レイモンド・メリマン 週間コメント6/15【金融アストロロジー】レイモンド・メリマン 週間コメント6/29【金融アストロロジー】

June 20, 2020

🌑6/21の新月・日食―みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)

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    新月は前回からの課題を経て、次の新月までの約1ヶ月をかけて取り組む新しいテーマが開示される時。 そしてこれは生まれた星座に関係なく、地球に生きるわたし達みんなに平等に降り注ぐエネルギーです。わたし達はこのエネルギーを使って日々、自分なりに考え行動していきます。その現れはひとの数だけ様々ですが、やがてはお互いに影響しあいながら、社会・国・世界の潮流を作っていきます。これは言い換えると、わたし達を取り囲む「空間の雰囲気」です。星読みの世界から見れば、誰もがその中で生き、そのテーマに呼応して・・(素直になったり、反抗したり、無視したりしながら・・)自分なりの人生を創造していると言えます。 その意味でも、刻々と変容していく惑星エネルギーの流れをおおまかに知っておくことは、きっと何かの役に立つのではないでしょうか。
    例えば... シンボルの光景やキーワードを覚えておくだけでも、何かに迷った時の指針になるはず。ではでは今月も行ってみます!(^_-)
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★新月タイムスケジュール★
願い事やアファメーション、ヒーリング・メディテーションなどしたい方は、もし可能ならこの時間帯に合わせてみてください。エネルギーの高まりを感じとれると思います。(^_^)

【地方平均太陽時: ソーラータイム(LMT) 】
東京・関東ローカルで  6月21日16:07前後、北海道周辺で 16:13前後、関西方面(日本標準時ならこの時間)は15:42頃、沖縄周辺では15:13前後に蟹座 0°21’ で新月となります。

お天気が良ければ日本からは部分食が見られます。
 食の最大時刻は北海道17時~沖縄17:16ごろ
 (アフリカ東部~アラビア半島、インド北部、中国あたりでは金環蝕)


前回の新月のテーマについてはココをご覧ください。

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サビアン・シンボルによる【 新月がもたらすテーマと挑戦 】
*ここではデーン・ルージャー(ルディアー)版やマーク・エドモンド・ジョーンズ版の解釈ではなく、透視家エルシィ・ウィーラーの伝えた象徴の言葉をそのまま書き写した「オリジナル版サビアン・シンボル」を使ったブレイン・ボヴィの解釈を参考にし、アスペクトを加味して読んでいます。
*テーマはひとつの意識の流れを表したものです。この流れは順不同に現れたり循環したり、ひとつだけ突出して感じられる場合もあります。また、解釈の内容はその時々のアスペクトを意識しながら抽出しています。


【月・太陽 ♋️ 蟹座0°~1°― 発効期:6/21~7/20 】
(エリーズポイントの日蝕なのでテーマは1年~長くて3年ほど有効)

🌑🌞“Bathing beauties”
   『水着美人の一団』
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🌑🌞“A furled and unfurled flag displayed from a vessel”
   『船から提示される巻き上げられたり広げられたりする旗』

【新月のテーマがもたらす雰囲気と挑戦(順不同)】
ひとによっては数日前から前倒しで感じられると思います。
今回は新月から満月を経て次の新月まで共振し続けるキーワードを抽出しています。
シンボルは多くのテーマをはらんでいます。沢山の中からこころに引っかかるものがひとつでもあれば、それが鍵になるかもしれません。

 
→★「見ること」と「見られること」がいかに人間関係の基盤となっているか
  をあらためて認識していく
→★なにげない集まりの中で得られるちょっとした歓びや感動に癒やされる
→★手に入らないものを求めながら多くの代替物に埋もれる危険
→★優しさ、友愛、慈しみという観念にまつわる古いイメージを捨てる
→★見栄のための嘘や傲慢な態度、計算ずくのパフォーマンスに注意
→★期待も怖れもなく淡々と歩む日常にひそむ透明な祝福を感じる
→★古いもの、長く続いた時間が終わり、新しい何かが台頭してくる予感
→★自分の中に隠れていた内的な「個」の力のポテンシャルを感じ取る
→★これまで覆い隠されてきた強い力が突然誇示される
   (それが虚勢か本物のパワーかを見極めて対応する必要)
→★これまで辿ってきた人生の道が変わる、または変える覚悟を決める
→★考え抜いた幾通りかのプランを胸に乗るべき風が吹くのを待つ
→★ドグマに凝り固まって他に耳を貸さない頑なさが道を閉ざす危険
→★怖れずにひたすら自然体に徹し、押すときと引くときを心得る必要
→★得られて当然と思う何かを得るために自分の力と意志を証明する必要
→★矛盾した思いにジタバタするか、覚悟を決めて前に進むかの岐路
→★人も物事も「良い器」と「壊れた器」の違いを明確に識別していく
→★やがて来る「決めるべき時」のために感覚を研ぎ澄ませておく
→★心と体の「流れ」を良くして新陳代謝を図り意志の「火」を保つ…→
             

エネルギーのポイント:

 前回の新月『本質は盤上に非ずして表層は全てゲームと知る』
             
 今回の新月『内的宇宙に生まれる力の葛藤を制する』

                               
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★6月新月・日蝕の星模様とチャレンジ ★

~ざっと見のアスペクトあれこれ~


新月:蟹座0°21’/サロス137の日蝕

    去年12月に起きた山羊座の日蝕から半年。たった半年なのに、その短い間にCOVID-19をはじめとして世界を揺さぶる多種多様な難事が起き続けています。それにつれて、打ち騒ぐひとびとのこころ。そんな2020年の行程も、やっとなんとか半分まで過ぎ越してきました。その折返しとなる夏至の日蝕。さぁ、どんなエネルギーが待っているんだろう? ではアスペクトから見てみましょう。


~アスペクト雑観~

新月・日蝕に関わるアスペクト

夏至とともにエリーズ・ポイントで起きる
 強力なノースノード・イクリプス

 (夏至は21日06:50ごろ)
サロス・シリーズは137
月がOOB(21日~23日)
 太陽の赤緯もまた北の最高位に来ている

新月が恒星ベテルギウスとコンジャンクト、
 射手座のイクシオンとオポジション
新月・アグニが魚座の火星・レクイエムとスクエア
新月が冥王星・木星とコントラパラレル
新月がパラスとパラレル

その他…

水星、金星、木星、土星、冥王星、パラスが揃って逆行中
山羊座の冥王星・木星・パラス・水瓶座の土星と
 牡羊座のエリスがスクエアで乙女座のオルクス(審判)にクァドリフォーム
冥王星・木星・パラスが魚座の火星とレクイエムにセクスタイル
冥王星・木星・パラスが牡羊座のエリス、蟹座のキラルスとTスクエア
冥王星・木星・パラス、オルクス、キラルス、マッドハッターが
 ウォリサム・レクタングルを形成
火星・レクイエムとオルクスがクインデチレ
牡牛座の天王星とオルクスがトライン
山羊座のフォルスと蟹座のハイジーアがオポジション

  木星と冥王星の組み合わせには、宗教的なカルトを思わせるエネルギーがある。政治的な思想や活動を表すことの多いパラスも加わっているので、これは米国におけるアンティファや急進的左派集団、コミュニストなど政治カルトの台頭によく顕れているのかもしれない。また乙女座のオルクス、牡羊座のエリスが絡むので、それはかなり闘争的で酷薄かつ自分本位のエネルギーだと思う。さらに火星とレクイエムの組み合わせは、このところの警官による黒人被疑者の死への怒りとなって顕れ、オルクスとの絡みが報復心理、デモや暴動に繋がっているのかもしれない。

  興味深いのは木星・冥王星・パラスに絡むウォリサム・レクタングルで、これはドラマティックなことが次々と起きてきて騒然となりがちな一方、そこには真に関わるべき当事者の姿はなく、ただ外野が騒ぐことによって空回りしながら横道へ逸れてしまう可能性が示されている。日本では3室(メディア、コミュニケーション etc.)4室(国民の心理、領土 etc.)9室(外交、高等教育、法 etc.)10室(政治、権威や権力 etc.)で形成されるが、ニュースで騒がれる表層の物事の陰には異なる本質が常に存在することを頭に入れておくべきかもしれない。

  ・2室フォルスと8室ハイジーアのオポジションは、コロナ禍の下で強いられてきた “自粛”への疲れと緩みによって感染拡大が再燃する怖れを示唆しているようにも見える。今は疲労が溜まりがちな季節だし、休養と水分補給を忘れずに、体に優しくしたい時期。


天秤座のジュノー・ヘーベが蟹座のヴェスタとスクエア

  ・ジュノーとヘーベは2019年夏あたりからずっと一緒に旅してきて、今夏を最後に互いに離れていく。これは主に母子間の共依存を表すと思われるが、蟹座のヴェスタとのスクエアは「竈の火」を巡って、または「内なる火」を巡って何か葛藤が起きることを示唆しているのかもしれない。ちなみに米国建国図ではこのジュノーとヘーベがASCにコンジャンクトし、対向にはBMリリスが来てMC上のヴェスタとTスクエアを形成している。これもまた、現在の米国の状況と照らし合わせて意味を熟考してみると興味深いのではないだろうか。

新月が土星とクインカンクス

  このアスペクトは、無言で穏やかに微笑みながら「結局あなたは私に従うしかないでしょう?」的なエネルギーで、逃げるスキも与えず詰めてくるような感じかもしれない。月と土星の組み合わせはある種「不退転」の雰囲気を持つように感じられるけれど、当然「調整」、つまり交渉の余地は残される。これをどう使うか? または相手側から使われたときにどう対応するか? は、食の起きる位置が自分のネイタルでどのハウス内なのかを考慮し、それに今回のサビアン・シンボルが示唆するテーマを「根底の意味付け」として重ね、自分なりの物語を想定してみると良いかも(これは食に限らずどんなアスペクトにも応用出来る基本的な方法)。


  こうして抽出してみると、新月・日蝕とダイレクトに関わる天体条件やアスペクトだけでもかなり強力なのがわかると思う。そして、ここで生じる影響力は長期(1年~3年、最長最強で6年程度の事例も)にわたって個人や集合体の心理にじわじわと浸透していくと考えられる。

  今回の蝕の特徴としては、まず月の赤緯が23°33’で軽くOOB(アウトオブバウンズ)であること。この月が太陽に影を作るということは、太陽もまた北のギリギリ最高位にあることを意味する。通常、OOBの月は極端に束縛を嫌い、その知性や感性は良くも悪くも型破りで、独特の価値観を持つとされる。またOOBではないものの、ギリギリ “近い” 赤緯を持つ個人惑星(水星や金星など)が他にあれば、その惑星を通して型破りな世界観を理解し、社会的な常識に見合うアイデアに “翻訳” して社会に対し「わかりやすく」表現できるとも言われている。

で、今回は赤緯23°26’の太陽がその役割を担うけれど、太陽は地上の「すべての意識の源」でもあり、それが月の影に隠されることを考えればバランスが良いとは言えない。というより、蟹座0°台のテーマをはらみ、それに沿いながら、かなり極端な傾向を帯びるのではないだろうか。ちなみに前回の半影月蝕、そして次回7月5日の半影月蝕も月はOOBになる。(月が頻繁にOOBとなる現象は今年3月あたりから始まり来年中も続くが、ルネーション及び蝕と重なるOOBは今回の3回だけ)


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  今回の蝕はノースノード・イクリプスなので、「未来志向」が強いとされる。蝕が示唆する「未来志向」とは、「過去に向ける視線を断ち切るような力」が働き、その結果として未来に向かって押し出されていくように感じられることが多い。なのでこの蝕にネイタルの個人惑星や感受点が触れるひとは、今後の変化に否応なく順応/適応していくよう促されるかもしれない。これは住み慣れた「コンフォート・ゾーン」から出ていかねばならないときが来た、ということ...。

これから先、もし人生で何か大きな決断を下すときが来たら、この未来志向の蝕の促しを意識に置いた上で「選択の自由は常に自分の側にあること」を忘れないようにしたい。その場の気分や感情に惑わされないこと。安易に幸・不幸を判断しないこと。追い詰められたような感情からの反動力を利用しないこと(それは依存なので)。そんなふうに決め、お腹に入れておくことも大切。この蝕の位置は「意志の力」が試される位置でもあるので、おそらく「ヤケになって動いたら上手くいっちゃった♪」という結末はあまり期待出来ないと思う。

たとえ上辺の「かたち」は変化したとしても、またそれに応じた臨機応変の態度を取るべき場面があったとしても、外的な変化と本来の自分自身の内的不変性とは関わりようがないこと(望まない内的変化を受け入れる必要はないこと)を知っておくことも大事。この内的不変性があるからこそ、外的には臨機応変の態度が取れる..とも言える。またこの主体性によって、自分の望む変化を創ることも可能になる。ただしここで言う「内的不変性」とは、単なる信仰や思想、信条、意見や世界観の頑なさではなく、 “ことば” を超えた何かなのだけれど。


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  さて、この日蝕のサロス・シリーズは137。サロスとは一連の蝕のシリーズで、今回の137ファミリーは1389年に生まれ、2633年に終わる。それぞれのファミリーは、一貫した特徴/性質を持つと考えられている。アストロロジャー、バーナデット・ブラディの研究によれば、この「サロス137」は人と人との関係(集合体としても、個人同士としても)、そしてお金(家計から国家財政まで)に関しての問題がクローズアップされやすい。また、そこからはとても強烈な感情が生じて激しく動揺しがちで、ときにそれは強い欲望と怒りに裏打ちされるという。

また人間関係においては、自分にはどうすることも出来ない流れの中で「逃れられない関係」に囚われてしまった…と感じるケースもある。あるいは反対に、今まで問題があるなんて思いもしなかった関係を、なぜか突然切って捨てたくなる... そんな可能性もあると思う。けれど、それがどんな感情や欲望であれ、他者が関わる以上は確実に摩擦と抵抗が生じるし、それは壁となって立ちはだかるかもしれない。

  この位置(蟹座第1ディーカン)には蟹座的な思いやりの心やヒーリングのエネルギーがある。もちろん、「育む」ためのエネルギーも豊富だし、「与えたい」という純粋な欲望も強力。ただ同時にそれは「情緒的な依存性」をも育んでしまうケースも多い。つまり「いつも共感を持っていたい」「それを相手にも感じていてほしい」「自分だけじゃ生きていけない...という感覚を互いに共有したい」という欲望。それはやがて、切っても切れない共依存の密室を創り出す。そこではどちらかが(ときには両方が)相手の存在を都合の良い鏡として自分の欲望を投影する。相手は他者というより自分のための鏡なのだから、当然思い通りの反応を得られなければ相手が間違っていると感じ、怒りがわく。やがて関係性は、無意識のうちにいつのまにか、エネルギーを吸いあいながらもたれあいの絆と化していく。それは個人対個人の関係だけでなく、カルト的なグループや師弟関係、メディアと群衆などあらゆる人間同士の関係にも見て取ることが出来る。


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  けれど、今のように星の巡りによって、もしそこにハードなエネルギーが放射されたら...溜まりに溜まったフラストレーションは、ちょっとした出来事を機に連鎖的に爆発していくかもしれない。蟹座に入ったばかりのこの領域には、身内的な愛や慈しみばかりではなく、選択肢によってはそんな危険性もまた潜んでいることを忘れてはならないと思う。なので、サロス137のように可燃性を持つ蝕の下では性急な行動を意識的に控え、自他を観察しながら状況(と気分)が落ち着くのを待って収拾を図るのが一番かもしれない(まして水星逆行の蝕でもあるので..)。

蟹座 ― 山羊座軸の重要性

  ここで、エリーズ・ポイント(カーディナル・ポイントとも言う:牡羊座0°、蟹座0°、天秤座0°、山羊座0°)で起きる蝕の重要性も押さえておきたい。インターセプションの研究家でアストロロジャーのアリス・ミラーは著書『Heralds of a New Age : Interceptions』や他の著書の中で、幾度となくこの蟹座 — 山羊座軸を「12の星座宮の中で最も成長が加速される軸』だと定義付けている。そこには、この領域で初めて人間を人間たらしめる大きな要素「関係性」が真に生まれ、リニューアルされていくのだというコンセプトがあった。また神智学協会を脱退して「秘教占星学」を唱えたアリス・ベイリーは、蟹座0°こそがアセンダントに対応するホロスコープの出発点だと主張している。

では、こうしたアストロロジャー達のインスピレーションの源はどこにあったのだろう? これについては、以前アストロロジャー、E.フランシスが紹介していた『テーマ・ムンディ』(またはテーマ・マンディ)と呼ばれるチャートにその起源があるのではないかと思う。せっかくの蟹座0°台の日蝕でもあるし、この機会にわたしが知り得た範囲のことを少し紹介してみたい。


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  1993年、ちょうど山羊座で天王星と海王星がコンジャンクトしたころ『プロジェクト・ハインドサイト』と呼ばれる研究者のグループ(ロバート・ハンド、ロバート・シュミット、ロバート・ゾラー)が発足した。彼らは古代ギリシャ語、ラテン語、ヘブライ語、アラム語などで書かれたアストロロジーのテキストを翻訳、研究するグループで、それまであまりよく知られていなかったヘレニズム時代のアストロロジーへの理解を深めるために活動を続けている。


  これまで古代のアストロロジーは古代バビロニアの天文観測を起源として紀元前3世紀ごろにギリシャに伝わり、インド、アラブからヨーロッパ、中国へと伝承されていったと言われてきた。ところが彼らの研究によれば、アラブ圏で占星学用に使われていたテキストはそのほとんどがギリシャ語から翻訳されたものだったことがわかった。そして最近では古代ギリシャ語で書かれたアストロロジー最古のテキストは紀元前4世紀ごろのものだと判明したという。

しかも驚くべきことに、そこに記述された「ヘレニスティック・アストロロジー」を調査した結果、この概念が誕生してからほんの50年ばかりのうちに、今とそれほど変わらない体系(星座宮、室区分、7惑星、多様な計算方法、解釈のルールなど)がすでにシステムとして構築されていたと考えられるのだそう。けれど、人間存在の底知れない深みを描像し得る何かが “無” から生まれたとして、それが体系として(ほとんど)完成するまでの期間が50年というのはあまりに短いのではないだろうか。まるで「概念」がどこからともなく生まれ、次の瞬間にそこから続々と(自然に)全体の“システム”  が浮上してきたような感覚.....研究者の一人は『それはまるで、カップが壊れる動画を逆再生でもしたかのようなイメージだ』と述べている。また、7人存在したとされる「創始者」の一人として「ヘルメス・トリスメギストス」の名が記されていたという。


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  その後、彼らはそれまで知られることのなかった多くの事物を発見したけれど、その中で最も不思議な文書が「テーマ・ムンディ」と呼ばれるホロスコープだった。これは「世界チャート」という意味を持つ図で「アセンダントの位置=始点」が蟹座の0°であり、ICが天秤座0°、DCが山羊座0°、そしてMCが牡羊座0°に位置している。そして1室蟹座から7室山羊座までのハウスの中にそれぞれ月、太陽、水星、金星、火星、木星、土星と当時知られていた7つの惑星が配置され、8室〜12室は空になっている。これは「夜のチャート/ノクターナル・チャート」だ。

  この、アストロロジーの起源を示すかもしれない「世界チャート」— 「テーマ・ムンディ」とはいったい何を意味しているのだろう?

E.フランシスの解説によれば、ヘレニズムについて研究している学者達は、このチャートが技術を教えるためのイベント・チャートのようなものではなく、歴史の中で何度も起きてきた顕著な惑星配置を基盤として構築された一種の思念的「構造」を表しているのではないかと考えているらしい。

つまり彼らの推論によれば、これは論理的な決着を促すようなものではなく、古代ギリシャのアストロロジーを生み出した思想の「鍵」にあたるもので、そこから今に至るすべてのシステムが次々に “生まれて” きたのではないか...ということらしい。


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  これは...もしかしたら、蟹座から内的な「自己」の世界と、内からの視線に映る外界との境界が始まり、そして山羊座ではその壁を越え、「外からの視線」を意識することで「契約」の関係性が始まることをも意味しているのかもしれない。

そう考えてみると、かつてアリス・ベイリーが蟹座をすべての基点だと主張し、アリス・ミラーが蟹座 — 山羊座軸で成長が否応なく加速されると指摘したことにも、またひとつ納得のいく裏付けが加わるように思える。

いずれにしても、エリーズ・ポイントが持つ計り知れない重要性は、基点としての牡羊座と蟹座、そして新たな成長と出発のさらなる基点としての天秤座と山羊座が、実はそれぞれダブルの意味合いを持って配置されているのだという事実にも顕れているのだと思う。

コロナ禍によって世界中のひとびとがそれぞれ個人レベルでの変化や試練を経験しており、国や民族という領域でも、それぞれに負った歴史的なカルマが動き始めているように見える。こうした状況を下地として起きる今回の蟹座0°の新月・日蝕には、今わたし達が感知している以上に壮大な意味が潜んでいるのかもしれない。


その他、雑多なマンデーン的情報少し

  エリーズ・ポイントで起きる日蝕自体がとても稀な出来事で、蟹座0°台で起きた日蝕を調べると直近では2001年6月21日で、これは米国の9.11に先駆けて起きた蝕だった。今回もまた米国建国図の同位置に在泊する金星の上で蝕が起きる。メリマンさん推奨の建国図では「お金」と「愛」の金星が9室(外交、法律、高等教育、国の哲学や精神的根幹)蟹座(国土の安全保障)に位置する。また、現在米国建国図はネイタル4室(国民の心理、国や領土内の安全)の冥王星にトランシットの冥王星がリターン中であり、直近の月とともに、木星・冥王星・パラス・土星ステリウムの直撃を受けている。この建国図のICにはほとんどパータイルにネイタルのエリスが乗っているが、それに加えて上にも書いたように、現在MCにはトランシットのヴェスタが、ASCにはジュノーとへーべが、DCにはBMリリスがコンジャンクト中。

日本の戦後始原図(主権回復図)では、日蝕がDC上で起きる(米国の金星は日本のDC上に在るということで、これは戦後の基本的な日米関係を考えれば納得がいくと思う。ただし、月とグリーヴのコンジャンクションも直近に在泊するのだけど)。 一方、7室はパートナーを意味すると同時に「あからさまな敵」をも意味する。なので、この日蝕は「敵」との関わりで何か変化が生じることを示唆しているのかもしれない。けれど「敵」とはどこを指すのだろう? 


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  たとえば中国には建国図と言われるチャートが2つある。どちらも戦後図なので、遅い惑星ほど日本と似たような位置になる。ただ日本の7室に在泊するインシデンティア(何かの出来事が起きるきっかけとして顕れることが多い)に中国の天王星がコンジャンクトし、8室(税金、債務、力の闘争、怖れ、危機など)の冥王星には中国の火星・冥王星コンジャンクションが来る。そしてその火星は日本の4室ネッソス(カルマの精算)にはスクエアを形成する。これだけでは何とも言えないけれど、あまり良い組み合わせとは言えない。

またスペキュレーションとしては、習近平氏のネイタルチャートと言われるものを使ってみると興味深い。彼の出生データとしては一応誕生日は出ているものの、時刻の確かなものはない。ただ、ヴェーディック・アストロロジャー、ジョニ・パトリーが使用しているチャートによれば、今回の日蝕は彼の11室(仲間内、最終目的、希望や宿願)に在泊する火星の真上で起きることになる。つまり彼の火星は日本のDC上に在り、米国の金星とコンジャンクトしている。 そして、インドの戦後始原図もまた2室の火星が蟹座0°台に在泊しており、習近平氏の中国とは火星VS火星でぶつかり合いながら、この日蝕に大きく影響を受ける。

個人のネイタル火星上で日蝕が起きるというのは、生命力や行動力、またはリーダーシップに何か変化が起きる可能性を暗示する。通常、火星が蝕で刺激されると自分に備わった力への自信が増幅され、『私がやりたいことを・自分のやり方で・やりたい時にやるのだ』というエネルギーが強く出がちだとされる。そして何か新しい事を最前線に立って始めようとする。

ただ、国やそのリーダーのチャートをヒットする強力な日蝕の下で大胆な行動を取ろうとすれば、それを囃す勢いと同じだけ抵抗も生まれる。その表面的な顕れはそれぞれに異なるとしても、手近な範囲でざっと見るだけでも日本、米国、中国、インドには何らかの形で等しく浮上しているエネルギーがある。そしてまた、異なる選択肢がある。

  特に習近平氏は、国のリーダーとしてかなり難しい局面に立たされているのではないかと思う(ちなみにトランプ大統領がN太陽に蝕の直撃を受けるのは12月)。また、過剰なストレスによって健康を害する可能性にも注意すべきかもしれない。ただ、いずれにしてもこのネイタル・チャートが正しいかどうかは不明だし、もしかしたらヴェーディック・アストロロジャーによるレクティファイド・チャートかもしれない。なので今のところは参考という感じで捉えるべきかと思う。もしこのネイタル・チャートが正しいとすれば、独裁体制を強化しつつある習政権がこのまま安泰であるようには見えないのだけれど...。
(参考:習近平/1953年6月15日午前8:45 北京)


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  日本の戦後始原図7室カスプ(パートナーと敵)で起きる蟹座0°(国土の安全保障)の日蝕。そして始原図4室(国民の心理、領土の状態)の太陽(主権者)にコンジャンクトするトランシットの天王星。3室(メディア、コミュニケーション、交通、初等教育)を運行するトランシットの海王星は、3室在泊の小惑星パラスにオーブ約2°。直近にトランシットの火星。そして10室ネイタルの火星には、今小惑星ニッポニアがコンジャンクト中。この日蝕はノースノード・イクリプス。否応なく変化を迫られる。ならばわたし達の国、日本は何を変えなければならないのだろう? 日本の安全保障を肩代わりしてきた米国の内情が自らのカルマによって揺れ動く今、主権者であるわたし達国民は、どんな意識変革を迫られているのだろうか? 

以前、こんなことをツイートした。『日本が国としてパラスをこの位置(3室魚座)に持つということは、メディアだけでなく国民のコミュニケーション全般に「公正さとは何?何を第一義とする?」という問いに応えるだけの質と負荷を負う意味がありそう』 これはパラスが在泊する魚座の支配星、海王星がネイタルでMC上に在ることもふまえての思いだったけれど。この天上に抱く海王星の質をより高めながら、より自立した形で国土を護り、他国(他者)と共存していく道を探る必要があるのかもしれない。おそらくそれには、相当の自己変革が必要になるだろうと思う。

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惑星スケジュールざっと

6月18日~7月12日:水星が逆行(蟹座14°45’~5°29’)
6月18日~21日夏至~25日:金星と水星のダブル逆行期

6月21日:夏至と同日に起きるNノード金環蝕! 蟹座0°21’
6月25日:金星が双子座5°20’から順行
6月28日:火星が牡羊座に入居
6月30日:木星・冥王星が山羊座24°台でコンジャンクト
7月1日:水星逆行の中日
      太陽・アグニ、カイロン、ジュノー・ヘーベがTスクエア
7月2日朝:土星が山羊座に一時帰還
7月5日:山羊座13°台で満月・半影月蝕(日本からは見えない)
7月21日:蟹座28°台で新月!



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★6月新月・日蝕のサビアン・シンボル★


🌑 新月・日蝕のベースとなるシンボル:
  蟹座0°(双子座30°)『水着美人の一団』

  ここはカーディナル・サイン、蟹座の入り口であるとともに、情報と知識を司る双子座の集大成の位置(30°)でもあります。…いわば<思考>の風性と<感情>の水性との境目。そして、そこでわたし達が目にするのは華やかな水着美人達!
 シンボル自体は「Bathing beauties」なので、単に「水浴びする美女達」と訳しても良さそうです。けれどB.ボヴィによれば、このフレーズはネイティブの感覚では「見かけ上の」1シーンとして感じられるのだそう。つまり、実際には「見られるための水着をまとってにこやかに集う美女達」というニュアンスなのだそうです。確かに、見て聞いて知って...とあちこちに知覚を張り巡らせる「風」の習性が初めて「水」の領域に接したとき、異質な中にもまずは目に映る華やぎに意識が向いていくのかもしれません。


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  では、これはミス・ユニバースなどの世界的なコンテストで見られる水着審査の場面でしょうか? それとも宣伝キャンペーンか何か? 米国でミス・アメリカのコンテストが始まったのは1921年だそうです。なのでチャネラーのエルシィの脳裡に描かれたのがそんなシーンだったとしても不思議はありません(当時のコンテストに水着審査があったとしても、今の水着とは全然違うと思うけれど..)。


  今、国中から集まった美女達は微笑を浮かべながら自慢のボディを見せつけています。ここで彼女達は、自ら進んで「見られる者」として振る舞っています。微笑と投げキッスで見る者達を大いに祝福しながら。この場では「いかに見られるか?」これが重要。でもそれは上辺だけかもしれない。いえ、きっとそう。何故なら彼女達は互いにてっぺんを目指して競いあっているのですから。

でも、だとしたら... 彼女達は単に「見られる者」としてそこに居るわけではありません。同時に「見る者」として、互いを観察しあっています。そして... 自分自身のことも、こころの中に存在する架空の空間から他者の目を借りて観察し、評価し、審査しているはずです。「あぁ、緊張してきた。イヤだな、笑顔が引きつってたりしたらどうしよう...」「よし! あの子よりわたしのほうが目立ってる。これならもしかして、勝てるかも...」


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  一方、コンテストを見ている人々はどうでしょう。たとえ互いに上辺だけだとわかっていても、綺麗なものを眺めながらひととき感嘆してみたり、ああでもないこうでもないと論評するのってけっこう楽しいエンターテインメントです。彼らが女性であれ男性であれトランスジェンダーであれ、美しいひと達の一団から微笑みかけられたら、悪い気はしないでしょう。いえ、もしかしたら。「なぜ自分はあんな風に美しく生まれなかったんだろう...」「どうしたらあんなにスタイル良くなれるだろう? 」「自分ももっと努力しなくては...!」「あんな風になりたい。あのメイク真似してみようかな」なんて思うでしょうか。もちろん、今なら「誰もがみんな美しいのだ!見た目で評価するなんて差別だ!」とボイコットを叫ぶひと達も多くいるはず。けれどサビアン・シンボルは1920年代当時の感覚に寄り添って見ていく必要があります。

  どんな反応が起きるにしても、このシンボルには「見る者」と「見られる者」が互いに承認願望を満たし合おうとする関係、目と知覚を通して互いから満ち足りた感覚を得ようとする関係が見てとれます。そしてその関係は自分自身の中に投影されていきます。見る自分が見られる自分を想像し「こんな風に見られるようでありたい...」という願望を呼び覚ますという構造。そして、その願望成就をある程度可能にするのが今のネット社会かもしれません。


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  インターネットがこんなにも浸透した今の社会では、フェイスブック、Twitter、インスタグラム、Youtubeといったプラットフォームにアカウントを持つことが広く一般化しています。そこは架空世界のステージ、幻想の街角に例えられるかもしれません。たとえ水着姿を曝したりはしなくても、そこでわたし達は意見、評論、日記、感想、映像や画像など、様々な形を通して意識的・無意識的に「自分」を表現しているのではないでしょうか。そこではあらゆるニュースが行き交い、刺激が生まれます。それはまるで、多種多様な情報と想いが怒濤のように流れてやまない、地球を覆う壮大な 「導管」「毛細血管」のようです(このブログやわたし自身のSNSアカウントもまたその中の一点だけれど)。

  そこでのわたし達は、見る者であると同時に見られる者(たとえひと言も発言しないとしても)。そしてそこでもまた、見る者から寄せられる承認や羨望、あるいは同意と共感のまなざし。「いいね!」「そうだよね!」そんなほんのささやかな祝福体験が、ささくれ立ったこころを柔らかくほぐしてくれることがあります。そんな、ちょっとした励ましのひと言が、わたし達の明日への支えになることだってあります。ささやかな暮らしを彩る、一輪の花みたいに。

けれど、もし「見られる者」が「見る者」の承認無しでは不安でたまらないとしたら? 一人前の人間として、何かが足りないように感じていたら? 承認を得ること自体がいつのまにか目的になり、執着が生まれるとしたら.....? 

または「見る者」が「見られる者」を醜いと感じ、その不快な気持ちを腹立ちまぎれに投げつけたら? にこやかな微笑みのやり取りだったはずの場は、たちまち硬直した表情に覆われて殺気立ち、石が飛び交う戦いの場になってしまうでしょう。実際、ネット世界を泳いでいると、そんな場面には毎日のように出くわします。政治の世界でも、今やネットは主要な戦場の一つと化しています。見られることを利用するひと、それを見て利用するひと、楽しむひと、怒るひと、それをまた見るひと、伝えるひと、ひと、ひと、ひと。


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  互いの承認と切磋琢磨の志とを暗黙の了解として美を競うハレの場、水着の美女達が集うステージ。その舞台裏には、他者の承認を貪欲に奪い合う激しい競争世界が拡がっているのも事実です。そして自己打擲や不安、怖れでいっぱいのこころが生まれるのもまた、「見る者」「見られる者」の世界です。幻のあなたやわたしはあまりにも大きく、真実のあなたやわたしはあまりにも小さい。でも、本当にそうでしょうか?

  個人と社会が交差点で出逢い、どんとぶつかって、意識・無意識を問わず火花を散らし斬り結ぶと言われるエリーズ・ポイント、蟹座0°...。一番プライベートなこころの奥底に通じる蟹座のゲートは、頭上に社会のてっぺんを見上げながら、自分自身の在りようを探っていく旅の入り口です。そこでわたし達は「社会」と呼ばれる「幻」に自分自身を投影し、その姿を意識します。けれど結局は「鏡」の表面に跳ね返され、気がつけば再び赤裸々な自分のこころに引き戻されてる...... そんな繰り返しが起きる場所。

でも、そこは自分が護りたい世界。どんなに嫌いだと思っても、愛さずには生きられない、自分だけの世界。その底深くに、幻ではない自分が、いる。 それは誰だったろう? どんな想いを抱えて生まれてきたんだろう? 誰かから愛される前に、わたしは、わたしを愛しているだろうか? 自分を承認しているだろうか? 幻には届かない。でも、確かに生きて血の流れる、この魂を...。


では、この度数を意味的に補完する対向の山羊座0°台も参考に見ておきましょう。


 山羊座0°(射手座30°)『ローマ教皇』

  射手座の集大成であり、山羊座への入り口ともなるこの度数では、射手座的な宗教性や聖なる世界の探求が、ローマンカトリック教会の教皇、生ける「聖性」としての法王様という器に行き着きます。その存在は「絶対」の信頼と帰依の象徴。政治、経済、社会を超越した聖なる統合の器。 みんなが彼を崇敬し、彼のことばに耳を傾けます。彼の言葉は絶対の善以外にあり得ません。その祝福を受けることは、信じるひとにとってこの上ない価値があることでしょう。 その一方で、ローマ教皇はバチカン市国という特殊な構造の中では最高の階位で、枢機卿団の投票によって選ばれる、独立した国家の元首でもあります。つまりここには「絶対の聖性」と「世俗的な階層の最高位」という "二重構造" が存在します。

B.ボヴィは、この教皇が果たす機能は「祝福すること」だと言っています。肉体を持つ "霊的な父" として大衆の前に姿を現し、みんなを祝福する。 そこには「見る者」と「見られる者」の関係が厳然と存在します。教皇は見られ、聞かれる者としての役割を担い、愛と平和と信仰を説きます。見る者としての大衆は、彼の姿を目にすることによって祝福されたと自ら感じ、信心を深めます。宗教的愉悦を感じるひともいるかもしれません。それが「器」となった教皇の主要かつ聖なる役割であることを、このシンボルは示しています。


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  崇敬すること、祝福すること。承認することと同時に、承認されること。そしてその歓び… 射手座と山羊座の狭間にも、どうやら「見る者」と「見られる者」との共犯関係が生まれるようです。 では、教皇は上り詰めた象徴の玉座にあって、何を思うのでしょう? 複雑な階層構造の中で、日々の政治的な役割の中で、ひとり魂の底に降り立ち、黙々と修行する中で得られる法悦と至福。それを変わらずに保ち、宗教哲学の探求を続けながら俗世の政治に采配をふるう。それらを同時にこなしながら "絶対の普遍性" に至ることは出来るのでしょうか? カトリック教徒ではないわたしには想像もつきません。けれどこのシンボルが示す「ローマ教皇」の姿は、自由奔放な探求から厳格な社会構造へと入っていく際に必ず通らねばならない門... 理想としての幻像、あるいは一種の「しるし/徴」として顕れているのかもしれません。


では、メインのシンボルに行ってみます。


🌑 新月・日蝕のメイン・シンボル:
  蟹座1°『船から提示される巻き上げられたり広げられたりする旗』


  さて、メインのシンボル....なんだかややこしい訳文になってしまいました。ここに挙げた原文は、チャネラーのエルシィが降ろしたままの『A furled and unfurled flag displayed from a vessel』ということばです。でも面白いことに、マーク・エドモンド・ジョーンズの本ではこれが『A furled and an unfurled flag displayed from a vessel』(unfurledの前に冠詞 "an" が入っている)となっていて、なんとなく、巻き上げられた旗と広げられた旗が一枚ずつあって、両方とも等しく提示されているようなニュアンスがあります。けれどおそらくこのシンボルの場合は、一枚の旗が巻かれたり畳まれたりした状態と、広げられ掲げられている、その状況の違いや移り変わりを示唆しているのではないでしょうか。

  ではその違いとは? まずこの旗は、船舶のマスト上に掲げられる旗です。"vessel" は船ですが、一般にいくつものコンテナを積んだ商船などの大型船を意味することが多いとされます。とするとその旗は、その船が所属する国、機関、または団体やグループを示す旗なのでしょう。つまり、一方は巻き上げられたり畳まれて、存在はするけれど見えない状態。もう一方は広げられて風を受け、へんぽんとはためいている状態です。


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  また、"vessel" という単語は他にも意味があって、それは「導管」。動物や植物の体内にあって、「消化管」や「血管」など、いのちを維持するための「流れ」を護り運ぶ管状の器官を指しています。そしてもうひとつ、何かを受け入れる「器としての人間」を指して使われることもあります。

B.ボヴィは、このシンボルを霊的視線で見るなら『広い無意識の大海原を進む霊の容器(コンテナ)、あるいはいのちのエネルギーを受肉し、格納し、運ぶもの — すなわち “人間” を暗示している』と示唆していました。もしそうだとすれば、この情景はわたし達人間にとって二種類の状態を示していることになります。たとえば二つの仕事を持つとか? または異なる二種類の才能? あるいはわたし達が人生で経験する、それぞれに全く異なる二つの状況でしょうか? 進んで来た海路も、あてにしてきた海図も見失ったと思ったら...まるで入れ替わるように、海の色も風の匂いも何もかも違う新しい海原に出ていた...というような?

  一枚の旗が今、船のマストのてっぺんに掲げられようとしています。しずしずと拡がっていく旗。それはまさに、堂々とその船の存在とアイデンティティーを主張するもの。広大な大海原を「自己」として推進していく「力」の象徴でもあります。そして、その船は旗を掲げることによって、陸地からも他の船舶からも「自分」が何処のどんな船であるかを「認識」されます。そしてそれ自体が、航行の自由を「承認」されることにも繋がっていきます。


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  では巻き上げられたり畳まれた旗はどうでしょう。自己の所属を明らかにしない船舶は、正体の見えない船と同じ。認識されることもなければ、承認されることもないでしょう。 ん...それじゃ、旗を畳んだ状態と広げる状態では、その船舶にどんな変化があるんだろう? ひとつは自分の真のアイデンティティーを隠し、護らなければならない状況が考えられます。また、海賊船や軍事工作船のように、本当は秘密の目的(多くの場合、他者に対する敵意や計略)を持ちながら外面では商船や漁船のように偽装しているケースもありそうです。そしてもう一つは自分自身を明らかにし、胸を張って周囲に誇示しながら我が道を進む状態ではないでしょうか?

  でも、もしかしたら...その一枚の旗は... 巻かれたときと広げられたときとで、そこに描かれた「徴 -― しるし」が変化しているのかもしれません。その船 — わたし達 — の内奥で、もしも何か大きな変化が起きるのだとしたら...。 今まで抑圧されていた何かが、大波小波を分け進むうちに臨界点に達し、まるで革命でも起きたかのように、新たな力が台頭してきたとしたら...? そういえば映画や小説などにもありますよね、そんな物語。船の中で下克上とも言うべき反乱が起こり、闘争の末に指揮権を握った側が新たに自分達の旗をマストに高々と掲げる...。代替わり? 新しい波? 

これがある集団に起きるとしても、あるいは個人レベルで起きるにしても、きっとそれまでの「わたし達」または「わたし」を示す「徴」は捨て去られ、真新しい「自分の徴」を掲げることでしょう。けれどその「徴」が認知され、承認されるかどうかはまた別の話です。新しい波をどう安全に渡っていくのか? 世界の海洋には様々な目的を持つ無数の船舶が航行しています。見慣れぬ新しい旗を掲げた船は、自他の「航行の安全」を護りながら進んでいけるでしょうか? 公海上の仲間として受け入れられるでしょうか?


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  古い旗は外されて畳まれ、古い経験のコンテナにしまわれる。そして新しい旗が広げられ、これこそが自分自身なのだ!と宣言する。それが認識され、承認されるかどうかはまだわからない。それでもその行為は、わたし達がまったく異なる人生のステージに入っていくだろうことを意味しています。

  そして...やはりこのシンボルが提示するテーマをもう少し深く見ていくために、180°対向の位置にあって補完する山羊座1°のテーマも見てみましょうか。


 山羊座1°『自らの承認を要求するインディアンの族長』


  ここにも再び「承認」が出てきます。「正当性の承認を要求する族長」... でも、すでに族長と呼ばれる存在が自らの正当性を承認せよと主張するというのは、どういう状況でしょう?

ネィティブ・アメリカンには沢山の部族が存在しますが、その長を選ぶにあたっては、部族の人々による一種の投票によって決まるもの、あるいはシャーマンの託宣が物を言う形式、またイロコイ部族連合のように、族母(クラン・マザー)が族長を推薦し、それを氏族、部族、連邦の公開会議で承認する形式を取るものなどがあったそうです。(星川淳 著『魂の民主主義』より)。

とすると、このシンボルに描かれているのはイロコイ族連合に属する族長で、彼はクラン・マザーによって新しく推薦された勇者なのかもしれません。そうであれば、彼はこれから並み居る部族や連合の長達を前に、決然と自分の力を主張するはずです。『他に選択肢などない。私には智恵も力も経験もある。自分こそが族長にふさわしい存在なのだ。』 新たな長として他者から承認されるには、権威にふさわしいカリスマ性と力量を見せつけなければなりません。


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  一族を率いるからには、彼は口でも力でも、並み居る長老達さえ打ち負かすほどの存在であることを証明しなければならないでしょう。 新しい力の台頭は、古い権力を引きずり下ろすものです。長老達も、そして推薦に漏れた元候補者達も、一斉に彼を試しにかかります。それは、力と力の真剣勝負。でも彼は負けられません。もう長い間、彼の旗は巻き上げられ、人知れず自分の役割を果たしながら力を溜めてきたのです。出過ぎずに自分の力を護りながら着々と経験を積み、自分はここまで昇って来た。だからこそ。試練の全てに打ち勝ったとき、古い旗は巻き上げられ、我が部族の新たな「徴」として私の旗が風に翻るだろう...。


  けれど、わたし達はまだ蟹座―山羊座軸のゲートに入ったばかり。これから先しばらくの間、外部的にも内面的にも、あらゆる方向の社会性や、政治的な統轄力(または内的世界の統制力)が試される領域が待っています。つまりフィジカルでもメンタル面でも、多様な経験を積んでいくそのとば口という感じ...。

ここでのわたし達は、これから一枚のささやかな旗を掲げ、大海原に出航していく一艘の船です。これから先は、凪の日もあれば嵐に見舞われる日もあるはず。そんなときは、暴風にさらわれたり破れたりしないよう、大切な旗を巻き上げて。抵抗を減らし、ひっそり護っていきましょう。風を読み、海図を拡げ、もしかしたら、ときに航路を変えてまでも。

何故なら「わたし」という旗は、わたし達の内的宇宙を満たす いのちの流れを象徴する「徴」だから。 そして今は、「燃え尽きる」ときではないから。


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  わたし達の多くが今、自分の中で何かが確実に変化する予兆を感じているかもしれません。 そしてきっと世界中の「わたし達」も、今またそれぞれに。これまでにも沢山の変化を乗り超えてきたような気がする。少なくとも、通り抜けてきた。でもまだまだ先はある...ならば行き着くところまで!

この蝕がネイタルの重要なポイントにダイレクトに触れるひと(オーブ3°くらいまで)にとって、2020年の本番は本当にこれから。もしかしたら、周囲の世界が知らない間に静かに “狂っていく” かもしれない。一時的に通るべきカオスのトンネルの中で。けれどその中に在っても。透明であり続けるために。 これは新しい自分と世界を識り、新しい「徴」を掲げる旅の始まりです(まぁ、とりあえずは凸凹道かもしれないけれど😅)。 その「徴」はある日突然 燃えあがる火となって顕れるかもしれない。それとも...あと数年経ってふとふり返ってみたら、今とはまったく違う「わたし」が、まったく異なる世界に住んでいることにハッと気付いたりするのかな...?


  夏至 ― 四つのエリーズポイントの一つ ― で迎える強力な日蝕。いくつもの岐路を予感しながら、わたし達はまた新しい船出の朝を迎えようとしています。


みんな、こころ静かに新たなゲートをくぐっていけますように...!



magelan






have a great trek!!!★

hiyoka(^_^



この記事へのコメント

1. Posted by 献立田中   June 24, 2020 18:21
5 新月の記事をいつも興味深く読ませていただいております。いつも新しい発見があります。

「テーマ・ムンディー」が気になったので、調べてみたのですが、テーマ(ラテン語のthema)にはホロスコープという意味があって、とても驚きました。

ムンディーは世界なので、世界が生まれたときのホロスコープという意味だったんですね。
wikipediaで調べてみると、聖書の天地創造の4日目という意味でした。

wikipediaには、ASCは蟹座15°のようなことが書いてありました。固定宮の15°は、聖書の黙示録やエゼキエルにでてくるテトラモルフォのことなのだというのを読んだことがあります。
もしかしたら、活動宮の15度も何か意味があるのかと思って調べてみたのですが、よくわかりませんでした。

またいろいろ教えてください!
2. Posted by hiyoka   June 25, 2020 02:35
献立田中さん、こんばんは。

tetramorph — 4つの異なる要素、形の象徴的な配置。あるいは1つのユニットに4つの異なる要素を組み合わせたもの — という意味があるらしいですね。ギリシャ語ではこのことばが「4つの形」を意味するとwikipediaにありました。そして考古学的な見地からは、人類初期に人間が地平線、または「空間」を4つに区切って生贄を捧げたり儀式を行ったこと、後にはそれが神殿の4区分となってそれぞれに特有の質や精神の特徴などを当てはめていたという証拠が残されているとも。だとすれば、tetramorphという概念はもともとキリスト教以前の「4区分」であって、より古い世界観の基盤として存在したのかもしれませんね。この4区分がアストロロジーにおけるASC, DC, IC, MCの位置に符合し、また古代において蟹座が「世界」を生み出す最初の象徴(ASCの位置)だと考えられたのなら、3種のtetramorphのそれぞれ中央部を「質を顕す儀式」の場(または質のグラデーションの頂点)と見たのでしょうか?
世界チャートの蟹座15°がASCであることの意味は、もしかしたらそれに類するようなことなのかな?とも思います(もちろん、想像に過ぎませんが..)。

そういえば、プロジェクト・ハインドサイトのロバート・シュミット氏は、アストロロジーの創始者(または創始グループの総帥)が古代ギリシャの数学者・天文学者だった「クニドゥスのエウドクサス」だったと確信するに至ったそうです。テーマ・ムンディのオリジナルもまた、エウドクサスによって描かれたものだそうです。
いずれにしても、テーマ・ムンディを考えるにあたっては人間存在と4つの場、ないしは領域が真に何を意味するのか?を考えて行く必要がありそうですね。
  
 

3. Posted by 献立田中   June 25, 2020 21:02
5 返信ありがとうございます!

私もテーマ・ムンディーのホロスコープを見て、人間存在とは何かを問いかけられているような気がしました。

テーマ・ムンディーと聞いて、最初の思い出したのが、「アニマ・ムンディー」という言葉だったのですが、カルデア人の順列という惑星の並びでみると、1ハウスは土星が支配するのだそうです。
解説の本で、「生命の誕生とは、魂が全体から切り離されたことにほかならないと考えてください。魂の観点からみると、時間と空間という檻に閉じ込められたこの世界は肉体という限界によって孤立した土星の世界そのものなのです。」という文章があって、これもアニマ・ムンディーを連想させる文章でした。

先日、大きなお寺に参拝に行ったのですが、門のところに蓮の模様が描いてあって、蓮が個人で根っこは水のほうにあって、全部つながっている、集合的無意識みたいなものを連想しました。

アリス・ベイリーさんの本を読んでみようと思って図書館で見てみたのですが、難解すぎてまだ読むのは無理かもしれません^^;
4. Posted by hiyoka   June 27, 2020 03:08

アニマ・ムンディ...世界魂。"地球上の全生物の間に存在する本質的な繫がりであり、魂が人体と繋がっているのと同じように世界そのものと関わっている"

同様の概念はヒンドゥー、大乗仏教、陰陽道、道教などの東洋哲学やパラケルスス、スピノザ、ライプニッツ、シェリング、またヘーゲルのガイスト、ユダヤ神秘主義の「コクマー」にも見られ、そして「オーバーソウル」という概念や「ガイア理論」にも影響を与えている... wikipedia

人間存在、そして生きとし生けるものすべてを超越した壮大な知性の存在。そこから切り離されて生まれ落ちる人間...とても興味深いですね。

人間には限界があり、死があり、時間に束縛されてる。それは自明のことで、誰もその法則に逆らえる者はいない。なのに何故、宇宙は自律的に動いているのか? 果てや限界など持たず、永遠でありながら絶対の秩序があるように見えるのか? 肉体が必滅なら(あるいは必滅だからこそ)、魂...そして全てを統べる世界魂は不滅でなければならないのか? 

その問いの前に、人間は何故その対比 — 必滅VS不滅 — を必要とするのだろう? 傷病労苦のない絶対世界は存在するのか?(そこに在る者はすでに人間ではない。だから本当は人間である身にはそれがどんな世界か想像がつかない。同じ意識が続くなら、それは超越世界ではない。けれど人間の意識は幻を見ることも出来る)。 浄土教の祖、源信の往生要集には、極楽というものが永遠の世界ではなく、極楽往生しても時が至れば平和と愛と楽の世界に飽いて力が無くなると記されていると聞きました。だとすれば、それもまた興味深いというか、面白いと思いました。
 
5. Posted by hiyoka   June 27, 2020 03:10
そうそう、アリス・ベイリーは確か著書「エソテリック・アストロロジー」の中で1室は受肉のハウスであり、月であり蟹座であると言っていたようです。こうしたイメージは、今回の新月・日蝕の度数、蟹座1°のサビアン・シンボルにも暗示されています。けれど世界魂というものが存在し、そこから切り離され「個」として限界に閉じ込められることが誕生だと仮定すれば、土星が全体を支配しているとも考えられますね — 「土星」と「地球」は繋がっている。

いずれにしても、人間が — 大いなる先達の方々が — 知り得てきたこと、そして今のわたし達が知り得ることだけが全てではないはず。ならばわたし達は、個の体験の内部から体ごと識り掴みとる「何か」を求めて生き切っていくしかなさそうです。アストロロジーはその良いツールだと思っています😊
 
 

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