レイモンド・メリマン 週間コメント 12/10 【金融アストロロジー】レイモンド・メリマン 週間コメント 12/17 【金融アストロロジー】

December 12, 2012

○12/13の新月―みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)

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    新月は前回からの課題を経て、次の新月までの約1ヶ月をかけて取り組む新しいテーマが開示される時。 そしてこれは生まれた星座に関係なく、地球に生きるわたし達みんなに平等に降り注ぐエネルギーです。わたし達はこのエネルギーを使って日々、自分なりに考え行動していきます。その現れはひとの数だけ様々ですが、やがてはお互いに影響しあいながら、社会・国・世界の潮流を作っていきます。これは言い換えると、わたし達を取り囲む「空間の雰囲気」です。星読みの世界から見れば、誰もがその中で生き、そのテーマに呼応して・・(素直になったり、反抗したり、無視したりしながら・・)自分なりの人生を創造していると言えます。 その意味でも、刻々と変容していく惑星エネルギーの流れをおおまかに知っておくことは、きっと何かの役に立つんじゃないかと思います。
    例えば…シンボルの光景やキーワードを覚えておくだけでも、何かに迷った時の指針になるはず。。ではでは今月も行ってみます!(^_-)
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新月タイムスケジュール
願い事やアファメーション、ヒーリング・メディテーションなどしたい方は、もし可能ならこの時間帯に合わせてみてください。エネルギーの高まりを感じとれると思います。(^_^)

【地方平均太陽時: ソーラータイム(LMT) 】
東京・関東ローカルで 18:02前後、北海道周辺で 18:06前後、関西方面(日本標準時ならこの時間)は 17:41前後、沖縄周辺では 17:12前後に 射手座 21°44’ で新月となります。

前回の新月のテーマについてはココ、満月についてはココをご覧ください。

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Sabianシンボルによる【 新月がもたらすテーマと挑戦・12/13~2013.1/11 】
*ここでは有名なデーン・ルディアー版やマーク・エドモンド・ジョーンズ版の解釈ではなく、透視家エルシィ・フィーラーの伝えた言葉をそのまま書き写したオリジナル版サビアン・シンボルを使いブレイン・ボヴィの解釈を参考にしています。
*テーマはひとつの意識の流れを表したものです。この流れは順不同に現れたり循環したり、ひとつだけ突出して感じられる場合もあります。


【太陽・月 射手座 21°~22° 】

"A child and a dog with borrowed eyeglasses"
借り物の眼鏡をかけた子供と犬

"A Chinese laundry"
中国人の洗濯屋

【テーマがもたらす雰囲気と挑戦(順不同)】
(これらのテーマには新月図のアスペクトを考慮して抽出したものもあります。)

→★誇張された感情の高まりに動かされる
→★荒々しく表現された不公平感
→★尾ひれやデマ、思い込みの危険
→★自分と相手、または人々を分断する伝聞による誤解
→★様々な立場での視野の違いに気付く
→★理解を超えたものをジャッジせずに眺める
→★必要な妥協を通して考え方の違いを乗り越える
→★汚いものを受け取り綺麗なものを返す覚悟
→★疎外感と向き合い受け入れていく
→★技術を磨くことの重要さ
→★適切に効率的に動く必要性
→★すぐそこにある現実から確実な将来を掴んでいく・・・→

エネルギーのポイント:
 「はじめの一歩」 「共同体の一部として担うべき責任」

121213NM

        今年ももうあと二週間ちょっとで終わり。。2012年、確かに濃密な時間を過ごしてきたはずなのに、やはりあっという間に過ぎていった気がします。まるで加速していくような時間の流れの中で、少しは前に踏み出せたかな?なんて考えてしまいます。

さて、週末は選挙ですね。。前回11月14日の新月・ノースノード日食のテーマは『より高い目的のために今のエゴを超えていく』 というものでした。 そして3日後に選挙を控えた今回の射手座の新月は、そのテーマもかなり実質的な内容に切り替わってきたように思います。

        まずベースとなるエネルギーは、射手座21°「借り物の眼鏡をかけた子供と犬」。一見、ちょっとユーモラスなシンボルです。 きっと子供と犬は一緒に遊んでいるうちに、お父さんかお母さんか、それともお祖父さんか? とにかく誰か大人の眼鏡をみつけ、早速マネしてかけてみたのかもしれません。 ここに出てくるペアは、まるで双子みたいに仲良しの、子供と犬。 それでも彼らは異なる生を生きる者同士です。 同じように借り物の眼鏡をかけたとしても、レンズを通して見えるものはきっと全然違っていそう。。 一体何が見えるのかな? でも、借り物の眼鏡じゃ全てがボケたり歪んだり、殆ど何も見えないのかもしれません。

みんな経験があるんじゃないでしょうか? どれどれ?って好奇心にかられて誰かの眼鏡を借りてかけてみたこと。。大抵の場合、焦点が合わなくてクラクラしたりで、平衡感覚がおかしくなると思います。大人のわたし達ならきっと「うわっ」とか言って、すぐ眼鏡を外してしまうのではないでしょうか。

では子供と犬はどんな反応を示すでしょう?  ボケボケで何も見えないまま、面白がってパタパタと走り回り、転んでしまったりするのかな。それとも急に変な感覚を覚えて、びっくりして泣いてしまう子もいるのでしょうか? 犬はウワンッと鳴いて、眼鏡を振り落とすでしょうか?

ここで、借り物の眼鏡は他の人達の視野、そして世界観を象徴しています。その人は、普段親しくつきあってきた人かもしれないし、育ちも文化も人生観も全く違う、"ヨソの村"の人かもしれません。 他者が普段見ている世界を無理に自分にかぶせてみたところで、殆ど何も定かには見えないか、奇妙に歪んで変なものが見えるか… わたし達の精神にとって、手慣れた調子で理解出来るような光景は、実はなかなか期待出来ません。 同じように、わたし達にとって「これが世界だ」と思える光景は、他の人達にとっては理解不能の奇妙な光景なのかもしれません。 まさかこんなに違うなんて…! それが思いや観念であれば、ちょっとショックでもあります。

silence


わたし達は自分に理解出来ない物事、価値観の異なる考えに触れたとき、つい怖くなって拒否してしまいがちです。こんな世界、まっすぐ立つことも出来やしない。全然違う、わかり合えない、歩み寄るなんて無理! なんて。 いきなりそんなオカシナ世界が目の前に拡がったら、逃げ出したくなるか、場合によっては攻撃的な気分になることさえあります。 でも、借り物の眼鏡で見ているその光景は、本当の情報なのでしょうか? もしかすると、眼鏡の持ち主の眼を通して見れば、少なくとも共通項の多い世界が拡がっている可能性はあるのかもしれません。 

ここでは、慣れない世界観、異なる視座に遭遇したときに生まれるわたし達の素朴な心理反応と、それをどう扱うのか?というテーマが潜んでいます。 そして、もう一歩深く踏み込んでみると、実はわたし達、知らないうちにそんな借り物の眼鏡をず~~~っとかけ続けているのかもしれない・・・なんてことも。。

        目で見て、耳で聞いて。 わたし達は一瞬一瞬、情報を処理しています。そしてそれを再び今見ているものにかぶせ、「わたしの世界観」を創り上げています。やがて、いつの間にかそれが「絶対」になっていきます。 異なるものと出会ったとき、わたし達はその「絶対」を基準として必死に護ろうとし、戦います。

  でも、本当にそれは「絶対」で、それしか無いのでしょうか?  わたしとあなたは、わかり合えないのでしょうか? わたし達の村と、あの人達の村は、共存出来ないのでしょうか? 「彼ら」は、「その光景」は、拒否すべきものなのでしょうか?

わたし達は大人から眼鏡を借りて走り回っている子供かもしれません。仲間のあの人は、実は仲良しの犬みたいに、わかり合いながらも全く別の世界を生きているのかもしれません。 

  騒々しい日々の中で、態度や考えを選択しなければならないとき、たった一瞬でも、「今は借り物の眼鏡をかけているのかもしれないな。。」と思えたら? もちろん、それでもわたし達は否応なく自分の信条に従って、または感情に従って、何かを選択していきます。 でも、こころのどこかでほんのちょっとでも、フッと力を抜いて、その選択の抜き差しならない重さ自体が『空間の遊戯そのもの』であるかもしれないことを掴めたなら… わたし達の未来は、もう少しフレキシブルに、もう少し軽やかに、変化していくのかもしれません。

cristal


        …そして、向かっていくシンボルは射手座22°『中国人の洗濯屋』です。 今は「クリーニング店」とか、もう少しスマートな言い方があります。でも、この場合はあくまで「洗濯屋」です。 このシンボルが降ろされたのは20世紀初頭ですが、19世紀中盤~20世紀初めは大量の中国人移民が米国に流入した時期なのだそうです。

        当時の中国は清朝末期。政治は機能せず、欧米から殆ど植民地のように扱われ、阿片中毒が蔓延するなど多くの人々が飢えに苦しみ、祖国を捨てることによってしか生き延びられなかったのだとか。それは、牡羊座終盤で天王星・冥王星のコンジャンクションが起き、それに土星も絡んだ時代でした。当時の米国はゴールドラッシュに湧き、ヨーロッパからも沢山の移民が渡ってきましたが、人種の異なる中国人は歓迎されず、荒くれ者達が集まる金鉱では暴力と迫害に曝されたそうです。その後、金があまり採れなくなってくると、彼らは真っ先に鉱山から追い出されます。

けれど、西も東もわからない北米の都市部に流れてきた中国の人達が、当時食べるために得ることのできた仕事といえば、白人男性が誰もやりたがらないようなこと、社会の中で最下層とみられるような仕事しかありませんでした。 長時間の重労働で汚い仕事とされた「洗濯屋」もまた、そのひとつ。 そこには当時の米国白人社会では"自然に"受け入れられていた、くっきりした階級差とあからさまな人種差別があったはずです。それでも、洗濯屋になるということは、たとえ底辺であろうと、米国社会の一端をにない、日々の食べ物を得て根を下ろすことでもありました。 

人種も価値観も気候風土も全く違う環境の中で、差別され無視されながら、それでも生きるために必死に働いたであろう人達。 透視家エルシィ・フィーラーにとって、当時「中国人の洗濯屋」とはどんな存在だったのでしょう? 今のわたし達には知る由もありませんが、当時はそれほど世の中を知っているとは言えないはずの彼女にとって、もしかすると単に中国人=洗濯屋・召使い....なんてイメージだったかもしれません。

        階級社会の中では、上に立つ者は下層の者を透明化することが出来ます。つまり、都合のいい時だけ可視化して要求を突き付け、不必要な時は無視するか、単なる風景の一部として気付きさえしないこともあります。そういうものだ、という感覚を持つ者にとって、これはあまりに自然なことで、特に悪気があるわけでも無いんですね。そして、下層の者達が何か考えたり思ったりするかもしれない、なんてことさえ考え付きもしない.....そういう鈍感さが、人間にはあるのだと思います。ただ、これは移民側の人達にとっても、自分達の存在と内なる精神を護るためには、ある意味幸いした面もあったかもしれません。下の者達は常に冷静な眼差しをもって上を見ています。

        今のわたし達にとっては、当時の中国人移民の生活はあまりに厳しく、想像を超えています。でも、彼らは生きていくこと、食べていくこと、そして定着し、社会の一部に食い込んでいくことから始めました。そうせざるを得なかったし、それでも祖国に居て飢え死にするよりはずっと良かったからです。そして、時を経て、やがて多くの人達がそれぞれ専門の技術を身に付けていきました。その姿は、今成功を勝ち得ている多くのチャイニーズ・アメリカン達のルーツでもあると思います。(日系一世の方々もまた似たような経験をされたのでしょうね。。)

breaking


        このシンボルは、慣れない環境、自分とは全く異なる価値観や意見に直面したとき、人は互いにそれをどうやって乗り超えていくか?という挑戦を象徴しています。 自分達だけで生きていけるなら苦労はないけれど、そうはいかないのです。 世の中には様々な思想や価値観、そして"愛"の形があります。 誤解やダブルスタンダードや、悪意に満ちた場面だってあります。 そんな状況の中で、自分の居場所を勝ち取り、溶け込み、自分の将来を創っていかねばなりません。 それは、やがてはその共同体全体の基盤と、その将来を創造することをも意味します。

・たとえ無視されたり、あからさまな侮辱を受けたりしても、それに引っかかったり怒りをぶつけたりせず、ただ黙々とやるべき仕事をこなしていくこと。

・人のいやがるような汚い仕事を引き受け、しかもそれを「美」に変えて、共同体に返していくこと。遠いバラ色の夢ではなく、「今ここ」にある赤裸々な現実を引き受け、実直にひとつひとつ解決していくこと。

・敵を作って闘うのではなく、自らの誠実さで信頼を得ていくこと。 

・盛ったり誇張したり誤魔化して綺麗に見せるのではなく、歪ませたり影を落として脅すのでもない。カッコ良さや派手な見てくれ、注目や賞賛や感動のドラマなどには全く無縁でも、一心不乱に必要とされる目の前の仕事に向かっていく、その姿とその覚悟。

    こうした蓄積は、やがて共同体の中で無視出来ない大きな力に育ち、いつしか自然な奔流となって中心からほとばしります。 その時こそ、バラ色の未来がリアリティを持って見えてくるのかもしれません。

今のわたし達に、その覚悟はあるでしょうか?
熱に浮かされて仮想敵を叩くことに夢中になったり、中途半端に絶望して、ひたすら斜に構えてはいないでしょうか? 鏡に映った自分の顔に、社会的立場など何の関係も無い、スピリットとしての卑しさは宿っていないでしょうか? 

借り物の眼鏡ごしにチラリとかいま見た見慣れぬ風景。そこに厳然と存在するものはやはり無視出来ません。もちろん、それを見て見ぬフリすることも出来ます。でも、もしかしたら、その奇妙な風景の中にこそ、現状打破の鍵が潜んでいたら?  もし状況を、何かを、変えていくにはひとりの力では無理だとしたら.....わたし達は、互いに柔らかい心で結びついていくことが出来るでしょうか。。。

motherland


        うーん....こうして見てみると、このシンボルにはなかなか厳しい問いかけが含まれています。 こんな苦闘、今の、日本人の、少なくともわたしにはとても根性無いかも(^_^;。 でも、前回のノースノード・イクリプスから始まった新しいサイクルを踏み出すにあたり、そして日本の将来にとっても岐路となりそうな週末の選挙を控えて、なんだかとてもタイムリーなシンボルのようにも思えるんです。

        これは新時代と言われる水瓶座のもうひとつの支配星、土星の力。持続し、選択した責任を引き受け、営々と形を築いていこうとする土星力の象徴です。破壊と再生を象徴する冥王星とのスクエアで猛威をふるう、反逆児・天王星の力だけでは、新しい時代を創っていくことは出来ません。今、その冥王星とミューチュアル・レセプションになる土星の力をどう使っていけるのか? 過去の記憶に固執してうずくまるのか? それとも現実と呼ばれる泥をかぶっても、何かを形にしていくのか? それがこのシンボルの問いかけです。どん底がどういうものかを知って本当に腹が据わったとき、そこにわたし達の内なる土星力が輝きます。


泣いても笑っても、2012年はあとわずか。来週終盤にはマヤ暦の第13バクトゥンも終焉を迎えます。本当に新しい時代に向かうのだとしたら、そのささやかな第一歩は、わたし達ひとりひとりの想いが創っていくのでしょう。 



閉塞したひとつの時代から、次の時代へ。
時を旅する移民達......それこそが、今のわたし達の姿かもしれません。






*Aspects のヒントちょっぴり:
水星(射手座4°で逆行のシャドウフェイズ抜け。新月と同時に順行の天王星とトライン、カイロンとスクエア) 今までボヤッとして掴みずらかったコンセプトが見えてくる可能性。

射手座強烈クラスター新月・ヒュロノメ・フォルス・イクシオン)と牡羊座のエリス・ビエノールにトライン。蠍座のアラクネとエリス・ビエノールはクインカンクス、火星はスクエア) 
個人や集団のエゴイスティックな目的のためなら手段を選ばない心理。大義のためならウソも方便とか「みんなやってるし、これくらい可愛いものでしょ?いいじゃない!」的な狡さ。モラル・ハザード。やりたい放題へ向かう気持ち。いじめ・報復。目には目を…。強者と弱者の格差。自分のトラウマを仕事や公的な目的に投影する人。快感やカタルシスの追求。中毒。止まらない耽溺。カルマの堆積。(射手座強烈クラスター組は長期のアスペクトで人間のエゴを刺激し続けている。けれど、究極のどんでん返しを体験する人も。ケンタウルス族はその深奥まで触れたとき、ヒーリングの意味を持ち始める。)

土星・冥王星→木星・B.M.リリスのYOD冥王星・キラルスオポジション
権力、支配力、セックスへの貪欲さ。今現在の規範や限界値を超えて行こうとする心理。タントリック・エネルギー。境界線を壊すような何かを生み出す力。またはエネルギーの浪費。出る杭を打とうとする心理、または打たれるのではないかという怖れ。明確な目的を持って情報を収集する。最終責任。



have a great trek!!!★

hiyoka(^_^)


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