとして起き、ときには24ヵ月程度前から顕れてきた。『歴史的に見て、2年・10年のスプレッドは不景気の予測ツールとして株よりも優れた能力を示している』 カリフォルニアのサンタモニカをベースとするスリ・クマール・グローバルストラテジーズの代表取締役スリ・クマールはフォックス・ビジネスにそう語った。”

— Jonathan Garber
  “Recession Indicator, with Perfect Record Flashing Red”
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  ...光と影のコントラストは疑いようもなく、鮮明に顕れている。

  イタリアはトスカーナのカステッロ・ディ・モンテグフォニ。トスカーナの丘陵地帯に抱かれた12世紀の古城の部屋でゆったりと腰をかけ、窓の外にたたずむ大木の葉を優しい風がサラサラと揺らす音に耳を傾けるのんびりした午後。窓越しに射し込む薄桃色のやわらかな日射しは壁や天井に描かれた華麗なルネサンス絵画の上に幻想的な光と影を創り出している。その時、私は今という時が自分の人生で本当にけた外れの瞬間なのだと悟った。私は今までで出逢った中で最も美しい女性と結婚したばかりだ。結婚式は最高だった。この特別なイベントのために手配したライン河クルーズの船上で、世界中から集まってくれた140人もの最高の人々 — 家族や友人達 — に囲まれて祝福されたのだ... 。

それから私は携帯電話を取り出し(12世紀建立のフィレンツェの城に寝起きしながら実際は21世紀に生きているという時点ですでに甚だしいコントラストを意味するが)、そしてダウ工業平均が800ポイント下落するのを見る。オフィスに連絡した私は金融界がパニックに陥るのと時を同じくして今回のリポートが休みだったことからクライアントが動揺していると知らされる。無論、その人々は私が今居る場所から速報を出せないことなど知るはずもない。ここでの Wi-Fi は脆弱で、数分ごとに途切れることなしに私のマーケット・ブログラムの数字やチャートを呼び出すことは出来ない。私の心は2つに分かれた。一方では、ローマが今まさに燃えているというのに反応したくても十分なネット環境がなく、クライアントの役に立つことが出来ずに心がかき乱される思いだ。だがもう一方では、結婚したばかりの美しいミューズが私をからかってこう言う。『ねぇ、ミスター・メリマン? 今この惑星上でこれほどシュールで美しい自然に溢れる場所はないわ。あなたはただここに座って何もせずに数日を過ごすの。そしてリラックスして私の魅力を十分に味わったらいかが?』。

『弱ったな… 』私はアンビバレンスの中で考える。『これが2室蠍座に金星と木星のコンジャンクションを持つことの意味するハードさだ。世界の株式市場がクラッシュしている最中に自分を信頼してくれる顧客に向けてリポートを送信することが出来ない。それに失望と苛立ちを感じるか、さもなければ男なら(女性もだが)誰もが夢見るような美と幸運に包まれて大喜びするか、どちらかだ。』 

だがしばらくして私は気付く。生きている限り、誰にでもその人それぞれの季節がある。私にとって今は夢を生きる季節なのだ。来週の私は並行宇宙へと戻るだろう。その時私は中世の城の窓から木々を通り抜けて吹き込むそよ風の中、美しい午睡の幻と戯れながら、太陽神の鋭い光線がそんな私の眠るベッドを素通りしていくこのひとときを...きっと懐かしく思うことだろう。


  考えてみれば、この城はおそらく前回の風性星座宮における木星と土星のコンジャンクション、すなわちグレート・ミューテーションのシリーズが始まったあたりに建てられたものだ。それから800年を経て、このサイクルは再び次の140年〜200年という周期へとフルに踏み込んでいく。これについては年末に刊行する『フォーキャスト2020』の中で詳説するつもりだ。今ひと言だけ言うとしたら、地性星座宮(1802年〜)から風性星座宮へのシフトは全体の状況が物質主義(唯物主義)から知性と美的感覚やその技量がステイタスとなる状況へと戻っていくことを意味する。もしかしたら、私が今パニックに陥らない理由の1つがこれかもしれない。私はお金と中央集権的な政府の統制の重要性にこれからの200年を通してほとんど変化がないとは思わない。このプロセスが展開していくには時間を要するだろう。だが今後20年の間にそれは十分に観察可能な現象となるかもしれない。

カステッロ・ディ・モンテグフォニ。もしかしたらあなた自身もいつの日か “時の流れの何処か” で今私がしているような経験をするかもしれない。もしあなたが通常の責務から短時間でも自分自身を自由に出来るなら、それは本当に歓びとなるだろう。


Montegufoni
 A room in Castello di Montegufoni


≪ 短期ジオコズミクスと長期的考察 ≫

  “サイクル研究の見地では、4年サイクルの天井は2019年10月までに、そして場合によっては2019年7月末までに天井をつけると示唆されている… また、このグラフでも見て取れるように、ヘリオセントリックの木星が射手座を運行中に長期サイクルの高値が示現しやすい。これが発効するのは2018年10月6日〜2019年10月19日で… 木星の射手座運行は米国株式市場が2018年10月3日につけた史上最高値を超えて再び新高値をつける可能性を持つと考える理由になる。この研究に基づく可能性を考慮した上で、2018年10月3日の高値を試す展開、そしてそれを2019年中に超える可能性を予測している。”

— レイモンド・メリマン
 『フォーキャスト2019』より
  *( 相場編は担当外のため、訳文は本誌内の記述とは微妙に異なると思います。)



  過去数ヶ月にわたり、私達のリポートは射手座の木星に関連する歴史に基づいてこの強気相場が2019年8月前後の2ヵ月の間に終わる可能性があると読者の皆さんに警告してきた。ダウ平均の史上最高値は7月16日、私達の★★重要変化日だった7月12日〜15日の1日後となる月蝕の日に示現した。S&Pとナスダックはその1週間後に史上最高値をつけたが、その時はダウ平均における天井の裏付けはとれておらず、それは天井をつけた兆候を示すジオコズミックとテクニカル・シグナルだった。しかしながらサイクルとパターン研究では、各市場が2ヵ月前につけたプライマリーサイクルの安値を割るまでは天井示現の裏付けとはならない。

とはいえ、クライアントに強気相場が終わって弱気相場が始まったと思うかと聞かれたら、ジオコズミクスの関連と7月末〜8月初めに顕れたダイバージェンスに基づいて今は『イエス』と答える。そこからの市場動向は典型的な「弱気相場」の動きを示している。つまり、反騰するごとにもっと厳しい下落に見舞われ、短期の買いシグナルが出た後はより強力な短期の売りシグナルが出現する。それに加えて7月の高値はまさにタイミングどおりだった。もちろんダウ平均が24,680以上を維持している限りにおいては木星が射手座を運行している間にさらなる高値をつける時間的余裕が残されていることは確かだし、その可能性はある。だが私はそれに期待するつもりはない。

  射手座の木星と相関する高値に加え、私達は今9月2日に起きる太陽・火星コンジャンクションに対し4週間の時間的オーブの中にある。この時間帯は、世界の株式市場における高値または安値からの8%〜20%のリバーサルとの強力な相関性を保っている。したがって、この種の下落が現在進行中だとしても驚くには当たらない。またこれは、いったん下落が完了すれば8%〜20%の反騰が起きる可能性も示唆している。しかし8%〜20%の上昇は同等の下落と比較してはるかにその価値は低い。

  今週の主要なジオコズミックの動きは太陽、金星、火星の全てが獅子座から乙女座に移行することだ。これはドナルド・トランプ大統領のチャートにとって重要な出来事だ。何故ならそれぞれの惑星がネイタルの獅子座のアセンダントと火星を通る形になるからだ。以前から度々述べてきたように、そしてその都度証明されてきたように、米国および世界の経済と株式市場にとっての主要な脅威は政治的な脅迫だ。私達はこのドラマが10月を通して展開していくのを見ることになりそうだ。中国との貿易問題、そして(または)FRBに関連する何か前向きなニュースが今後1〜2週間(8月24日〜9月1日)のうちに流れるかもしれない。だが中国と米国間の貿易戦争を調和的に解決するための機会はおそらくもう過ぎ去っており、米国株式市場の新たなダウントレンドが確立されたように見える。だがおそらくトレーダー諸氏にとっては別に問題ではないだろう。皆さんは強気相場でロングポジションを取るよりも、弱気相場でショートするほうがより短期で大きな利益を得られるからだ。

  私達は来週8月20日以降から通常のスケジュールに戻る。その間、先週の結婚式とそれに続く祝祭の日々に向けて祝いのメッセージを贈ってくださった方々に私は心の底からの感謝を表したいと願っている。140名の友人や親戚達とともに巡るライン河のクルーズとその後2日間のパーティーは本当に素晴らしい体験だった。そして今ハネムーンのただ中で、それがここ2週間の金融・株式市場の危機と同期している。実のところ、私はこの期間中そこから離れていたこと(そして今週半ばまで離れていること)が残念に思えてならない。私が休みをとる時、いつも市場は爆発したり崩壊したりするように見える。休みの計画を上手く立てすぎるのか、それとも私は奇妙ではあるが反面、素晴らしくもあるカルマを負って生まれたか、どちらかなのだろう。







訳文ここまで
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