レイモンド・メリマン 週間コメント2/22【金融アストロロジー】レイモンド・メリマン 週間コメント2/29【金融アストロロジー】

February 22, 2016

●2/23の満月 ― みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)

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    満月は前回の新月のテーマが熟し、花開くときです。 この日は太陽と月が、地球を挟んでちょうど反対側にやってきます。0°の新月から始まった地球全体への課題は、満月で180° 対向のエネルギー同士がぶつかりあい補いあうことにより、輝く満月というひとつの「結果」を見せてくれます。それは、わたし達が空間から受け取ったエネルギーをどう昇華し、現実に表現してきたのかを、あらためて見せてくれる「鏡」だと言えるかもしれません。そして わたし達はみな満月を超えて、次の新月までにそのテーマを消化し、エネルギーはゆっくり静まっていきます。 さぁ、今回はどんな風景が見えるでしょうか? では今月も行ってみます。(^_-)~☆
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★満月タイムスケジュール★
エネルギーが高まる時です。ヒーリング・メディテーションや祈りを捧げたい方は、もし可能ならこの時間帯に合わせてみてください。エネルギーの高まりを感じられると思います。

【地方平均太陽時:ソーラータイム(LMT)】
東京・関東ローカルで2月23日03:38前後、北海道周辺で03:45前後、関西方面は03:19頃(日本標準時の場合はこの時間)、沖縄周辺で02:51前後に乙女座3°33’で満月となります。

今回のテーマのベースとなる新月の大テーマについてはココをご覧ください。

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サビアン・シンボルによる【満月がもたらすテーマと挑戦】
*ここではデーン・ルージャー(ルディアー)版やマーク・エドモンド・ジョーンズ版の解釈ではなく、透視家エルシィ・ウィーラーの伝えた言葉をそのまま書き写したオリジナル版サビアン・シンボルを使ったブレイン・ボヴィの解釈を参考に、アスペクトを加味して書き下ろしています。
*テーマはひとつの意識の流れを表したものです。この流れは順不同に現れたり循環したり、ひとつだけ突出して感じられる場合もあります。また、内容はその時々のアスペクトを意識しながら抽出しています。


【月 乙女座3°~4° + 太陽 魚座3°~4°】
 "Two angels bringing protection" +
 "Petrified forest"
「二人の守護天使」 +
 「化石化した森」 

 "A colored child playing with white children"+
 "A heavy traffic on a narrow isthmus"
「白人の子供達と遊ぶ黒人の子供」 +
  「狭い地峡に起きる交通渋滞」

【テーマがもたらす雰囲気と挑戦(順不同)テーマ発効期2/23~3/8】
→★不可視で精妙な護りの手が入っていることへの信頼
→★時の移り変わりに耐える堅固な核を内側に持つ必要
→★あって当たり前だったものを失い初めて守られていたことを知る
→★厳しい現実に生きながら永遠をかいま見ることで創造性を保つ
→★「こうしなければ」という頭の固さで生命力を失う危険
→★果たさねばならない目的のために寛容と忍耐力を保つ必要
→★無邪気さと無欲によって既存の壁を越えていく体験
→★あるべき物事の側面として光も影もそのまま受け入れていく必要
→★臨機応変の方向転換を不可能にする頑なさに注意
→★行き詰まって進まない物事を切り分けて原因を特定する必要
→★一番肝心な物事にエネルギーを集中していくための選択
→★本当に価値ある物事は長く待つに値するという眼力
→★口にする理想と実際の行動の乖離という現実を直視する
→★未知への怖れとフラストレーションが壁となる危険
→★精神を拡散するとき、集中すべきときの切り替えに注意
→★自分自身であり続けることへの忍耐と継続の価値…→

エネルギーのポイント:『 忍耐とカタルシス』 

160223FM

        
        2月8日の新月以来、天空では遠い惑星達が織りなすちょっと不安定でザワつくようなエネルギーが続いています。そろそろ季節も変わり目だし、体調を崩しているひとも多いかも。。 そんな中、太陽は魚座入りして濃いミルク色の霧をまとい、そのカタチの無い表皮に様々な幻を映し見せてくれます。そこに映し出される世界。その光を浴びて輝く月は、わたし達自身のこころ模様。この満月はちょっと複雑な色合いを帯びていそうです。。


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  さて、新月のエネルギー・ポイントは『 闇にあってこそ 光を識る 』でした。真っ暗闇とまではいかないまでも、ちょっとショックな体験をしたり幻滅を感じたり…何かブルーな体験をしたひと、いるでしょうか? けど、そういう体験をしたひとは、きっとそこから何か気付くことがあったり、ちょっとしたインスピレーションを感じることもあったんじゃないかな?と思います。たとえ小さなことでも、それ、大事に覚えておくといいかもしれません。

今の星回りって、何かそのひとそれぞれの遠い過去(過去生的なものも含めて)に関わる記憶や痛み、長いこと眠っていたフラストレーションを刺激してくるような感じがあります。それは今、自分を縛っている何か… 社会的束縛や物質的な欠乏、能力への不安、課された責任など色々な重荷。そしてそれら全ての "重荷" を失ってしまうことへの漠とした怖れ。思うにまかせないしがらみ。壊したい。けど壊せない。ひとにより様々だと思うけど、例えればそんな感じのチクチクとした刺激でしょうか。

そして今、闇にあって光を識るというテーマの中で満月を迎え、その果実となるエネルギー・ポイントは・・・『 忍耐とカタルシス 』。ここ一番でこらえるこころと、ドーンと解き放つこころ。わたし自身、忍耐の方はあまり得意じゃないのですけど…(^_^;。でも今回の満月を迎えるにあたっては、この二つの要素をバランス良く体験していくこと ー 抑えるところは抑えつつ、一方で溜め込んでしまったエネルギーを上手~く解放していくこと。

土星と海王星の助けを借りて、いわば自らの意志で創造するカタルシス。それってとても大事なポイントになる気がします。


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        で、まずベースとなる月のサビアン・シンボルは 「二人の守護天使」。時を超えた不可視の世界から舞い降りてきた霊の護り手たちです。わたし達が危機に傷付き倒れたとき、その痛む心を、不可視の世界から舞い降りてそっと抱き留めてくれる… 道に迷って魔の手に落ちないように、人知れずガイドしてくれる… そんなイメージでしょうか。彼らは永遠の領域からやって来る者達。彼らの翼は、新月のシンボルに出て来た真っ白な鳩の翼に似ているかもしれません。

ところで乙女座初期度数に舞い降りた天使達は二人です。どうして二人なのかな? 守護天使がひとり来てくれるだけでも心強いけど…。面白いことに、キリスト教の中には信仰者それぞれに導き手の天使が二人付いていて、一人は善へと導き、あとの一人は悪に向かわせるという説があります。また「頭の体操」として創られた有名な問題には、その話から来たと思われるこんな問いかけがあるそうです。「天国への門と地獄行きの門がある。そこには天使が二人いて、一人は本当のことしか言わない。もう一人は嘘しか言わない。二人は全く同じ様な見かけ。天国への門を見わけるために、どちらか一方にたった一つの質問が許される。さて、どんな質問をすれば良いか?」なんて。(興味あるひとは正解を考えてみてね)


そして、月に光を送る太陽のシンボルはまず魚座3°「化石化した森」です。うーん、柔らかなイメージの魚座に固く化石化した森。乙女座に二人の守護天使...?


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  この軸、面白い対比だと思います。考えてみれば、乙女座は地の星座宮。そして細部に目を配り、無垢な純粋さを愛し、思考と手を使って物事を整理していく質を持っています。前の獅子座でひとり究極の自己表現とそれに伴う自我の拡大を学び、後に来る天秤座では人と出逢い、複雑な関係性のバランスを学んでいく…その手前の乙女座では、肥大した自我の思い出を抱えながらも、その対極にある極小の自分の姿を認識し、他者との出逢いに備えていく。そうだ、地に足を着けていかなければ。。 これもまた、ミュータブル・サインの持つ二重性。 対極の魚座の光…夢を仰ぎ見ながら現実の大地を生きる。善悪、白黒、愛憎、清濁、上下、左右、生と死 ー その他あらゆる二元の要素で出来た世界をきっちり見据えなければ。そして夢をこの手に掴みたい。

そこに舞い降りる天使は、やはり二人。二人の守護天使は、大地を見つめながら夢を学んでいく乙女座の世界で、ともすると雑念にまぎれて知覚しにくいもう一つのリアリティを通し、わたし達をガイドしてくれるのだと思います。たとえわたし達にその声は小さすぎて、なかなか聞こえないのだとしても。

一方、太陽のエネルギーを示す「化石化した森」は、長い長い時の経過を感じさせるシンボルです。以前は鬱蒼と茂る木々とそこに棲む生きものたちの精気にあふれていた森。太古の森に何が起きたのでしょう? もしかしたら森林火災で燃え尽きてしまったのでしょうか? それは今、固く美しい鉱物の森と化しています。冷たい静謐。それは一つの見方をするなら、滅びの象徴… 死が支配する虚無の世界です。またもう一つの見方をするなら、時の試練を越えて永遠に近い存在にまで到達した何か。ここにも、存在の二重性がかいま見えます。さて、乙女座で二人の守護天使に抱かれた月は、この黒々とした化石の森に何を見るでしょう? 暗黒の虚無? 喪失への怖れ? それとも、死という現実を超えたところに存在する別世界、内なる炎によって昇華した純粋な夢でしょうか?


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   ハードなリアリティと不可視の永遠が出逢い、スパークする一瞬。そこにはフラストレーションを創造性の火花に変える一撃があります。けれどその一撃を受けて耐えられるのは、きちんと二本の足で立ち、常に二元の境界線をまたいで生きることが出来る者だけかもしれません。立ちはだかる現実に負けず、夢に狂わず、それでもひたすら自分という無垢な未知を歩いていけるかな?わたし達。 けれど二人の守護天使はいつだって日々のあらゆる事象に紛れながら、新しい選択に向けてわたし達をそっと導いてくれているのかもしれません。ただ、その声を聴き取ろうとする者のために。

   この、現実と夢(あるいは理想)の二重性は、次にとっていくシンボルにも同じ様に生きています。少し具体化した形で…。月のシンボルは『白人の子供達と遊ぶ黒人の子供』。原文の感じだと、白人の子供達の中にひとり黒人の子供が混じっているのかな…。現代の米国でも人種差別は大きな社会問題となっていますが、1925年当時はもっと厳しかったはずです。たとえ子供達でも、白人の子と黒人の子が一緒に遊ぶなんてこと、とても考えられなかったのではないでしょうか? だからこの、分け隔てのないイメージは夢のまた夢、ほとんど別の宇宙の一シーンみたいな感じだったのではないでしょうか。

ちなみに、この記事のために黒人と白人の子供が一緒に遊んでいる著作権・使用権フリーの画像を探したのですが、なかなか見つかりませんでした。有料の画像でいかにも子供達を集めて撮りました…的なものは沢山あるのだけど、何気ない自然な遊びの姿をとらえた画像って本当に少なかったです。で、やっとみつけたのがこの一枚(かなり加工されてるようですが...)。他はみんな白人なら白人だけ。アジア系ならアジア系だけ、黒人は黒人同士。。これはけっこう意外な発見でした。「あぁ、世界って今もそうなんだな。人間のナマの感覚って、やはりそうなんだな…」って。。


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   見知らぬ土地で右も左もわからず不安なとき、ひとは無意識に自分と共通項を多く持った仲間を探します。一番簡単なのは、表面上の特色で区別していくことでしょう。肌の色、民族、性別、年齢、服装や持ち物、言葉、そして階層… 似たもの同士であれば理解もしやすく、互いの利害が一致する確率も高いかもしれません。遠い外国では、同じ母国のひと同士、同じ民族同士が寄り集まって暮らす例もとても多いです。また、同じ階層が同じ地域に自然に寄り集まります。そこには力と利害が存在し、政治もまたそんな場所から生まれて来ます。

一方、わたし達には自分に無いものを相手の内に見出し、それを求め憧れるという習性もあります。白は白だけでは成り立たず、黒も黒だけでは成り立たない。光と影は一対のもの。どちらが欠けても成立することなど出来ない。二元の世界。だからわたし達は、自分に無いもの、自分の理想像…一種の幻影を相手に求め、期待し、そこから何かを得ようとすることがあります。そしてその夢が破れたとき、失望や怒りを感じます。けれどわたし達は相手を見る前に、本当に自分のことを知っていると言えるのでしょうか?

白はあらゆる色をその光に含み、黒もまたあらゆる色をそのハートに抱いています。赤も黄色も緑も紫も、存在する色の全てを。本来、「存在」とは全てを包含する者だったはず。その大いなる原点こそは、この世界に生まれ、はるか古代から連綿と生をつむいで意識を持つに至った者達すべて、わたし達みんなの中の絶対的な共通項だったのではないでしょうか。

   今... 忙しく日々を暮らすわたし達にとって、自分の奥底に眠るその原点に立ち帰ることはあまりに多くのエネルギーを要することかもしれません。そこに辿り着くには、沢山の個的な傷、集合的な痛みの記憶 ー 感情の澱みに分け入らないといけないから。けれど、一度もそこに立ち帰ることなくして、わたし達が本当の意味で平等を知ることは無いのかもしれません。


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   …ここは夢の世界。あらゆる人種の子供達が無邪気に遊んでいます。他愛ないことにキャッキャと笑いころげながら。彼らにとって互いの肌の色の違い、骨格や顔付きの違いは超えるべき壁でも何でもありません。それは無限に持つ色の中からひとりひとりが選んだ色。全てのカードを持つ中で切り出してきた一枚のカード。それは単なる神々の遊び。そこにはどんなタブーも存在しません。

「なんでそんなヘンな顔選んだの?こっちの方がカッコイイじゃん」
「バーカ!こっちの方がカッコイイだろ。ほら(白眼をむく)」
「うぉすげ~~!w(驚愕と尊敬)」 

この同じセリフ同じ会話を、わたし達は全く別の解釈を通して聞き取ることもあるでしょう。優越感と劣等感、支配する側とされる側の見えにくい階層を表す会話として。けど、その違いは何処にあるのでしょう? 政治や社会制度はまず「壁」を定義し、それを乗り超えていこうとします。けれど、それだけで夢は実現するのでしょうか? わたし達はいつか、自分という存在の本質に気付くことがあるでしょうか?

        わたし達はいつもこころに理想を描きます。あらゆる垣根を越えて、広いこころで互いに手を取り合いたい。子供のように無邪気に、みんなが無条件の親愛をもてたらどんなにいいだろう。けど、子供の世界だって現実は無邪気とばかりは言えず、いじめは日本でも大きな社会問題になっています。わたし達が思い描く理想の子供世界のイメージ。それを広く実現するのは、今はまだ夢かもしれません。このシンボルは二元の世界で、厳しい現実を見据えながらも夢を捨てずに生きていくことへのあくなき挑戦を示唆しているように思えます。

それでも。。 人生の中で一瞬、素直で無邪気なこころがほわっと生まれる。そんな瞬間を味わった記憶なら、誰しも持っているのではないでしょうか。それってどんなときだったろう? もしかしたらそんなとき、天使達がそっと舞い降りてわたし達の奥底を、その存在の源を、一撃してくれたのかもしれません。


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   一方、太陽のシンボルは魚座4°『狭い地峡に起きる交通渋滞』です。この地峡とは、たとえば大陸と半島を結ぶ架け橋のような形の地域。ちょうどボトルネックになるような地形です。海に向かって拡がった半島には、素晴らしい景色やビーチ、楽しい遊園地があるのかもしれません。みんながそこに行きたがる素適な場所。。思いっきりリラックスして羽根を伸ばせるところ。。 でもそこに至る細い道は、今は沢山の車や人で混雑しています。もう何時間同じ所に止まっているでしょう。これじゃ永遠に行き着けないかもしれない。わたし達はイライラしながらフラストレーションを溜め込んでいきます。あともう少しで何かが掴めるかもしれないのに。夢に手が届きそうなのに。前の車がいなければいいのに。何故みんなこんな日にこんな所に来るんだろう?

迂回路はありません。強引にすり抜けるか?引き返すか? そんなことをすればたちまち事故が起きるかもしれないし、交通違反で捕まるかもしれません。ここは、夢の地に辿り着くための狭い狭い道。けれど子供達は待つことに飽きて、「もう帰ろうよ!」と今にも泣き出しそう。 けれどわたし達大人は?

   わたし達の目の前に、たった1本の狭い道、凸凹の道しか見えないことがあります。厳しい現実に嫌気がさしても、その道から外れられないときがあります。何故か? 道を外れるのが怖いから? それとも、自分自身が選んだ道、それしか無い道だから? 

その道は、わたし達の精神そのものを物語っているのかもしれません。自分で選んだ考え方、方法論。頑張って到達しようとしている境地。でも、なかなか辿り着けない。行き詰まってしまった。それでもその道一本に集中し、忍耐をもって遅々としながら進んで行くのか? 本当は永遠に辿り着けないんじゃないのか? 自分の選択は本当は大きな間違いで、そんな能力なんて最初から無かったんじゃないか? 別の道、別の過ごし方を選んでいれば、今頃は……。


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   今 太陽の光は、自分が欲した夢に辿り着くための挑戦と試練を受け続けるか?と問いかけています。化石の森が、一度燃え尽きることによって時を凌駕する存在となり得たように。奴隷制度の記憶も新しかったその昔、白人の子供達の中にたったひとり入っていった黒人の子供は、とても怖かったのではないでしょうか。子供はときに残酷な面を隠しません。もしかしたら、いじめられるかもしれない。人間扱いされないかもしれない。それでも、勇気を持って自分から見えない壁を通り抜けたとき初めて、本当に無垢な友情で結ばれる奇蹟の光景が顕れたのだと思います。 最初はおずおずと。互いに戸惑いながら。見た目の違いからくる、それぞれの怖れに耐えながら。。 
そしてあるとき天使の一撃!一斉に、大きな笑い声。そして…

今わたし達は、渋滞する道路のど真ん中。前方には延々と続く車の列。あぁ、疲れた。。 何だかイヤになるなぁ。倦怠。またはどこからともなくやってくるブルーな気持ち。ビール飲みたいなぁ。あーもういっそ車ぶつけてもいいから脇の林道にでも入っちゃおうかな。何が起きるかわからないけど、今より面白いかも? 

けど、その思い付き、脇道への冒険は…本物のインスピレーションかな? 目的のために今まで耐えて来たことを代償にする価値のあるもの? 

もしこころの底からそう思えるなら、もうふり返る必要は無いでしょう。たとえ事故が起きようと、怪我をしようと、誰かを傷つけようと、けっして後悔はせず、自分の中で全てを引き受けることが出来ると思います。そして、いつか必ず子供のように笑えるときが来ます。だから、自分のお腹とハートに聞いてみて。・・・それとも、ただ「ココ」から逃げたいだけかな? ちょっぴり狂ってみたいだけかな? 


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   たとえ自分にとって価値ある道を歩いていたとしても、ときにフラストレーションは溜まります。その圧力が高まれば高まるほど、それは出口を求めて体中を駆け巡ります。。じゃ、そのエネルギーを、どうすればいいのでしょう?  

泣いていた子供は、車の窓をいっぱいに開けて周囲の景色を眺めています。青い空を、雲を見上げ、鳥のさえずりを聞いています。大人は道路脇の小さな空き地に車を停めて、緊張した体を休めています。もし道が空いていれば、こんなところで停まるなんて一生あり得なかった。道ばたの名も無い花に気付いたり、道路脇の家々に住むひと達の生活を想像してみることもなかった。何の変哲もない家並み。でも、確かにそこにも見知らぬひと達の人生がある。風が吹いてくる。自分の知っている街とは違う風の匂い。

今この瞬間って、何だろう? ついさっきまで、延々と続く車列を眺めながらこう考えていた。きっと自分の人生には永遠に同じことが続いていくんだと。でも、そうじゃない。この瞬間は今しか起こらない。たとえ飽き飽きするような待ちの時間でさえ、一瞬一瞬 わたし達には違う時が訪れている。。 それは継続しない時間。...今まで何を見ていたんだろう?

やがて辿り着くはずのステキなところ。けれどそこに続く道は狭く、長い長い道のりかもしれない。きっと障害物だっていっぱい待ち受けてる。でも、今はその道を行くとき。そして、その道の全てをゆっくりと味わうとき。これを受け入れたとき、わたし達の目の前には今までと違うリアリティが見えてくるのかもしれません。


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        今回のメリマン・コラムの抄訳後記にも書いたけれど、この満月の海王星はなかなか強力です。何かに酔いたい気分、ちょっとドラッグに身を任せるような、この現実から飛び出してしまいたいような、うずうずするような、何とも形容しがたい気分が生まれそうな雰囲気があります。そう、「飛びたい」感じと言えばいいのかな。。  一夜の夢や妄想に身をゆだねてみたい気持ちも起きそう。ひとによって、それは危険な愛に身を任せることかもしれないし、今まで試みたことがないような大胆な賭けをしてみたくなるのかもしれません。でも、その誘惑に簡単に乗るのは…あまりお勧め出来ません。今、大胆に行動して良いのは、長く培ってきた本物の経験と勘、そしてスキルを使って計画的に動けるひと。けれど単に今の自分、今の状況から逃げたくて取る行動は、良い結果を生まないと思います。

また、ひとによってはサイキックな境界線が曖昧になって、他のひと達のバイブレーションや意識の塵を吸い込みやすい傾向が出るかもしれません。今感じているモヤモヤが自分のフラストレーションなのか、それとも誰か別のひとのネガティブなエネルギーなのか判然とせず、地に足が着かないままにもっていかれる…そんなケースもあり得ます。それは感情的なことだけでなく、体調にも影響するかもしれません。

近しい人間関係では、互いに情愛を持ちながらどうしても相容れない部分がぶつかって火花を散らすことがあるかも? あるいはよく知っているつもりの相手がどこか知らない遠いところに行ってしまったような感覚とか。けど ひとによってはそれも、なんとなく夢見の内に起きているような、不思議な感じがあるかもしれません。今、魚座に在泊している小さな惑星達は、わたし達に自動運転の車に乗って苦痛とエクスタシーのワンダーランドに向かっているような感覚を与えてくる可能性があります。

こういうタイプのエネルギーってアートやクリエイティブな活動にはとても良いけど、真偽を混同してしまうと行くべき道から外れてしまう危険もあります。いわゆる「受けやすい」ひとは、あまり無防備にならないよう気をつけてくださいね。今はイメージを楽しみながらも「覚醒」していることを必要とする、そんなときです。


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        そしてもうひとつ、この満月を彩るのは、太陽とコンジャンクトしているネッソスの影響です。このケンタウルスは、今回の太陽のシンボルにもオーバーラップする、人種や民族問題に絡む不正行為や力の濫用に関連しています。また、過去の因縁からくる反動や報復、妄想、性的虐待やストーキング、幼少時に受けたこころの傷に起因する根深い闇としても顕れることがあります。もちろん他のケンタウルス族と同じようにネッソスもまた、その本質は闇を徹底して浮かび上がらせることによって眠っていた傷を癒やす働きにあります。けれどその癒やしに達するには、やはりひととき狭く険しい道を歩き、荒涼とした暗闇を丸ごと呑み込んで受け入れる体験も必要になるでしょう。そんな痛みの経験を通過して、わたし達は初めて他のひとの深い痛みを理解し、本来の自分自身を取り戻すことが出来るのかもしれません。

なのでこの満月期、ミュータブル・サイン(魚座、双子座、乙女座、射手座)、特にその2°〜3°付近に主要な惑星や感受点を持つ人は、ふと過去の痛みが蘇ったり、何故今頃になって?と訝しむようなことに遭遇するかもしれません。もしそんな経験をするなら、それは道の途上で来し方をもう一度ふり返り、味わい、そっと鎮魂し、手放して前進していくための出会いです。(もしそれが過去生絡みなら、ふり返っても明確な心当たりは見出せないかもしれません。ただ漠とした深い痛みや哀しみ、怒りという形を取る可能性もあります。)

そんなときは、浮かび上がった感情をこころに深く受けとめて。そしてたとえ涙を流したとしても、現実に起きている物事に対しては淡々と処理しましょう。感じる痛みそのものには十分に敬意を払い大切に扱ってください。でもけっして目の前の事物に、あるいは相手に(居るひとであろうと居ないひとであろうと)、足を取られないでいることが鍵です。自らの過去を鎮魂していくときにとても大切なこと。それはその過去に巻き込まれないこと、そして今、ここにいる自分を静かにしっかり保ち続けることです。


   そんなこんなで、小惑星達はこの満月にちょっとダーク・ファンタジー的な色合いを添えています。また土星は現在射手座のグレート・アトラクターとコンジャンクト中で、その持ち前の「重さ」が増幅してる感じ。 こんなときは、耽美的な死のイメージ、異形の者達や魔的世界の物語、ゴシック趣味やスチームパンクの仄暗さに惹かれるひとがいるかもしれません。あるいは哀しみをたたえたセイレーンの歌声、または孤高の漂泊者やローンウルフ的な生き方に魅力を感じるひともいるかも? そんなイメージの世界にひとときこころを遊ばせて、ひたってみる。何かを表現してみる。もしかしたらそんな余暇の過ごし方も、この時期のエネルギーにはよく合っているかもしれないな...。でも迷って戻れなくなったりしないよう、片目はしっかり開けて覚醒していてね(しつこいw)。

それに加えて、今まで書いてきたような心理的影響を受けないひとでも、この期間はふとした無意識の動作によって「しまった!!」なんてことになりやすいかも。何かをしながら他のことを考えたり、別の何かに気を取られたりってこと、ありますよね。大事なデータを消したり、財布を置き忘れたり、ドアに足をぶつけて「痛っ」なんてことにならないよう気をつけましょう(^_~)-☆


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        いつもながら沢山の惑星や小惑星達が囁きかけるこの満月。 闇、光、ミルク色の霧。そして 一本の狭い道。。  皆が寝静まった深夜、ちょっとため息をつきつつ...それと同時にちょっぴり微笑んでもみたくなる。さてと。体を巡る熱いエネルギーをハートに集めて、見慣れた部屋を見回して。

あれ?あそこにあんなもの置いてたっけ? 忘れてた。。。 けどここは何処だろう? なぜわたしはここにいるんだっけ?  そんなこと知りすぎるほど知ってるくせに、なぜか何も知らない気もする。毎日イヤになることも沢山あるけど、でも本当は何も起きていないのかもしれない…。だって目の前のテーブルもちょっとくたびれたコーヒーカップも、沢山積まれた本の山だって、あれ?何だか初めて会った気がするんだもの。。

…そんな想いにふける、カタルシスの夜。満月前夜です。





have a great trek!!!★

hiyoka(^_^

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この記事へのコメント

1. Posted by Green^_−☆   March 01, 2016 19:24
5
こんばんは、hiyokaさん( ^ ^ )/□

先月末、4ヶ月のあいだ、土休日など
つかって稽古したミュージカルを無事
海王星コンジャンクション太陽な
夢見心地、夢空間な舞台でした。

hiyokaさんは、北陸、たぶん、富山とか
白山のほうにクルマで、気まぐれに
向かったのかもなぁ、旅。

Greenも助手席にすわって
オモロイ話をして、眠気覚しに
役立ちたかったわ(^。^)

結果的にhiyokaさんがアドバイスしていた
ような、一期一会な舞台のほうに精魂込めた
自分や、仲間たち、スペシャルなスタッフたち
、、という展開になっていた。不思議だよ。

相場のことはあんまり頓着せず
舞台に注力して、とってもたいせつな
密度あるプライスレスを得た。
よかったな、とおもっている。

アートや、表現、文学、舞台などに
専念するとぴったりな新月期、
そして、上記本文の満月期。

舞台明けのきのう月曜日は
丸一日、ふわふわと夢見心地、酔いしれる
リフレインがとまらない、みたいな。

こんな、酔いしれやすいときに
相場にタッチすると上に行くにしろ下にしろ
冷静明晰な意思決定は不可能だ。

hiyokaさんは確か、太陽射手座だから
一旦アクセルを踏んだら
流れのままに北海道へも
フェリーで九州までも、いってしまうかも
しれない、ね(=^ェ^=)
矢のようにどこまでも。どこまでも探究心も。

短期ジオコスミクスを継続アップして
してくれるのは、とっても、ありがたいこと。

読みながら、自身の感覚にインスピレーション
される、右か左か、上か下か、は

普段から、清々とした感受性をキープ
してないと、読み方を誤ってしまう。

大概は損得欲深だと、みえなくなってしまう
天使のサインは多いもの、、だよなぁ

ね、hiyokaさん( ^ ^ )/□


2. Posted by hiyoka   March 01, 2016 23:15

Greenさん、こんばんは。

無事千秋楽を迎えられたのですね。おめでとうございます&お疲れさまでした! みんなで共に創造したステージ、スポットライトを浴びながらせいいっぱい表現出来る舞台は一度上がったらやめられないと聞いたことがあるけれど、本当になかなか得られない素晴らしい体験だろうなと思います。観客に夢を与えると同時にも自分もまた夢の世界ですね。

そして少しずつクールダウン。。。 とはいっても、まだまだ海王星のミルク色の霧は世界に垂れ込めている感じ。そのエネルギーは調理の仕方で清冽な霊的飛翔にもなれば、どろりとした毒ミルクにもなるという…ちょいと厄介な相手。でも、おもねらない無欲とでも言うか…そんな感じで進んでいければ良いのかもしれませんね。

舞台の熱と相場の熱はまた別世界。ゆるりと疲れを癒やし、カチッとスイッチを入れて戻れますように。

Good Luck!☆ 
 
  
 

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