🌑12/15日の新月・日食―みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)Happy New Year!

December 30, 2020

🌕12/30日の満月―みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)


  12月15日に起きたエポックメイキングとも言える日蝕。そのシンボルは『入国する移民達』そして『家の扉の前に立つ青い鳥』でした。蝕のテーマは半年~長くて3年程度継続していきます。そしてこの新月・日蝕期(1月12日まで)のエネルギーが、装い新たなテーマとして結実を見せるのが12月30日午後の満月です。それに今回の満月もわずかにOOBで、軛の外れた馬のような、突発的な性質も秘めていそう...。そんなこんなで、この満月がもたらすテーマもまた、ひとつの底流として長期にわたりわたし達のこころの中に木霊し続けるかもしれません。

というわけで、記事のUPは15日の新月まで..と思っていたけど、やっぱり気になる大事な満月。シンボルのテーマだけでもあげておこうと思い立ちました。かなり深みのあるシンボルなので、すこしずつ、すこしずつ、時をかけてほぐすように味わってみたいテーマです。


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【月♋️蟹座8°〜9° — 太陽♑️ 山羊座8°~9°― 発効期:12/30~1/12 】

🌕“Rabbits dressed in clothes and on parade”
  『服を着てパレードするウサギ達』
 ☀️“Birds in the house singing happily”
   『家の中で幸せそうに歌う鳥達』
    
🌕“A tiny nude miss reaching in the water for a fish”
  『魚を求めて水中に手を伸ばす小さな裸の少女』
 ☀️“An angel carrying a harp”
   『ハープを運ぶ天使』

【満月のテーマがもたらす雰囲気と挑戦(順不同)】
※ひとによっては数日前から前倒しで感じられると思います。
※シンボルは多くのテーマをはらんでいます。沢山の中からこころに引っかかるものがひとつでもあれば、それが鍵になるかもしれません。


極端な怖れや臆病さと虚勢を張る態度との鮮やかな対比に注意
面倒に直面してサッサと逃げるか過度にことばを並べ立てる傾向
自己表現、プライド、または仮面や保護としての衣服や装飾
「出る杭は打たれる」という現実に立ち向かうための繊細な配慮
美に対する天与の才能、または美への埋没や逃避
過剰な警戒心のせいでかえって反発を招いたり損失をこうむる危険
耳に心地良いメロディを聴くことでこころを慰める
現実的な制限の範囲内で自分のベストを尽くしていく
今の社会の現実と自らの立場を認識し、現状を受け入れようとする意志
パワフルな潜在的エネルギーの中に無邪気に入っていくという試練
奥深いメッセージと鋭く辛辣な棘の違いを識別する必要
過ぎ去ったことや失った機会をいつまでも引きずる危険
面倒なことをクドクド言ったり難癖をつけて執拗に責める傾向に注意
失敗や混乱、不首尾を覆い隠そうとする心理に注意
詩的で豊かな感性を活かすための空間や休息の時を持つ
しっかり掴んだものが真の幸運か足下をさらう嵐雲かを見極めていく
余計なことは考えず、今一番向かうべきところを目指す
心身ともに自分を整えて新たな挑戦に向かっていく…→


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🌕満月のベース・シンボル:
 蟹座8° 『服を着てパレードするウサギ達』


  新月・日蝕のテーマでは、わたし達は新大陸に辿り着いたばかりの「移民」であり、今にも巣立とうとする「ヒナ鳥」であり、「家の扉の前に立つ青い鳥」と対峙し、冷たい氷の上をおぼつかない足取りで「スケートする子供達」でした。ならばわたし達は、これから扉を開けて、それぞれの「冷たい外界」へと出ていくところなのかもしれません。

そんなわたし達に、この満月がまず投影してくるのは『服を着てパレードするウサギ達』。服を着た可愛らしいウサギって…ん、なんだか『ピーターラビット』みたい? そう、おそらくこのシンボルは1902年に英国で出版され大ヒットした物語、ビアトリクス・ポターの『ピーターラビットのおはなし』との関わりがある ― B.ボヴィも指摘していました。確かに、1925年にサビアン・シンボルを降ろしたエルシィ・ウィーラーが、ピーターラビットの物語やその挿絵を知っていた可能性は高いように思えます。


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  この物語はいたずら好きの子ウサギであるピーターが、マグレガーさんの畑で野菜を食べ荒らした結果、追いかけられて散々な目にあい、素敵なブルーの上着と靴をなくしてしまうというもの。確かその上着は畑のカカシが着ることになったような...。

  じゃ、このシンボルでパレードしているウサギ達は何を表しているのでしょう? この「ウサギ」は当然擬人化された存在です。そしてウサギは臆病で神経質な生きものとして有名です。そんなウサギが人間の服を着て、しかも目立つようにパレードしてるって? パレードとは人々に何かを示す(というより自らの存在を誇示する)行為なのに..?

  このウサギ達はきっと、みんな一緒に自分達の存在を誇示することが「安全」だと知っているか、少なくともそんなふうに思っているはずです。何故? 何故なら彼らは「人間の服」を着込んでいるから。服を着て歩くことが、人間社会に同化していることの証しとなり、安心して迎え入れてもらえるから。そして、ウサギだって社会の一員として尊重されるんだ...そう考えているから。彼らは畑になだれ込んで、野菜を根こそぎ食べてしまうような悪さをすることはないでしょう。だってそんなことをすれば、たちまちマグレガーさんに追いかけられて素敵な上着を奪われ、パイにされてしまうかもしれない。だから彼らは精一杯のお洒落をして行進しています。ピーターみたいに綺麗なブルーの上着、トレンディーで高価なシャツ... センスの良さが光るコーディネート! それに自分はひとりじゃない。みんながピカピカのカッコ良さでパレードしてるんだ。もしもインスタでバズったりしたら、万単位のひと達に自分を知ってもらえる。快く受け入れてもらえる。そうしたら、きっともう誰にも脅かされることなく安心してこの世界で生きられるのかもしれない…。


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  「装いが人を創る」ということばがあります。衣服は暑さ寒さをしのぎ、毛皮や分厚い外皮の代わりに表皮を護るためのもの。けれど、わたし達の社会においての衣服は「わたし」という「存在を飾るもの」または「付加価値をつけるもの」「自己表現とプライドの証し」「帰属性の証明(または露わにするもの)」そして「自分を覆い隠すもの」でもあります。そして、その場にふさわしい衣服を身に着けて人前に出ることは、積極的に順応していこうとする姿勢を見せること。「自分はけっして社会のはみ出し者ではなく、コミュニティに迷惑をかけるような存在ではないのだ」と示す行為です。見た目も、行為も、ことばも、外界と同化していくこと。たとえその内のいくばくかは本物で、残りは仮面に過ぎなかったとしても。形だけだったとしても。それはこの擬人化されたウサギ、つまりわたし達にとって、何よりも外界の危険から身を護り、安心と安全を得るために必要なことだから...。


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  こうした心理や行動は「内側」=自分の内面世界や源と感じるもの、家や家族、一族など、自分が帰属する全てを何よりも護り、その安全と安心感を大切にする、蟹座の本能の一側面だと思います。

一方、このテーマを補完する太陽側はどんな物事を示唆しているでしょう? 早速見てみましょう。


☀️月に光を送る太陽のベース・シンボル:
 山羊座8° 『幸せそうに歌う家の中の鳥達』


  太陽は山羊座8°のエネルギーを放射しています。このシンボルはかなりドメスティックな雰囲気を持っています。ここで幸せそうに歌っている鳥達も、元々の種は厳しい自然に適応し、自由に木々を飛び回る存在だったはず。本来なら彼らの「歌」は求愛であり、餌をねだるヒナの声であり、そして仲間に危険を知らせる警告の叫びです。そのどれもが、彼らが生きていく上で大きな意味を持っていました。けれどこのシンボルの鳥達は、家の中に置いてあるケージの中で、ただ幸せそうにさえずり、羽をつくろっています。餌を探す心配も要らないし、天敵に襲われる危険もありません。今家中に響き渡るのは、安泰だと感じているからこそ歌えるメロディなのだと思います。 


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  この新月~満月期、先行きの見えない世相に迫る予兆を前にして、自分なりの未来と大きな変化を予感したわたし達は、ちょっと怖くなるのかもしれません。まだ自分の現実には何も大きなことなど起きていない。何も顕在化してない。でも、感じる。何かがひたひたと迫って来るこの感じ。どうなるんだろう? …例えばそんな感じかな。ここにはある種の「臆病さ」が見え隠れしています。おそらくその臆病さは、外の世界では身を護るために絶対に必要な要素のひとつです。けれど、ただケージの中で身繕いにいそしみ、小さな幸せに満足していられるんだろうか?  このシンボルにはそんな問いかけがこめられているかもしれません。

わたし達は、何か大きな変化を前にすると怖じ気づきます。たとえそれが、自分がこころから望んだものだったとしても。そして、今居る場所の居心地の良さを離れたくないと思います。変わりたくない。外に出て痛い思いや冷たい風に当たりたくない。どこかでわかっているんです。


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  『世界は厳しい。一歩外に出れば、そこには血みどろの暴力的な世界、恐ろしい世界が拡がっているかもしれない』 世界を覆うコロナ禍の下では、そんな集合心理が生まれやすいかもしれません(わたし達が住む日本は、これでも世界に比べればまだ穏やかなほうではあるけれど..)。あるいは、『外では今まで自分が信じていた世界なんかたちまち消えて、否定したくなるような現実が待ってるんじゃないか?』『内々の穏やかな世界、自分だけの感覚世界に留まっていたほうがずっとマシだし、そんな中にいる自分が好きだ』『いつものやり方をしていれば、今まで創り上げてきた「自分」でいられる。周囲の皆もそう受け止めてくれるし、わざわざ動かなくたって済む』。だから… このままでいたい。 

  わたし達はカオスを怖れます。自分でコントロール出来ない状況を嫌います。だから、なるべくなら自分が支配出来る環境の中で、自分好みのコスプレを続けていたいと望みます。自撮りライトを当て、凹凸の飛んだ画像の中で、素敵な服を着て微笑む自分しか許せなくなります。けれど、もうわたし達を囲うケージは小さくなり過ぎました。このままでは、やがて身動きが取れなくなる。大きな変化がやってくるのは、そんなときなのだから。

もちろん、それは今日や明日じゃないかもしれない。けれど、多分、とても近い将来。 そう、どこかでわかってはいるんです。何かわからないものが、チクチクと刺激してくるから。けれどその反動として、心理的な「合理化」も起きてきます。わたし達は「現状」に留まるために、いろんな理屈を付けて先延ばしにすることが得意です。


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  いつかは大きな波がやってくる。そしたらわたし達は裸になって、ひとりひとり、その波の中に入っていかねばならない。生きるために。「わたし」であるために。勇気を持ってケージの扉を開け放ち、外に出なければならないときが来る。この満月に現れた臆病なウサギ達に精神の光を放射する太陽は、そんな変化への予兆と、それがもたらす戦慄、そして新たな旅へのいざないにどう応えるのか? どう適応していくのか? を問いかけています。さらに自分にとって「変化」とはいったい何なのか? 自分の何が変わるのか?という問いかけさえも。

  これが満月のベースとなるテーマです。ではメインのテーマはどうかな? 



🌕満月のメイン・シンボル:
 蟹座9°『魚を求めて水中に手をのばす小さな裸の少女』

  このシンボルも、前回の蝕とよく呼応するテーマが設定されているように思えます。このあたりのシンボルを集中して眺めてみると、やはり10°前後から中盤前後にかけての度数は、蟹座の原型がピークに達しようとしている様子がみてとれるからです。


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  何かが始まろうとしている。真新しい何かが。でもまだそれが最終的にどんなカタチになるのか、自分にも、誰にもはっきりしたことはわからない。けれど、終わるべきものはたとえ抵抗したとしても、強力な外圧のフォースによって取り除かれていく。それは溜まりに溜まった泥沼を攪拌し、わたし達に “カオス” をもたらす。そしてやがては余計なものが全てそぎ落とされ、静かな漆黒の闇の中から...その先の新たな美の音色が聞こえてくる。わたし達は、ただそれぞれの真実に向かって歩み始める。そんな、物語。 


     蟹座9°のシンボルに出てくる「裸の少女」は、無垢であることの象徴です。この無垢さは蟹座の本質。アストロロジャー、アリス・ミラーは 『カーディナル・サインの中で、人が人として真に誕生するのはこの蟹座である』と指摘していました。また、『生まれたままの無垢な本質を持ちながら、人間は母親の子宮を通じ、母親の胸のぬくもりを通して、彼女の抱える “満たされなかったニーズ” を滋養と共に吸収していくのだ』 とも語っています。蟹座の支配星である月は、アストロロジーにおいてはわたし達のパーソナリティを表します。けれど、わたし達が「自分」だと思いこんでいる「自分像」には、こうして物心のつかない幼少時に親、または環境からめいっぱい吸収し続けた「自分でないもの」もまた、多分に混在している可能性があります。


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  だからこそ、蟹座は対向する山羊座(ダイレクトに干渉しあう星座宮)の支配星・土星的なもの ― 「父なるもの」「社会的なるもの」「固いもの」「制限するもの」そして時には「鋭い角」や「立ちはだかる壁」に出会うことを運命づけられ、その経験を通してそれぞれに固有の「徴」が何であるかを身をもって理解していくこと、あるいは “研磨” されていくことになります。自分にとっての「本物の月」とは何かを識りぬくために...。

     日々感覚を研ぎ澄まし、他者の感情に揺らされ揉まれながら。それでもその中から余計なものをそぎ落としていく。内部に湧き起こる圧倒的な感覚の奔流によって。そしてやがて、自分本来の姿と価値に目覚めていく。この全てに同時進行で挑戦するよう設定されているのが蟹座であり、だからこそ蟹座に入った惑星は加速度的な成長を求められます(対向の山羊座も逆の意味で加速への圧力がかかるのですが)。


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  他者の感情を吸収しやすい性質から来る傷つきやすさ、そして気分の上下は蟹座の特徴でもありますが、それはこうした「加速化された成長」を促すための宇宙的仕掛けでもあると言えるでしょう。全てはそのひとを磨き、本来の「わたし」を研ぎ出すために与えられる試練なのかもしれません。この度数から1°進んだ蟹座10°のシンボル『加工途上のダイヤモンド』は、きっとこうした状況の本質を暗示しているのだと思います。

     けれど、無垢な少女が水の中で魚をつかまえようとするとき、水面は様々に光を反射して彼女を迷わせます。『本当にそこに魚はいるのかしら?』『つかまえた!』と思った。なのに手をひろげてみたら、そこには何もない。ただ水がこぼれ落ちるだけ...。きっと少女はこんな思いを何度もするかもしれません。特に魚座の海王星が月のノード軸とTスクエアを形成している今、目にすること、読むこと、聞くこと…あらゆる情報は乱反射し、歪んで伝わっていくと言っても過言ではないと思います。欲しいものに狙いを定めているつもりでも、本当は自分がいったい何を捕らえようとしているのかさえ、はっきりとはわかっていないかもしれません。


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  それでも。こころの、体の、奥底から沸きおこる「本来の何か」へ向かおうとする途轍もない衝動が、彼女を水の中へと進ませていきます。無防備であることを怖れることなく、繊細な神経を集中させて。たとえ幾度となく幻影に裏切られ、傷ついたとしても。その衝動も、その促しも、きっと留まることはないのだと思います。

では、ここでも太陽精神の放つ光が何を語っているか、見てみましょう。


☀️月に光を送る太陽のメイン・シンボル:
 山羊座9° 『ハープを運ぶ天使』


  これもまた、無垢で優しい感じのシンボルですね。おそらく「音」全般、またはこころに響くメロディやリズムに対する感性の鋭さを持っていたり、深遠なメッセージやインスピレーションを受け取るひともいるのではないでしょうか。でもここは山羊座。一筋縄ではいかないかも?

このシンボルは、崇高で限りなく清楚な使者 ― 天使が弦楽器を持ち運んでいる姿を描いています。「天使」とは、何かを「守護する」ために遣わされるスピリット。またここでの「ハープ」とは、おそらくわりと小さめで、まるでかぎ爪で弾くような感じでかき鳴らす弦楽器を指しています。


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  B.ボヴィはこの「ハープ」が象徴するものとして、まず星座の「琴座/Lyra」を挙げていました。琴座には、非常に明るい星として有名な恒星ベガ(急降下するハゲワシを意味する名称)、そして惑星状のリング星雲が存在することでも知られています。この琴座=リラは、メッセンジャーの神であるヘルメスが考案した竪琴にちなんで名付けられました。また “ハーピー”と言うと、ギリシャ神話に出てくる「翼を持つ女」、または「女の顔を持つ鳥」を意味します。このハーピーは肉食性で、犠牲者をその鉤爪で捕らえて殺し、死者の魂を喰らうために持ち去ってしまうという恐ろしい存在だとか。このハーピー達の飽くことを知らない貪欲さから、英語で “harp on ~” と言うと「くどくどと繰り返して同じことを言う」「恩に着せる」という意味になるというのも面白いですね。また、聖なるメッセンジャーであり、何かを守護するために遣わされる天使が、実は鉤爪を持つ怪物 ― 欲望の権化 ― をその裏で連想させる楽器、ハープを運んでいるというのもどこか意味ありげです。ハープと天使の組み合わせってわりとよく見かける気もするけれど、何か奥深い意味が包含されているのかも?


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  鉤爪とは、猛禽類が持つ尖った細長い突起です。ハゲワシやハーピー達の鉤爪がいったん獲物を掴んだら、その切っ先はがっしりと体に食い込みます。また魚を釣るための釣り針も、鉤爪によく似た形状をしています。でも、もしわたし達が、ヒラヒラと泳ぐ「エンジェルフィッシュ」を釣り針で釣ろうとするなら、それは至難の業かもしれません。あるいは大海原に出て、大きなマグロや鯨にモリを打ち込んでみたいと夢見たとしても、もしそれが自分にとって「本当に狙うべき獲物」でなければ... 後になってクドクドと「逃した魚」について愚痴を言うハメになるのかもしれません。

  この天使 ― 聖なるメッセンジャーは、ハープを運びながら、わたし達に何を告げているんだろう? 前の度数でちょっと臆病になり、安心したくて “みんな” に、社会やコミュニティに、同化する服を着込んだウサギとしてのわたし達。でもこのメインとなる9°では、先へ進みたい、夢を掴みたい、という衝動に駆られ、恐怖を忘れて漆黒の水面に分け入ろうとするわたし達。煌々と照る月の光も、揺れる水面では形を留めることがありません。

そこに魚がいる。綺麗で、大きくて... (ひとによっては美味しそうだったりして)。だから夢の魚を捕まえたい! 願いを叶えたい! どうしても、この手で! このとき、少女の両手には...もしかして「欲望の鉤爪」が生えているのでしょうか?


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  移民として、ヒナ鳥として、巣立ちを迎えた新月の第一歩。それは「怖れ VS 新生を求める自然な欲望」の第一歩。不自由な安全と、あまりに厳しい自由との天秤。わたし達は今、その中間に立っているのかもしれません。でも、今 わたし達が求めてやまないその夢は... その対象は... 果たして本物だろうか?

  裸の少女は、もし魚がただの幻影に過ぎないと知ったとき、どう感じるでしょう? そのとき、もし彼女の手に鉤爪が生えているなら?

この蟹座 ― 山羊座軸9°のコンビネーションは、わたし達が新しい夢に向かおうとするときに放たれる一種の警告を象徴しているのかもしれません。無垢なこころで分け入ったはずの道。けれどわたし達は往々にして、いつの間にか自分が向かうべきゴールを固定し、そのイメージに囚われてしまいがち。それはまるで、琴座の環状星雲にみっしりと取り巻かれ、そこから出られなくなってしまったような感覚。いつの間にかこころに鉤爪を生やしたわたし達は、貪欲になって一点を見つめ、自由に羽ばたく魂を見失ってしまいます。


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  目の前の天使はハープを持っている。そしてどこかに運んでいる。これってひょっとして...崇高なメッセージや天啓だったりして。だったらいいな。素敵だな。でも彼らが手にするハープは、わたし達がこころから欲し、手を伸ばそうとするような類いのものとは限りません。

  おそらく誰にでも、生きている限り「ひそやかに隠し持つ欲望」があります。それがいったい何なのか? どんな姿をしているかを、わたし達は本当に知っているでしょうか? それはもしかしたら、遠い昔、この世界に生まれる前から携えてきた透明な想い ― アリス・ミラーが指摘した「無垢な本質」に繋がる「何か」かもしれません。もしそれを知っているなら、もし少しでも感覚として感じられるなら、ただ無垢なこころのまま、裸のまま、手を伸ばすだけでいい。きっと鉤爪も、銛も、釣り針も要らない。

もしかしたら、大きくて美しい魚も、素敵なハープも、わたし達の手には入らないかもしれません。でも無垢な欲望は、思わぬときに、思わぬかたちを取って報われます。『え? なにこれ?』という感じで。だから今はまだ、細かい決め事も要らない。なぜなら「それ」は新しい時代に向かう戦いの中で、魂の自由という空間から、ふいにやってくるから。それは、向こうからやってくる。たぶん思ってもみないときに。わたし達に必要なのは、その訪れに気付いてまっさらな手を伸ばし、力を試してみることだけ。


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  『求めよ。さらば与えられん』ということばがあります。一般に、その意味は「ただ与えられるのを待つのではなく、自ら努力して目的を遂げよ」ということだとされています。けれど蟹座9°に現れる、この「裸の少女」のシンボルが象徴するエネルギーは、それとは少し違うかもしれません。

それは、そのことばの、最も純粋で根源的な意味。ただ自分に押し寄せる流れ — 自分という存在の確かさ — を信頼し、それ自体を生きるものとして、「自分という全存在がすでに知っているはずの道」に、飽くことなく手を伸ばし続けること。ことばで規定することなど出来ない、真に純粋な欲望。

あれこれと社会的ゴールを規定して業を磨いたり、人脈を作ったり、アピールしたりという現実の努力はその後から自然に付いてくる。対向する山羊座9°(外界、社会)のシンボルが伝える「天使の導きと警告」の下、自然に向かって行くエネルギーの流れとして。

  けれど、もしわたし達の存在の核にあったはずの「無垢な本質」が失われ、ことばにならない「透明な欲望」が忘れ去られてしまうなら... わたし達の生は、単なる「鉤爪同士の戦い」になってしまうのかもしれません。


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  今年最後の満月は、どことなく不思議なシンボルに彩られています。こころの内部を支配する蟹座世界、そして外界の「時間」を司る山羊座。わたし達はこれから「時」と仲良く付き合っていく新しい方法を探りながら、何かを成し得ていくのでしょうか。

コロナ禍や経済への不安、そして厳しい寒波が訪れるこの年末。地震も起きていますね。そして年明け1月13日の新月は、冥王星とコンジャンクトし、牡羊座のエリスとはスクエアを形成して起きます。マンデーン的な観点では、年末~春先まで世界の様相はかなり荒れそう。

  それでも、わたし達はきっと歩み続けます。見えない空間に向かってまっさらな手を伸ばし続けます。泣いたり笑ったり、怒ったりしながら...。

そしてあるとき、思わぬところに見たこともない綺麗な花が咲いていたことに気付くのかも。それは素晴らしい花園かもしれないし、ささやかな野の花かもしれない。でも、それぞれの「わたし」にとって、きっと最高の花。そう思います。

どうか良いお年を!😊


eso1733a



have a great trek!!!★
hiyoka(^_^



hiyoka_blue at 18:40│Comments(0)新月(満月)の星読み | パーソナル・アストロロジー

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