June 08, 2017

●6/9の満月 ― みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)

7月9日 「アスペクト」のパートに少しだけ説明を加筆しました。
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    満月は前回の新月のテーマが熟し、花開くときです。 この日は太陽と月が、地球を挟んでちょうど反対側にやってきます。0°の新月から始まった地球全体への課題は、満月で180° 対向のエネルギー同士がぶつかりあい補いあうことにより、輝く満月というひとつの「結果」を見せてくれます。それは、わたし達が空間から受け取ったエネルギーをどう昇華し、現実に表現してきたのかを、あらためて見せてくれる「鏡」だと言えるかもしれません。なので満月のテーマは新月の瞬間から色濃く育っていくとも言えるでしょう。そして わたし達はみな満月を超えて、次の新月までにその経験を消化(昇華)し、エネルギーはゆっくりと静まっていきます。 さぁ、今回はどんな風景が見えるでしょうか? では今月も行ってみます。(^_-)~☆
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★満月タイムスケジュール★
エネルギーが高まる時です。ヒーリング・メディテーションや祈りを捧げたい方は、もし可能ならこの時間帯(ずれるなら満月前がベター)に合わせてみてください。エネルギーの高まりを感じられると思います。

【地方平均太陽時:ソーラータイム(LMT)】
東京・関東ローカルで6月9日22:28前後、北海道周辺で22:34前後、関西方面は22:09頃(日本標準時の場合はこの時間)、沖縄周辺で21:40前後に射手座18°53'で満月となります。

今回のテーマのベースであり、今も背景で発効し続ける新月の大テーマについてはココをご覧ください。

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サビアン・シンボルによる【満月がもたらすテーマと挑戦】
*ここではデーン・ルージャー(ルディアー)版やマーク・エドモンド・ジョーンズ版の解釈ではなく、透視家エルシィ・ウィーラーの伝えた言葉をそのまま書き写したオリジナル版サビアン・シンボルを使ったブレイン・ボヴィの解釈を参考に、アスペクトを加味して書き下ろしています。
*テーマはひとつの意識の流れを表したものです。この流れは順不同に現れたり循環したり、ひとつだけ突出して感じられる場合もあります。また、内容はその時々のアスペクトを意識しながら抽出しています。


【月 射手座18°~19° + 太陽 双子座18°~19°】
  "Tiny children in sunbonnets" +
  "Two Chinese men talk Chinese"
『日よけ帽をかぶる小さな子供達』+
 『中国語で話している二人の中国人の男』

  "Pelicans moving their habitat" +
  "A large archaic volume"
『生息地を移すペリカン』+
  『古い大きな書物の一巻』

【テーマがもたらす雰囲気と挑戦(順不同)テーマ発効期~6/23】
※ひとによっては数日前から前倒しで感じられるかもしれません。

→★まだ固まりきらないイメージや思考、方向性などを大切に護る必要
→★共通の考えや理想を分かち合うことでアイデンティティを確保する
→★新しい考え方や観点に触れ、自分が所属する場のイメージが一新される
→★合理的な思考では理解出来ない異質の何かに脅かされる or 刺激される
→★自分(達)だけの世界を護るためにまとう "訳のわからない" 雰囲気
→★嘘、噂、中傷、またはそれを否定する伝聞があふれて疑心暗鬼におちいる
→★多様なコミュニケーションの中で自分自身のことばを話し続ける勇気
→★新しい段階に移る前に不要なもの、余計なものを整理する必要
→★様々な考え方や観点の洪水の中で自分の立脚点を見失う危険
→★人生の中で何を優先して生きるかを再確認する必要
→★見てくれだけの陳腐さと時を超えて価値を保つものを見分ける
→★カルチャーショック的な出会いとそれを受け入れていく挑戦
→★古いものと新しいもの、廃れ行くものと護るべきもの、
                 二元の世界で揺れ動く心理
→★押し寄せる変化の中で「生きるということのシンプルさ」に目覚める
→★外界の喧噪を避け身の回りに見えないシェルターを創り上げる
→★自制心をもって目的を一つに絞り集中力を保って突破する
→★新しい環境、観点、思考と格闘しながら自分自身の「核」を育てる・・・→


エネルギーのポイント:新月『耳を澄まし自己の足許を掘る』
            
            満月『掘り出された "ありのまま" を整理していく』 

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        あっという間に今年ももう6月。そして射手座の満月がやってきます。で、今回もいろいろ気になるアスペクトがてんこもりです。世の中は相変わらず毎日様々なことが起きていて、四方八方から押し寄せる情報は、挙げていけばキリがないほど どれもみな互いに矛盾していて、世界中でフェイクニュースということばが飛び交ってる。。 もう誰も気にしなくなっていくのかもしれない。今年の世界はおそらく後半にいくほど変化の速度やエネルギーの苛烈さが増してきそうだし、それと共にわたし達のこころも それぞれに通るべき経験を経て、大きく、あるいはささやかに、変容していくのだと思います。
 

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        さて今回の満月は、射手座 ― 双子座軸。この軸が司るのは思考、ことばによるコミュニケーション、人生観、世界観、異なる環境や文化との接触...。そして、わたし達が生きる「二元世界」の在りようにスポットライトを当て、その振動や混沌ぶりをこころの状況に投影してくる領域でもあります。なのでおそらくこの新月期(5月26日~6月23日)、特にミュータブル・サインに主要惑星や感受点を持つひとの中には、ちょっと悩ましいこころを抱えるひと、物狂おしさや寄る辺のなさを感じて立ち止まってしまうひと、無力感さえ感じるひとも多いかもしれません。

けれどもし今 そんな状態にあるなら、もしかしたらとても大事な過渡期に差しかかっている可能性があります。だから、立ち止まるなら立ち止まっていい。きっと今は、いつの間にかこころの内部に溜まってしまった「余計な荷物」「不要な観念」「要らない物」を少しずつ整理する時間を持つとき。きっと近い将来、次の段階に踏み出すときが来る。「そのとき」に備えて。

ただ、そうは言っても今の射手座には、銀河中心のすぐ側に逆行の土星、イクシオン、フォルスが陣取って強烈な存在感を放射しています。またスクエア関係となる魚座には水を得た魚の海王星が在泊し、物事を曖昧な霧で包み隠しています。普段なら狙いを定めてまっすぐ飛んでいくはずの射手座の矢も、あちこちから強力なエネルギーの干渉を受けて迷走しがち。集中力を失って失速したり、気が散るままに精神をあちこち彷徨わせたりします。また一貫した精神状態や行動を保ちにくくなるときもあります。


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        でも。射手座第2ディーカンのこのあたりは、何かキッカケを得ればマジカルなパワーで一つのことに突っ込んでいく力も持つと言われる領域です。 今、何をしてる? 何をしようとしてた? それって、今の自分にとって本当に大切なこと? それとも、あえて何もしないでひとり夜空を眺めてみたりすることの方が大事だったりして? とかとか。。。 合理的に考えて「役立つ」とか「前進する」とか「効果的」とかじゃなく、無為の中にひっそりと存在してきた声なき声、ことばにならない何かに耳を傾ける… そんなひととき。よけいな感情の起伏に惑わされたりせずに。 そんな中で、意図せずに出逢う何か。そこにこそ、この射手座満月のエネルギーの最善の使い道が隠されているのかもしれません。


        この満月には遠い小さな惑星(といっても準惑星に迫る大きさのKBO)ヴァルダがコンジャンクトしています。ヴァルダという名称はJ.R.R.トールキンが創造した神話の女神から名付けられました。ヴァルダが発見されたのは比較的最近の2003年ということで、まだその象意が明確に確立しているわけではありません。けれどその神話によれば、ヴァルダという名の意味は「崇高で気高い存在」で、 ことばに出来ないほど美しく、また天の光、星々の創造者でもあったそうです。この "天の光" の下に生まれた賢いエルフ達は、女神ヴァルダを最も敬愛し、崇めていたといいます。彼らは彼女の偉大な力をよく知っていました。けれど面白いことに、彼らがヴァルダの力を求めて助けを乞うのは最後の最後、本当に存在を賭けたイチかバチかの危機が迫るときだけだったそうです。それが賢明な種族と呼ばれた誇り高いエルフ達の矜恃でもあり、崇敬のこころの顕れだったのかもしれません。


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  ヴァルダの発見チャートを見ると、確かに激しい思考の闘いや葛藤が示され、深いこころの傷にスルリと忍び寄る邪心の誘惑さえも見て取れます。けれどそんな経験の中から立ちのぼる強烈なヒーリング・エネルギーやブレークスルーの兆しも同時に示されています。どこからともなくやって来る、新たな道への兆し...。ヴァルダの発見チャートは、けっしてやわなチャートではありませんでした。もしかすると、自分はか弱くて何も出来ない犠牲者だから... と言って女神に助けを求めても、彼女はふり向かないかもしれません。ヴァルダが深い慈愛の眼差しを向けるのは、たとえ誰にも理解されなくても自分自身で決めた規律に従って生きる、そんな覚悟と魂を持った戦士達なのだと思います。

さぁ、この満月に寄り添うヴァルダは、わたし達にどんなエネルギーを降り注ぐんだろう? どんなに迷ったっていい。どれほど悶々としたって、かまわない。ただ、自分の "最善のこころ" を通して決めたことをひとつだけ、守り通してみる。。 ヴァルダはそんなとき、わたし達を支える内なるフォースとなってくれるのではないでしょうか。


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★6月満月のサビアン・シンボル★


        今回、月がベースとしてとっていくシンボルは射手座18°『日よけ帽をかぶる小さな子供達』。ここで言う日よけ帽(sunbonnet)とは、一昔前まで欧米の赤ちゃんやまだ小さな子供がよく被っていた、顔のまわりをぐるっとフリルで囲み顎の下でリボンを結ぶタイプの布製の帽子を指します。

ここは公園か何かかな? 真夏の厳しい日射しの下、沢山の子供達が集まって遊んでいます。お昼寝している子。おぼつかない足取りで何かを追うように歩き出す子。隣の子を叩く子、泣き出す子。「エ~ゥアアア!」と叫びながらニコニコする子。生まれてまもない子供達は、初めて経験する夏の太陽の棘を感じ、花の香りを運ぶ風に触れ、虫達や鳥の声に聞き入っています。そして、内側から湧いてくる何ともいえない気持ちを乗せて、口々に声をあげます。それは(たとえ突然の泣き声だったとしても)生まれて間もない柔らかな感性からほとばしる芽生えの歌なのかもしれません。

そんな彼らを厳しい日射しから守っているのは、花びらのように可愛らしいコットンレースの帽子ひとつ。その姿はまるで咲き始めたばかりの小さな花々のよう。そしてその話し声は... うーん、何を言ってるんだろう? 何を表現しているのかな? きっとその子のママにだけはわかるのかもしれない。けど、通りすがりのわたし達には彼らが何を伝えたいのかわかりません。ただその子の表情を覗き込んで「あ、嬉しいのね?うん、お花綺麗だね。良かったね~♪」なんて、ひたすら自分の経験知と想像に基づいてコミュニケーションをはかるだけです。


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        この子供達は、まだ「ことば」を習得していません。自分が感じていること、伝えたいことを表現する技術はまだまだ持っていません。周囲の大人達のように、自分が置かれている状態を上手に説明したり、感じ取った世界の様子をきちんと伝えたり、相手を納得させるような術は、これから時間をかけて、経験を通して学んでいくでしょう。けど今は、大切な頭を陽光に曝しすぎないよう保護する必要があります。真夏の直射日光を浴びすぎれば、場合によってはいのちに関わるのだから。。 今、彼らが被っている純白の日よけ帽は、まだ生まれたばかりの繊細な存在の子供達... 大切な何かを護る、ただ一つのデリケートな盾なのかもしれません。


        一方、月に光を与える太陽のシンボルは『中国語で話している二人の中国人の男』。これ、以前は『二人の中国人』と訳していたし、その方がスッキリするのだけど。やはりこの場合は「男性」という要素=「能動的な意志」が暗示されることも重要な要素かもしれず、多少しつこいけど『中国人の男』としてみました。さて、彼らはいったい何を話しているのでしょう?

このシンボルが降ろされたとき、チャネラーのエルシィ・ウィーラーは、その境遇から考えても中国語を解したとは思えません。サビアン・シンボルにはいくつか「中国人」というモティーフが出て来るものがあるけれど、1920年代の米国社会で中国人のイメージといえば「大量に渡ってきた移民」であり、既存の白人社会とは溶け合うことのない「別世界の人々」というのが一般市民の感覚だったようです。なのでシンボルの中でも、中国人のイメージは「召使い」や「洗濯屋」など、下層階級の人々や異文化の象徴として度々顕れてきます。


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      たとえば目の前で 異国のひと達が、意味ありげに自分の知らない言葉で喋りはじめたとき。ふと居心地わるく感じることってないでしょうか。「え... 何を話してるんだろう?」なん て。まして人種や階級差別が今のように明確な「悪」とはされず、当たり前に存在したと言われる1920年代当時、召使い同士が他人にわからない自分達だけのことばで話していたら、雇い主達はこころの隅にかすかな不安を感じたり、あからさまに腹を立てたかもしれません。 その大元にあるのは、どうしても理解することが出来ず、けっして溶け込むことの無い異文化への果てしない猜疑心でしょうか? それとも反抗されることへの恐怖でしょうか? もしかしたら、そのまた奥底に潜む、支配することへのことばにさえならないような 無意識の罪悪感が刺激されるのかもしれません。

        一方、中国人の男性二人にとってはどうでしょう。彼らは本当に何気ない、お天気や家族の話をしているのかもしれません。たまたま出会った同郷人同士が、懐かしいことばを話して気晴らししているだけかもしれません。あるいは、雇い主の不当な扱いに対する愚痴かもしれないし、いえ、本当に何か良からぬ相談をしているのかもし れません。もう、何だってあり得ます。けれど、少なくともここで話されている母国語は、慣れない異国で働き、日々緊張を強いられているだろうこのひと達にとって、より自然でリラッ クス出来るものなのだと思います。


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  他者に聞かれ、理解されては困るような内容を身内だけに通じることばで喋るなら... これは自分を守るための防衛手段です。聞かれて困る相手 = 全く信頼出来ない相手であり、場合によっては「敵」になり得ます。けれど、そんなワケのわからないヒソヒソ話をたまたま聞いてしまったら? その相手はますます強い疑いを抱き、あれこれと想像しては腹立たしい思いにかられるかもしれません。

では、どんなことでも太陽の下にさらけ出せばいいのでしょうか? 相手に通じることばを使い、考え方や習慣の違いを事細かに辛抱強く説明すればわかってもらえるでしょうか? 相互理解が生まれるでしょうか? そうかもしれません。けれど、中には聞く耳をもたない相手や、最初から偏見を抱き、その偏った信条を自分のアイデンティティにさえしているひともいます。そんな時はかえって相手を刺激し、痛くもない腹を探られる危険が増大しそうです。あるいはそんな小さな出来事が誰かに利用されて、いつのまにか根も葉もない噂が流れる可能性だってあります(特にこのところの星回りの下では、世界中にそんな光景が見られるのではないでしょうか)。 


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  それとも...? 聞き手にとって二人の中国人が話すことばは、ただの雑音にしか過ぎないのかもしれません。ここに居るのは人間ですらなく、何ら自分には関わりのない風景に過ぎない...。そこには日常的な無関心が存在するのみです。

そしてもうひとつ。自分がはるか異国の地に夢を抱いて渡ってきた当人だとしたらどうでしょう。頑張って働きながらも、なかなか思うようにはいかない孤独の日々に疲れ、ホームシックにかかるかもしれません。そんなとき、街角で懐かしい故郷のことばを聞いたとしたら? 自国に居れば声をかけあうことも無かっただろうひと。そんな異邦人同士の出逢いは、久しぶりに嬉しい時間となるかもしれません。「あぁ、苦しいのは自分だけじゃない。みんな頑張ってるんだな...」なんて。本当に何気ないことばの触れあいが、どんなに長くこみ入った会話よりもずっとこころを温めてくれることがあります。。

       このシンボルには、どんな状況にあっても自分自身の「核をなすもの」に正直でありたい、そんなひとときを持ちたいと願う人間の姿が描かれていると同時に、最初から互いに見えない線を引き、理解することを諦めてしまった人間同士の姿もまた暗示されているように思います。そして、そのことが互いの徹底的な信頼の欠如を露わにし、やがては不毛な争いへと導いていく可能性があること。その種子は、常にわたし達の中に内在していることを示していると思います。 


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  まるで真夏の直射日光のように肌を刺す「赤裸々な現実」。そんな外部のあらゆる混沌とプレッ シャーから身を護り、沈黙の盾を持つこと。あるいは、全ての護りを解いて他者と向き合うこと。または全くの無関心でいること。どんな場合にも、もしそこにデリケートな問題が絡んでいれば、ときにより相応の危険がつきまといます。集団としてのわたし達、個人としてのわたし達が…そんな壁を超えられる日はいつか来るでしょうか? もしかしたら、双方ともに 長い年月のどこかで深く傷付いているのかもしれません...。 

その積み重ねの重さを十分に見抜きながら、それでも自分を失うことなく、垣根を外してなおも語りかけるなんてこと、出来るのかな...? でも、それには誰もが、まず初めの一歩 ... 「今の自分自身」というカタチを創ってきた根源を見出し、その過程を癒やすことから始めなければならないかもしれません。日々のコミュニケーションの中で。ふとした孤独のひとときの中で。。



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       さて、月はメインとなるシンボル『生息地を移すペリカン』のエネルギーをとっていきます。 環境汚染か、人間達の侵入か、様々な理由から生息地を捨て、新たな繁殖地を探して旅に出る 『ペリカンの群』。このシンボルは戦火を逃れて住み慣れない環境へと脱出する大勢の難民のひと達を思い起こさせますね。。 温かく受け入れようという人々もいれば、 社会的混沌や異文化の侵入、テロリストの入国や自国内テロ組織の勢力増大を怖れて受け入れに反対する人々もいます。そのどちらもが、わたし達人間の自然な感情の裏表かもしれません。混沌とした情勢、混沌としたこころ。けれど、先が見えずに一番の混沌に置かれているのは、進むことも戻ることも出来ず、明日をも知れずに移動し続ける「漂流者」ではないでしょうか。 

これは今、現実に起きていること。そしていつもの暮らしを続けているわたし達にも、何らかのカタチを取って起きていることのように思います。それはもしかしたら、今までのままではいられなくなるのでは...という微かな予感かもしれないし、または今居るところを捨てて、何処かもっともっと自分が自分のままでフィット出来る「場」をみつけたいという願望かもしれません。いえ、ひょっとしたら…わたし達のこころの中で、何かが大きく方向転換しようとしているのかもしれません。 ペリカン達は、まだ新天地を見つけてはいないようです。旅は今、始まったばかり。。


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        でも、ペリカンの強みは沢山の食べ物を胃にいれたままでもバランスを崩さずに飛んでいけるところです。彼らの歩き方はペタコンペタコンと独特ですが、それは胃に全体の重心があって、歩くときは頭と両翼で前後左右に上手くバランスを取るからなのだそう。またペリカンは、くちばしの下に大きなのど袋を持っています。彼らはその袋を網のように使っていっぺんに魚を捕り、そのまま丸呑みにして胃に蓄えることが出来るそうです。そして真夏の暑い盛りには、のど袋を揺らすことで血液の温度を下げ、体全体をヒートアップから護ることも出来るのだとか。。 うーん、これなら多少の長旅でも自給自足しながら何とか凌いでいけそうですね。


        食糧はみんなの命を繋ぐために一番大切なもの。 その「一番大切なもの」を自分の重心となる胃にしっかり納め、必要に応じて栄養源を補充する力を持ち、真夏の太陽という厳しい現実から身を護る術を備えたペリカン達。彼らは余計な荷物など持ちません。まだ生まれたばかりの幼い精神…生きのびる術を知らないヒナ達。そのデリケートないのちを護りながら、彼らは次なる生息地を目指します。 

きっときっと、安息の地はみつかる。 大自然の目に見えない流れが導いてくれる。ペリカン達は自然そのものの顕れなのだから。そして、自然はその顕れのひとつひとつが自立した存在であり、同時にひとつに繋がって生きているのだから。生も死も、その一部分に過ぎないのだから。。 ならばわたし達も、根っこはきっと同じなんじゃないかな。ともすると目先のいろんな出来事に気を取られて忘れてしまうけれど。。  もしかして、もう一度、その根っこに帰ることが出来るかな...。 これを読んでくれてるみんなの中には、本当にそんな旅を始めつつあるひとがいるかもしれませんね。



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        では月に光を注ぐ太陽のシンボルはどうでしょう。『古い大きな書物の一巻』。これは...古代の歴史や叡智について書かれた大きな古書か、あるいは巻物でしょうか? 多分そこには、今では考えられないような太古の宇宙観や哲学、信条・習慣や掟が書かれているのかもしれません。

長い歴史の中で、人類は沢山の経験を積み重ねてきました。大昔の生活や考え方が、現代のわたし達とはどんなにかけ離れていたとしても、連綿と培われてきた経験の蓄積のもとにわ たし達が存在していることだけは確かです。 そこに書かれている太古のことばを読み解くことが出来なかったとしても、この体に流れる血の中に、細胞のひとつひとつに、今ここに居る「自分」を創っている深い要因として それは存在しているのだと思います。 太古、この宇宙が生まれたときから今、この瞬間のわたし達にいたるまで、生命の系譜にはいったいどれほどの歴史が織り込まれてきたでしょう。。。


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        もしかしたら、民族、人種、国家、地方、家族、そしてわたし達ひとりひとり... それぞれが、連綿と綴られた『古い大きな書物の一巻』を収める書庫だと言えるかもしれません。 人生の変遷の中で、わたし達がどこに行こうと、どんな環境にあろうと、意識しようとしまいと、それはわたし達をここに存在させ、支えています。わたし達ひとりひとりが、多様な文化、様々な歴史、異なる言語の流れの末裔として、古い智恵に今も新しい経験を積み重ねています。 

初めにことばありき......。 本当にその通りだなって思います。ことば...それは名付け、意味を与えること。あらゆる認知のみなもと。それによって、わたし達はその対象を自分の世界に存在させ、それと交わることが出来ます。そして、そのことがわたし達の思考を規定しているとも言えます。わたし達の自我はことばで出来てる。わたし達の経験が意味するもの、その全てはわたし達がそれを名付けることから起きてる。わたしという存在と、そこから拡がる宇宙に、意味を与えるのは他の誰でもない、わたし達自身。それがどんな意味であろうとも。



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  古い信条を捨てて全く新しいことばを話そうとするひと。古い習慣から栄養をもらって新しいことばを書き加えるひと。そして、古くからの智恵のことばをそのまま生きようとするひと...。ときにより、ひとにより、様々な生き方のるつぼの中で、わたし達は今の自分という存在を支えるひとつの「ことば」を見出そうとして います。

けれど、わたし達は大切なことを伝えようとすればするほど、ぴったりなことばを見つけられずに悩んでしまいます。ことばにならない、気持ち。矛盾した感情。どう思われるか?という不安。全方向的な想いの渦の中で、不安にかられ、立ちすくみます。もしかすると、わたし達が日常使う言語システムにはとても大切な何かが ... デリケートな密度が ... 欠けているのかもしれません。あるいは、古代には存在していたはずの「ことばの魂」、その根っこを忘れてしまっているのかもしれません。。

        このシンボルは、たとえ慣れない状況や余裕の無い中でも、今の自分を芯のところで支え続ける雄大な流れが常に存在していることを知り、そのみなもとに置いてきてしまった魂を見つけ出すこと。その深い智恵のことばを栄養としながらも、自己表現の新しい大地を目指して自分自身を名付けなおすこと、リライトしていくことを暗示しているのかもしれません。そして、太古の書物を内奥に預託された存在のひとりとして、あなたはそのページに何を書き加えていくのか?と問いかけているようにも思えます。


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  もしかしたら…ひと知れず自分を支えてきたことば — そしていつのまにか無意識の彼方へと追いやってしまったかもしれない古い魂 — と、ひょっこり再会するのかもしれません。もしかしたら...ずっと言わずに封印してしまったことばが... まだどこかにひっそりと生きているのかもしれません...。 旅立つペリカン達は、わたし達と同じような複雑なことばは持たない。けれど彼らは暗黙の理解の内に自分達の宇宙を生き、同時に宇宙が彼らという存在を生きています。わたし達は ことばを使って物事を、関係性を、とても複雑にしてしまったかもしれない。でも、ことばには まだ沢山の希望がある。わたし達が、わたし達自身の宇宙を生き、新たに名付け、その意味を生きていくなら。


        大きく、あるいはささやかに、それぞれの旅立ちに向かって羽ばたこうとするわたし達。...この週末は、本棚の整理をしてみる...なんていうのもいいのかもしれませんね。古代の書物は無くても、古い日記やメモ、昔夢中になって読んだ本がゴソッと出て来たりするかも? 長く住んだ家を去るとき、荷造りをしながら部屋の片隅から出てきた懐かしいもの達に見入ってしまうなんてことがあるけれど。それがモノであれ精神であれ、旅立ち前に風をあて、もう一度その魂を認め、鎮めてみる。それは素適なひとときになるかもしれません。万一 それが "黒歴史" だったとしても、ね (^_^;。



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★アスペクトちょっぴり★


        冒頭で月とヴァルダのコンジャンクションに触れたけど、今回の満月は他にもいくつか注意を喚起するアスペクトがあります。ここでは特に小惑星絡みをピックアップして、最後に少しだけ書いておきますね。

月のノード軸(N獅子座26°S水瓶座26°)に対しMCとICがグランドスクエア関係になり、MCに小惑星ルシファーが、ICにデメテールとカッサンドーラが乗る
(ルシファーもデメテールも光と闇、二面の極性を持つことに留意)

満月軸と冥王星がイリテーショントライアングル
月と冥王星が火星に対してクインデチレ形成
(内的エネルギーの滞りが外圧の刺激により衝動的な爆発を誘う可能性。イリテーショントライアングルはどちらかというと一過性のエネルギーを形成するが、クインデチレによるトライアングルは、より持続的で根深いエネルギーを表す)

魚座のカイロンと射手座のフォルスから獅子座のヴェスタにクァドリフォーム形成
(時を経た根深い想いが突然思わぬカタチをとって顕現する、またはブレークスルー)

DCに小惑星アグニがコンジャンクト
(アグニは「火による試練」を示す事例が多く霊的探求者にとっては重要な小惑星だが、一般的・社会的には「怒りによる混沌・混乱」や「欲望の火に油を注ぐ」現象として顕れるケースが多く観察される)


        最初のノード軸絡みのアスペクト。これは小惑星だけの絡みなので、本来はそれほど強いエネルギーではないけど、月のノード軸にスクエアを形成する場合はちょっと注意を要します(ひとによっては どうしても何かのかたちで直面しておかなければならない試練を意味するので)。 おおざっぱに言ってしまうなら、あらゆる邪悪でダークな物事、絶望や憤怒の衝動への誘惑..かな。または本当にドキッとするようなミステリアスな出逢いがあったり、どこからともなく語りかける予兆の声を聞いたりとか。ただし、それが果たして善いものかどうかはわかりません。でもそれが「悪魔の微笑み」かどうかは、よく落ち着いて感じ取ればきっと掴めるはず。

おそらく、成果や報いを求めて焦っているとき。自分が無価値な存在だという烙印(自ら名付ける行為)を受け入れてしまったとき。どう努力しても聞いてもらえない、存在を認めてもらえない、という失望感や絶望感を持つようなとき。または、今の自分が持っているものへの感謝(しみじみ嬉しい気持ち)を忘れてしまったとき。その隙を突いてダークなエネルギーはやってきます。その闇の姿を他者や外界に投影することも、自分自身を闇なんだと思い込むことも、言うなれば闇側の「思うツボ」かな。なので万一そんな闇の訪れを感じたら、お腹に力を入れて「わたしには要らない。去れ」とはっきり言い放ち、囚われないようにしましょう。それでもダークな想いがなかなか抜けないなら、このエネルギーを「創作」に向けて使ってみるのもひとつの手です (闇と関わりなく過ごせるひとであっても、この満月のエネルギーは創造的表現に使えます。集中力を使ってみて)。

上手下手も関係なく、誰かに見せたり何かを意図しての行為でもなく、"純粋な観察のまなざし" そのものとしての行為。そしてクリエィティビティの発露としての儀式。感じ取った「闇」の全てを胎内宇宙で燃えさかる火に変え、昇華し、ワイルドなアートとして表現していく。詩でも文章でも絵でも音楽でも、ダンスでも、何でも。ただひたすら表現されたがっている「何者か」を、まったく新しい創造物として生まれ変わらせることが出来たとき、それはひとつの突破口になり得ると思います。けど、あまり無理しないでね。緩急のリズムってとても大事だから..(^_~)-☆


        6月9日23時過ぎには木星が長かった逆行を終えて順行に入ります。その位置は天秤座13°台。面白いことに、これは3月4日に金星が逆行を開始した時の度数、牡羊座13°に対向する位置です。この度数軸のテーマも少しの間注目かな? 

えっと、それは...『目覚めのときに、君は眠っていたいか?』です。あらら...(^_^;




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have a great trek!!!★


hiyoka(^_^

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この記事へのコメント

1. Posted by サラ   June 11, 2017 13:44
hiyokaさん、

こんにちは。
すっかりお休みモードからお戻りになられたのか・・と言ってもいつがお休みモードだったのか「???」ですけど。今回もテンコ盛りのコラムありがとうございます。

ルシファーですか。聖書の中の彼は闇側のボス級ではあるのでしょうが、光を我々に知らせる為に闇を背負ったのかしら。なんて、思ったことあったりします。

ちょっとした刺激によって、人はいとも簡単に闇に意識が取られてしまいますね。本当に..。

攻撃的になることだけでなくって、自己憐憫などに浸かってしまうと・・結構厄介な輩ではないかと思い至ります。

でもチラ見でも「あれ?これって闇の入口?」と意識さえできれば、その扉からきっと背を向けて、戻ってくることってできそうですね。いつも深い気づきをくださり感謝です!

あと、このルシファーの速度ってどれぐらいなのでしょうか。
hiyokaさんの過去記事先ほど見たのですけど、去年の8/31に乙女座28度台だったってことは、ひと月に6度強動くイメージで合ってますでしょうか。
2. Posted by hiyoka   June 11, 2017 17:58

サラさん、こんばんは。
そうですね。ルシファーは究極、Light BringerでありLight Bearerだと思います。でも、そう生易しいものでもないという。。(これは火神であるアグニも極性を持つという意味で同様なのですが)ここで一番の疑問は、一神教であるキリスト教圏でのルシファーが邪悪さの権化だと認識されている一方、多くのひとが自分は「無宗教」だと感じている日本人にとってこれは何か?ということだと思います。(J.W.Greenは自身の過去生記憶とエクソシスム体験から、ルシファーを実際に悪魔/悪霊との霊的契約の誘惑と捉えていますね。その経験の内容もまた凄まじいです) とても微妙なところですが、おそらくわたし達日本人にとっては擬人化された「悪魔」というより、やはり有象無象の「闇」と捉えるのが順当ではないかとわたしは考えています。(もちろん、ネガティブな霊体験というのはあると思いますが)

人間である以上、奥底に闇を抱かないひとはいないでしょう。それに、光を求めればそれと同じだけ闇も濃くなるし、その実態がはっきり見えてくるように思います。なので探求者タイプのひとにとっては必然の体験としてそれとどう対峙し、どう克服していくかということになりますね。闇のありようはひとそれぞれ。だからまず、意識できるかどうか。これって、とても大事なスタートラインじゃないかな。

ルシファーの公転周期はおよそ4.93年、1802.02日くらいです。軌道が正円ではないのと、逆行・順行を繰り返すのでそのときにより速度は異なります。ちなみに今は逆行中なので地球から見ると太陽を1弱とすればマイナス0.2くらいかな。

great trek!!!☆(^_^
 

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