明けましておめでとうございます!!レイモンド・メリマン 週間コメント1/12【金融アストロロジー】

January 04, 2015

●1/5の満月 ― みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)

本日のメリマンコラムはお正月お休みさせていただいてます。m(_"_)m
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    満月は前回の新月のテーマが熟し、花開くときです。 この日は太陽と月が、地球を挟んでちょうど反対側にやってきます。0°の新月から始まった地球全体への課題は、満月で180°対向のエネルギー同士がぶつかりあい補いあうことにより、輝く満月というひとつの「結果」を見せてくれます。それは、わたし達が空間から受け取ったエネルギーをどう昇華し、現実に表現してきたのか を、あらためて見せてくれる鏡だと言えるかもしれません。そして わたし達はみな満月を超えて、次の新月までにそのテーマを消化、エネルギーはゆっくり静まっていきます。 さぁ、今回はどんな風景が見えるでしょうか? では今月も行ってみます。(^_-)~☆
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★満月タイムスケジュール★
エネルギーが高まる時です。ヒーリング・メディテーションや祈りを捧げたい方は、もし可能ならこの時間帯に合わせてみてください。エネルギーの高まりを感じられると思います。

【地方平均太陽時:ソーラータイム(LMT)】
東京・関東ローカルで1月5日14:12前後、北海道周辺で14:18前後、関西方面は13:53頃(日本標準時の場合はこの時間)、沖縄周辺で13:23前後に蟹座14°30’で満月となります。

今回のベースとなる新月のテーマについてはココをご覧ください。

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サビアン・シンボルによる【満月のテーマ ― 1/5~1/19】
*ここではデーン・ルージャー(ルディアー)版やマーク・エドモンド・ジョーンズ版の解釈ではなく、透視家エルシィ・フィーラーの伝えた言葉をそのまま書き写したオリジナル版サビアン・シンボルを使ったブレイン・ボヴィの解釈を参考に、アスペクトを加味して書き下ろしています。
*テーマはひとつの意識の流れを表したものです。この流れは順不同に現れたり循環したり、ひとつだけ突出して感じられる場合もあります。また、内容はその時々のアスペクトを意識しながら抽出しています。


【月 蟹座14°~15° + 太陽 山羊座14°~15°】
  "A very old man facing a vast dark space to the northeast" +
  "An ancient bas-relief carved in granite"
「北東に拡がる広漠とした闇に対峙する非常に年老いた男」 + 
 「御影石に彫られた古代の浅浮き彫り」 

  "A group of people who have overeaten and enjoyed it" +
  "Many toys in the children's ward of a hospital"
「満腹するまで食べることを楽しんだ一団の人々」 + 
 「小児病棟にある沢山のおもちゃ」

【テーマがもたらす雰囲気と挑戦(順不同)】
→★信じる事によって規定される「自分」を脱するための揺さぶり
→★自己の究極の「安全」は自分の中にしか無いことへの気付き
→★理由がはっきりしないままにブルーな気分になる
→★浅い意識の下に潜む、永遠と対峙することへの恐怖
→★人間が根本的に抱えてきた共通の問題または謎への直面
→★避けがたい運命と思える成り行きを肯定的に受け入れる心の強さ
→★感性による呪縛から一時的に覚める
→★真夜中の静謐に一人身を置くことによる何らかの気付き
→★「硬直したルール」と「指針に沿った自由な発想」との違いを認識する
→★状況は選択次第で常にフレキシブルだと気付くための挑戦
→★何が正しくて何が誤りかという思い込み手放す
→★直面すべきことからの逃避願望や些末な物事への耽溺に注意
→★誤魔化しや欺瞞を超えて人生そのものを愛するための試練
→★全ての山や谷を超越した視座から湧き起こる微笑
→★良い変化への勘どころを瞬間的に捉えていくための鍛錬・・→

エネルギーのポイント:『 根本的な内的訓練の開始』 


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        新しい年、2015年。 何だろう?いつもと変わらないお正月のようで、何かが決定的に違っている気がする新年です。(わたしだけかもしれないけど ^_^;)  ふり返ってみれば、2010年あたりからボチボチ気まぐれに新月・満月の星読みブログをUPしてきましたが、いつの間にかそれがレギュラーになったのでしたっけ。そして、続けていく内に、毎回の新月・満月には一定期間のサイクルで何か継続する内的成長のテーマが示されていると感じるようになりました。 始めの頃からしばらくの間は、わたし達それぞれのアイデンティティーに関する問題や挑戦が示されてきたように思います。そしてある時からそれがかなり実践的な色合いを帯びるようになり、そして去年あたりからは大きな変化の予感と共に、何かいよいよ自分達を試していくような局面が来るんだなぁ…なんて、ひしひしと感じたりしていました。 こう、本番感覚…とでも言ったらいいのかな?(^_^;

そんな天上のカリキュラムは、カーディナル・クライマックスと呼ばれる、メリマンさん曰く「一生に一度の巡り合わせ」の強力な天体アスペクト、天王星・冥王星ワクシングスクエアの展開と共に進んできました。 そして今年3月17日、7回目にして最後の天王星・冥王星スクエアが起こります。 今年最初に起きるこの満月は、去年12月22日の新月でもたらされた大テーマ 『自分の志を表明していく』 を結実させていく形ではあるけれど、今回その結実としてもたらされるテーマは、新年をひとつの大きな区切りとして意識するわたし達日本人の意識には、大きな意味を持つのではないかと思います。 


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        そうそう、新年のご挨拶のときに元旦0時のチャートをUPしましたよね。おそらくあのチャートは、欧米ではそれほど意味を持たないかもしれません。何故なら、欧米での元旦は単に暦のひと区切りであり、お祝いすべきホリデイのひとつだから。わたし達日本人が持つほどのこだわりは持たないからです。 でも、日本では時代が変わってもお正月への意識は色濃く受け継がれています。普段ほとんど無宗教であっても、ほとんどの日本人にとって元旦は、やはり特別な日であり続けています。 その意識の集約の違いは、星々が及ぼす力にも少なからず影響を与え、単なるイベントチャート以上の意味を持つ可能性があるのではないかと思っています。 

何故なら、人間の意識が対象を見ること無くしては、広大な宇宙さえ存在するとは言えなくなるのだから...。もし「意識する者」が居なくなれば、宇宙は虚無に戻ってしまうのではないかしら? それとも、「意識する者」はわたし達以外にも、何処かに存在するのかな? それは宇宙人? それとも、神様? その可能性と畏怖を否定することは出来ません。けれど一切の四次元的投影を排してその存在を "本当に" 知覚するには、一度内的な暗黒のブラックホールに溶け込む必要があるのだと思います。それはもしかしたら、帰還を望めない・・・膨大な意識システムへの旅となるかもしれません。 

        わたし達は....星々が "定める" 運命に人生を決められているのではないと思います。 わたし達と星々は、人間の知覚を超えたある広大なシステムを構成する内部存在として繋がってる...。 けれど、まだそれを十分に理解する域まで知性が届かないわたし達には、星が運命を決めているように見える…ただそれだけのこと…なのかもしれません。 突飛に聞こえるかもしれないけど、もしかしたら…わたし達の意識は、まだまだそれだけの可能性を秘めているのかもしれない…いつの日か、(もし滅亡したりしなければw) 星々の意味を創り変えることさえ出来るかもしれない。いえ、現にその萌芽は起きているようにさえ思える。。 と、妄想の羽ばたきはこれくらいにしてw。。 けど、これってこの満月のテーマにも関わりのあることなんです(^_^;。


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        じゃ、今回の蟹座の満月。その位置は蟹座14°〜15°です。 冒頭の「テーマがもたらす雰囲気と挑戦」には、ちょっと今までに無い感じがあるの、気付いたひともいるかも?  何かこう、すごく精神的というか内省的というか、こころの内側にぐいっと入り込んでいく感じがありますよね。 これまではわりと現実面での挑戦に的が絞られてきた感じが続いてきました。 けど、去年最後の新月で 「自分の志」 をはっきりと意識する局面に到達した後、それに続くこの満月ではまるでダメ押しのように、自分の深奥の「底点」に降り立つような感じがあります。 まるで、これから先へと進むために、一度どうしても覗いておかなきゃならない存在の原点がある…とでもいうように。。

        ではサビアン・シンボルを見てみましょう。まず月のエネルギーベースとなるのは 『北東に拡がる広漠とした闇に対峙する非常に年老いた男』。 うーん...何だか深い意味がありそう。 

北東に拡がる果てしない闇。 ホロスコープで見れば、北東に太陽が位置するのはちょうど夜明け前、闇が一番深くなる時間帯です。一般的な時間にベッドに入るとすれば、その時間帯のわたし達はノン・レム睡眠に入っているはず。 意識も何もかもが漆黒の闇に溶け崩れ、夢も記憶も残らない深みに達すると言われる領域です。 では、北東に向いて永遠の闇と対峙している 「非常に年老いた男」とは?  彼はもう人生を長〜く生きてきて、もうすぐ自分の寿命が尽きることを、イヤというほど知っています。 今、彼の中には長い人生で培ってきた幾多の経験の重みと、それによって構築してきた信条や、確固とした世界観があるのではないでしょうか? それは一種の信仰心かもしれないし、「世の中はこうあるべきだ」という信条かもしれません。男はこうで女はこうで、政治は、経済はこうでなきゃならん。平和とは!国とは!家庭とは!教育とは! 正しい子育てとは! そして、「自分とは…!」。まるで固い石にしっかり刻まれた浮き彫りのよう。ちょっとやそっとの風雪で崩れたりはしなさそうです。

けれど、北東の広漠とした闇は、そんな人間の重厚な経験値さえも、一切を闇に呑み込んでしまうかのようです。闇と真っ向から対峙したとき、時間が持つ重みは無力です。年老いた男にとって、それは「死」そのものであるかもしれません。 いえ、たとえ年が若くたって、「死」を暗示するような漆黒の闇に顔を向けることはとても怖ろしいことではないでしょうか? それはただの死じゃない。一切の、死。そこに呑み込まれたら、それまでの自分の一切が無くなってしまう。足跡も思い出も成し遂げてきたことも、満足も後悔も愛さえも、その全てが…。人間存在にとって、それほどの恐怖があるでしょうか? ん?かえってラクになるのかな? いえ、そう思えるのは、本当に生きたままで虚無の闇と対峙したことが無いからかも。。ただ想像しているだけだからかも。。だってその闇の巨大さは、本当に凄まじいもの......。


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        わたし達は、常になんらかの「意見」を持っています。判断を下し、意見を持つことは人として正しいとされています。だから迷いに迷って何もわからなくなったときは、早くクリアな見解を持たなければ…なんて思ったりします。そうでなければ、誰かと交流することさえ上手く出来やしない。確かにその通りで、世の中を生きていく上で、何か行動するにあたって、見解や意見って大切な道具なんだだと思います。自分の意見をはっきりと言い、ひとの意見にも耳を傾ける。そして、互いに理解し、協力しあってて、物事は成し遂げられていく。。。 それはわたし達人間同士の理想であり、掛け値無く素晴らしいこと。けど、実際のところは固い意見と意見、世界観と世界観がぶつかりあい、それが怒りや恨み、傷など様々な感情を呼び起こして闘いに繋がることも多いです。愛や平和を謳いながら、それを護るためにやがては互いの命のやり取りに発展することだってフツウにあるという皮肉。。。 愛って何? 平和って、何? けれど。 もしかしてー この世でわたし達が創り上げていく全ての事象は、やがては虚無の闇に跡形も無く呑み込まれていく幻影に過ぎないのだとしたら? もしそれを実際に目の当たりにしてしまったら........?


        こんな闇と対峙して、なおその圧倒的な虚無にOKを言えるのは、誰でしょう? それは、この年老いた男のように、これまでの、そして現在の、全てが自分の創り上げた単なる「幻」に過ぎないかもしれないこと、自分という存在が完全な無に帰していくだろうことを受け入れる決心が付いた者だけなのだと思います。 で、そこから先は? 本当に何も…無いかもしれない。あるのかもしれない。見る自分が居なくなれば宇宙も世界も無い。 けど、その先にもし何かが「ある」のだとしたら、それは…? 全ての宗教や哲学がそれに答えようとしてきました。ならば、その答はあるのかもしれません。 けれど、それは「こちら側」の言葉で表現出来るのでしょうか? それとも、数式や幾何学なら表現出来るでしょうか? 全ての次元を貫く「軸」は、はたして存在するでしょうか…? たとえ未知の領域に踏み込んで画期的な答を導き出したとしても、それは結局こちら側でのみ触れることの出来る「意見」であり、幻影に過ぎないのかもしれません。それでも.....わたし達は答を求めることを諦めようとはしないでしょう。 


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        一方、月に光のエネルギーを与える太陽のシンボルは、山羊座14° 『御影石に彫られた古代の浅浮き彫り』です。 固い固い石に彫られたレリーフ。 どこかの遺跡から出土したものでしょうか?  現代のわたし達は、そこに彫られた絵や文字を色々な手段とツールで解析していきます。 でも、もし古代の人々と今のわたし達の間に何一つ共通点が無かったとしたら、それがどんな意味か、その片鱗さえもわからないでしょう。 古代の、ある文明の証しとなるレリーフは、わたし達人間が、生きていく上で今も昔もけっして変わらない何らかの共通点を保持していることを示しています。人間を、人間たらしめているもの…。固く結晶した物質の表面に、光と影として表現されている、何か。 それは生きた証しとして頑なに存在を保持し続けようとするもの。その石ー意志は、世代を超えて長く保たれていきます。そう、いつか御影石が崩れて塵となる、果てしない時の彼方まで。。 けれど、それはけっして永遠ではあり得ません。ここには山羊座の御影石に彫られた、人間のとてつもない意志の証しがあります。けれど、そのエネルギーを受けて、満月として花開くのは、蟹座。北東の静謐に茫漠と口を開く永遠の闇なんですね。。


        繊細な感性をもって「自分」という存在や自分が生きる領域を護ろうとし、内なる「安全感覚」を第一とする蟹座。そのど真ん中に、こんなシンボルが口を開けているなんて。。 あらためて、サビアン・シンボルって凄いシステムだなぁって思います。 カーディナル・サイン中央部の度数には、それぞれに、人間というもの存在の本質を問うようなテーマのシンボルが置かれているからです。。

あるアストロロジャーは、この蟹座中央部14°〜16°の周辺を「メランコリー度数」と呼んでいました。おそらくその中心となるのはこのシンボルだと思います。 確かに、今まで「自分」を支え、必死に構築してきたものが全て呑み込まれてしまいそうな闇をかいま見たなら、あるいはこころの中に全てを無に帰するような闇がひょっこり顔を覗かせたなら、わたし達はあわててそこにフタをして見ないフリをしそうです。 だけど… 固く目を瞑りこころを閉ざせば閉ざすほど、それは得体の知れない恐怖に変わっていきそう。。 そしてふとした拍子に、何やらワケのわからない憂鬱さや、落ち込むような感じに襲われることもあります。


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けど、このシンボルはけっして「お前は闇に呑み込まれるんだぜ。へへっ」なんて言ってるわけじゃありません。(もしそんな "幻" の声が聞こえたとしたら、それこそが自分自身の創造性と精神的スキル・・または長い時をかけて育ててきた "癖" のたまものかも。。)

このシンボルが表現しているのは、確固たる物質に囲まれ、しっかりとした見解や意見を持ち、お気に入りの世界を護り育て、安全な壁の中に生きる…というわたし達の「安定」した感覚が、実は単に相対的な事象でしかなく、全ては常にフレキシブルに変化していくという赤裸々な本質です。 別の言い方をするなら、わたし達は皆、例外なく「死すべき者達」だという厳然たる事実。 「有る」 も 「無い」 も、本当は全く同じ「何か」の両側面でしかないこと。 そして、不変のものなど何も無い世界に在るのだという、理解しているはずなのに忘れがちな事実。 全てが、そんな領域の中でわたし達の意識が織り上げる、束の間の創造的な夢なんだ…ってこと。 これはそんな、「わたし」という自我にとっては耐えがたいかもしれない現実を、わたし達の感性にチラっと映してくれている度数。…そんな気がします。

だからこの度数を生きるとき、わたし達は、高齢の老人として漆黒の闇に対峙する、内的な勇気と剛胆さを問われます。様々な経験、集めてきた身の回りの愛するもの達、「これは、こうだよね」という見識を、どれだけ軽やかに手放せるのか?  いえ、手放す以前に…得体の知れない創造の闇を手放しで受け入れ、受け入れながら、なおも 「こちら側」 にとどまり続け、夢を創造し続けることが出来るのか?  死すべき存在、限りある存在である自分をはっきりと意識し、それを軽やかに背負って。。 このシンボルは、虚無の闇さえも受け入れることによって、何者にも脅かされることのない真の安全感覚と、果てしない自由な感性を手に入れることが出来るか?って…そんな、ひとりひとりの根底からの挑戦を(究極には)意味しているのだと思います。 それって内的 "跳躍" と言ってもいいかもしれません。 虚無を見切った上で傷付くことを怖れなくなった蟹座は、本当に強く、そして....優しいです。


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うーん、こうしてみると、これってメランコリー度数っていうより、「禅度数」とでも呼んだほうがいいのかもしれないですね。。 この度数をマスターしたひとは、きっと上辺の軽いノリじゃなく、本当の意味で人生を軽やかに、しなやかに、大きな度量で生き切ることが出来るんじゃないかな…(^_^


        おっと。ベースになる度数の説明が長くなりすぎたかも…(^_^;  では月が取っていく度数、蟹座15° 『満腹するまで食べることを楽しんだ一団の人々』 に行きましょう。 これ、前のシンボルとは何となく対照的ですよね。けど、生のリズムとしては納得いくシンボルだと思います。 北東の永遠の闇にじっと顔を向けてきた老人は、ここではもう、美味しい食べ物を飽きるほど食べ尽くして大満足しちゃってます。OK、ここではみんな一緒。きっと気の合うひとたちなのでしょう。一団の人々という表現は、これが社会的な意味合いを帯びたシンボルであることを示唆しています。 この、蟹座14°から15°へと繋がるエネルギーは、おそらく14°の北東の闇にどう対応してきたかでその味わいが分かれるのではないでしょうか。

否応なく迫り来る「死の闇」や「虚無」への恐怖に触れそうになったとき。わたし達が、内側から沸いてくる得体のしれない重い気持ちにフタをして、真っ向から対峙することを拒否し続けるなら…そんな気持ちを外側に投影し、何かのせいにするかもしれません。それは新しい幻の創造。あるいはそれを忘れるためにお酒やドラッグに溺れたり、不毛な恋愛や遊びなど、あらゆる些末な行動に耽溺していく誘惑に抗うことはとても難しいと思います。 いえ、そこまで深みにはまらなくたって、何かをしなくてはならないとき 「自分には出来る」とどこかで解っているクセに、どうしても腰が重くて立ち上がれない、面倒くさい、いやだ…なんてときがあるんじゃないかな...。そんなとき、わたし達はやるべき事とはまるで関係のない、些末なことを突然始めたりします。 そして、そんな行動をギリギリまで続けます。 やればきっと出来る。だけど出来ない。。 自分で気付いているかどうかは別として、多分そこには、過去から現在まで続いてきた「何か」がその行為によって崩れ去るかもしれないこと、それによって徹底的に傷付くことへの恐怖が潜んでいるのかもしれません。


        でも、物事にはバランスだって必要です。勇気や緊張や深い思考力、そして逃げずに忍耐して踏みとどまるこころを存分に使ったなら、ひととき休んだり、自分を慰めることも必要なのが人間というものではないでしょうか。 ならば、もし本当に必要なら、「こうあるべき」というルールなんか曲げたっていい。 たまには食べたいものを思いっきり食べたっていい。まぁ後でお腹を壊したりするかもしれないけど、それだって自分の通るべき道。それさえも自分自身の身に引き受ければいい。 重い荷物を背負っているなら、ひととき降ろして息をつく。 虚無の闇に本当の意味で対峙し、こちら側に帰ってきたひとは、その "加減" を体得しているひとです。闇に呑み込まれるのではなく、目を見開いたまま闇を闇ごと呑み込んだひと。 彼/彼女はきっと、「臨機応変」という言葉が示す行為の熟達者です。全てを受け入れた上で、自分にも他のひと達にも、軽やかな優しさを示すことの出来るひと。 そして、ひとり立って、その結果の全てを自分の身に引き受けるだけの、内なる勇気を持ったひと。。


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        さて、月に光を与える太陽のシンボルは 『小児病棟にある沢山のおもちゃ』 をとっています。 病気で辛い思いをしている子供達がいっぱい入院している病棟には、彼らをひととき慰めるために、様々なおもちゃが備えられています。 家族から離され、学校へも行けず、辛い検査や手術に耐えて頑張っている子供達。 ほんのひとときでも、可愛いぬいぐるみや機関車やゲームで遊ぶことで、彼らの淋しさ、恐怖や辛さを和らげることが出来るかもしれません。 沢山のおもちゃは、寄付されたものでしょうか? そこに備えられたおもちゃ達には、そのひとつひとつに、小さなひと達を思いやる気持ちが託されています。 子供達は今、辛さを忘れて無心に遊んでいます。ひとときの、解放。どんな境遇にあったとしても、そこで触れることが出来たものによって、ひとは癒やされる可能性を持ちます。そのひとときの安らぎが、人間が生まれ持つ回復力にとっての栄養になるのかもしれません。そして、そんな子供達の笑顔は、周囲の大人達をもホッと癒やします。たとえわたし達全員が、いつかは死すべき存在なんだとしても。 今このときは、その子の笑顔が全てです。そして今、この時こそが、わたし達の「生」の全てなのです。 そして。。その「生」を、表裏一体となって見えない領域からがっしりと支えているのは、人生の北東に広漠と拡がる漆黒の闇の空間なんじゃないでしょうか?

        カーディナル・サイン、特に蟹座・山羊座軸のこのあたりは、かなり難易度高いかもしれません。それは別に深刻な体験をするとか、逃避行動が多いとかいう意味じゃありません。ただ、普段は気付かなくても、ここにはおそらく異なる領域への通気孔が口を開いているから。。 それを覗いてみるもみないも、わたし達次第。 エネルギーをどう使いどう表現するかも、わたし達次第です。 ただ、もしこのあたりに重要な個人惑星や感受点を持つひとがいるなら、「実はどこにでも遍在している究極の闇、あるいはわたし達の「背後」を支える闇に、そっと目を向けてごらん・・・怖がらないで」 なんて、そんな誘いの声が聞こえてくることがあるかもしれないこと。それが実はこの世を生きるにあたっての、こころの鍛錬への誘いであることを、ちょっとだけ、頭に入れておくといいかもしれません。 何故ならそこには、まだ未知なる領域への、内なる冒険が待っている可能性があるのですから。。


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        余談になりますが、古代ギリシャには、「スィーマ・マンディ(THEMA MUNDI)」と呼ばれる特殊なホロスコープが存在しました。これは「世界チャート」とも呼ばれ、蟹座が1室、天秤座が4室、山羊座が7室、牡羊座が10室となっていて、各サインにはその支配星が在泊しています。その用途の本当のところははっきりと解明されていないけれど、どうも教育用に使われたのではないかと言われているそうです。「世界」とは一体何か? その構造や成り立ちはどうなっているのか?を星々が織りなす構造を使って教えるために使われたチャートなのでしょうか。 世界チャートの1室/アセンダントが蟹座というのはとても面白いと思います。「世界のアイデンティティ」を意味する領域が蟹座だとするなら、その中央部に、存在そのものと対峙する不滅の闇が口を開けていても不思議ではありません。わたし達ひとりひとりのアイデンティティだって、その背後には見えない闇が常に存在するのですから。。 わたし達はいつの日か、その闇と親しくなることは出来るでしょうか? 勝つとか負けるとかじゃなく、ただ意識という広大なシステムの中に存在する表裏一体の因と果、その愛の顕れとして…。 もしいつかそんな日が訪れたら… きっとわたし達の世界は全く違う場所になるかもしれませんね。(^_^


        今回の満月図と月・太陽のサビアン・シンボルを見ていると、もし去年やり残したことがあるなら、それが浮上してくるのかも?と思えるところもあります。 それは、ずいぶん以前から避けて通ってきたこと、そろそろ直面すべきことなのかもしれません。また、自分の美意識や創造性を生かした何かを飽くことなく追求する挑戦かもしれないし、何かずっと引っかかってきたこころの澱が浮上するのかもしれません。 前回の新月で「自分の志」を確かめたわたし達は、ここに来てそれをなおも追求しようと頑張ります。どこまでも、とことん行きたいという気持ち。でも、それを妨げるような心理的要素も目立ちそう。 このエネルギーの影響を大きく受けるひとは、奮闘するんだけど、足許から砂が崩れていくような感覚を覚えるかも? 逃げ出したくなるような強いプレッシャーもありそうです。 けど、もしもそんなことが起きるとしたら、それを超えていくヒントはやはり満月のサビアン・シンボルが伝えるテーマの中にあるのだと思います。 これはとても深い意味を持つシンボルです。そして、この満月は月のノード軸とはスクエア。そして月にはケンタウルス族のキラルスが、太陽には冥王星がコンジャクトし、すでに十分牡羊座の天王星とのスクエアが効いています。ノード軸とグランドスクエアとなる満月。だからとっても強力です。

わたし達は去年の秋頃から、新月と満月ごとに各サインの0°、14〜15°、そして最終度数となる29°を体験していく旅の途上にあります。 それはまるで、それぞれの星座宮が持つエッセンスをたっぷりと吸収し、まんべんなく学んでいくように…なんて言われているみたいだなぁ。。

最後の天王星・冥王星スクエアを挟むようなカタチでそんなエネルギーが降り注ぐなんて、やっぱり天からの挑戦&贈り物なのかな? いえ、わたし達を存在させている何かが、「共に何か創ろうぜ!」と誘いをかけているようにも感じられます。 え〜でもなんかちょっと大変だし疲れそう。。 いえ、疲れたら休もう。 とことんやり抜いてみたくなったら、そうしよう。 そして、何があっても、どんな状況にあっても、自分の足で立ち、自然なリズムで踏み出し、今を生き延びてみよう。 厳しくて優しい一歩を。 果てしない謎と、背後に拡がる漆黒の闇と死を無二の友として。そして、光有る遍在の空間に、こころから微笑むことが出来るように...…!! 


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have a great trek!!!★



hiyoka(^_^


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