新月(満月)の星読み

September 16, 2020

🌑9/17の新月―みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)

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    新月は前回からの課題を経て、次の新月までの約1ヶ月をかけて取り組む新しいテーマが開示される時。 そしてこれは生まれた星座に関係なく、地球に生きるわたし達みんなに平等に降り注ぐエネルギーです。わたし達はこのエネルギーを使って日々、自分なりに考え行動していきます。その現れはひとの数だけ様々ですが、やがてはお互いに影響しあいながら、社会・国・世界の潮流を作っていきます。これは言い換えると、わたし達を取り囲む「空間の雰囲気」です。星読みの世界から見れば、誰もがその中で生き、そのテーマに呼応して・・(素直になったり、反抗したり、無視したりしながら・・)自分なりの人生を創造していると言えます。 その意味でも、刻々と変容していく惑星エネルギーの流れをおおまかに知っておくことは、きっと何かの役に立つのではないでしょうか。
    例えば... シンボルの光景やキーワードを覚えておくだけでも、何かに迷った時の指針になるはず。ではでは今月も行ってみます!(^_-)
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★新月タイムスケジュール★
願い事やアファメーション、ヒーリング・メディテーションなどしたい方は、もし可能ならこの時間帯に合わせてみてください。エネルギーの高まりを感じとれると思います。(^_^)

【地方平均太陽時: ソーラータイム(LMT) 】
東京・関東ローカルで  9月17日20:23前後、北海道周辺で 20:29前後、関西方面(日本標準時ならこの時間)は20:00頃、沖縄周辺では19:32前後に乙女座 25°00’ で新月となります。


前回の新月のテーマについてはココをご覧ください。
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サビアン・シンボルによる【 新月がもたらすテーマと挑戦 】
*ここではデーン・ルージャー(ルディアー)版やマーク・エドモンド・ジョーンズ版の解釈ではなく、透視家エルシィ・ウィーラーの伝えた象徴の言葉をそのまま書き写した「オリジナル版サビアン・シンボル」を使ったブレイン・ボヴィの解釈を参考にし、アスペクトを加味して読んでいます。
*テーマはひとつの意識の流れを表したものです。この流れは順不同に現れたり循環したり、ひとつだけ突出して感じられる場合もあります。また、解釈の内容はその時々のアスペクトを意識しながら抽出しています。


【太陽・月♍️ 乙女座25°~26°― 発効期:9/17~10/16 】

→🌑🌞“Flag at half-mast”
   『半旗
    ↓
→🌑🌞“A boy with a censer”
   『振り香炉を持つ少年

【新月のテーマがもたらす雰囲気と挑戦(順不同)】
※ひとによっては数日前から前倒しで感じられると思います。
※今回は新月から満月を経て次の新月まで共振し続けるキーワードを抽出しています。
※シンボルは多くのテーマをはらんでいます。沢山の中からこころに引っかかるものがひとつでもあれば、それが鍵になるかもしれません。

 
→★「現実」が常に移ろいゆくものであることを柔らかく受け止める
→★すべての物事や気持ちが端境期、または過渡期にあることを意識する
→★どれほど周囲が変化しようとも壊れることのない聖なる場を自己の内部に見る
→★新しい創造の時は常にいくばくかの哀しみをまとってやって来ることを知る
→★心身ともに断捨離願望や余計なものを全て捨て去りクリーンにしたくなる傾向
  体への顕れとしては清浄な食物や食の衛生が気になる(過度なケースも)
    または消化器系の過敏な働きに顕れる可能性
→★新たに開かれた戸口の前で怖れや不安が生じて立ちすくむ(思考麻痺に注意)
→★敬意と信頼をもって心を鎮めながら刷新の過渡期を過ぎ越していく必要
→★一見ありふれた物事に対して驚くほど沢山の異なる解釈が生まれる
→★それぞれが識別する世界の違いによって明確に分かれていく道
→★匂い、香り、臭気、または揺れ動く物体に関わる強力な反応
→★何かを護るために(または攻撃の機をうかがって)煙幕をはる
→★慣れすぎて淀んでいた空気を一変させる密やかな影響力の拡がり
→★未来を一定の方向に導く「力」としての「残り火」を温存しておく
→★どうしても動かない物事、不可能な物事を実現しようとする衝動
→★鋳型にはまらない精神だけがまだ形を持たない未来を見ることを知る…→         

★エネルギーのポイント:

前回の新月『温故知新 ― 区切りをつけ、戻り、受け入れ、刷新する』
             ↓
今回の新月『半透明のトンネルの中を心眼を用いて歩く』
                               

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★9月新月のサビアン・シンボル★

今回もサビアン・シンボルのテーマからいってみます。以下のテーマを頭に入れて、アスペクト編を読んでみてね。


🌑 新月のベース・シンボル:
   乙女座25°『半旗』(Flag at half-mast)

  この新月のベースとなるシンボルは『半旗』。半旗といえば、一国の指導者や歴史的功労者の死去、または戦争や大きな災厄の犠牲者を悼む証しとして国や機関の建物に掲げられる国旗/旗のことです。半旗はその目印として、ポール全長の半ばまで旗を揚げる形を取ります。


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  なので「半旗」ということばからすぐに想起されるのは、やはり「死」や「災厄」「喪失」といったイメージではないでしょうか。そして、たぶんその手の出来事も暗示される兆候のひとつとしてはあり得るかもしれません。けれどこのシンボルの本質は、もっと別のところにありそうです。

  「半旗」は公的な掲示物。それは「喪に服している」ことを一般のひとびとに認識させ、普遍的な敬意を払うことをあまねく知らしめるための目印です。そしてこれに使われる「旗」とは、その国、社会、または宗教的なアイデンティティの象徴であり、公共の場で「何かを皆に呼びかけるもの」。よく「旗色が良い・悪い」という言い方をすることがありますね。英語では『with flying colors』で「見事な成功を収める」という意味になりますが、これは「勝利の旗をはためかす」という光景から来たことばだそうです。

では旗色が良くて見事な成功を収めたとき、その旗が半分の高さにしか掲げられていなければどうでしょう? 成功の印としては地味すぎるかもしれません。けれどもしかしたらそれは、個的なプライドと社会的な敬意とのバランスを見計らった上で計画された、ある種の「広報」のあり方かもしれません。あるいはもしかしたら、告知していることが実はすべてではないことを匂わせる見せかけのショーかもしれません。


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  半分の高さ、半分の深み、半分の行程... そして明確なアイデンティティを示すはずの旗を、通常の半分だけ掲げることを通じて行われる告知。「半分」とはいったい何を象徴するのでしょう? それは何かを宣言しているようで、本当はその後ろ側にまだ明確でない多くの物事が入り混じっている状態なのかもしれません。

B.ボヴィはこのシンボルを解説するにあたって、英国に古くから伝わるマザー・グースの童謡『ヨーク大公』を例に挙げていました。


Nursery Rhymes By Kids Baby Club - Grand Old Duke Of York

おぉ 偉大なヨーク公
率いるは一万人の兵士達
山の頂上まで行進させて
山のふもとまで降ろした
頂上にいるときは  上にいる
降りたときには  下にいる
半分だけ登ったら 上でも下でもない ♪


  そう、これが『半旗』の核心。だとしたら、これは全ての物事が、何をどう見るか?という知覚と尺度にかかってるということではないでしょうか。
またB.ボヴィはこうも言っていました。

『ここに水を半分注いだグラスがある。ではグラスは半分空っぽなのか? それとも半分満たされているのか?』と。

ならばそれはこんな問いにも繋がりそうです。今は「まだ」なのか?「もう」なのか? それとも「まだ」でも「もう」でもない... そんな時空にわたしはいるのか?


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  うーん、これをもっと深く理解するためには、まず対向し補完しあう魚座25°のテーマを覗いてみるのが手っ取り早いかもしれません。そのシンボルは『聖職の粛清』です。む。これもなんとなく穏やかとはいえない響きだけど...?


魚座25°『聖職の粛清』(A purging of the priesthood)


  B.ボヴィによれば、「聖職」とは神の調停者として奉仕する長老達が負う役割、または役職を指すのだそうです。つまり「聖職」とは、聖なる奉仕という宗教的な目的を第一義とする集団の、内部構造の核となる組織です。その一員として任命されるということは、 “神性を仲立ちする者” として礼拝するひとびとの共同体に奉仕することに他なりません。なので “聖職の粛清” というと、その長老階層の秩序になんらかの乱れが生じているとき、それを “清める” というイメージになります。「粛清」”purge”とは、不純物を取り除き、清める行為を意味します。


priesthood


  ローマン・カトリックの教えでは、死後の世界に「煉獄」という領域があるとされています。それは、魂が十分に浄化され天に召されるために必要な、一時的・中間的な状態、またはある領域のこと。そう、クレンジングの場です。たとえば北米インディアンのスウェットロッジにも見られるように、こうした概念はほとんどすべてのスピリチュアルな伝統に共通しているのではないでしょうか。魂がある段階からもうひとつ次元の異なる世界に移行するには、過去に蓄積してきた「罪」または「観念」の浄化を必要とする...。「浄化」は、ひとりの人間やひとつの組織、集団に対し、新しい領域に向かって再生し、再活性化していくことへの促しとして起きてくる ― または ― 起こされる経験なんですね。

  ここで、ひとつ手前の度数である魚座24°の『人が住む小さな島』というシンボル、そして乙女座24°の『メリーと白い子羊』というシンボルの両方から想起される、「時が経つとともに外界との接触を失って自己完結している孤立した集団 」のイメージを思い描いてみましょう。小さな島の中で慣れた関係性に安住しつつ、遠い海原を眺めて理想の異国を夢見るのもいいでしょう。けれど現実のパラダイスはどこにも存在しません。無垢なメリーと真っ白な子羊は、汚れの無い純粋さの象徴です。けれど、すでに1°進んだこの位置では、メリーはもうすぐ学校に行き、成熟することを学ぶ必要があります。片時も離れなかった可愛い子羊を置いて、新しい冒険に出なければならない時が迫っています。


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  太古から続いてきた神と人類との仲介者、聖なる長老達。…彼らの組織は長い歴史を刻みつつ大いなる権威を維持する中で、多くの部分が疲弊し、硬直してしまいました。今は全てを洗い流し浄めるときです。だからこそ、組織を解体し、相応しくない者達を外す必要があるのかもしれません。それは立場の喪失、根本的な変化、そして象徴的な死 ―「半旗」と重ね合わせることが出来ます。

よくひとは世の中の出来事や風潮を嘆いて『○○はもう死んだ!』なんて言います。翻る半旗を見て、わたし達は哀惜の念に打たれるかもしれません。あるいは怒りに震えるかもしれません。けれど、それこそが季節の変わり目です。この世界に存在する一番の驚異とは「無常」であること。機関や制度の変化も、人生上の立場が変化することも、罰でもなければ報いでもない。今、全てを再編成する促しが来ているだけ...。

今というときは、上でもなければ下でもない。純粋な、半分。半分は空っぽで、半分は満たされてる。でもひょっとしたら、そのどちらでもない...。決めるのは、誰?


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  花が落ち、葉が枯れたなら、わたし達はいったん種となり、根っこになります。そして時が至れば再び芽を吹きます。そのときが来たら... もしかしたら、今はまだ想像もつかないような花が咲き、大きな果実が実るのかもしれません。その可能性はいつでも、誰にでもあります。

だってその可能性は、わたし達が真っ暗な土の中に在るとき、自らの意志で決めるのだから。

 

 じゃ、メイン・シンボルのテーマは何を告げているだろう? 早速見てみましょう。


🌑 新月のメイン・シンボル:
  乙女座26°『振り香炉を持つ少年』(A boy with a censer)



  『振り香炉を持つ少年』。これは、お香を焚くための器を手にした少年を描いたシンボルです。彼が持っている香炉とその中で焚かれるお香は、神の臨在に備えて聖なる雰囲気を醸し出すために使われるもの。そして「振り香炉」とは金属製の鎖で吊り下げられた器で、キリスト教の典礼などに使われるものです。


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  わたし自身は教会の礼拝で使われるお香の香りを知らないので、それがどんな感じかはわかりません。でも一般に使われるお香にしても、香水や入浴剤にしても、あるいは森林や草花の自然な香り、あるいは食べ物の香りにしても、“匂い” にはそれぞれに特有のインパクトがあります。それはわたし達の嗅覚を、心地よくも ときには悪くも刺激して、特定の記憶や感覚を呼び覚まします。それはそのひとそれぞれに特有の体験に結びついた、ことばになる以前の「何か」。こころの内に、または体の反応やある種の衝動として、それは突然に目覚めます。

  また儀式に使われるケースでは、お香は邪を祓って空気を浄化し、ある特別な雰囲気を呼び起こすために使われます。それは「神聖な存在」を感知し、ひとびとの意識を開いて特定のスイッチを入れるためには欠かせない道具です。

一方、英語で「お香」を指す “incense” は「興奮させる」「怒りを煽る」という意味でも使われます。けれどこのシンボルのお香が持つ力はそんな派手な効果を狙ったものではありません。それは閉ざされた小さな炉の中で、静かにくすぶっています。お香とは、質・量ともに一定の効果を狙って調合された白熱の燃えさし。それがゆっくりと穏やかにくすぶり続け、ただ ひたひたと拡がって、やがてはその空間を満たし、包んでいくんですね...。


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  ここは教会。今 何か大切な儀式が行われているようです。祭服をまとった少年がひとり、祭壇の前で香炉をかかげ、その場を浄めようとしています。まだ幼さの残る少年は、少し緊張しているのかもしれません。慣れない手付きでゆっくりと香炉を振り始めます。その香りは彼にどんな感覚をもたらすでしょう? 

典礼奉仕の経験を何度も積んでいるなら、それはいつもの...でも特別な香り。その空間を神のおわす場に変え、参列者のこころに聖なる火を灯す香りを運ぶ。それは神に仕えることの誇りと神聖な歓びをもたらしてくれる香りかもしれません。

でも、もしそれが彼にとって初めての経験なら? あまり嗅いだことのない、異質な香りだったら? 彼の中には喚起されるべき聖なる思い出もなければ、明確な感情をともなった記憶もありません。もしそうなら、お香が持つ特有の香りは彼が始めて体験する刺激的な「異臭」に過ぎません。もしそうなら、少年は『なんか煙くてクサイ匂いだなぁ..』なんて感じるかもしれません。それに、香りの成分がもし彼の体に合わなかったり、彼がただ命令や指示によって務めを果たしているだけなら...それは耐えがたい匂いを嗅いで気持ち悪くなった経験として、彼のこころにインプットされるかもしれません。それに...もし、教会に集うひとびとの中に初参加の異教徒が混ざっていたとしたら。彼らにはそれがこころを惑わす怪しげな煙と感じられる可能性も...ないとは言えないかも?


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  ではここでメインのシンボルを補完する(または向かっていく)180°対向の度数、魚座26°のテーマを見てみましょう。


魚座26°『その影響が多岐に分かれる新月』
(A new moon divides its influence)


 
  『その影響が多岐に分かれる新月』とは、天の球体=月が地球から見て最も輝きを失う瞬間に生じる「異なる視点」や「印象」「インパクト」をイメージしたことばです。「新月」とは太陽と月の1サイクルが終わり、新たなサイクルが始まるとき。月が地球と太陽の間に割って入り、地上には月の「夜」の顔、つまり影になった部分を見せます。それは新しいエネルギー、新しい「意図」のいのちが生まれる瞬間です。

また月の満ち欠けにおける「新月」という局面は「物事の始まり」であり「種を植えるとき」であり、「光明や希望への道程」そして「何かの兆候」が生まれ育っていく過程のスタート地点とされています。また原文に使われている “influence” ということばは「影響力」「支配力」という意味を持ちますが、これは新月が持つ「ある特定の効果を生み出す力」または「人間のこころに作用して一定の方向性を与える力」の大きさと重要さを、当然のこととして示唆しているように思えます。

ならばこのシンボルが言う『多岐に分かれる』というのは、毎年毎月グルグルと巡っていくように見えるそれぞれのとき、それぞれの新月が、実は人生で二度と経験することのない瞬間であること、そしてそれぞれの瞬間を、誰もが同じように体験したり感知したりすることはない...と告げていることになります。


influence


  その支配力も、いざなう方向も、一期一会の新月が放つ、ひとつの大きな力。けれど、その影響下にあって誰もがそれぞれに異なる意志を持ち、異なる経験を選んでいく...。とはいっても多くのひとは、新月の存在など意識さえしないかもしれません。けれど月がもたらす闇、そしてまだ色を持たない ― 未生の情報 ― の宿りは、他の惑星達がもたらす刺激と絡みあいつつ、とても密やかに... けれど確実に... わたし達ひとりひとりがそれまでに紡ぎ上げてきた物語と溶け合い、その後1ヶ月を彩る新たなテーマを「わたし」と共に “創造” していきます。

  だから新月がもたらす影響のあり方は本当に千差万別。ひとつのテーマがひとにより、あるいはそのひとが生まれ持ったホロスコープという翻訳回路を通して、様々な心理や体験となっていきます。どれひとつとして同じ経験はありません。そしてわたし達が人間である以上、ひととして体を持ちこの地上に生きている以上、そのテーマや影響力を受けて何を「見る」のか、どんな観点を選択し、使っていくか(使われるのではなく)はわたし達自身の手に委ねられています。

ときにわたし達は「他に道はないんだ」なんて言います。でもそれは、他ならぬわたし達自身が「それ」を選択したから。そのとき、他の道を未生の影として消したのは自分自身だから。だからきっと、他に道はない。でも、選択し直すことは出来る。無数の惑星グリッドの囁きと、太陽がもたらす「この世に在らしめる力」を一身に引き受けて生み出される月のテーマの下で、それは自分自身が決めていくことです。ならば今、わたしはどうするだろう? あなたはどうだろう? 


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  少年が掲げる降り香炉から漂ってくる香り。それは、そのときどきの新月が生み出す影響力に似ているかもしれません。その力は、いつも強烈に燃え上がるとは限らない。目に見える火炎ではないかもしれない。それでも常に流れ、くすぶり、注ぎ込まれ、無意識のうちに内面に拡がり、外界を覆い尽くしていきます。そしてわたし達は皆それぞれに何かを呼び覚まされ、反応し、それに呼応した物事が起こるたびに、その都度小さな選択を重ねていきます。

  最初は気付かないほどゆっくりと何かが変化していく。そしてあるとき、突然 何事かに出会う。目に見えない香り。白熱し、くすぶり続ける何か。予感。

それは誰かの切なる想いかもしれないし、純粋な奉仕のこころかもしれない。あるいは、わたし達が互いに刺激しあいながら生成し続ける、うつろいやすい現実の幻かもしれない。いえ、もしかしたらそれは「あなた」や「わたし」が生きる、人生の「場」そのもの。そしてそれはきっと、不可能を可能にしようと懸命に頑張っている わたし達ひとりひとりの意志の行方なのかもしれません..。


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  最後に余談として。今回の新月が起きる乙女座25°台は、1995年3月20日にオウム真理教が起こした「地下鉄サリン事件」直前の満月の度数でもあります。また米国では、太陽がこの度数にあった2016年9月17日にマンハッタンとニュージャージー州で爆発物事件が起き、ミネソタ州ミネアポリスのショッピングモールでは連続無差別刺傷事件が起きるなど、同じ日のうちに3件の重大事件が重なったことから、イスラム国関連のテロではないかと話題になりました。

もちろん だからといって、この度数で起きるルネーションが常に大きな事件と関連するわけではありません。稀有な惑星間アスペクトやその他、考慮すべき要因は他にも多くあります。ただ、サリンという神経ガスが散布され、それがまん延していく様子、それにまつわる宗教的な要素やその後の社会への様々な影響力は、シンボルの香炉から漂う煙のイメージと奇妙に重なる点があります。また、サリン事件当日の太陽のシンボルが『プリズム』—分光 — というのも、今回の裏のメイン・シンボル — 影響力を分かつ新月 — と呼応するテーマをより鮮明に描くものとなっています。これは、実際に起きる物事の中にシンボルの構図や絵柄との不思議な共通点がみられる点で、サビアン・シンボルの興味深い事例のひとつだと思います。


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  そして今。火星は逆行中だし、厳しいアスペクトはこれからもしばらく続きます。なのでこの新月期(満月期を含む)もまた、日本を含む世界のどの地域でも、テロや政変、スキャンダル、ひとの心理(特に怖れと怒り)を操る噂話やフェイクニュースの流布、観点の相違から生じる大きな衝突が拡がっていく状況が拡大する可能性は大きいでしょう。暮らしていく上で、注意と警戒は必要です。

でも、こころをかき立てる情報の数々に踊らされることなく。どこからか漂ってくる、うっとりさせる香料や嫌な匂いに惑わされず。「山あり 谷あり」なんて言うけれど。上か? それとも 下なのか? いえ、聖なる「半分」の今に在って。

こころ静かに心眼をひらいて。今の自分が出来ることを無理せずに。一歩ずつ、大切に歩いていければ..と思います。

自分だけの香りを感じ、それだけを、大切にしながら...。



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  では星模様&チャレンジに行ってみましょう。以下の惑星アスペクトの様々な顕れの底には、サビアン・シンボルに示された新月のテーマが底流として息づいています。そんなことを頭に入れつつ、読んでみてね😊。


★9月新月の星模様とチャレンジ ★
(主なアスペクトとスケジュールざっと)


ASC:牡牛座16°37’
MC:山羊座29°27’

・新月図の骨格をなすASCとMCの位置は、「あれをやろう、これをしよう」と考える表層的なマインドと意識の奥に潜在する願望が葛藤を起こすような感じがある。けれど、今は些細なことには目をつむり「何をするのか(しないのか)」「何をしたいのか」について、その本質だけを見つめていくとき。「描く」力は強くなりそう。

新月が月のノード軸とスクエア 
月のノード軸をエリスが調停
・ひとによっては、今まで回り道して避けてきたような物事が還ってきて直面せざるを得ない、なんて状況も考えられる。いずれにしても、まだ道は半ば。古いカサブタを剥がし、新しい皮膚の生成を促進するべきときが来ているのかもしれない。

新月・土星・火星がラーニング・トライアングル
新月・ニッポニアから火星にYOD
新月と天王星がセスキスクエア
 (Sノードと新月からクァドリフォーム) 

月と火星がパラレル
火星R(とサウロン)・イクシオンがトライン
水星・木星がスクエア
金星とイクシオンがセスキスクエア 
パラスとネッソスから金星にYOD
フォルスとセレスがセクスタイル 
・この新月は気付かないうちに互いのサイキック・エネルギーの影響を受けやすい位置なので、その点は要注意。皮肉や底意地の悪い物言いには気をつけて。他者との間に適切な境界線を引くか距離をとって、互いのスペースを大事にするといいかも。火星逆行のツイートでも触れたけれど、今は土星も逆行中できっかけが掴みにくいかも。でもその土星も29日には順行するので、少しはいろいろなイメージがハッキリしてくるかも。とりあえず、踏み込みすぎないこと。また集中して動くときと、ゆったりくつろいでたまに贅沢を味わうときのバランスをこころがけたい。全体の流れはまだまだ途上。今はストレスの軽減がとても大事なので、欲張りすぎはNGね。植物の世話やガーデニング、部屋の整理には良い期間。

また、出来るはずのことが出来なかったり、不可抗力の邪魔が入ったりする場合も。その場合は結果にこだわるよりも、とにかく今出来ることを、今出来るやり方でまとめあげよう。そこから自分なりの新しい発見があるかもしれない。性急になりがちなエネルギーも強いので、「ひとが話している内容」「書いてある文章」など、注意深く対応する必要がありそう。全体に、コミュニケーションでは「自分に都合よく話を曲解する」とか「聞いているようで聞いてない」「文脈を理解する力が不足する」など、自分本位の性急さが目立ちそう。浮き足だってつい安請け合いしたり、イエス・ノーを曖昧にしたり、脊髄反射で突っかかったりするのはいつも以上にトラブルのもと。

またこの時期に会話や文章でなんとなくモヤモヤを感じたら、何が話されているのかをよく考えて確かめてみよう。原因は隠された文脈の中に潜んでいるかもしれない。詐欺メールの類いにも要注意かな。落とし穴に嵌まらないよう、信頼も、賛同も、そして否定するのも、慎重に。良い出会いや物事の解決はその後でやってくるから。


★主な惑星スケジュール

9月22日:秋分
9月24日~26日:月がOOB(アウトオブバウンズ)
9月29日:土星が順行(火星・土星スクエア)
9月30日:火星・土星がスクエア
10月1日~4日:火星・エリスがコンジャンクト
 (月とBMリリスが通る)


10月2日:牡羊座9°08’で満月!

10月4日:冥王星が順行
10月9日〜11日朝:月がOOB
10月11日:火星・冥王星がスクエア

10月17日:天秤座23°53’で新月!

ふぅ。こんなところかな...。今回はスケジュールの詳細は省きます。大体の象意は火星逆行についてのツイート内容と重なることが多いけれど、何かあればまたお喋りするかもしれません。

さぁ、もうすぐ新月。大切な過渡期。

みんなそれぞれに、きっと美しい新月期となりますように!!


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have a great trek!!!★


hiyoka(^_^


hiyoka_blue at 20:42|PermalinkComments(6)

August 18, 2020

🌑8/19の新月―みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)

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    新月は前回からの課題を経て、次の新月までの約1ヶ月をかけて取り組む新しいテーマが開示される時。 そしてこれは生まれた星座に関係なく、地球に生きるわたし達みんなに平等に降り注ぐエネルギーです。わたし達はこのエネルギーを使って日々、自分なりに考え行動していきます。その現れはひとの数だけ様々ですが、やがてはお互いに影響しあいながら、社会・国・世界の潮流を作っていきます。これは言い換えると、わたし達を取り囲む「空間の雰囲気」です。星読みの世界から見れば、誰もがその中で生き、そのテーマに呼応して・・(素直になったり、反抗したり、無視したりしながら・・)自分なりの人生を創造していると言えます。 その意味でも、刻々と変容していく惑星エネルギーの流れをおおまかに知っておくことは、きっと何かの役に立つのではないでしょうか。
    例えば... シンボルの光景やキーワードを覚えておくだけでも、何かに迷った時の指針になるはず。ではでは今月も行ってみます!(^_-)
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★新月タイムスケジュール★
願い事やアファメーション、ヒーリング・メディテーションなどしたい方は、もし可能ならこの時間帯に合わせてみてください。エネルギーの高まりを感じとれると思います。(^_^)

【地方平均太陽時: ソーラータイム(LMT) 】
東京・関東ローカルで  8月19日12:01前後、北海道周辺で 12:07前後、関西方面(日本標準時ならこの時間)は11:41頃、沖縄周辺では11:12前後に獅子座 26°35’ で新月となります。


前回の新月のテーマについてはココをご覧ください。

------------------------¨°☆¤☆„¸○¸„☆¤☆°¨--------------------------

サビアン・シンボルによる【 新月がもたらすテーマと挑戦 】
*ここではデーン・ルージャー(ルディアー)版やマーク・エドモンド・ジョーンズ版の解釈ではなく、透視家エルシィ・ウィーラーの伝えた象徴の言葉をそのまま書き写した「オリジナル版サビアン・シンボル」を使ったブレイン・ボヴィの解釈を参考にし、アスペクトを加味して読んでいます。
*テーマはひとつの意識の流れを表したものです。この流れは順不同に現れたり循環したり、ひとつだけ突出して感じられる場合もあります。また、解釈の内容はその時々のアスペクトを意識しながら抽出しています。


【太陽・月♌️ 獅子座26°~27°― 発効期:8/19~9/16 】

🌑🌞“A rainbow”
   『
    
🌑🌞“Daybreak”
   『夜明け

【新月のテーマがもたらす雰囲気と挑戦(順不同)】
※ひとによっては数日前から前倒しで感じられると思います。
※今回は新月から満月を経て次の新月まで共振し続けるキーワードを抽出しています。
※シンボルは多くのテーマをはらんでいます。沢山の中からこころに引っかかるものがひとつでもあれば、それが鍵になるかもしれません。

 
→★自分を取り巻く霧の中に投影された様々な感情の破片に気付く
→★正当性、優越性、承認または利益や利得のためのポジショントークに注意
→★自らの生命力と気力の源泉をあらためて確認し、調整し、備える
→★ 目に見えるものやカタチの裏に存在する
     「未だ見えぬもの」の存在を意識しておく

→★たとえ一時的であっても小さな決意をすることが後の違いを生み出す可能性
→★ささやかな日常のなにげない音、色、気配の中に常に新しい息吹を感じ取る
→★計算上、数値上は同じに見えてもそれぞれ実態は全く異なる現象や状況に注意
→★特定の立場や立ち位置、力や能力がなければ見えない光景があることを知る
→★束の間の、または僅かな希望の兆しをかいま見てそれを糧にしていく
→★伝統や古くからの智恵を思い起こし、新たな感覚で活かしていく必要
→★疲弊したこころをひととき癒やす ささやかな美や清々しさに触れる
→★生きることに不可欠な不屈さと闘争心に隠された繊細さやもろさに注意
→★誠実さ、誠意、一切無欲のことばや行動が新たな道をひらいていく
→★雲に閉ざされた中で「真の意味での自立」とは何かを考えながら
  これからの道を探っていく…→

            

★エネルギーのポイント:

前回の新月『後戻り出来ない地点を超えて進む』
             ↓
今回の新月『温故知新 ― 区切りをつけ、戻り、受け入れ、刷新する』
                               

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★8月新月のサビアン・シンボル★


  今回の新月はまずサビアン・シンボルのテーマからいってみます。以下のテーマを頭に入れつつ、アスペクト編を読んでみてね。

🌑 新月のベース・シンボル:
   獅子座26°『虹』


  新月が基盤のテーマとしてとっていくシンボルは『虹』。それはたぶん嵐が去った後、澄み渡った空にかかる、虹。 虹を見たとき、思わずこころの中で「あ...!」と声をあげてしまうこと、多いんじゃないかな。そしてただ、見つめてしまう。すぐに消えていくのを知りながら。でも、こころの何処かで消えないようにも願いながら..。


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  虹はその美しさ、儚さ、不思議さで、見る者に何かフッと浮き立つような、華やぐような、または癒やされるような感覚をもたらしてくれます。祝福や幸運を感じるひともいるし、すかさず願いをかけるひともいます。空に美しい虹が架かるとき、わたし達はそこにいったい何を見ているのでしょう? 

著書『アストロロジカル・マンダラ』の中で、デーン・ルージャーはこのシンボルを聖書の「ノアの方舟」に関連づけ、神とノアとの間に交わされた「聖約」と重ね合わせて解説していました。それは周期的に顕れる「種蒔く人」としての存在、ノアに対し「もうこれ以上荒ぶる破壊の力が生き物のいのちを脅かすことはない」と保証する、聖なる「約束」を意味します。嵐は過ぎ去り、どこからともなく “生命の歌” が聞こえてくる...。

では、神や聖書を少し離れて「虹」そのものをわたし達が見るとき、そこには何があるでしょうか?


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  “虹とは、『 太陽の光が空気中の水滴によって屈折・反射されるときに水滴がプリズムの役割を果たし、光が分解されて、複数色(日本では7色)の帯に見える』 現象である(wikipedia) 。” ひとつ前の度数、獅子座25°のシンボルに出てくる『砂漠を渡る駱駝』は、その血液を通して “生命の水” に支えられていたのですが、ここではその同じ “生命の水” が、極小の水滴となって大気中に浮かんでいます。 わたし達の眼はその “生命の水” が光を分散し反射した、様々な波長の光を受け取っているんですね。

B.ボヴィはこのシンボルで、ギリシャ神話に出てくる虹の女神アイリス(イリス)に言及しています。アイリスは天の大女神ヘラに仕える女神。召還に応じて聖なるメッセージを伝える役割を担っていたと言われています。その姿はとても美しく、黄金の翼と虹色に輝く長い髪を持っていたのだとか。

また、このアイリス( iris )という単語は、眼の「虹彩」を指すことばでもあります。この「虹彩」は、わたし達ひとりひとり、独自の異なる模様を持つことから個人認証にも使われています。なのでアイリスとは「唯一無二のわたし」を宣言するものでもあるんですね。 


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        わたし達が希望や願いを抱いて地上に立ち、遙かな虹を見上げるとき、聖なるメッセージを携えた女神アイリスが太陽の光を受けて天空に浮かびます。けれどそれは、わたし達を存在させ生かし続けてきた、その同じ “生命の水” が空間に投影され、白光を受けて様々に光り輝く姿だとは言えないでしょうか。 そして、これを美しい光の帯として感じ取る、わたし達の虹彩(アイリス/イリス)。わたし達が「虹」=「女神イリス」に見ているものは、他の誰でもない、わたし達自身の持つ独自の存在の意味と、それを見出し、それをせいいっぱい生き抜こうとする者に与えられる、新しい可能性・大いなる希望なのかもしれません。

誰かと一緒に虹を見ていたとしても、けっして同じ虹を見てはいません。全く同じ角度で光の反射を見ることも不可能なら、全く同じ虹彩で光を受け止めることも出来ないから。 もし虹が、わたし達を生きるいのちの投影であるなら、その七彩の輝きから受け取るメッセージは、それぞれに異なるたった1つのもの。自分は何故ここに居るのか? 「私」と「皆」との関わりの中で、社会の中で、この大地の上で... 生きて、前に進もうとする「わたし」とは何なのか? 虹はとても儚い存在なのに、それでも(だからこそ)束の間の永遠を感じさせるのは、何故? 嵐の後、空中を浮遊する水滴のひとつひとつが、わたし達に告げるメッセージとは何だろう…? 


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  それはたぶん、見るひとの数だけ無限に異なる、声にならない声。わたし達のいのちと、そのいのちを生きる「何者か」との間に交わされた、新たな「盟約」かもしれない。ならばその「盟約」は、それを生き切る「わたし」にしかわからない...。

  ではもう少し理解を深めるために、いつものようにこのテーマを補完し、方向を与えるとされる対向度数も見てみましょう。

 
水瓶座26°『比重計』

  比重計とは、水の比重を基準値として対象となる液体の比重を測るためのもの。じゃ比重って何だっけ? …『比重とは、ある物質の密度(単位体積あたりの質量)と、基準となる標準物質の密度との比である。通常、固体及び液体については水(温度を指定しない場合は 4 °C)、気体については、同温度、同圧力での空気を基準とする(wikiより)』。

  つまりこのシンボル「比重計」 って、測りたい物質が水や空気を基準としてどれだけの “密度” を持っているかを調べるための道具ということになります。


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  このシンボルが降ろされた1920年代半ばはちょうど米国の禁酒法時代にあたります。ほとんど野放し状態に近かったと言われる密造酒の製造にも、この比重計が用いられていました。B.ボヴィはこのシンボルを『スピリッツ(酒)の中に生きるスピリット(精神)を測る道具』…つまり、溶媒としての水(生命の水)の中に、独自の「そのものらしさ」がどれほど濃厚に醸し出されているかをテクニカルに見極める行為をシンボライズしていると指摘しています。このあたりはいかにも水瓶座っぽい感じがしますね。

  液体の密度は、その “浮揚力” — または物を浮かせる力 — を左右します。 突然の夕立が去り、その後大空にかかる美しい虹。その虹が映し出すメッセージをわたし達が受け取るには、太陽光線とわたし達の間にほんのひとときだけ適切な角度で浮かぶ、まとまった水滴が必要です。わたし達はそこに、自分自身のスピリットと再生の希望を見出すかもしれません。けれど、その思いのひとつひとつがこの世界に果たして何をもたらすのか…自分の中で、何が発酵しようとしているのか? この新月の下では、どこかでそれを慎重に測りながら歩む必要があるかもしれません。だって、スピリッツで酔っ払った目に映るのは、ただ美しい幻かもしれない。もしかしたら、虹を鏡として自分の儚さだけを感じ取ってしまうかもしれない。

偶然でも必然でも構わない。とにかくわたし達はここにいる。ならば虹に映したわたしだけの「盟約」を、読み取ってみよう… 今、この こころで。


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🌑 新月のメイン・シンボル:
   獅子座27°『夜明け』


  さてと。今回のメイン・テーマとなるシンボルは獅子座27°『夜明け』です。原語の “Daybreak” は、東の地平線から太陽が顔を覗かせる瞬間…「暁」と呼ばれる短いひととき。 光が闇を追いやるとき、冷たい夜を覆い、空間を浮遊していた水滴 — 霧は、いつのまにか拡散し、消えていきます。また、わたし達が虹の中に見ていた最も高い周波数の色「紫」は、ここでは夜明けにそっとたなびくスミレ色の雲となって顕れてきます。そしてかすかに瞬く明けの明星。...そして日が高く昇り始めるとともに、その繊細な天幕はまるでスミレの花が密やかに萎れていくかのように徐々に色を失っていきます。やがて朝の強い光が射し、徐々に物のカタチが明らかになってきました。いつもの屋根、いつもの街。さぁ、いつもの一日の始まりです。それは毎日訪れる、ささやかな奇蹟のとき。神々にもひとにも等しく訪れる、夜明けと日没 — サイクルの理。


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  ではここで、このテーマが向かう方向とされる対向のシンボルを見てみましょう。


水瓶座27°『スミレの花で満たされた古代の陶器鉢』

  ここでは夜明けのスミレ色が、摘み取られたばかりの新鮮で可憐な花として顕れてきます。

陶で創られた器は、とても壊れやすくデリケートです。でもこのシンボルに描かれた鉢は、長い年月に耐えてその姿を保ち、今も日々使われているようです。もしかしたら骨董市で買ったものでしょうか? それとも、その家で代々大切に使われてきた器でしょうか? 長くひとの役に立ってきた陶器には、傷やヒビが入っているかもしれません。はるか昔には鮮やかに彩られていたはずの肌も、今はもうその艶と色を失い、時の流れに曝された「土」の本質をかいま見せています。


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  けれど、そんな古色蒼然とした鉢に新鮮な水をたたえ、スミレの花で満たしたとき... わたし達は、部屋の空気が変わるのを感じます。ん、何だろう? 優しい薄紫のスミレの花。それは、厳しい時の試練を耐えぬいて少し草臥れてしまった鉢を無言の微笑みで慰め、静かに称賛しているのかもしれません。...いえ、もしかしたら...部屋中に拡散していくスミレの「いのち」に感応し、この古い鉢を新たな虹彩を通して見始めたのは、わたし達のほうでしょうか? この鉢はきっと、数え切れないほどの日々をひとと共に過ごし、沢山の人生の傍らで時を過ごしてきたことでしょう。ひとときの花のいのちをそっと抱きながら..。 

時は変わり、場所も変わり、ひとも変わる。けれど古びた陶器鉢は今も生きている。たとえどんなに厳しいときを過ぎ越さなければならなかったとしても。生きてここに在り続けるかぎり、再び新鮮な「生」そのものとの出逢いは訪れる。幾度となく。数え切れないほど。そして無言のうちに、わたし達は満ちる。もし、内なる透明な水を枯らさずにいられるなら。 厳しさも優しさも、ただ等しいものとして抱きとめるなら。これもまた、わたし達に訪れるささやかな奇蹟の一瞬かもしれません。


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  こうして日はまた昇ります。いつもの一日の始まりです。それは派手に輝くようなこともなく、小躍りするような素晴らしい一日ではないかもしれません。もしかしたら、打ちのめされるかもしれないし、じっと待ち尽くすだけのやるせない一日かもしれません。でも、わたし達には必ず夜明けの一瞬が来るし、深い闇に抱かれて安らぐ一瞬も来ます。夜が来て、そして再び朝が戻る、そのリズム。休息と再生。そんなサイクルの繰り返しの中で、たとえおぼろげであっても、確かにわたし達を再び生かしてくれる、新しい時の始まり—「わたしのリニューアル」— を見ていくこと。このシンボルはそんなテーマを告げているのかもしれません。

       じゃ、シンボルをこころの情景にあてはめるとしたら.... たとえば何か悩み事を抱えているとき。苦しいこと、心配なこと、腹立たしいことがあるとき。積み重なった不満がこころにうごめくとき。あれこれの思いが錯綜して、夜通し眠れなかった...。そんなとき、わたし達はヒビの入った古鉢のように渇き、くたびれているかもしれません。「あぁ、もう夜が明けてしまう...」疲労感、そして焦燥感。 

でもふと思い立ち、重い体を引きずるようにカーテンを開けて空を見上げてみる。 あ、ちょうど今、陽が昇ろうとする、その寸前! それは夜と朝との識閾。雲も山並みも、遠くにそびえる高層ビルも、全てが薄紫に染まる一瞬、稀有の刻。何もかもが、「無い」と「在る」の両方に溶け込んでいくとき。その優しさと深さに包まれて、わたし達は自分が今この瞬間も「生きて」いることの不思議に気付きます。


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  くたびれた体とこころ。けれどそこには継続する刻と、常に真新しい刻の両方が生きている。わたし達の中で、二つの刻の交差が起きている。長く携えてきた、その刻印を否定する必要もない。ただ、新しい息吹がいつもそこに在り続けてきたことを、思い出すだけ。そこに初めから在って、待っていることを。ここで。思い乱れる夜でもなく、世事に追われる昼でもなく、この、紫いろの境界の刻に...。

  じゃ、このシンボルを社会的な物事にあてはめてみたらどんな感じだろう? 古びた陶器鉢は何か伝統的な考え方や、古くから大切にされてきた文化や習慣にたとえることが出来るかもしれません。社会がどんなに変容しようとも、その底流を流れる地下水脈 ― ひととしての感じ方の構造(あるいは集団としてのアイデンティティ) ― が生きている限り、その集合体の本質が変わることはないでしょう。どんなに古びていても、それが今のわたし達を見えないところで支えているのなら、それは本質と言えるもの。それを否定する必要もない。新しいものを土台として支えられるのは、長い年月を耐えてきたものだけ。ただ、その器にいつも綺麗な水をはり、真新しく瑞々しいスミレの花を活けていく。それを心がけていけるのなら...。


  そういえば、B.ボヴィはこのシンボル軸の解説の最後に次のような歌の詞を提示していました。これは英国〜米国に古くから伝わるマザーグースの一部で子供達の遊び歌だそうです。

“Ring-a-round the rosy,  バラ色の輪っか
 A pocket full of posy,    ポッケ一杯の花束
 Husha, husha,                フーシャ フーシャ     
 We all fall down”             みんな  ひっくり返るよ♪

17世紀後半、ロンドンでは黒死病(ペスト)が猛威をふるい、当時の人口の15%が死亡...と記録されています。これはそんな当時から今も歌い継がれているわらべ歌。黒死病との関連ははっきりしませんが、背景を思うとちょっと怖い歌詞かもしれません。けれど、どんなに苛酷な時代にあっても、それを歌いとばし、笑い飛ばしながらひとびとは生きてきました。善も悪も、貧も富も、ひとからげ。いつかはみんなひっくり返る。それをわかって、ひっくり返ってまた起きる。そうやって、夜明けは来る。何度だってやってくる。さぁ、ひっくり返ってスミレ色の空を眺めてみよう...なんて。



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  ではそろそろ 星模様&チャレンジに行ってみましょう。たぶん今回もいろいろ書くと思うけど、惑星アスペクトの様々な顕れの底にはサビアン・シンボルに示された新月のテーマが底流として息づいていることを感じつつ、読んでもらえると嬉しいです😊。


★8月新月の星模様とチャレンジ ★

〜主なアスペクトとスケジュールざっと〜

新月:獅子座26°35’
新月がMCにタイトなコンジャンクト
 水星が新月に2°未満でコンジャンクト

 ・新生の予感、脱皮の必要、孵化、胸騒ぎ、あと一歩の大切さを胸に刻む...ここまで来て、様々な外的変化を感じながらも日々こころと体を慣らしてきた。けれどあと一歩。まだ自分の中で定かになっていない、まだ見えない、具体的な決め事には至らないと感じる物事があるかもしれない。この先、何かある、起きるという兆しは感じる。今は焦らずに目の前のことに集中してみよう。たとえ結果に確信が持てなくても、今は緩急のバランスを取りながら確実に。MCに新月が乗る形になるので新月の影響力は強いと思う。壁が立ちはだかる中でも、何が起きようと屈せずに再生やリニューアルを果たしていくというテーマは、日本とその国民にとって 今とても大きな意味を持つのかもしれない。


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  またMCは国のリーダーも示す。知るかぎり、安倍首相のネイタルチャートは出生時刻によって2種類あるけれど、どちらも速度の遅い冥王星は獅子座25°に在泊して今回の新月に近い。メインで見ているチャートはASC近くに冥王星があり、これは強力で、誰が何を言おうと「自分が信じたやり方・生き方を通す」という傾向が多く見られる。世界で猛威をふるうコロナ禍をきっかけに、国の内外ともに360°の非常に複雑な脅威を抱える今「側近が何を言っても休もうとしない」という閣僚の話はうなづける。なのでこの新月のテーマをご自分の信念に照らし合わせ、出来る限りリーダーシップを執っていただきたいと願っている。ただ懸念としては、ネイタルの3室海王星が6室カイロン、12室木星・天王星とTスクエアで、カイロン側にトランシットのカプリコーン・ステリウムが来ていること。このTスクエアは対人関係において緊張と弛緩、誠意と裏切りの体験が同時または交互に起きやすく、心身ともに無理をすれば脆くなりやすい。なのでやはり適度な休養は必要なとき。そして3室の海王星はコミュニケーションにおいて誤解を招きやすいこと、裏切りを経験したりメディアとの折り合いに困難を抱えやすいことを示唆しているかもしれない。(お会いしたこともない方なのであまりあれこれ勝手に言及するべきではないけれど、一応この新月と関わりがあることに加え、重要な公人であることから少しだけ触れてみた)。一方、日本の戦後始原図では8室(債務、海外との借款関係や通商・経済関係、死亡率)のSノードにオーブ1°で新月が起きる。実際に何が進行中で何が起きるかは外側からは見えにくいけれど、今後を見据えて経済問題と感染・疾病対策の見直しなどが行われるのかもしれない。

(余談になるけれど。首相に関しては今回使用したチャートが正しいとすれば、ICにはネイタルで小惑星ニッポニアが乗っており、8月15日前後はニッポニア・リターンだった。日本の政治家を見るときは、このニッポニアのアスペクトを調べることにしている。アングル、または太陽にこの小惑星がタイトにコンジャンクトしていれば、掲げる方向性は様々に異なるとしても、日本のリーダーとしての役割を負う人物だと判断する有力な要素になると考えている。もちろん要素はそれだけではないし、しかも正しい出生時間がわかるひとは少ないけれど..。余談終わり😅)


新月・水星・月のSノード(とイクシオン)・火星・エリスがGトライン
新月・水星が月のノード軸(Sノードにイクシオン)を調停

 ・密やかに進行するインフォメーション・ウォーに注意(国家規模から私的願望までやりたい放題の雑多な情報、偽の希望や恐怖がバラ撒かれる傾向あり)

 ・まだデリケートな段階にある新たな「何か」が水面下で生まれる可能性。それが社会的な人間関係であれ、自分自身のインスピレーションに基づく何かの意志であれ、どんなものであっても、結果的に良いか悪いかはそれを自分自身がどんなパースペクティブで見て、どう理解・解釈し、対応するかによって著しく異なるはず。他者が絡む場合は広く俯瞰で見る目を共有出来ると良さそう。自己主張と相手の観点への気遣いとのバランスは大事かもしれない。


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火星・エリスのコンジャンクションがカプリコーン・ステリウムにスクエア

 ・12月冬至とともに起きる“グレート・クロノクレーター” ― 木星・土星のコンジャンクションを前にして、牡羊座火星が織りなす様々な形での下克上のダンスが見られるかもしれない。特に9月10日〜11月14日の火星逆行期は、「自分探し」のために出会うもの全てにもともと存在する歪みや不和を浮上させ、対象となった相手や集団の「真の顔」を暴露していくエリスの「健気なほどの底意地の悪さ」が発揮されるかも。欲張ったり見栄のために「クサイものに蓋」をしようとするとかえってトラブルを呼んで逆効果になるかもしれない。いろいろと難しいときだけど、たとえば出来ること・出来ないことに関しては正直であったほうが良いと思う。


金星・天王星Rがセクスタイル

 ・感情がたかぶったとしてもそれを露わにはせず、俯瞰で状況を眺める余裕を持つ
 ・自分のこころの内側や外の世界の現実を理解していくためのきっかけ、
  または新たな鍵となる何かを見つける可能性


ASCにニッポニアがコンジャンクト

 ・日本人としてのアイデンティティの再考
  (国境不要説などグローバリズムや社会主義的な“We Are The People”論、人種や歴史という概念を否定し強制的にMIXしてしまえば平和になるといった論調の高まりとそれへの反発の声がせめぎ合う中、ひとによってはここで日本の文化的独自性や自立の感覚について一考する必要、またはチャンスがあるのかもしれない)
 ・戦後75年を経て淀みきった国家像の“リニューアル”に着手する必要
 ・伏せられてきた事実に光を当てる、古い伝統の埃を落とし風を通す
 ・恣意的な解釈を挟まない「ありのままの事実」の価値を重んじる必要
  などが考えられる


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冥王星・ハイジーア(ヒュゲイア)のオポジションにヘーベがTスクエア
ハイジーアとヘーベからセレス(ケレス)にクァドリフォーム

 ・大きく見れば、コロナ禍や他の感染症、蝗害、異常気象と災害、国際紛争や内戦、経済恐慌などが絡み合って頭をもたげる世界的な食糧難(セレスへのクァドリフォーム)の予兆を示唆しているのかもしれない。

 ・このところ、ハイジーアとヘーベのハードアスペクトがずっと続いているのが気になる(ハイジーア:保健、衛生、健康/ヘーベ:集合体や個人間の共依存、従属や隷属を示唆することが多いが、一方では精神の若さ、あるいは未成熟さや未発達な自我、「宴の花」「人形」的な扱いという象意もある。また実際の若年層や子供達、年下の人物を示唆したり、特殊なケースとして小児性愛の傾向を示唆する場合もある)。これは「COVID-19の若者への感染の拡がり→重症化年齢が下がる可能性」ともとれるけれど、他に考えられることとしては、コロナ禍の自粛モードで今まで見過ごされてきた(または見て見ぬフリをしてきた?)家庭内の問題(セレス=ケレス)に光が当たり、過去のボタンの掛け違えや拗れてしまった関係に直面する…というテーマがある。

こういったテーマにもし心当たりがあるなら、満月に向かって「失われた何か」を取り戻す機会があるかも。互いに避けてきた物事をしっかり見据える機会になりそう。ただしけっして簡単ではないと思う。「彼/彼女は自分の○○である」という感覚を一度捨て去り、まっさらな「他者同士」に立ち戻って、出会いから新しくやり直すくらいの気構えは要るかもしれない。そのうえで、維持するべきこと、捨て去るべき「もの」や「こと」を明確にし、過剰な期待や欲を脇に置いて現実をどうすべきかに取り組んでいく感じ。それは結果的に自分を壁際に追い詰めることになるかもしれないし、そこから覚悟をつけてそっと一歩を踏み出すようなことも考えられる。「今」が行動の時期かどうかはそれぞれの事情や直観にもよるけれど、変化はまず内側から起きていく。

  また中にはDVなど、身体的、精神的な支配者・従属者という共依存関係に気付き、そこから抜け出すきっかけを見出すひともいるかもしれない。これはケースバイケースなので一概に言えることではないけれど、いずれにしてもそんな関係にとっては訣別の機会=危険期でもあると思う。なので「焦らない自分」を取り戻すための隙間を出来るだけ作り、可能なら周囲の助けを借りてまず距離を置きたいところ。何でもそうだけど、まず安全を確保。その後で「他者との関わり方のリニューアル」を意識しながら、今後の火星逆行期がもたらす経験の中で慎重に観察と理解を深めていくことが大切かもしれない。「失われた何か」とは、結局「本来のわたし自身」なのだから...。


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23日~25日~月末あたりまで要注意期
土星・インシデンティアがキラルスにオポジショ
銀河中心に月のSノードとイクシオン(無頼上等&狡さ)がコンジャンクト

 ・現在、不和のエリスとコンジャンクト中の火星が、エリスとのオーブ範囲を保ったまま土星とインシデンティアのコンジャンクションにスクエアを形成する。またカプリコーン・ステリウムと火星・エリスに加え、ハイジーア(保健・衛星)とヘーベ(共依存/若者/宴の花)が加わってGスクエアが成立する。このGスクエアは9月初旬まで続くので注意。25日前後には火星・エリスと土星・インシデンティアからオルクス(水星)にクァドリフォームが形成され、その中心をネッソス(因果応報)・オルクス(断罪、審判、引導)のオポジションが貫く。

 ・ケンタウルス族のキラルスが在泊するのは蟹座28°で7月の新月の位置。逆行の土星は当時在泊した対向の山羊座28°から少し離れて26°台を運行中だけど、今回はその28°にインシデンティアが来ている。これは一種のトリガー的な働きをすると思われる小惑星なので、火星・土星スクエアが形成されるこの新月期も十分注意が必要だと思う。このところ、世界中で多くのひと達が納得いくような理由もないまま突然犠牲になるような事件、事故、災害、危機が相次いでいて、直接自分に降りかからない限りそうしたニュースにはあまり驚かなくなってしまう...そんな “新しい日常” が生まれつつあるのかもしれない(それは一種の防御装置でもあると思う)。

ただこの「何でもアリ」な傾向は、これからも山や谷を経ながらしばらくは(おそらく真の意味で落ち着いてくるまで少なくとも数年)続くと考えられる。なので、このまたとない今という時期をそれぞれ自分なりに受け止め(ちょっとした喜怒哀楽、右往左往はいざとなったら当たり前..くらいの感じで)シンプルに体験していければと思う。濃密な惑星宇宙グリッドのアミダ籤で1本のラインを選ぶ主体は、究極には自分自身の意志であり、壮大な3Dアミダ籤のホログラフは「わたし」の胎内宇宙にのみ存在する。もしお腹の底で「間違った!」と思ったら「現実」より先に、内なるラインを選択し直そう。きっとその後で徐々に流れが変わっていく。


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  ところで、9月25日に入ってすぐに火星・土星の正確なスクエアが成立する。この場合は牡羊座火星のイケイケ精神を山羊座を逆行する土星が抑圧してくると思われる。なので横からブレーキをかけられた火星の側には強烈なフラストレーションが起きやすい。これから、というときに冷や水をかけられたり忍耐を強いられる場面がもしあるなら、自分の耐性を試す良い機会かもしれない。その火星・土星スクエアのちょうどミッドポイントに来るのがあの因果応報を体現するといわれるネッソス。その在泊度数、魚座11°台のメイン・シンボルは『新規入門者の試験』。不屈の精神を喚起してくる、これも一種の「リニューアル」を示唆する度数だと言える。土星の壁を煮え立つ熱湯の「差し水」として受け止め、現行のプランも身もこころも、ともに調整してみる方向で使えたらベストだと思う。特に裏方でのハードワークはキツイかもしれないけど、それは後で何らかのかたちで自分に返ってくる。ただし不屈と頑張り過ぎの境界線には注意ね。ストレスを溜めすぎては元も子もないので、バランス取りも大事。

また、このところ世界各地が熱波に襲われており(カリフォルニア州では54°Cを記録)、日本も記録破りの暑さで毎日のように警報が出されている。火星は熱い。けれど土星は冷たい。土星の力が働きかけることで、もしかしたらほんの少し、この熱波が和らぐ可能性もあると思う(そういう方面では土星に頑張ってほしいところ...ただエリスは全方向的に火星を焚き付けているけれど)。


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9月2日 魚座10°12’で満月!

・ネッソスと満月がコンジャンクト
・太陽とグリーヴ・オルクスがコンジャンクト
 満月の月—太陽軸が、エリス・BMリリスと土星・インシデンティアの
 スクエアから形成される太陽へのクァドリフォームを貫く
・金星と土星がオポジション
・火星・ヘーベ・ハイジーア(と金星)・インシデンティア(と土星)が
 Gスクエア 
・太陽(とグリーヴ、オルクス)・天王星・イカルスとパラスがGトライン 
・ICにエリスとBMリリスがコンジャンクト 
・木星とルシファーがクインカンクス

 ・リニューアルの新月に対しての「結果」や「回答」とも言える満月のテーマは、踏み出してなお見えない壁(不動の壁というよりも硬軟・変幻自在な壁。どちらかというと半透明で、きついパンチを打ち込むそばから包み込み、呑み込まれそうになる巨大なジェリー状の壁かもしれない)に焦れているような雰囲気も感じられる。上昇惑星がフォルスであり、12室に月のSノード、そして1室のイカルス・パラスのコンジャンクションからは、突然の何事かをきっかけとして、仕込まれた政治的な導火線(党派的闘争)が発火する感じもある。

世相の騒がしさや個人的な人生の一進一退にもし苛立ちを感じたとしても、それでも見えないところで確実に変化は生まれつつある。牡羊座の火星が逆行を前にうっそりと速度を落としつつあるこの満月では、今 経験しているとても小さなことが(たとえ方向性が見えなくても)積み重なって「壁の先のわたし」(またはわたし達)を創っていく。なので行動には出来る限り自覚的でありたいとき。拙速な行動、大胆過ぎる行為、攻撃的な言動はトラブルの元になりそう。だから重心を下げ、地を踏みしめてゆっくりと。煽りことばは話半分〜1/5程度に聞き流し、刺々しい場は出来るだけ避けてスペースを護り、こころ静かにただ自分らしくいきたい満月期。

KBOのイクシオンが最後に銀河中心直近まで戻っていくこの新月期と次の新月期は、世界の局地的闘争が様々なかたちで繋がっていくとき。そしてわたし達個人レベルでも、ささやかな持続勝負のときとなるのかもしれない。


今、大切なものは全て自分自身の胎内宇宙に存在する。


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9月10日 火星が牡羊座28°台から逆行開始
 (11月14日まで)

 ・無理をしないこと ・事故、怪我、暴力に注意 
 ・可能なら手術は避けたほうが良いとされる

 その他火星逆行期の注意点については『フォーキャスト2020』
 や『マンデーン2020』に詳細が載っているので持っているひとは
 参照してね。

そして…


9月17日 乙女座25°00’で新月!

  ふぅ..次回はやっと、暑くて熱い夏から秋分へと向かう新月。でもまだまだわたし達の世界は動き続ける。なのでいろいろ書いたけれど、本当に言いたいのは..まず、肩の力を抜こう。ほぉっと大きく息をついて。お腹の一点に力を感じ、出来たら指先だけにフッと神経を集めて。そして何かに触ってみよう。空気でも。生き物でも。植物でも、ぬいぐるみでも、機械でもいい。自分や誰かの体でも。余計なことなど考えず、そこに在ること、居ることを確かめて。頭ではなく、あなたの存在全体で。

ことばにならないスミレ色の夜明け。闇と光の識閾。黒と白の境目。なにもない。一瞬の、静寂。それだけあれば、わたしは十分笑顔で生きていける。どんなときも。


もしかしたら、そんなふうに感じられるかもしれないから...。


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have a great trek!!!★

hiyoka(^_^



hiyoka_blue at 20:53|PermalinkComments(0)

July 20, 2020

🌑7/21の新月―みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)

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    新月は前回からの課題を経て、次の新月までの約1ヶ月をかけて取り組む新しいテーマが開示される時。 そしてこれは生まれた星座に関係なく、地球に生きるわたし達みんなに平等に降り注ぐエネルギーです。わたし達はこのエネルギーを使って日々、自分なりに考え行動していきます。その現れはひとの数だけ様々ですが、やがてはお互いに影響しあいながら、社会・国・世界の潮流を作っていきます。これは言い換えると、わたし達を取り囲む「空間の雰囲気」です。星読みの世界から見れば、誰もがその中で生き、そのテーマに呼応して・・(素直になったり、反抗したり、無視したりしながら・・)自分なりの人生を創造していると言えます。 その意味でも、刻々と変容していく惑星エネルギーの流れをおおまかに知っておくことは、きっと何かの役に立つのではないでしょうか。
    例えば... シンボルの光景やキーワードを覚えておくだけでも、何かに迷った時の指針になるはず。ではでは今月も行ってみます!(^_-)
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★新月タイムスケジュール★
願い事やアファメーション、ヒーリング・メディテーションなどしたい方は、もし可能ならこの時間帯に合わせてみてください。エネルギーの高まりを感じとれると思います。(^_^)

【地方平均太陽時: ソーラータイム(LMT) 】
東京・関東ローカルで  7月21日02:52前後、北海道周辺で 02:58前後、関西方面(日本標準時ならこの時間)は02:33頃、沖縄周辺では02:02前後に蟹座 28°26’ で新月となります。


前回の新月のテーマについてはココをご覧ください。

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サビアン・シンボルによる【 新月がもたらすテーマと挑戦 】
*ここではデーン・ルージャー(ルディアー)版やマーク・エドモンド・ジョーンズ版の解釈ではなく、透視家エルシィ・ウィーラーの伝えた象徴の言葉をそのまま書き写した「オリジナル版サビアン・シンボル」を使ったブレイン・ボヴィの解釈を参考にし、アスペクトを加味して読んでいます。
*テーマはひとつの意識の流れを表したものです。この流れは順不同に現れたり循環したり、ひとつだけ突出して感じられる場合もあります。また、解釈の内容はその時々のアスペクトを意識しながら抽出しています。


【月・太陽 ♋️ 蟹座28°~29°― 発効期:7/21~8/18 】


→🌑🌞“A modern Pocahontas”
   『現代のポカホンタス』
             ↓
→🌑🌞“A muse weighing twins”
   『双子の重さを量るミューズ』

【新月のテーマがもたらす雰囲気と挑戦(順不同)】
※ひとによっては数日前から前倒しで感じられると思います。
※今回は新月から満月を経て次の新月まで共振し続けるキーワードを抽出しています。
※シンボルは多くのテーマをはらんでいます。沢山の中からこころに引っかかるものがひとつでもあれば、それが鍵になるかもしれません。

 
→★活気と自由奔放な屈託のなさで厳しい状況を突破していく
→★自分の正当性、優越性、見栄、または利益や利得のために吹聴する
   ポジショントークや美談に注意
→★文化や習慣、種族主義や世界観の違いを乗り超えることの厳しさと挑戦
→★ある種の高揚感や勝利の感覚とそれが過ぎ去った後の現実とのギャップが
   失望感や幻滅を招く危険
→★社会的モラルや倫理から解き放たれて見知らぬ地に向かおうとする精神
→★新しい脅威に対抗するために共通の利害だけで性急に妥協し合うことの危険
→★各自の差異を大きく包み込むような意識を持って他者と交流する
→★物事を十把一からげに単純化して語る論調を見破る知恵や視野を持つ
→★異質で見慣れない物事やひと、新たな状況を怖れず素直に受け止める
→★これだ!と感じる物事に出会うために客観的に流れを読む必要
→★必要な準備や熟考なしに目先の流れに飛びつき行き詰まる危険
→★外界の動きに目を奪われて動揺し「心の眼」で見ることを忘れる
→★相手の無知に付けいって自分の思う通りに導こうとする無知
→★秤にかけて善悪や優劣を決める行為は公正さを保つ手段であり
   正義そのものではないことを知っておく必要
→★自分自身のルーツをふり返り、新たな方向に向けて選択を行う…→

             

★エネルギーのポイント

  前回の新月『内的宇宙に生まれる力の葛藤を制する』
   ↓
  今回の新月『後戻り出来ない地点を超えて進む』

                               
200721NM


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★7月新月の星模様とチャレンジ ★

〜主なアスペクトとスケジュールざっと〜

新月:蟹座28°26’
新月・キラルスと逆行の土星がオポジション
ネッソス・セレス&ヘカテから新月にクァドリフォーム
(ネッソス・ハイジーア・ニッポニアのGトライン)
新月図のASCが6月の日蝕の位置
ICにオルクスがコンジャンクト

  新月と土星とのオポジションはちょっと憂鬱な気分になったりこころが重くなったりしがちなアスペクト。ケンタウルス族のキラルスが絡む場合は社会的なニュースや日常の見聞の中でいのちの儚さや「いつなんどき何が起きるかわからない」という不安がより強調される傾向がある。それに新月の度数のテーマを考え合わせると、何かの境界を越える選択をしたり、後戻り出来ない地点を過ぎていくという暗示も感じられる。これは集合体としての選択かもしれないけれど、個人レベルでも無意識領域にかなりのストレスがかかりやすいと思う。暗示的な夢を見るひともいそう。なので心身ともになるべく無理をせず、活動と休息のバランスをこころがけたいとき。睡眠と深い呼吸は大切。早め早めに休息を取りたいとき。なるべく自然に触れる機会を持つといいかも。


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  また、新月図のASCが蟹座0°台で前回の日蝕の位置に来ること、ICにオルクス、MC直近にネッソスとセレスが来ることから、社会的にも、個人レベルでも、カルマの支払い的な出来事が(引き続き)起こりそう。おそらく前回の日蝕の余韻が通常よりも強く世界を覆っていて、そのまま8月の厳しいアスペクトに繋がっていくのかもしれない。今月〜来月は牡羊座を運行する火星がエリスにコンジャンクトし、山羊座のステリウムに次々とスクエアを形成していく。これは攻撃性として顕れやすい要注意のアスペクトで、事件や事故が頻発しやすく、火山活動の活発化、猛暑など気候や気温の変動も考えられる。国内や海外の政治的対立も激しくなりそう。SNSで流されるデマや中傷、こころ痛む(または怒りをかき立てられる)情報には注意したい。楽しめないなら距離を置こう。ひとによってはしばらく電子デバイスを離れるか、少なくともSNSから少し離れたほうがいい場合もあると思う。けれど、そんな中にも何か「新しい物事のきざし」や「新たなプロセスの進行」が感じられる期間になるかもしれない。それは、個人レベルでは「新しいわたし」「もう一枚脱皮しようとする自分」として感じられる場合もあると思う。


火星とエリス

  最近、識者が『今の私達はウイルスという目に見えない敵との戦時下にある』と新聞のコラムに書いていたけれど、それは山羊座ステリウム(木星、土星、冥王星)、そして牡牛座の天王星、魚座の海王星という遅い惑星からの影響力を見ても確かに言えることだと思う。でも、魚座の海王星に浸されたこの時代の戦争 — COVID-19 との戦いは、一般的な兵器を使う戦争とは異なり、宣戦布告もなければ戦況もよく見えない。わたし達は、たぶん目に見える「敵」と闘うとき、よく結束することが出来る。そしてゆずり合い、励まし合い、協力しあう気運も生まれやすい。9.11当時の米国がそうだったように。けれど今、現場としての「戦場」は経済、生活様式、国際関係など多岐にわたり、「何かが徐々に崩されていく」という不穏な感覚だけが強調されていく。ニュースでは日々、新たな感染者数が報道されるけれど、いったい何がどう浸蝕されているのかはとても見えにくくなっている。『皆で  “彼ら” と闘っている』という意識が生まれにくいコロナ禍との戦いは、長引くにつれてひとびとの分断を拡げていくかもしれない。今、世界はいつ果てるとも知れない「霧」との戦いに入っていること、隠された非常時という特異な状況にあることを認められないまま、平時の感覚(またはゼロリスク)を求め続ければ、非常時に対応せざるを得ない側のひとびとを徐々に追い詰めていくのではないだろうか? 不和を司る女神エリスは、苛烈な戦いを起こすことで自分という存在を確認し、微笑む。まだ本当の自分を何も識らないままに。

わたし達は今 執拗な惑星グリッドの網目に立っている。そしてその繊細なアミダ籤のような網目を、自分自身の舵取りの力で「わたしの道」に変えていこうとしてる。これからしばらくは主要惑星だけでなく、このエリスにも注意を払っておきたい。


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  今、牡羊座を運行している火星は8月18日にエリスと24°台でコンジャンクトする。エリスは非常に遅い準惑星なので、今からコンジャンクトする日までの間、1950年前後生まれから始まって全年代のネイタル・エリスと次々にコンジャンクトしていく。その影響はNエリスを何度&何室に持つかにもよるけれど、心理的には相手や状況をナナメに見て「ケッ」と思ったり、理由は二の次でただただ反抗したくなったり、自己肯定感が膨らんだりしぼんだり、このままじゃダメと感じて何かを壊したくなったり。または「こんなところに居たくない」と感じたり、やたら毒を吐きたくなってみたり…環境や内面にひどく不調和を感じ「どいつもこいつもバカばっかり!」なんて苛立ちも生まれやすい。

あるいは、なんとなく「全体」から切り離されてしまったような感覚。家族や仕事仲間、友達...人間関係も社会との関係も変わっていないのに、どことなく異なる世界に存在しているようなもどかしさや、見えない壁や、ことばにならない非・存在感。あるいは『自分はここにいるんだ!』と主張したくなる感じなど。なので、派手に口論するひともいれば、ヒタヒタと陰謀?を巡らしたり、声高に誰かの悪口を言うひともいそう。7月13日〜16日にはカイロンと火星がコンジャンクトしたので、それに触れたひとは前哨戦としての落ち込みや強いフラストレーションを感じたかも? これもまた、無意識の内に存在する深い怖れや傷を「何かの衝動」に変えてゆさぶろうとする深いこころの衝動かもしれない。


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  なのでT火星とTカイロン~Nエリスの合は要注意ではあるのだけど、同時に人生のどこか(または誕生前)に置き忘れてきた自分自身の「失った欠片」を取り戻す(またはそれに気付く)良いきっかけにもなりそう。少なくともバラバラな自我を繋ぐ本当の糸をかいま見たり、ハッと気付いたりする可能性はあると思う。だからもしこのフォースに触れたと感じたなら、脊髄反射的な言動に出る前に一拍置いて「これは何だ?自分は何を求めてる?」とふり返ってみたい。たとえば日常のぬくもりの中に一瞬、冷たく固く触れてくる得体の知れない違和感は何だろう?とか。そういう感覚がやがて大きなヒントになっていくかもしれないから。

火星は8月13日に冥王星とスクエアを形成、17日~18日にエリスとコンジャンクト、続いて25日〜26日ごろに土星にスクエア。そして9月10日に逆行し、再び9月30日に土星とスクエア、10月9日に冥王星とスクエア、19日に木星とスクエア。11月14日に順行して12月23日、またエリスとコンジャンクトすると同時に冥王星にスクエアを形成する。

そして来年1月13日、今度は水瓶座入りした土星と牡牛座2°台でスクエア。1月21日~23日には天王星とコンジャンクト、木星とスクエアを形成する。なのでこの夏から来年初めにかけて、世界も日本の世相も一層動きが激しくなると思う。メリマンさんお得意のフレーズを借りるなら『今後のワイルドライドを過ぎ越していくためにもシートベルトをしっかり締めて、ときに眼を閉じ、ときに見開き、絶叫マシンを楽しもう』という感じかな。でも、これは長丁場になる変革期。なので絶叫ばかりじゃ疲れてしまう。だから、緩と急のバランスを大切にしていきたい。


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  おそらく牡羊座のカイロン、エリスと火星の邂逅は、変革の実際的序章として他の惑星よりもダイレクトに個人的な領域を刺激してくるのではないかと思う。だからこそ、そこで与えられるチャンスを大切に扱い、自分自身の芯を確かめながらやっていけたらいいな。

これから先も驚くことがいっぱいあるかもしれない。それぞれに大変なときもあると思う。でも、それをちゃんと過ぎ越して、生き延びて、後からふり返って、何かとてもいとおしい日々に思えるかどうかは本当に自分次第。笑って怒って、たまにベソをかくときがあったとしても。惑星たちの誘惑に負けず、魚座海王星の闇の顔 — 「自分可哀想メンタリティ」にも囚われず、しっかり使いこなして乗り切っていこう。🍀


その他小惑星関係…

蟹座の水星・カルマ・ルビコンがコンジャンクションで牡羊座のカイロンとスクエア 牡羊座の火星とジュノー・へーべ&ハイジーアがTスクエア 山羊座の冥王星・牡羊座のエリスがスクエア 海王星・ヴェスタがトライン 天王星・アルビオンがコンジャンクト MC・天王星・オルクス・IC・ニッポニアがミスティックレクタングル Sノード・イクシオンが合 etc.


〜主な惑星スケジュール〜

7月25日〜26日 天王星・海王星のMPに牡羊座の火星
7月28日 双子座の金星・魚座の海王星がスクエア
      蟹座の水星・牡羊座の火星がスクエア
8月2日 太陽・天王星がスクエア
8月4日〜5日 牡羊座の火星・山羊座の木星がスクエア
8月5日 水星が獅子座入り
8月6日 双子座28°台で金星・Sノードがコンジャンクト

8月4日 水瓶座11°45’で満月!

8月13日〜15日 火星・冥王星がスクエア
8月15日~18日 火星・エリスがコンジャンクト
8月17日 太陽・水星コンジャンクション
       火星・エリスにトライン

8月19日 獅子座26°35’で新月!

8月25日 火星・土星スクエア
       火星・土星からオルクスにクァドリフォーム


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★7月新月のサビアン・シンボル★


🌑 新月のベース・シンボル:
   蟹座28°『現代のポカホンタス』



  さて今回の新月、テーマの基盤となるのは『現代のポカホンタス』。もちろん「現代」といっても、サビアン・シンボルが降ろされたのは1925年だということを頭に入れておく必要はあると思います。ただ当時の米国、それも一般白人社会で「ポカホンタス」と聞いて浮かぶイメージは、史実の中の彼女とは全く異なるものでした。たとえばデーン・ルージャー版の『An Astrological Mandala/アストロロジカル・マンダラ』では、このシンボルが『集まった部族の前に白人の恋人を紹介するインディアンの少女』となっています。

これは白人側の物語として伝えられたポカホンタスの姿であり、当然、白人側の視線に基づいています。そして、そのキーワードは「自然に還る」こと。これは少女ポカホンタスではなく、その恋人である「文明社会の白人男性」としての視点だったと言えるでしょう。なのでこのシンボルを解釈するにあたってはちょっぴりややこしい部分もあります。けれど、おそらくサビアン・シンボルを伝えてきたと言われる “サビアン・ブラザーフッド” が、バビロニアのアストラル・マジックの継承者であったとされることを考慮すれば、やはり「時空の中で起きた事実」に出来るだけ沿った解釈を試みるのが良いように思えます。なので、それを踏まえたうえで解釈してみますね。


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  「ポカホンタス」といえばディズニーのアニメ映画を通じて今や世界中で多くのひと達が知る名前ですよね。わたし自身は「ポカホンタス」の映画は観ていません。ただ、おそらくストーリーの粗筋はきっと今どきの映画らしく、ポカホンタス像には「自立して賢く強く、それでいて可愛い先住民族の女性」のイメージを与え、ジョン・スミスとの伝説的ロマンスを美しく描いていたのではないかな?と想像しています。ポカホンタスは実在の人物ですが、シンボルが降ろされた当時も、そしてたぶん今でさえも、米国の伝説上のネイティブ・アメリカン・ヒロインとして物語的な存在になってしまっているのだと思います。

また以前、民主党の大統領候補選に名乗りを上げていたエリザベス・ウォレン氏が『自分にはネイティブ・アメリカンの血が流れている』と言ったとき、トランプ大統領がすかさず彼女を皮肉混じりに「ポカホンタス」と呼んで物議をかもしたこともありました。それほど米国では有名で、しかもちょっとデリケートなニュアンスを秘めた名称のようです。今の米国に見られる激しい人種問題の突き上げを見るにつけても、やはり蟹座 ― 山羊座軸の最終度数にあたるこのシンボルには、人間という生き物にまつわる異種族融和の困難さという厳しいテーマが隠されているように思えます。


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  彼女の本名はマトアカ。「小さな雪の羽根」という意味だそうです。彼女はポウハタン族(またはヴァージニア・アルゴンキン族)の族長の娘で、アルゴンキン族の言い伝えによれば「敵」に本名を知られると良くない事が起きるという理由で「ポカホンタス」という幼いころのニックネームで呼ばれていました。これはお転婆で元気ないたずらっ子..的な意味だそうです。でも実際、彼女を巡る状況はネイティブ・アメリカンの土地に入植してきた白人達との出会いと融和、そして貪欲さと裏切りと闘争という複雑な歴史が絡んでいて、とてもロマンティックとは言えないものでした。

現代に至る「ポカホンタス」のイメージの源泉となったのは、当時の植民請負人であり、後には部族に対する脅迫や略奪を行ったとされるジョン・スミスという人物によって書かれた物語でした。そしてそれは、彼が後の世に自分を飾り立てるために書き上げたロマン溢れる武勇伝であり、真実とはかけ離れていました。ある伝承によれば、彼女自身が亡くなる前にその話を全く否定していたそうです。


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  けれど文字を持たなかったネイティブ・アメリカン側には文献というものがなく、本当は彼女がどんな女性で何を想って生きていたのかは知る由もありません。ただ記録として残っているのは、争いの中で人質として白人側に拉致され、その後通訳として用いるために英語を教えられ、キリスト教に改宗させられたこと、そしてタバコ会社の設立者だったジョン・ロルフと結婚、レベッカ・ロルフとなって「入植英国人と“インディアン”の絆」を体現する絶好の「看板」として利用されたということのみです。wikipediaによれば(おそらく入植事業やタバコ産業の宣伝のために)英国に連れていかれたロルフ夫妻は、妻のレベッカが「新世界 ― アメリカ ― の “王女”」だと紹介されたために好奇の一大旋風を巻き起こし、今で言うセレブリティー的に扱われたのだとか。けれど、英国から帰る船旅の途中でレベッカは流行り病に倒れ、帰らぬひととなりました。享年23歳前後だったそうです...。

  16世紀末に生まれ17世紀初めまで、確かにこの世を生きたマトアカ/ポカホンタス/レベッカ。3つの名前を持つこの女性には、まだ年端もいかないうちに(たぶん10代前半)拉致され、思わぬ運命に翻弄されて遠い異郷で命を落としたという記録しか残っていません。その他の物語はみな他者の都合に合わせて創り上げられたファンタジーでした。そしてそのファンタジーは、大航海時代の西欧諸国による植民地支配と統治にからむ政治経済の発展から独立戦争を経てアメリカ合衆国の建国へ...という壮大な歴史的タピストリーの隅にほどこされた絵巻の一部となっています。


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 ※マトアカ、またの名をレベッカ、ポウハタンの強大なエンペラー、プリンスの娘
 クリスチャンに改宗して妻となる...といった記述が見えるポカホンタスの肖像画


  そして今。米国史の片隅に影を落としていたあらゆる「染み」が一斉に噴き出したかのように見える今。この「ポカホンタス」という名が孕むテーマもまた、北アメリカの大地に染みついたカルマの一部として浮上しているように見えます。

  ならば『現代のポカホンタス』っていったい何だろう? このシンボルが降ろされた1925年代なら、きっとポカホンタスとジョン・スミスのロマンティックな冒険物語はそのまま事実として一般大衆に受け入れられていたかもしれません。だから「小さな雪の羽根/マトアカ」、そして「ポカホンタス」本来の意味である「お転婆でイタズラ好きで好奇心旺盛なインディアンの少女」というイメージがエルシィ・ウィーラーの脳裡にあったとしても不思議はないと思います。それは唯一彼女自身の本当の素顔をかいま見ることの出来る名前でした。けれどその後名前は変えられ、彼女のアイデンティティは外からは窺い知れないものになってしまいました。西欧の美女風に描かれ、王女のように着飾ったポカホンタスの肖像画。この絵をいくら見つめても、彼女の息遣いは聞こえてきません。空っぽ...。


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  それでも、たとえ一時であったとしても。彼女の存在こそがポウハタン族と入植者達との間に束の間の平和を創り出したこともまた確かでした。

「ポカホンタス」と名付けられた物語。でもそこには誰もいない。ただ周辺を生きたひと達の欲望と時代の想念が表皮となってまとわりついている。そんな肖像。「現代のポカホンタス」とは、もしかしたら激動する世界の中で、いつのまにか確固としたアイデンティティを見失ってしまったわたし達人間の姿なのでしょうか?

  では念のため、この度数を補完する対向の山羊座28°も見てみましょう。


山羊座28°『大きな飼鳥園』

  原文は「Large aviary」。aviaryというと「鳥小屋」ですが、ここでは動物園などにあるかなり大きくて飼育場的な役割も兼ねるネットの付いた檻を指しているようです。もしかしたらかなり大規模で、内側には自然に近い環境で暮らす鳥達を観察するための道があって様々な木が繁っているのかもしれません。そには多様な種類の鳥達が飛び交っていて、いつも賑やかです。始終飛び回り、甲高い声で鳴き交わす色とりどりの小鳥達。時折大きな叫び声を上げる、目つきの鋭い大きな鳥。じっと木に止まって辺りを見回す黒い鳥。園内はそれぞれの種に特有の歌声が入り混じり、ときに調和のとれた心地よい音色を奏でるけれど、耳を塞ぎたくなるような不協和音として聞こえるときもあります。


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  もしかするとこの鳥達はみな人間の赤裸々な姿であり、本性の一側面かもしれない...とB.ボヴィは言っていました。ひとは慣れない場所に集められると、自分と似通ったものを持つ者同士で何となく集まります。たぶん、そのほうが本能的に安心出来るから。たとえば人種や肌の色、または信じる宗教や話すことば、国籍や文化の違いによってひとびとは自然に集まり、園内の一定の場所にそれぞれの集団を作るかもしれません。そして、一見同じ人間であること以外は何の共通点も持たない他の見慣れない集団のひとびとについて、いろいろな話し合いが内輪で始まります。何故なら自分達の平穏を護るためには他の集団の力を値踏みせざるを得ないから。

『誰だ、あれ? 見たこともないヤツらだな』『何あのひと達? ヘンな顔してるしおかしな格好してるけど、近寄っても大丈夫かしら...』『いや、側を通らないほうがいいよ。前に一度見たことがあるけど、なんか野蛮そうだったし』『うわ、あっちのヤツらは奇声上げてる!ヤバイやつに違いない!』

…こうしてそれぞれの集団の中で一定の筋書きや物語が創られていきます。それはおそらくその集団に共通する道徳観や習慣を通じて都合よく創られる偏見の物語であり、外部の存在に対して無意識のうちに押す烙印としての物語です。それは、自己の存在を脅かされることへの本能的な恐怖心の投影かもしれません。


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  それでも、現代に生きるわたし達はもっと洗練されているはず。地球には様々な人種、文化、言語が存在し、習慣も感覚も異なることを知っているし、「異なる人種や考え方のひとびととも仲良く手を携え、みんな平等に、平和にこの大地を分かち合うべきだ」「異なる考え方にも耳を傾け、理解し合おう」これが人類の理想であることも理解しています。

  けれど、今。すでに原始人の時代から100万年とも200万年とも言われる人類史の上で、種族、部族、国や集合体同士の戦いが地上から消えたことはありません。わたし達個人のレベルでさえ、日々争いの種は尽きません。自分自身のこころの中でさえ、過去と今の「わたし」、異なる欲望に引き裂かれた「わたし」と「わたし」が争ったりしています。


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  そして争いの後は常に、一方がもう一方にとっての「侵略者」となり、その「侵略者」 ― 戦いに勝利した側 ― は自分達のことを、野蛮な種族に「光明」と「文明」をもたらす「入植者」または「開拓者」だと見なします。侵略する者と侵略される者、開拓者と教化される者。それは時を経て互いに入れ替わることもあるし、互いの身内や同じ種族の中でも裏切りや疑心暗鬼が生じ、新たに骨肉の争いとなるケースもあります。こうして同じ種族の集団内部にも分裂が生じていきます。それはバラバラに分断され、不安と怖れに支配された傷つきやすいアイデンティティのぶつかり合いでしょうか。

安心な繁殖地とより良い餌場を確保するために、縄張りを主張してさえずる無数の鳥達。出自や思考や性向によって身内とよそ者を区別し、理解を拒み、互いに大声で相手を圧する人間達。大きな飼鳥園は今の世界そのものにも見えます。TVなどのメディアや昨今のSNSもまた、似たような側面を持つのかもしれません。そこは無数の物語が生息するけたたましい飼鳥園。けれど広々とした大自然も、本物の大地も存在しません。


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  でも。たとえひとときであったとしても、ポウハタン族と英国の入植者達との間に平穏な時期があったのも事実。それはマトアカ ― ポカホンタスという、ひとりの少女の存在によるものでした。外からやってきた白人達と彼女が初めて出会ったのは、彼女が10歳か11歳ごろだったそうです。無邪気で好奇心旺盛で、イタズラ好きで、まだ偏見に染まることもなかった素朴な少女。

『わたしは、わたし。ポカホンタスと呼ばれてるの。あなたは、誰?』 

その姿は大自然に生きる、怖れを知らない一羽の小鳥だったかもしれません。出会いのとき、その笑顔に癒やされた白人達もいたことでしょう。まるで、キャンプしていたら野生の小動物がテントを覗きに来たみたいに。そしてそんな出会いから、はからずもひとときの「異種間外交」が芽を吹きました。...ポカホンタスが人質として拉致され、レベッカという名を生きるようになるまでは。


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  その後の彼女に関しては漠とした足跡を知ることは出来ても、そのこころの軌跡を辿ることは出来ません。レベッカとしてエキゾチックなプリンセスの仮面をつけ、歴史の小さな1ページを飾る人生。そこで窮屈なドレスをまとい、他者のための物語を生きた彼女は...ポカホンタスとしての「わたし」を少しでも保てたでしょうか? 餌場や分け前を取り合ってけたたましい声をあげる異種の鳥達の中で。でも、もし彼女の中で「無垢のわたし」がずっと生きていたのだとすれば...  

『どこにいても、たとえどん底にいても、わたしは、わたし』
『どこにいても、たとえ夢見心地のときも、わたしはわたしでしかなかった』
『それでも世界は面白いことでいっぱい!』

逆らえない運命を生き、自分の役割を果たしながら、こころのどこかで。 期待と失望のバランスをはかり、生まれ故郷の部族を想い、気持ちをなだめて現実という枠を知り、自分に出来ることをやりながら。 最後まで、絶対に妥協できない「わたし」という一線を守り抜き、それを尊厳として異郷に死んでいったのかもしれません。実のところ、苛酷な運命を生きたポカホンタスの物語に象徴されるこの度数には、強力なヒーリングの力や回復力も暗示されています。予想もしなかった瞬間にふと訪れる至福のとき。それは、誰かの指示や期待からするりと抜け出す自由な魂を取り戻すときなのかもしれません。


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  余談ですが、小惑星にも「ポカホンタス」という名を持つものがあります。発見時の位置は牡羊座5°台。ここは「これしかない」という無意識の感じ方をアイデンティティとする、文字通り「わたしは、わたしだ!」という度数です。そして今、ポカホンタスは乙女座6°台。自由を犠牲にして安全を取るか? 結果を引き受ける覚悟で外に出ていくか?その選択を問う「ハーレム」の度数です。またポカホンタスの発見チャートでは、この新月が起きる蟹座28°台に小惑星ファンテージア(幻想)が在泊。ならば新月の夜は、どこか儚い幻や夢見の中で「死なないわたし」をかいま見られるのかな?

  あ、気付いたらベースのシンボル解説が長くなってしまいましたね。では新月のメイン・シンボルに行ってみましょう。



🌑 新月のメイン・シンボル:
   蟹座29°『双子の重さを量るミューズ』


  急激な成長を促される蟹座 — 山羊座軸のルネーションも、いよいよ最終段階の度数に来ました(30°は獅子座0°でもある「ヤヌス度数」)。ということは...もしかしたら何か挑戦のテーマになるのかな?

ところでミューズとは:芸術と科学を司る9人の女神。カリオペ/叙事詩、クリオ/歴史、オイテルペ/フルート演奏と抒情詩、テルプシコーレ/合唱とダンスと歌、エラト/竪琴演奏と抒情詩、メルポメネ/悲劇、タリア/喜劇と軽詩、ポリヒムニア/賛美歌、パントマイム、ウラニア/天文学を指します(wikipedia)。 つまり「ことばと記録」「物語」「感じ取る音」「歓びや哀しみの感情」「動き」「壮大なシステムの知識」そしてその全てを包含する「スキル」。...彼女達は五感の全てを通して受け取るインスピレーションの源です。


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  今、そんなミューズのひとりが秤を持って、注意深く双子の重さを量ろうとしています。重さを量るってことは、どちらがより重いか軽いのか、そのどちらかに何らかの価値を置いているということ。でも目の前の双子は体も顔付きもそっくり。ぱっと見では両方が同等に見えます。だからよほど慎重に量らなければなりません。また量る女神といえば、アストライアを思い起こすひとも多いのではないでしょうか。彼女は目隠しをして秤を持ち、対立する2つの要素 ― 人間、集団、物事の良し悪しを公平に公正に量ろうとします。今、米国を中心に吹き荒れているBlack Lives Matter 運動もまた、公正さ ― ジャスティスを求める声の高まりから始まりました。けれどこの世界に絶対の「公正さ」や「正義」は存在するでしょうか? それらは人間の概念に過ぎず、ことばにするのは簡単でも実際には必ず何かしらのバイアスがかかるものではないでしょうか?


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  B.ボヴィはポカホンタスの子孫であるネイティブ・アメリカンのひとびとが祖先の土地を奪われ、痩せた荒れ地の保留地へと追いやられた歴史を例に挙げています。一部のひと達はそれを「詩的正義」、つまり自業自得に近い結果として見ます。なぜなら、ポウハタン族と白人達の間には幾度もの争いがあり、入植者側も何百人もが虐殺されたり畑を焼かれたり、女性達がさらわれて奴隷にされたりという事実もあったからです。それは報復に対する報復のような様相だったと記録されています。

また和平のときも、ポウハタン族からの贈り物は彼らが聖なるものとして大切にしていたタバコの葉だったけれど、白人達にはその価値がわからなかったため、こうしたの成り行きは当然の報いだと考える向きもあったそうです。結局、人間同士の争いにはその背後に無数の行き違いや誤解、やり過ぎや行き過ぎが複雑に積み重なり、それがまた互いの集合記憶に深い傷を残して取り返しのつかないところまで行くのかもしれません。

  現代のわたし達はわりと簡単に「公平」「公正」「正義」を求め、それを口にします。けれどナマモノである人間が関わるとき、掛け値ない本物の公平さ、どんな状況にも当てはまる公正さや正義など存在し得ないのではないでしょうか? それでもわたし達は、社会生活を営むために公正さを必要とします。だから「法」があるんですね。法とは約束事。集団内部の平和を保つためには、それを遵守するという共通の取り決めの下で何事も判断していくしかありません。もちろん、それが複雑な人間の感情に見合うものではないとしても。


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  けれど今、公正さをもって双子=切っても切れない2つの物事を量ろうとしているのはインスピレーションの女神です。彼女はいったい何を尺度にして、どんな決断を下すでしょうか?

では、互いに補完する対向度数のシンボルを少し見てみましょう。


山羊座29°『茶葉を読み取る女』


  これは茶葉を使った占いの一種。一杯のお茶を楽しんだ後ですっかり開ききった葉を残し、カップを空けます。そして残った茶葉が偶然によって残す「かたち」を見て、それが象徴する物事を読み取り、未来への理解を深めていくというものです。おそらく判断の鍵は、一瞬のインスピレーションかもしれません。これは気軽なティータイムの知的な遊びとしても十分に楽しめますが、もし深めていくのなら、占いの中でもとりわけ絶対的な集中力と研ぎ澄まされた感性を必要とする技なのだそうです。まだ試したことはないけれど、たぶん茶葉をひと目見た瞬間に自分の記憶の奥に眠るあらゆる象徴のうごめく森に入り、そこから何か確かなイメージを掴んでくるような感じかもしれませんね。


 Tea Leaf Reading by Ms.Lindel Barker-Revell


  彼自身がサイキックでもあるB.ボヴィはここで、興奮させたり酔うような含有物を一切排除した飲み物しか摂らないことを意味する「teetotaling = 絶対禁酒主義」ということば、そしてフラつくことを意味する「teetering」ということばを源語に対応する “音声的同族語” として “抽出” し、この占いに必須なのは「絶対的意志」と「フラつかないこころ」だと示唆していました(この行為自体が “ことのは”からひと繫がりの意味をすくい取るという「Tea Leaf Reading」的行為なのかもしれません)。


  何かの想いに駆られて興奮したり感情的になっているひとは、何を目にしても今 取り憑かれている物事を出発点として対象を把握しようとします。また願望や欲望がほんの少しでも膨らんでいれば、その欲望に沿った「物語」を通して見たいものだけを目にし、聞きたい音だけを耳にします(それが常にポジティブなものとは限りません。自分を罰するためにネガティブな物事を見ようとするひとも多いです)。そして、それ以外は全てが背景。全てが雑音。なのでもし真の「兆し」となる調べがすぐ側で奏でられても、その音色はあまりにも微かで聴き取ることが出来ません。もしそんな状態であれば、きっとこころの錘は歪められた情報に反応してあちこち揺れ動き、公正に物事を量ることなど出来ないはず。 茶葉のかたちを願望のスプーンで歪めることなく、まっさらで素直な「わたし」としてそのまま受け入れ、自分の中の「何か」と「それ」が自然に溶け合い立ち上がる光景を確かに見切る。あまりにも豊かな「意味の奔流」の中で、その行為は歩むべき道の鍵を知るのと同時に ゆるぎない信頼の体験となるかもしれません。だって誰でもない、「わたし」が選んだことなのだから。


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  ナチュラルハウスでは社会的頂点を象徴する10室に対応する山羊座。その山羊座終盤に出現する『茶葉を読み取る女』に求められる「絶対的意志」は、対向の蟹座 ― ナチュラルハウス4室(わたしの内面/家、家族、身内、国民、領土)― 終盤に出現する「ミューズ」の核心部に備わるべき資質だと考えられます。

  さぁ今、ミューズは双子のうちどちらかを選ぼうとしています。研ぎ澄ました注意力で。眼を閉じ、揺るぎないこころの眼を開いて。均衡は大事。でも実際には、まったくの均衡なんてこの世界にはあり得ません。前に踏み出すにしても、後ろに下がるにしても、わたし達は一瞬バランスを崩さないと動くことさえ出来ないのですから。ならばどちらか一方を選ばなければならないときがある。

…うーん、でも、どっちを選んだって長い目で見れば同じなんじゃないの? そうね、究極はひとつなんだから。迷いも生まれてきます。だけど、同じに見えても本当はそうじゃないんだ。今、通るべき道、自分が本当に経験したがっていること。今、それはたったひとつ。本物の「わたし」と「本物によく似たわたし」。ひとによってはそれは「ひとりでも双子であるわたし」と「欠けているから双子になりたいわたし」という双子かもしれない。ずっとこのままだっていいのに。でも、このままでは居られない。たぶん岐路ってそういうもの。またひとつ、ほんのささやかな、あるいはとてつもなく大きな、選択のときを迎えようとしてる。 それは 目の前の一線を越えていくとき。自分だけが知っている、その境界線を超えていくとき。


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  じゃ、最後の判断を下すための錘って何だろう? その秤には、どんな目盛りがついている? 

それはやっぱり...何もかも剥ぎ取ったあとの「わたし」じゃないだろうか? 短い一生を必死に生きただろうポカホンタスは、どんな「わたし」を抱えていただろう? ことばもない、うごめく感情でもない。それでも吸って吐く息の狭間に確かに在ると言えるわたし。

そのわたしを、そっと押し出す。ただの出がらしだった茶葉がある一瞬、はっきりと世界に向かってかたちを取るように。そのとき「わたし」は茶葉であり、また「双子」でもあるのかもしれません。

  さてと。新月の夜は静かな部屋の中で、ゆっくりお茶でも煎れてみましょうか...。



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have a great trek!!!★


hiyoka(^_^



hiyoka_blue at 23:53|PermalinkComments(6)

June 20, 2020

🌑6/21の新月・日食―みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)

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    新月は前回からの課題を経て、次の新月までの約1ヶ月をかけて取り組む新しいテーマが開示される時。 そしてこれは生まれた星座に関係なく、地球に生きるわたし達みんなに平等に降り注ぐエネルギーです。わたし達はこのエネルギーを使って日々、自分なりに考え行動していきます。その現れはひとの数だけ様々ですが、やがてはお互いに影響しあいながら、社会・国・世界の潮流を作っていきます。これは言い換えると、わたし達を取り囲む「空間の雰囲気」です。星読みの世界から見れば、誰もがその中で生き、そのテーマに呼応して・・(素直になったり、反抗したり、無視したりしながら・・)自分なりの人生を創造していると言えます。 その意味でも、刻々と変容していく惑星エネルギーの流れをおおまかに知っておくことは、きっと何かの役に立つのではないでしょうか。
    例えば... シンボルの光景やキーワードを覚えておくだけでも、何かに迷った時の指針になるはず。ではでは今月も行ってみます!(^_-)
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★新月タイムスケジュール★
願い事やアファメーション、ヒーリング・メディテーションなどしたい方は、もし可能ならこの時間帯に合わせてみてください。エネルギーの高まりを感じとれると思います。(^_^)

【地方平均太陽時: ソーラータイム(LMT) 】
東京・関東ローカルで  6月21日16:07前後、北海道周辺で 16:13前後、関西方面(日本標準時ならこの時間)は15:42頃、沖縄周辺では15:13前後に蟹座 0°21’ で新月となります。

お天気が良ければ日本からは部分食が見られます。
 食の最大時刻は北海道17時~沖縄17:16ごろ
 (アフリカ東部~アラビア半島、インド北部、中国あたりでは金環蝕)


前回の新月のテーマについてはココをご覧ください。

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サビアン・シンボルによる【 新月がもたらすテーマと挑戦 】
*ここではデーン・ルージャー(ルディアー)版やマーク・エドモンド・ジョーンズ版の解釈ではなく、透視家エルシィ・ウィーラーの伝えた象徴の言葉をそのまま書き写した「オリジナル版サビアン・シンボル」を使ったブレイン・ボヴィの解釈を参考にし、アスペクトを加味して読んでいます。
*テーマはひとつの意識の流れを表したものです。この流れは順不同に現れたり循環したり、ひとつだけ突出して感じられる場合もあります。また、解釈の内容はその時々のアスペクトを意識しながら抽出しています。


【月・太陽 ♋️ 蟹座0°~1°― 発効期:6/21~7/20 】
(エリーズポイントの日蝕なのでテーマは1年~長くて3年ほど有効)

🌑🌞“Bathing beauties”
   『水着美人の一団』
            ↓
🌑🌞“A furled and unfurled flag displayed from a vessel”
   『船から提示される巻き上げられたり広げられたりする旗』

【新月のテーマがもたらす雰囲気と挑戦(順不同)】
ひとによっては数日前から前倒しで感じられると思います。
今回は新月から満月を経て次の新月まで共振し続けるキーワードを抽出しています。
シンボルは多くのテーマをはらんでいます。沢山の中からこころに引っかかるものがひとつでもあれば、それが鍵になるかもしれません。

 
→★「見ること」と「見られること」がいかに人間関係の基盤となっているか
  をあらためて認識していく
→★なにげない集まりの中で得られるちょっとした歓びや感動に癒やされる
→★手に入らないものを求めながら多くの代替物に埋もれる危険
→★優しさ、友愛、慈しみという観念にまつわる古いイメージを捨てる
→★見栄のための嘘や傲慢な態度、計算ずくのパフォーマンスに注意
→★期待も怖れもなく淡々と歩む日常にひそむ透明な祝福を感じる
→★古いもの、長く続いた時間が終わり、新しい何かが台頭してくる予感
→★自分の中に隠れていた内的な「個」の力のポテンシャルを感じ取る
→★これまで覆い隠されてきた強い力が突然誇示される
   (それが虚勢か本物のパワーかを見極めて対応する必要)
→★これまで辿ってきた人生の道が変わる、または変える覚悟を決める
→★考え抜いた幾通りかのプランを胸に乗るべき風が吹くのを待つ
→★ドグマに凝り固まって他に耳を貸さない頑なさが道を閉ざす危険
→★怖れずにひたすら自然体に徹し、押すときと引くときを心得る必要
→★得られて当然と思う何かを得るために自分の力と意志を証明する必要
→★矛盾した思いにジタバタするか、覚悟を決めて前に進むかの岐路
→★人も物事も「良い器」と「壊れた器」の違いを明確に識別していく
→★やがて来る「決めるべき時」のために感覚を研ぎ澄ませておく
→★心と体の「流れ」を良くして新陳代謝を図り意志の「火」を保つ…→
             

エネルギーのポイント:

 前回の新月『本質は盤上に非ずして表層は全てゲームと知る』
             
 今回の新月『内的宇宙に生まれる力の葛藤を制する』

                               
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★6月新月・日蝕の星模様とチャレンジ ★

~ざっと見のアスペクトあれこれ~


新月:蟹座0°21’/サロス137の日蝕

    去年12月に起きた山羊座の日蝕から半年。たった半年なのに、その短い間にCOVID-19をはじめとして世界を揺さぶる多種多様な難事が起き続けています。それにつれて、打ち騒ぐひとびとのこころ。そんな2020年の行程も、やっとなんとか半分まで過ぎ越してきました。その折返しとなる夏至の日蝕。さぁ、どんなエネルギーが待っているんだろう? ではアスペクトから見てみましょう。


~アスペクト雑観~

新月・日蝕に関わるアスペクト

夏至とともにエリーズ・ポイントで起きる
 強力なノースノード・イクリプス

 (夏至は21日06:50ごろ)
サロス・シリーズは137
月がOOB(21日~23日)
 太陽の赤緯もまた北の最高位に来ている

新月が恒星ベテルギウスとコンジャンクト、
 射手座のイクシオンとオポジション
新月・アグニが魚座の火星・レクイエムとスクエア
新月が冥王星・木星とコントラパラレル
新月がパラスとパラレル

その他…

水星、金星、木星、土星、冥王星、パラスが揃って逆行中
山羊座の冥王星・木星・パラス・水瓶座の土星と
 牡羊座のエリスがスクエアで乙女座のオルクス(審判)にクァドリフォーム
冥王星・木星・パラスが魚座の火星とレクイエムにセクスタイル
冥王星・木星・パラスが牡羊座のエリス、蟹座のキラルスとTスクエア
冥王星・木星・パラス、オルクス、キラルス、マッドハッターが
 ウォリサム・レクタングルを形成
火星・レクイエムとオルクスがクインデチレ
牡牛座の天王星とオルクスがトライン
山羊座のフォルスと蟹座のハイジーアがオポジション

  木星と冥王星の組み合わせには、宗教的なカルトを思わせるエネルギーがある。政治的な思想や活動を表すことの多いパラスも加わっているので、これは米国におけるアンティファや急進的左派集団、コミュニストなど政治カルトの台頭によく顕れているのかもしれない。また乙女座のオルクス、牡羊座のエリスが絡むので、それはかなり闘争的で酷薄かつ自分本位のエネルギーだと思う。さらに火星とレクイエムの組み合わせは、このところの警官による黒人被疑者の死への怒りとなって顕れ、オルクスとの絡みが報復心理、デモや暴動に繋がっているのかもしれない。

  興味深いのは木星・冥王星・パラスに絡むウォリサム・レクタングルで、これはドラマティックなことが次々と起きてきて騒然となりがちな一方、そこには真に関わるべき当事者の姿はなく、ただ外野が騒ぐことによって空回りしながら横道へ逸れてしまう可能性が示されている。日本では3室(メディア、コミュニケーション etc.)4室(国民の心理、領土 etc.)9室(外交、高等教育、法 etc.)10室(政治、権威や権力 etc.)で形成されるが、ニュースで騒がれる表層の物事の陰には異なる本質が常に存在することを頭に入れておくべきかもしれない。

  ・2室フォルスと8室ハイジーアのオポジションは、コロナ禍の下で強いられてきた “自粛”への疲れと緩みによって感染拡大が再燃する怖れを示唆しているようにも見える。今は疲労が溜まりがちな季節だし、休養と水分補給を忘れずに、体に優しくしたい時期。


天秤座のジュノー・ヘーベが蟹座のヴェスタとスクエア

  ・ジュノーとヘーベは2019年夏あたりからずっと一緒に旅してきて、今夏を最後に互いに離れていく。これは主に母子間の共依存を表すと思われるが、蟹座のヴェスタとのスクエアは「竈の火」を巡って、または「内なる火」を巡って何か葛藤が起きることを示唆しているのかもしれない。ちなみに米国建国図ではこのジュノーとヘーベがASCにコンジャンクトし、対向にはBMリリスが来てMC上のヴェスタとTスクエアを形成している。これもまた、現在の米国の状況と照らし合わせて意味を熟考してみると興味深いのではないだろうか。

新月が土星とクインカンクス

  このアスペクトは、無言で穏やかに微笑みながら「結局あなたは私に従うしかないでしょう?」的なエネルギーで、逃げるスキも与えず詰めてくるような感じかもしれない。月と土星の組み合わせはある種「不退転」の雰囲気を持つように感じられるけれど、当然「調整」、つまり交渉の余地は残される。これをどう使うか? または相手側から使われたときにどう対応するか? は、食の起きる位置が自分のネイタルでどのハウス内なのかを考慮し、それに今回のサビアン・シンボルが示唆するテーマを「根底の意味付け」として重ね、自分なりの物語を想定してみると良いかも(これは食に限らずどんなアスペクトにも応用出来る基本的な方法)。


  こうして抽出してみると、新月・日蝕とダイレクトに関わる天体条件やアスペクトだけでもかなり強力なのがわかると思う。そして、ここで生じる影響力は長期(1年~3年、最長最強で6年程度の事例も)にわたって個人や集合体の心理にじわじわと浸透していくと考えられる。

  今回の蝕の特徴としては、まず月の赤緯が23°33’で軽くOOB(アウトオブバウンズ)であること。この月が太陽に影を作るということは、太陽もまた北のギリギリ最高位にあることを意味する。通常、OOBの月は極端に束縛を嫌い、その知性や感性は良くも悪くも型破りで、独特の価値観を持つとされる。またOOBではないものの、ギリギリ “近い” 赤緯を持つ個人惑星(水星や金星など)が他にあれば、その惑星を通して型破りな世界観を理解し、社会的な常識に見合うアイデアに “翻訳” して社会に対し「わかりやすく」表現できるとも言われている。

で、今回は赤緯23°26’の太陽がその役割を担うけれど、太陽は地上の「すべての意識の源」でもあり、それが月の影に隠されることを考えればバランスが良いとは言えない。というより、蟹座0°台のテーマをはらみ、それに沿いながら、かなり極端な傾向を帯びるのではないだろうか。ちなみに前回の半影月蝕、そして次回7月5日の半影月蝕も月はOOBになる。(月が頻繁にOOBとなる現象は今年3月あたりから始まり来年中も続くが、ルネーション及び蝕と重なるOOBは今回の3回だけ)


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  今回の蝕はノースノード・イクリプスなので、「未来志向」が強いとされる。蝕が示唆する「未来志向」とは、「過去に向ける視線を断ち切るような力」が働き、その結果として未来に向かって押し出されていくように感じられることが多い。なのでこの蝕にネイタルの個人惑星や感受点が触れるひとは、今後の変化に否応なく順応/適応していくよう促されるかもしれない。これは住み慣れた「コンフォート・ゾーン」から出ていかねばならないときが来た、ということ...。

これから先、もし人生で何か大きな決断を下すときが来たら、この未来志向の蝕の促しを意識に置いた上で「選択の自由は常に自分の側にあること」を忘れないようにしたい。その場の気分や感情に惑わされないこと。安易に幸・不幸を判断しないこと。追い詰められたような感情からの反動力を利用しないこと(それは依存なので)。そんなふうに決め、お腹に入れておくことも大切。この蝕の位置は「意志の力」が試される位置でもあるので、おそらく「ヤケになって動いたら上手くいっちゃった♪」という結末はあまり期待出来ないと思う。

たとえ上辺の「かたち」は変化したとしても、またそれに応じた臨機応変の態度を取るべき場面があったとしても、外的な変化と本来の自分自身の内的不変性とは関わりようがないこと(望まない内的変化を受け入れる必要はないこと)を知っておくことも大事。この内的不変性があるからこそ、外的には臨機応変の態度が取れる..とも言える。またこの主体性によって、自分の望む変化を創ることも可能になる。ただしここで言う「内的不変性」とは、単なる信仰や思想、信条、意見や世界観の頑なさではなく、 “ことば” を超えた何かなのだけれど。


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  さて、この日蝕のサロス・シリーズは137。サロスとは一連の蝕のシリーズで、今回の137ファミリーは1389年に生まれ、2633年に終わる。それぞれのファミリーは、一貫した特徴/性質を持つと考えられている。アストロロジャー、バーナデット・ブラディの研究によれば、この「サロス137」は人と人との関係(集合体としても、個人同士としても)、そしてお金(家計から国家財政まで)に関しての問題がクローズアップされやすい。また、そこからはとても強烈な感情が生じて激しく動揺しがちで、ときにそれは強い欲望と怒りに裏打ちされるという。

また人間関係においては、自分にはどうすることも出来ない流れの中で「逃れられない関係」に囚われてしまった…と感じるケースもある。あるいは反対に、今まで問題があるなんて思いもしなかった関係を、なぜか突然切って捨てたくなる... そんな可能性もあると思う。けれど、それがどんな感情や欲望であれ、他者が関わる以上は確実に摩擦と抵抗が生じるし、それは壁となって立ちはだかるかもしれない。

  この位置(蟹座第1ディーカン)には蟹座的な思いやりの心やヒーリングのエネルギーがある。もちろん、「育む」ためのエネルギーも豊富だし、「与えたい」という純粋な欲望も強力。ただ同時にそれは「情緒的な依存性」をも育んでしまうケースも多い。つまり「いつも共感を持っていたい」「それを相手にも感じていてほしい」「自分だけじゃ生きていけない...という感覚を互いに共有したい」という欲望。それはやがて、切っても切れない共依存の密室を創り出す。そこではどちらかが(ときには両方が)相手の存在を都合の良い鏡として自分の欲望を投影する。相手は他者というより自分のための鏡なのだから、当然思い通りの反応を得られなければ相手が間違っていると感じ、怒りがわく。やがて関係性は、無意識のうちにいつのまにか、エネルギーを吸いあいながらもたれあいの絆と化していく。それは個人対個人の関係だけでなく、カルト的なグループや師弟関係、メディアと群衆などあらゆる人間同士の関係にも見て取ることが出来る。


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  けれど、今のように星の巡りによって、もしそこにハードなエネルギーが放射されたら...溜まりに溜まったフラストレーションは、ちょっとした出来事を機に連鎖的に爆発していくかもしれない。蟹座に入ったばかりのこの領域には、身内的な愛や慈しみばかりではなく、選択肢によってはそんな危険性もまた潜んでいることを忘れてはならないと思う。なので、サロス137のように可燃性を持つ蝕の下では性急な行動を意識的に控え、自他を観察しながら状況(と気分)が落ち着くのを待って収拾を図るのが一番かもしれない(まして水星逆行の蝕でもあるので..)。

蟹座 ― 山羊座軸の重要性

  ここで、エリーズ・ポイント(カーディナル・ポイントとも言う:牡羊座0°、蟹座0°、天秤座0°、山羊座0°)で起きる蝕の重要性も押さえておきたい。インターセプションの研究家でアストロロジャーのアリス・ミラーは著書『Heralds of a New Age : Interceptions』や他の著書の中で、幾度となくこの蟹座 — 山羊座軸を「12の星座宮の中で最も成長が加速される軸』だと定義付けている。そこには、この領域で初めて人間を人間たらしめる大きな要素「関係性」が真に生まれ、リニューアルされていくのだというコンセプトがあった。また神智学協会を脱退して「秘教占星学」を唱えたアリス・ベイリーは、蟹座0°こそがアセンダントに対応するホロスコープの出発点だと主張している。

では、こうしたアストロロジャー達のインスピレーションの源はどこにあったのだろう? これについては、以前アストロロジャー、E.フランシスが紹介していた『テーマ・ムンディ』(またはテーマ・マンディ)と呼ばれるチャートにその起源があるのではないかと思う。せっかくの蟹座0°台の日蝕でもあるし、この機会にわたしが知り得た範囲のことを少し紹介してみたい。


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  1993年、ちょうど山羊座で天王星と海王星がコンジャンクトしたころ『プロジェクト・ハインドサイト』と呼ばれる研究者のグループ(ロバート・ハンド、ロバート・シュミット、ロバート・ゾラー)が発足した。彼らは古代ギリシャ語、ラテン語、ヘブライ語、アラム語などで書かれたアストロロジーのテキストを翻訳、研究するグループで、それまであまりよく知られていなかったヘレニズム時代のアストロロジーへの理解を深めるために活動を続けている。


  これまで古代のアストロロジーは古代バビロニアの天文観測を起源として紀元前3世紀ごろにギリシャに伝わり、インド、アラブからヨーロッパ、中国へと伝承されていったと言われてきた。ところが彼らの研究によれば、アラブ圏で占星学用に使われていたテキストはそのほとんどがギリシャ語から翻訳されたものだったことがわかった。そして最近では古代ギリシャ語で書かれたアストロロジー最古のテキストは紀元前4世紀ごろのものだと判明したという。

しかも驚くべきことに、そこに記述された「ヘレニスティック・アストロロジー」を調査した結果、この概念が誕生してからほんの50年ばかりのうちに、今とそれほど変わらない体系(星座宮、室区分、7惑星、多様な計算方法、解釈のルールなど)がすでにシステムとして構築されていたと考えられるのだそう。けれど、人間存在の底知れない深みを描像し得る何かが “無” から生まれたとして、それが体系として(ほとんど)完成するまでの期間が50年というのはあまりに短いのではないだろうか。まるで「概念」がどこからともなく生まれ、次の瞬間にそこから続々と(自然に)全体の“システム”  が浮上してきたような感覚.....研究者の一人は『それはまるで、カップが壊れる動画を逆再生でもしたかのようなイメージだ』と述べている。また、7人存在したとされる「創始者」の一人として「ヘルメス・トリスメギストス」の名が記されていたという。


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  その後、彼らはそれまで知られることのなかった多くの事物を発見したけれど、その中で最も不思議な文書が「テーマ・ムンディ」と呼ばれるホロスコープだった。これは「世界チャート」という意味を持つ図で「アセンダントの位置=始点」が蟹座の0°であり、ICが天秤座0°、DCが山羊座0°、そしてMCが牡羊座0°に位置している。そして1室蟹座から7室山羊座までのハウスの中にそれぞれ月、太陽、水星、金星、火星、木星、土星と当時知られていた7つの惑星が配置され、8室〜12室は空になっている。これは「夜のチャート/ノクターナル・チャート」だ。

  この、アストロロジーの起源を示すかもしれない「世界チャート」— 「テーマ・ムンディ」とはいったい何を意味しているのだろう?

E.フランシスの解説によれば、ヘレニズムについて研究している学者達は、このチャートが技術を教えるためのイベント・チャートのようなものではなく、歴史の中で何度も起きてきた顕著な惑星配置を基盤として構築された一種の思念的「構造」を表しているのではないかと考えているらしい。

つまり彼らの推論によれば、これは論理的な決着を促すようなものではなく、古代ギリシャのアストロロジーを生み出した思想の「鍵」にあたるもので、そこから今に至るすべてのシステムが次々に “生まれて” きたのではないか...ということらしい。


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  これは...もしかしたら、蟹座から内的な「自己」の世界と、内からの視線に映る外界との境界が始まり、そして山羊座ではその壁を越え、「外からの視線」を意識することで「契約」の関係性が始まることをも意味しているのかもしれない。

そう考えてみると、かつてアリス・ベイリーが蟹座をすべての基点だと主張し、アリス・ミラーが蟹座 — 山羊座軸で成長が否応なく加速されると指摘したことにも、またひとつ納得のいく裏付けが加わるように思える。

いずれにしても、エリーズ・ポイントが持つ計り知れない重要性は、基点としての牡羊座と蟹座、そして新たな成長と出発のさらなる基点としての天秤座と山羊座が、実はそれぞれダブルの意味合いを持って配置されているのだという事実にも顕れているのだと思う。

コロナ禍によって世界中のひとびとがそれぞれ個人レベルでの変化や試練を経験しており、国や民族という領域でも、それぞれに負った歴史的なカルマが動き始めているように見える。こうした状況を下地として起きる今回の蟹座0°の新月・日蝕には、今わたし達が感知している以上に壮大な意味が潜んでいるのかもしれない。


その他、雑多なマンデーン的情報少し

  エリーズ・ポイントで起きる日蝕自体がとても稀な出来事で、蟹座0°台で起きた日蝕を調べると直近では2001年6月21日で、これは米国の9.11に先駆けて起きた蝕だった。今回もまた米国建国図の同位置に在泊する金星の上で蝕が起きる。メリマンさん推奨の建国図では「お金」と「愛」の金星が9室(外交、法律、高等教育、国の哲学や精神的根幹)蟹座(国土の安全保障)に位置する。また、現在米国建国図はネイタル4室(国民の心理、国や領土内の安全)の冥王星にトランシットの冥王星がリターン中であり、直近の月とともに、木星・冥王星・パラス・土星ステリウムの直撃を受けている。この建国図のICにはほとんどパータイルにネイタルのエリスが乗っているが、それに加えて上にも書いたように、現在MCにはトランシットのヴェスタが、ASCにはジュノーとへーべが、DCにはBMリリスがコンジャンクト中。

日本の戦後始原図(主権回復図)では、日蝕がDC上で起きる(米国の金星は日本のDC上に在るということで、これは戦後の基本的な日米関係を考えれば納得がいくと思う。ただし、月とグリーヴのコンジャンクションも直近に在泊するのだけど)。 一方、7室はパートナーを意味すると同時に「あからさまな敵」をも意味する。なので、この日蝕は「敵」との関わりで何か変化が生じることを示唆しているのかもしれない。けれど「敵」とはどこを指すのだろう? 


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  たとえば中国には建国図と言われるチャートが2つある。どちらも戦後図なので、遅い惑星ほど日本と似たような位置になる。ただ日本の7室に在泊するインシデンティア(何かの出来事が起きるきっかけとして顕れることが多い)に中国の天王星がコンジャンクトし、8室(税金、債務、力の闘争、怖れ、危機など)の冥王星には中国の火星・冥王星コンジャンクションが来る。そしてその火星は日本の4室ネッソス(カルマの精算)にはスクエアを形成する。これだけでは何とも言えないけれど、あまり良い組み合わせとは言えない。

またスペキュレーションとしては、習近平氏のネイタルチャートと言われるものを使ってみると興味深い。彼の出生データとしては一応誕生日は出ているものの、時刻の確かなものはない。ただ、ヴェーディック・アストロロジャー、ジョニ・パトリーが使用しているチャートによれば、今回の日蝕は彼の11室(仲間内、最終目的、希望や宿願)に在泊する火星の真上で起きることになる。つまり彼の火星は日本のDC上に在り、米国の金星とコンジャンクトしている。 そして、インドの戦後始原図もまた2室の火星が蟹座0°台に在泊しており、習近平氏の中国とは火星VS火星でぶつかり合いながら、この日蝕に大きく影響を受ける。

個人のネイタル火星上で日蝕が起きるというのは、生命力や行動力、またはリーダーシップに何か変化が起きる可能性を暗示する。通常、火星が蝕で刺激されると自分に備わった力への自信が増幅され、『私がやりたいことを・自分のやり方で・やりたい時にやるのだ』というエネルギーが強く出がちだとされる。そして何か新しい事を最前線に立って始めようとする。

ただ、国やそのリーダーのチャートをヒットする強力な日蝕の下で大胆な行動を取ろうとすれば、それを囃す勢いと同じだけ抵抗も生まれる。その表面的な顕れはそれぞれに異なるとしても、手近な範囲でざっと見るだけでも日本、米国、中国、インドには何らかの形で等しく浮上しているエネルギーがある。そしてまた、異なる選択肢がある。

  特に習近平氏は、国のリーダーとしてかなり難しい局面に立たされているのではないかと思う(ちなみにトランプ大統領がN太陽に蝕の直撃を受けるのは12月)。また、過剰なストレスによって健康を害する可能性にも注意すべきかもしれない。ただ、いずれにしてもこのネイタル・チャートが正しいかどうかは不明だし、もしかしたらヴェーディック・アストロロジャーによるレクティファイド・チャートかもしれない。なので今のところは参考という感じで捉えるべきかと思う。もしこのネイタル・チャートが正しいとすれば、独裁体制を強化しつつある習政権がこのまま安泰であるようには見えないのだけれど...。
(参考:習近平/1953年6月15日午前8:45 北京)


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  日本の戦後始原図7室カスプ(パートナーと敵)で起きる蟹座0°(国土の安全保障)の日蝕。そして始原図4室(国民の心理、領土の状態)の太陽(主権者)にコンジャンクトするトランシットの天王星。3室(メディア、コミュニケーション、交通、初等教育)を運行するトランシットの海王星は、3室在泊の小惑星パラスにオーブ約2°。直近にトランシットの火星。そして10室ネイタルの火星には、今小惑星ニッポニアがコンジャンクト中。この日蝕はノースノード・イクリプス。否応なく変化を迫られる。ならばわたし達の国、日本は何を変えなければならないのだろう? 日本の安全保障を肩代わりしてきた米国の内情が自らのカルマによって揺れ動く今、主権者であるわたし達国民は、どんな意識変革を迫られているのだろうか? 

以前、こんなことをツイートした。『日本が国としてパラスをこの位置(3室魚座)に持つということは、メディアだけでなく国民のコミュニケーション全般に「公正さとは何?何を第一義とする?」という問いに応えるだけの質と負荷を負う意味がありそう』 これはパラスが在泊する魚座の支配星、海王星がネイタルでMC上に在ることもふまえての思いだったけれど。この天上に抱く海王星の質をより高めながら、より自立した形で国土を護り、他国(他者)と共存していく道を探る必要があるのかもしれない。おそらくそれには、相当の自己変革が必要になるだろうと思う。

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惑星スケジュールざっと

6月18日~7月12日:水星が逆行(蟹座14°45’~5°29’)
6月18日~21日夏至~25日:金星と水星のダブル逆行期

6月21日:夏至と同日に起きるNノード金環蝕! 蟹座0°21’
6月25日:金星が双子座5°20’から順行
6月28日:火星が牡羊座に入居
6月30日:木星・冥王星が山羊座24°台でコンジャンクト
7月1日:水星逆行の中日
      太陽・アグニ、カイロン、ジュノー・ヘーベがTスクエア
7月2日朝:土星が山羊座に一時帰還
7月5日:山羊座13°台で満月・半影月蝕(日本からは見えない)
7月21日:蟹座28°台で新月!



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★6月新月・日蝕のサビアン・シンボル★


🌑 新月・日蝕のベースとなるシンボル:
  蟹座0°(双子座30°)『水着美人の一団』

  ここはカーディナル・サイン、蟹座の入り口であるとともに、情報と知識を司る双子座の集大成の位置(30°)でもあります。…いわば<思考>の風性と<感情>の水性との境目。そして、そこでわたし達が目にするのは華やかな水着美人達!
 シンボル自体は「Bathing beauties」なので、単に「水浴びする美女達」と訳しても良さそうです。けれどB.ボヴィによれば、このフレーズはネイティブの感覚では「見かけ上の」1シーンとして感じられるのだそう。つまり、実際には「見られるための水着をまとってにこやかに集う美女達」というニュアンスなのだそうです。確かに、見て聞いて知って...とあちこちに知覚を張り巡らせる「風」の習性が初めて「水」の領域に接したとき、異質な中にもまずは目に映る華やぎに意識が向いていくのかもしれません。


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  では、これはミス・ユニバースなどの世界的なコンテストで見られる水着審査の場面でしょうか? それとも宣伝キャンペーンか何か? 米国でミス・アメリカのコンテストが始まったのは1921年だそうです。なのでチャネラーのエルシィの脳裡に描かれたのがそんなシーンだったとしても不思議はありません(当時のコンテストに水着審査があったとしても、今の水着とは全然違うと思うけれど..)。


  今、国中から集まった美女達は微笑を浮かべながら自慢のボディを見せつけています。ここで彼女達は、自ら進んで「見られる者」として振る舞っています。微笑と投げキッスで見る者達を大いに祝福しながら。この場では「いかに見られるか?」これが重要。でもそれは上辺だけかもしれない。いえ、きっとそう。何故なら彼女達は互いにてっぺんを目指して競いあっているのですから。

でも、だとしたら... 彼女達は単に「見られる者」としてそこに居るわけではありません。同時に「見る者」として、互いを観察しあっています。そして... 自分自身のことも、こころの中に存在する架空の空間から他者の目を借りて観察し、評価し、審査しているはずです。「あぁ、緊張してきた。イヤだな、笑顔が引きつってたりしたらどうしよう...」「よし! あの子よりわたしのほうが目立ってる。これならもしかして、勝てるかも...」


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  一方、コンテストを見ている人々はどうでしょう。たとえ互いに上辺だけだとわかっていても、綺麗なものを眺めながらひととき感嘆してみたり、ああでもないこうでもないと論評するのってけっこう楽しいエンターテインメントです。彼らが女性であれ男性であれトランスジェンダーであれ、美しいひと達の一団から微笑みかけられたら、悪い気はしないでしょう。いえ、もしかしたら。「なぜ自分はあんな風に美しく生まれなかったんだろう...」「どうしたらあんなにスタイル良くなれるだろう? 」「自分ももっと努力しなくては...!」「あんな風になりたい。あのメイク真似してみようかな」なんて思うでしょうか。もちろん、今なら「誰もがみんな美しいのだ!見た目で評価するなんて差別だ!」とボイコットを叫ぶひと達も多くいるはず。けれどサビアン・シンボルは1920年代当時の感覚に寄り添って見ていく必要があります。

  どんな反応が起きるにしても、このシンボルには「見る者」と「見られる者」が互いに承認願望を満たし合おうとする関係、目と知覚を通して互いから満ち足りた感覚を得ようとする関係が見てとれます。そしてその関係は自分自身の中に投影されていきます。見る自分が見られる自分を想像し「こんな風に見られるようでありたい...」という願望を呼び覚ますという構造。そして、その願望成就をある程度可能にするのが今のネット社会かもしれません。


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  インターネットがこんなにも浸透した今の社会では、フェイスブック、Twitter、インスタグラム、Youtubeといったプラットフォームにアカウントを持つことが広く一般化しています。そこは架空世界のステージ、幻想の街角に例えられるかもしれません。たとえ水着姿を曝したりはしなくても、そこでわたし達は意見、評論、日記、感想、映像や画像など、様々な形を通して意識的・無意識的に「自分」を表現しているのではないでしょうか。そこではあらゆるニュースが行き交い、刺激が生まれます。それはまるで、多種多様な情報と想いが怒濤のように流れてやまない、地球を覆う壮大な 「導管」「毛細血管」のようです(このブログやわたし自身のSNSアカウントもまたその中の一点だけれど)。

  そこでのわたし達は、見る者であると同時に見られる者(たとえひと言も発言しないとしても)。そしてそこでもまた、見る者から寄せられる承認や羨望、あるいは同意と共感のまなざし。「いいね!」「そうだよね!」そんなほんのささやかな祝福体験が、ささくれ立ったこころを柔らかくほぐしてくれることがあります。そんな、ちょっとした励ましのひと言が、わたし達の明日への支えになることだってあります。ささやかな暮らしを彩る、一輪の花みたいに。

けれど、もし「見られる者」が「見る者」の承認無しでは不安でたまらないとしたら? 一人前の人間として、何かが足りないように感じていたら? 承認を得ること自体がいつのまにか目的になり、執着が生まれるとしたら.....? 

または「見る者」が「見られる者」を醜いと感じ、その不快な気持ちを腹立ちまぎれに投げつけたら? にこやかな微笑みのやり取りだったはずの場は、たちまち硬直した表情に覆われて殺気立ち、石が飛び交う戦いの場になってしまうでしょう。実際、ネット世界を泳いでいると、そんな場面には毎日のように出くわします。政治の世界でも、今やネットは主要な戦場の一つと化しています。見られることを利用するひと、それを見て利用するひと、楽しむひと、怒るひと、それをまた見るひと、伝えるひと、ひと、ひと、ひと。


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  互いの承認と切磋琢磨の志とを暗黙の了解として美を競うハレの場、水着の美女達が集うステージ。その舞台裏には、他者の承認を貪欲に奪い合う激しい競争世界が拡がっているのも事実です。そして自己打擲や不安、怖れでいっぱいのこころが生まれるのもまた、「見る者」「見られる者」の世界です。幻のあなたやわたしはあまりにも大きく、真実のあなたやわたしはあまりにも小さい。でも、本当にそうでしょうか?

  個人と社会が交差点で出逢い、どんとぶつかって、意識・無意識を問わず火花を散らし斬り結ぶと言われるエリーズ・ポイント、蟹座0°...。一番プライベートなこころの奥底に通じる蟹座のゲートは、頭上に社会のてっぺんを見上げながら、自分自身の在りようを探っていく旅の入り口です。そこでわたし達は「社会」と呼ばれる「幻」に自分自身を投影し、その姿を意識します。けれど結局は「鏡」の表面に跳ね返され、気がつけば再び赤裸々な自分のこころに引き戻されてる...... そんな繰り返しが起きる場所。

でも、そこは自分が護りたい世界。どんなに嫌いだと思っても、愛さずには生きられない、自分だけの世界。その底深くに、幻ではない自分が、いる。 それは誰だったろう? どんな想いを抱えて生まれてきたんだろう? 誰かから愛される前に、わたしは、わたしを愛しているだろうか? 自分を承認しているだろうか? 幻には届かない。でも、確かに生きて血の流れる、この魂を...。


では、この度数を意味的に補完する対向の山羊座0°台も参考に見ておきましょう。


 山羊座0°(射手座30°)『ローマ教皇』

  射手座の集大成であり、山羊座への入り口ともなるこの度数では、射手座的な宗教性や聖なる世界の探求が、ローマンカトリック教会の教皇、生ける「聖性」としての法王様という器に行き着きます。その存在は「絶対」の信頼と帰依の象徴。政治、経済、社会を超越した聖なる統合の器。 みんなが彼を崇敬し、彼のことばに耳を傾けます。彼の言葉は絶対の善以外にあり得ません。その祝福を受けることは、信じるひとにとってこの上ない価値があることでしょう。 その一方で、ローマ教皇はバチカン市国という特殊な構造の中では最高の階位で、枢機卿団の投票によって選ばれる、独立した国家の元首でもあります。つまりここには「絶対の聖性」と「世俗的な階層の最高位」という "二重構造" が存在します。

B.ボヴィは、この教皇が果たす機能は「祝福すること」だと言っています。肉体を持つ "霊的な父" として大衆の前に姿を現し、みんなを祝福する。 そこには「見る者」と「見られる者」の関係が厳然と存在します。教皇は見られ、聞かれる者としての役割を担い、愛と平和と信仰を説きます。見る者としての大衆は、彼の姿を目にすることによって祝福されたと自ら感じ、信心を深めます。宗教的愉悦を感じるひともいるかもしれません。それが「器」となった教皇の主要かつ聖なる役割であることを、このシンボルは示しています。


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  崇敬すること、祝福すること。承認することと同時に、承認されること。そしてその歓び… 射手座と山羊座の狭間にも、どうやら「見る者」と「見られる者」との共犯関係が生まれるようです。 では、教皇は上り詰めた象徴の玉座にあって、何を思うのでしょう? 複雑な階層構造の中で、日々の政治的な役割の中で、ひとり魂の底に降り立ち、黙々と修行する中で得られる法悦と至福。それを変わらずに保ち、宗教哲学の探求を続けながら俗世の政治に采配をふるう。それらを同時にこなしながら "絶対の普遍性" に至ることは出来るのでしょうか? カトリック教徒ではないわたしには想像もつきません。けれどこのシンボルが示す「ローマ教皇」の姿は、自由奔放な探求から厳格な社会構造へと入っていく際に必ず通らねばならない門... 理想としての幻像、あるいは一種の「しるし/徴」として顕れているのかもしれません。


では、メインのシンボルに行ってみます。


🌑 新月・日蝕のメイン・シンボル:
  蟹座1°『船から提示される巻き上げられたり広げられたりする旗』


  さて、メインのシンボル....なんだかややこしい訳文になってしまいました。ここに挙げた原文は、チャネラーのエルシィが降ろしたままの『A furled and unfurled flag displayed from a vessel』ということばです。でも面白いことに、マーク・エドモンド・ジョーンズの本ではこれが『A furled and an unfurled flag displayed from a vessel』(unfurledの前に冠詞 "an" が入っている)となっていて、なんとなく、巻き上げられた旗と広げられた旗が一枚ずつあって、両方とも等しく提示されているようなニュアンスがあります。けれどおそらくこのシンボルの場合は、一枚の旗が巻かれたり畳まれたりした状態と、広げられ掲げられている、その状況の違いや移り変わりを示唆しているのではないでしょうか。

  ではその違いとは? まずこの旗は、船舶のマスト上に掲げられる旗です。"vessel" は船ですが、一般にいくつものコンテナを積んだ商船などの大型船を意味することが多いとされます。とするとその旗は、その船が所属する国、機関、または団体やグループを示す旗なのでしょう。つまり、一方は巻き上げられたり畳まれて、存在はするけれど見えない状態。もう一方は広げられて風を受け、へんぽんとはためいている状態です。


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  また、"vessel" という単語は他にも意味があって、それは「導管」。動物や植物の体内にあって、「消化管」や「血管」など、いのちを維持するための「流れ」を護り運ぶ管状の器官を指しています。そしてもうひとつ、何かを受け入れる「器としての人間」を指して使われることもあります。

B.ボヴィは、このシンボルを霊的視線で見るなら『広い無意識の大海原を進む霊の容器(コンテナ)、あるいはいのちのエネルギーを受肉し、格納し、運ぶもの — すなわち “人間” を暗示している』と示唆していました。もしそうだとすれば、この情景はわたし達人間にとって二種類の状態を示していることになります。たとえば二つの仕事を持つとか? または異なる二種類の才能? あるいはわたし達が人生で経験する、それぞれに全く異なる二つの状況でしょうか? 進んで来た海路も、あてにしてきた海図も見失ったと思ったら...まるで入れ替わるように、海の色も風の匂いも何もかも違う新しい海原に出ていた...というような?

  一枚の旗が今、船のマストのてっぺんに掲げられようとしています。しずしずと拡がっていく旗。それはまさに、堂々とその船の存在とアイデンティティーを主張するもの。広大な大海原を「自己」として推進していく「力」の象徴でもあります。そして、その船は旗を掲げることによって、陸地からも他の船舶からも「自分」が何処のどんな船であるかを「認識」されます。そしてそれ自体が、航行の自由を「承認」されることにも繋がっていきます。


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  では巻き上げられたり畳まれた旗はどうでしょう。自己の所属を明らかにしない船舶は、正体の見えない船と同じ。認識されることもなければ、承認されることもないでしょう。 ん...それじゃ、旗を畳んだ状態と広げる状態では、その船舶にどんな変化があるんだろう? ひとつは自分の真のアイデンティティーを隠し、護らなければならない状況が考えられます。また、海賊船や軍事工作船のように、本当は秘密の目的(多くの場合、他者に対する敵意や計略)を持ちながら外面では商船や漁船のように偽装しているケースもありそうです。そしてもう一つは自分自身を明らかにし、胸を張って周囲に誇示しながら我が道を進む状態ではないでしょうか?

  でも、もしかしたら...その一枚の旗は... 巻かれたときと広げられたときとで、そこに描かれた「徴 -― しるし」が変化しているのかもしれません。その船 — わたし達 — の内奥で、もしも何か大きな変化が起きるのだとしたら...。 今まで抑圧されていた何かが、大波小波を分け進むうちに臨界点に達し、まるで革命でも起きたかのように、新たな力が台頭してきたとしたら...? そういえば映画や小説などにもありますよね、そんな物語。船の中で下克上とも言うべき反乱が起こり、闘争の末に指揮権を握った側が新たに自分達の旗をマストに高々と掲げる...。代替わり? 新しい波? 

これがある集団に起きるとしても、あるいは個人レベルで起きるにしても、きっとそれまでの「わたし達」または「わたし」を示す「徴」は捨て去られ、真新しい「自分の徴」を掲げることでしょう。けれどその「徴」が認知され、承認されるかどうかはまた別の話です。新しい波をどう安全に渡っていくのか? 世界の海洋には様々な目的を持つ無数の船舶が航行しています。見慣れぬ新しい旗を掲げた船は、自他の「航行の安全」を護りながら進んでいけるでしょうか? 公海上の仲間として受け入れられるでしょうか?


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  古い旗は外されて畳まれ、古い経験のコンテナにしまわれる。そして新しい旗が広げられ、これこそが自分自身なのだ!と宣言する。それが認識され、承認されるかどうかはまだわからない。それでもその行為は、わたし達がまったく異なる人生のステージに入っていくだろうことを意味しています。

  そして...やはりこのシンボルが提示するテーマをもう少し深く見ていくために、180°対向の位置にあって補完する山羊座1°のテーマも見てみましょうか。


 山羊座1°『自らの承認を要求するインディアンの族長』


  ここにも再び「承認」が出てきます。「正当性の承認を要求する族長」... でも、すでに族長と呼ばれる存在が自らの正当性を承認せよと主張するというのは、どういう状況でしょう?

ネィティブ・アメリカンには沢山の部族が存在しますが、その長を選ぶにあたっては、部族の人々による一種の投票によって決まるもの、あるいはシャーマンの託宣が物を言う形式、またイロコイ部族連合のように、族母(クラン・マザー)が族長を推薦し、それを氏族、部族、連邦の公開会議で承認する形式を取るものなどがあったそうです。(星川淳 著『魂の民主主義』より)。

とすると、このシンボルに描かれているのはイロコイ族連合に属する族長で、彼はクラン・マザーによって新しく推薦された勇者なのかもしれません。そうであれば、彼はこれから並み居る部族や連合の長達を前に、決然と自分の力を主張するはずです。『他に選択肢などない。私には智恵も力も経験もある。自分こそが族長にふさわしい存在なのだ。』 新たな長として他者から承認されるには、権威にふさわしいカリスマ性と力量を見せつけなければなりません。


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  一族を率いるからには、彼は口でも力でも、並み居る長老達さえ打ち負かすほどの存在であることを証明しなければならないでしょう。 新しい力の台頭は、古い権力を引きずり下ろすものです。長老達も、そして推薦に漏れた元候補者達も、一斉に彼を試しにかかります。それは、力と力の真剣勝負。でも彼は負けられません。もう長い間、彼の旗は巻き上げられ、人知れず自分の役割を果たしながら力を溜めてきたのです。出過ぎずに自分の力を護りながら着々と経験を積み、自分はここまで昇って来た。だからこそ。試練の全てに打ち勝ったとき、古い旗は巻き上げられ、我が部族の新たな「徴」として私の旗が風に翻るだろう...。


  けれど、わたし達はまだ蟹座―山羊座軸のゲートに入ったばかり。これから先しばらくの間、外部的にも内面的にも、あらゆる方向の社会性や、政治的な統轄力(または内的世界の統制力)が試される領域が待っています。つまりフィジカルでもメンタル面でも、多様な経験を積んでいくそのとば口という感じ...。

ここでのわたし達は、これから一枚のささやかな旗を掲げ、大海原に出航していく一艘の船です。これから先は、凪の日もあれば嵐に見舞われる日もあるはず。そんなときは、暴風にさらわれたり破れたりしないよう、大切な旗を巻き上げて。抵抗を減らし、ひっそり護っていきましょう。風を読み、海図を拡げ、もしかしたら、ときに航路を変えてまでも。

何故なら「わたし」という旗は、わたし達の内的宇宙を満たす いのちの流れを象徴する「徴」だから。 そして今は、「燃え尽きる」ときではないから。


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  わたし達の多くが今、自分の中で何かが確実に変化する予兆を感じているかもしれません。 そしてきっと世界中の「わたし達」も、今またそれぞれに。これまでにも沢山の変化を乗り超えてきたような気がする。少なくとも、通り抜けてきた。でもまだまだ先はある...ならば行き着くところまで!

この蝕がネイタルの重要なポイントにダイレクトに触れるひと(オーブ3°くらいまで)にとって、2020年の本番は本当にこれから。もしかしたら、周囲の世界が知らない間に静かに “狂っていく” かもしれない。一時的に通るべきカオスのトンネルの中で。けれどその中に在っても。透明であり続けるために。 これは新しい自分と世界を識り、新しい「徴」を掲げる旅の始まりです(まぁ、とりあえずは凸凹道かもしれないけれど😅)。 その「徴」はある日突然 燃えあがる火となって顕れるかもしれない。それとも...あと数年経ってふとふり返ってみたら、今とはまったく違う「わたし」が、まったく異なる世界に住んでいることにハッと気付いたりするのかな...?


  夏至 ― 四つのエリーズポイントの一つ ― で迎える強力な日蝕。いくつもの岐路を予感しながら、わたし達はまた新しい船出の朝を迎えようとしています。


みんな、こころ静かに新たなゲートをくぐっていけますように...!



magelan






have a great trek!!!★

hiyoka(^_^



hiyoka_blue at 21:05|PermalinkComments(5)

May 22, 2020

🌑5/23の新月―みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)

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    新月は前回からの課題を経て、次の新月までの約1ヶ月をかけて取り組む新しいテーマが開示される時。 そしてこれは生まれた星座に関係なく、地球に生きるわたし達みんなに平等に降り注ぐエネルギーです。わたし達はこのエネルギーを使って日々、自分なりに考え行動していきます。その現れはひとの数だけ様々ですが、やがてはお互いに影響しあいながら、社会・国・世界の潮流を作っていきます。これは言い換えると、わたし達を取り囲む「空間の雰囲気」です。星読みの世界から見れば、誰もがその中で生き、そのテーマに呼応して・・(素直になったり、反抗したり、無視したりしながら・・)自分なりの人生を創造していると言えます。 その意味でも、刻々と変容していく惑星エネルギーの流れをおおまかに知っておくことは、きっと何かの役に立つのではないでしょうか。
    例えば... シンボルの光景やキーワードを覚えておくだけでも、何かに迷った時の指針になるはず。ではでは今月も行ってみます!(^_-)
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★新月タイムスケジュール★
願い事やアファメーション、ヒーリング・メディテーションなどしたい方は、もし可能ならこの時間帯に合わせてみてください。エネルギーの高まりを感じとれると思います。(^_^)

【地方平均太陽時: ソーラータイム(LMT) 】
東京・関東ローカルで  5月23日02:58前後、北海道周辺で 03:04前後、関西方面(日本標準時ならこの時間)は02:39頃、沖縄周辺では02:10前後に双子座 02°04’ で新月となります。

前回の新月のテーマについてはココをご覧ください。
(満月のサブテーマはTwitterに投稿しました)
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サビアン・シンボルによる【 新月がもたらすテーマと挑戦 】
*ここではデーン・ルージャー(ルディアー)版やマーク・エドモンド・ジョーンズ版の解釈ではなく、透視家エルシィ・ウィーラーの伝えた象徴の言葉をそのまま書き写した「オリジナル版サビアン・シンボル」を使ったブレイン・ボヴィの解釈を参考にし、アスペクトを加味して読んでいます。
*テーマはひとつの意識の流れを表したものです。この流れは順不同に現れたり循環したり、ひとつだけ突出して感じられる場合もあります。また、解釈の内容はその時々のアスペクトを意識しながら抽出しています。


【月・太陽 ♊️ 双子座02°~03°― 発効期:5/23~6/20 】
🌑🌞“Santa Claus filling stockings furtively”
   『こっそりと靴下をいっぱいに満たすサンタクロース
            ↓
🌑🌞“The garden of the Tuileries”
   『テュイルリー公園

【新月のテーマがもたらす雰囲気と挑戦(順不同)】
ひとによっては数日前から前倒しで感じられると思います。
今回は新月から満月を経て次の新月まで共振し続けるキーワードを抽出しています。
シンボルは多くのテーマをはらんでいます。沢山の中からこころに引っかかるものがひとつでもあれば、それが鍵になるかもしれません。

 
→★物事の表層からは見えない深い部分に潜む真の問題に気付く必要
→★自分自身をリニューアル、または “革命”したいという密かな衝動
→★騙されているのではないか?という疑念に駆られて動く傾向
→★いかにも正当な、または高潔で寛容な態度の下に存在する動機に注意
→★無私の行為や贈り物と自己利益や損得勘定の行為を見分ける難しさ
→★必要とする時に備えて自分の大切なものをしまっておく必要
→★意味のないやり取りや実現不可能で矛盾した社会的理想への逃避傾向
→★そのときどきの底流を見極めながら富の分配方法を制御する必要
→★安定した社会やスペースを維持するためにルールを遵守する必要
→★社会や文化によって規定された秩序の中で自分の力量を発揮していく
→★政治的なゲームの大詰めで相手を最終的に打ち負かす戦略を練る
→★課された制約に悩まされ、嫌気が差して反乱をもくろむ傾向
→★秘密を護り黙するべき時を知り、胸に抱く戦略を覆い隠す必要
→★規定された物事の範囲内で斬新なアイデアをひねり出していく
→★社会に溶け込みながら存在する得体の知れぬ共同体に留意
→★四角四面の世の中全てを遠目に見て笑っていたい気分
→★共同体の福祉を護るために防御体制を取っておく必要
→★歴史が培った文化からインスピレーションを受けて新しい道を見出す
→★感覚を研ぎ澄ませ、二極化していく流れを用心深く見ていく
→★自分の「影」を通して見る他者は自分自身でもあることを知る…→


エネルギーのポイント:

 前回の新月:『遠方に視線を定めて手の届くところから始める』
             
 今回の新月:『本質は盤上に非ずして表層は全てゲームと知る
                               

200523NM


NGC1300


★5月新月の星模様とチャレンジ ★


🌚 新月:双子座2°04’

~ざっと見のアスペクトあれこれ~

⭐️双子座の新月が逆行の水瓶座土星・パラスとトライン

⭐️双子座の逆行金星・水星(とアスボルス、ワイルド、ライ、エウリュディケ)
 のコンジャンクションが魚座の海王星とスクエア

⭐️魚座の海王星と天秤座の逆行ジュノーがクインデチレ

⭐️魚座の火星とジュノーがクインカンクス

⭐️ASCの牡羊座エリスが山羊座の冥王星・蟹座のキラルスとTスクエア

⭐️山羊座の冥王星と乙女座の逆行オルクスがセスキスクエア

⭐️魚座の火星と乙女座のハザード、双子座のアトロポスがTスクエア
(何かへの依存症、中毒、危険な恋愛に注意。またはカルミックな絆の場合も)

⭐️火星とオルクス(審判)がオポジション(28日ごろ最盛期)

⭐️山羊座の木星とラスト(欲望)がコンジャンクト

⭐️オルクスと水瓶座のインシデンティアがクインカンクス

⭐️IC上のルシファー(自らを試す踏み絵)がネッソス(カルマ)レクイエム(死を想え)パンドラ(情報の黒雲、好奇心と進化への要望を満たすデータ)にトライン

⭐️牡牛座の天王星と蠍座のストーム、ティフォンがオポジション
(これは正確な形成が20日前後なので、18日の豪雨や昨日ミシガン州中部を襲った洪水として現象化したかもしれない)

~スケジュールざっと~

前回の新月で、水星OOBと書いたつもりが誤って火星と書いてしまい、そのまんま頭の中で1ヵ月近く誤変換されていました。謹んで訂正し、お詫びいたします..!🙇‍♀️

5月25日:OOBの金星と火星(これは本当に火星)がパラレル

5月27日:水星がOOB最大角25°40’

6月2日まで:金星がOOB
        金星・水星のダブルOOB

6月2日:水星が逆行のシャドウ入り

6月6日:射手座15°34’で満月・半影月食!

6月10日:水星がOOBを抜ける

6月18日~7月12日:水星が逆行(蟹座14°45’〜5°29’)

6月18日~21日夏至~25日:金星と水星のダブル逆行期

6月21日:夏至と同日に起きるNノード金環蝕! 蟹座0°21’(強力)

6月25日:金星が双子座5°20’から順行


~アスペクト雑観~

  がっしりと物質的な重みを持つ牡牛座から、軽やかさ(言語と思考)がセールスポイントでもある風性サインの双子座に入ってまもなく起きるこの新月。エネルギーの中心が少し上方に移動してくる感じがあるかもしれない。けれど一方ではシンボルのテーマを見てもかなり社会的な面が強調されるので、ちょっと面倒臭そう..なんて感じるひともいるかな..。キーワードに示されたテーマの詳細についてはシンボルの説明を見てほしいけれど、今回形成されるアスペクトだけでもけっこうクセ者揃いに見える。


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  まず金星・水星ダブルOOBは続行中で、過剰になりがちなひとびとの「気」はますますぶっ飛び気味になりそう。コロナ禍の下で皆のストレスが増大する中、このところ世の中では、深掘りすれば色々な事実が絡み合ってひとつの物事が起きているにもかかわらず、表層を切り取ったり端折ったりで「黒」か「白」のどちらかに偏った論調が流布されがち。しかもネットの世界では、識者や政治家、著名人ばかりでなくアノニマスな市井の一員らしい “白い衣” をまといつつ、典型的なプロパガンダ話法や言い回しを駆使した「伝聞」を巧妙に操るひとがいるかと思えば、BOTを駆使したバブル戦法で論調を過剰(OOB)に強化する “非実在歩兵” まで現れ、互いに白熱した言論ゲームを繰り広げている。

それは一見、ひとびとの声が政治を動かしているかに見える。けれど、次々と明るみに出る事実は流れを逆転させたりまた反転したりで、誰が何をどう操っているかさえも判然としなくなっている(魚座の海王星)。またこの新月図ではASCにエリスが来ていることから、譲り合いの精神なく徹底して自分の路線を貫き、相手のことばを聞かない傾向や、もともと古くからくすぶっていた不和をかき混ぜて新たな火種にするような心理に導かれやすいところがある。ASCのエリスと10室の冥王星、4室のキラルスはTスクエアであり、浮上する不和の火種が燃え上がるのがひとびとと施政者との関係だということを示している。それはそのまま、エリスから投影された加害者(冥王星)と犠牲者(キラルス)の像となって印象付けられやすいのではないだろうか。さらに、ICにはルシファーが乗り、魚座のネッソス、レクイエム、パンドラとはトラインを形成している。またMCには小惑星ソフロシネとマニアックがタイトにコンジャンクトしている。

これはまた、それぞれに異なる複数の意識的なプレイヤー、それに連なる義務付けられた要員、そして好みの曲調に合った正義の松明を選び、ともに『納屋のダンス』(金星逆行開始度数のサビアン・シンボル)を延々と踊るわたし達...という構図にも見える。はたして「白か?」それともやっぱり「黒なのか?」 互いに白黒を投影しあい、結局はどちらも交じり合うことのないグレイな文脈。もちろんこれは世界的な傾向でもあり、米国でも秋の大統領選を前にロシアンゲートVSオバマゲートに始まってトランプ大統領への攻撃もいよいよ激しく、対抗するバイデン氏にも様々なスキャンダルが取り沙汰される一方で脇役も次から次へと登場するなど、Twitterを含む政治の大舞台では わけのわからないいくつもの物語が錯綜しながら演じられている。


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  こんなとき、自分自身を大切に扱う方法は「踊らされるのではなく、自ら選んで踊るか、または一切踊らないこと」。たとえば(前にも何かのときに言ったけれど)『なんて酷いんだ!そんなことがあるなんて信じられない。このまま放っておいたら大変だ!』と “感じる”ような出来事に遭遇したら、脊髄反射せずに情報を深掘りしてみるしかない。正反対の情報も集める。可能なら出来事の中枢に近いソースをたぐり寄せる。そして全てのパズルのピースを眺めて思考を巡らし、自分なりの立脚点や疑問点を見出す。べつに早々に結論を出す必要もない。もちろん、昨今は毎日が情報の嵐みたいなものだし、いちいち気にしてはいられないのも事実だけれど。それでも常に自分の想いに責任を負うようにすること(誰に対して? もちろん自分に対して)は、日常の私的体験をより深めるためのウォーミングアップにはなるはず。もしそれを面倒に感じるとすれば、単に溜まりきったフラストレーションがはけ口を求めて何か行動を起こしたがっているだけかも。 情報過多になりがちで、どちらかというとADHD気味な傾向を加速しそうな今回の新月では、精神の疲れを癒やすことに集中していくほうがずっと健全かもしれない。

これは前回も書いたけれど..もう一度念のために触れておくと、ひとびとの「気」が過剰になりやすいときは、大地のエネルギーも活性化しやすい。地震、嵐、豪雨、暴風などの自然現象。事故や火事などの人災、争いやテロ、殺傷事件、冤罪や魔女狩りなど、何でもありの動乱期は今後もしばらく続くと思うので、冷静さと寛容を保てるように気をつけたいとき。神経が興奮しやすいときでもあるので睡眠不足にも気をつけてね。


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  ところでこの新月が起きる双子座2°台は、双子座の第1ディーカンに含まれる。ここはレイジングブルの牡牛座からプレアデス星団、そしてペルセウス座が拡がる領域で、良くも悪くもかなりアグレッシブなエネルギーに満ちているところ。そして無数の過去生の中で、厳しい経験の中から多くを学んできた古い魂が息づくとされている空間でもある。そこでひさびさにダイアナ・K・ローゼンバーグの『Secrets of the Ancient Sky Vol.1』を開いてみると、ここにはペルセウス座の恒星ミルファクが位置していた。

この星は「闘争」「政治」「軍事」に関連しており、しかも「感情的に」それらを必要としているのだそう。また知性に恵まれ「他者を救いたい」「癒やしたい」という強い想いを放射する反面、「徹底的に打ち据える者」でもあるという二面性を持っている。また「嘘」「取引」が絡む事件や物事にも関連すると言われる。

このミルファクの象意を「古い魂」というキーワードに当てはめてみると、やはりここでも政治力を駆使して力の闘争をくぐり抜けてきた、ペルセウス的戦士の姿が浮かび上がってくる。なので「善」VS 「悪」、「白」VS「黒」という苛酷な争いと、実はどちらの側も「質」としては互いに入れ子になっているという二面性を持ち、それゆえに果てしない闘争を必要としてきた... とも考えられる。ただ、すでに数多くの経験を経てきた古い魂は、おおかたのカルマを清算し終えてきたのかもしれない。そしてちょうど「ヤヌス度数」のように、新しい一歩を踏み出す前に立ち止まり、後ろをふり返ってやり残してきた何かを感じ、反芻もしながら、それでも「もう前へと進まねばならない」という強い引力を感じているように思える。

だから逆行の金星・水星のダブルOOBとアスボルス(体の声を聴け)のコンジャンクションが魚座の海王星にスクエアを形成するこの新月では、「古い敵」と再び邂逅し、落ち着きなく騒ぐこころや鋭い舌鋒がもたらす「過去の残像」と直面して「カルミックな因縁」がもうほとんど清算寸前に来ていることを確認する作業が必要になるひとがいるかもしれない。

それは古い傷がもたらす互いの「影」ではあるけれど、暗闇の中で影を識別することは出来ない。とは言っても、この領域でまばゆい光を当てることは困難だと思う。ならば(もし気が向いたら)自分の細胞のひとつひとつに焼き付けられた過去の記憶を辿り、そのなまなましい声を聴くような感覚を試してみるのもいいかもしれない。この新月は水瓶座の土星(とパラス/政治 — 公正さとは何か?)とはトラインを形成している。そしてオーブを多めに取るなら天秤座を逆行中のジュノーを加えてGトラインになる。


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  そのジュノーは魚座の海王星とはクインデチレであり、火星とはクインカンクスを形成中。海王星は『共同体、またはともに働く必要がある状況にあって互いの決定的な違いを認識する、そして(または)全体の目的のために妥協する』というテーマの位置にある。クインデチレなので、見えそうで見えない...ことばは喉まで出かかっているのに、そのことばが何かを思い出せない...というような、もどかしさや悩ましさも感じられそう。また火星は「護ってもらう代わりに妥協を受け入れるか、個を貫くために逃亡するか、あるいは互いに境界線を引くか」という選択の位置にある。ジュノーとはクインカンクスなので、やはり何か細部を調整していく必要がありそう。

E.フランシス・コポリーノはこのジュノーに『(パートナーに対して)言いたいのにけっして口にすることが出来なかったことば』という象意を与えているけれど、それは言い得ているかもしれない。この新月図でのジュノーが位置するのは天秤座5°台で、「全体像を見通すレンズの奥行き」というキーワードを持っている。けれど頑なになってしまえばこのレンズは使えない。心当たりのあるひとは、柔軟で、ある意味 “戦略的” な姿勢を取って相手(または周囲)と向かい合えると良さそう。もし苛立ちから遠い争いの記憶が蘇ってきたとしても、それ自体が突破口になって、最終的には厚い壁を破れる可能性が潜んでいると思う。

  そんなこんなで思いつくままにいろいろ書いてみたけれど。少しでも、ひょっとしたら文脈ではなくたったひとつのワードであっても、何かの参考になれば嬉しいです。ではサビアン・シンボルに行ってみましょう。


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★5月新月のサビアン・シンボル★


新月のベースとなるシンボル:
双子座2°『こっそりと靴下をいっぱいに満たすサンタクロース』


  今回のベース・シンボルにはちょっと季節外れにも思えるサンタクロースが出て来ます。子供達が眠る夜中、しんしんと降る雪。どこからともなく聞こえてくる鈴の音。空を駆け巡るトナカイ達に引かれた橇... そしてベッドサイドに吊した靴下の中にプレゼントを入れようとこっそりと忍び寄る、まっ白な髭を生やしたサンタクロース...。まるでファンタジックな童話の一シーンですね。でも、ここは双子座の第1ディーカン。ってことは、そんなにスイートなテーマでもなさそう。。


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  サンタクロースとは、子供達の夢の中に存在し、無償の愛でステキなおもちゃをプレゼントしてくれる優しい守護聖人です。富める家の子にも貧しい家の子にも分け隔てなく、愛と優しさをそっと届けてくれます。けれど現実の世界では… 彼は赤と白の衣装に真っ白な付けヒゲをつけて “扮装” した誰か...(もしかしたら両親のどちらか)なのです。だからこそ、幼い子らの無垢な「夢」を壊さないように、子供達がぐっすりと眠っているうちに “こっそりと” 靴下を満たす必要があります。

一方「サンタクロースを信じること」は、親の庇護の下に生きることの出来る子供時代の特権だと言えるかもしれません。文明社会では素朴にサンタさんを信じるようなこころの状態を「卒業」すること=大人への階段を昇ることにもなるからです。ならば「大人になる」ということは、見返りもなにもない夢の贈り物を受け取る歓びと驚きを手放し、無償の愛で包んでもらえる夢の国への架け橋を否定することと引き換えに、虚実の境界線 =「限界」を受け入れ、「不完全な存在のひとりとして共同体をともに支える一員になっていくこと」を意味するのかもしれません。

けれど大人の世界にだって「夢」と「現実」は共存しています。この双生児の世界  ―  二元の世界では、「夢」を紡ぐために秘密裡になされる行為がいつも純粋な動機によるとは限りません。本来の自分とは全く異なる姿に扮装して夜の闇にこっそりとまぎれ、与えるフリをしながら大切な何かを盗んでいくひとびとも沢山存在するからです。...実際、そんな現実世界にわたし達は生きています。


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  イメージの中のサンタクロースは「純粋に与え、純粋に受け取る」無垢な行為の象徴でした。その本質には「義務」も「犠牲」も「恩義」も存在する余地はありません。あるのはただ、相互に通い合う「無記名の信頼」だけ。けれど残念ながらどんどん複雑になっていく実社会において、計算もなければ一点の曇りもない相互信頼のやり取りを見出すのはとても難しくなっています。

一期一会の刻なら、ふとした触れあいのうちにそれが起きる可能性はある。また多くのひと達が余裕のある暮らしをしていれば、その種の行為は自然な所作として自ずと起きてくるのかもしれない。でも、もし何か急に非常事態が起きて、ひとりひとりに他を思いやる余裕がなくなったら? そんなときは、おそらく皆が自分自身や身の回りをまず護ろうとするでしょう。それは厳しい社会を生き延びるために必要な、生き物としての本能だと思います。

けれどそんなとき、もし寛容な精神を発揮して無償の大盤振る舞いをするひと(や集団)が現れたら? 彼/彼らの行為は多くのひと達を感動させ、喝采と称賛を浴びるかもしれません。けれど一方ではその動機を疑ってかかるひと達も出るのではないでしょうか。たとえば「自分の手の内に取り込もうとしているのでは?」「きっと何か思惑か下心があるに違いない」「偽善だ」「売名行為だ」あるいは「あんなもの、少なすぎて何の役にも立たない」「そんなに持っているならもっとよこせ。当然の権利だ」などなど、口さがないひとびとは後を絶たないでしょう。また、もし本当にサンタクロースが現れて靴下にプレゼントを入れてくれたのだとしても、中身が期待したものではなかったり、他のひとより少なかったりしたら? やはり失望したり不満を抱くひとはいるでしょう。だってサンタクロースなら、みんなの夢や欲しいものをちゃんとわかってくれてるはず。アイツはあんなにいい物をもらえたのに、なんで自分にはコレなの? サンタなのに、何もわかっちゃいないじゃないか! 疑惑は次々に別の疑惑を呼び、怒りはどんどん膨らんでいきます。


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  本来は偶発的な想いが生み出す、純粋でシンプルな行為であるはずの「与えること」と「受け取ること」。けれど、人間社会ではそこに余計なシャドウが沢山まとわりついてきます。たとえば...

「それは本当に見たとおり、聞いたとおりの無償行為なのか?」

それとも

「上辺の衣装の下に何か別の考えや目的を隠し持っているのか?」

あるいは

「その両方が半分ずつ混ざったような、複雑な思惑があるのか?」

そして

「何か返礼をしておくべきか?」
「いや、ここで防御しておかないと後が怖いんじゃないか?」

こうした思考はわたし達が生きる取引社会においては身を護るための知恵だとも言えるでしょう。けれど過剰防衛に走れば、社会的な信頼関係を破壊する原因にもなります。だからそれぞれの問いに対し、どこまでを受け入れ、どこから先を拒絶し、どこまで見返りを考えるべきかという問題が出てきます。「与えること」と「受け取ること」が、行く行くは「奪い合うこと」に変わってしまわないように...。


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  「夢の世界に存在する幻像」を実世界に描き出すこと。それは大人の世界では「演じること」に通じるのかもしれません。けれど、たとえ台本どおりに演じるのだとしても、演者はそこに描かれた「ストーリーの本質」を表現し切るだけの術を持つ必要があるでしょう。形ばかりでは本質のない泡のようなものだからです。そして観る側もまた、衣装や表情、声音の下から溢れ出る「物語の本質」をすくい取る必要があります。為される行為の大元の底流には、いったいどんな物語があるのだろう? それこそが、この大人の世界 ― 二元の世界 ― で「演者」と「観客」、「与える者」と「受け取る者」が対等に渡り合い、信頼しあう余地を持つ唯一の領域なのだから。

では、このシンボルのエネルギーが向かう「Where to」または補完度数(相互に底流となって意味を補完しあっている組み合わせ)である対向の射手座2°台を覗いてみましょう。シンボルは『白い波頭に覆われる海』です。このシンボルはちょっと複雑です。


  広い広い海。強い風が吹いて、海面は見渡す限り白い波頭に覆われています。白い波頭...それを細かに見るなら、荒れ狂う風が海水の表面を白く泡立て、波立てている状態ですね。そして「海」はわたし達の無意識を象徴すると言われています。デーン・ルージャーは彼の著作『アストロロジカル・マンダラ』の中で、このシンボルを『白い波頭が風の力を見せつける』という文面に書き換えました。そのシンボルではおそらく風性の双子座を意識してか、どちらかというと「風」=「スピリット」の力が強調されています。けれど実際にエルシィ・ウィーラーがサビアン・ブラザーフッドから託されて降ろしたオリジナルのシンボルは「海」、つまり人間の広大な無意識が主体となっています。そして、その表面を覆い隠す無数の白い泡、泡、泡.....


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  B.ボヴィは「泡で覆われる状態」を指す「covered with froth」という言い回しを例に挙げ、これは「実体を持たない何かによって真の実体が隠される」状況を示唆するものだと指摘していました。

また、米国では19世紀末からこのシンボルが降ろされた20世紀初めにかけて、原文で「白い波頭」を指すことばと一致するホワイトキャップス(White Caps)という名で呼ばれた “秘密組織” が存在したことを指摘しています。この白い衣装をまとった「ホワイトキャップス」という組織は、凄惨な無法ぶりで有名でした。この集団はもともとは農民の集まりで、その土地に生まれ、ともに培ったコミュニティの価値観を支えてきたひと達でした。けれど、やがて国のあちこちから流れ着いてきた無法者が増加するとともに、コミュニティの暗黙の了解や掟を踏みにじる行為が目に余るようになりました。そこで、それに対抗しようとして創られた自衛のための活動組織だったそうです。この運動は貧しい農家のひとびとのこころの内に強い共感を呼び覚ましました。そして組織が南部へと拡がっていくにつれて、その活動内容は劇的に変化していくことになったそうです。

なぜなら、当時はちょうど農業不況のあおりを受けて多くの農家が貧困の苦しみを味わっていました。明日は飢えて死ぬかもしれない... そんな恐怖と不満が溜まりきっていた中で、人々は自分達にお金を貸し付けていた商人達や、その下で働く黒人労働者への妬みと憎しみを募らせていきました。そしてホワイトキャップスの活動は、やがて怒りの炎に煽られるように「諸悪の根源を排斥する運動」へと変化していったと記録されています。


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   彼らは「持たざる者」の特権として陰湿な嫌がらせや人種差別の絡んだひどい集団暴力をふるい、「持つ者」「悪い敵」を痛めつけたといいます。少しでも「富む者」と見なされたひと達は地位や財産を奪われ、鞭打ち、焼き討ち、脅しやリンチによってその土地から追い出されました。そのやり方は中世の魔女狩りにも似たものであり、伝聞さえあれば事実など気にする者はいなかったとされます。そして、やがてこの動きは郡から州ぐるみへと集団ヒステリーとなって拡がったそうです。当時は裁判官の中にさえ組織のシンパが潜入していたため、被害者達は十分な法的な保護も受けられなかったという記録があります。

けれどこうした騒動は、結局は彼らの地域に花開くはずだった新しいビジネスの気運を根絶やしにしてしまいました。そしてその結果、地域全体により大きな貧困の苦しみと衰退をもたらす原因となりました。まるで、深海に棲む大蛸が飢えて自分の脚を喰らい尽くすようなものだったのかもしれません。

  高いモラルを標榜し、互いの助け合い精神から始まったはずの自衛組織が、なぜそんな無法集団になっていったのでしょう? 自分達が抱える苦しみを誰かに転嫁して「何もかもアイツらが悪い、アイツらさえいなければ!」と感じはじめたからでしょうか? それとも誰かが無垢を表す白い衣装に隠れてひとびとの内奥に潜む恐怖と怒りの火種を煽ったのでしょうか? 

このホワイトキャップスの存在をチャネラーのエルシィがどれほど明確に知っていたかは不明です。けれど、取り締まりが厳しくなった20世紀初頭でさえも構成員が存在し続けたという悪名高い組織の名と「白い波頭」のイメージが彼女の意識の中でオーバーラップしたとしても不思議ではないと思えます。


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       「白い波頭で覆われた海」とは… いったい何を指すのでしょう? ホワイトキャップスのメンバーがまとっていた白い衣。その色が象徴する純粋さと無垢さは、結局は表面的なものにしかなり得ませんでした。

「自分達だけが、白いのだ」。その下には「自分が当然受け取ってしかるべきプレゼントが届かない」「信頼を踏みにじられた」「自分へのプレゼントを奪われた」などの深い感情のもつれと抑圧した怒り、そして妬みが渦巻いていたのかもしれません。こうしたエネルギーは、溜めれば溜めるほどあらぬ方向に迸り、噴火しやすくなります。いつも自分の外側に幻の敵 … 自分の内なる不幸を映す幻像を創り出し、それを責め、叩き続けていけばどうなるでしょう。歪んだエネルギーは幻像に反射して気付かぬうちに自分自身に襲いかかってきます。そして結局は自らを弱らせ、自滅していく運命を辿ることになりそうです。

沸き立つ感情、頑なに護ろうとする信条、見せかけの論理やイデオロギーによって支えられるアイデンティティ…。極論は極論を呼び、実体の無い「泡 ― バブル」と化した言論はみるみるうちに拡がって、やがて水面を覆い隠します。そして、より深く豊かな海 ― 未踏の無意識の底流 ― に眠る資源を汲み上げる力、鋭い感性と思考力をにぶらせていくかもしれません。


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  ここは物質の重みと「持てること」の豊かさや安全性を追求してきた牡牛座を離れ、まだ双子座に入ったばかりの2°台です。ズシリとした安定感から切り離された精神は、ここで「風 ― 思考・精神」の作用と力を学んでいくことになります。けれど世の中に吹き荒れる暴風… あるいは荒れ狂う精神さえも、ここではまだ「海の表面を波立たせる力」しか持ち得ません。それを演じること=自己表現とパフォーマンスの力と言い換えてもいいでしょう。

また、その表層に立つ波のそれぞれがわたし達の瞬時の思考、雑多な想いだとすれば、その下に拡がる内奥の「深海」は常に手つかずのまま、ひっそりとダイバーが降りてくるのを待っています。あるいはそれぞれの波と泡がわたし達ひとりひとりの姿だとすれば、その下には集合無意識という膨大な可能性の深海が拡がっています。そこにはどんな光景が拡がっているのでしょう? 

  双子座2°で、闇に隠れてこっそりとプレゼントを配るサンタクロース。もしかしたら、その赤と白に彩られたお決まりの衣装の下には、果てしなく豊かな無垢の闇が拡がっているのかもしれません。では実のところ、そこにはいったい何が隠されているんだろう? 実体のない幻? 嘘にまみれた利己的な企み? 与えあうことによって愛を感じたいという願い? それとも? 

じゃ、「サンタの帽子」と「ホワイト・キャップ」の対比はどうだろう? どちらも帽子を指すけれど、誰がどう被っているのか? 帽子とは「頭」を覆い隠すもの。強烈な日射しから護るもの。または自分の髪色や形が他者から見えないようにするもの。あのひとは、どんな帽子を被っているんだろう? そして、わたし自身は?


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  その正体を見極め、そのときに応じて決定していくのはひとりひとりの「わたし」の力です。なぜなら、プレゼントを贈るのも、それを受け取るのも、あるいは誰かに奪わせるのも...そしてサンタクロースが実は誰なのかを知っているのも... 本当は他ならぬわたし達自身なのですから。


新月のメイン・シンボル:
双子座3°『テュイルリー公園』


  さて、新月がメインで取っていくエネルギーに行きましょう。双子座3°のシンボルは『テュイルリー公園』です。このシンボルにもかなり社会的なイメージがありますね。これはパリ最古と言われ、フランス式の左右対称形を守って造成された広大な公園で、その中には二つの美術館が建っています。

この庭園は、もともとは16~17世紀にかけて王母カトリーヌ・ド・メディシスが長い年月をかけて建造させた壮麗な宮殿の庭として、造園師ル・ノートルによって造られたものでした。けれどその宮殿は、後の19世紀に「パリ・コミューン」(プロレタリアート独裁による自治政府を宣言した革命運動)の蜂起によって戦いの場となり、残念なことに焼失してしまったそうです。


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  パリ・コミューン自体は2ヵ月あまりで鎮圧されました。けれどこの民衆蜂起は、彼らが掲げた共同体の原理と社会主義革命という原則がそれまでの「法と秩序」の原理とはあまりに対照的だったため、大きなインパクトを持って世の中に受け止められました。そしてその後のフランスにおける社会主義と共和制の確立に多大な影響を与えたと言われています。

革命当時に焼失したこの宮殿は、過去の王政の遺物と見なされていたため、再建されることはありませんでした。けれど、噴水や彫刻で飾られたこの美しい庭園はそのまま残され、今は過去の文化の頂点を表現する不動の創造性(このことば自体矛盾を孕んでいるように思えますが)の象徴となって整備され、皆が利用出来る公園としての新しい役割を与えられています。ちなみに「テュイルリー」という名は、以前庭園の一部だった中庭部分に敷き詰められていた「タイル」から来ており、その昔ここにはタイルや瓦(テュイール)を製造する工場が存在したのだそうです。

ではこのシンボルは、世界がバランスを崩して厳しい戦いが始まり、そのことを通して過去が失われていくこと、それでもなお残ったものの中には、伝統によって培われた「均衡の美」が厳然と存在し続けることを語りかけているのでしょうか? 

  このシンボルが暗示する「革命」とは、全てを根こそぎ破壊し尽くす流血と破壊の道ではなく、美は美と認めて新しい光を当て、新たな役割の中に活かしていく道なのでしょうか? もしそうなら、それは善悪、黒白、左右、新旧、貧富、老若、男女…云々という区別を超え、分けへだてない眼で対象の本質を見つめ尽くしたうえで得られるもの。単なる頭の良さではなく、誠実な知性によってのみ成し遂げられるものなのでしょう。

殺すのではなく、より良く生かすための新しい規律。“左右対称” の中庸性。あるいは、やがては必ず滅びゆく建造物としての肉体が持つ身の謙虚さを通して呼び込む、新しい波。変化し続けながらの、不滅。…実際、そんな感じの内的自己革命を何度も何度も体験してみないと、本当は社会の革命など、いえ自分自身を革命することさえ不可能なのかもしれません。


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  では、この度数の「where to」、あるいは補完の働きをする度数である射手座3°はどうでしょう? シンボルは『チェスをする二人の男』です。

チェスとはタイル状、あるいは市松模様の盤上で二人の王が戦うゲームです。その盤面はほとんどの場合、黒と白の四角いタイル状に分けて描かれ、一辺に8枚ずつ正方形が敷き詰められた形状になっています。

さぁ、ここにも「タイル」というキーワードが出て来ます。「タイル」の語源はラテン語の「tegere/テジェーレ」で、「何かを覆う」「カバーする」という意味があります。これは家の壁面をタイル張りにして強化したり、雨風から護るために屋根を葺くといった行為を指すことばになります。またB.ボヴィは、これをラテン語で建築学上の「テクネ」にあたる技術的な原型、つまり「築く」「覆う」「組み上げる」という三つのスキルの軸となるイメージとして解析出来ると指摘していました。

また「覆う」に対し、反対に「覆いを外す」と言えば、「護ること」に対抗して「検出する」「見つけ出す」「さらす」ということばが浮かび上がってきます。そして「タイル」はまた、古い時代のスラングでは「帽子」を意味していました。かなりくだけた言い回しであるこのことばは「家のてっぺんの屋根を覆うタイル」と「体のてっぺんにある頭を覆う帽子」というイメージがオーバーラップして生まれたのだそうです。こうして「ことば」を通したイメージの連鎖が顕れてくるというのは、とても双子座らしい反映の仕方ですね。


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  「覆う」「覆い隠す」「護る」「防ぐ」。そして「築く」「覆う」「組み上げる」。それに対する「見つけ出す」「さらす」、そして「壊す」「さらけ出す」「解体する」または「ほどく」。 さて、これらのことばの群から浮上してくる心理的なイメージとは何でしょう? 何となく...対人関係や政治上の駆け引き、戦い、企み、陰謀なんてことばが浮かんできそうな気がします。また、B.ボヴィは謎めいた組織として語られることの多いフリーメーソンを例に挙げ、「To tile a lodge(ロッジのドアをタイルで固める)」というフレーズには「組織の中枢部に初心者や見知らぬ者が入り込まないようにする」という防衛戦略の意味があるとも指摘していました。

では「チェス」の語源を見てみましょう。これもやはり古い時代(文語調)のフランス語「esches/エッシュ」で、敵方に対して「もう後がないぞ」「危険の淵にいるぞ」と警告するときに発する間投詞、つまり「チェック!= 王手!」という叫びでした。

  チェスは厳格に定められた規則に従って32個の駒を動かしていく、非常に高い練度を必要とする戦いのゲームです。ひとつひとつの駒は、その種類(階級)ごとに動ける範囲が決められています。そんな厳しいルールに基づいてプレイするとき、このゲームはわたし達に、相手を読み、先を見越して戦うための、鋭い知性と深い戦略を要求してきます。また、一度立てた戦略に固執したりせず、相手の出方によって柔軟に戦法を変え、意表を突いたりヒラリとかわしたりする変わり身の早さも必要になるでしょう。おそらくそこには、この対向する射手座の度数が鏡となって映し出す、双子座的な創造性が潜んでいるのかもしれません。

けれど、チェスには厳格なルールがあります。それを無視して勝手に駒を動かすことは出来ません。そんなことをすれば、チェスというゲームの世界自体が崩壊してしまいます。王であり統率者であるプレイヤーの存在は、キングの駒に象徴されています。そのキングに双方のポーン — 歩兵 — が離れたところから一斉に襲いかかってチェックメイトとなれば、それは「革命」です。 そして文化の粋を集めて建造されたテュイルリー宮殿は炎上し、燃え落ちていきます。やりたい放題の混乱の中では、エンドゲームを宣言する者など存在しません。やがては今、公園として残されているテュイルリーの庭園も火炎に包まれて燃え尽きてしまうでしょう。歴史の中で古のひとびとが営々と積み上げてきた優れた文化も芸術も、富も誇りも...全てが消え去った後は、混沌と喪失感だけが残るのかもしれません。そして僅かに残ったリソースを奪い合うむき出しの欲望に鼓舞された(ある意味純粋とも言える)生々しい闘争を経て、全てが新たに始まっていくのかもしれません。


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  「革命」とは、既存のルールや規則、規範、秩序を拒絶し、破壊し、何か全く別の新しい体制を打ち立てようとする企てです。けれどテュイルリー公園には、17世紀に設計された秩序正しく規則にのっとって設計されたバランスの美が、今も残されています。この対比は、わたし達に何を示唆しているでしょうか?

  世界は今、混沌の中にあります。COVID-19の感染者数は落ちてきたように見えるけれど、まだけっして油断出来る状態ではありません。おそらくまだ先がありそうです。他にも、世界ではこれから先に驚くようなことが起きてくる可能性があります。

だからわたし達は今、ある種の戦いの中に在るのかもしれません。コロナ禍の中で、自分や家族が病に倒れたひと。仕事の先が見えず、金銭的な戦いを余儀なくされているひと。目的としていたことが全て取りやめになって、夢が打ち砕かれたひと。怖れや不安との戦い、誹謗中傷との戦い。あるいは隠していた秘密が露呈したひと。または身に覚えのない疑いをかけられているひと。自由が利かなくなって苦しんでいるひと。対人関係や愛情関係のもつれに悩むひと。介護や子供の問題で疲労困憊しているひと。明確な「敵」の出現を前にして、これからの戦い方に頭を悩ませているひと。そして、自分が行くべき道を探りながら、先が見えずに落ち込んでいるひと...。挙げればキリがないほどに。もちろん、どれほど切迫しているかには差があるとしても、みんなそれぞれに通り抜け、切り抜けていかなければならない物事を抱えているのではないでしょうか?


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  この新月のシンボルが指し示すテーマは、「戦い方」です。それはまず、自分自身の内的宇宙に革命を起こしていくことから始まるのかもしれません。そして外の世界に対しては、既存の規範やルールの中で秩序を護りながら、どれだけ柔軟に物事を考えていけるかという勝負になります。何生もの人生で積み上げてきた「わたし」という内的な歴史には、それぞれに見るべき「美」があるはず。そして向かうべき方向があるはず。何を燃やし尽くし、打ち破り、何を大切に遺していくのか?

  今は「敵」を間違えないことがとても重要です。それは「わたし」の内側に、遠い記憶の底流に、この瞬間も息づいている「何者か」です。

だから

プレイヤーとして、内的宇宙の王として、それが何であるかを見極めていきましょう。なぜなら、人生はたったひとつの命をかけた、とても真剣なゲームかもしれない。

ならば...

  遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん

  遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動がるれ ♪


この歌は、この新月を迎えるわたしたちに相応しいテーマソングなのかもしれません...



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have a great trek!!!★

hiyoka(^_^



hiyoka_blue at 23:40|PermalinkComments(6)

April 22, 2020

🌑4/23の新月―みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)

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    新月は前回からの課題を経て、次の新月までの約1ヶ月をかけて取り組む新しいテーマが開示される時。 そしてこれは生まれた星座に関係なく、地球に生きるわたし達みんなに平等に降り注ぐエネルギーです。わたし達はこのエネルギーを使って日々、自分なりに考え行動していきます。その現れはひとの数だけ様々ですが、やがてはお互いに影響しあいながら、社会・国・世界の潮流を作っていきます。これは言い換えると、わたし達を取り囲む「空間の雰囲気」です。星読みの世界から見れば、誰もがその中で生き、そのテーマに呼応して・・(素直になったり、反抗したり、無視したりしながら・・)自分なりの人生を創造していると言えます。 その意味でも、刻々と変容していく惑星エネルギーの流れをおおまかに知っておくことは、きっと何かの役に立つのではないでしょうか。
    例えば... シンボルの光景やキーワードを覚えておくだけでも、何かに迷った時の指針になるはず。ではでは今月も行ってみます!(^_-)
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★新月タイムスケジュール★
願い事やアファメーション、ヒーリング・メディテーションなどしたい方は、もし可能ならこの時間帯に合わせてみてください。エネルギーの高まりを感じとれると思います。(^_^)

【地方平均太陽時: ソーラータイム(LMT) 】
東京・関東ローカルで  4月23日11:46前後、北海道周辺で 11:52前後、関西方面(日本標準時ならこの時間)は11:26、沖縄周辺では10:56前後に牡牛座 03°24’ で新月となります。

前回の新月のテーマについてはココをご覧ください。
 (満月のサブテーマはTwitterに投稿しました)
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サビアン・シンボルによる【 新月がもたらすテーマと挑戦 】
*ここではデーン・ルージャー(ルディアー)版やマーク・エドモンド・ジョーンズ版の解釈ではなく、透視家エルシィ・ウィーラーの伝えた象徴の言葉をそのまま書き写した「オリジナル版サビアン・シンボル」を使ったブレイン・ボヴィの解釈を参考にし、アスペクトを加味して読んでいます。
*テーマはひとつの意識の流れを表したものです。この流れは順不同に現れたり循環したり、ひとつだけ突出して感じられる場合もあります。また、解釈の内容はその時々のアスペクトを意識しながら抽出しています。


【月・太陽 ♉️牡牛座03°~04°― 発効期:4/23~5/22 】

→🌑🌞“Steps up to a lawn blooming with clover”
   『クローバーの花咲く芝地へと昇る階段
            ↓
→🌑🌞“The rainbow’s pot of gold”
   『虹のたもとの黄金入りの壺

【テーマがもたらす雰囲気と挑戦(順不同)】
※ひとによっては数日前から前倒しで感じられると思います。
※今回は新月から満月を経て次の新月まで共振し続けるキーワードを抽出しています。

 
→★胸に想い描く何かに向かって今出来る努力を続ける
→★今必要不可欠な「協働」のための必要不可欠な忍耐力
→★全員をまとめる、または行動を起こすために必須の明確なプラン
→★自分の奥底に存在する「自然の秩序」との繫がりを大事にする
→★確かな手順を段階的に積み重ねていくことの重要性に気付く
→★共同体が課してくる重圧を乗り越えて自分の視座を転換していく
→★あれこれと落ち着かない状況の中で
    芽生える自然の流れに任せていこうという気持ち
→★胸に理想を抱きながらも常に足許を忘れずに見ていく
→★今すでに自分の手中にあるものが未来を創っていくことへの信頼、
    (または)手が届かないと感じるものへの苛立ち
→★他者とともにおおらかに楽しむことで得られる高揚感と…
    (または)右へ倣えの行動では満たされない自分自身の本質
→★好ましい結果や報いを求める気持ちが生み出す激しいフラストレーション
→★欠乏感への怒りや焦りからの行動で無駄にエネルギーを消費する傾向
→★幾つもの人生を通じて携えてきた自分自身の「精神的伝統」に回帰する
→★本当の夢、真のプランや構想は「その時」が来るまで温めておく必要
→★差し迫った危機をひねくれた観点や歪んだフィルター越しに分析する危険
→★自らの内にともる「火」が示す地図に従って進む…→



★エネルギーのポイント:前回の新月『自分を識り、自分で立ち、全てを呼吸する』
             ↓
            今回の新月遠方に視線を定め手の届くところから始める
                               

200423NM


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★4月新月の星模様とチャレンジ ★

(主なアスペクトとスケジュールざっと)
 ※個々のアスペクトについての解説は省きます。
 何か思いついたらその都度ツイートするかもしれません😉)

新月:牡牛座3°24

〜ざっと見のアスペクトあれこれ〜

 新月が天王星とコンジャンクト 
 ◆新月と水瓶座の土星がスクエア 
 ◆新月と恒星アル・シェラタンがコンジャンクト 
 ◆新月・山羊座のフォルス・乙女座の小惑星ハザードがGトライン 
 ◆双子座の金星と小惑星ハイジーアがコンジャンクト 
 ◆ASCと小惑星グリーヴがコンジャンクト 
 ◆天王星と獅子座のグリーヴがスクエア
 ◆魚座の海王星と双子座のアスボルスがスクエア 
 山羊座の木星・冥王星に乙女座のオルクスと双子座のヴェスタ
  (とハイジーア)からクァドリフォーム 
 月のSノードとイクシオンがコンジャンクト 
 月のノード軸と小惑星コロニスがTスクエア 
 土星と小惑星ウーハン(とパラス)がコンジャンクト 
 フォルス・蟹座のルシファー・牡羊座のカイロンがTスクエア 
 蠍座の小惑星ニッポニアとジュノーから牡羊座のエリス(と水星)に
    クインカンクスとクインデチレの変形YOD etc.
 魚座のネッソスと双子座のヴェスタがスクエア


〜雑感など〜

 COVID-19との闘いはそろそろ落ち着きを見せるか?という雰囲気も出て来てはいるけれど、まだハザードランプは点滅中。今回は小惑星ハイジーアが金星、木星、冥王星に絡んでいることから、この新月期も引き続き衛生・健康面が関心事の中心になりそう。また公正さ、統制力への希求は相変わらず強く、少しでもネガティブなことが出てくれば強い反応が返ってきやすい。天王星と新月、そして土星との関わりは刻々と変化し続ける状況とそれに対する疲労感や拒否感、自分の流儀に反する物事に対する怒り、そして「自粛」や「辞退」といった想いが誘発されることを示すのかも。また何度目かの節目と経済の先行きとのバランスが微妙になる中で、一層のソーシャルディスタンスの徹底が意識されそう。また、山羊座最終度数に在泊するパラスはMC/IC軸とはTスクエアになるので、雇用問題や福祉関連においては一層の公正さが要求されるのかもしれない。世界経済の先行きが大きく懸念される中で、国内外の経済情勢に左右されるこうした問題は、これからますます難しい局面を迎えるのではないだろうか? 今は「コロナ後」の世界に向けて、様々な国の政府や機関が水面下で攻防戦を開始しているのかもしれない。今後、日本独自の社会主義的な構造がどこまで持ち堪え、またはどこまで変容していくのか? (わたし程度の知識では予測もつかないけれど)予断を許さない段階に来ているように感じられる。

  ところで、水瓶座の支配星は天王星と土星。この両方が新月に絡んでスクエアを形成している。天王星は、ともすると自分だけが「わかっている」ような物事を、他者の理解などお構いなしにグイグイと進めたがる。本来なら水瓶座の土星はそんな天王星の質を抑え、あまり飛躍し過ぎず、新しい理想について他者が理解する時間と経験を与えることで、ひとびとの支持を取り付ける働きが出来る。けれど今は牡牛座の天王星とスクエアで、エネルギーが衝突しがち。天王星は自分のやり方やスピードに頑固に固執するし、それを止める者は抑圧者と見なして反抗する。そうなれば水瓶座の土星のほうもサッサと一線を引き、斜め上から目線で「あんな一人よがりじゃどうしようもないね」なんて言うかもしれない。もしこの衝突がわたし達自身の内部で起きるなら、押すのも引くのも、踏み出すことさえも出来ずに頭が堂々巡りになってうずくまる...なんてことが起きるかも? または周囲の理解の無さに「みんな揃いも揃ってバカばっかり!」なんて怒りの呟きを発してみたり。ひとによっては逆に自分の力を疑い、何かが足りない..こんなことではダメなんじゃないか?と不安に駆られるかもしれない。けれど、もしそんなことが起きるとすれば、それは惑星エネルギーに操られて自己の内部に幻想が起きていると思ったほうが良いかもしれない。

このアスペクトに限らずだけど、アストロロジーは「いかに星々の誘惑に踊らされず、それを理解した上で抗いようのない力の使い手になれるか?」という究極の挑戦という側面がある。まぁ使い手というのは極度にハードルが高いし、そんなことが本当に出来ているひとなど存在しないかもしれないけれど...。少なくとも『自分はなぜ今こう感じさせられているのか?』を知ること、そして『あぁ、そういうことなんだな』と理解しておくことは、人生の選択肢を見つける上でとても役に立つと思う。たとえ象意どおりにしか動けなかったとしても、知った上で動くのと動かされるのとでは、訪れる結果にも、自分がそれをどう受け止めるかにも、大きな違いが出るはずだから。なのでいつも『今、どんな惑星が甘いことばを囁いてるのかな? どんな惑星が喧嘩を売ってきてるんだろう?』なんて意識しておくと面白いことが起きてくるように思う。

...そう考えて見ると、水瓶座の土星と牡牛座の天王星による喧嘩 — 横やりの入れあいは、身も蓋もないほど赤裸々な現実と、理論上はこうなるはずだという理想とを、いかに忍耐強く確実に組み合わせて形にしていくかという課題にまつわる葛藤をも意味しているのかもしれない。

  コロニスがノード軸とTスクエアで、ピーク、または節目(何度も今後2週が節目と言われているけれど、2週間ごとというのはルネーション・サイクルとも同期するようで興味深い)。オルクスとヴェスタからの木星・冥王星へのクァドリフォームは、経済金融面と労働市場との舵取りにおいて重要な局面が続く様子を映し出しているように見える。またエリスに対しニッポニアとジュノーが変形YODで、新型コロナとの闘いにおいて「日本方式」を成功させようとする苦闘がここに顕れているとも考えられる。それはポストモダンを経てますます継ぎ接ぎ状態になってしまった日本という国の自我を、目に見えない部分から再生させるための試みでもあるのかもしれない。

他にネッソスとヴェスタとのタイトなスクエアも見られるが、これは現象面よりもこころの領域で発現する「念」としてのカルマの精算(おそらく哀しみや怨念という形、あるいは爆発的な怒りの形をとって無作為に放射される)を指すのかもしれない。また場合によっては自分よりも何かを「持つ者」を見て自分が損をしているのではないかと感じて過剰防衛に走ったり、強欲として表現される場合もあるので、このアスペクトがタイトに個人惑星に触れるような場合はこうした傾向に要注意かも?


〜前回掲載した少し長期的なスケジュールも念のためもう一度挙げておきます〜

4月26日:太陽・天王星がコンジャンクト

 この前後も仕事や対人関係、または社会的な分野で突然の転換や発表があるか、または本当に信頼をおけるものは何なのか(または誰なのか)を深く見通しながら進む必要が出て来るかも。もし壁に突き当たっても、何が何でもこうでなくては…と考えず、少し余裕を持って違う筋道を探してみるなどの観点を保つと良さそう。

4月3日~6月2日:牡牛座29°台から金星がアウトオブバウンズ(OOB)

 5月6日:金星OOB最大角27°48’

  5月に入って金星OOBが最大角になる前後は7日の満月を控えてひとびとの「気」が過剰になりやすいとき。また大地のエネルギーも活性化しやすいのでテロや殺傷事件、事故、地震や嵐その他の自然現象にも注意が必要かもしれない。

 5月11日:水瓶座1°台から土星が逆行開始(小惑星ダイシンサイとコンジャンクト)


 ◆5月13日: 双子座21°台から金星がOOBのまま逆行開始
(6月3日逆行中日。夏至を経て6月25日、双子座5°台から順行)

 ◆5月14日: 山羊座27°台から木星が逆行開始

  13日の金星逆行前後は気持ちのすれ違いや思い込みの強さが原因となって不要な争いが起きる可能性も。フラストレーションが溜まりやすい時期が続くため、対人関係は出来るだけ過剰期待を避けて冷静さと寛容さを心がけたい。金星逆行時には過去の恋愛やロマンスを懐かしく思い出したり、実際に再会したりする可能性がある。これがOOB期と重なるときは、やり過ぎ・行き過ぎ・一線を超える危険も考えられる。この時期は恋愛に限らずロマンティックな感性を使ってクリエイティブに楽しむには良い時期だけど、無意識に「バラ色の眼鏡」をかけている可能性も大なので、そのあたりは注意が必要かも。もしそんな誰かとの再会があったら「戦友」との再会を祝い、互いを讃えてエールを贈り合う感じが一番かもしれない。また、このあたりも突発的に何かが変化したり、隠れていた物事が明るみに出たりするような可能性を持つ。


5月17日~6月10日:火星が魚座2°台でアウトオブバウンズ(00B)

5月23日: 双子座2°04’で新月!


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★4月新月のサビアン・シンボル★


新月のベースとなるシンボル:
牡牛座3°『クローバーの花咲く芝地へと昇る階段』


  さて前回の新月期のエネルギーポイントは『自分を識り、自分で立ち、全てを呼吸する』。これはどちらかというと、ダイナミックな外界に対して内面をしっかり確立し、しかも四方に向けて開いておく... という、どちらかというと静的なイメージがありました。そして、今回新しく放射されるエネルギーのポイントは『遠方に視線を定め手の届くところから始める』。少しずつ手近なところから動いていくような感じです。この『出来るところから』『自分の足許を固めながら』という感覚は、この新月期の大きな基盤となりそう..。新月図のアングルは不動宮で、太陽と月が入るのは社会性の10室。もちろん個人単位では、それぞれのネイタル・チャートで牡牛座3°台が何室に入るかによって新月のテーマの活かし方が変わってくるけれど、日本社会全体としては、やはり政府や行政機関の動きや在り方に焦点が当たりそうです。


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  ところで今回の新月は何年か前にも体験したエネルギーです。おそらく何年かごとにルネーションが起きる度数は、今という時代に何度も経験を繰り返す必要のあるテーマなのかもしれません。で、今回の新月が放射する基盤のエネルギーは、階段を昇っていった先に広々と開けているはずの『クローバーの花咲く芝地』。これは豊かさ、そして幸運の象徴でもあります。豊かさや幸運といっても、ひとによって思い描く理想の形は様々。でも、とにかく今よりもっとずっと解放されて、自由に動けて、のんびり寝そべったり走り回ったり歌を歌ったり、何の心配も無く好きなことが出来そうな空間。とても居心地の良い場所。見渡すかぎり可憐な花が咲き乱れる芝地はどこも美しく手入れされた安全な場所です。そこでなら、きっと自分だけの四つ葉のクローバーが見つかるかもしれない…。わたし達は希望をこめて、それぞれに理想の芝地、夢のスペースを思い描いています。『こんなふうだといいのにな...』

けれど今はまだ、この丘の上に開けているはずの美しい庭園に向かい、一歩、また一歩と長い階段を上がっていく途上です。段をひとつ昇るごとに、ほんの少し景色も変わる。この先何段か上がっていくうちに、もしかしたら今とは全然違う風景が見えてくるかもしれないし、頭の中に描いていた花園の景色だって変わってしまう可能性があります。そして、最終的に辿り着く頂上の芝地がどんなところなのかも、本当は誰にもわからないのです。


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  それでも、わたし達はその階段を昇ろうとしています。一歩一歩、踏みしめながら。今出来ることを積み重ねて、いつか望みどおり手入れされた、綺麗で安全な芝地に辿り着くことを信頼しながら。どんな物事でも、ゴールに辿り着く途上には苦しいときがあります。忍耐が必要なときもあれば、途中で息切れすることだってあるでしょう(今ちょっと息切れしてるひともいるかも?)。

ではこの階段を昇る前のわたし達はどうだっだでしょう? 確かに時代の大きなシフトのとば口に立っているらしい...とは感じていました。でもそれと同時に自分個人にとっては、このまま今までと同じような道が続くのだろうと思っていたのではないでしょうか? そして突然、この世界はまるごと全く異なる空間へと押し出され、気付いたらわたし達それぞれに、何やら険しい階段を昇っている途中です。段差の大きさも、広さもその質も、わたし達それぞれに違っているのだとしても。それでも、わたし達を包み込んでいるかに見える世界そのものが、一斉に変わってしまいました。まるで夢を見ている途中で突然シーンが変わってしまうみたいに。


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  そして前回の新月あたりからは、この「時代のシフト」の第1章第2フェーズが始まりました。前回の新月期は毎日のように新しい展開があり、様々な問題が浮上してきました。そして今回、牡牛座の新月を迎えてこの度数のテーマを経験するというのは、そこに「具体的なゴール」があることを意味します。でも、今目指している「クローバーの花が咲く芝地」は、けっしてはるか遠くの「壮大な旅路の果て」ではありません。一段、一段... ひとつ、ひとつ。とにかく自分に出来ることを日々積み重ねていくこと。無理をせず、肩肘はらず、あまり頑固になったりせず。ただひたすら、まだ見ぬ花の大地を目指して足を運び、手を伸ばす。そしてときには階段に腰をかけてひと息つき、今見えている風景と自分自身とを照らし合わせながら。あるいはしばし眼を閉じ、息を整えながら。「わたし」の内側にいつも息づいているはずの、大自然の秩序を取り戻しながら...。

      では、この度数のエネルギーを補完する対向のテーマは何でしょう?... それは蠍座3°の『家の棟上げ』です。この度数は前にも何回か経験していますね。覚えているかな? その昔、まだ開拓時代の米国の家屋は巨大な材木を沢山使う必要がありました。何故なら、まだ釘も使わずに組み立てる工法だったからです。そのために人々は大きな森のある北米東海岸地域に集落を作って住み、コミュニティの誰かが家を必要としたり、教会や大きな納屋を建てるときは、何百人ものひと達が総出で共に働いたそうです。(ちなみに1800年代後半からは2×4工法が発明されて細い木材でも家が建てられるようになり、西部地域にも人が住めるようになったそうです。その頃にはシカゴが木材の集積地兼取引所となり、これが今のシカゴ商品取引所CBTの前身となりました。)


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  今回の新月のベースとなる牡牛座側の3°台が個人の歩みを示唆するのに比べ、こちらのシンボルでは明確に一つのコミュニティが出来上がっています。きっと彼らははるか上まで続く階段を見上げてため息をつくことがあっても、諦めてうずくまったりはしないでしょう。また、ここでは生きていくためにもそうするわけにはいかない事情があります。誰もがこころを揃え、必要なときに助け合う。それが厳しい開拓地で犠牲を出さずに暮らしていくための不文律であり、鉄則なのです。

  今、皆が総出で家の棟上げを行っているところです。棟上げとは、基礎作りが終わった段階で柱を立て、一番高いところに水平にわたる棟木を取り付けることを言います。それって家の骨格や構造、建物の一番大切な部分が出来上がるということ。…あとは壁や屋根をつけるだけ、という段階までいくことです。

  つまり、家を建てる ― その大地で生きるための基盤を作るためには、まずしっかりとした「構造」を造り上げることが必要。その途上では、周囲のひと達の力を借りる必要、互いに助け合う必要がどうしても出て来ます。このシンボルは、互いに目的を共有するひと達が力を出し合い助け合うことによって、自然に派生していった集合体がやがてはひとつのまとまったコミュニティへと成長していくことを示唆しています。

もちろん、その過程で経験する物事には面白くないことも沢山ありそうです。嫌なこと、面倒なことを引き受けなくてはならなかったり、ウマの合わないひとと一緒に働いたりすることだってあるかもしれません。割を食ったり不公平感を感じたり...なんてこともありがちです。それに、ルールを守ることで、「個」としての自由を束縛される面もあると思います。どう努力したって必ずどこかに不満は起きてくるし、そのうちリーダーシップを巡って醜い争いが起きるかもしれません。


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  結局のところ、わたし達がここで面と向かわなくてはならないのは壮大な力を持つ大自然ではなく、それぞれに違う個性、長所、そして欠点を持つ「わたし」の集合体。ナマのちっぽけな人間なんですね。 だからわたし達は、ともすると相手を抑えつけたりコントロール出来ると思いがちです。自分が正しい、という大前提の下で。そしてその意識は争いの種を蒔き、分裂を生み、コミュニティの構造基盤を弱め、気付かないうちに滅びへと導いていきます。

楽しいときもあれば、辛いときもある。互いに楽しみを分かち合うこともあれば、公平に我慢しあうことが必要なときだってある。それでも、とにかく今、この一段を昇るためにはここで、みんなと一緒に生きていかなくちゃならない...。 わたし達は超人じゃない。大なり小なり、ひとつのコミュニティという構造に支えられて生きてる。そしてその小さなコミュニティは、またもう一つ大きな構造によって支えられてる。社会が複雑になればなるほど、建物が立派になればなるほど、わたし達ひとりひとりは全体の構造を掴みきれない。けれど社会とは、そんな積み重ねが織り合わさることで、複雑で強固になっていくもの。だからこそ、人間は厳しい自然となんとか折り合いをつけ、こうして大地に立っていられるのかもしれない。ほころびが出たらその都度、力を合わせて繕い、新しい材料を補填しながら。ときには朽ちて倒れた柱や施行ミスで歪んだ壁を取り除き、手分けして新たな図面を引きながら...この世界で「それぞれのとき」を全うし、新たな旅路に発つまでは。それを解った上で、危機のときは互いに手を取り合っていくこと。社会の階段。目には見えないこころの梯子。それを同時に踏みしめていく作業。誰も崩落しないように、一歩、そしてまた一歩と。


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  頑固で動き出すのが遅いと言われる牡牛座の第1ディーカンに在って、この度数は今、人間社会に支えられながら生きる、個としてのわたし達それぞれに必要なこころ構えを示唆しているように見えます。


新月のメイン・シンボル:
牡牛座4°『虹のたもとの黄金入りの壺』


       さぁそんなテーマをベースとして、新月はメインのシンボル『虹のたもとの黄金の壺』を拾っていきます。雨上がりの空にかかる美しい虹の架け橋...。 そのたもとに埋まっているという、黄金がたっぷり詰まった壺。こうした言い伝えは世界各地にあるそうですが、ここではおそらくアイルランドの民話からきているイメージが元になっているのではないでしょうか。その民話によると、この金の壺は「レプラコーン」と呼ばれる妖精 — 小人の靴職人が隠したもの。レプラコーン達が壺のありかを教えてくれることもあるけれど、殆どは徒労に終わってしまうのだそうです。なのでそこから「見果てぬ夢」とか「期待しても手に入らないもの」を意味する慣用句になったのだとか。


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  実際、「虹」はこの世のものとして見えながら、この世には無いもの。空気中の水滴が太陽の光を反射して七色に輝く「現象」を、わたし達は虹として見ているんですね。どこまで追いかけても、けっしてそのたもとには辿り着けません。それにもし辿り着いたとしても、それをこの手で掴めたりはしません。それはわたし達が外の世界に思い描く「夢」そのもの。このシンボルを見ていると、メーテルリンクの「青い鳥」の物語が思い出されます。 幸せの青い鳥を探して旅に出た兄妹が、長い旅の結果に理解したのは…青い鳥がもうすでに自分達の鳥かごの中にいたという現実...。 そんな、夢。

たぶん「虹のたもと」は外の世界のどこにもありはしない。なぜなら、虹のたもとは常にわたし達の居るところ、「ここ」でしかないのだから。虹はわたし達のこころの力が創り出す七色の煌めき。わたし達ひとりひとりが持っている潜在的な可能性。それは見果てぬ夢の中で、地球を、宇宙を、ぐるりと駆けめぐってわたし達の足許に再び帰ってくる。今もひとの数だけ無数の見えない虹の帯が、きっとこの惑星を取り巻いてる。あるものは強く、色濃く。あるものは弱くはかなげに漂いながら。片時も休まずさざめき、脈動し続ける、無数の虹の糸。ならばその端に埋まっている黄金の壺もまた、ここにある。わたし達という、存在の中に。その奥深くに。それを見つけ、育み、現実世界に生み出せるのは、おそらく無数の「わたし」達だけ….。


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       一方、この度数を補完する対向のシンボルは『火を灯した蝋燭を持つ若者』です。蝋燭を持つ少年と言えば、現代に生きるわたし達は何か宗教的な儀式か聖歌隊の少年? なんてイメージが浮かぶかもしれません。もちろんそれも含まれるだろうと思います。けれどサビアン・シンボルが伝えられた1920年代の米国社会を考えると、このシンボルはもう少し広い解釈が必要かもしれません。

当時の米国は薪や灯油の暮らしから電気を駆使した現代的な生活様式への過渡期でした。1908年には世界最初の電気掃除機が発明され、1930年代にかけては様々な家電製品が誕生したけれど、その価格はとても高価で性能も不安定だったために各家庭の隅々まで普及したとは言えず、わたし達が知るような “電化生活” のはしりを満喫出来たのは知識が豊富で新しいもの好きな大都市部の中流~上流の家庭に限られていたそうです。なので一般の人々にとって、日々の暮らしの中ではまだまだランプや蝋燭の出番も多かったのではないでしょうか(サビアン・シンボルを降ろしたチャネラーのエルシィは当時まだへんぴな片田舎だったオレンジ・カウンティに住んでいました)。


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  B.ボヴィは原文の「holding a lighted candle」から、「can't hold a candle to ~」という言い回しが「~とは比べものにならない」という、ちょっと一方を卑下する意味があることを示唆していました。これは街灯が一般的になる前の英国で、道行く人の足許をトーチやローソクの灯りで照らすために雇われた「リンクボーイ」と呼ばれる少年達から来たことばだそうです。「can't hold a candle 」「ローソクを持てない」というのは、自分はリンクボーイにさえなれない…自分は「それ」に値しない、ふさわしくない...ということを意味しています。そしてこの習慣は、やがて米国にも伝わってきました。

けれどこのシンボルの少年は、その手にしっかり蝋燭を掴んでいます。じゃ、それは生活を支えるため? そして危険の待つ凸凹道を行こうとする誰かの足許を照らし、安全に導くため? またはひと仕事終えて自分自身の足許を照らし、家族の待つ家に無事帰り着くため? それとも何かの祭りで灯りをともす役割を果たすため? いえ、きっと突然停電になって、あわてて戸棚の隅にしまってあった蝋燭に火を灯したのかも? そう...もしかしたら、その全てかもしれません。


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  "candle" の語源であるラテン語は「キラリと輝くこと」を意味します。ならば少年がその手に掴んでいるのは、彼が灯した炎のきらめき。ならば、たとえどんな状況であれ、今その手のうちにともる「小さな火」こそが一番大切な意味を持つのかもしれない...。

  少年は胸に抱えたほのかな灯火を大切に護りながら、自分に課された役割を果たそうとしています。でも、彼がもしリンクボーイなら、送り届けた顧客の窓辺から漏れ出る電灯の光を眩しく見上げながら、自分を蝋燭の炎のように小さく役立たない存在だと感じているのかも。

けれどその火は、生きるために必要な日々の糧を得るための小さな炎であり、誰かの足許を照らしながら、少年がひとり歩む道をもまた照らす、確かなともし火です。それはたぶん仄かな明かりに過ぎない。風が吹けば大きく揺らぎ、はかなく消えてしまう小さな炎。

  でも、消してはいけない。それは便利な電気 ― 見えない何処かから知らない誰かによって送られてくる力 ― のように、全てを明るく照らしたりはしない。けれど、それは自分の意志で、自分の手でともした小さな灯り。今の「わたし」が見る必要のある部分だけを照らしてくれる。そして、いつか輝く松明になるかもしれない炎の種子。だから消してはいけない。大切に護り、ちらちらと燃やし続けていこう。この新月期、たぶんそこから新しい一歩が始まるのだから…。


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  ところで、今回牡牛座の新月が放射するエネルギーを補完する蠍座側は、自分の世界と他者の世界とがぶつかり合い、溶け合い、変容していくプロセスを辿ろうとします。一方牡牛座はといえば、足許を固めて安定させてリソースを溜め込み、自給自足しながら価値を高めていこうとする意志を具体化していきます。

特に牡牛座の第1ディーカンは、頑固さと強い意志を持つと言われる激しい領域 ―  怒れる牡牛、レイジングブルの大地です。(余談ですが "Taurus Raging Bull" といえば、ブラジルのトーラス社が開発した強力な大型リボルバー式拳銃の名前です。これは米国で猪狩りにも使われ、重量もスコープ付きで2~3kgあるという本当に大きくて威力のある銃です)。また、今回の満月が起きる牡牛座3°台は、ケンタウルス族のカイロンが発見された当時に位置していた度数でもあります。


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  それに加え、ここには知るひとぞ知る恒星アル・シェラタン(シャラタン)が在泊しています。 実はこの星は、凶悪犯罪に関わるという悪名が轟いています。たとえばエルスベス・エバーティンは、このシェラタンに『無謀なまでに怖いもの知らず』『衝動的な行動が危機を呼ぶ』という象意を与えています。このあたりの度数には強権的なタイプのリーダーになっていく人が多いと言われるのもこれならうなずけるけど、牡牛座の安全志向とは程遠い感じがします。また、同じく恒星研究に生涯を捧げたダイアナ・K・ローゼンバーグは、やはり膨大なフィールドワークからこの星を「大火」「戦争」「テロ」「地震」などと関連付けています。けれども同時に彼女は『歴史的な伝説になり得る変革的な出来事』『手を使う技』とも関わると書き遺しています。なので、この位置がカイロンのテーマに色濃く関連する発見時の度数だというのは、本当に興味深いです。

カイロンにも様々な象意がありますが、ひとつ共通するのは輪廻の回廊を幾重にも巡る中で溜めてきた澱みをひとつひとつ手ですくい上げ、浮かび上がらせるような働きをするという要素かもしれません。わたし達の深いところに潜む、火に焼かれるよう傷の鋭い痛みに耐える経験。あるいはこれまで積み重ねてきた経験から得た現実への理解が全て崩れ去ってしまうような闇のトンネル。そんな意識の深淵とも言える体験を通して大きな変革をもたらすことを約束する、これは小さくて大きな星です。


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  カイロンはまた、手を使うヒーリングにも関わるとされています。レイキや気功などもその一種かもしれませんね。ただしカイロンが関わるそうした癒やしの境地に到達するには、一朝一夕にはいきません。うずくような衝動に負けず、背負うものの重みに潰されず、少しずつ、確実に自分の内奥と直面していく作業を必要とします。すべてを空に戻し、新しいエネルギーに変えるために。......それは結局、わたし達自身の中に存在する虹のたもとを、黄金の壺を、はっきりと「見る」ことなのかもしれません。それはたぶん、ただ「信じる」ことなどはるかに超えた行為、ただ「何か」としか表現しようのない体験なのではないでしょうか。


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  虹と黄金。それを補完する蝋燭の仄かな灯火。見果てぬ夢と、それを支える小さな炎。時代が大きく音を立てて動こうとするこれからの激しい年月を想いながら。ときには夢が破れて絶望に変わることがあっても、わたし達の内部に燃える小さな炎がある限り、それはいつしか絶望を燃やし尽くし、灰の中からまったく新しい光景を見せてくれるのかもしれません。

遠い宇宙の彼方、アル・シェラタンが輝くところ。そして死と不死を等価にすることで自らを永遠に癒やしたカイロンが生まれたところ。

わたし達が気付こうと気付くまいと...この新月は、本当に奥深いフォースを放射しているんじゃないかなぁ...。



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have a great trek!!!★

hiyoka(^_^



hiyoka_blue at 22:20|PermalinkComments(2)

March 24, 2020

🌑3/24の新月―みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)

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    新月は前回からの課題を経て、次の新月までの約1ヶ月をかけて取り組む新しいテーマが開示される時。 そしてこれは生まれた星座に関係なく、地球に生きるわたし達みんなに平等に降り注ぐエネルギーです。わたし達はこのエネルギーを使って日々、自分なりに考え行動していきます。その現れはひとの数だけ様々ですが、やがてはお互いに影響しあいながら、社会・国・世界の潮流を作っていきます。これは言い換えると、わたし達を取り囲む「空間の雰囲気」です。星読みの世界から見れば、誰もがその中で生き、そのテーマに呼応して・・(素直になったり、反抗したり、無視したりしながら・・)自分なりの人生を創造していると言えます。 その意味でも、刻々と変容していく惑星エネルギーの流れをおおまかに知っておくことは、きっと何かの役に立つのではないでしょうか。
    例えば... シンボルの光景やキーワードを覚えておくだけでも、何かに迷った時の指針になるはず。ではでは今月も行ってみます!(^_-)
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★新月タイムスケジュール★
願い事やアファメーション、ヒーリング・メディテーションなどしたい方は、もし可能ならこの時間帯に合わせてみてください。エネルギーの高まりを感じとれると思います。(^_^)

【地方平均太陽時: ソーラータイム(LMT) 】
東京・関東ローカルで  3月24日18:47前後、北海道周辺で 18:53前後、関西方面(日本標準時ならこの時間)は18:28頃、沖縄周辺では17:58前後に牡羊座 04°12’ で新月となります。

前回の新月のテーマについてはココをご覧ください。
(満月のサブテーマはTwitterに投稿しました)
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サビアン・シンボルによる【 新月がもたらすテーマと挑戦 】
*ここではデーン・ルージャー(ルディアー)版やマーク・エドモンド・ジョーンズ版の解釈ではなく、透視家エルシィ・ウィーラーの伝えた象徴の言葉をそのまま書き写した「オリジナル版サビアン・シンボル」を使ったブレイン・ボヴィの解釈を参考にし、アスペクトを加味して読んでいます。
*テーマはひとつの意識の流れを表したものです。この流れは順不同に現れたり循環したり、ひとつだけ突出して感じられる場合もあります。また、解釈の内容はその時々のアスペクトを意識しながら抽出しています。


【月・太陽 ♈️牡羊座04°~05°― 発効期:3/24~4/22 】

→🌑🌞“Two lovers strolling through a secluded walk”
   『人里離れた道を散策する二人の恋人達
            ↓
→🌑🌞“A triangle with wings”
   『翼を持つ三角形

【テーマがもたらす雰囲気と挑戦(順不同)】
※ひとによっては数日前から前倒しで感じられると思います。
※新月から満月を経て次の新月まで共振し続けるキーワードを抽出しています。

 
→★所属する集団(国/地域/会社/家族etc.)の中で「自分であり続けること」の挑戦
→★肩書きやアイデンティティを捨てて初めて見えてくる人間の本性
→★「仲間」に入りたい気持ち、または「仲間」でないものを排除したい気持ち
→★ひとりで大胆な行動を取る前に いざというときの味方を作っておこうとする心理
→★何か大きなものの一部として護られていたいという強い願望
→★社会の多様な力学が火花を散らす中をひとり手探りで歩む状況
→★エコーチェンバーの中で堂々巡りする、
    またはどこにもフィット出来ない自分を感じる
→★強力な部族主義や同族主義に従うことの安心感と
    非協調主義者として片隅にひっそりと生きる自由
→★どんなに親しくても犯してはならない境界線があることを知る
→★指示や命令、支配力を用いず、自然に他者を導いていく力とは何かを知る
→★個人的な親しさの中で本来の自分を心おきなく表現することのやすらぎ
→★自分のことば、行い、情念、思考、体とのズレを統合していく必要
→★常に自分らしく在ることの出来る場所、状況を保っておく
→★社会からはぐれた状態や放っておかれる状況に安らぎを見出す
→★思わぬところに真の助け手が潜んでいることに気付く
→★「自分であること」と「社会の一員であること」を無理なく両立させる力
→★自分の思考がどれほどユニークであっても
    実は既存の党派性の中にあることに気付く
→★集団としての利益より自分を優先して気ままな行動を取りたくなる心理
→★押すべきとき、引くべきときを正しく判断して行動していく必要
→★傍からどう見えようと自分自身の生への誠実さを保ち続ける挑戦・・・→


★エネルギーのポイント前回の新月『淀みと荒波の中で冷たい月の浄さを保つ』
             ↓
            今回の新月自分を識り、自分で立ち、全てを呼吸する
                   
            
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3月の星模様に入る前に、まず初めにおさらい的な意味で、前回の新月記事の冒頭に書いた流れを再度挙げておきます。以前 満月のツイートでも言ったように、3月10日からこの新月までの満月期は心理的にも事象的にもある種のピークと言える期間。そしてこの新月期からは、徐々に次のフェーズに入っていくのではないかと考えられます。とはいっても一連の流れが突然変わるという意味ではなく、前回の満月までにある程度決定付けられた方向性に沿って新たな展開が始まる…つまり第1章第2フェーズの始まりということ。相変わらず緊張感を強いる星模様の下で、COVID-19のプレッシャーに喘ぐ世界を俯瞰する中で、あるいは遠く離れて日々の暮らしに集中するうちに...わたし達それぞれの内的世界の中で少しずつ見えてくるもの。芽を出してくるもの。それを少しずつ掴んでいけるといいな。


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(2月24日の新月記事から)

  今回の新月は火星が2019年12月26日の金環日食の位置に乗ってエネルギーチャージ。その後火星は月のSノードを通って3月20日からカプリコーン・ステリウムに合流。木星、冥王星とのコンジャンクトを終えて4月1日には水瓶座0°台で火星・土星のコンジャンクションが起きる(この位置 ―水瓶座0°台 ― はいくつか存在する中国建国図の一つではアセンダント<水瓶座1°台>の直近となるため、この時期に何らかの事象または変化が起きるかどうか見ておきたい)。

またそのとき同時に山羊座を運行する木星が冥王星とパラスにコンジャンクトしていく。そして蟹座のキラルス、牡羊座のエリスが加わってTスクエアを形成。また乙女座のオルクスとはトールのハンマー/クァドリフォームも形成する*
  *これは今回の新月直前から強く発効し始めている。

  このため、これからの1ヵ月は世界中にかなり強力な出来事が起きてくるかもしれない。この期間は引き続き新型肺炎のような疾病のほか、地震、噴火などの自然災害や事故・事件、火災、テロ行為の危険期。そして激しい政争や、審判と断罪を望む大衆心理が一段と強化されるかも。......

  また太陽が海王星にコンジャンクトし、火星がアセンダントに乗り、水星がアグニ(火の試練)とニアミスしながら順行に転じ、IC近くの3室(コミュニケーション全般)で金星・天王星・ファエトンがコンジャンクトする3月10日の満月期前後も要注意。

真実は非常に見えにくい。引き続き、デマ、流言飛語、フェイクニュース、情報の切り取りや操作は増加傾向。不安を抱えたこころはその不安を増幅させるような情報ばかりを好んで引き寄せる。スケープゴートに石を投げる行為や魔女狩りの松明行列に加わるような誘惑は避けて吉。建設的でない行為は巡り巡っていつか自分に戻ってくるから。

  集合心理でも個人レベルでも感情の起伏は激しくなりがちで、対人関係などちょっとした刺激に喜怒哀楽が増幅されるひとが増えそう。この新月・満月期は、社会的にも個人的にも、今年最初の大きな節目になるかもしれない。なので、この時期の過ごし方と自己の内的世界のありようは、今後数年間のスタートラインとしてとても大切だと思う。冷静さと温かなこころの両方を保ち、内なる力を蓄え続けることが鍵となりそう。前へ出ろ、行動しろ、何か言えと背中を押す力を強く感じるひともいるかもしれないけれど、けっして無理しないこと。基調としては全体の壮大な流れを見ていきたいとき。もし今まで勇気がなくてやれなかったことに一歩踏み出したいと思うなら、水星逆行中に過去の経験をふり返り、再吟味してみる。そして順行に転じても気持ちの変化がなかったら、ウォーミングアップ開始...くらいのつもりでいるといいかも。

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★3月 新月の星模様とチャレンジ ★

(主なアスペクトとスケジュールざっと)
 ※今回も個々のアスペクトについての解説は省きます。何か思いついたらその都度ツイートするかもしれません😉)

新月図 ASC:天秤座11°42 MC:蟹座12°58

新月とカイロン、BMリリスがコンジャンクト
新月と月のノード軸がTスクエア
  (ムーン・ウォブル/発効期は前後に4日〜10日間)
   山羊座4°のフォルスが新月とスクエアでSノードとコンジャンクト
土星が水瓶座にイングレス
  (5月11日 水瓶座1°57’から逆行、7月2日に山羊座に戻る) 
火星・木星・冥王星(とパラス)がタイトなコンジャンクトで
   水瓶座入りした土星とも星座宮の境界を越えてコンジャンクト
火星・木星・冥王星(とパラス)が牡羊座のエリスとスクエア
   そのスクエアを基底として乙女座のオルクスにクァドリフォーム
牡牛座の金星と水瓶座のセレスがスクエア
   ミッドポイント(MP)に新月が来る
天王星とフォルスがトライン
冥王星とキラルスがオポジション


  さぁ今回の新月も、かなり強力な面々がアスペクト中。今回の新月のテーマはノード軸との関連からすると「どこか奥底ではわかっていながらも、ずっと避けて遠回りしてきたような物事との直面」とも捉えられます。カイロンやBMリリスとコンジャンクトの新月は、前に進もう、勇気を持って出て行こうとする力と、どうしようもなく嫌だ!ここに留まっていたい...と感じる力がぶつかり合うような? なんとなく悩ましく、悶々としているようにも見えます。出て行くのが怖いというよりは、他者、外の世界(または自分自身)に対する一種の不信感のようなものかもしれません。一刻一刻と世界の状況が変化し、あちこちから不安や争いの声が聞こえるとき。少しでもひとりでいられるときを持てるなら、出て来る感情はどんなものでも抑えずに、柔らかく解放していくのが一番。喧噪をひととき離れ、ひっそりと楽しめることを見つけて。本当は殻を破りたがっている何かがそこにいる。でもまだもう少し、いわれのない哀しみや怖れを見てみる必要があるのかもしれない。今きっと、同じように孤独の中でひとり何かを見つめているひと達がいます。もしかしたら、一生会うこともない。それでも同じいのちの流れを持つひと達が。


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  一方土星は一度水瓶座入りし、山羊座とは異なる品位の高さを得て新しい観点から物事をマネジメントする方法をかいま見ています。けれどまだ本格的な動きにはならず、何かふと思うことがあったとしても認識するには至らないまま、もう一度山羊座でやり残したことを片付けに帰っていきます。そして天王星とトラインのフォルス、冥王星とオポジションのキラルスが COVID-19 の止まらない勢いを示す一方で、4室に固まるカプリコーン・ステリウムが牡羊座のエリスに刺激されます。なので内的な怒りや葛藤、何が正しく公正なのか?に対する疑心暗鬼に囚われたまま、鬱屈した想いを抱くひとがいるかもしれません。

安心を得たい。平穏に暮らしたい。けれど今は皆がそれぞれに自己主張を強めるとき。その声は何を主張するのであろうと、本質的には「自分はここにいる!」という、助けを求めるような叫びに似ているようにも思えます。春の陽光の中にひたひたと浸透する薄闇の中で、それがたとえつぶやくような小さな声であっても...。 そんなときのわたし達は多くの場合、外界(社会、または権力や権威的なもの全て)に対して「理解出来ない不条理なわたしの運命」を投影しがちです。そして自分が考える規範に従って整えられた道を求め、何か明確で断固とした言説を望むけれど、実際に断固としたことばを聞いたとたんに疑い始めます。きっと望んだ通りになんかならない。裏切られるかもしれない。ここしばらく、集合体レベルではそんなことの繰り返しが起きそうです。なぜなら年齢や階層に関わりなく、今は誰もが手探りのとき。そして今(とこれからしばらく)は、誰もが望もうと望むまいと、自分で気付こうと気付くまいと、どこかで正直な姿をさらし、それを見ている「わたし」もまた、その姿の中にくっきりと映し出されるときだから。


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  けれど他方では、こんな混沌とした状況の中で、ワクワクと胸を躍らせているひと達だっているかもしれません。こういう時こそ、燃えるひと。あるいは逆に、目前の状況に対応するために必死に動き続けているひと達も。新月図の4室(国土の状況や国民の心理)山羊座の第3ディーカン(と水瓶座0°)に集結したカプリコーン・ステリウムは、社会の集大成のようなエネルギーの中にあって、自分の足で立つこと、課された責任をまっとうすること、客観性の極みに立つことを要求してきます。ここには世の中を構成する全ての要素が象徴として詰まっています。それは社会的、民族・人種的、宗教的、政治的、経済的な物事に対する人間心理の全てとも言えるでしょう。

新月でこの位置に集まった火星、木星、冥王星、パラス、インシデンティア、そして水瓶座の土星。これらは今の時期、縁の下の力持ちとして働く全ての医療関係者や物流を担うひと達、政治や行政、企業の運営などでストレスフルな仕事をこなすひと達、仕事場や自宅で働く全てのひと達、あるいは仕事を失い不安のうちに今出来るかぎりのことをして凌いでいるひと達、そしてこのちょっぴり異次元にワープしてしまったような時をともに過ぎ越そうとしている全ての「わたし達」の姿を物語っているように見えます。


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  この山羊座ステリウムと乙女座のオルクス、蟹座のキラルス、魚座のネッソスとアグニで構成するウォリサムレクタングルは、自分には直接関わりのない物事に巻き込まれがちなエネルギーを象徴するものです。たとえば、他者が抱える問題の面倒を見なくてはならなくなる...そんな感じでしょうか。もちろん、仕事上どうしても必要なケースもあるでしょう。それでも気付かないうちにそれが「過剰」になり、自分を保てる一線を超えてしまわないように気をつけたいと思います。

冥王星族のオルクスもケンタウルス族のキラルスも、そして根深いカルマを意味するネッソスや理屈抜きに燃えさかる「火」の試練のアグニも、感情のとても深い部分に作用してくる小惑星です。ということは、ここでもし何か特別なこと(良くも悪くも)を体験するなら、長期で見れば自分が軽くなれる(自分が濾過されて自在になっていくような感じ)過程の一環かもしれません。それは祝うべきことだと思います。それでも、今はあまり頑張り過ぎると燃え尽きてしまう危険があります。「ほどほど」という感覚を大事にしていきましょう。


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  まぁなんといってもこの新月時は、東の地平線にちょうど小惑星ヘル(文字どおりWhat a hell! ― なんてこった!という経験)がぴたりと貼り付いているし、カプリコーン・ステリウムからオルクス(冥王星の影武者、冥界の渡し守、審判を下したがる)にセスキスクエアが形成されています。なので怖れをかき立てる悲観的な世界観を耳にする機会も少なくないし、過大な主語を使って断罪の斧を振り下ろしたくなるひとも相変わらず多いと思います。でもそんなエネルギーに乗せられて何を言おうと何をしようと、結局は自分自身に引き戻され、自分の中の不条理に直面することになるでしょう。これは対人関係、パートナー関係にも言えること。惑星達がそそのかす、そんなメカニズムに気付けるかどうかが、このチャートの持つ抑圧感を逆転させる鍵になりそうです。今は内的に自立した者同士だけが助け合えるとき。無条件で護ってくれる大人は、自分の内側にしかいない。うずくまってもいい。でも、内的宇宙にぽっかりと口を開けるブラックホールから目を逸らさないで。そこにこそ、「わたし」や「あなた」の全てがあるのだから。

  また、自分を良く見せたいという心理が働きすぎると逆効果になるかもしれません。わからないことは見栄を張らず、素直に聞いてみると良さそう。またもし今 重要な岐路にあると感じるひとがいたなら、やはり素の自分のまま、柔らかで傷つきやすいこころのまま、素直なまま、風のように在るほうが「狭き門」を通れるのではないかと思います。


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  また「自分自身であること」と「親であること」「面倒を見なければならない立場であること」「従うべきルールの中で生きること」の間で葛藤するひとがいるかもしれません。けれど、あまりに自分を抑えすぎると何かのきっかけで爆発するかも(たとえ爆発しても一線を超えずにいれば、それによってボタンを掛け違った場所に気付くケースも多いけれど)。 たとえ自分がやりたいからやっているはずのことであっても、無理が重なればいつか灰色の義務感に変わってしまいます。もしそれが、どうしても捨てられないもの、本当に大切なものなら。あれもこれもやらなくちゃと考えず、必要度の低い物事から切り捨てる。仕分ける。そして、一番大切なポイントひとつに集中する。それだけでも達成出来れば今はOK。それくらいの気持ちで十分かもしれません。疲れ果てて全てが嫌になってしまう前に、自分を縛るあらゆるルールや「べき論」を再吟味してみましょう。何もかも得られるようなときではないし、行き過ぎた使命感は、結果的に自分も自分が関わる相手も弱らせてしまうかもしれません。実際的な目標に狙いを定めて。その範囲で本当に良質なもの、こころを込めたものをひとつ。今はそれでいいと思います。


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★惑星スケジュール★

4月1日:水瓶座入りした火星が0°台で土星とコンジャンクト
4月4日:山羊座24°台で木星・冥王星がコンジャンクト
 (都合3回起きるうちの初回)
月8日:天秤座18°43’で満月!

これから先もかなり凹凸の激しい道程が待つのでもう少し長期的に見てみると…

4月3日~6月2日:牡牛座29°台から金星がアウトオブバウンズ(OOB)
 5月6日にOOB最大角27°48’
 5月13日: 双子座21°台から金星がOOBのまま逆行開始
  夏至を経て6月25日、双子座5°台から順行

5月14日:山羊座27°台から木星が逆行開始

5月17日~6月10日火星が魚座2°台でアウトオブバウンズ(OOB)
6月18日~7月12日水星が逆行開始

 5月17日~6月2日金星と火星のダブルOOB期
 5月25日金星・火星がOOBでパラレル
 月27日:火星がOOB最大角25°40’
 6月18日~夏至~25日金星と水星のダブル逆行期

6月21日:夏至と同日に起きるNノード金環蝕 蟹座0°21’


 ここでちょっと脱線して少し長期的に見てみると... 5月に入ってのこの動きは、それまでにもしもCOVID-19の感染まん延が峠を越したように見えていたと仮定しても、このあたりで再び新たな何かが浮上することを示唆しているように感じられます。それがウイルス感染に関することなのか、または経済に対する打撃が各国内部でより鮮明に形を取りはじめ、不況や恐慌への怖れとそれに対応する景気浮揚策の中身に関心が集まるのかは不明だし、その両方、または別の事柄が浮上する可能性もあるでしょう。いずれにしても、この時期はお金や資産、リソース(「体」に対する意識も含めて)に対するわたし達の価値観が根底から変化していくとば口になっていくのかもしれません。

また6月21日夏至当日は蟹座0°台の新月と重なり、アフリカ~アジア圏で見ることの出来る金環蝕(サロス137)が起きます(日本からは部分日食)。このとき水星は逆行中、金星は順行開始前の滞留期。新月と土星はクインカンクス、そして山羊座の木星・冥王星のコンジャンクションと牡羊座のエリスがタイトなスクエア。詳しくはそのときに書くことになると思うけれど、一連のサロス・シリーズの中で、これはかなり強力に感情面を刺激してくるタイプの食だと思います。

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以下は22日に書いておいた部分ですが、23日になって急展開があったようですね。そして今日24日、オリンピック延期のニュースが出ました。なので後追いのようになってしまったけれど、せっかくなので一応掲載しておきますw。ちなみに仮に2年後に延期となった場合、今年と同様の日付けで見る限りいろいろあるにしても今よりはずっと穏やかです。


  こうした星回りの下で、7月に予定されている東京オリンピックを変更なく開催するのはとても無理だと思うけれど。それでもIOCの収入源の7割はオリンピック競技の放映権であることを考えれば、そう簡単に中止や延期を決めることは出来ないだろうし、現在水面下で様々な可能性を探っているはず。おそらく2013年に開催国として選ばれた日本としては、たとえ内心は無理だと承知していても、自ら率先して中止や延期を言い出すことは出来ないでしょう(日本の経済損失は中止なら7.8兆円、延期でも6000億円を超えるという試算が出ているとか)。


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  世界中が経済的損失の不安を抱く中で、事情はどうあれ国際的組織の巨大な損失を確定させる事実を自ら決定付ければ、コロナ感染拡大を統制しきれず早々に音を上げたと印象を演出され、責めを負う方向に持っていかれる可能性があります(今の星回りの下で各国の雰囲気やメディアの論調を見るかぎり、国際間の政治・経済問題に正当な論理はあまり期待出来ないので)。どんどん手に負えなくなる状況の中で世界が一斉に自国第一となって境界線を引く今。もしそんな雰囲気を醸成されたなら、たとえあからさまな形態をとらなかったとしても、弱さや汚点として日本の立場を損ない、打撃をより大きくする可能性はあると思います。  そしてそれは、国民の生活に直接的・間接的に大きな影響を与えます。

なので今、見えないところで相当の駆け引きや調整が行われているのかもしれません。日本としては「精一杯の努力を払ったけれど最高機関であるIOCが決定したからには、世界の状況と選手達の苦難を鑑み、やむなく延期(または中止)を承諾する」...的な形を取るのが最も傷が少ないだろうと思います。...って、これはもちろん政治的な憶測でしかないけれど。それが今ここまで来て、日本政府や組織委員会が頑なで一点張りの「完全な形での開催(“予定どおり”とは言ってない)」という主張を繰り返す真の理由ではないかと思います。いかにもASC山羊座、MC天秤座に海王星を抱く国の戦略っぽいですね。


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  IOCの設立図を見ると、今現在トランシットのカプリコーン・ステリウムがIOCネイタルの水星とオポジションを形成しています(精度は低いけれどサンライズ・チャートでは水星が2室/資産、カプリコーン・ステリウムが8室/債務)。またトランシットのカイロンがネイタル10室の月のNノードとコンジャンクト。そしてオリンピック開会式予定日にはネイタルの太陽とフォルスがオポジション。うーん... これはちょっと。

日本にとって、オリンピック中止はもちろん、延期にしても、全方向的な困難と損失が予測されます。オリンピック開催地が東京に決まった当初も賛否両論はあったけれど、これで国としての当面の目標が決まったように見えました。けれど今さらながら、決定当日のトランシットを日本の戦後始原図(1952年4月28日午後10時半/サンフランシスコ平和条約発効)に重ねてみると...

選考結果の発表が始まった時(日本時間2013年9月8日午前5時過ぎ)にはトランシットの月がMCと海王星にコンジャンクトしており、同じくトランシットの火星と土星が4室・10室ネイタルの太陽・火星オポジションにタイトなTスクエア、そしてトランシットのノード軸と小惑星レクイエム、グリーヴがそれぞれネイタルの太陽と火星にコンジャンクト。始原図3室(コミュニケーション、メディア、近隣国との関係)の水星(ネイタル6室/国民の健康、医療、労働市場、軍事と9室/外交を支配)にはトランシットの天王星(突然の変化)がコンジャンクト。そしてネイタル1室(国と国民のアイデンティティ)のカイロンにはタイトなTスクエアを形成していました。


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  またネイタル8室(国の負債、死亡率)のカスプにトランシットの火星が乗り、ネイタル7室(同盟国、友好国)の天王星(2室/財政を支配)にはケンタウルス族のキラルス(突然の災い、無辜の死)と木星がコンジャンクト。極めつけはネイタル2室(財政)のNノードと小惑星アグニ(火の試練…)にカルマの精算を意味するケンタウルス族のネッソスが、ネイタル4室(国民の状況やムード)のネッソス(カルマの清算)には小惑星インシデンティア(事のきっかけ)が、それぞれピタリと乗っていたことかもしれません。これは前途に待つ財政や健康医療面での苦難と不安定さ、それらにまつわる予測不能な報道やメッセージに起因する国全体を覆うフラストレーションを示唆していたように読めます。

  それでも、発表のときに始原図ネイタルの8室ヴェスタ(聖なる火)にトランシットのヴェスタがリターンしていたことは、実情はどうあれひとつの「使命」を請け負ったことを象徴するものです。また、このトランシットは突破すべきカルマの訪れと、未来に向けた精神的脱皮を促す構図であるようにも見えます。

中国でCOVIT-19が発生したのは去年の秋~11月ごろと言われるけれど、それが世界に明確に浮上してきたのが12月26日の日蝕と1月12日~13日の土星・冥王星コンジャンクションあたりだとすれば、その影響は少なくとも1年。強力な日蝕なら、徐々に衰えながらも3年は続く(稀に最長6年という例も)と言われます。すでに世界中でリーマンショックを超える規模のレイオフが起きつつある現状で、日本という国がこれをどう耐えて持ちこたえ、古い殻を破っていけるのか? 


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  全てが通るべき道であるなら、とにもかくにも、わたし達は通っていきます。犠牲となった方々が出ているとはいえ、少なくともこれまでのところ、日本は国としても国民総体としても、COVID-19の脅威によく持ちこたえています。もちろん今もいろんなひとがいて、いろんな噂や見通しが流布されているとしても、今とこれから先の数ヵ月が本当に要の時期であることに変わりはありません。国にとってはこれ以上犠牲者を増やさないこと、しかるべき手立てを講じて出来るだけ上手く経済を回していくことが今出来ることの全てかもしれません。それも早急な手当が必要なこと、段階を追いベストのタイミングを見計らって対処すべきことの両方の時宜を睨みながら。ここでタイミングを誤れば、被害はより増大しそうです。

もしかしたら、このCOVID−19 関連の流れには5月半ば〜6月初めあたりに山場、あるいは何らかの変化が訪れるかもしれません。また夏至と同じ日に起きるNノード金環蝕の位置は戦後始原図のDC上です。ノースノード・イクリプス(未来に向かおうとするエネルギー)であるこの蝕がDC上で起きるということは、同盟国である米国(および準同盟国)との関係性や、それに関わる国全体の観点が今後数年をかけて変化していくことを示唆しているようにも思えます。


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  またもう少し先を見るなら、土星の本格的な水瓶座入りを控えた今年12月15日には、とてもスペシャルなサロス142のサウスノード日蝕が起きます。アスペクト的にはこれもかなりの厳しさがあるし、過去との関係性に絡む挑戦的なテーマを持つ度数ではあるけれど。でもサロス142自体が持つ特質からすると、もしかするとこのあたりで何かクリエイティブな発見、またはインスピレーションや深い洞察が大きく働きかけてくるのかもしれません。その結果が本格的に日の目を見るのはもう少し先だとしても。社会としても、個としても、壁を破って一歩外に踏み込むことで道が開けてくるような感じ。何か困難なことやショックな出来事が起きても、それを乗り越え、それをきっかけに大きく転換していくような感じ。その本質は、外に向かって...というよりも、自分の “本来あるべき場所と役割” に向かって目覚めていくような感じに見えます。これは社会的にも、わたし達個人レベルにも作用するでしょう。それが具体的に何を指すのかはまだ見えないとしても...。

いずれにしても今受けている挑戦は、そのフォースが全て衰えるまでけっこうな長期戦になると思います。象意の一部にウイルスの毒性という意味があると考えられるケンタウルス族のフォルスが12月26日の日蝕で強化された度数、山羊座4°台を逆行で抜けるのは、今年5月後半。そして再び戻って順行で抜けるのは2021年の12月末。なので、もしもこのフォルスが他の主要惑星とともにCOVID-19に関連するとすれば、しばらくの間 不安定な状況は続くのかもしれません。けれどそこには山や谷があり、その移り変わりを経ながら影響力は徐々に鎮まっていくでしょう。わたし達人間が、あるときは闘い、あるときは凌ぎ、また右往左往したり踊ったり手探りしているうちに、疫病がもたらすフォースの圧力は徐々に衰え、真新しい力が生まれてきます。だからこそ今は、日常を大切に、適度に肩の力を抜きつつも 慎重に星々と渡り合い、体の声を聴きながら、日々を過ごしていければいい。それが生きることの基本だし、いつだって基本に立ち返ってこそ新しい大地に立てるのだから...。


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  この新月は、特に3月20日〜28日くらいまで特に強い影響を及ぼすとされるムーン・ウォブル(月のノード軸と太陽のTスクエア)です。これは十字路または岐路を意味し、集合的にも個人レベルでも、「これまでわかっていながら出来なかったこと」「変えられなかったこと」を変え、突破するための試練が起きるとされる地点です。そして、ここで必要な調整が行われずに過去からの流れが続いてしまえばもうそれを止めることは出来ず、危機的な状況に向かう...そんな地点だと言われています。とはいっても、ムーン・ウォブル自体は半年に一度は起きるので、本来はそれほど重いものではありません。ただ、他の惑星同士のアスペクトが重なって働くケースでは、ときに大地震や社会騒乱などかなり強い揺れ(ウォブル)を起こすことがあります。今、過去を象徴するSノードとフォルスがコンジャンクトしていることからすれば、やはりこの新月期は現在の世界的なコロナウイルスとの闘いと、これに付随する社会的混乱の中でわたし達が直面すべき「岐路」を意味しているのだと考えざるを得ません。そしてその中で生きるわたし達ひとりひとりの人生の中にも、きっと見つめるべき何かがあるのだと。

あ。気付いたらやっぱりかなり脱線してしまったようです。しかも時間があまりない!😱
では続けてシンボルに行ってみますね。


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★3月新月のサビアン・シンボル★


新月のベースとなるシンボル:
牡羊座4°『人里離れた道を散策する二人の恋人達』


  ここは街の喧騒から遠く離れた森の小径。生い茂る木々の間をぬうように拓かれた散策路。聞こえるのはただ梢を渡る風の音、鳥達のさえずり、小川のせせらぎ。木々の間からは煌めく陽光が射して、小径に複雑な陰影を描いてる...。そんな中を、今 一組のカップルが散歩しています。うーん、なにかとてもロマンティックな光景に思えるけれど。でも、ここはアグレッシブな牡羊座に入ってまもない位置。ならばそれほどふんわり気分でもないのかな?


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  B.ボヴィはこの情景を対向度数のシンボルと対比させ、「対人関係」という括りの中で「グループ・アイデンティティ」から離れ、「自分自身」をさらけ出したいと欲するこころの動きを強調していると読み解いています。そう、対向度数である天秤座4°のシンボルは『キャンプファイアーを囲むグループ』なんです。じゃ、この恋人達はもともとたき火を囲む集団の一員で、人目を忍んでこっそり抜け出してきたのかも? そう考えてみると、みんなのこころに何かそれぞれのストーリーが浮かんでくるのではないでしょうか?

牡羊座のメイン・テーマは「わたし」の追求です。獅子座もまた「ミー・ファースト」の星座宮だけど、そこには「わたしを囲んで存在する他者」という意識があります。獅子座の「わたし」は、牡牛座で物質の価値を味わい、双子座で知識を追い、蟹座の家やテリトリーの中で自分と向き合った後に、とりあえずてっぺんに上って王様や女王様になった「わたし」という原理。けれど牡羊座の原理は、もっとプリミティブでナマなかたちの「わたし」。自分のアイデンティティを求めて外界に向かい、本能的に手を伸ばしていきます。考えるより先に、飛び出す。立ちはだかるものがあれば向かっていく。それが熱いのか、痛いのか、どんな味がするのかわからない。だから触ってみる。それは知識を求めての行為ではなく、存在の全てを使って「わたし」を体感し、ひとりの人間としての存在意識、自らのアイデンティティを固めていくための行為です。なので獅子座が「ミー・ファースト」なら、牡羊座は「ミー・オール」と言えるかもしれません。


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  これに対し、天秤座の原理は「わたし」が「初めて本格的に他者と直面する」領域です。「わたし」と「あなた」。あるいは社会的な意味では「あなた達」。だからテーマは「バランス」。仲間内での暗黙の了解を理解し、空気を読むことを覚え、全体が上手くいくよう気を配ることが大切になります。そして、そこで初めて「グループとしてのアイデンティティ」が生まれます。マンデーン・アストロロジーでは天秤座のナチュラルハウスである7室を「同盟国」として読みますが、そこにはこうした共通原理が存在するんですね。

  じゃ、人里離れた森の小径を散策する恋人達は何を想っているんだろう? 人目を偲んで愛し合う二人は、今まで他人の前では出さなかった自分の本当の気持ち、本当の顔を相手に見てもらいたいと望んでいるのかもしれません。そして相手の本当の気持ちを知りたいとも思っています。もっと知りたい。もっと知ってほしい!...見つめ合う二人。恋人達は燃える想いに駆られるまま、森の小径をもっと奥へ、未知の領域へと分け入っていきます。キャンプファイアーを囲む仲間達のさんざめきは、もう聞こえない。かき鳴らすギターの音や調子っぱずれの歌声も、なにも聞こえない...。でも、本当の「わたし」は、ここにいる!


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  原文の「secluded walk」(人里離れた散歩道)の「secluded」は、「他の人と交わらない」「隔絶した」という意味を持ちます。また「strolling」はギリシャ語の「strollen」から来ていて、「さすらいびと」を意味するのだそうです。つまりこのシンボルに描かれた恋人達は、自分が属している社会的な集団からひととき抜け出し、もう一度「本当のわたし」を求めてあてどなく彷徨う、わたし達の「自我」を象徴しているのではないでしょうか?

  わたし達は常日頃から、自分が属する社会的集団のアイデンティティを身に纏っています。それは一つとは限りません。母国、人種、民族、地域、家族、性別や性的指向、学歴、職業、社会階層や思想、年齢層... 無数の枠組みから与えられたグループ・アイデンティティ。意識しようとしまいと、わたし達はときにはそれに護られ、ときにはともに闘い、またときにはそれを憎みます。危機のときは一団となってこころを合わせ、助け合う。それが安全な道であり、身を護る術なのもわかってる。けれどそれは、たぶん本当の「わたし」とは違う。互いに沢山の妥協を積み重ね、ときには自分を殺して耐えなければならない。それに、グループの中には不公平にラクをしてるヤツだっている。なぜ自分だけが? 良い人であろうとしてきたけど、もう疲れた...。

そんなふうに感じたとき、わたし達は人里離れた森の小径をさまよう恋人達に憧れます。自分の思うままに、自由にどこへでも飛んでいきたい! 束縛されたくない! 今がどんなときか、どうすべきかなんてわかってる。でも、たまには全ての義務から解放されたい! 


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  今、わたし達の目の前に深い森へと続く小径が見えます。背を向けた後ろから聞こえてくるのは、キャンプファイアーがパチパチと音を立てて燃える音。ひとびとのお喋りや歌声、ときには喧嘩腰の罵声まで。暮れなずむ森。これから夜がやってくる。今なら、誰にも気付かれずにグループから離れ、本当の「わたし」を探しに行けるかもしれない。それは隔絶された、未知の闇へと続く。護るべきものもなければ、護ってくれるものも、ない。さぁ、どうしよう?

じゃ、メインのテーマを覗いてみましょう。


新月のメイン・シンボル:
牡羊座5°『翼を持つ三角形』


  翼を持つ三角形? それって何だろう? 三角形は3本の直線からなる、図形の基本的なかたちです。2本では閉じた図形を創れないし、1本足して3本の直線で創れる平面図形はこのかたちにしかなりません。もし「わたし」というそれぞれの「個」を「閉じたひとつの存在」だとするなら、三角形はこの世界を生きる「自分/自我」の基本的なかたちだと言えそうです。でもこのシンボルでは、厳正な幾何学的条件で成り立っているリジッドな「個」に、なんと翼が生えています。うーん、もしかするとそれは、わたし達それぞれに備わった「思考の翼」を表しているのかも? 右と左、二枚の羽を羽ばたかせて「飛ぶ」能力を持つことの意味。 “wing” はそのルーツが風を意味する “wind” ということばと近い関係にあるそうで、ここには風に乗って気ままに飛び回る手段を得たわたし達の姿、いえ、というよりは こころ=自我 の状態が示されているように思えます。


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  高さが変われば見える風景も変わる。羽があれば、暗い森もひとっ飛び。遠い見知らぬ街にだって飛んで行ける! それは幾何学のように固く厳しく規定されたルールを軽々と飛び越え、まるで今までの自分を超越したような感覚です。これまではあまりに遠くて一生縁なんかない、無理だ...なんて思っていたけど、羽ばたいてみたら本当は何だって出来るのかもしれない。あぁ、もしかしたら...コンピュータ・テクノロジーという羽を得て仮想世界に足を踏み入れたわたし達は、すでにゲームやSNSを通してちょっぴりそんな気分を味わっているのかもしれません。「わたしが考えた素晴らしいわたし」。それが実体を持たない世界のかりそめの自由だったとしても、たとえひとときのゲームに過ぎなかったとしても “電子の世界” では何にでもなることが出来ます。

  でも、だからといって「三角形」そのものが形を変えるわけではありません。リジッドに閉じられた「わたし」はそのまま。イマジネーションの中では、ルールに縛られた世界でキャンプファイアー(みんなで護る聖なる火)を囲むひとびとをはるか下に見ながら自在に飛ぶことは出来ても、実際に社会的な生き物としての形を変えることは出来ません。人間が人間であるための基本的な決まりごとも、社会に護られて生きていくための条件も、たぶん変えることは出来ないし、本当はきっと、変えたいとも思っていない。ならばわたし達は、思考の羽を羽ばたかせて空高く舞いながら、ただ自分が本当にフィット出来る集団、信じることの出来るキャンプファイアー、「聖なる火」を探し続けているのかもしれない...。


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  それでもこの三角形の中身を、自分自身という「知覚」や「概念」の集積を、変容させていくことは出来る。 あるひとはより柔らかく、あるひとはより堅固に。ときには詩的に、透明に。あるいは一瞬、空っぽに。また別のひとは飛び回った場所のデータをきっちり詰め込み、それをいつも咀嚼しながら自分を変容させてる。「自分」という三角形はひととは違う。同じ三角形だけど、みんな違う。そしてみんな、人生の中で何かにぶつかったとき、思考の羽を伸ばし、羽ばたき、考え、感じて、その都度の真実、自分の真実を見つけていく。たぶんそれは、自分だけのもの。たとえみんなが並んで同じ火を見つめていたとしても、見ている火の色は、それぞれに違う。それでいい。もし、みんなが互いにその火から暖を取り、森の獣たちから身を護り、ひとときを無事に楽しく過ごすために集っているのだということさえ知っているのなら。

  それでも、人里離れた森を散策しようと離れていくひとはおそらくいるでしょう。数は少ないけれど。彼らは常に新たな「火」を求め続けるさまよいびとです。彼らは闇にまぎれた獣たちにいのちを捧げることになっても後悔はしないし、誰かに助けを求めることもなく、文句を言ったり恨むこともないでしょう。それもまた、道。それもまた、絶望など突き抜けてしまった生の姿です。


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  では、わたし達はどうでしょう? 自分にフィットしたキャンプファイアーを探し、みんなで囲むか? それには常に経験を通して自我を成長させ、ある理解に達するための努力が要ります。それは三角形の内奥を変容させていくこと。それに疲れてフラフラと小径に出れば、孤独に迷って誰かに助けを求めたり、居心地悪いと感じていたはずの場所に逃げ帰ることになるかもしれません。うーん、考えてみると、どちらも厳しい道かもしれないなぁ。結局、わたし達は「グループ・アイデンティティ」と「本当のわたし」の間を一生揺れ動きながら生きていくのかもしれません。

でも。わたし達は、それぞれに、実はどこかでわかっているはず。自分の本当の居場所がどんなところかを。どんな「火」を求めているかを。

それはもしかしたら、外の世界にも、いえ仮想世界にさえ、有りはしないのかもしれません。このシンボルを補完する対向度数、天秤座5°のシンボルは『真実の内的知識を教えるひと』です。そこに象徴される「真実の内的知識」とは何なのか? もしかすると、そのことばが究極に意味するのは、わたし達の内的宇宙に燃え続ける「永遠の火」ではないでしょうか? たぶんそれは、自我の「わたし」という三角形が燃え尽きたあとに立ちのぼる、微かで透明な炎かもしれません。



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have a great trek!!!★

hiyoka(^_^




hiyoka_blue at 14:27|PermalinkComments(0)

February 23, 2020

🌑2/24の新月―みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)

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    新月は前回からの課題を経て、次の新月までの約1ヶ月をかけて取り組む新しいテーマが開示される時。 そしてこれは生まれた星座に関係なく、地球に生きるわたし達みんなに平等に降り注ぐエネルギーです。わたし達はこのエネルギーを使って日々、自分なりに考え行動していきます。その現れはひとの数だけ様々ですが、やがてはお互いに影響しあいながら、社会・国・世界の潮流を作っていきます。これは言い換えると、わたし達を取り囲む「空間の雰囲気」です。星読みの世界から見れば、誰もがその中で生き、そのテーマに呼応して・・(素直になったり、反抗したり、無視したりしながら・・)自分なりの人生を創造していると言えます。 その意味でも、刻々と変容していく惑星エネルギーの流れをおおまかに知っておくことは、きっと何かの役に立つのではないでしょうか。
    例えば... シンボルの光景やキーワードを覚えておくだけでも、何かに迷った時の指針になるはず。ではでは今月も行ってみます!(^_-)
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★新月タイムスケジュール★
願い事やアファメーション、ヒーリング・メディテーションなどしたい方は、もし可能ならこの時間帯に合わせてみてください。エネルギーの高まりを感じとれると思います。(^_^)

【地方平均太陽時: ソーラータイム(LMT) 】
東京・関東ローカルで  2月24日0:50前後、北海道周辺で 0:56前後、関西方面(日本標準時ならこの時間)は0:31頃、沖縄周辺では0:01前後に魚座 04°28’ で新月となります。

前回の新月のテーマについてはココ、満月はをココご覧ください。

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サビアン・シンボルによる【 新月がもたらすテーマと挑戦 】
*ここではデーン・ルージャー(ルディアー)版やマーク・エドモンド・ジョーンズ版の解釈ではなく、透視家エルシィ・ウィーラーの伝えた象徴の言葉をそのまま書き写した「オリジナル版サビアン・シンボル」を使ったブレイン・ボヴィの解釈を参考にし、アスペクトを加味して読んでいます。
*テーマはひとつの意識の流れを表したものです。この流れは順不同に現れたり循環したり、ひとつだけ突出して感じられる場合もあります。また、解釈の内容はその時々のアスペクトを意識しながら抽出しています。


【月・太陽 ♓️魚座04°~05°― 発効期:2/24~3/23 】
🌑🌞”Heavy traffic on a narrow isthmus”
   『狭い地峡の交通渋滞』
            
🌑🌞”A church bazaar”
   『教会のバザー』

【テーマがもたらす雰囲気と挑戦(順不同)】
 ※ひとによっては数日前から前倒しで感じられると思います。
 ※今回は新月から満月を経て次の新月まで共振し続けるキーワードを抽出しています。

 
→★目的へと向かう細く険しい道の途上で寛容さや寛大さを試される経験
→★強力な感情の爆発や “こころここにあらず” から起きる無意識の事故に注意
→★文化や人種という厚い壁を無垢な子供のような遊びごころで乗り越える必要
→★肩書き、外見、ことばや雰囲気に惑わされず、真っ直ぐにひとを見通す力
→★ありのままの物事をそのまま受け止め、それでも幸せと平穏を見出せる器を磨く
→★起きていることの光と影、両側面を知りながら自分を貫くひと筋の流れを信頼する
→★自分の観点にこだわり過ぎて他者が見る「事実」を受け入れられない傾向に注意
→★本当に価値ある物事は「耐えて待つ」だけの値打ちがあるという真実
→★物事はいつも想定外の領域から予測を超えてやってくると知りつつ平常心で構える
→★リアリティを超えた世界で全てが一つの家族となるような夢を創造的に活かす
→★オープンなこころと態度を貫き、和解不能な相違を乗り越えていくための力と挑戦
→★つまらない物や見えないもの、取るに足らない存在の中に聖なる意味を見出す
→★外面的で理屈上の包括性とは極北の「ひとつ」であることの真の意味を知る必要
→★「お手盛り」の報酬やイージーな見返りに飛びついたり期待することの愚かさ
→★落ち着いて物事の流れを見据え「正しく行間を読む」ことを心がける必要
→★ただ自分自身にのみ眼差しを向け、目前の深淵に飛び込んでいく
→★時をかけて耐え、自己の内部で鍛えてきたことばにならない力を信頼して進む
→★不思議さに驚嘆し歓びを感じる感性とユーモア精神で難関を乗り越えていく・・・→


エネルギーのポイント:前回の新月『沈着、休止、見直し、静的発進』
             
            今回の新月淀みと荒波の中で冷たい月の浄さを保つ』                 
            
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★2月新月の星模様とチャレンジ ★

(主なアスペクトとスケジュールざっと)

ASC:射手座1°58 MC:乙女座14°16

新月とキラルス(無辜の犠牲)がセスキスクエア  
新月とグリーヴ(悲哀)がクインデチレ、グリーヴとルシファーがセミスクエア

山羊座の火星・フォルスのコンジャンクションが牡牛座の天王星にトライン、カイロンにスクエア
火星・フォルスが双子座のアスボルスにクインデチレ
火星とフォルスは12月26日の日蝕の位置にきており強化されている

 火星・フォルスのコンビネーションがここで強化されることから、新型コロナウイルスの勢いがまだしばらく衰えないことを示唆すると思われる。突然浮上する物事、噴出する感情に注意

牡羊座の金星・山羊座の木星がスクエア
金星・木星スクエアのミッドポイント(MP)に新月が来る
(本音や本性が露わになりやすい、状況の見極めが困難になる、他者の分まで負う過剰な責任とそこから来るストレス、緊張感に注意)

MCに小惑星ハザード(危機、臨戦態勢)がコンジャンクト
逆行の水星・冥王星・オルクス・キラルスでウォリサム・レクタングル形成

木星・海王星がセクスタイル
(非常に流動的な状況、押しと引きの読み誤り注意、真の出番を待って吉)

土星・カリクロとファエトンがスクエア
(見たいことだけ見る、聞きたいことだけ聞く傾向が強まるのでミスに注意)

冥王星と蟹座のキラルスがオポジション(超長期)

水星とネッソスがオルクスにオポジション、グリーヴにクインカンクス

2月26日:火星が月のSノードにコンジャンクト、BMリリスとでTスクエア
      :水星逆行の中日
2月28日~29日:金星・エリスがコンジャンクト、冥王星にスクエア
月1日~2日:太陽・ネッソスがコンジャンクトでオルクスにオポジション
3月3日:火星がOOBを外れ通常に戻る
3月4日:金星・土星がスクエア
3月6日:カイロン・フォルスがスクエア、金星・ファエトンがコンジャンクト
3月9日:金星・天王星がコンジャンクト

そして
3月10日02:48 乙女座19°37’で満月!
  (ASCに火星がコンジャンクト、水星順行)


≪ これからの流れをざっとメモ的に ≫

  この新月は火星が2019年12月26日の金環日食の位置に乗ってエネルギーチャージ。その後火星は月のSノードを通って3月20日からカプリコーン・ステリウムに合流。木星、冥王星とのコンジャンクトを終えて4月1日には水瓶座0°台で火星・土星のコンジャンクションが起きる(この位置はいくつか存在する中国建国図の一つではアセンダント<水瓶座1°台>の直近となるため、この時期に何らかの事象または変化が起きるかどうか見ておきたい)。

また同時に、山羊座を運行する木星が冥王星とパラスにコンジャンクトしていく。そして蟹座のキラルス、牡羊座のエリスが加わってTスクエアを形成、また乙女座のオルクスとはトールのハンマー/クァドリフォームも形成する。そのため、これからの1ヵ月は世界中にかなり強力な出来事が起きてくるかもしれない。この期間は引き続き新型肺炎のような疾病のほか、地震、噴火、激しい気象などの自然災害や事故・事件、火災、テロ行為の危険期。そして激しい政争や、審判と断罪を望む大衆心理が一段と強化されるかも。

  また太陽が海王星にコンジャンクトし、火星がアセンダントに乗り、水星がアグニ(火の試練)とニアミスしながら順行に転じ、IC近くの3室(コミュニケーション全般)で金星・天王星・ファエトンがコンジャンクトする3月10日の満月期前後も要注意。真実は非常に見えにくい。引き続き、デマ、流言飛語、フェイクニュース、情報の切り取りや操作は増加傾向。不安を抱えたこころはその不安を増幅させるような情報ばかりを好んで引き寄せる。スケープゴートに石を投げる行為や魔女狩りの松明行列に加わるような誘惑は避けて吉。建設的でない行為は巡り巡って自分に戻ってくる。

  集合心理でも個人レベルでも、このエネルギーに触れると感情の起伏は激しくなりがちで、対人関係などちょっとした刺激に喜怒哀楽が増幅されるひとが増えそう。火星とフォルスが強化されるので、お酒の飲み過ぎや薬物(アレルギー反応なども含む)要注意。この新月・満月期は、社会的にも個人的にも、今年最初の大きな節目になるかもしれない。なので、この時期の過ごし方と自己の内的世界のありようは、今後数年間のスタートラインとしてとても大切だと思う。冷静さと温かなこころの両方を保ち、内なる力を蓄え続けることが鍵となりそう。

喜怒哀楽の喜と楽は大いに楽しみ、もし怒りを感じたら天に向かってツバを吐き、そのツバが怒りの対象と自分の頭の両方に怒濤の滝となって落ちてくるところまでを見届けて笑ってほしいところ(単なるイメージです)。そして哀は...もし出来るなら、自分の体にこの瞬間も燃え続ける火を思い出して、そっと温めてあげてね。

前へ出ろ、行動しろ、何か言えと背中を押す力を強く感じるひともいるかもしれないけれど、けっして無理しないこと。基調としては全体の壮大な流れを見ていきたいとき。もし今まで勇気がなくてやれなかったことに一歩踏み出したいと感じるなら、水星逆行期に一度過去の体験をふり返り、踏み出せなかった理由、それを何故変えたいのかを再吟味してみるといいかも。そして順行に転じた後も進む気持ちが変わらないなら、ウォーミングアップ開始…!くらいのペースでもいいんじゃないかな。


…と。この後、最後に新型コロナウイルスとケンタウルス族の小惑星フォルスとの興味深い関連について書くつもりだったけど...そろそろ力尽きてきたので、たぶん数日中に別立ての記事としてUPすると思います。😓


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★2月新月のサビアン・シンボル★


新月のベースとなるシンボル:
 魚座4°『狭い地峡の交通渋滞』

   さて今回の新月、ベースとなるシンボルは魚座4°『狭い地峡の交通渋滞』です。この「地峡」とは、たとえば大陸と半島を結ぶ細長い架け橋のような形の陸地。ちょうどボトルネックになるような地形です。海に向かって拡がった半島には、きっと素晴らしい眺めのビーチや素敵なテーマパークがあるのかもしれません。みんながそこに行きたがる、夢が満載な場所。 何の心配も不安もなく、思いっきりリラックスして羽根を伸ばせるところ。

けれどそこに通じる細い道は、今や観光バスやらキャンピングカー、家族連れやカップルを乗せたマイカーなど沢山の車で大渋滞。もう何時間同じ所に止まっているでしょう? なんだかもう、永遠に行き着けないような気がしてきました。わたし達はイライラしながらフラストレーションを溜め込んでいきます。目指すあの場所に着きさえすれば。あともう少しで何かが掴めるかもしれないのに。夢に手が届きそうなのに。安心出来て、全てが解決するのに。邪魔な車がみんないなくなればいい。何故こんな日に皆、こんな所にいなくちゃいけないんだろう?


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   わたし達の目の前に、たった1本の狭い道、先行きの見えない道しか存在しないことがあります。どうしようもない現実に嫌気がさしても、その道から外れられないときがあります。何故だろう? 気付こうと気付くまいと、自分自身が選んでそこまで来たはず。そこに居るはず。 それとも、自分ではどうすることも出来ないままどうしようもない流れに押されて何故かその道にみんなと一緒に並んでいるのでしょうか? 本当に?

その道は、わたし達の精神そのものを物語っているのかもしれません。自分で選んだ考え方、方法論。頑張って到達しようとしている境地。あるいは、そこを目指せば何とかなると予測して選んだ道。でも、なかなか辿り着けない。行き詰まってしまった。それでもその道一本に集中し、忍耐をもって遅々としながらも頑張って進んで行くのか? 本当は永遠に辿り着けないんじゃないのか? 自分の選択は本当は大きな間違いで、そんな能力なんて最初からなかったんじゃないか? あぁ、疲れた。 何だかイヤになるなぁ。倦怠。またはどこからともなくやってくるブルーな気持ち。別の道、別の過ごし方を選んでいれば、今頃は……。いや待てよ?だいたいこの道を勧めたのはアイツじゃないか。そうだアイツのせいだ。こんなに大変だなんて誰も言わなかったじゃないか! 


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  刻々と時は過ぎ、日は翳り、あたりは少しずつ暗くなってきます。夜になったらどうしよう… だいたいこんな身動き出来ない状態で万一地震でも起きたら逃げられないよ… 苛立ちと不安で思いは千々に乱れます。ふと見ると、先のほうで我慢しきれなくなった一台の車が脇の木立へと入っていくようです。でもスマホのマップで確かめても、そこには道など表示されてない。迂回路もないはず。ん?新しく林道でも出来たのかな? 思い切ってその車に付いていってみるか? どうしよう? 一台、また一台と釣られて列を離れる車が目に付く。けれど彼らがどこに辿り着くかは誰にもわからない。もしかしたらそれは、夕暮れのあやかしが誘う幻の道? 二度と戻れない崖っぷちへの道?

  狭い道で交通渋滞にはまったとき、わたし達は目的地と時間の制約に縛られてついイライラしがちです。けど苛立ちや怒りは今、とても危険。意味のない争いで傷ついたり、大きな事故の元だから(実際、魚座4°のシンボルは大小様々な「事故」に関わるケースも多く見られます。しかも今は水星逆行中でOOBの火星は暴発のフォルスとともに去年の日蝕の位置に。転んだりぶつかったりしないよう気をつけてね)。


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  今、わたし達は渋滞した狭隘路に閉じ込められてしまった。でもそれは、ただ予定外のことが起きた、本当はそれだけ。おそらく他の沢山の車も、予定外にこの道で止まってる。みんながそれぞれに、いろんな思いを抱いてそこにいる。それだけ。物事は遅れる。これから先も何があるかはわからない。でも、ただ、それだけ。

『いや、それじゃ済まないんだよ! あれもこれも、予定がめちゃくちゃだ。どうしてくれる!』

うん、そうかもしれない。でも、済まないならそのときは。きっと「わたし」はその済まなさにちゃんと対応してるんじゃないか? 余計なことは考えず、必死に。または相変わらずブツブツ言いながら。それとも「わたし」は、落ちこぼれてそこにうずくまったままだろうか? そうじゃないだろう。何があってもなくても、その一瞬一瞬、「わたし」は「わたし」として、持てる力を振り絞って何かをしている。あるときは怒りにまかせ、アクセルを思いっきり空ぶかしして前後の車に怒号を浴びせられ、あるときは待ち合わせていた相手に平身低頭で電話する。またあるときは... ただ何もしないことを、してる。泣きながら、怒りながら、失望しながら、笑いながら。懸命に。あるいは淡々と。けれどたぶん、それもあれも、どれもがみな、今という日常のひとコマ。そのひとコマひとコマが実はいったい何なのか、真の意味を与えられるのは、たぶん「わたし」しかいない。


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  このベース・シンボルを補完する対向のシンボルは乙女座4°『白人の子供達と遊ぶ黒人の子供』。沢山の白い子供達と、たったひとりの黒い子供。白と黒、黒と白。その際立つ見かけの差など気にもせず、一緒にキャッキャと遊んでる子供達。いや、そんなんじゃないのかも? 彼らはただ、その「差異」さえも互いに楽しむことの出来る、“遊びの達人”なのかもしれません。

ならもしかして、この世の扉を開けて出て来たばかりの自分に戻れたとしたらどうだろう? そんなことをちょっと想像してみる。本当に、何でもない赤子のような自分。この世で最初の他者である親、家族との触れあい、そのインパクトが起きる以前の裸の自分。そこには見えない道が無数にあったのかもしれない。いや、それは「道」でさえなかった。一本の整備された道があるなんて、本当は幻かもしれない。あれやこれやの小うるさいマインドを、こうすればこうなるという経験知を一度全部吹っ飛ばして、覗き込む先に見えるのは ― 無色透明の純粋な「意志」ひとつ。


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  なら、こうして待っているのも悪くないのかな...。何故なら無色透明な意志にとって、列をなして止まっているその一瞬一瞬がとてつもなく新しいのだから。いつも乗っている小さな車の中にだって、沢山の新鮮な発見があるかもしれない。いつか落として忘れてた座席の下の小さなコイン、片方だけのイヤリング。あの日あのときの写真が見つかるかもしれない。「あれ? こんなところにこんなものが..?」自分という小さな密室の中には、まだまだ沢山の可能性がひそやかに、見出されるのを待っている......。

  ひとつの出来事には無数の解釈と感じ方があります。人間の数だけ。存在の数だけ。あるいは、胎内宇宙の数だけ。 

この世界に「唯一の正しさ」「唯一の幸福」など無く、全ては「自分という意志」とそこから伸びてきた “触手” としての「モチベーション」が鏡に映ったものだったら? 在ることとは「欲」であり、「純粋な欲」がこの世界の全てを支えているのだとしたら? 様々な欲と想いがぶつかりあい絡みあい、進まなくなってしまった隘路の先には何が見えるのだろう?


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  今、年齢も立場も性別も関係なく、そんな世界を遊ぶために生まれて来た たったひとりの裸の「わたし」に一度戻ってみるのも悪くない。幸せ、成功、安定、安心、優位性へのこだわりや利害。傷、痛み、恨み、怒り、嫉み、不安、恐怖。その結果として他者に向けたはずが結局は自分に帰ってくる批判と攻撃。あちこちから湧き起こるプチ不幸の呪文がいっせいに流れ込んで溢れゆく災厄の大河。そんな “システム” が、確かに存在する。それをわたし達は「業」や「カルマ」と呼ぶのかもしれない。ならば人間にとっては全てがアリなんだと認めた上で、一度思いっきり泣き笑いしてみてはどうだろう? ことばを知らない子供みたいに。この新月に示される究極の「狭い道」「狭き門」とは、そんな「裸のわたし」だけが通れるゲートかもしれません。

  今、その門を通るか? それとももう少し先なのか? きっとそれは、ひとそれぞれ。けれど、世界が狭い地峡に差しかかるとき、そこでは常に渋滞が起きるものです。そんなとき...閉じ込められた車の中であれこれ思い悩みながら想像する地峡の先の光景は... ただの幻かもしれません。ひょっとしたら、そこには「世界」さえ存在しないかもしれないのです。もし「きっとこうなる」と思って目指した先に何も無かったら、どうする?
 

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  『ねぇ、車を脇に寄せて、この辺りがどんなところかちょっとだけ探検してみようか? こんな経験、二度とないかもしれないよ?』 

  ん? それってもしかして、何かフラグ立ってない? 行くなら車が視界に入る範囲で、ライトやキーも忘れずに、用心してね。

  『いやぁ、待て待て! マズイよ。だって渋滞が解消したら置いていかれるじゃないか。そうなったら大変なんだ』

  大変? 置いていかれる? うん、そうかもしれない。でも、ただそれだけ。「わたし」が「わたし」である限り、きっと起きたことには対応してる。今はまだ想定外の「わたし」が、予測外の出来事に。 そしてそれが、この先の道を創る。

そしてそれが本当の目的地なら、いつか必ず着く。もしかしたら、予想外のタイミングで。そこには「わたし」を待つ何かがある。たとえ他のひとには見えなくても。だからひとが何と言おうと、裸の「わたし」にとっては成功も失敗も、ありはしない。そう、ただそれだけを、わかっていればいい。さぁ、“渋滞の達人” になってみよう。 正しく “怖れる” のではなく、正しく “用心” しながら、ね。


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新月のメイン・シンボル:
 魚座5°『教会のバザー』


  さて。延々と連なるすったもんだの交通渋滞の果てに、“渋滞の達人” が辿り着いたのはどんなところだろう? それは、教会のバザー。B.ボヴィの解説によれば、1920年代の米国各地域で開かれていたキリスト教会主催のバザーは「霊的な祝祭をコミュニティの全てのひと達と分かち合う場」というイメージなのだそうです。いえ、その地域のコミュニティだけではありません。他所からの訪問者も、放浪の旅人も、バザーで地産品や工芸品を売るためにやってきた商人達や、故郷の楽器を携えて懐かしい曲を奏でる移民達も、全てのひと達を迎え入れ、交流し、神の下に手を取り合うことを旨とした日だったそう。面白いことに、教会の建物外で開催されるバザーでは、他の宗教に関わる品々さえ自由に売られていたのだとか。それは今で言うところの「ダイバーシティ」― 多様性の尊重を、とても素朴なかたちで象徴するハレの日、ハレの場だったのかもしれません」。


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  また、原文の「bazaar」は中東地域から英語圏にやってきた数少ないことばの一つで、元の意味は「公設市場」。ここで売られるものは何でもありという感じ。世界中のありとあらゆる珍しい品や食べ物・飲み物が並べられ、広場は様々な色、音やことば、匂いが渾然一体となった賑やかなお祭り状態。踊るひと、歌うひと、奏でるひと、食べるひと、談笑するひと、商売するひと、ゲームに興じるひとの群れ。そこは非日常を楽しめる異空間というイメージです。

一方、教会を意味する「church」は元々は「力」を意味するギリシャ語の「kuros」、そして「権力者」や「家長」「王」を意味する「kurios」から来ていているのだそうです。つまり「教会=church」はひとびとの王であり、全てを統制する「神」の「家」ということ。だから「教会のバザー」は、「絶対の力を持つ神」の家 ― その破れることのない屋根の下で、あらゆるひとびと、あらゆる生き物達がひとつになり、現世を生きることの楽しみを分かち合うひととき...いわばこの世に出現したミニ天国という構図に近いかもしれません。そこでは全てのひとびとが、何の資格もどんな条件も要らぬままに自由に交流し、一切のタブーも差別もなくどんな物でも売り買いすることが出来ます。楽しくお喋りし、笑い合い、歌い踊りながら。


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  どこからともなくえも言われぬエキゾチックな香りが漂う中。ペルシャ絨毯の隣にはマーサおばさんが焼いたチョコクッキーが、壺入りの中国茶の隣にはサルディニア島のオリーブオイルが、日本の着物があるかと思えばその隣には古いブルースのレコードが山積みに... それを売っているのはジャマイカからやって来たペドロおじさん…。みんな、見たこともない珍品に驚き、美しい民族衣装を試しに着てみたり、おどけてポーズを取ったりしてる。そこには「文化の盗用だ!」なんて咎めるひともいない。小難しい民族的アイデンティティも、イデオロギーも、宗教の違いさえ関係ない。うーん、きっと楽しいでしょうね。それは今も(いえ、今だからこそ?)多くのひと達が夢見る理想の場、理想の社会の縮図かもしれません。

けれど、また別の側面を見てみるなら。教会のバザーは「絶対の力」を象徴する「神の庇護」の下にしつらえられた、特別な場でもあります。何が起きようと、そこなら安心。だって神を超える力などありはしない。たとえ悪魔が来ようと、嵐や疫病が襲ってこようと、神がわたし達みんなを護ってくださるのだから。万物の父なる神が、ひと声「去れ!消えよ!」と厳かにのたまえば、たちまち悪は退散し、不安も恐怖も消え失せて楽しいさんざめきが戻ってくる。そんな夢のような成り行きが約束された世界...。だからこそ、そんな余裕と保証があるからこそ。わたし達は、拠って立つ土壌がどんなに違っていたとしても、富める者も貧しい者も、強者も弱者もみなが互いの声を聴きあい、ともに楽しむことが出来るのではないでしょうか...。


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  けれど現実世界では、なかなかそうはいきません。多くのひとが豊かさや平和を享受出来ているときなら、そんな理想だって描けるかもしれない。けれど不況が足音を立てて近付き、沢山の国々が不穏な空気に包まれ、そこに何だか怖ろしげな伝染病がまん延し始めたら? 固い信仰心や独自の信条を持つひとは別かもしれないけど、大抵のひとびとはまず自分の、愛する家族の、身近なひと達の、いのちと暮らしを一番に護りたいと望むでしょう。そして、穢れをもたらす「魔」の存在をコミュニティから排除したいと欲します。けれど、絶対の力を持つ神の姿は見えない。では何がわたし達を護ってくれるのだろう?  自分達が属する共同体? 国家?

  さてこの感じ… 今、新型肺炎が猛威をふるう中でわたし達が理想として思い描く国のリーダー像にも重なって見える部分があるように思えるのだけど、どうでしょう? 


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  たとえば今、天上で絶大な力を発揮している惑星ペアといえば、山羊座の土星と冥王星です。このペアが意味する社会的な顕れについては、去年12月に出版されたメリマンさんの『フォーキャスト2020』(マンデーン版は4月1日ごろ発売予定)の中で27ページにもわたって詳説されているので、持っているひとはもう一度参照してほしいのですが...。この本の土星・冥王星に関する章『山羊座の土星と冥王星:ヒーローと悪役と』では、両惑星コンジャンクションのキーワードとして「悪役」と「ヒーロー」、二つの表現が使われています。「悪役」とは、山羊座の土星と冥王星が最悪のかたちで顕現した場合の姿。そして「ヒーロー」とは、最善のかたちで顕現した場合の姿です。そう、まさに「黒か 白か?」です。

  けれど実際にはそれほどくっきりとヒーロー役や悪役に分けることが出来るわけではなく、ひとつの実在(政府や公的機関、地方自治体、企業など)、ひとりの人間が、見るひとの気持ちのフィルター(と都合)やそのときの状況によって、ときには黒に見え、たまに白にも見え、多くの場合はグレイだったりするのではないでしょうか。わたし達ひとりひとりがそうであるように、集合体としての統制機関やそれを統轄する存在もまた、わたし達と同じ血の通った人間の集まりにすぎないのだから。


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  山羊座はマンデーン・アストロロジーの世界では国の政府や権力者、公的機関、そして世の中で権威を持つ立場にある個人を意味します(ナチュラルハウス10室)。そしてこれを国民(沢山の「わたし」の集合体/蟹座、ナチュラルハウス4室/護り、護られる)の立場から見るときは、(民主主義や独裁体制などそれぞれの手続きは異なるとしても)その理想像のベースとしてなにかと頼りになる「家長」や尊敬すべき「父」または堂々たる「王」の像を投影する心理が生じることになります。

つまり、何か重大事が起きたときは勇壮なファンファーレとともに現れ、即座に大鉈ふるって「悪」を倒し、一家(国)と家族(国民)の命と名誉を護ってくれるスーパーヒーロー(正義の統制者、または独裁者)を望む集合意識が浮上しやすいということです。破壊を怖れず、外部には冷徹にふるまう強い父/親分の像(そして、内に向けては優しい母の顔を持てれば最高 — 山羊座・蟹座軸)。

平時は法に護られること、法を遵守することを厳しく要求するわたし達だけど、一旦危機がやってくれば、法を曲げてでも派手な大鉈をふるい、いち早く物事を解決してくれる(少なくとも上辺ではそう見える)ヒーローの出現を望みます。右も左も関係なく、ドラマティックな正義の告発者がもてはやされ、その行為から入った小さな亀裂が長い目で見てどんな結果をもたらすかなど、ほとんどの場合、考慮されることはありません。目先の怖れに追い立てられ、神ならぬ身に神業を期待すれば、100点以外はゼロ評価。物事の評価は真っ二つに割れ、あの手この手で断罪の快感を演出するメディアがそれを煽ります。そんなとき、良いニュースは無視され、穏やかな言説は怠惰な臆病者の烙印を押されがち。米国のトランプ大統領や、彼に対抗して極端なプログレッシブ・レフトの政策を掲げるバーニー・サンダース氏がコアな支持層を持つのも、様々な不安感に覆われる今を物語っているのかもしれません。


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  けれど集合意識は気まぐれです。「よしそれなら!」と強権発動すれば、当初は良くても後になって、無理を重ねたひずみが生み出すネガティブな結果と直面するときが来るでしょう。それはやがて、冥王星がうっそりと熟すころに新たな不満となって拡がり、称賛されてきた当事者を打ち据えます。

「ヒーローだと思っていたのに実は悪役だった!」または、もしかすると反対に「唾棄すべき悪役だとされて追われたけれど、本当の姿は違っていた...」なんてこともあるのかもしれません。わたし達の社会には常に多くの不可視の部分が存在し、時が至るまでは全てがグレーかマーブル模様です。けれど、もしもそのときが至って、ひとびとが選択した道の間違いに気付いたとしても...後戻りはないでしょう。社会の変革期に、いいとこ取りは出来ません。古くなったシステムが破壊され、その灰燼から抜け出して再び新たな建設が始まるまでは。この世界では、そんな歴史が幾度となく繰り返されてきたのではないでしょうか。(ただし、日本の戦後始原図にはもう少し別の難しさと展開がありそうにも見えるけれど...その話はあまりに脇道に逸れるのでまたの機会に)。

  間違いを犯すことなどあり得ない神(または神々)の庇護のもとに集うひとびと。愛と優しさと温かさと笑顔に満ちた、素敵なバザー。ある意味でこれはとても魚座らしいシンボルです。そして対向の乙女座5°のシンボルは『妖精を夢見ている男』。これもふうわりとした感じで、どちらかというと、こっちのほうが魚座っぽいかな? こちらは目に見えない繊細な世界を感じ取る細やかな感性を示唆し、現実的と言われる乙女座の芯にひそむ、夢想的な面を描いています。そしてこの軸のどちらの度数も、イマジネーション豊かなファンタジーの世界に誘うとともに、リアリティを正確に知覚出来ないときに待ち受ける危険をも示唆しています(稀な事例では、マインドコントロールで他者を支配、操縦するような傾向も)。

  そんなわけで、この魚座の濃霧を通してほの見える「現実」は、たぶん神様の管轄外。この世界をどうするかは、きっとわたし達人間の裁量と度量に任されているのでしょう。確かに人間はみんな、理想を夢見て生きようとするかもしれない。けれど外側からどんどん現実が押し寄せてきて、夢のとおりにはなかなかいかない。はぁ... ついつい石のひとつも投げてみたくなるなぁ..。


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  絶対者である神。創造の源。あるいは正義のヒーロー。もしそんなエンティティが本当に存在するのだとしても、彼らはわたし達人間の歩み、その一挙手一投足をこと細かく導いてくれたりはしないでしょう。「聖なるもの」がもし在るとすれば、それはけっして 共依存 を許したりはしないから。だから、どんな状況にあっても “自分自身の聖なる空間” を保ち続けたいのなら、それを自身に課すことが出来るのは、ひとりひとりの「わたし」だけです。

それと同じように、惑星の動きや位置、アスペクトが人間を引き上げたり、貶めたり、幸せにするのではありません。星々のシステムはただテーマと挑戦を示唆し、その圧を強めたり弱めたりしながら、わたし達とともに巡り続けています。 そして、生きとし生けるもの達の生を映し、無数の人間が生きたうたかたの証しを自らのエネルギーとしながら、今、この瞬間も 悠々と旅を続けています。彼らは、わたし達です。


  だから、今。もしこれを読んでくれているあなたが、人生の様々なフラストレーションを噴出させながら否定の大河を目指してほとばしる想念の流れから否応なくはじき出されてしまったと感じているなら。ただ静かに自分の中のハレの祭りを祝うとき。

世界中のひとびとが創る壮大な悲喜劇の奔流を背に、新月の闇に包まれながら...世界の不思議さに微笑んでみよう。



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have a great trek!!!★

hiyoka(^_^


hiyoka_blue at 21:00|PermalinkComments(2)

February 07, 2020

🌕2月9日の満月 ― みんなに降り注ぐエネルギー(メモ風?に)

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    満月は前回の新月のテーマが熟し、花開き実を結ぶときです。 この日は太陽と月が、地球を挟んでちょうど反対側にやってきます。0°の新月から始まった地球全体への課題は、満月で180° 対向のエネルギー同士がぶつかりあい補いあうことにより、輝く満月というひとつの「結果」を見せてくれます。それは、わたし達が空間から受け取ったエネルギーをどう昇華し、現実に表現してきたのかを、あらためて見せてくれる「鏡」だと言えるかもしれません。なので満月のテーマは新月の瞬間から色濃く育っていくとも言えるでしょう。そして わたし達はみな満月を超えて、次の新月までにその経験を消化(昇華)し、エネルギーはゆっくりと静まっていきます。それはこの世界に生きるわたし達の意識に与えられたプログラミングの一種かもしれません。そんなシステムをどう使うのか?それとも使われるのか? それはきっとわたし達次第。さぁ、今回はどんな風景が見えるでしょうか? では今月も行ってみます。(^_-)~☆
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★満月タイムスケジュール★
エネルギーが高まる時です。ヒーリング・メディテーションや祈りを捧げたい方は、もし可能ならこの時間帯(ずれるなら満月前がベター)に合わせてみてください。エネルギーの高まりを感じられると思います。

【地方平均太陽時:ソーラータイム(LMT)】
東京・関東ローカルで 2月9日16:52前後、北海道周辺で16:58前後、関西方面は16:33頃(日本標準時の場合はこの時間)、沖縄周辺で16:03前後に 獅子座20°00'で満月となります。

今回のテーマのベースであり、今も背景で発効し続ける新月の大テーマについてはココをご覧ください。
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サビアン・シンボルによる【満月がもたらすテーマと挑戦】
*ここではデーン・ルージャー(ルディアー)版やマーク・エドモンド・ジョーンズ版の解釈ではなく、透視家エルシィ・ウィーラーの伝えた言葉をそのまま書き写したオリジナル版サビアン・シンボルを使ったブレイン・ボヴィの解釈を参考に、アスペクトを加味して書き下ろしています。
*テーマはひとつの意識の流れを表したものです。この流れは順不同に現れたり循環したり、ひとつだけ突出して感じられる場合もあります。また、内容はその時々のアスペクトを意識しながら抽出しています。


【月♌️獅子座20°→21°/ 太陽♒水瓶座20°→21°】
  月🌕 “The Zuni sun worshippers”
  『ズニの太陽崇拝者

   太陽🌞 “A big white dove, a message bearer”
  『大きな白い鳩 ― メッセージを携えた者』
     ↓↓↓
  月🌕”Chickens intoxicated”
  『酔って興奮する鶏達

   太陽🌞“A woman disappointed and disillusioned”
  『落胆し幻滅を感じる女』

2月24日新月 魚座4°台
 『狭い地峡の交通渋滞』『教会のバザー』
  に繋がっていく

【テーマがもたらす雰囲気と挑戦(順不同)テーマ発効期~2/23】
 ※満月の場合、1週間~数日前から前倒しで感じられると思います。

→★汚濁を焼き尽くす火による浄化、または絶対的な力への畏敬や恐怖
→★父権的な統率力が象徴する護りと秩序へのあこがれ
→★自分が属する“種族”や“ファミリー”に忠実であろうとする
→★偏見に根ざした憎悪、または非現実的な包括主義に極化する傾向
→★荒波の中でも揺らされず真のメッセージを聞き分ける必要
→★個人、または集団レベルで孤立主義(または党派性)へと向かう傾向
→★偽の希望、勝手な期待が裏切られたと感じて逆上や激昂する危険
→★「自分こそが」という感覚や頑ななプライドを捨てる勇気
→★良かれと思っての行為もやり過ぎると逆に毒となる可能性
→★他者に期待しすぎるか、または誰にも耳を貸さない傾向
→★経験不足や無知による錯覚、幻想、勘違い、陶酔と
   成熟し、醒めた現実的な見通しを対比させて判断する必要
→★辛辣さや痛烈さ、モラルすれすれの一時的で派手な言動への誘惑
→★思い込みの強さによる聞き違い、読み違い、パニックに注意
→★自分の小さな現実を基準にして全宇宙を判断する傾向
→★狭く曲がりくねった道を目的に向かって進むために必要な
   寛容さと寛大さ
→★澄みわたるこころのやわらかさを感じそれを常に保っていく
→★「全てはひとつ」という包括的な精神の光と影を見る・・・→


エネルギーのポイント:新月
           『沈着、休止、見直し、静的発進』
            ↓
            満月(新月と同じ)
           『沈着、休止、見直し、静的発進
            

200209FM


★サビアン・シンボル MEMO★

ベースのシンボル:獅子座20°『ズニの太陽崇拝者』


ZUNI
 Image of Zuni Pueblo created during the U.S. Army Corps of Topographical Engineers's 1851
 expedition to Arizona which was led by Captain Sitgreaves


「ズニ」についての豆知識(主にwikipediaより)

  「ズニ」とは主に米国ニューメキシコ州西部に生きるネイティブ・アメリカンのひとびとで、プエブロ族として社会、宗教、農耕などに共通の習慣を持つ集団の中でも、コロラド川支流のズニ川流域に住む集団を指す。彼らは一種の粘土で建造した複雑で複数の階層をもつ住居(プエブロ)を建て、村落を形成して暮らす。考古学的には紀元前1000年からズニ川渓谷に居住しており、当時からすでにトウモロコシ栽培の灌漑技術を持ち、農業と家畜の飼育を行ってきたとされる。その意味で、日本でステレオタイプ化されてきた、テントを張り平原を馬で駆け抜ける “アメリカン・インディアン像”とはかなり異なるタイプのひとびと。部族としての秘儀やプライバシーを大切にしてきた伝統がある。

孤立した言語:特徴として、「ズニ語」は他のネイティブ・アメリカンの言語とは全く関係を持っておらず、その独自性において、少なくとも7000年間はその「完全性」を保ってきたとされている。果たしてその言語はどのようにして生まれたのだろうか?

宗教的人生:ズニのひとびとにとって宗教とその信念体系、それにまつわる儀式は日々の生活の中心とされる。彼らの神話には多くの神々、鬼神や怪物が存在するが、核となるのは「アワナウィロナ」と呼ばれる原初の創造神。そして彼が創った緑色の藻が分裂して「太陽の父」「大地の母」「月の母」となり、そこから世界の全てが生じ、地底はるかな闇の世界には人間が生まれたという。その後ひとびとは太陽の父とその息子達によって昼光の世界に導かれ、現在の人間の姿になった。アワナウィロナ自身が創造の後に自らが太陽そのものになり、「空の父」として雲を創ったともされているので、「創造神」と「太陽の父」は重なる存在なのかもしれない。

また、ズニには『世界には2種類の人間が存在する ― ひとつは「陽に焼けた人」、もうひとつは「焼けていない人」だ』という信条があり、ひとを見る場合その区別/識別が重要とされるそう。


sun


  ズニのひとびとにとって、太陽はおそらく至高の存在。太陽光はいのちの源であり、農作物が枯れることのないように、大地から水を呼び出し雲を創り、恵みの雨をも降らせてくれる。無性の創造神、アワナウィロナが生み出した緑の藻が父なる太陽となり、大地の母となり、月の母となった。そして地下深く闇に生き、角と尾を持つ他は盲目で、口も肛門も、今のような手足もなかった人間を、昼に生きられるよう変容させ、導いた。大いなる父の慈悲の下で厳しい体験に耐えたひとびとは最後に目覚めを体験し、それまでの恐怖から解放されて大いに喜んだと伝えられる。 

今回の満月のベース・シンボル『ズニの太陽崇拝者』には、超短く端折ったとしてもこれだけのコンテクストがある。こうした背景を踏まえて今の世界とわたし達の心理や事象への影響を考えていくとき、何が見えてくるだろう?  

  人間は「力」を好む。何か恐ろしいことが起きたとき、どこからともなく現れて万事解決してくれる英雄を望む。その姿はまるで、万物の祖であり生殺与奪の絶対力を持ちながらも慈悲深い、父なる太陽神。


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  じゃ、わたし達のこころに忍びよってくるのは、その大いなる保護の許にある民として誇りを持ち、一切の穢れを排除したいという願望? 火の力に焼かれることで全ての汚濁と闇から解放され、浄化されることを望む心理? あるいはそんな力の一端を宿す預言者として力をふるってみたいという欲望? 絶対への崇拝を通して期待される絶対的な庇護。神と人間との絆なら、それが成り立つのかもしれない。けれど人間が創った社会という脆弱なピラミッドにこのエネルギーがネガティブに影響したら、どんなことが起きるだろう? 

期待の後で失望したひとびとの怒り。それは何事かが起きたとき庇護者不在の怖れに変わり、怖れはヒステリー状況を創り出す。そして人間ピラミッドは恐怖に駆られたひとびとによって、混乱のうちにその基盤から崩れていく。何が真実なのか、最後まで見えないままに。

このシンボルをことばにすると、何だか時代がかってオーバーにも聞こえるけれど。今、他のニュースを全て吹き飛ばす勢いで拡がっているコロナウイルスの話題に関しては、世界中のメディアで、ネットで、その底流にこれに似た心理のウェーブが強く感じられるように思う。そして、ひとりの人間に過ぎない世界のリーダー達もまた不安と緊張に駆られ、苦悶する。こんなときは(たとえ後により多くの犠牲をともなおうとも)敏速に「穢れの印」を排除し、強圧的にふるまえばふるまうほど評価されることを、彼らは歴史的経験から識っている。そしてそれぞれの国情に合わせ、ギリギリのところで決断することになる。何故ならそれは、儀式と施政の担い手としての彼らが、最終的には自らの手で捧げるべき供物なのだから。それでも、我が身に火の矢が降り注ぐ試練を避けることは出来ない。それが仮想の「太陽の父」が負うべき責任と役割。でもそこから逃避する誘惑と最後まで闘える人間はとても少ないと思う。


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  B.ボヴィの研究によれば、本来、この度数には『どんな物事にも、どんなときや場所やひとにも、それぞれにかけがえのない聖性がやどっていることに深く気付いていく』という含意がある。これは獅子座の中でもかなり霊的な意味が強調される位置。おそらくそれがこの度数の持つ本質ではないかと思う。

けれど(だからこそ?)それと同時に極端なストレスや危機に直面したときに自分自身がどうふるまうのか? それぞれの本質が試される...という側面も持っている。なので、メインのシンボルである次の度数、獅子座21°とともに、今まで見えなかったような「そのひとの無意識の本性」または「何に反応しやすく、どんな問題を抱えているか」が外に向けて露わになりやすい 領域だと言えるかもしれない。

  この満月で月に光を与える太陽側、水瓶座20°のベース・シンボルは『大きな白い鳩 ― メッセージを携えた者』 ... それはきっと、危機のときに助けとなるメッセージ。それは、天空を飛んでやってくる「空の父」からの伝言だろうか? 行き詰まったときに闇を消し去り、こころに平穏と平和をもたらす神聖なコミュニケーション? そんなステキなメッセージを運んでくれる、大きな白い鳩! 「わたし」は眼を閉じ、じっと待つ。そしてそっと眼を開ける。え? 大空には無数の白い鳩が飛んでる!? 鳥!鳥!鳥! ... いったどれがメッセージを携えた鳩なんだろう?


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  よく目を凝らして見ると、他の鳥も混じってるような ...誇らしげに大声で鳴く、あれは白いカラス? あれ?白い鶏達さえも浮き足だって羽ばたいてる。それに、それぞれの鳥がいろんなメッセージを携えて飛んでるみたいだ。じゃ「わたし」のために真のメッセージを運んでくるのはどの鳩なんだろう? 

それはたぶん、純白のメッセージ。透明なほどに、純白。期待もプライドも傷ついた感情も苛立ちも、どんな力もそれには触れることが出来ない。「わたし」の中の透明な純白と、大きな白い鳩の透明な純白が重なり合ったとき。そのときだけに、聞こえる声。音。うた。

それは日々の生活の中に、一瞬の何気ない刻の静止の中で、ことばも無く交わされる聖なるコミュニオンだろうか? そして。やがて「わたし」の中にメッセージが生まれる。他の誰でもない「わたし」からの、「わたし」に向けたメッセージが。

それはもしかしたら、とても日常的な、ふつうのことばかもしれない。
『そうだ。珈琲いれよう。』 ...外では沢山のことが起きている。でも、「わたし」の中には何もない。透明で純白の火が燃えているだけ。


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メインのシンボル:獅子座21°『酔って興奮する鶏達』


  このシンボル、原文の「Chicken」には「鶏」や「若い鶏」という意味の他に、チキンレースということばで使われるような「臆病者」「怖がり屋」「小心者」という意味がある。つまり、「恐怖に駆り立てられやすい性質」を持つ存在。そんなチキン達が、アルコールか薬物かに酔いしれて夢うつつになったり、けたたましく叫んだり、自分も空を飛べるような気になって羽をばたつかせている光景。あるいは悪夢にうなされて夢遊病のようにバタバタと騒いでいる光景。「チキンフィード」と呼ばれる小ぶりな穀物が貯蔵中に発酵すると、それをついばんだ鶏達は酔っぱらって普段は見られない異常な行動を示すのだとか。なのでこれは「崖っぷちの危険とエクスタシーとが表裏一体になった状況」を表す、特に社会的にはちょっと不穏な度数かもしれない。酔いと恐怖に駆り立てられた鶏達は、いったいどんな幻を見るのだろう?


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  たとえば、匿名性の高いSNSなどでよく見られる風景。まるで全てを識り尽くしてでもいるかのような大言壮語や決めつけ、上から目線の非難やこころないことば。仮想の街角で起きる火事と喧嘩の華やかさ。おそらく現実社会で素に戻れば見知らぬひとにはかけようもない、手ひどいことばを吐き出せる、そんな一瞬のプチ・エクスタシー。そして自分を合理化するために、平等、公正、正義の鎧を身にまとう。けれど本当にそこに吹き溜まっているのは、おそらく手つかずのプチ・不幸。癒えることのない小さな傷の数々。そのことばは、現実とも仮想ともつかない空間をあてどなく漂い続ける呪文のよう。

こうしてひとびとの癒えない怖れとあらゆる情を、巨大なバキュームのように吸い込み膨らみ、デマやフェイクニュースが活き活きといのちを持ち始める。たとえそれが、時とともに儚く消える泡だとしても。ひとときの危うい祭りとして。 精神のパンデミックとして。 あるいはもしかしたら、見知らぬひとびとによって周到に仕組まれたプロパガンダとしても。 怒り、歓び、嘆きに諧謔。プラットフォームのタブーに触れない限り、乗って踊るも自由、降りて佇むも自由。世界中のあらゆる想いの大河の中で、今も流れていく無数の「わたし」という詩の一片。


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  わたし達は多かれ少なかれ、他者に期待する。たとえば太陽の父や、大地の母のように自分を理解し、育て、誉め、護り、引き上げ、あるいは自由を与えてくれることを。そして他者から期待されると、自分がその期待に応えて力をふるい、成長し、評価され、羽ばたいていくことを期待する。けれど他者への期待も、他者からの期待を借りた自分への期待も、常に上手くいくとは限らない。というより、失望することのほうが多いこの世界。そこには信頼という名の期待があり、期待という名の依存がある。

だからその関係が望みどおりにならないとき、破れたプライドは怒りに変わるかもしれない。あるいはそれは、深い哀しみと落胆かもしれない。それでも。わたし達はいつも、たとえほんのひとときであっても、主役になりたいと望んでる。ピラミッドの頂点に立ってみたいと望んでる。 みんなの中の、主役。あるいは彼/彼女にとっての、主役。 ここは獅子座第3ディーカンの始まり。天から地へと立ち位置が逆転する乙女座の旅を前に、王者・王女の最後の幻をかいま見る場所。たとえ幻想であっても、たとえ崖っぷちでも、それは「わたしではないわたし」になれる絶好の機会。それも良いかもしれない。けれど待つのはひどい二日酔いと疲労、そして後悔の念。もういやだ。大嫌いだ。こんな自分も、アイツも、あの偉そうなヤツらも...!


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  こうして一夜が明け、鶏達はいくら羽ばたいても飛べない自分を識る。どんなに夢見ても、大きな白い鳩にはなれない。天高く舞う白頭鷲やコンドルにはなれないんだ...。「わたし」はいったい、何故ここにいるんだろう? 「わたし」は ...あまりにも小さい。

月に光を放射する太陽側、水瓶座21°のシンボルは『落胆し幻滅を感じる女』。そう、この気持ち。何度も味わってきた気がする。自分がまだ人間であることにさえ、絶望を感じる一瞬。でも... それさえも、まだ夢の続きなのでは...?


酔っ払って。酔いが醒めて。祭りの後の、否定のとき。薄れていく余韻の中で狂った判断の結果を味わい、現実を視る。Dis-illusion。全ての幻が去り、外にも内にも何も残らない。傷は? うずくかもしれない。自分がまだ期待しているなら。ん?何処かで勝ちどきの声...? 青ざめた一羽の鶏が止まり木の上で、勝った~勝った~と虚空に向かって叫んでる。でも、もう誰も聴いてはいない。その姿は小さい? 大きい? そんな基準も、もう色褪せてしまった。でも。 余計な判断も自他への期待も失せたなら、物事の、真実の姿が見えてくる。ただ、在るだけ。それは、もしかしたら幸せなことかもしれない。透明な純白は、透明だったからこそ、まだここに在る。ここから、またやり直せる。空。白。だから、立つ。


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  物事は成るようになり、たぶん、まだ凸凹道は続く。「わたし」の終わりが来るそのときまで。 毒杯の苦さをいっぱい味わうごとに、生まれ変わり、死に変わり。「わたし」はこれからも透明な物語を紡いでいく。それが、いい。探していた幸福は、まだ未知の物語の中に、ただ閑かに。ここに。何もなく。在り続ける。さりげない日常の、今の中に。


  ...どうかな。獅子座20°~21°の、こんな物語。満月図に寄せて、この度数が包含する人間心理のテーマを 社会的な側面からサクッとまとめるつもりが、ずいぶん長くなってしまったけれど。

総じて各星座宮の20°〜21°の度数ペアに含まれる流れは、その星座宮が持つテーマへの最終的な挑戦が示されることが多い。豪放磊落でプライドが高く、遊び好きで自然に人の上に立つような風格と影響力(または自己肯定感)を持つとされる獅子座では、人間が怖れや焦りを感じたとき、あるいは感情に相当のストレスがかかったとき、それを自己の内界でどう処理し、外界に対してはどんな態度を取り得るか? が試されるのかもしれない。

  けれど。酔っ払った一羽の鶏が見る夢は、もっともっと楽しくてバカバカしくて、思いっきりブッ飛んだものだってかまわない。イタズラっぽく狂ってみるのも悪くない。今はまだ幻と知ったうえで、自らのイマジネーションの世界に遊ぶ。好きなことに夢中になることの楽しさを味わってみる。宴の後の、心地よい寂寥感をも引き受けながら。...ネイタルにも依るけれど、おそらくこのエネルギーの使い方はそんな感じが一番健全かもしれないな...。

  と、いうわけで...今元気なひとも、へこたれてるひとにも、こんな流れの中に 何かヒントになるような一節があったらいいなと思います。



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★星模様メモ★

<主な惑星スケジュール>

2月3日 水星が逆行のシャドウ入り
2月10日~3月3日
       火星がOOB入りして
       18日〜24日カイロンにスクエア
       フォルス(蓄積したものの突然の噴出)との
       コンジャンクションへ
      
2月16日 OOBの火星が山羊座入り
2月17日 午前中から水星逆行開始 魚座12°53~水瓶座28°12
       2月26日水星逆行中日
       3月10日昼過ぎ順行

2月24日 0時過ぎ 魚座4°台で新月
       (OOBの火星とフォルスが2019年12月26日の
       日蝕の度数に来る)


<満月図について>

◎この満月図は全体に惑星が西寄り。なので個の内的世界と外部の社会とが否応なく触れあっては斬り結ぶような雰囲気がある。

MCに天王星がコンジャンクト
山羊座ステリウムは6室に集合
ASCにグリーヴがコンジャンクト
火星・ルシファーがオポジション
冥王星・エリスがスクエア
冥王星・レクイエム・RIPがコンジャンクト
火星がOOB入り
小惑星チャイナ獅子座2°台で天王星とスクエア
小惑星ツォンゴー(中国)蠍座28°台で木星とセミスクエア


  水星が17日から始まる逆行の準備段階とも言えるシャドウに入ったので、自分のマインドの動きに注意を払っておくと良い時期。ただ、逆行時の様々な注意点(読解力不足や言い間違い、聞き違い、誤解、うっかりミス、思い込み、迷い、事故や機器類の不具合、過去を思い出す etc.)を前倒しで体験するひとも多いと言われる。また大切な約束や仕事上の契約事は逆行期間中は避けたほうが良いとされる。

  満月で小惑星ルシファー(妄想を持続させる力、または昇華する力)とハードなオポジションを形成した火星(人心操縦や虐待に顕れやすい組み合わせ)は、10日からOOBに入り、それが3月3日まで続く。トランシットの火星がOOB期にあるときは、「勇気」をテーマとする様々な体験が待つことが多い。たとえば今までなかなか踏ん切りのつかなかった物事を思い切ってやってみたくなったり、背中を押されるような出来事。ただし16日には火星が山羊座入りし、17日には水星が逆行開始する。なので「やるべきことをやる」場合も、自分の真の動機は何で、どこまでやるのか、落としどころはどこか... などを明確にしておくことが大切。山羊座の「土星力」(慎重、境界線、忍耐 etc.)をポジティブに使っていく感じかな。

この時期は、フラストレーションが溜まっているとそれが容易に刺激されやすい。カッと燃え上がれば破壊的になりやすいので、過度に攻撃的な態度を取らないよう注意が必要。周囲にもしそんなひとがいたら、出来るだけ距離を置くほうが良いかもしれない。新月のテーマとも呼応して『全体のためにはこうするべきだ』などと押し付けてくるような論調や、情緒を刺激する煽り、脅しにも要注意。迷っていたり、弱いところ、怖いところを突かれて本意ではないのに乗ってしまうのは後悔のもと。OOB期の火星は、まず「自分のこころを強く保つ」ため、そして「ポジティブな冒険心を持つ」ために使うと良いかもしれない。


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  今回の満月図で山羊座ステリウムは6室に入る。マンデーン・アストロロジーでは6室はその国の労働環境や労働市場、軍事、保健衛生状態を示す。 少し前に、緊張が高まるアラビア海〜オマーン海峡への自衛隊護衛艦派遣がニュースを賑わしたけれど、今はコロナウイルスによる新型肺炎の話題でそれもかき消されてしまった。なので、この6室に山羊座の木星、土星、冥王星、それに小惑星ではレクイエム、RIP、アジータ(扇動またはプロパガンダ)、イカルス(無謀さ)が、そして水瓶座には準惑星セレス(保護本能、喪失への恐怖、怒り)やアグニ(火の試練)が入るということは、日本の保健衛生面に深刻な問題が生じている状況が前面に顕現している感じ。

新型肺炎は既往症を持つひと、特に年配の方にとって危険とされるけれど、土星は確かに年配者を示唆するし、何処かに感染対策としての「境界線」を引く必要をも意味する。また冥王星は危機を示唆する。一方、木星は物事を(それが事実でも、幻や妄想であっても)すべて増大させる。特に中国外でも犠牲者が出た今は、このエネルギーがピークに向かって進行しているように見える。

また、満月図をこの時期に「日本の世相を覆いがちな雰囲気」として見るなら、6室が示唆する心理は「疑心暗鬼」(5室で膨らんだエゴと自己肯定から、いったん6室で全てを疑う過程に入り、7室でのバランス習得へと続く)。これは自分自身に対する疑心暗鬼でもあり、それが投影される外界、つまり他者や社会の全てに対する疑心暗鬼でもある。

  一方、土星・冥王星は9室(対外政策、司法、思想、宗教、高等教育)のエリス(既存の不和を浮上させる)とファエトーン(アイデンティティの追求、無謀な行為)のペアにスクエア。3室(情報、コミュニケーション、メディア、近隣国との状況、初等教育)のジュノー(権利の主張)とでTスクエアを形成する。それに12室(見えない敵、諜報、心理面では無意識)のキラルス(無辜のひとびとの死)を加えるとグランドスクエア。

またMC(政府、政府機関)には天王星がコンジャンクトしており、6室のセレスとスクエア。12室(見えない敵、陰謀、諜報)の小惑星チャイナは前回新月のDCだった獅子座1°〜2°近辺(シンボルが「お多福風邪の流行」)に来ており、MCの天王星とはこれもスクエアで、Tスクエアを形成する。また、中国を意味するもう1つの小惑星ツォンゴーは、蠍座28°台(コミュニケーションや協調が必要とされる状況で直面する非常に厳しい問題)に在って、小惑星ハイジーア(保健衛生、治療行為、癒やし)とはハードなスクエア。これは中国国内の政治的状況に起因する初動の遅れと、現在の危機=混乱状態を映し出しているように見える。

『フォーキャスト2020』では、2020年以降は中国が台風の目になっていくだろうと予測されていた。それは2020年12月21日に『ザ・グレート・ミューテーション』と呼ばれる「木星・土星コンジャンクションの風性200年サイクル」が新たに始まり、社会動乱や革命を経た後に資本主義社会から新たな社会主義、またはハイブリッド型社会主義への流れが世界規模で起きてくるとの予測だった。この流れの中で、米国が後退した後に中国が覇権を握る...というふうに受け取れたが、もし香港の反乱や台湾総選挙を経た昨今の混乱状態が今後の中国にとって大きな変化のきっかけ、またはとば口になるとしたら? などと考えてしまう。

(2020年末の “木星・土星コンジャンクション” は中国建国図のASCに来る。また、民主党大統領候補で現在は下位に甘んじている台湾系米国人、アンドリュー・ヤン氏のネイタル・チャートにも同様のトランシットが見られ、非常に興味深い。IT企業で成功した彼はベーシックインカムの導入を主張している。)


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では、満月図に表現された今の日本の政府は…

1)国民の疑心暗鬼とそれが生み出す怖れによるフラストレーション、付随する誤情報や扇動行為(6室の土星と8室の水星とのセミスクエア、土星と3室小惑星イダルゴのタイトなスクエア)、さらに  2)見えにくく混乱した中国の内部事情と増加する犠牲者の情報に悩まされつつ 3)ネガティブな側面を強調しがちな報道、様々なメディアの主張やデマの流布のただ中で 4)予測不能の事態に備えて最善のバランスを考えながら、刻々と変化する全体状況(MCの天王星)に対し的確な即応態勢を取る必要があることを示していると考えられる。

(3室はコミュニケーション全般およびメディア・報道。小惑星イダルゴは「支持または敵対など断固たる方向性に基づいた主張、プロモーション」という象意を持つ。たとえば太平洋の島国ミクロネシア連邦は2月初めから「日本を含むすべての国や地域」からの入国を制限し始めた。これはひとりでも感染者が出た国からは たとえミクロネシア国民であっても入れないということで、日本は制限された多くの国や地域のひとつに過ぎない。人口10万強といわれる小国ミクロネシアでは、新型肺炎のような感染症が入ってくれば対応不可能となることが考えられるし、窮余の策だったかもしれない。けれど、これをまるで日本だけが「汚染国」扱いされたような印象で伝えるメディアは多かったように思う。その結果、ネットの一部では『政府のせいで日本がとうとう加害国に!』などとセンセーショナルな言論が流布された。

8室は負債、死亡率など。また心理的には死への怖れ、興味、または耽溺などを意味する。また財政を支配する2室は満月時乙女座で、その支配星は水星。これも8室に在泊する。今回の中国発のウイルス騒動では、世界経済への重大な影響が懸念される。もし中国経済が大きく傾き、国情が突然混乱するようなことがあれば当然、日本の経済と労働・雇用環境、ひいてはひとびとの日々の暮らしも甚大な影響を受けるかもしれない。たとえば製造業の見積もりひとつ取っても、中国に発注していた価格の倍は計上しなければ対応出来ないとも聞く。当面はどうにか工夫出来たとしても、中国という巨大な人口を抱えた異形のシステムに世界経済が依存してきたツケはかなり大きいのではないだろうか。人権問題、覇権主義、領海侵犯その他、問題山積の厄介な国ではあるけれど、国の経営という観点から見るなら、現在の時点で日本としては乱暴な措置はとり難いという悩ましさがあると思う。)

  また今回太陽は7室、月は1室で、同盟国やそれに類する国々、交渉相手との協力体制と、国民の意識・環境との間の対立関係がクローズアップされることも示している(SNSでは鎖国まがいの極端な言説まで流れていた)。ただしこういった傾向は、コロナウイルス騒動に関連して世界中に見られる現象であり、欧米諸国では中国人排斥とともに東洋人全般に対するあからさまな人種差別が頻繁に見られ始めたという。これは山羊座の冥王星と牡羊座のエリスのスクエアに関連しているかもしれない。


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  牡羊座のエリスは「元々存在しながら蓋をされていた不和を浮上させ、それが究極のアイデンティティを求める自分探しと重なること」を意味する。欧米諸国に「ポリティカル・コレクトネス」という概念が生まれ、それが進歩的な意識の表れとして声高に叫ばれてきたのは、「人類にとっての部族意識や差別意識が文明の発達進化とともに自然に払拭されることはない」という事実を示唆し、わたし達への挑戦として提示している可能性がある。

また、興味深いのは満月図のMC(牡牛座4°台)の支配星となる金星(国の最高権力者=日本なら内閣総理大臣を示唆)が、9室のカスプでケンタウルス族のカイロン、BMリリスとコンジャンクトし、同じく満月図のASC(主権者=国民の意識、状況、アイデンティティ。獅子座12°台)には小惑星グリーヴ(嘆き)が来ていること。これは今現在の日本を代表する最高権力者が負うべき重圧と悲哀をも意味すると思われるが、同時に自らの傷や感情を離れて全体を俯瞰し、観察しながら(BMリリス/月の遠地点)現行法制の範囲内であらゆる智恵を絞り、対応しなければならない...という挑戦を意味するのかもしれない。また、そうあらなければ、緊急事態では行政の末端で手足となり働くひとびとの苦しみが大きくなるのだから。それが民主主義国において「太陽の父」を演じ切ることの重さと厳しさのひとつかもしれない。


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  ...そんなこんなで、かなり厳しいアスペクトが満載の2月の満月図。けれど個人の心理としては、また別の側面もかいま見えます。

それは、サビアン・シンボルで示唆されたテーマと火星OOB、水星逆行などを頭に入れながら、訪れるインスピレーションや前へ出ようとする意志の手綱を上手にとって、自分自身であることを精一杯楽しむこと。もちろん体には気をつけて、インフルエンザ対策としても手を正しく洗い、風邪気味のひとはマスク(売り切れ続出というけれど、ネット上にはキッチンペーパーでも簡単に作れるという情報あり)、うがい、もしあればアルコール消毒なども忘れずに。そしてあまり余計な心配をせずに睡眠をたくさんとりましょう。

このところ何度か言ってきたケンタウルス族のアスボルスは「体の声を聴く」こと。満月図でアスボルスは双子座を逆行中で、1室(わたし)に在る満月とは調和的なセクスタイル。なんだかんだ言っても、この時期をすこやかに過ごすにはこれが一番じゃないかな。

そうそう、曖昧な怖れや幻影を招きやすい魚座の海王星は、今回10室牡牛座の火神ヴェスタとセクスタイル。この組み合わせを読み解くなら、静かに燃える火炎を背に、2本の足ですっくと立って。巷の喧噪を遠くから眺め、オープンで何事にも過度のこだわりをもたないこと。落ち着いて、事実を冷静に見極めること。9日の満月を過ぎれば、エネルギーはゆっくりと次のテーマに向かって進んでいくでしょう。だから。こころや体にくっついた余計なものをはたき落としながら。マイペースで日々を過ごしていきたいと思います。


  メモとか言いながら、後半もやたら長くなりました。詰め込み過ぎ? もしかして酔っ払った鶏が背中に乗ってる? このあたりでやめておきます(笑

でも、この中から何か部分的にでも参考になれば幸いです。書いてある「ことば」どおりじゃなくても、今読んでいるあなたのインスピレーションを使ってみてね。



horsehead-nebula



have a great trek!!!★

hiyoka(^_^

hiyoka_blue at 18:09|PermalinkComments(0)

January 25, 2020

🌑1/25の新月―みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)

1月26日、アスペクトの項目に一部追記しました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    新月は前回からの課題を経て、次の新月までの約1ヶ月をかけて取り組む新しいテーマが開示される時。 そしてこれは生まれた星座に関係なく、地球に生きるわたし達みんなに平等に降り注ぐエネルギーです。わたし達はこのエネルギーを使って日々、自分なりに考え行動していきます。その現れはひとの数だけ様々ですが、やがてはお互いに影響しあいながら、社会・国・世界の潮流を作っていきます。これは言い換えると、わたし達を取り囲む「空間の雰囲気」です。星読みの世界から見れば、誰もがその中で生き、そのテーマに呼応して・・(素直になったり、反抗したり、無視したりしながら・・)自分なりの人生を創造していると言えます。 その意味でも、刻々と変容していく惑星エネルギーの流れをおおまかに知っておくことは、きっと何かの役に立つのではないでしょうか。
    例えば... シンボルの光景やキーワードを覚えておくだけでも、何かに迷った時の指針になるはず。ではでは今月も行ってみます!(^_-)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

★新月タイムスケジュール★
願い事やアファメーション、ヒーリング・メディテーションなどしたい方は、もし可能ならこの時間帯に合わせてみてください。エネルギーの高まりを感じとれると思います。(^_^

【地方平均太陽時: ソーラータイム(LMT) 】
東京・関東ローカルで  1月25日07:00前後、北海道周辺で 07:06前後、関西方面(日本標準時ならこの時間)は06:41頃、沖縄周辺では 06:12前後に水瓶座 04°21’ で新月となります。

前回の新月のテーマについてはココをご覧ください。
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サビアン・シンボルによる【 新月がもたらすテーマと挑戦 】
*ここではデーン・ルージャー(ルディアー)版やマーク・エドモンド・ジョーンズ版の解釈ではなく、透視家エルシィ・ウィーラーの伝えた象徴の言葉をそのまま書き写した「オリジナル版サビアン・シンボル」を使ったブレイン・ボヴィの解釈を参考にし、アスペクトを加味して読んでいます。
*テーマはひとつの意識の流れを表したものです。この流れは順不同に現れたり循環したり、ひとつだけ突出して感じられる場合もあります。また、解釈の内容はその時々のアスペクトを意識しながら抽出しています。


【月・太陽 水瓶座04°~05°― 発効期:1/25~2/23 】

 →🌑🌞"A Hindu healer”
   『ヒンドゥーの治療師』
            ↓
 →🌑🌞”A council of ancestors”
   『先人達の評議会』

【テーマがもたらす雰囲気と挑戦(順不同)】
 ※ひとによっては数日前から前倒しで感じられると思います。
 
→★一旦「こういうものだ」と理解し“名付けた”物事を新しく見直す必要
→★長い年月を通し自分の中に確立された「観念」の呪縛や抑圧からの解放を希求する
→★「名前」「立場」「常識」「伝統」と芽生えつつある「精神の自由」との葛藤
→★大自然の香り、リズムではなく「一期一会の音」に浸されることで癒やされる
→★迷いが生じ進むことも引くことも出来ない状況で “自覚的” に流れに任せてみる
→★全ての物事を押す・かわす・引く・丸くする・包む・飲み干す・忘れるという
  自然な流れとして習得する
→★洗練された手腕や社交術の前に自分自身への癒しが必要なことに気付く
→★違和感が高まる中で一番シンプルな「自分の始まり」の地点に帰る必要
→★これまでの常識では量れない物事(そして人間)の複雑さ、深さ、
  そして幾重もの層をあらためて見る
→★新しい風を入れるために必要な「仕切り直し」と新たな方策の準備
→★「わたし」と「わたし達」との葛藤を経てひそやかに「わたし」の道を選ぶ
→★目前に示された段差に身を引くか、目を見開き飛び込むかの選択
→★「わたし」とは何か?誰だったのか?という素朴な疑問に立ち戻る
→★「今・ここ」から少し離れ、体を休め、新たな発想が湧くときを待つ
→★追い詰められた末に固まる、または自分がまだ知らなかった能力を発見する
→★エゴが行き詰まり壁に直面して初めて自分の根ざすルーツを意識する
→★興奮状態、感情の高まり、疑心暗鬼からよけいな行動を起こす傾向に注意・・・→


エネルギーのポイント:前回の新月『嵐を想いながら静謐な内面の湖を覗き込む』
             ↓
            今回の新月『沈着、休止、見直し、静的発進』
                   
            
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★1月新月の星模様とチャレンジ ★

(主なアスペクトざっと)
 
ASC:水瓶座1°26 MC:蠍座21°07
(DCにR小惑星チャイナ)
新月と天王星がスクエア
新月と土星、冥王星、火星がパラレル
 (各惑星の象意が強調される)
新月とアスボルスがセスキスクエア
金星(と海王星)・火星がスクエア
火星が月とパラレルでグレート・アトラクターの位置
火星・ヴェスタがクインカンクス、ヴェスタと水星・ペルセフォネーがスクエア
火星・水星(とペルセフォネー)がセクスタイルでMPに木星
(火星・木星・水星・金星がセミセクスタイルで順に並ぶ)
天王星とフォルス、インシデンティア・パラスがトライン
木星とオルクスがトライン
土星・冥王星・カリクロとエリスがスクエア(対向のキラルスとTスクエア)
パラス・インシデンティア・フォルスとカイロンからグリーヴにクァドリフォーム
ジュノーが天秤座21°台で滞留中(2月8日に逆行開始)

2月7日前後は土星とイカルス・キラルスがオポジション、
 冥王星・エリスがスクエア、火星・エリスがトラインと強力な配置

そして
2月9日16:33 獅子座20°00’で満月!(新月図のICに近接、MCに天王星)
 ― 満月期〜次期新月期は火星が銀河中心を経過して2月中旬から山羊座を運行し、月のSノードを通ってカプリコーン・ステリウムに合流するため、世界中にかなり強力な出来事が起きそう。



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  2019年末のゴーン被告逃亡〜レバノン行き事件あたりからの約1ヵ月間、世界には大きな物事が立て続けに起きてきました。

試しに無造作にピックアップしてみると…

  日経平均が大納会で29年ぶりの高値に沸いたと思ったら、イラクでは米国によるイランのイスラム革命防衛隊司令官ソレイマニ殺害〜イランによるイラク米軍基地ミサイル攻撃〜ウクライナ旅客機を誤って撃墜。そしておそらく戦争にはならないことを前提で米・イラン間では威嚇の応酬。イラン・ロシア・中国のスクラム。囁かれるシリアへの影響。8日の日経平均は一時500円を超える下落。イラン国内での反政府デモ。英国では1月末のEU離脱法案が可決、その後ヘンリー王子夫妻もロイヤル・ファミリー離脱決定。その間、オーストラリアでは数ヵ月前から発生した前代未聞の山火事が燃え広がり、その規模は1月中旬で韓国全土の広さに到達、ダボス会議の中心議題は気候変動。台湾の選挙では、今も続く香港の抵抗運動に対し人権を無視して制圧を謀る中国への怖れから、蔡英文氏が圧倒的勝利で総統再選。韓国では親北政策を進める文大統領支持派と反対派の溝が深まり、一方対米関税合戦の中、2019年中国の対米輸出は2桁減でGDPも成長減速。北朝鮮は核凍結制約を破棄して米国を批難、並行して囁かれる金正恩氏健康不安と政変説。そうした中、米中間では貿易協定への「第一段階合意」署名。米国内ではなおも続く大統領弾劾/排除への動きとますます深まる国民間の分断。野党民主党の大統領候補選ディベイトは「Orange man bad(何もかもトランプのせい)」に凝り固まり社会主義的理想論と互いの人格攻撃に堕していく状況に国民の関心は薄れつつあるとされ、そして中国で発生した新型コロナウイルスの伝染と合併症による死者数の増加(現在56人)により武漢市は事実上の封鎖(現時点でWHOは緊急事態宣言を見送り「中国内では緊急事態だが、今のところ世界的な拡がりには至っていないため」とのこと)、24日にはトルコでM6.7の地震発生....etc.


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  うーん...まだまだ忘れてることがありそう。もちろん、いつだって世界では同時に多くのことが起きているけれど、ひとつだけを取っても大きいと言える物事が短い間に本当に立て続けに起きてきたなぁと感じます。物事のテンポが格段に速くなったような?

ツイートでも言ったけれど、この新月と小惑星チャイナ(獅子座5°〜6°)はオーブ1°弱のオポジション。月とはパラレルの関係にあります。この位置のメインのシンボルには、何か「とても古い考え方」や「制度」を、今の新しい「形」あるいは「衣装」を着せて実行するようなところがあり、上手く使えないとその考えの硬さと硬直した方法論が、絶対に必要とされる敏捷性や即応性(つまりある意味では腰の軽さ?)を損なうという意味があります。これはこの疾病の流行を抑えるべき中国政府の対応を示唆しているのかもしれません。

何故なら以前中国で発生し37ヵ国で774人が死亡したとされるSARS(重症急性呼吸器症候群)のまん延は2002年〜2003年のことでした。その頃と比べると、現在はインターネット(とSNS)の発達で、当時は知る術もなかった中国国内のパニックぶりが世界の隅々まであっという間に拡がります。物々しい防護服姿の医療従事者、ヒステリックになった病院内の様子、感染源として流布されるコウモリスープの画像まで。これを見たひとびとは恐怖を募らせ、政府は何をしている!と苛立ちを深める一方です。中国はテクノロジーを駆使してひとびとを管理統制していることでも有名ですが、今おそらく政府は焦っているかもしれません。現代は、何か起きたときに数年前までは考えられなかったようなスピーディな対応を人類に強いるようになりました。そして、それを要求しているのも人類、つまりわたし達です。

  またこれもツイートしたことと重複しますが、日本の新月図ではこのチャイナは7室のカスプ近くで、新月と3室(コミュニケーション)天王星とTスクエア。この天王星の位置にはどこか「自然なエネルギーフローが阻害される」ような雰囲気があります。そして7室カスプのシンボルは『おたふく風邪のまん延』。7室は直面する相手、または直近の外界を象徴する領域なので、「日本のわたし達」を意味する1室の新月から相手を見ているかたちになります。なので7室カスプというのは、国内への伝染病の侵入を最小限に留めるための水際作戦を実行するにあたって相応しい位置かもしれません。そう考えると少なくとも現段階では、死に至るような感染症が日本でも蔓延し、多くのひとびとが苦しむような状況を怖れるというよりは、どちらかというとパンデミックへの恐怖から広まるフェイクニュースや噂、注目を集めるための印象操作、中国への反感や抵抗感の増大、また中国に限らず様々なプロパガンダやそれに関連する不安やストレス、あるいはこころのオーバーヒートに気をつけるよう示唆されている可能性が高いようにも思えます。

また日経ビジネスの記事によれば、現在コロナウイルスの遺伝情報はすでに上海復旦大学の研究者が率いるコンソーシアムが解析し、公的なデータベース上に公開されており、米国立衛生研究所と米国のワクチンメーカー、ノババックスがそれぞれにワクチン開発に着手しているのだとか。もちろん、どの程度の時間を経て開発に成功するのかは不明です。また建国図、冬至図、春分図を見る限り、中国の国内事情的には政治・経済ともにしばらく色々な意味で厳しいのではないでしょうか。


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  というわけで、こうした傾向 — 火花が飛び散る状況のまん延 — は、コロナウイルス関連だけではなさそう。グレート・アトラクターの位置に来た火星と火の女神ヴェスタのクインカンクス、そして火星にセクスタイル&ヴェスタにスクエアで太陽とはパラレルの水星を見ても感じられることです。

------------1月26日追記 -------------

  1月24日、トルコ東部にマグニチュード6.7の地震が起きました。earthquaketrack.com によれば、最初に最大M6.7の揺れが記録されたのは現地時間19:55マラティヤ県ドガニョルとのことで、イベントチャートを作図してみると、発生時間には水瓶座に入った月が牡牛座の天王星にタイトなスクエア。MP(ミッドポイント)に海王星と金星、その中央部にASC/DCラインが通っています。そしてMCにケンタウルス族のエケクルス(過去数例の大規模地震のイベント図で強調されていた)が乗り、ICには火星が乗っていました。以前、ギャン理論の研究家オルガ・モラーレス氏が去年12月の日蝕図で火星ラインがイランを通ることを指摘、とツイートしたけれど、再度彼女が示唆した図を確認したところ、同図では天王星/MCラインが東アフリカからトルコを通っていました(このラインは中央よりも西寄りということで、あくまで蝕の時点で実際の震源地を通っていたわけではないけれど、近接地域の危機を示唆するのかも?)。わたし自身はアストロ・ローカリティの学習をしていないので明確なことはわかりません。ただ現地図で天王星とMC/IC軸が何らかの形で同時に刺激を受けた時に事象が発生したことは示しています。これは「トリガー」という意味で、地震予測を目指すひとにとってはひとつの有効なデータになるかもしれません。

なお、太陽活動が地球の状況に与える影響を研究・予測しているearthquakewatch.netでは当時この付近にアラートが出ていたようです。


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  新月図の水星は水瓶座13°台。ここはひと言で言えば『トレンドを測ること。差し迫った雰囲気の中にあっても、明確な状況が見えるまで拙速なことば・判断や行動を避け、どちらにも動けるように準備しておく』というエネルギーが放射される位置です。一方では何かとてつもなく溜まっていくものがあるのだけど、それが何かもはっきり見えないまま、ひたすら出口を求めているような感じかもしれません。

  また、金星・海王星がコンジャンクトで火星とスクエア。これはメリマン・コラムでも触れられていましたね。金星・海王星が放射する「愛」や「ロマン」を出来るかぎり楽しむこと。射手座の火星に煽られて、衝動的な口論や喧嘩などしないよう慎むこと。安易な誇張には要注意、と。金星が海王星にコンジャンクトするのは日本時間で28日の夜明け前。その前日には金星と火星が正確なスクエア。このあたり、たとえ素晴らしいインスピレーションが湧いたとしても『マインド先行の ”頭でっかち” な主張を押し付けるとせっかくの良い流れを壊す』ような感じ。突然、空気を読まない言動に走ったり、そのせいで拡がる波紋に驚いたり。今はエリスと土星・冥王星のスクエアも形成中なので、ここで悪化した関係は取り返しがつかなくなる可能性もあります。


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  ただ、それでも同時に...その結果として新しい発見があったり、異なる流れが生まれたり...という側面も。でもそれは、少し時間をかけないと見えてこないかもしれません。だから、どうしてもこころの内に溜まるものがあるひとは、「覚悟の上で」吐露してみるのも射手座火星のエネルギー放射の在りようだと言えるでしょう。ただし、攻撃的な態度だけは取らないこと。抑えることが出来ず、取り返せないところまでダッシュしてしまう可能性があるから。思い起こすと良いのは、タロットカードで言えば「THE FOOL」の精神かな。。 またこれは、そんな暴発気味のひとが出たときその周囲にいる身にとっても、各自の度量、キャパシティが試される場面だと思います。なぜなら、たとえトゲトゲしくてムカつく表現だったとしても、その深奥には今後何かを改善するために見てとるべき要素が潜んでいるはずだから。

この傾向は、射手座の火星、山羊座の木星、水瓶座の水星、魚座の金星がセミセクスタイルで数珠つなぎに力を伝送しあっている状態からも増幅されそうです。ちなみに現在、木星が在泊する度数が持つ主な意味をB.ボヴィのサビアン・シンボルから拾うと『人生観の中に刻まれた個人的なインプリント』そして『同意または否定を表現する断固たる態度』。ここは環境活動家グレタ・トゥンベリさんのネイタルの太陽がある度数です(カイロンとコンジャンクト)。


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  いずれにしても、天王星とスクエアの新月の下では、何かまた驚くようなニュースが報じられるのかもしれません。天王星にはパラスとインシデンティアがトラインなので、世界でも国内でも、政治絡みで何か突然の動きがある可能性も。何かの雪解けや歩み寄り、相互に手助けし合うような流れになると良いけれど。

  一方、小さな惑星同士なのでとても微細なエネルギーではあるけれど、カイロンとパラス・インシデンティア・フォルスから獅子座のグリーヴへのクァドリフォームも気になります。これに触れるひとには『(総体としての)人間存在の“正体”を見てしまう哀しみ』的な感覚が浮上しがちだから。でも、もしそんな経験をするひとがいたなら、「自分」「あのひと」「彼ら」などと個人的な感情を通した受け取り方はしないで。この精妙な力が意味するのは『仕方ない...』っていう日本特有の言い回しの中に込められた、最高で最善の哲学の顕れかもしれないから。

これについては、人種差別と多文化間の緊張が続く米国の住環境から日本に憧れて移住、そして今も日本で夢を叶えようと努力している黒人青年が、あるときインタビューに答えてこんなことを言っていました。

『自分が日本に住んで学んだ最高のことば、それは「仕方ない」なんだ。これは諦めのように聞こえるけどそうじゃない。英語にはこれに該当することばはなかった。これは、いったん今の現実と今の自分の全部を大手を拡げて認め、受け入れてしまうこと。そうするとそこから、まだ見えていない何かに向かって全力でやっていく意志が出てくる。これはそのきっかけを創る、そんなことばなんだ。』

そう、まだ見えていない何かがあるということ。どんなときであっても。どうしようもない現実の中で、希望を持つなんて..無理かもしれない。誰にでも、「人間であること」に絶望するようなときがあるかもしれない。でも、今ここにいる。知っている限りの全てを背負って、それでもここにいる。何故だろう? 「わたし」は、本当に全てを知り、それを真実だと思っているのか? 「否定」を選んだのは誰? それは、本当に自分自身のことば? 自分にまとわりついた全ての「ことば」をそぎ落としたら、いったい何が残る? ...わからない。けど、仕方ない。ため息。…体の中を、一陣の風が通り抜けていく......。そして。


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  さて。このところ大きな事件続きで今更何があっても驚かない...なんてひとも沢山いそうだけれど。何かと落ち着かない世相の中で、ストレスが高まっているひとは多いのではないでしょうか? アスボルス(体の声)とセスキスクエアの新月の下では、体力維持はとても大切。3番目に発見されたケンタウルス族、アスボルスの出自はカーボン/炭素。あるいは「灰」。この力をマインドだけで受け止めると、とても重く、暗い側面を強く感じてしまいがち。または妙に真面目になり過ぎて、しなやかさに欠けるところが出ます。でもアスボルスはその反面、燃え尽きて灰にならないための智恵やこころの強さを、細胞のひとつひとつから「直観の声」として伝えてくれるケンタウルスでもあります。

どちらかというとアイデア先行になりがちな水瓶座の太陽と新月の下、今って格別の理由がなくても心身がザワザワしがちなとき。「なんとなく落ち着かない」というひとが多いかもしれません。そんなとき、体から何かの声が聞こえたと感じるなら、迷わずそれに従ってみてはどうでしょう。「こうでなければ」というマインドは脇に置いて、体が要求すること、欲しがるものを摂ること。休みたがっているなら、なるべくホッと出来る環境に身を置くことも、今は大事だと思います。

  総じて、この新月図は主な惑星達が東側に集まっていますね。これは大きな意味合いにおいて、「全てが自分に帰ってくる」時期になることを表します。個人的な体験も、公的・社会的な体験においても。自分の中でもがき、暗中模索していても、すでに確立した世界観をもとに外部と渡り合っているとしても。究極には、次の展開に備えて全データが蓄積されていくような感じかもしれません。


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  そして、今年初めの様相を決定付けたとも言える土星・冥王星コンジャンクションには、現在山羊座25°台に在泊するケンタウルス族のカリクロが寄り添っています。そして1月末〜2月初頭には小惑星アグニ(火の試練)が25°台に達し、カリクロと土星の正確なコンジャンクションに加わります。

カリクロが示唆する意味は、ポジティブには『境界や垣根を超える能力、または超えようとする衝動』『懸命さ、落ち着き、公正さ』『現実を受け入れることの必要性と、それによって自らを癒やしていくことへの促し』。 またネガティブには『一方的な判断』『思い込みの強さと犠牲者感覚』『不寛容』などです。ここは、先頃裁判の様子が報道されたやまゆり園大量殺人犯、植松聖被告のネイタルの太陽が在泊するところ。もちろん、だからといってこの度数に良くない象意があるわけではありません(アスペクトから見れば、植松被告にとっては相応の結果を受け入れるべき時だけれど)。

「象徴」には良いも悪いも、善も悪もありません。ただ、山羊座25°台がとても不思議なシンボルであることは確か。そのキーワードは『今、目の前にあることをベストの結果として受け入れる』『どんな立場、どんな選択にもそれぞれの光と影がある』そして『光を見るのではなく、自分の中に存在する影を意識化することから真の “解放” が始まる』など、何か人間存在の深みに触れてくるものがあります。この位置を火神アグニが通るとき、わたし達は何か精妙なフォースを感じ取れるのでしょうか? それとも、見えない火の力がわたし達の中の何かを燃え立たせ、焼き尽くすでしょうか? 感じる・感じないは感受点の有無やひとにもよると思うけど、「火の試練」はどんなときも、過ぎてみれば「美」そのものだったように感じられます。

  そして迎える2月、獅子座の満月。満月図は1室の月以外はほとんどの重要感受点がチャートの西側に集まり、MCに天王星を抱くという、とてもダイナミックな図になります。全体に、外部からの刺激によって精神は上へ下へと揺れ、興奮しがちになるかも。今のうちに心身をよく休めておけるといいですね。


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★1月新月のサビアン・シンボル★


  この度数もまた、以前のルネーション(月蝕)で経験したことがあります。なのできっと覚えているひともいるんじゃないかな。ただ、当時の書き方は水瓶座のエネルギーを受けてかなり理屈っぽかったかも? 今回も中身はほとんど変わらないのだけど、ちょっとだけ書き方を変えて提示してみようと思います。


新月のベースとなるシンボル:
水瓶座4°『ヒンドゥーの治療師』


        水瓶座4° の原語は『Hindu Healer』です。このシンボルはいかにも水瓶座らしく、対向度数とも関連してかなりヒネリの利いた複雑な意味を包含しているように思います。なのでちょっとややこしいかもしれませんが、なるべくわかりやすく書いてみますね。

        まず、ヒーラーとは、 病むひとを手当てし、治療するひとのことです。そして「ヒンドゥー」とは、ヒンドゥー教に帰依したひと、そして(または)インドのヒンドゥスターン地方出身のひとを意味します。


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        ところで、1925年にチャネラーのエルシイ・ウィーラーを通して「サビアン・シンボル」を伝えてきた源泉(またはエンティティー)とされる、古代メソポタミアの『7つの惑星と月の寺院』、そしてその血脈を継いで、ペルシアのサーサーン朝〜イスラム帝国の時代に秘密裡に蘇り、「寺院の智恵」をひっそりと護り続けたと言われるサビアンズ(サビアン・ブラザーフッド)と呼ばれた預言者達。B.ボヴィの研究によれば「ヒンドゥー」には、彼らサビアンズの地から見てインダス河の向こう、つまり「あちら側」という含みがあったのだそうです。ならば、ヒンドゥー・ヒーラーとは「あちら側からやってきた治療師」であり、「あちら側」とはこれまで慣れ親しんできた「ここ」ではないところ… 「真の手当と癒しが可能な場所」を象徴しているのかもしれません。

一方、ヒンドゥスターン地方出身のひとを指す場合、彼/彼女はインド人、つまり本来なら英語では「インディアン」と呼ばれるべき存在でした。ところがこの呼称は、コロンブスの思い込みと誤解によって、北米大陸の先住民族の呼称になってしまいました。なのでチャネラーのエルシィがイメージを降ろしたとき、本当はインド人の姿を見たのだとしても「インディアン・ヒーラー」とは言えなかったはずです。つまりこのシンボルには、物事の始まりには常に、人間がそれを「こうだ」と認識し「名付ける行為」がまず存在すること、そして、その「名」によって物事が方向付けられ、その流れに従って紆余曲折が創られていく…そんな人間の意識/行為の法則がひそかに暗示されているのだと言えるでしょう。


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  また、このシンボルと対向し補完関係にある獅子座4°のシンボル『正装した男と折り曲げられたツノを持つ鹿』には、原語である英語から見て共通のイメージが見え隠れしています*。それは「鹿」です。何故なら『Hindu』に含まれる「Hind」とは、英語で「雌鹿」を指すことばだからです。対向度数の獅子座4°に出て来る「折り曲げられたツノを持つ鹿」は、ツノを持つことから当然、雄鹿を指します。雌と雄。これは「女性性」と「男性性」の対称軸です。

        ところで獅子座4°に見られる雄鹿はツノ、つまり男性性の象徴を折り曲げられています。そして傍らには、正装した紳士がひとり。彼はおそらく功成り名を遂げたひと。その姿は社会的な勝利の象徴にも見えます。けれど、もしかすると彼の内的な「ひとりの男」「ひとりのわたし」は... とても複雑かもしれません。社会が織りなす多種多様な編み目をたどり、崖をよじ登るために、ときに折れ曲がり、様々に折り畳まれ、ねじれて。 おそらく闘いの中で生じた混乱や怒りをもはらみながら、芸術的なまでに創りあげられてきた彼の真実。彼が得てきた豊富な知識。それは「わたし達」(水瓶座)のただ中で「わたし」(獅子座)が雄々しく生き抜くための知恵です。正装した男はそれを「成功」と名付け、誇りをもってそこに立っています。彼にとってはそれこそが「個」としての勝利だから。...でもその隣には、まだ彼の知らないミステリーがそっと生き続けています。折れ曲がったツノを静かに振り立て、低く、用心深く構える野性の雄鹿が...。


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  一方、「わたし達」を象徴する星座宮、水瓶座の4°には雌鹿が潜んでいます。どこに? 「ここではない場所」に。それはもしかしたら、まだ一度も名付けられたことのない場所かもしれません。人生に迷い、闘いに疲れ、癒しを求めてヒンドゥーの治療師の門を叩いた「わたし」。 やがて、彼が唱える祈りに誘われた「わたし」は ひととき社会という名の「わたし達」から離れ、深いトランス状態に入ります。… 遠くから彼の声が聞こえる。「あなたは誰だ?」「あなたの名前は何だ?」 わたしは、生まれる前の透明な羊水の中で答えます。「誰... だろう?」「わたしは... 誰でも...ない」「わたしは... 名を持たない...」

誰でもなく、名も持たない者。あるいは、全てである者。


  それは「わたし」なのか? それとも? けれど「ここではない場所」から眺める「自分」だった者の人生は、まるで初めて見るような新鮮さに満ちています。... 誰でもなく、名も無い「わたし」には、あらゆるものを名付ける自由があった。まるで詩人のように。「成功」を「失敗」と名付けてもいい。その反対だって構わない。「死」を「夢」と名付けても、「宇宙」を「穴」と呼んでも「愛」を「風」と言ってもいい。「わたし」は全てを思いのままに名付け、意味を与え、そしてまた消した。「わたし」は全ての「名」を受け入れ、その「名」はただ、わたしを通り抜けていった。

やがて「ここ」に帰って来た「わたし」。今まで迷い、打ちのめされてきたはずの問題を自分はどう名付け、どんな意味を与えていただろう? 「わたし」にはもう、それらを思い出すことが出来なかった。代わりに「わたし」の中に「名もない者」という名だけが残っていた…。「気分はどうだね?」わたしは答える。「わからない。でも...自在だよ。」


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        水瓶座4°「ヒンドゥーの治療師」。水瓶座とその支配星、天王星の合い言葉には「型破りの発想」というのがあるけれど。自ら「名付けること」によって物事を鋳型にはめ、意味を与え、理屈で固めてその「名」に従って生き続けるなら、きっと型など破れはしないでしょう。硬直した精神からは「型破りの発想」は生まれません。ツノを振りかざして闘うのではなく、一度全ての観念を受け入れ、そしてクリアボタンを押すこと。そこから生み出される新しい感じ方はどんなだろう? 全てが透明になって漂っているなら、何を使っても、使わなくてもかまわない。風のような軽やかさの中で、新たに名付け、色を与え、形を与えたってかまわない。生きること。仕事すること。食べること。愛すること。遊ぶこと。斃れること。全て。責任を負うこと? それさえも。

これはたぶん、特別な才能でも何でもありません。ただ雌鹿のように柔らかく跳ね、無になることを怖れず、何処でもないところから全てを眺めてみること。正装を脱いで、裸のまま、そこに一度、立ってみること。そこからただ「わたし」と「わたし達」を見直してみること。そして... 破るべき型など何処にもなかったことに気付いたとしたら...。それがこのヒンドゥー・ヒーラーのもたらす「癒し」なのだと思います。

ちなみにデーン・ルージャー版『Astrological Mandara』では、獅子座4°のシンボルが『紳士が狩猟大会から持ち帰った勝利のトロフィー』ということばに置き換えられています。これは、ひとつの壮大なコズミック・アートとして人間の意識に一定の霊的方向性を与えるために改変されたルージャー版全体の構成の中で、とても整合性のある置き換えだと思います。けれど個人的にはマーク・エドモンド・ジョーンズとエルシイ・ウィーラーによるオリジナル版に描かれたシンボルのほうが、人間存在のミステリーに触れており「象徴」としての豊かさをもつのではないかと感じています。


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では次に、メインのシンボルにいってみましょう。

新月のメイン・シンボル:
水瓶座5° 『先人達の評議会』


        原語の「ancestors」は「先祖」とか「祖先」と訳すことが多いけれど、ここではあえて「先人達」としてみました。たぶんこのシンボルは、先祖のような血の繋がりだけを暗示しているのではなく、自分が歩もうと選択した道を遠い昔に切り拓いた多くの先人達をも示唆していると思われるからです。では、評議会とは? いったい何を評議するのでしょう? 

評議員とは重要な決断を下すために選ばれた人々。そして評議会とは、そこに招喚された「同じ道を歩もうとする者」に、貴重なアドバイスを与えるための集まりです。そこは、目には見えないあまたの先人達の智恵の声が響き渡るところ。それは、時の実存の底深い淵から蘇ってくるのかもしれません。


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     さて。前のシンボルで行き詰まった思いを抱え、ヒンドゥーの治療師を訪ねた「わたし」は、ここに来てあらためて自分の道を歩み出します。その道は、相変わらず厳しい道程かもしれません。ひとたび足を踏み外せば、真っ逆さまに転落することだってあり得るのですから。数多くの「わたし」がひしめく「わたし達」の社会では、思いも寄らない思惑に邪魔されてつまづくこともあれば、出会い頭にパンチを浴びることだってあります。まして土星と冥王星がコンジャンクトしたばかり。ときには寛大なはずの木星や海王星が、下心を隠しながらいかにも優しげな微笑みの仮面を着けて迫ろうかという今、きっと世界は危険がいっぱい...。

だから「わたし」は時と場所と人々の様子を慎重に計り、装いに気を配って用心深くツノを折り曲げます。「ここ」ではない世界、名付けられない世界の経験を胸に抱きながら、それでも「わたし達」の世界で生き抜くために。ただ、こころだけはブレずに真っ直ぐありたいと思いながら。「わたし」は懸命に険しい道を登っていきます。あぁ、けれどとうとう行き止まりに来てしまいました。そこは断崖絶壁。どうしよう? これからどう進めばいいんだろう? そう、この度数を補完する対向の獅子座5°のシンボルは『断崖の淵の岩群』です(サビアン・シンボルは当該度数が「What」、対向度数は「Where to」にあたるとされています)。

迷いに迷い、追い詰められたとき。またはイケイケの勢いが何かのショックで突然削がれてしまったとき。空白の真っ只中で、ふと湧き起こるインスピレーション。そんなときって、確かにあります。どこからともなく湧いてくる、突拍子もないアイデア。 今まで考えもしなかった道。 それはもしかしたら、胎内宇宙から聞こえてくる声...の、ようなもの。たとえそのとき本を読んでいても、映画を観ていても、ただボーッと風に揺れる木の葉を見ていたのだとしても。その行間から、画面から、葉脈から、わずかに異質な何かが立ちのぼってきたとしたら。


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        いや待てよ? 冗談みたいに思えるけど、この考えって実はそれほど非現実的なことではないのかな? やろうとすれば出来ないことはないかもしれない。やり方次第か? 思い切ってやってみようかな?

......その一瞬「わたし」は「何か」を捨てています。ほとんど意識することもなく。そして、まだ名前さえ持たない「何か」を得ようとしています。それを形にするのは「わたし」。それは「わたし」の意志に委ねられました。

こうして、時を重ねて熟成され、忘れられてさえいた古い智恵が、再び新しい衣をまとって「わたし」の中に芽吹いていきます。それは、その道を切り拓いたひとつの「意志」が、再び体を持つことに他なりません。それが、連綿と続く「ひと」という存在の不可思議さです。

ここに描かれる『先人達の評議会』は、そこに辿り着いた「わたし」を審判し、裁くための集まりではありません。古いルールに縛り付けようとする声でもありません。それは、長い年月を経て、先人達個々のエゴも全て洗い流され、やがて純粋な経験だけが細やかな刻の襞に蓄積されていった「壮大な智のデータ」としての「わたし達」。そして、その声を聴き取るのは... たぶん「わたし」の中に生き続ける「余白」。


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        でもそれって.... 現実にはどんな感覚なんだろう? それは、「Where to」である対向の獅子座5°が持つシンボルに描かれた『断崖の淵の岩群』のようなもの。 

断崖の淵。それは「危機」や「危険」の象徴です。それは切り立った岩壁の天辺がせり出して、中空にオーバーハングしている、そんな状況です。今「わたし」はその縁に立っています。もし落ちればきっと、いのちはないでしょう。でも進みたい道は、はるか下方に霞んで見えています。「行くしかないんだ!」

「でもこんな恐ろしいところ、綱も鎖もなくていったいどうやって降りればいいんだろう?」思わず足がすくみ、目眩がしてきます。 でもよくよく目をこらして見ると、絶壁のところどころに幾つもの岩層がゴロッと頭を出している... もしかして、それが足がかりになるだろうか? 「わたし」はそろそろと慎重に手足を伸ばし、ひとつひとつ岩の突起に触れ、その堅牢さと形を確かめながら降りていきます。傍らをボロボロと崩れ落ちる石や小岩。 手と足と五感の全てを使い、岩の突起を掴み、集中し、その確かな声を、体中で聴き取りながら。

ひとつ、降りた。そしてまたひとつ。またひとつ。その岩のひとつひとつが、先人達の導き、声なき声かもしれません。でも、 きっと「わたし」はそれに気付かないでしょう。


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  それぞれに違う形の岩。それぞれに異なる局面。どの岩相のどの岩を選んで自分のいのちを預けるかは、自分の選択にかかっています。 もうすぐだ。下の道がもうあんなに近くに見えてきた。でも油断しちゃだめだ。 ここで落ちたら元も子もない。「わたし」は自分に言い聞かせます。

ひとつ。またひとつ。夢中で岸壁に取り付き、必死に手足を動かす。苦しい。疲れた。もうダメかもしれない。あぁもうラクになりたいなぁ。

でも、体のどこかで いのちの力が今もなお沸き立とうとしているのです。「まだ生きてる!」そして.......そして…….「え? 着いた!」

助かった。やり遂げた。道にへたり込んで、はるか上を見上げる「わたし」。「うわぁ、あんなところをよく降りてこられたなぁ。 けっこう凄いことやっちゃったんだなぁ、自分。。」 

安堵と歓びの中でふと我に返り、ポケットからスマホを取り出す。「画像じゃこの凄さは伝わらないだろうけど、一応下から見上げた絶壁を撮っておこう。ついでにVサインだ!」 

『断崖の岩群』が描かれた獅子座の5°は「わたし達」に見まもられながら「わたし」が拡がっていくところ。ひとつひとつの経験が、自己肯定と自信に繋がっていくところ。

けれど、たとえ気付くことはなくても。それぞれの「わたし」が抱く宇宙には、いつだって遠いあまたの先人達が遺した膨大な智のシステムが生き続けています。そしてそれに繋がる回路 — 余白の響き — も、その受け取り手 — 名を持たぬ者 — を求めて木霊しているのではないでしょうか?

それは、何気ない小さな物事の中に、 ある日 ふと顔を覗かせます。


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        …さて。こんな感じでなんとなくこのシンボルの雰囲気を掴めるでしょうか? この4°~5°の流れは水瓶座 ― 獅子座軸の第1ディーカンで体験する最初の節目です。ここには人生の一局面に顕れるいろいろな要素がきめ細かに暗示されていて、簡単には把握し難いかもしれません。けれどそれは、ほとんどのひとが、それと気付かないうちに経験していることでもあるのです。

「わたし」と「わたし達」、「個」と「社会」との関係には、互いに投影しあい反応しあいながら個と全体の流れを創っていく…そんな、とてもややこしい絡み合いが存在します。今回のシンボル・セットは そんなもつれた絡み合いの一端を、その深みの中に鮮やかに描いてみせてくれているのではないでしょうか。


  カプリコーン・ステリウムに始まり、チェックメイトとクロスオーバーへの流れが設定された2020年。その最初の新月がもたらす激動のただ中で。今、原因もわからないままに立ちすくんでいるひとは多いかもしれません。時代はリセットからリニューアルへ。今後も様々なことが起き、思いも寄らない流れがやってくるのでしょう。けれどわたし達人間は、たとえささやかな試みであっても、足許を見ながらひとつひとつ丁寧に向き合っていけばいいのではないでしょうか。同じ日などひとつもありません。だから、一見何の変哲もない日常の中にこそ、あらゆる可能性が潜んでいます。もしかしたら、生とは限りなく可笑しくて面白いものかもしれません。

そして、たとえ利に聡い思考や浮き沈みの激しい感情に翻弄されたとしても。それでも、自分の中に生きるわずかな「余白」を大切にしていければと思います。そこにこそ、思い出すべき「未知」との邂逅が待っているのだから...。


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have a great trek!!!★


hiyoka(^_^


hiyoka_blue at 14:58|PermalinkComments(0)

December 24, 2019

🌑12/26の新月・日食―みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)

★お知らせ★

来年からは、原則としてレギュラーで掲載するのは<新月の星読み>のみになると思います。2020年に入ったらもう少し自分に時間の余裕を与えたいな...なんて思ったのが理由です(^_^。満月も新月のテーマの結実として重要ではあるけれど、たぶん何か感じることはツイートしたりするかもしれません。🍀

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    新月は前回からの課題を経て、次の新月までの約1ヶ月をかけて取り組む新しいテーマが開示される時。 そしてこれは生まれた星座に関係なく、地球に生きるわたし達みんなに平等に降り注ぐエネルギーです。わたし達はこのエネルギーを使って日々、自分なりに考え行動していきます。その現れはひとの数だけ様々ですが、やがてはお互いに影響しあいながら、社会・国・世界の潮流を作っていきます。これは言い換えると、わたし達を取り囲む「空間の雰囲気」です。星読みの世界から見れば、誰もがその中で生き、そのテーマに呼応して・・(素直になったり、反抗したり、無視したりしながら・・)自分なりの人生を創造していると言えます。 その意味でも、刻々と変容していく惑星エネルギーの流れをおおまかに知っておくことは、きっと何かの役に立つのではないでしょうか。
    例えば... シンボルの光景やキーワードを覚えておくだけでも、何かに迷った時の指針になるはず。ではでは今月も行ってみます!(^_-)
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★新月タイムスケジュール★
願い事やアファメーション、ヒーリング・メディテーションなどしたい方は、もし可能ならこの時間帯に合わせてみてください。エネルギーの高まりを感じとれると思います。(^_^)

【地方平均太陽時: ソーラータイム(LMT) 】
東京・関東ローカルで  12月26日14:32前後、北海道周辺で 14:38前後、関西方面(日本標準時ならこの時間)は14:13頃、沖縄周辺では 13:44前後に山羊座 04°06’ で新月となります。
(蝕は東京で14時28分から。最大蝕は15時36分)

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サビアン・シンボルによる【 新月がもたらすテーマと挑戦 】
*ここではデーン・ルージャー(ルディアー)版やマーク・エドモンド・ジョーンズ版の解釈ではなく、透視家エルシィ・ウィーラーの伝えた象徴の言葉をそのまま書き写した「オリジナル版サビアン・シンボル」を使ったブレイン・ボヴィの解釈を参考にし、アスペクトを加味して読んでいます。
*テーマはひとつの意識の流れを表したものです。この流れは順不同に現れたり循環したり、ひとつだけ突出して感じられる場合もあります。また、解釈の内容はその時々のアスペクトを意識しながら抽出しています。


【月・太陽 ♑️山羊座04°~05°― 発効期:12/26~1/24 】
(この新月は日蝕なので、このテーマは根底をなすものとして約1年は続く)

→🌑🌞"A party entering a large canoe”
   『大きなカヌーに乗り込む一団の人々』
            ↓
→🌑🌞”Indians rowing a canoe and dancing a war dance”
   『一艘のカヌーを漕ぎ戦闘のダンスを踊るインディアン達

【テーマがもたらす雰囲気と挑戦(順不同)】
 ※ひとによっては数日前から前倒しで感じられると思います。
 ※今回は新月から満月を経て次の新月まで共振し続けるキーワードを抽出しています。

 
→★人間なら誰もが持つ根源的な本能からの理屈ぬきの行動に
                後から理屈をつけて納得しようとする心理
→★全員が一蓮托生でありながら各自が細部にこだわってまとまらない状況
→★理屈抜きの感情が勝つか、やせ我慢でも人間としての品性を保つかの選択
→★非常に不安定な状況に突入することを知った上でどうにか秩序を保つ必要
→★セクシャリティに関わる政治的態度やポリティカル・コレクトネスに注意
→★「香り」によって刺激される様々な本能とその功罪に対する繊細な配慮
→★よく理論武装された話法の裏に見え隠れする隠された動機に注意
→★素早く動くべき時を瞬時に感知し対応する洞察力を身につける
→★議論のための議論、その場の勝利を味わいたいだけの無駄な会話に注意
→★繰り返すマジカルなリズムと動作を通して内なる力の感覚を呼び起こす
→★「敵」の裏をかく謀略やゲリラ的な戦法によって圧倒的力の差を超える
  (アイデアと技倆と緩急の調整によって圧倒的に有利な相手の弱味を突く)
→★多勢に無勢で波に呑まれるか、優れた舵取りで乗り切るかの孤独な挑戦
→★自分を鼓舞したり勇気づけたり、または癒やす音(音楽)に触れる
→★「愛と戦争は手段を選ばない」→ 何でもアリの「勝てば官軍」状態を見る
→★莫大な集中力を維持しながら底なしの強烈な “深淵” を過ぎ越していく必要
→★大きな注目を集める卓越したパフォーマンスが生まれる可能性
→★幻想的な魅力に引き込まれる、または何かに駆り立てられる経験
→★気のゆるみによる社会的な言動のミスや確認不足に注意する必要
→★競争原理に覆われた現実の中で困難にくじけず健全な闘争心を保ちながら
             自分にとって価値ある何かを見出していく・・・→


★エネルギーのポイント:嵐を想いながら静謐な内面の湖を覗き込む
                  
 
           
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★12月新月・日蝕の星模様とチャレンジ ★

(主なアスペクトとスケジュールざっと)
 ※今回も個々のアスペクトについての解説は省きます。何か思いついたらその都度ツイートするかもしれません😉)

太陽・月・木星(とイカルス・フォルス)がコンジャンクションのSノード日蝕が
 天王星とトライン、ルシファーとオポジション(太陽・月・木星はパラレル)
土星・冥王星コンジャンクションまでオーブ1°台
イカルス&フォルス・カイロン・ルシファーのTスクエア
火星・ヘカテとグリーブがスクエア
月のノード軸をネッソスが調停

<惑星スケジュール少し>


12月23日~1月12日 水星がOOBとなる

12月29日 水星が山羊座入り

2020年1月3日 火星が射手座入り

2020年1月11日04:21 蟹座20°00で満月!
 太陽・水星・土星・冥王星・セレスがコンジャンクト
 木星・Sノード・レクイエム・アグニがコンジャンクト

1月13日 0:10ごろ土星・冥王星コンジャンクション
 1月12日 天王星が順行、月・火星トライン

1月25日6:41 水瓶座4°21’で新月!
 新月が天王星にスクエア


この日蝕はサロス132で、シリーズが誕生したのは1208年。アストロロジャー、バーナデット・ブラディは著書『Predictive Astrology The Eagle and the Lark』の中で、こう特徴づけていました。
『関係性が突然終わる可能性(年若いひと、または子供との間柄に起きる可能性)、感情的に多大な影響力を持つ蝕。トラウマを通して変容を遂げるような可能性がある』

25日発売予定の『フォーキャスト2020』では、メリマンさんがこう示唆しています。

『この日食は月のサウスノード・タイプで、通常はノースノード・タイプよりも困難だ。そしてそれが、時間的に冬至と非常に近接して起きる。日食の影響力は常に強力で、それが起きる星座宮とその星座宮が司る経済セクター、そして日常生活の領域に深刻な途絶や混乱が起きることを示唆する。その影響力は食が起きてから1年~2年続く可能性がある。』

この日蝕シリーズ誕生時の度数は獅子座28°台。
この位置には以下のような象意があります。

厳しく辛い世界で自分のベストを表現する挑戦
古い皮膚をそぎ落とすための苦闘、変革と勇気
生まれ出ようとするとてもデリケートな何かをこの世界の荒々しさから護るという挑戦
新たな経験の予感とそれに関する胸騒ぎ、イノセントなおののき

  この日蝕はこれからの1年を彩る様々な出来事とその要因を、具体的にも抽象的にも心理的にも物語るようなエネルギーを放射するのではないかと思います。今回はひとつひとつの分析は省略するけれど、上に挙げたアスペクトを見ても、良くも悪くも物事がいろいろな方向に同時に誇張されるような感じを受けます。また、一年を通じて干ばつや洪水その他の自然災害、それによる農作物の被害にも注意を要すると思います。

心理的には、もしネガティブな側面が出れば、容赦のなさ、気に入らないものは徹底的な排除を求めるような心理、駆け引きと強制(または力と力のぶつかり合い)、ひとの話を聞かないような頑固さ、不満の暴発、やりたい放題の放埒さ、罪悪感 vs 罪の意識の欠如などでしょうか。最近、「ファシスト」ということばが蘇ってよく耳にするのだけど、実はそれって正義 vs 正義、方向性の異なるファシスト 対 ファシストの戦いなのかも?

けれど、その徹底精神には見るべきもの、ポジティブな面も沢山あります。カルミックな出来事や道を選択することにつきまとう哀しみや惜別のこころ、そして突然の凋落...そんな人生のハードさなんかに負けない強靱な精神(たとえば虐めにあっても、それを乗り越えて自分の栄養にしていけるような)もこの蝕には示唆されているから。また、危険をものともせず何かに挑戦したり、いったん目標が決まれば厳しい訓練に耐えるだけのこころの強さも与えられそう。それは「根性」というよりも、否応なく集中していく不思議な能力かもしれません。でも、ケガしたり過労にならないよう、やり過ぎには気を付けてね! 

そして、過ぎゆくもの(一過性の上辺の白波)と留まるもの(自分の芯をなす何か)をしっかり識別していきましょう。


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★蝕と長期の星模様に寄せて★


    とうとう今年最後の新月、そして日蝕ですね。マレーシアやインドネシア近辺では金環蝕となり、日本からも部分蝕は見られそうということだけど、お天気はどうかなぁ...雨という予報もあるけれど、少しでも見られるといいですね。新しい時代がいよいよ頭をもたげるという2020年はもうすぐそこです。

前回の日蝕は7月。そこからわたし達は、大きな変化へ向かって進みゆくセットアップの中で、もう一段進んだ領域に入りました。これまでの約半年、みんなの暮らしは、人生はどんな風だったでしょう? 新しい出逢い、または別れ、気持ちの変化や重要な浮き沈み、あるいは新たに発見した自分自身の新しい顔。または何か大きな予感...。そんな経験、あったかな? 

前回の日蝕当時、こんなことを書きました。

『これから月蝕、そして12月の金環蝕(日本では部分蝕が見られる)と2020年1月の半影月食、そして春を迎えるまでの間に、世界の政治・経済・社会、そして日本にも、本当に沢山のことが起きてくると思います。もちろん、わたし達それぞれの人生にも。各自が選んでいる人生の道で、心理的にも現実の状況においても、様々な変化を体験するひとが多いのではないでしょうか。わたし達はとにもかくにも扉を開けて、新しい世界へ一歩踏み出そうとしているところ。突然明日から何かが変わるわけじゃなくても、こころの細胞がリニューアルしていく。そんなとば口に立つ今...』


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  今振り返ってみると、今年は災害による犠牲も多かったし、これまでの社会的な理解を超えるような狂気や、追い詰められて一線を超えてしまったと思える犯罪も目立ったように感じました。長く隠されてきたことがどんどん掘り起こされ露呈し、以前はあまり気にもされなかったようなことが論議の的になり、糾弾されるようになってきた今日この頃。一方では魔女狩りに等しい仕打ちで名誉を傷つけられる事例、嘘の告発や詐欺に等しい行為も増えたように思います。

自ら支配する魚座の中盤を悠々と行きつ戻りつする海王星の下で、わたし達の中には『何かを掛け値なしに愛したり信じたりしたい』という純粋な想いへの憧れ(海王星)と、『この世の中には何も信じるに足るべきものなどない。ひとも、物事も、気を許せば嘘ばかり』という、ますます根深くなろうとする不信感(海王星)の狭間で、知らず知らずのうちにフラストレーションを溜めてきたひとが多いかもしれません。この力もまた新しい年/新しい時代へ向けて、良くも悪くも使い方次第になります。フラストレーションはちょっとした刺激でエネルギーをシュンッと頭部に集約させ、そこで「ああでもない、こうでもない」と要らない理屈を紡ぎ出します。それが自分を縛る呪詛のことばにならないよう、気をつけてください(呪詛の対象が世間でも、誰かでも、自分自身であっても)。

どんなに嵐が吹き荒れたとしても、最終的に見つめるべきは自分自身の深奥。それは「わたし」を一瞬一瞬ふるえさせ、微細に揺らすことで「ここ」に存在させている震央。そして、出口はいつもそこに在る。(海王星は今「あまり空気を読まない無意識の行動を制し、自分の道にとって適切な表現に変える—|インスピレーション|→刷新への原動力」というテーマの位置に在ります)。ここから先は、全てが脱皮のための刺激…くらいに考えておくと良いかもしれません。


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  世界では気候変動を懸念する声、政変や政治不信など、いたる所で不満の声が上がり、高まっていきました。そして一部の独裁政権による人道に反する行為、自由を監視し阻もうとする力への抵抗、そして以前から続く局地的戦闘も止むことなく今年が終わろうとしています。一時期 “グローバリストの理想” が叶うかのように見えたヨーロッパ、そして米国社会の分断は、その夢や理想自体がはらむ矛盾(おそらく人間存在そのものが抱える矛盾)を反映しながら、ますます深刻化しています。こうしてセットアップの年は終わり、これからいよいよ新しい変化の時代に突入、そして当初に経験すると予測される、一種の混乱期に入っていきます。

  ここから先は、おそらく個人レベルでも、大なり小なり世界を覆う壮大なエネルギーの波を被ることになるかもしれません。あるひとはとてもダイナミックに、またあるひとはさざ波と遊びながら、ある時点まではっきりとは感じないままに...。こころの持ちようによっては、とても面白い時代だと感じられるだろうし、古くなってしまったものにしがみついていれば、辛い時期を通過するかもしれません。自然災害への備えや、まさかの時の心構えも一層必要になると思います。

また、『これが正しいんだ!』という思い込みがあまりに強すぎるひとは、気付かないうちに「静かな狂気」に巻き込まれていく可能性もあります。同じような考え方のひとばかりのエコーチャンバー(共鳴室)に在り続ければ、何がどこで狂い始めたかには気付きにくいものです。意見や世界観の違うひと達との出会いは、新しい発見のチャンスかもしれません(もちろんこれは、互いに聞く耳と尊重精神があれば...の話だし、その機会はあまり多くはないかもしれませんが)。また、同じ世界観を共有するひとであっても、異なる見方をするひとに対するリスペクトを持たないひと、人格攻撃をするひとや蔑視用語を使うひと、批判ばかりのひとからは出来る限り遠ざかったほうが良さそうです。


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  また、山羊座のステリウム、土星・冥王星コンジャンクションは、人間の根底の沼地とも言うべき無意識に刻みつけられた『絶滅への恐怖』を刺激してくるところがあります。このアスペクトはすでに大分前からオーブ圏内に入っていますが、広く世の中の関心を惹き付けるニュースの底流にはこうした感覚が潜み、密かにわたし達を一定の方向に誘っている可能性がありそうです。また、牡牛座入りした天王星も別の角度から「肉体の変化」とそれに抵抗し、元に戻そうとする心理を生み出すかもしれません。

  ここでその一例を挙げてみましょう。「絶滅への恐怖」と言えば、気候変動、地球温暖化とそれへの対策を求める少女活動家グレタ・トゥンベリさんが脚光を浴びています。彼女は出生時間がわかりませんが、サンライズ・チャートで見ると、トランシットの土星と冥王星がネイタルの月に乗るかたちになります(あくまで仮想チャートのひとつなので、これ自体でどうこうは言えませんが)。またネイタルで木星・冥王星・エリスの火性グランドトラインを持ち、自ら支配する水瓶座に在泊する天王星は、政治に関わることが多いパラス(公正と正義、絶対的自由と誇りの追求、または苛烈な懲罰心)とコンジャンクト、蠍座(獲物は逃がさない)の金星とはスクエア、双子座の逆行土星(制限された、または一方向に向いたコミュニケーション)とトライン、BMリリスとはセクスタイル、そして審判/懲罰的で「許さない」という感覚を刺激してくるオルクスとはオポジションを形成しています。デイリーワイヤーに掲載された最近の彼女(と側近の大人達)からのコメントによると:

    『私達の活動はもっと幅広い範囲に拡げるべきであり、人権、正義、そして政治への意志がもっと必要です。結局、問題は環境だけではなく、植民地主義、レイシスト、抑圧的な父権社会システムこそが環境破壊を創り出し、私達を殺し、未来を奪う元凶なのです。ストライキ、抵抗運動など、他の活動も必要です。全てを変えるのです。政治指導者達は私達の手から逃げられません。闘いましょう。』


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  これはやはりとても土星・冥王星的なアジテーションだと思います。確かにここで糾弾されている父権社会は、その社会が固めてきた「秩序」とともに山羊座の土星が象徴するものであり、それを根こそぎにひっくり返そうとする企ては冥王星的です。けれど、彼女の話法そのものは古来から続いてきた力と力のぶつかり合い、力による強制的な変革 — 革命を思わせます。だからこの運動は、新しい力というよりは、冥王星の破壊力がまずカオスを創り出していく動きの一つなのかもしれません。その後に本当に新しいものが生まれ出るための土壌としての混沌と、爆発する精神を...。

  だから彼女が率いるこうした動きには、環境問題だけでなく、政治や社会に漠とした不満を持つひとびとも巻き込んで拡がりそうな熱(火性のグランドトライン)があります。彼女は天性のアジテーターとして、両親を含む政治活動家の大人達に見出された(あるいは少女としての人生を略奪された)ひとなのかもしれません(イデオロギーの世界を支配する射手座の冥王星と小惑星ペルセフォネーがコンジャンクト)。太陽とカイロンとルシファーのコンジャンクションは、彼女が負っている生まれながらの障害を指すのかもしれないけれど、今後2~3年のうちに失望を味わったり傷つく可能性があることは気掛かりです。それでも、彼女は何があろうと自分の内奥に響く真実を求め、自ら変容しながら、我が道を歩んでいくのではないでしょうか。彼女の月は、OOBです。

  気候変動に関しては、CO2による地球温暖化の他にも地軸移動に関連する1万2000年サイクル説などの他、専門家による異なる学説が発表されており、けっして世界規模でアカデミックな統一見解が出ているわけではないと聞いています。けれど一般に、政治家やメディアからは他説が一切無視されているというのもちょっと不思議な気持ちになります(ただし、もし1万2000年説が真実ならおそらく今の人類には「どうしようもない」からだろう、という話もあるけれど)。この運動を世界のリベラル急進派とも親しいユダヤの大資本家ジョージ・ソロス氏が支援していることは、彼の秘書がグレタさんに寄り添っていることからも事実として欧米の独立系ニュースに取り上げられていたけれど、この動きは新たに地球規模のビッグビジネスを生み出すのでしょうか? それとも将来的には、資本主義の破壊と新機軸の社会主義世界の創造へと繋がる目論みでもあるのでしょうか? なんて、ここまで来ると少し陰謀論的な香りも漂ってきて足を踏み入れたくないのですが...。ただ、どんなことでも表面に見える物事、風に吹かれて海面に立つ白波だけを見ていては、たぶん事の本質はわからない...。グレタさんとその活動に関しても、他の政治家達や社会の動きに関しても、もしマンデーン・アストロロジーを通して世界を見ていこうとするなら、必ずニュートラルな見方が出来なければならない。良い、悪いを自分の思いや願望を通して軽々に判断してはならない。そんなことを考えたりします。


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  どうしてこの日蝕で長々とこんな話をしたかというと、土星・冥王星の組み合わせには陰謀論の蔓延が付き物だからです。2021年に入ると、土星は魚座の海王星とウェイニング・セミスクエア、つまりウェイニングフェーズの最終局面である1/8フェーズに入ってきます。これは今までの甘美な「夢」が壊れるときでもあり、また、だからこそ『信じたいから信じてきたものをこれからも信じ続けたい』ために目をつぶり、耳を塞ぐひとが増えるときでもあります。メリマン・コラムや『フォーキャスト2020』でも指摘されていましたが、2020年を幸せに乗り切っていくためには「プランニング」が大事。つまり個人レベルでは、自分が進みたい道を見据え、いったんそれを明確に描き(変化も許容しつつ)、夢を現実に変えていくための実際的な計画を立てる。そして予期せぬ事態とそれへの対応を考慮に入れながら、不屈のこころを持って進む... ということが鍵になりそうです(わたし自身は計画って大の苦手なので、自分で書きながらため息が出るのですが...^^;)。

けれど冥王星が放射する、無意識を根こそぎ持っていこうとする力は侮れません。それはまるで、ジクジクと浸透してくる、重くてもっちりと粘るようなエネルギー。それに負けず、踊らされずに自分の道を歩いていくには、今までよりも深い、より深いレベルで自分とは誰なのかを識っていくこと、そして現実に動いている「世界」をより広く識ることが必要になるでしょう(見たくない物事を見る可能性もあり、それもまた重いタスクかもしれないけれど...)。 そして、良さげに見えること、聞こえること、あるいは『なんて酷いんだ!最低!』と感じる物事をすぐには信じない習慣をつけることだと思います(魚座の海王星と月のノード軸のTスクエア ― 海王星が支配する精神的な物事・深みについての宇宙...つまり真の自分からのテスト ― も1年後に近付いてきます)。

わたし達は、今自分が感じていることにフィットする意見や解説はすぐに信じてしまいがち。けれどこれからはなるべく、気になることがあれば一つ一つ、自分自身の手で納得いくまで調べること、それが、少なくとも今後を乗り切っていくための優れたツールになるのではないでしょうか。読んだことが気になるなら、切り取られた文言ではなく、全文を読み切り、必要なら裏付け(これも全文)を取って、可能であれば周辺事情も調査した上で自分の頭で考える...たぶんそんな習慣かな。これはけっして理論武装するためではなく、感情に揺らされることのないニュートラルな芯を持つための行為です。自分が本当に動くべきときが解るのは、その「芯」で感じたときだけだから。


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  そんなわけで、もしネットやTVなどで見た物事、または人物に対して良くも悪くも何かを感じたなら、憶測で決めつけたりせず、全ての人間にはそれぞれの人生の積み重ねが存在し、自分には計り知れない体験を経てそこに存在するのだということを忘れないでください。歓びでワクワクするのは素敵なこと。けれど、自分の願望を投影して他者に完璧を望んだり、あげくにむやみに怒ったり怖れたり、うわついたり浮き足だったら...土星・冥王星コンビの思うツボ。何故ならこの2惑星が力を合わせて創り上げた重厚な鎚が嬉々として自分の上に振り下ろされる、そんなきっかけを自ら与えることになるから。それに、今の冥王星は昔の冥王星より強力かもしれません。どうしてかというと、冥王星にはこのところずっと、1994年に発見された同じ冥王星族のアーラウンがぴたりと付き従っているからです(発見当時は約6°離れていた)。彼はケルト神話の異界の王で、地獄の猟犬を引き連れて死者の魂を追い続けるとされる存在です。前にも一度書いたけれど、アーラウンの惑星ノードから導き出されたキーワード(by P.セジウィック)を挙げておきますね。

エゴ的な言動と魂レベルの葛藤に関わる問題
内側に抱える魂の「火」と、それを活かしていく現世の火の信条のテスト
人や物事の裏に潜む真の動機や目的、理由を識別していく必要
行間に滲み出る「意図」を見破る努力、またはテスト
一度した約束をどんなことがあろうと誠実に果たせるかの試練
良いにつけ悪いにつけ、こころを騒がせ反応させるような物事に今までよりももっと注意深くなる必要

 『もっと深く見よ。内奥の真実から目を背けず、自らの混沌に誠実であれ』


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  山羊座の土星と冥王星、そして木星。これらのコンビネーションは、最高にも最悪にも、どちらの方向への振り幅も相当大きいと考えられます。ひとによって、そのトランシットのハウス・ポジションによって、その顕れ方と経験は様々でしょう。

けれど。たとえ周囲がどうあろうとも、自分に対して、他者に対してのリスペクトを忘れずにいきたいと思います。そして楽しむときは全てを抱き留めて大いに楽しみ、エネルギーを蓄え、本当に闘うべきときが来たら全力で、嘘なく、気高く戦いましょう(今、あちこちで仕掛けられている声高な戦いは、わたしには海面の白波に見えます。それが良いとか悪いとか意味がないとかではなく、混沌のための前座として動かされているように。もちろんそれに関わっているひとびとにとっては彼/彼女の人生にとって必須の体験として起きているのですが)。でも、たとえいっとき混沌の中で迷子になることがあっても、孤独で淋しくてたまらなくても。あなたは、わたしは、生きて今ここにいます。そしてここにだけ、世界の全てが、失ったはずの全てが存在します。そこからは、いつも新しい何かが生まれ出ようとしています。

これからは、古いものが壊れ、混沌の中から新しいものが少しずつ顔を覗かせる時代。けれど、「何が古くて何が新しいのか?」 それは今のわたし達にそう見えているものとは違っているかもしれません。何故なら、今のわたし達はまだ、右とか左とか、善とか悪とか、全てを、世界を、古い眼で見ていると思うから。「善」も「悪」も、その古い形も新しい形態も、階層や信条に関わりなく、世界のあらゆるところから芽吹き、頭をもたげてくるだろうと思うから。きっとこの先に待つという新しい時代。その世界が果たして良いのか悪いのかも、今の眼と常識では判断出来ないでしょう。それを決めるのは、新しい世界を生きるひとびと(またはわたし達)なのだから。 だから。今、わたし達はあらためて自分自身の道を見出し、それぞれが自分を満たしながら、ささやかに歩んでいくときなのだと思います。そのまなざしは、遥か未来からこの世界を覗きにきた異層のひとのよう。その想いは、凍てつく大地の下でワクワクと、あるいはじっと、芽生えを待つ球根のよう。あらためて。そんな...「わたし」でいたいと思います。



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  おっと。またもや前置きが超長くなった!
では今年最後のサビアン・シンボルにいってみますね。



★12月新月/日蝕のサビアン・シンボル★


新月のベースとなるシンボル:
山羊座4°『大きなカヌーに乗り込む一団のひとびと』



  いつも言っていることだけど、蟹座―山羊座軸は成長への圧力が一段階UPする領域です。たとえば蟹座は自己の内面に集中し、身近な関係(家族や自分が属する集団/自分のテリトリー)に対応する感受性と、それへの反応として出て来る感情を通して認識を深めていくことを強いられます。これに対して、山羊座は広い外的世界での成長を促し、射手座で培った「世界観」を使いながら、自分が行った行為と結果に対する責任を学ぶよう負荷をかけてきます。

けれどこのシンボル、一艘のカヌーに大勢のひとが乗るって…何だかとても不安定になりそうだと思いませんか?  一般的にカヌーと言えば、細くて深いV字型にくりぬかれた木製の船です。河や海を勢い良く走る姿を思い浮かべるのだけど、そこに「ご一同様」が乗り込むなんて、確かにひと波乱ありそうです…。ここで使われている "party" という言葉は、人々の集団、一定のイデオロギーや目的をもったグループ、政党、社交的な集まりなどの意味を持っています。そして、"in the same boat" と言うときは「同じ境遇同士」とか「一蓮托生」という意味になります。そして、"party line" と言えば、その組織やグループの公式な見解、あるいは「政党としての路線」という意味になります。


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  では、そんなひと達が細長いカヌーにひしめき合ったらどうなるだろう...? 誰かが水に落ちてしまうかも? そうでなくても誰がどの場所を取るか、荷物はどうするかで議論や口論が始まるかもしれません。一つのパーティが二つに分裂するかもしれないし、そうこうしている間にカヌーがひっくり返るなんて可能性も大...。 これはもう、大きな波風が立ち、周囲に波紋が拡がるのが目に見える感じがします。これをまとめるリーダーは、厳しさと共に忍耐力や耳を傾ける力、また何よりカヌーが安全に目的の岸まで辿り着けるよう、不断の注意力を保つ必要がありそうです。でも、これは相当大変なことではないでしょうか? たぶん。

カヌーは大きな船舶とは異なります。よく訓練された乗組員が導いてくれるわけではありません。おそらく乗り込むご一同様には一応の上下関係や経験の差はあったとしても、内心は皆すでに、辿り着くべき向こう岸? に思いを馳せ、単なる過渡期の乗り物に過ぎないカヌーに関しては「誰かが舵取りしてくれるはず」という乗客気分でいる可能性が高そうです。

けれど、この一団にもしも何か明確な目的があり、そしてそれをぜひとも実現したいのなら、どこかの時点で誰かが人々を上手くまとめ、カヌーの舵取りをする必要が出て来ます。そうしなければ、目的地に着くどころか最悪の場合、悲惨な水難事故になる怖れがあります。また、たとえば「河を渡る」という行為が自分自身の「こころの河」を渡ることを意味するのであれば、そして新しい境地を目指そうとする「わたし」を象徴しているなら、自分の中で暴れているいろんな想いのそれぞれを拾い上げ、ひとつの筋道にまとめていく力が必要な場面です。


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  この度数に対向し補完する蟹座4°のシンボルが『ネズミと議論する猫』という不可思議な光景を描いていることを考えると、バラバラにまとまらない乗客達は、人間の奥底にうごめくさまざまな「本能」と、それを何とか抑制しながら無事にやり過ごしていくための「理屈付け」を意味している可能性があります。

以前、この蟹座側の度数がルネーションで出て来たとき、ネズミと猫の会話をこんな風に書きました。

猫『これから君に飛びかかって食べるにあたってだな、言っておきたい事がある』
ネズミ『…………………。』
猫『我々は獲物を捕って食べる。これは生きるためであり、自然の摂理だ』
ネズミ『そんなことを言われたって、殺されるのはイヤだ。それだって摂理だろ』
猫『いや、これは生物学的に言って正しいことだ。君は理解するべきだ』
ネズミ『冗談じゃない!食われてたまるもんか!』
猫『まったく聞き分けが無いな。知性が足りないヤツは食われても仕方無い』
ネズミ『いや待て待て待て!』(びゅーん)

結果:議論にならない。。。😂


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  けれどわたし達は自分の内部でも、たとえば「動かなくてはいけない...でも出来れば動きたくない...」などの葛藤があるとき、どうして動けないかについてもっともらしい理由をつけて自分を納得させたりします。けれど、どうしてもこうしたい、あるいはしたくない...、そんな気持ちがあるとき、それが本当に自分の核の部分からのゆるぎない衝動であれば、多少の恐怖や躊躇があったとしても素直にどちらかの決断を下しているかもしれません。何故なら結果がどうあろうと、自分が選択した道の責任は自分にある、それでいいと感じられるから。

けれど、どこかに違和感があるときは、当座の言い訳や合理化が必要になりします。自分の中に生まれて来るさまざまな衝動や本能的な欲望、そして怖れ。『こんなことしたら(またはやらなかったら)どう思われるだろう...?』 ともに居る、または働くひとびとが口にする様々な物の見方、意見、叫び、あるいは念や欲望、エゴの壁。わたし達はこころの中で、または職場や家の中で、ネット上で、様々な議論を交わします『方角はこっちだったろ!』『いや違う、あっちだ!』。誰かが誰かを論破し、優位に立とうとする。すると誰かがそれを批判し、悪の烙印を押す。さぁどっちに付く? うーん、どうしよう。小さなカヌーは揺れに揺れ、今にも流れに飲まれそう...。 

実のところ、互いに目的地はひとつだったはず。「議論」って、こころの中であれ、ひととひととの間であれ、本当は物事を、真実を、明確にしていくための共同作業だったはず。互いに意見を交換し、磨き、新しい光を当てて発見しなおすためのものだったはずです。はたしてわたし達は、怖れや衝動やエゴの壁(力を見せつけて自分のほうが上だと思われたいという欲望や他者からどう見られるか?への恐怖、または瞬時の快感)を乗り越え、自分に対しても、相手に対しても、オープンで正直になれるでしょうか? あるいは状況を見て加減を計りながらいくのなら、最後までその態度を貫き通してカヌーを安定させられるかな? 不毛な議論や理屈付けではなく、本当に自分の「芯」をしっかりとまとめ、荒波を乗り越えて向こう岸に辿り着くことは出来るかな? それとも、とっちらかったまま、他の誰かや自分にはどうすることも出来ない事情(と理屈づけた何か)のせいにして、ブツブツと呪詛のことばを吐き続けるでしょうか? そのことばは水面に届き、鏡となって還ってくるでしょう。このシンボルは、わたし達のささやかな日常に突き付けられる、そんな挑戦を象徴しているようです。

じゃ、次にメインのシンボルを見てみましょう。


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新月のメイン・シンボル:
山羊5° 『一艘のカヌーを漕ぎ戦闘のダンスを踊るインディアン達』


  さて、ここでも再びカヌーが出て来ました。でも、今回カヌーを漕ぐのはネイティブ・アメリカンの戦士達。きっとカヌーを操る腕も相当なものかもしれません。しかも彼らは士気を鼓舞する戦闘のダンスを踊っています。彼らは何か特定の目的(敵を打ち破る?)を持って集まり、エネルギーを高めるための特別な踊り ― あるいは儀式的な所作を演じています。ドラムが打ち出す勇壮なリズム、気持ちを高める雄叫びの声! これから全員で向かっていこうとするターゲットが何であれ、内なる集中力は否が応でも高まり、体中に力がみなぎっていきます。

  これから彼らがカヌーに乗って向かう先には、強大な敵が待ち構えているのかもしれません。普通なら、いくら大きめとはいってもたった一艘のカヌーに乗れる人数は十数人に満たないでしょう。それだけの人数で敵の陣地を襲うなら、それはゲリラ的な戦法になるはずです。あるいは囮作戦でしょうか? いずれにしても、とても危険な任務です。通常の戦い以上に命の危険は大きいはず。だからこそ、士気を高めるために今、彼らは戦闘のダンスを踊っています。部族の命運と誇りをその背に負って。愛する家族を護るために。戦士としての栄誉にかけて、この作戦を成功させなければなりません。その意味でも、前の度数の「ご一同様」とは覚悟が違うようです。彼らはその試練を乗り越えてきたはずだから。皆の目は同じ方向を向いています。そのいのちの火は同じように燃え、交わすことばももう必要ないくらいです。戦略はもう十分に練られています。あとはただ、大地を蹴り、足を踏みならし、生きとし生けるもの全てから力を贈られた者として、風に向かい水を掻き分け進んでいくだけです。


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  彼らの行く手には死が待っているかもしれません。敵の死と、自らの死と。わたし達は「死」と聞いただけで怖れます。誰でもが等しく、生まれたら必ず死ぬのだとわかっているのに。それは怖い。だってそれは、今がずっとずっと続くんだ...というその感覚の「断絶」だから。もしかしたら、死ではなくても、ただ何かを失う恐れも、先行きへの漠とした不安も、行き着くところはその「断絶」への怖れなのかもしれません。それなのに、イチかバチかになったとき、覚悟を決めたとたんにスッと怖れが無くなるときがあります。人間って不思議ですね。

よく『メメント・モリ=死を想え』という昔からのことばを聞くことがあります。死せる運命を十分に見つめ、その上で今を生きるとき、わたし達は敬虔さの中で真っ直ぐな気持ちになります。死に向かいたいんじゃない。生きるための力を自らに贈り、生まれ出た者としての自覚を持つために。もし今、向かいたい目的を思い描けるなら、それに向かって迷いなく歩んでいくために我が身の死を想い、自分の芯を確認し、より強くなる。それは特攻精神じゃない。スキルを持ち、戦略と計画を練り、必ず任務を果たし終え、帰還するために戦闘のダンスを踊る、誇り高き戦士の精神です。


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  今、自分の中に聴き取ることが出来るでしょうか? 響き渡るドラム、内なる火を鼓舞するような部族の歌、「わたし」の歌を。

これからの1年、たとえいつか圧倒的な力の壁が立ちはだかったとしても。自分自身を誠実に生き抜き、どんなことばを投げかけられようと、笑って過ごすための、自分だけの歌を「わたし」は見出せるだろうか? 火のダンスを踊れるだろうか? 人混みの中で、様々な出逢いの中で。またはこころの中にせめぎ合う葛藤の中で。 クリスマスの夜。そして新年を迎えて。ひとり静かに耳を澄ませてみたいと思います。

さぁ、幕開けの2020年がやってきます。 凪ぎも波も、みんな楽しんでいけますように...!



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have a great trek!!!★

hiyoka(^_^



hiyoka_blue at 21:17|PermalinkComments(0)

November 12, 2019

🌕11月12日の満月 ― みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)

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    満月は前回の新月のテーマが熟し、花開き実を結ぶときです。 この日は太陽と月が、地球を挟んでちょうど反対側にやってきます。0°の新月から始まった地球全体への課題は、満月で180° 対向のエネルギー同士がぶつかりあい補いあうことにより、輝く満月というひとつの「結果」を見せてくれます。それは、わたし達が空間から受け取ったエネルギーをどう昇華し、現実に表現してきたのかを、あらためて見せてくれる「鏡」だと言えるかもしれません。なので満月のテーマは新月の瞬間から色濃く育っていくとも言えるでしょう。そして わたし達はみな満月を超えて、次の新月までにその経験を消化(昇華)し、エネルギーはゆっくりと静まっていきます。それはこの世界に生きるわたし達の意識に与えられたプログラミングの一種かもしれません。そんなシステムをどう使うのか?それとも使われるのか? それはきっとわたし達次第。さぁ、今回はどんな風景が見えるでしょうか? では今月も行ってみます。(^_-)~☆
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★満月タイムスケジュール★
エネルギーが高まる時です。ヒーリング・メディテーションや祈りを捧げたい方は、もし可能ならこの時間帯(ずれるなら満月前がベター)に合わせてみてください。エネルギーの高まりを感じられると思います。

【地方平均太陽時:ソーラータイム(LMT)】
東京・関東ローカルで 11月12日22:53前後、北海道周辺で22:59前後、関西方面は22:34頃(日本標準時の場合はこの時間)、沖縄周辺で22:04前後に 牡牛座19°51'で満月となります。

今回のテーマのベースであり、今も背景で発効し続ける新月の大テーマについてはココをご覧ください。
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サビアン・シンボルによる【満月がもたらすテーマと挑戦】
*ここではデーン・ルージャー(ルディアー)版やマーク・エドモンド・ジョーンズ版の解釈ではなく、透視家エルシィ・ウィーラーの伝えた言葉をそのまま書き写したオリジナル版サビアン・シンボルを使ったブレイン・ボヴィの解釈を参考に、アスペクトを加味して書き下ろしています。
*テーマはひとつの意識の流れを表したものです。この流れは順不同に現れたり循環したり、ひとつだけ突出して感じられる場合もあります。また、内容はその時々のアスペクトを意識しながら抽出しています。


【月 牡牛座19°→20°/ 太陽 蠍座19°→20°】
  🌕 “A newly formed continent”
  『新しく形成された大陸』
  🌞 “A parrot listening and then talking”
  『耳を傾け、その後で喋るオウム』
     ↓↓↓
  🌕”Wind, clouds and haste”
  『風、雲、その急速な動き』
  🌞“A woman drawing two dark curtains aside”
  『2枚の闇のカーテンを引き開ける女』

11月27日新月 射手座4°台
 『歩行を学ぶ小さな子供』→『木の上のフクロウ』
 に繋がっていく

【テーマがもたらす雰囲気と挑戦(順不同)テーマ発効期~11/26】
 ※満月の場合、1週間~数日前から前倒しで感じられると思います

→★様々な物事を拡大解釈して都合よく利用する言動を見抜く
  (その底流に存在するはずの「本質」の変容に注意)
→★良くも悪くも「噂話」が大きな影響力を持って蔓延する傾向
→★古い思想や哲学、昔の知恵、流行などを再認識、または再利用する
→★自分を護るために誰か力のある他者のことばを盾にする
→★水面下で進行しつつあった物事が急速に進展/加速していく
→★無意識の怒りを操ったり不安や怖れをもてあそぶ心理に注意
→★一時的に身を引く、または目立つことを避けて力を溜める必要
→★新しい観点、新たな手法、新しい力を求める気持ちが強くなる
→★時間と手間を切り詰めて都合のよい部分だけを抜き出す言説に注意
→★隠されていた事実に光が当たり目の前の事実が陰に隠れる
→★何かに突き動かされて熱が入り、とめどなく喋り続ける傾向
→★早くやらなければ、行かなければ、と急く気持ちに注意
  (誤解、ミス、違反、事故、怪我、損壊や火事なども含めて用心)
→★古い手法や面倒な手続きが本来持っていたはずの意味に着目してみる
→★「内なる子供」が抱えるトラウマを受け入れ、きちんと向き合う必要
→★突発的な知性の輝きや「降って湧いた」新たな思考を大切に扱う・・・→


★エネルギーのポイント:新月
           『しなやかに座して凜として立つ』
            ↓
            満月
            『背中を押す力の真偽を識別する』

            

191112FM



  昨夕 そぼ降る雨の中、食糧品の買い出しにスーパーに行きました。そして何日かぶんの買い物を済ませ、屋上の駐車場に出てみたら...いつの間にか雨は上がっていて、雲の切れた空に丸い月がぽっかり。。 とても鮮やかな光を放っていました。そしてそれを見たとき、なんとも言えない複雑な気持ちになりました。うーん、自分でも理由はわからなくて、ことばで言えば「ぁ...満月。」なんて、あまりにも当たり前のことしか浮かびません。嬉しいとか哀しいとかいう微妙な感情もなく、ただそこに月が満ちて在ることを、少しため息混じりに感じ取った...とでも言えば良いのかな。でもたぶん、それは『フォーキャスト2020』の原稿が来始めて以来 仕事に埋没するような日々が続く中で、自分自身が「今、ここに在ったこと」にふと気付いたような...そんな感じだったかもしれません。この満月は小惑星ヴェスタとコンジャンクト。そして冥王星とはトライン。何かとても深いところから「名付けられない存在の火」を呼び起こすようなところがあるのかもしれません。


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  このところの惑星エネルギーは、たとえ何がどうとは言えないような曖昧さの中にあったとしても、何故かちょっと落ち着かないような、先を急がされるようなフォースが混じっているように思います。何かわからないものに背中を押されるような感じと言えばいいでしょうか。何を急ぐのか、何をするのかはひとそれぞれで、ただ何かを始めたほうがいいのかな?とか、誰かに会いにいこうか?とか、そろそろ○○の準備をしないと...とか、または何かどうしても欲しいもの、買いたいものが出てきたりとか...。本当に様々だと思います。一方、世界を見れば、様々な国の様々な土地で、今まで起こり得なかったような物事がいつ終わるともなく進行している今。地球はある種の緊張感に覆われつつあるように感じられます。これはやはり、ラスボス的な土星・冥王星コンジャンクションが一歩また一歩と近付いているからかもしれません。このコンジャンクションの正確な形成は、山羊座22°台。期日は来年1月12日〜13日だけれど、今年のクリスマス前後にはもう発効圏内(たぶん地政学的にも危険期)に入るし、牡羊座23°台にじっと控える準惑星エリスもまた、両惑星とのスクエアを待ち構えています。

そんな中、2020年以降への「セットアップ」が着々と完成していく今という時は、わたし達ひとりひとりにとって、個としても集合体としても、とても大切な時期なのだと思います。どんな暮らしをしていても、どんな想いを抱えていても。そしてどんな出来事やエネルギーに翻弄されたとしても。最低限、自分が今立っている足許を見失わないこと。 自分が拠って立つ本質って何なのかを確かめながら、一歩、また一歩。 ときには立ち止まりながら。 土星が冥王星に近付いていく、その足取りに負けずに。笑ったりしんみりしたり、ときには怒ったりしながら、でも揺るがずに。

今年の『フォーキャスト』はいつにも増して深い内容と今の星回りの様相もあり、携わっている間はブログはお休み気味になります。けれど、11月6日にツイートした満月までの要注意点は、この満月から次の新月までの期間にも有効だと思うので、よかったら参考にしてみてください。😊


★惑星スケジュール、ちょっとだけ

11月14日 金星がOOB(アウトオブバウンズ)入り、海王星とスクエア
        (12月13日〜14日まで)
  金星のOOBはよく「恋愛至上主義」なんて言われます。もちろん「愛しすぎる」傾向のひとも出るのですが、必ずしもそんな傾向ばかりが強く出るとは限りません。反対に極端な懐疑主義やトラウマに陥りやすい傾向、または恋愛よりも友愛が突出するようなケースや、移り気、一度に複数のひとを愛する多重恋愛傾向、また何度も結婚と離婚を繰り返すケースなども見られます。ただしこれは金星OOBを恋愛問題に特化して、あまりに狭く見てしまう観点だと想います。通常、外側から金星OOBのひとを見る限り、ちょっと変わったものや「普通」ではないもの、ひとによっては危険をはらむような物事に惹かれる/興味を持つ(または気付く)傾向や、常識から外れた感受性、そして気に入ったものをとことん深く掘り下げていく傾向が強いです。(でも同時に醒めた見方もしている)。その「とことん精神」が恋愛に顕れれば、これと思った相手を何年でも待って諦めずに落とすひとがいるかもしれません。けれどその後どうなるかは、出逢いの性質次第です。

なので、たとえば「感受性が強すぎて “普通の状況” ではかえって安定しない」「ちょっと変わった味わい」「あれこれと定まらない傾向と、ひとつの物事に徹底して突っ込む傾向が同居している」または「その二つの傾向が入れ替わり立ち替わり顕現する」などが考えられる特質でしょうか。つまり「どこかで覚醒しながら耽溺する」あるいは「耽溺しながらどこかで覚醒している」...とも言えそうです。また「インスピレーションの豊かさ」「異質な美への高い感受性」を持つとも言われています。それは当然「自分の感性に嘘がつけない」性質として表面化するでしょう。また、こう言い換えることも出来るかもしれません。「常に “それ” ではないものを探し求めている」。なんだか禅問答っぽいかな...「これではない」だったら現実的な拒否や否定になるけれど、あくまで「それ」。いつも何かを探し求めている。けれどそれは「太陽が統制する地球」が提示出来る「あれ」や「これ」ではない。だから自分でも何だかよくわからない。ただ無意識のうちに求め、深く感じようとする激しさを持っている...そんな感じだと思います。

また金星OOB持ちのひとの内面には「情の深さ」が共通して見られるけれど、それが常にわかりやすい形で出るとは限りません。おそらく、状況によっては冷たいひとに見えてしまうケースもあるでしょう。それは、これもまた無意識のうちに、何処かで「感情の限界」を知っているからかもしれません。なのである程度年をとって経験を重ね、自分が誰であるかを薄々でも知り始めるまでは、誤解されたり、多くの軋轢や辛い経験をすることがあるかもしれません。けれど、紆余曲折をものともせず、誤解されるようなことがあってもめげず、素直に正直に、これと思ったことを探求し続けるなら、素晴らしい何かを創り出せる可能性を持っています。

著名なミュージシャンでは、たとえばビョークが金星OOBだと言えばなんとな〜く感じが掴めるでしょうか。

  ただし、ネイタルの金星OOBを読む場合は金星が在泊するサインや度数、そしてアスペクトを十分に加味しながら分析してください。OOBはかなり特徴的だけど、それが人生のどんな場面でどんなふうに顕れやすいかは、当然ながらネイタルチャート全体のテーマに大きく依拠します。アスペクトによっては、OOBの特質が内在化してほとんど表に顕れないケースも見られます(それでも本人が気付いているかいないかは別として、内面の葛藤はあるけれど)。また、OOBが金星単体で顕れているか、それとも月(最強のOOB)や他の惑星OOBと共に顕れているかも、どの程度OOB的な性質が突出してくるかに関連します(月、水星、火星など、特に他の “個人惑星”もOOBであるほうが強い)。

  金星が密かにそんな味わいを見せるOOB期、そうと知った上で高まる感受性を上手く使えれば、きっと楽しく過ごせるかも? とりあえずインスピレーションが湧きやすくなると思うし、音楽や美的な物事への感性も全体に高まりそうです。ただ海王星とはスクエアなので、“なんとなく” 衝動的になったり、熱にまかせて(理想でも愛でもイデオロギーでも)ここぞとばかりに語りすぎたり、巧みな騙しのテクニックについフラっとしたり...なんて顛末には気を付けてね。どんな物事でも、なんとなく勢いでズルズル行く感じになると、後で後悔しそう。この期間はきっと「熱と理性の共存」が鍵になるかも。

11月19日〜23日 銀河中心とイクシオンに木星がコンジャンクト
  もともと無頼なイクシオン。何かやらかしても罪悪感など持たないイクシオンが銀河中心に在り続ける間、「深い謝罪」が本物なのか「真剣な真実の追求」が実は上辺だけで、本当は他の思惑があるのか、なかなか識別がつきにくいかも。米国ではトランプ大統領の弾劾が一番の話題になっていますが、本来は、もし真実であれば、それにも増して世界を揺るがすことになりそうなジェフリー・エプスタイン事件(世界中の政界、経済界、著名人や王室まで巻き込むと言われ、渦中の中心人物が獄中で「自殺」とされる不審死を遂げた大規模な人身売買&性的虐待事件)が闇に葬られようとしているようです。 この種の事件の真偽は、昔から永遠の闇の中に葬られることが殆どだとしても、同じエネルギーはわたし達の日々の暮らしの中でも働いています。例えば「うーん...ヤバイかな。ま、いいか」「面倒だし、クサイものにはとりあえず、蓋!」的な見逃しや逃げの姿勢を誘いがち。そこに訪れる木星が、本物の「審判」を下すのか? それとも、どっちもどっちの無責任♪ みたいな傾向を増大させるのか? 自分の内面も、他のひと達の言動も、注意深く見ていけたらと思います。

11月21日 水星順行開始 蠍座27°38’〜

11月20日〜23日 土星とヴェスタがトライン
季節の変わり目、刻の変わり目を感じるような、そんなトライン。そこはかとなく、何かが終わり、何かが始まっていくような。これまでの経験が、やがては豊かな実りになっていく予感のような。もう過去の秘密も要らない。もういい。そして、自分が大事にしてきたものの他に、自分が拒否してきたものが何だったのかをもう一度、かえりみてみる。自分を留めてきた様々な予断や怖れに別れを告げるために。そして窓を開けて、新しい空気を吸いこんでみる。自分が誰なのか? それは変わらなくても、何かが新たに変容していくのを感じる...ヴェスタの火の力を味方につけて。そんな、密やかな力...。

11月24日 OOBの金星と木星がコンジャンクト
        (銀河中心とイクシオンもオーブ圏内)

11月25日〜26日前後 OOBの金星が山羊座入りしてフォルスと
              コンジャンクト、カイロンとスクエア
この微細な、でも強烈な力に触れてフォルスが働けば、突発的なエネルギーの噴出を経験するひとがいるかも? 一時的には痛くても、それは過去のトラウマから卒業する機会になるかもしれないし、「この傷もまた今まで生きてきた自分の証しであり「勲章」なのだ」と、あらためて捉え直すチャンスとして使えるかもしれません。経験はすべてが力になり得ます。

そして...
★11月27日 新月


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have a great trek!!!★
hiyoka(^_^




hiyoka_blue at 17:45|PermalinkComments(0)

October 27, 2019

🌑10/28の新月―みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)

お知らせ

次回の満月はお休みさせていただきます。
また今後少しの間、ブログの更新は流動的になるかと思います。2020年も目前に迫った今、今回は自分自身の星回りを見ても『フォーキャスト2020』の翻訳作業に絞ってエネルギーを使うことが重要だと感じました。楽しみにしてくださってる方、すみません!! 🙇‍♀️
(なので今回は少し先まで視線を伸ばして書いてみました。)
 でも、メリマン・コラムやルネーションなどはその都度思いついたり気になることがあればツイートするか、概要をこちらに載せるかもしれません。とりあえずフレキシブルに考えてます😅。

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    新月は前回からの課題を経て、次の新月までの約1ヶ月をかけて取り組む新しいテーマが開示される時。 そしてこれは生まれた星座に関係なく、地球に生きるわたし達みんなに平等に降り注ぐエネルギーです。わたし達はこのエネルギーを使って日々、自分なりに考え行動していきます。その現れはひとの数だけ様々ですが、やがてはお互いに影響しあいながら、社会・国・世界の潮流を作っていきます。これは言い換えると、わたし達を取り囲む「空間の雰囲気」です。星読みの世界から見れば、誰もがその中で生き、そのテーマに呼応して・・(素直になったり、反抗したり、無視したりしながら・・)自分なりの人生を創造していると言えます。 その意味でも、刻々と変容していく惑星エネルギーの流れをおおまかに知っておくことは、きっと何かの役に立つのではないでしょうか。
    例えば... シンボルの光景やキーワードを覚えておくだけでも、何かに迷った時の指針になるはず。ではでは今月も行ってみます!(^_-)
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★新月タイムスケジュール★
願い事やアファメーション、ヒーリング・メディテーションなどしたい方は、もし可能ならこの時間帯に合わせてみてください。エネルギーの高まりを感じとれると思います。(^_^)

【地方平均太陽時: ソーラータイム(LMT) 】
東京・関東ローカルで  10月28日12:57前後、北海道周辺で 13:03前後、関西方面(日本標準時ならこの時間)は12:38頃、沖縄周辺では 12:09前後に蠍座 04°25’ で新月となります。


前回の新月のテーマについてはココ、満月についてはココをご覧ください。
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サビアン・シンボルによる【 新月がもたらすテーマと挑戦 】
*ここではデーン・ルージャー(ルディアー)版やマーク・エドモンド・ジョーンズ版の解釈ではなく、透視家エルシィ・ウィーラーの伝えた象徴の言葉をそのまま書き写した「オリジナル版サビアン・シンボル」を使ったブレイン・ボヴィの解釈を参考にし、アスペクトを加味して読んでいます。
*テーマはひとつの意識の流れを表したものです。この流れは順不同に現れたり循環したり、ひとつだけ突出して感じられる場合もあります。また、解釈の内容はその時々のアスペクトを意識しながら抽出しています。


【月・太陽♏️蠍座4°~5°― 発効期:10/28~11/26 】

🌑🌞“A youth holding a lighted candle”
   『火をともした蝋燭を持つ若者』
            ↓ ↓ ↓
🌑🌞“A massive rocky shore”
   『壮大な岩礁』

【テーマがもたらす雰囲気と挑戦(順不同)~11月26日】
 ※ひとによっては数日前から前倒しで感じられると思います。
 ※今回は新月から満月を経て次の新月まで共振し続けるキーワードを抽出しています。


→★今すでに自分の手中にあるものこそが未来を創るという信頼
→★自分には手が届かないと感じる物、ひと、物事への苛立ち
→★真の夢、本物の構想を時が至るまで胸に秘めておく必要
→★夢見ることでこころを癒やし、今持つものの価値を愛でる
→★報奨に釣られて道を逸れ、こころにそぐわない物事に手を着ける危険
→★他者の苦悩や貧困に感じる憤りがかえって視野を狭くする傾向に注意
→★人生に起きる理不尽さや深刻な状況を透徹した目で見据える必要
→★雑多な事物の中から価値あるものとそうでないものを見分けていく
→★バカげた大笑いや束の間の祭りで溜まった澱を昇華させていく
→★「人間の夢」と「自然の力」の克服し得ない相克を理解する必要
→★「全てに向かって開かれた注意力」「尊厳」「品位」を保って生きる
→★物事を開放的な精神で観ることと、ただ放っておくことの違いを知る
→★全ての痛みを察知し重さを受け止めた上で静かに微笑む強さ
→★たとえ目標が定まっても、時には回り道する必要があることを知る
→★何を求めているのかわからないまま、何かを求めて激しく動く感情
→★自分にとっての未知の領域や理解出来ない世界に手を伸ばしていく
→★物事には目前に見える光景とは全く異なる深奥が常にあることを知る必要・・・→

11月12日 牡牛座19°台の満月へと続く

★エネルギーのポイント:
 前回の新月『進む、退く、かわすの動作に静けさを見る』
             
 今回の新月『しなやかに座して凜として立つ』
                   
            
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  前回、新月のエネルギーのポイントは『進む、退く、かわすという所作の内に静けさを見る』でした。天秤座の新月の下で、社会と個としての自分のギャップの中で、否応なく押し寄せてくる自然の脅威の中で、真実の内的知識や理想の結晶を内部に、または外部に見ながら...うまく日々を舵取りしてこれたでしょうか?

さて、今回の新月。台風19号の爪痕も癒えない中、東日本を襲った豪雨は再び人命を奪い、家屋やインフラにも大きな打撃を与えました..。世界や日本の世相、政治経済面にも、なんだか今回の新月を先取りしたような感じの動きが目立つように思います。

では、今回拾ったアスペクトの項目を以下に記しておきます。

新月・天王星(とアクシデントのパーツ)がオポジション
火星・土星がスクエア
MC・金星・パラス・水星・インシデンティアのステリウムを中心にエリスとアスボルスからYOD、そのMPとなるICにヴェスタとソウルのパーツが乗る
星・海王星がクインカンクス
木星・セレスとアスボルスがオポジション、アグニが調停
月のSノードとヒュロノメがコンジャンクト

アスペクトをざっと見て:

  世相的にも心理的にも物事にも、変化が起きやすく予断を許さない感覚。Sノードとヒュロノメのコンジャンクションは今まで身近で当たり前に思っていたひとや物を突然失う痛みと苦悩を示すことが多いけれど、それが台風の襲来にも顕れていたように思う。また、自分が属する「部族」「家族」あるいは「志を同じくする者達」とその誇りを護ろうとする、強い心理が社会的にも個人レベルでも様々なかたちを通して表現されるかもしれない。また、ちょっとしたことでも苛立ちが昂じ、つい喧嘩腰の物言いになるひとがいるかもしれない。けれども後になって意外な事実が判明することもある。もし刺激されることがあっても、優位な立場に立とうとしたり、一時的に溜飲を下げるために力を外に爆発させるのは避けたほうが良いとき。功を焦ると裏目に出やすい。けれどただ我慢するとかではなく、湧き起こったエネルギーを体に感じ、よく観じてみると良いと思う。それはやがて真の「戦士の力」になっていく可能性がある。 

また、事故のパーツは地震に関連するケースも見受けられる(東北大震災/太陽、中越地震/月など)。パーツというものは、惑星とコンジャンクトしたからといって常に何かが起きるわけではなく、ただ人びとの心理的なエネルギーが緊張するのみで何事もなく終わることも多い。なので怖がるのではなく、ただ「そういうこともあるんだ」と知り、一応確認しておくくらいの姿勢が一番だと思う。けれどこういうエネルギー的な緊張が起きるときは全般に、無意識のうちに疲労を溜めがちなとき。水星逆行もあり、ふとした拍子に事故にも繋がりやすい。「体の声」をよく聴きとどけ、それに従って適度に休養を取る必要ありなとき。次の満月、そして11月末の新月に向かって「お腹の力」をぐっと溜められるよう心がけておくと良さそう。ICにコンジャンクトする逆行のヴェスタは逆境に耐えうる資質と火の力をわたし達に与えてくれる。

また、象徴的にも実際にも、匂い/香りに関して — 自分に合う香りと合わない香りを全身で嗅ぎ分けるような感覚 — が示唆されている。感覚が敏感になりやすいときかも。なので香りを選ぶ際はごく自然に体がほっとするような感じがするものを選ぶと良さそう(瞬間的な感覚を大事に)。

<惑星スケジュール>

 10月27日~28日 火星・土星スクエア形成

 11月1日 水星逆行開始 蠍座27°38〜
        1日前後数日のストームフェーズは特に誤解やうっかりミス、
        アクシデントにも注意を。  
       (11月21日順行、蠍座11°35〜)
   
 11月4日〜5日 土星と冥王星が正確なパラレル形成
           火星が冥王星にスクエア形成

 11月11日〜12日 水星日面通過(日本では見られない)

 11月12日 牡牛座19°台で満月(ヴェスタとコンジャンクト)

 11月14日 金星がOOB入り(12月13/14日まで)
         金星・海王星スクエア

 11月19日 木星が銀河中心とイクシオンにコンジャンクト
         火星が蠍座にイングレス(フォルスとセクスタイル)


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  ではここでサビアン・シンボルに行く前に、ちょっと脱線(でもないかな?)。現在牡牛座を運行中の天王星について、以前書いた文章に手を入れ直したものを載せておきます。今回は天王星とオポジションを形成する新月なので、あらためて考えてみるにはちょうど良い折かもしれません。


       蠍座に入って月を迎える太陽は、自分の世界と他者の世界とがぶつかり合い、溶け合い、変容していくプロセスを辿ります。それは存在の深みにダイブしていく行為に他なりません。そして現在その対向に在泊する天王星は何をしているでしょう?  牡牛座は本来、自らの足許を固めて安定させようとする衝動、「持つこと/所有」の概念を発達させて絶対安全な「自給自足」まで至りたいと願う欲望、同時に「私のもの」が持つ資産的価値を高めていこうとする意志を持ちます。けれど天王星は、ときにそれらを攪乱し、ときに大穴を開けて破壊し、牡牛座が具現する「物質」「所有するという感覚」「どこから見ても安心な美」にまったく新しい概念を与えようと力を放射しています。


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 ※ 自転軸の傾斜98°で転倒しつつ軌道を巡る天王星


  そういえば最近の日経新聞サイトに、グーグル社の量子コンピュータが最先端スパコンでも1万年かかる計算問題をたったの3分20秒で解いたというニュースが載っていました。「進歩」のスピードは加速しています。そして金融世界はもちろん、わたし達の日々のお金のやり取りやコミュニケーションに関しても、今とはまったく異なる世界(と概念)の出現が刻々と迫っているように感じられます。そのニュースではこれを社会に起きる「創造的破壊」としていました(この流れはわたし達がそれとは気付かないうちに、すでに一種の世界的世相として顕れつつあるのかもしれません)。特に現在 天王星が運行中の牡牛座第1ディーカンは、頑固さと強い意志を持つと言われる激しい領域 - 「レイジングブルの大地」です。わたし達集合体の無意識自体が天王星に促されてその流れを加速しているなら、たとえ一部のひと達が背を向けたとしても、よほどのことがない限り、何者もその勢いを止めるようなことはないでしょう(余談ですが、大型で威力のあるリボルバー式拳銃は "Taurus Raging Bull" という名を持っています)。


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  また、牡牛座のこの位置には知るひとぞ知る恒星アル・シェラタンが在泊します。 この星は犯罪に関わるという説もあり、なかなか悪名高い星です。その理由はおそらくこの星が火星と土星という相反する質を併せ持つからだと思います。たとえばエルスベス・エバーティンは、このシェラタンを「無謀なまでに怖いもの知らず」「衝動的な行動が危機を呼ぶ」という象意を与えています。このあたりの度数には強権的なタイプのリーダーになっていく人が多いと言われるのもうなずけるけれど、牡牛座の安全志向とは程遠いような? けれど、この星の影響で強圧的になる場合は「そうでなければ自分が害される」「自分を否定される」という底深い恐怖が存在し、そのために過度に防衛的で恐怖政治的な姿勢になるのかもしれません。また、ダイアナ・K・ローゼンバーグは、やはり膨大なフィールドワークからこの星を、大火、戦争、テロ、地震などと関連付けています。けれども同時に、「歴史的な伝説になり得る変革的な出来事」「手を使うこと」とも関わるとしているんですね。


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  「手を使うこと」に関わると言えば、ケンタウルス族のカイロン(キロン)にも同じ象意があります。この位置が、カイロンのテーマにも関連するというのは本当に興味深いのですが... 実は近接する牡牛座3°台は、カイロンがその発見当時に位置していた度数なんです。小さな惑星が発見された瞬間のチャートは、その惑星のネイタルチャートと同じ意味を持ちます。そして、発見時にその惑星が在泊していた位置は、その星が持つ重要なテーマ(または性格)を表すとされています。なのでカイロン発見当時の位置はこのアル・シェラタンの影響を強く受けていると考えられます。

カイロンはわたし達が輪廻の回廊を幾重にも巡る中で溜めてきた澱を、ひとつひとつ丁寧に手ですくい上げ、浮かび上がらせます。わたし達の深いところに潜む、火に焼かれるような傷の痛みに耐える経験。それを通して大きな変革をもたらすことを約束する、小さいけれど、大きな意味を持つ星です。彼はまた、手を使うヒーリングにも関わるとされています。けれどその癒やしに到達するには、一朝一夕にはいきません。自分の中に蓄積した「見たくないもの」に真正面から対峙する勇気を持ち、うずくような衝動に負けず、背負うものの重みに潰されず、少しずつ、確実に自分の内奥に触れていく作業を必要とします。すべてを虚空に帰し、新しい力に変えるために。......それは結局、わたし達自身の中に存在する「虹のたもと」を、「黄金の壺」を、はっきりと「見る」ことなのかもしれません。それはたぶん、「信じる」ことを超えた行為です。


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       アル・シェラタンの力と、天王星の原動力。共に爆発的な要素のある星/惑星です。それに新月がオポジション。そしてASCとDCを加えればGスクエア。これ、社会的にはかなり挑戦的で危険な要素を孕んでいそうです。この位置のシンボルは一見おだやかに見えます。けれどもしかしたらその根底には「本当に夢を現実するには、日々を生きることの中で大きな圧力と葛藤を乗り越えていく必要がある」「しっかり足を踏ん張って暴発を防ぎ、じっくりと力を貯めよ」という意味が含まれているのかもしれません。それも、おそらくもう今まで慣れてきた古いやり方では無理があるのかもしれない...。

ならば自分に対しても、周囲の状況に対しても、何か少しでも新しい観点を、解釈のしかたを探してみる必要がありそうです。遠くに向かって「聞け!」と叫ぶのではなく、自らの足許を照らしながら徹底的に自分と向き合っていくこと。または日々の所作を黙々と、無心にこなしながら、物質的な不自由さと束縛の中に手つかずのまま揺らめいている「即座の自由」に出会うべく、手探りしてみる。そうやって「わたしという思い」にいつも新風を吹き込みながら、同時に足許をしっかりと支えていく必要がありそうです。


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  世の中には様々な声が響き、思惑が渦巻くでしょう。自分が属する様々なコミュニティや血の繋がり。 そんな中で、変わりたい・変わりたくない、助けたい・助けられたい、頼りたい・頼りたくない、受け入れたい・受け入れられない.....  様々な方向の気持ちがぶつかりあい、えいっと極論に飛びつきたくなるひともいると思います。また、一歩進んで二歩下がるような、ちょっとイライラするような経験をするひともいるでしょう。突然の出来事に「なんで自分ばかりが...」と怒り悲しむひとも、この世界にはびこる嘘やいい加減さに「もう沢山だ」と感じて冷笑的な気分になったり、目には目を!と火炎瓶でも投げたくなるひとだっているかもしれません。そしてただ疲れ、その日その日を楽しく過ごせればそれでいいという感じ方もあるでしょう。そのどれもが人間としての自然の感情だと思います。けれどそれを超えた「わたし」もまた常に存在しています。死の瞬間でさえも。もしかしたら、それさえも超えて。


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★ 10月新月のサビアン・シンボル ★


新月のベースとなるシンボル:蠍座4°
『火をともした蝋燭を持つ若者』


  新月のベースとなるシンボルは蠍座4°『火をともした蝋燭を持つ若者』です。蝋燭を持つ少年と言えば、現代に生きるわたし達は何か宗教的な儀式? 聖歌隊の少年? なんて思うかもしれません。もちろんそれも含まれるだろうと思います。けれどサビアン・シンボルが伝えられた1920年代の米国社会を考えると、このシンボルはもう少し広い解釈が必要かもしれません。当時の米国は薪や灯油の暮らしから電気を駆使した現代的な生活様式への過渡期でした。1908年には世界最初の電気掃除機が発明され、1930年代にかけては様々な家電製品が誕生したけれど、その価格はとても高価で性能も不安定だったために各家庭の隅々まで普及したとは言えず、わたし達が知るような “電化生活” のはしりを満喫出来たのは知識が豊富で新しいもの好きな大都市部の中流~上流の家庭に限られていたそうです。なので一般の人々にとって、日々の暮らしの中ではまだまだランプや蝋燭の出番も多かったのではないでしょうか(サビアン・シンボルを降ろしたチャネラーのエルシィは当時まだへんぴな片田舎だったオレンジ・カウンティに住んでいました)。


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  またB.ボヴィは、原文の「holding a lighted candle」という一文から、「can't hold a candle to ~」という英語の慣用句との関連性を指摘しています。そしてこの言い回しには「~とは比べものにならない」という、一方を卑下するような意味があることを示唆していました。それは街灯が一般的になる前の英国で、道行く人の足許をトーチやローソクの灯りで照らすために雇われた下層の少年達「リンクボーイ」の仕事から来たことばだそうです。

つまり「can't hold a candle 」「ローソクを持てない」というのは、自分はリンクボーイにさえなれない…ということを意味します。こうした言い回しは当然米国でも使われるようになりました(もしかしたら今も頻繁に使われる、優位性を主張する口語「hold my ~」もこのあたりから来ているかもしれませんね)。けれど、このシンボルの少年は、その手にしっかり蝋燭を掴んでいます。じゃ、それは仕事として自分と家族の生活を支えるため? そして危険の待つ凸凹道を行こうとする誰かの足許を照らし、安全に導くため? またはひと仕事終えて自分自身の足許を照らし、家族の待つホームに無事帰り着くため? それとも何かの祭りで灯りをともす役割を果たすため? いえ、きっと突然停電になって、あわてて戸棚の隅にしまってあった蝋燭に火を灯したのかも? そう...もしかしたら、その全てかもしれない。

"candle" の語源であるラテン語は「キラリと輝くこと」を意味します。ならば少年がその手に掴んでいるのは、彼が灯した炎のきらめき。ならば、たとえどんな状況であれ、今その手のうちにともる「小さな火」こそが一番大切な意味を持つのかもしれない...。


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  少年は胸に抱えたほのかな灯火を大切に護りながら、自分に課された役割を果たそうとしています。でも、彼がもしリンクボーイなら、送り届けた顧客の窓辺から漏れ出る電灯の明光を眩しく見上げながら、自分を蝋燭の炎のように小さく役立たない存在だと感じているのかもしれません。

けれどその火は、生きるために必要な日々の糧を得るための小さな炎であり、誰かの足許を照らしながら、少年がひとり歩む道をもまた照らすともし火です。それはたぶん仄かな明かりに過ぎない。風が吹けば大きく揺らぎ、はかなく消えてしまう小さな炎。

でも、消してはいけない。それは便利な電気 ― 見えない何処かから知らない誰かによって送られてくるパワー ― のように、全てを明るく照らしたりはしない。けれど、それは自分の意志で、自分の手でともした小さな灯り。今のわたしが見る必要のある部分だけを照らしてくれる。そして、いつか輝く松明になるかもしれない炎の種子。だから消してはいけない。大切に護り、ちらちらと燃やし続けよう。だって、どんなときだって、そこから新しい一歩が始まるのだから…。


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  ではここで、このシンボルを補完する対向度数、牡牛座4°のシンボルを見てみましょう。(サビアン・シンボルを曼荼羅として解読したデーン・ルージャーのセオリーによれば、主役の度数が「それは何なのか」を指す「what」、対向する度数はそのエネルギーが向かって行く方向「where to」を意味します。)


       牡牛座4°は『虹のたもとの黄金入りの壺』。このシンボルの原語に酷似した英語の慣用句に「pot of gold at the end of the rainbow」があります。その意味は「思いもかけない大金」とか「見果てぬ夢」。また「pot of gold」だけだと「夢の実現」という意味になります。

雨上がりの空にかかる美しい虹の架け橋。 そのたもとに埋まっているという、黄金がたっぷり詰まった壺。こうした言い伝えは世界各地にあるそうですが、ここではおそらくアイルランドの民話からきているイメージが元になっているのではないでしょうか。その民話によると、この金の壺は “レプラコーン” と呼ばれる妖精 ― 小人の靴職人が隠したもの。レプラコーン達が壺のありかを教えてくれることもあるけれど、殆どは徒労に終わってしまうのだそうです。なのでそこから「見果てぬ夢」や「期待しても手に入らないもの」を意味する慣用句になったのだとか。そして、ここで「夢」とされるものは、「タナボタのような幸運」「報酬や財産」という意味合いが強いとされます。


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  実際、「虹」はこの世のものとして見えながら、この世には無いもの。空気中の水滴が太陽の光を反射して七色に輝く「現象」を、わたし達は虹として見ています。だからどこまで追いかけたとしても、そのたもとには辿り着けません。それにもし辿り着いたとしても、この手で掴めるものではないでしょう。それはわたし達が外の世界に思い描く「幻夢」そのもの。このシンボルを見ていると、メーテルリンクの「青い鳥」の物語が思い出されます。幸せの青い鳥を探して旅に出た兄妹が、長い旅の結果に理解したのは…青い鳥がもうすでに自分達の鳥かごの中にいたということ。そんな、夢。

  たぶん、虹のたもとは外の世界のどこにも無い。なぜなら、虹のたもとは常にわたし達の居るところ、「ここ」に過ぎないのだから。虹はわたし達が外界を眺めるとき、こころのレンズに映される七色の煌めき。わたし達ひとりひとりが持っている可能性の小さなゆらめきを、外界というスクリーンに映し出したもの。それは地球を、宇宙を、ぐるりと駆けめぐってわたし達のところに再び帰ってくる。ならば今もひとの数だけ無数の見えない虹の帯が、きっとこの星を取り巻いているのかもしれません。あるものは強く、色濃く。あるものは弱くはかなげに。脈動する無数の虹の糸。 ならばその端に埋まっている黄金の壺もまた、ここにある。わたし達という、存在の中に。その奥深くに。それを見つけ、育み、現実世界に生み出せるのは、わたし達だけ….。今はただ、小さな蝋燭の炎に過ぎないのだとしても。


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新月のメイン・シンボル:蠍座5°
『壮大な岩礁』

  では、メインのテーマとなるシンボルを見てみましょう。

        今回のメイン・シンボルは『壮大な岩礁』です。これも何年か前に一度体験しましたね。じゃ、もう一度このシンボルに描かれているシーンを思い起こしてみましょう。

海岸とはいっても、ここは海水浴を楽しめるような砂浜ではありません。まるで鉈で断ち落としたように切り立つ岩の群があちこちに顔を覗かせる広大な荒磯です。その磐岩のどれもが、波をかぶって高く水しぶきををあげています。あぁ、なんだか飛び交う海鳥の声が聞こえてきそう…。こんな勇壮で男性的な地形、日本でもよく見かけますよね。磯釣りをするひとには馴染み深い風景かも? もしかしたら、日本海側に多い風景かな? (いや、それって演歌のイメージに過ぎないのかも..?)


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        ここでは水性星座宮の世界(蠍座・感情/死) — 海と、地性星座宮の世界(牡牛座・肉体/生) — 岩が入り混じり、この場所が二つの世界の「境界域」であることを示しています。それはまた、識閾 …… “無意識と通常意識との境界” をも暗示しているかもしれません。 荒磯の岩は一見ゆるぎない現実世界そのもので、いついつまでも盤石のようにみえます。けれど、この光景は悠久のときを経て、煮えたぎる大地を厚く覆った岩盤がいつしか水に、風に、浸食されて出来たもの。 

今わたし達がこうしているこの瞬間にも、岩は海とぶつかり合い、微細に削りとられています。そして、やがては小さな砂粒に変わっていくでしょう。わたし達が今目にしている光景はけっして永遠のものではなく、常に相互に干渉しあいながら変化し続ける世界そのもの。 「今」は生じると同時に終わっていく。わたし達人間の命もまた、いつか必ず終わりを迎えます。岩の世界は水辺で終わり、水の世界は岸辺で終わります。 絶えることなく刻々と変化し続けるその境界域は、有限を生きる生身としてのわたし達に何を見せてくれるのでしょう?


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       では、この度数を補完する牡牛座5°も覗いてみましょう。そのシンボルは『墓穴の前の未亡人』です。墓穴とはなんとなく陰気にも思えるし、生命力を司る牡牛座にそぐわないとも感じられるシンボルですね。原文の "open grave" を「開かれた墓」とする訳もあるのですが、それだとわたしには、ホラー映画に出てくる石造りの墓所の扉が手招きするように開く...なんてイメージが浮かんでしまいます。でも "open grave" と言う場合は、元々一般的に、墓地の平らな地面を掘って棺を入れる、あの長方形の穴を指すようです。確か「six feet under」という米国のTVドラマがまさにその墓穴の深さを意味していたように記憶しています。


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  2mほどでしょうか..四角く掘られた穴の前に夫を失った女性が立っています。穴の中はまだ空っぽです。まるで受け入れるべきものを受け入れて、元通り塞がれるのを待っているかのよう。 その前に立って、彼女は何を思うのでしょう? 波にのまれて消えていった亡き夫の思い出? それとも…いつかはそこに葬られるはずの、自分自身の運命でしょうか? 彼女には人生で得てきた多くのもの、様々な思い出があるはずです。けれど、絶え間ない変遷の中で沢山の別れを経験し、そして今、限りあるいのちの真実を悟ったとしたら…。 

きっと彼女はこれからも生きていくでしょう。一見変わりない毎日の暮らしの中で、ときには岩に当たって砕ける波しぶきのように感情が爆発することだってあるかもしれません。でも、一度でも生と死の境界域をかいま見た者にとっては、自分がこの世に生まれてきたこと、その意味と価値、本当に大切だと思える数少ない物事以外はみんな些末なことじゃないか...と、そんなふうに感じられるのではないか..?  このシンボルは、そんなことを問いかけているように思えます。


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  ここでもう一度新月のメイン・シンボル『壮大な岩礁』をふり返ってみると、ゆるぎなく在り続ける「岩」と そこにひたすら打ち寄せる「波」の下には、やはり「生」と「死」の永遠の深みが横たわり、常に溶け合おうとしているようにも感じられます。有限と久遠の狭間を生きるのがわたし達なら、壮大な岩礁もまたわたし達の姿を象徴してる。そんな中で、わたし達は自分の中にともる小さな火を、ゆらめく炎を、本当に大切にしているだろうか? 今 ここに在ることの全てを感じきり、観じきっているだろうか? この瞬間、頭は何を考え、こころは何を感じ、そして何よりも、身体は何を欲しているんだろう? 

  これから11月12日の満月に向かって進む中で、わたし達は感情的にも肉体的にも沢山のアップ&ダウンを経験することになるかもしれません。何か大きな、あるいは小さな変化を経験するひとがいるかもしれません。突然のひらめきや思いつき、素敵なアイデアが浮かぶひとだっていると思うし、蠍座を逆行する水星が何かをいきなり掘り起こして、びっくりしたり、ショックを受けるひとがいるかもしれません。でも、それもまたやがて過ぎていきます。生きることによって。この、小さな炎を生きていくことによって...。



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have a great trek!!!★


hiyoka(^_^


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October 13, 2019

🌕10/14の満月 ― みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)

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    満月は前回の新月のテーマが熟し、花開き実を結ぶときです。 この日は太陽と月が、地球を挟んでちょうど反対側にやってきます。0°の新月から始まった地球全体への課題は、満月で180° 対向のエネルギー同士がぶつかりあい補いあうことにより、輝く満月というひとつの「結果」を見せてくれます。それは、わたし達が空間から受け取ったエネルギーをどう昇華し、現実に表現してきたのかを、あらためて見せてくれる「鏡」だと言えるかもしれません。なので満月のテーマは新月の瞬間から色濃く育っていくとも言えるでしょう。そして わたし達はみな満月を超えて、次の新月までにその経験を消化(昇華)し、エネルギーはゆっくりと静まっていきます。それはこの世界に生きるわたし達の意識に与えられたプログラミングの一種かもしれません。そんなシステムをどう使うのか?それとも使われるのか? それはきっとわたし達次第。さぁ、今回はどんな風景が見えるでしょうか? では今月も行ってみます。(^_-)~☆
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★満月タイムスケジュール★
エネルギーが高まる時です。ヒーリング・メディテーションや祈りを捧げたい方は、もし可能ならこの時間帯(ずれるなら満月前がベター)に合わせてみてください。エネルギーの高まりを感じられると思います。

【地方平均太陽時:ソーラータイム(LMT)】
東京・関東ローカルで 10月14日06:26前後、北海道周辺で06:32前後、関西方面は06:07頃(日本標準時の場合はこの時間)、沖縄周辺で05:37前後に 牡羊座20°13'で満月となります。

今回のテーマのベースであり、今も背景で発効し続ける新月の大テーマについてはココをご覧ください。
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サビアン・シンボルによる【満月がもたらすテーマと挑戦】
*ここではデーン・ルージャー(ルディアー)版やマーク・エドモンド・ジョーンズ版の解釈ではなく、透視家エルシィ・ウィーラーの伝えた言葉をそのまま書き写したオリジナル版サビアン・シンボルを使ったブレイン・ボヴィの解釈を参考に、アスペクトを加味して書き下ろしています。
*テーマはひとつの意識の流れを表したものです。この流れは順不同に現れたり循環したり、ひとつだけ突出して感じられる場合もあります。また、内容はその時々のアスペクトを意識しながら抽出しています。


【月 牡羊座20°→21°/ 太陽 天秤座20°→21°】
  🌕 “A young girl feeding bird in winter
  『冬、鳥に餌をやる少女』
  🌞 “A Jewish rabbi”
  『ユダヤ教のラビ』
     ↓↓↓
  🌕"A pugilist entering the ring
  『リングに上がるボクサー』
  🌞“A crowd upon the beach”
  『浜辺に押し寄せるひとびと』

10月28日新月 蠍座4°台
 『灯した蝋燭を抱える若者』→『巨大な岩礁海岸』
 に繋がっていく

【テーマがもたらす雰囲気と挑戦(順不同)テーマ発効期~10/27】
 ※満月の場合、1週間~数日前から前倒しで感じられると思います。

→★固く偏狭なルールや境界を超えて発揮される思いやりの感覚
→★その時その時の相手のニーズに応じて導いていく優しさ
→★はぐれてしまった心や勝手の違う状況に迷う相手を
     出来る範囲でさりげなく助ける必要
→★弱さに留まり息つくのではなく持ちこたえるための力を
     分かち合う必要
→★支えられた者がやがて支える者になっていく時を超えた光景を見る
→★教えるのではなく何かを熟考するための素材を与えていく
→★ある一定の期間をサバイバルするために必要となる準備
→★真の思いやりの手と下心を持って導こうとする手の違いを見抜く
→★「物」をタダで分け与えるのとは異なるハートの寛大さを知る
→★独善的な知性偏重がもたらす本物の知の衰えを見る
→★ぬくもりを切望する気持ちや悲しみにつけいる「魔」への警戒
→★よってたかって標的をバッシングする、またはその標的になる
→★「個」である自分と社会組織の一員である自分のせめぎ合い
→★自分のスペースと他者との境界線を明確に意識する経験
→★プレッシャーを受けて混乱するか、自分の居場所を
     確保するために闘うかの選択
→★広場恐怖症や公共の場を怖いと感じる気持ち または
     防衛のための攻撃的な自己主張へと駆り立てる気分
→★刺激によって操られる群集心理の愚かさと破壊されていく真実
→★関心が他に集中するとき、陰に隠れて獲物を狙う動きに注意
→★遠い願望よりもすでに手の内にある大切なものに気付く必要・・・→

★エネルギーのポイント:新月
           『進む、退く、かわすという所作の内に静けさを見る』
            
            満月
            『何があろうとその静けさを保つ』
   

191014FM


  前回の満月は台風15号の直後。そして今回は台風19号。これを書いている今はまだ被害の全貌はわからないけれど、台風は東北方面に進み、河川の氾濫などで犠牲になった方、行方不明の方が出ているとのニュースが聞こえ始めています。本当にこころが重くなる出来事が多いけれど、たぶんこれから少しの間はわたし達それぞれに、踏ん張りどき。特に月末の新月後まで、世界は災害や事故、事件、動乱に見舞われやすく、政治、経済、社会全体が落ち着かない感じになるかもしれません。流言飛語やデマ、フェイクニュースも増えそうだし、真偽・公私を問わず様々な物事が露呈し、わたし達の感情も刺激されやすいときです。けれどそれもまた様々な形でのセットアップであり、これからの大規模な変化のために経験しなければならないことなのかもしれません。だから慎重に、でも自分らしく、踊らず強くやわらかく、日々を過ごしていきたいと思います。今回もアスペクト編はお休み(当分・・かな)。なのでシンボル編にアスペクトを加味して書いていきますね。前回と同様にこの満月のシンボルも前に体験したことがあるけれど、本質は変わらなくても微妙にニュアンスが違っていると思います。


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<とりあえず目に付いたアスペクトは以下のとおりです>

満月と冥王星がTスクエア(小惑星ナウシカア、ペイン、トキオ、プタハが含まれる) 金星・天王星がオポジション 土星・冥王星がパラレル (土星と冥王星はオーブ6°強で接近中) 太陽と木星がセクスタイル 天王星とネッソスから火星とアグニにYOD 海王星・グリーヴ・インシデンティアがラーニングトライアングル 木星・天王星がセスキスクエア 太陽と天王星がクインデチレ 銀河中心とコンジャンクトのイクシオンとMCにコンジャンクトのキラルスがクインカンクス キラルスとMC・ヴェスタからイクシオンにYOD エリスがDC上に乗る 

10月12日から水星が逆行前のシャドウ入り。
 逆行開始は11月1日 蠍座27°38〜
 順行開始は11月21日 蠍座11°35〜

一昨日のツイートの繰り返しだけど、逆行前後のストーム・フェーズは新月や他の星回りの影響もあって紆余曲折しがち。なので今のうちに電子機器の不具合を見たり、大切なデータのバックアップを取ったり、スケジュールの見直しや調整、それと特に約束事の確認や記録などしておくといいかも。



★10月満月のサビアン・シンボル ★


満月のベースとなるシンボル:牡羊座20°
『冬、鳥に餌をやる少女』


        ではサビアン・シンボルを見てみましょう。今回、ベースとなるエネルギーは『冬、鳥に餌をやる少女』です。この鳥は籠に飼われているペットじゃなさそう。 南を目指して渡っていった仲間から、何らかの理由で置いていかれたのでしょうか? それとも一年を通してその土地に棲み着いている鳥かな? いずれにしても、凍てつくような空気の中では虫や木の実も不足しがち。少女はそんな鳥を見て、おやつの残りを分けてあげようと思ったのかな? それとも、厳しい環境に生きる鳥を自分のことのように思いやって、ポケットにしのばせたおやつの残りを毎日あげに来るのでしょうか。


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  ここには、何気ない日常の中で、あるは大きな哀しみが世の中を覆う中で、損得抜きで自然にわき起こる「何かしたい...」「分かち合いたい」という思いの自然な発露がみられます。冬の鳥。彼らの生の厳しさ。そして それを感知して手を差し伸べる少女。もしかしたらこの少女もまた、短い人生体験を通して、こころのどこかにその厳しさや痛みの記憶を保持しているのかもしれません。

       社会の喧噪にまぎれながら、ふとしたふれ合いの中に生まれる純粋な気持ち。その思いが原動力となって、人は人にそっと手を差し伸べます。それは本来、とても密やかで当たり前で、別に『わたしはこんな善いことをしているんだ!』なんてわざわざ大声で宣言する必要も感じないような行為です。 何故なら、少女が鳥に餌を与え、鳥がそれをついばむとき、その一瞬のささやかなスパークこそが、全ての想いを完全に満たしてくれる “何か” なのだから。 それだけで、報われるのだから。

誰もが何気なく経験するそんなささやかな思いやりの連鎖。それこそが、わたし達の社会を根底から支えている力なのかもしれません。


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        また、シンボリズムでは鳥の姿は「霊性」を表すことが多いです。なのでこのシンボルには密かにそういった意図も隠されているかもしれません。だとすれば、厳しい環境を生きる鳥の姿はそのまま、寒さに震え、外界の厳しさに疲れてしまったわたし達の魂そのものを暗示している可能性もあります。もしこの鳥がわたし達の奥底に存在する純粋なスピリット、そして少女が毎日を懸命に生き、伸びようともがくわたし達の小さなマインドを象徴しているのだとしたら…このシンボルは、ある危機的な状況への警鐘が含まれているかもしれません。

これを書いている今、関東に刻々と近付いてくる超大型台風のニュースが流れ続けています。このエネルギーが、不可避と思われる被害の爪痕を少しでも癒やしてくれることを願うばかりです。

  ただ、このシンボルには別種の警告も隠されているようです。それは対向度数天秤座20°との対比の中でも浮き彫りにされる一面です。


満月に光を放射する太陽のベース・シンボル:天秤座20°
『ユダヤ教のラビ』


  このシンボルはユダヤ教の主流である教えの中で、人間が生きる上での根本をなす「律法」を修め、説教したり解説する人を指しています。B.ボヴィによれば、ラビはユダヤ教コミュニティの中心で、古くからの智恵とその精神を、現代を生きるひと達に伝える役割を負っています。そして、ある意味では過去そのものを生きる存在でありながら、同時にそれがコミュニティ全体を生かし続けるこころの「栄養源」にもなっているのだそうです。ラビは霊的な事柄はもちろん、様々な人生相談から揉め事の仲裁まで、ユダヤ教の精神に沿ってアドバイスを与えることで、教えに帰依したひと達が神に背くことのないようにガイドします。つまり、彼らが「正しい時」に「正しい場所」に居ることが出来るように導き、そしてユダヤ人排斥など周囲の敵視の中でも自分達の伝統を守りながらコミュニティを護っていくリーダーであり、教師だとも言えそうです。

  コミュニティにとって、ラビはどんな時にも頼りになる存在です。アウトサイダーを創り出してはならない、それをすれば全体が弱ってしまう。昔、国を失って海外に散っていったユダヤの人びとは、今回のベース・シンボルである「真冬の鳥」に似た立場を経験していたのかもしれません。慣れない土地で不安を抱え、長い冬を迎えようとするとき。そんなときこそ、はぐれ鳥、はぐれびとが出ないように過去の経験や昔からの知恵を伝えるひとの存在が大切なのだろうと思います。


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  じゃ、別種の警告って? これは両シンボルが含む主要なテーマとは別に、ハードなアスペクトなどでネガティブな側面が強調されるときのサブ・テーマ、念のための警告と考えてください(今回は太陽・月が山羊座20°台の冥王星とTスクエアを形成しているので、一応書いておきます)。このエネルギーがネガティブに使われる時のキーワードは「甘い誘惑の獲物になる危険」または「狡猾な誘惑者になる危険」です。ここでの「甘い誘惑」というのは、辛いとき、困ったとき、不安なときや、こころが弱ったり孤独に苛まれているとき、またはやり場のない怒りに燃えているようなとき…そんなときに何気なくやって来ます。

たとえばいかにも優しげに手を差し伸べたり、反対に感謝という形で承認願望を満たしてくれたり、あるいは「そうそう、あなたは正しい」と、ことば巧みに肯定してくれたり。または、寒さに震える小鳥を装って餌をもらおうとしたり。そんな言動で近付いてくる人物にはちょっと注意が必要ということ。何か隠された意図があるかもしれません。普通ならきっと「ん?アヤシイな...」と感じるようなことも、欠乏感や不安で感情が高ぶっているときはつい乗ってしまいがち。このシンボルはひとを疑うようなイメージではないので、間違った相手を選んでしまうと何らかの被害を被るかもしれません。それとひとつ厄介な点は、このシンボルがネガティブに出る場合、おそらく仕掛ける側に罪悪感はあまりないのでは?と思える点です。何故ならいつだって自分はいたいけな小鳥であり、優しく相手の望むもの(痛みさえも)を与える少女なのだから...。やがてはすべてが自分自身に返ってくるのだとしても。


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  また、満月にスクエアを形成する冥王星の位置、山羊座20°台のベース・シンボルには「隠された場所から昂揚感を与える演出」というテーマもあります。これも元々けっして悪い意味を持つのではなく、良くも悪くも本当に使い方次第。「シンボル」って全てそういうものです。ただ、本当の助け合いや分かち合いって、互いに出来る範囲のことは自分で責任を持つ...という心を皆が持っていればこそ起き得るものかもしれません。おそらくユダヤ教のラビは、コミュニティの人びとが弱ったときにひどい目に遭わないよう、警告も発しているはず。『自分の本質に立ち帰れ、本道を行け。その上での助け合いなのだ』と...。


満月のメイン・シンボル:牡羊座21°
『リングに上がるボクサー』


        さて、満月のエネルギーが向かうメインのシンボルは『リングに上がるボクサー』です。雰囲気はガラッと変わりますね。 リング上では今にも試合開始を告げるゴングが鳴ろうとしています。詰めかけた観客はエキサイティングな 「試合」=「ルールにのっとった殴り合い」 を期待して、興奮に胸を踊らせています。

リングに上がるボクサーはチャンピオンでしょうか? 挑戦者でしょうか? 彼の行く手、四角いリングの上には、喉から手が出るほど求めてきた栄誉と賞金と大衆からの賞賛が待っています。もしかしたら、命がけの試合になるかもしれません。


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  それでも、彼は自分を鼓舞し、今までキツイ減量を耐え忍び、払ってきた犠牲と努力が報われることを信じて闘いに臨みます。もしかすると、彼のこれまでの人生は社会の中ではアウトサイダーだったのかも。けれどこの闘いに勝ちさえすれば、多くのひと達にその存在を認められるばかりか、尊敬や憧れさえ勝ち取れます。それに、お金で買えるものなら何だって手に入るかもしれません。ならばもう、闘わない選択なんてあり得ない!

  ここでは、既存の社会システムに存在するルールの中で、何としても自分にフィットした「居場所」を勝ち取ろうとするわたし達のアグレッシブな衝動が表現されています。「居場所」を持つことは、最低限の生命の安全を保証します。たとえば国籍を持ち、パスポートを持つことだってその一つですよね。そして、自分の「居場所」が拡がれば拡がるほど、高度が上がれば上がるほど、自分自身もまた大きく感じられるし、そこから得られる物も増えていきます。そのためにわたし達は自分の得意な能力を磨き、人びとにそれを見てもらい、「いいね!」なんて 認めてもらうことを必要とします。「社会における自分の価値」=「自分が占める位置」。 それは常に他者の視線によって支えられている。… わたし達の世界には、厳然とそんな掟が存在するように思います。


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        一方でわたし達は、この試合会場に集まった観客の一員でもあります。わたし達は勝つか負けるかの真剣勝負、世紀の一戦を見るのが大好き。そこではしばし我を忘れ、まるで自分もリング上で闘っているかのような気分で前のめりになることが出来ます。良い試合を見れば戦った選手達からエネルギーを貰って自分も意気揚々とした気持ちになれるし、覇気の無い試合だったら「何やってるんだ!」とばかりにニワカ評論家になって、原因究明してみたり批判や罵詈雑言を浴びせたり…。そんな時のわたし達にとって、リング上のボクサーはもしかしたら人生の「代理試合」をやってくれているのかもしれません。

  けれどこういう構図って、わたし達の日常のあらゆる場面で、政治・経済・社会やエンタメの世界で、あるいはネット上で、途切れることなく繰り広げられています。また観客達の間でも、実はリングにどれだけ近い席を占めているか、立ち見なのかVIP席かによって暗黙のうちにステイタスが異なったりします。今、わたし達の社会構造を支える動力源は、競争原理。 観客もボクサーも、フェアな競争原理の中で、暗黙の社会規範の中で、綺麗に競争し続けることが出来るのなら、それがこの社会の理想です。秩序は保たれるし、勝ったり負けたりの様々な試合結果も、参加者達の人生に貴重な体験として残っていくかもしれません。


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  けれど、もしそんなエネルギーのうねりの中で衝動に突き動かされ、秘められた本物の怒りや憎しみに火が付いてしまったら.....? あるいは、とにかく目立つパフォーマンスや大きな声で喝采を浴び、喧伝されることを目的とした八百長試合がはびこったとしたら? 本物の試合は競う選手達が目に見えないところでどれだけ身を削ったか、努力したかが物を言います。けれどもそれを見抜くはずの観客の目が曇っていれば、試合ではなく、ただのショウに喜んで喝采を送るでしょう。そのショウの目的は、観客を興奮させ、誘導することかもしれません。本物のボクシング試合のほとんどは、そうじゃない。でも、世の中に見られる象徴としての「殴り合い」には、そんな意図されたショウが沢山存在するのではないでしょうか。誘導された「代理試合」はいつだって本物の闘争に変容していく可能性を秘めています。そして、物言わず黙々とやるべき仕事をこなし、真剣勝負をしている人達の存在は忘れられがちです。

ではここで、満月に光を与える太陽のメイン・シンボルを見てみましょう。


満月に光を放射する太陽のメイン・シンボル:天秤座21°
『浜辺に押し寄せる人びと』


  天秤座21°『浜辺に押し寄せる人びと』。これは夏休み中のビーチリゾートかな? 人びとが押し寄せるということは、きっと有名な「海水浴場」なのかもしれません。親子連れ、カップル、友人同士や団体など、ひと・ひと・ひと。ビーチハウスやカフェも満員だし、せっかくの美しい白砂も色とりどりのシートやマット、その上に寝そべるひと達で埋め尽くされ、波打ち際まで出るにもひと苦労です。でも今日はせっかく待ちに待った休日。楽しみにしていた子供達、初めての誘いをOKしてくれた彼女のためにも頑張って良い場所を確保しなくては!


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  それとも、もしかして。いまどきのイメージだと命からがら祖国を抜け出して異国の海岸に辿り着いた難民船の人びと? みんな船を下りて我先にと岸辺に向かう…安堵と新たな不安を抱えながらそれぞれの新しい居場所、落ち着けるところを求めて。少しでも早く、自分達の場所を確保するために…そんな感じでしょうか?

それとも、これは戦時中の上陸作戦か何かで、専用の特殊船から兵士達の大軍が浜辺に押し寄せてくるのか?

  このシンボルが描く光景がどんなものであれ、共通するイメージは押し合いへし合いの混雑の中で「少しでも有利な場所を確保するために我先にと競い合う」状況です。強いひと、要領の良いひと、目端が利いて機敏に動けるひと、作戦を練って他者を出し抜けるひと、集団の力を使えるひと、様々な能力のあるひとが良い場所を確保出来る世界。これはそのまま、わたし達が創り上げてきた社会の傾向、現実の状況そのものかもしれません。また縄張りを持つ野生動物にもこの傾向は見られます。


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        居場所。安全で心地よい場所。あるいは本当に自分の力を心おきなく発揮出来るリング。自分の舞台。自分のスペース。わたし達は、いつだって自分に本当にフィットした居場所を探し求めています。けれど本当の居場所、自分に相応しい健全な闘いの場をみつけるには、まず最初に 「自分とは誰なのか?」「自分は人生で何を欲しているのか?」を知り、それを自分の「形」として自らの手で栄養を与え、こころと体いっぱいに満たしておく必要があるのかもしれません。たとえ弱くても。たとえ何かの能力が劣っていたとしても。たまに喧嘩したり、ボロボロに負けて傷付いたり、泣いたりしても。そして、誰ひとり助けてくれなかったとしても...。

厳寒のとき、人生を相手に闘うひとりのボクサーとして、立つ。どんなボクサーだってかまわない。それを自分の「形」として、行く。そうでなければ、わたし達は他のみんなが欲しがる空きスペースをめぐって競い、争い続けることになるでしょう。それは自分の「形」と「欲望」を、いかにそのスペースに合わせて変えていくかの闘いです。そして、そのスペースの形は、わたし達を見ている他者=観客の視線によって創り上げられたリングです。わたし達はそこで自分自身を探しながら、永遠のシャドウボクシングを続けているのかもしれません...。

そんなとき、ふと出逢う一羽のはぐれ鳥。さぁ、わたし達のポケットに、その鳥と分かち合えるピュアな食べ物は入っているでしょうか?


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  見る者と見られる者。観客とボクサー。皆がこの社会の中で、同時にその二つの面を生きています。けれど、両者はわたし達のこころの中で、常にロープによって隔てられています。試合の喧噪と興奮、刻一刻の変化。そんな中で揺れながら、わたし達はいったいどこに軸足を置き、何者になっていくのでしょう?  

        この満月は、とにもかくにも自分という存在を、自分の創造性を、声高く表明したい、そんな衝動にも火を付けてくるかもしれません。なのでこの時期は日常生活や仕事の環境、またはSNSなどのネット環境でも、沢山のひと達が「意見」「信条」「心情」「批評」「批判」または「願い」など、いつもより強めの調子で発言する様子が見られるかもしれません。何か言いたい..表現したい...というような。それで会話が弾むことも考えられるし、全方向的にアグレッシブなエネルギーに支配されるなら、見解の違いで喧嘩が起きることもあるでしょう。いずれにしても、知らず知らずのうちにそのひと自身の本質がことばの端から滲み出てくるような感じだと思います(もちろん、観察するひと自身を含めて)。

これは語っていることばの内容もあるけれど、それよりむしろ行間から放射されるある種のバイブレーションによって露わになるそのひとの特質(またはこころの歌)と言っていいのかもしれません。ならば真っ向から試合をするもヨシ、それを観に行くのもヨシ。そして、そんな高揚感からはそっと離れてひとり傍観するもヨシ。 そのどれもが皆、今・ここの、わたしたちの存在証明です。けれど、いったい誰に何を証明するというのだろう?
 

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  今、冬を迎えようとしている一羽の鳥。自分の中に存在する純粋な生命の力。それを枯渇させないために必要なことって何なのか? 何が一番大切なのか? それを理解して、まずは他の誰でもない自分自身の手で、栄養を、ぬくもりを、ホッと出来るスペースを、自分自身の内側に与える必要があるのかもしれない…。 それが満たされて、初めてわたし達は純粋な気持ちで他のひと達に手を差し伸べることが出来るのかもしれません。

いずれにしてもこれから展開していくエネルギーは、ある「静かな強さ」「したたかな強さ」をわたし達に要求してくるでしょう。…内側にみなぎる強さ。それを持って今・ここに在るとき、わたし達は丸ごと鳥であり、少女であり、ボクサーであり、観客であり、そして何よりも...「誰でもない、自分自身」であり続けるのだと思います。

  また、サビアン・シンボルはテーマの奥深い内容とは別に、シンボルに描かれた光景そのものを彷彿とさせる出来事が起きるケースも多いです。その意味では、本当にこころ温まる助け合いの輪が拡がったり、素晴らしくフェアなスポーツ試合が見られたりするのかもしれません。またネガティブに顕れるなら、公の場での文字どおりの凄まじい殴り合い(ことばでも肉体でも)や、沢山のひと達が集まる場でのトラブルや事故なども可能性としては考えられます。そして、意図された方向に誘導するようなことばやニュース、情報なども。


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  本当にいろいろなことが遠い世界でも、目の前でも沢山起きる今日このごろ。でも無事で、明日を迎えられるなら。苦しくても、嬉しくても、生きてる。息をしてる。自分の中の、何かがもっと生きたがってる。自分との試合を続けたがってる。居場所のないひとなんて、いない。体の中で何かが「自分の居場所はここだ!」って、言ってる。だから、今いる。ならばそこからリングに上がろう。






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September 28, 2019

🌑9/29の新月 ― みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)

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    新月は前回からの課題を経て、次の新月までの約1ヶ月をかけて取り組む新しいテーマが開示される時。 そしてこれは生まれた星座に関係なく、地球に生きるわたし達みんなに平等に降り注ぐエネルギーです。わたし達はこのエネルギーを使って日々、自分なりに考え行動していきます。その現れはひとの数だけ様々ですが、やがてはお互いに影響しあいながら、社会・国・世界の潮流を作っていきます。これは言い換えると、わたし達を取り囲む「空間の雰囲気」です。星読みの世界から見れば、誰もがその中で生き、そのテーマに呼応して・・(素直になったり、反抗したり、無視したりしながら・・)自分なりの人生を創造していると言えます。 その意味でも、刻々と変容していく惑星エネルギーの流れをおおまかに知っておくことは、きっと何かの役に立つのではないでしょうか。
    例えば... シンボルの光景やキーワードを覚えておくだけでも、何かに迷った時の指針になるはず。ではでは今月も行ってみます!(^_-)
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★新月タイムスケジュール★
願い事やアファメーション、ヒーリング・メディテーションなどしたい方は、もし可能ならこの時間帯に合わせてみてください。エネルギーの高まりを感じとれると思います。(^_^)

【地方平均太陽時: ソーラータイム(LMT) 】
東京・関東ローカルで  9月29日03:45前後、北海道周辺で 03:51前後、関西方面(日本標準時ならこの時間)は03:26頃、沖縄周辺では 02:54前後に天秤座 05°20’ で新月となります。

前回の新月のテーマについてはココ、満月についてはココをご覧ください。

------------------------¨°☆¤☆„¸○¸„☆¤☆°¨--------------------------

サビアン・シンボルによる【 新月がもたらすテーマと挑戦 】
*ここではデーン・ルージャー(ルディアー)版やマーク・エドモンド・ジョーンズ版の解釈ではなく、透視家エルシィ・ウィーラーの伝えた象徴の言葉をそのまま書き写した「オリジナル版サビアン・シンボル」を使ったブレイン・ボヴィの解釈を参考にし、アスペクトを加味して読んでいます。
*テーマはひとつの意識の流れを表したものです。この流れは順不同に現れたり循環したり、ひとつだけ突出して感じられる場合もあります。また、解釈の内容はその時々のアスペクトを意識しながら抽出しています。


【月・太陽♎️天秤座5°~6°― 発効期:9/29~10/27 】
🌑🌞“A man teaching the true inner knowledge”
   『真実の内的知識を教える男』
            ↓
🌑🌞“The ideals of a man abundantly crystalized”
   『十分に結晶化したひとりの男の理想』

【テーマがもたらす雰囲気と挑戦(順不同)~10月27日】
※ひとによっては数日前から前倒しで感じられると思います。
※今回は新月から満月を経て次の新月まで共振し続けるキーワードを抽出しています。
 またアスペクトについては満月以降を入れるとまた長くなりすぎなので、
 新月~満月までにしました。
 キーワードは沢山出てきたので、気に掛かるものがあったらひとつだけでも頭に入れてみてね。


→★自分自身の本当の気持ちやこころの叫びを表現したいという衝動
→★これまで気付かなかった新たな創造性の芽を自分の中に見る
→★他者との交流の中であらためて自分とは誰だったのか?と自問する 
→★自分の想い、ことば、行い、体、精神が互いにはらむ矛盾に気付く必要
→★外界の規定に従わず内側から立ちのぼる自然な「わたし」を表す
→★他者を支配することとガイド役を務めることの違いを知る
→★国、社会、文化、人種や性別など無意識のステレオタイプ化に注意
→★自分本来のアイデンティティと社会的アイデンティティとのバランスを取る
→★自分だけの「詩的な表現」と「正確な描写」を場に応じて使い分ける必要
→★社会構造の中からはみ出てしまった自分の一部を大切にしていく
→★各々の人間が持つ個性、世界観、理想を形作る“抗しがたい感覚”に気付く
→★凝り固まったそれぞれの「美」「夢」「理想」が異なる観点を排除する傾向
→★一粒の砂を見て世界を語る、またはレンズごしに誇張された世界を見る
→★あやふやで曖昧な現実を掴んで自己満足に浸る傾向に注意
→★自分自身に満足しながらも同時に社会に対する不満を抱く傾向
→★現実の突出した一面だけを見てそれにこころを奪われる危険
→★それぞれのニーズを知りそれに合わせた話法やガイドラインを提示する
→★社会と個の軋轢の中で自分自身のスペースを保ちながら力を蓄える・・・→

牡羊座20°台の満月へと続く


★エネルギーのポイント:
 前回の新月『自分自身の安全神話を書き換える』
            
 今回の新月『進む、退く、かわすという所作の内に静けさを見る』
                             
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  今回の新月は時間の都合もあってアスペクト編は割愛します(場合によっては満月をお休みするかもしれません)。でも、シンボルそのもののテーマもアスペクトと被る部分があるので、それを意識しながら書いていきますね。

<新月時に形成されるアスペクトいろいろ>

⭐️新月・天王星がクインカンクス ⭐️新月・カイロンがオポジション ⭐️水星・エリスがオポジション ⭐️木星・海王星とBMリリスがセパレートでスクエア ⭐️金星・木星がセクスタイル ⭐️金星・海王星がクインカンクス ⭐️海王星とアグニ・ジュノーが オポジション ⭐️火星・イクシオン・銀河中心がコンジャンクト ⭐️ネッソス・イクシオンがクィンタイル ⭐️グリーヴ・パラスがスクエア ⭐️ヴェスタとキラルスからイクシオンにYOD

⭐️10月3日 夕刻 水星が蠍座入り
⭐️10月4日 午後 火星が天秤座入り
⭐️10月6日 太陽が月のノード軸にTスクエア
⭐️10月9日 金星が蠍座入り
⭐️10月14日 牡羊座の満月
⭐️10月23日 火星が月のノード軸にTスクエア
⭐️10月28日 蠍座の新月  火星が土星にスクエア


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★ 9月新月のサビアン・シンボル ★


新月のベースとなるシンボル:天秤座5°
『真実の内的知識を教える男』



  まず新月がベースとしてとるエネルギーは『真実の内的知識を教える男』。これ、日本語でこう訳すとなんとなく厳かな感じがして、いわゆる「グル」とか「霊的教師」と呼ばれるひとのようにもとれます。その場合は「智識」という感じに近いかな。別にスピリチュアルな意味ではないとしても、単に社会的な知識や技術的なノウハウを教えるのではなく、より精神的な深みのある内容、もしかしたら哲学的な世界観を教えるひとなのかもしれません。おそらく「内的知識」とは、彼自身の人生そのものを通して得た智恵、知識、または世界観。そして彼はそれを伝えることで、弟子または学生達に一種のガイダンスを与えていることになります。


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  でも、「真実の内的知識」って何だろう? たとえば禅の世界で師から出された公案を解くために脳ミソから血が出るくらい必死に考え続けてもどうにもならず、疲れ果てる...けれど、あるとき何かの拍子に突然ひらめいて、ただ「わかって」しまう...なんて話を読んだことがあるけれど。そんな悟りの世界までいかなくても、実はひとからひとへと「真実」を伝えることほど難しいものはないかもしれません。まして「内的な真実」となれば、どうしても伝える本人の個人的な体験の集積に影響を受けます。アストロロジーを実践しているひとなら、精神の回路ともいえる出生チャートの惑星配置によって、そのひとが「世界をどんなふうに知覚する可能性があるか」についてのヒントが掴めることを知っています(もちろん、どこまで行ってもキリがないほど奥は深いけれど)。

あるひとに備わった独自の意識が、そのひと自身の個人的な体験や記憶と共鳴しあい、何か「響き」のようなものが生まれる。そこからまた余計な夾雑物や雑多な音色をそぎ落としていって、最後に残る 何か純粋な「視点」のようなもの。もしかしたら「感じ方」。それは単なる「情報」とはどこか決定的に異なるもの。...このシンボルでひとりの男が教えようとしているのは、そういうものでしょうか? 


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  また「教える」→「教わる」という関係性が示唆されているということは、その「何か」が教える本人だけでなく、他のひと達にも共通して役立つ知識なのだという前提がありそうです。でもそれは、物事を客観的に見たときに「現実」だとか「リアリティー」と呼ばれるものとは異なります。「これは正しい」「確実だ」「明確な証拠に裏打ちされている」そんな世界とはまったく異なる層に働きかけ、しかも相手が「現実」を感知する基盤に影響を与えるかもしれない、そんな何か。しかもこれは、「そうである」ということを、ただ「知っている」状態。理屈抜きに「わかっている」状態。 時間も空間も介することなく、ただそこに「智識がある/あった/あり続ける」もの... それと同時に、個でありながらけっして「個」の中に閉じられないもの。大声で主張することも、押し頂いて追随することも出来ないもの。なのに、確かに受け渡される「何か」。「真実の内的智識」とは、もしかするとそんな感覚に近いのかもしれません。 

けれどもしこのシンボルがそこまでの物事を暗示しているとすれば、天秤座の第一ディーカン、それもど真ん中の5°に出て来るというのはちょっと違和感がある気もします。なぜなら、このあたりでわたし達が受け取るエネルギーの原型には「他者と出会い交流することから受ける刺激」「相手と自分を比較したり投影したりすることで浮かび上がる自己のアイデンティティの問題」そしてその結果として起きる「優劣の判断」などが絡んでくるからです。こうして互いを秤にかけた結果、「公正さ」や「正邪」の判別が生まれ、そんな経験を重ねることによって、わたし達は「バランス取り」を身に付けていくんですね。ならばこのシンボルが示唆する行為には、その深奥と表層との間にかなりの「幅」が存在しそうです。


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  このシンボルに対向し、補完する形となるのが牡羊座5°の『翼の生えた三角形』です。三角形は3本の直線からなる、図形の基本的なかたち。2本では閉じた図形を創れないし、1本足して3本の直線で創れる平面図形はこのかたちにしかなりません。もし「わたし」というそれぞれの「個」を「閉じたひとつの存在」だとするなら、三角形はこの世界を生きる「自分」「わたし」の基本的なかたちだと言えるかもしれません。でもこのシンボルでは、そんな厳正な幾何学的条件で成り立っているリジッドな「個」に、翼が生えています。それはきっと、わたし達に備わった思考の翼。右と左、二枚の羽を羽ばたかせて「飛ぶ」能力を持っているということ。“wing” はそのルーツが風を意味する “wind” ということばと近い関係にあるそうで、ここには風に乗って自由に飛び回る手段を得たわたし達の姿、いえ、こころ/思考の状態が示されているように思えます。

  高さが変われば見える風景も変わる。羽があれば遠い見知らぬ土地にだって飛んで行ける! それは幾何学のように固く厳しく規定されたルールを軽々と飛び越え、まるで今までの自分を超越したような感覚。これまではあまりに遠くて縁なんかない、無理だ...なんて思っていたけど、羽ばたいてみたら本当は何だって出来るのかもしれない。あぁ、もしかしたらコンピュータ・テクノロジーという羽を得て仮想世界に足を踏み入れたわたし達は、ゲームやSNSを通してちょっぴりそんな気分を味わったりしているのかもしれませんね。それが実体を持たない世界のかりそめの自由だったとしても、電子の世界では何にでもなることが出来ます。


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  でも、だからといって三角形そのものがかたちを変えたわけではありません。リジッドに閉じられた「わたし」はそのまま。イマジネーションの中ではルールで縛られた世界をはるか下に見て自在に飛ぶことは出来ても、実際に社会的な生き物としてのカタチは変えられない。人間が人間であるための基本的な決まりごとも、社会に護られて生きていくための条件も、たぶん変えることは出来ないし、きっと変えたいとも思わない。ただ三角形の中身を、自分自身という「知覚」や「概念」の集積を、変容させていくことは出来る。あるひとはより柔らかく、あるひとはより堅固に。ときには詩的に、透明に。あるいは一瞬、空っぽに。また別のひとは飛び回った場所のデータをきっちり詰め込んで、それをいつも咀嚼しながら飛び回ってる。「自分」という三角形はひとと違う。同じ三角だけど、みんな違う。だから人生の中で何かにぶつかり、思考の羽を伸ばし、考えて、感じて、そして得た真実はひとつ。自分だけのもの。たとえみんな並んで同じものを見ていたとしても。

  わたし達にとっての「真実の内的知識」。そしてそれを誰かに伝えようとするとき。あるいは誰かから彼/彼女自身の「真の内的知識」を伝えられたとき。わたし達はどうするでしょう? そこに生まれるのは共感か、それとも反発か? 時と場合により、または相手によってもその反応は異なると思います。でも、即座に「そうだよね...」と感じられるような内容じゃなかったとしても。話されていることばの意味がよくわからなかったとしても。 もし相手が本当に正直に、そのひとの「真の内的知識」を伝えようとしているのなら。ことばではないその “エネルギーそのもの” に触発されて、自分もまた自分自身の「真の内的知識」を伝えたいという気持ちになるかもしれません。そして、その知識の内容が互いに溶け合うにせよ、交じり合わずに終わるにせよ、互いに違う世界を生きる同じ「三角形」としての理解の上に向かいあう、そんなコミュニケーションが可能になるのではないでしょうか。


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  『真実の内的知識を教える男』が何を教えようとしているのか? そのガイダンスはきっと、単なる “ことば” を超えたもの。もしかしたらわたし達が相手のことばを聞いて思考の翼をひろげる前に、すでに自分という三角形の内部にそのひとの内部と同じ波形が伝わってくるような。その波形の刺激から、自分もまた「本当のことば」が思わずあふれ出てくるような...。相手や自分が言ったことよりも、まずその存在そのものを認めてしまうような。...もしかしたら、世界観の違いさえも超えた、生き・在るものとしての信頼。それは「声」かもしれないし「うた」かもしれない。もしかしたら、その存在そのものかもしれない...

  パートナーシップを支配する天秤座に来て遭遇するのは、誰かとのより深いコミュニケーション体験です。こんなにもコミュニケーションのツールが発達し、これからますます即座のやり取りが可能になっていく時代なのに、本当にわかり合うなんて経験はますます稀有になっている気がするのは何故だろう? 便利になればなるほどひとびとは分断され、同じような言説が飛び交う共鳴室の中で似たような色の三角形として生きようとしているのかもしれません。護るために。でも、何を?


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  さて。ちょっと説明が理屈っぽくなってしまった気もするけれど... この<天秤座 ― 牡羊座軸の5°>は、<他者とのコミュニケーション ― 自己のアイデンティティ>という対比の中で「コンセプト」が見えてきた段階だと言えます。そしてそれが、次の6°から少しずつ「実践」の段階に踏み込んでいく感じかな..。ではそろそろメインのシンボルに行ってみましょう。



新月のメイン・シンボル:天秤座6°
『十分に結晶化したひとりの男の理想』


  天秤座6°『十分に結晶化したひとりの男の理想』。結晶…クリスタライズ…クリスタル…これはやはり水晶を連想させますよね。水晶は固くて透徹していて、うまく使いさえすれば好ましいエネルギーを増大させ、悪しきエネルギーを浄化させるとも言われています。そういえば、2015年に大村智博士がノーベル生理学・医学賞を受賞したとき、博士のプログレスの太陽がここに来ていました。そんなことからも、十分に結晶化された理想ってなんだかとても美しいものに思えます。


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  でも「ある男の結晶化した理想」は、それがもしも膨らみきった自我の結晶であれば別の人にとっては悪夢となる可能性だってあります。たとえば今も存在する独裁的な政権が行う迫害や抑圧。とりあえず犯罪性を帯びていない限り、互いに言いたいことを言い放てる今の日本の環境からは想像もつかないような厳しい人生の在りようが世界には数多く存在しているという事実。こうしてPCに向かってこんなことを書いてる今、この瞬間も。独裁者達による統治の理想がそのままこの世界を覆って結晶化したら、生きることはとても恐ろしいものになるでしょう。こうしたことは歴史の中で沢山繰り返されてきたし、イデオロギーや利害のぶつかり合いを、人間はイヤというほど経験してきています。

もちろん世界規模なんて大きなことでなくても、わたし達の周囲では今も日々「こうあるべきだ」的な思いこみや外界(と自分自身)に対する期待感、自分が正しいと感じる物事とは異なる意見を全否定して悪や劣等と決めつける、とても硬直した言説が溢れているように感じます。いくら平和を叫んでみても、その思いの中に『今すぐデリートボタンを押して “敵” を消してやりたい』という思いが固く結晶していたら、結局は思い描いていたはずの平和な暮らしは遠のくばかり。闘争も戦争も永久に無くなりません。そしてもしそんなふうに思い定めれば、場合によっては開き直って自分を閉ざし、悪や憎しみに徹するひとも出て来るでしょう。これも相当なエネルギーが要ることだし特異な例ではあるけれど、もしそれが自分を護るための唯一最強の精神的な盾=合理化だとするならば...。


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  でも、そんなことはたぶん誰だってわかってる。けれど日々の喜怒哀楽の中で、多少なりともそんなちょっと捻れた開き直りに似た気分を味わった経験は、実は多くのひと達が持っているのではないでしょうか。あれこれともっともな理由をつけて自分を納得させながら。その思いの針の痛みを結局は自分自身にも向けながら。うん、それでも明日は来ると感じるから。だからわたし達はがんばって生きています。

とても厄介なのは、わたし達人間の中には平和や思いやりや愛を望む気持ちとともに、勝つための争いや、怒りにまかせた復讐の快感を欲する衝動が確かに存在するということです。たとえそれが、誰も(自分さえも)気付かないくらい本当に些細な受動攻撃性だったとしても。わたし達はそういった情動を「悪」と名付けて忌避し蓋をしようとします。何のために? 平和に生きるために。多くのひと達と仲良くつき合うために。けれど人間である以上、生きものとしての荒々しい血は(その激しさと顕れに差はあるとしても)どんな優しいひとの中にも流れています。そしてこれは同時に、わたし達人間を生きながらえさせ、この世界の食物連鎖の頂に押し上げてきた力でもあります。「善」と「悪」。「プラス」と「マイナス」。「ポジティブ」と「ネガティブ」。その対比がはらむ大いなる矛盾。そして相対する両極のど真ん中に屹立する、わたし達の生。それは「三角形」の三つの頂点。


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  また「最高度に結晶化した理想」を完全なる神の存在に見るひともいます。神の戒めの下で自分自身を律する。それによって、よりよい人生を生きることが出来る。計り知れないほど大きな神の愛に包まれて、自分だけでなく、他のひとのために犠牲を払うことも躊躇なく出来る。そして皆で幸せになる。矛盾に満ちたこの世を離れ、哀しみも怒りもないところへ行ける。神、または何か絶大な知性の存在に導かれるなら、それはきっと本当かもしれません。

それでも、この世界では神を奉る宗教が争いの種にもなっています。人間が集まり、組織となり、政治やビジネスが絡んで蠢きはじめたとき。またはリーダーの強大な自我とその磁力が結晶し、それが「神」に成りかわって集合体を覆い尽くしたとき。そこには下部のひとびとの間に、そして他の集合体との間に、競争原理が働くようになります。そして、自分が信じる善なるものを認めない相手を悪として排斥し、蔑むという心理が働きます。何のために? おそらく「神の教え」ではなく、自我とそれが拠って立つ立脚点を護るために。 

  中世の宗教裁判や魔女狩り、そしてその処刑はひとびとへの見せしめであるとともに、また民衆の娯楽でもありました。今は(少なくとも経済発展した先進国と言われる国々では)そこまでのことが公然と行われることはないと思うけど、形を変えた魔女狩りは今も変わらず、メディアやネットの世界で目撃することが出来ます。無実のひとをグレイにし、グレイなひとは黒にして即座に叩きのめす行為として。あるいは遠い過去の些細な染みを暴き、築き上げてきた「今」を気軽に破壊する行為として。ひとびとは即座に判断を下し、詳細な疑問点は無視されがちです。また、敵対する者同士は自分達の意見を補強する共鳴室に閉じこもり、自分達のアイデンティティをますます堅固に護ろうとします。

昨今の米国では、両極に位置するひと達が互いの「真の知識」を分かち合う機会を作ろうとしても、組織的な噂や脅しによって潰され、公人でも著名人でもないひとびとがそんな行為の犠牲となってネットやリアルなコミュニティーから排除されいくという例がいくつも出始めているようです。そんな風潮をひとびとは「キャンセル・カルチャー」と呼んでうんざりだと批判しているけれど...。もしかしたら、そこには迫り来るカプリコーン・ステリウムの重さ、そして魚座の海王星が創り出す濃霧の中でぼんやりと感じられる時代の岐路(または崖?)に対する無意識の怯えがあるのでしょうか? 同じエネルギーはおそらく世界中に浸透しつつあります。


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  わたし達は中世の残酷な異端審問官でもなければ処刑をはやす民衆でもありません。でも...思うようにはいかない人生の中で、自分の気に入らない物事や狡く立ち回った(と思える)者達を裁ける環境が与えられたとしたら。その対象を排除する行為の中に、少しでも快感が生まれたりはしないでしょうか? わずかでも自分の中に「力」を感じないでしょうか? 正義と力。それは虐げられた側こそが持つべき権利。だからそれは「善」だ。でも、わたし達はその「魔女」が本当は誰なのかをどれだけ知っているのだろう? 知らなくたってかまわない。だって魔女はわたし達と同じ場に立つ人間じゃない。そう、人間じゃないんだ。彼らは厳正なルールを破り、幾何学に縛られた三角形の身でありながら現世の高みに飛翔した「悪」なのだから......  

この天秤座 ― 牡羊座軸には、他者と自己が出会い、自他を見比べ、交流し、「互いに自立した対等なバランス」を探りながら、「期待」ではなく「信頼」を学んでいくという挑戦が待っています。その第一ディーカンの後半に至って出て来るテーマは『自分自身の中に固く結晶化していく理想や願望は、ひとつ間違えるといつしか他のひと達を、そして自分自身をも鋭く切り裂く固い刃になっていく可能性も秘めていることを知る』そんな経験かもしれません。


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        大きな理想、小さな願い。…こんなだったらいいのにな…という想い。「正しさ」「公正さ」を求める心の大元は、きっと美しかったはずなのに。 何故わたし達は、ともするとそれを闘いや怒りに変えてしまうのでしょうか? 『自分は一生懸命に “本物の内的知恵” を教えようとしてるのに、ぜんぜん聞く耳を持たない相手が悪い』。確かにそうかもしれない。それだったらやっぱりムカつく。もしその気持ちの半分以上が、本当は自分のアイデンティティを護るための合理化でないのなら。 でも、わたし達は互いの「真の内的知恵」を本当の意味で教える — 伝え合うことは出来るのでしょうか? 

  「理想」っていうと何だか高邁な政治理念とか人類全体の幸福とか、大上段に構えたイメージもあるけれど。実際その中身はひとそれぞれ千差万別です。...家族が困らずに幸せに生きられること。仕事で成功して認知されたり豊かになること。社会や共同体に役立つような人生を送ること。持って生まれた才能を活かして自立出来ること。何でもいいけど思い描いたとおりの人生をまっとうすること...などなど、想像し始めたらキリがありません。個人の場合は人生の理想を「夢」と言い換えてもいいのかもしれませんね。けれど「理想」という、いわば “抽象 ― コンセプト” に過ぎないものを「現実」として歪みなく堅固に結晶化させるには、大きな忍耐と地道な努力が必要になるでしょう。そしてきっと、集中力に加えてしなやかでフレキシブルな強靱さも。

  ちなみにこの度数の対向となる牡羊座6°のシンボルは『一角が明るく照らされている四角形』です。ん? ベースのシンボルの対向は「三角形」でしたよね。今度は直線が一本増えて「四角形」になりました。しかもその一角が明るく照らされて光ってるって? 何だろう?


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  B.ボヴィは『一角だけが明るく照らされている四角形』の本質を、『物事を組織化や構造化していくことの基本的な原理(四角形)の一側面のみが特に強調されている状態』だとしています。うーん、何だかややこしい~。 つまり、バラバラなグループや集団を組織として機能するようにまとめていくために必要な、基本的な原理を象徴するのが四角形。そして、その原理の一部だけに光が当てられている状態です(他の角は暗くてよく見えないという含意もあるかも?)。

そして彼は原語の “square” に関連して、四つの角を持つ幾何学形態は「曼荼羅」の原理に通じており、また 円を十字で四つに区切ったシンボルは、生命、宇宙、人間精神の構造を表しているとも説明していました(これ、ホロスコープの「スクエア」そして「アングル」を思い起こさせますね)*
*曼荼羅の種類は無数にあるけれど、多くのものが明確な中心を持ち、その周囲にまるで蓮の花弁のように小さな四角が集まって、全体には円形をなしているものが多い気がします。中でもチベット密教の曼荼羅は抽象性が高く、その構図は「構造体」そのものを描いているように感じられます。サビアン・シンボルが降ろされた1925年、マーク・エドモンド・ジョーンズは神智学教会員でした。なので彼の薫陶を受けたチャネラーのエルシィ・ウィーラーの記憶に素養としてのチベット曼荼羅があった可能性はあるかもしれません。


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  曼荼羅って、完全な「全体」を意味するといいます。全ての、全て。広大な宇宙を含む、存在する全て。そしてもともと原語の “square” にも、「完全」という意味があります。たとえば “square meal” と言えば「栄養的にも味の上でも完全にバランスの取れた完璧な食事」を意味するように。また他にも「街が徐々に形成されていく中心となる四角い広場」とか、「誠実」「公平」「正当」なんて意味もあります。じゃ、その一角だけが強調されているというのは... バランスが崩れているということ?

  前の度数では三角形だったわたし達。でも今は一歩進み、社会構造の中で実際に他のひと達と出会うことで「四角形」になっています。この世を生きていくために。家族や友人や社会という構造体をともに創り上げていくために。あるいは、自分の中に潜在する「完全性」を、触れることの出来る物質として見事に結晶化したくて。

「世界」という名の四角形。「わたし」という名の四角形。そのどちらにも、原型としての四つ組の構造(90°)がある。そしてその深みの中心を貫いて、それを見ている「わたし」という感覚が立ちのぼってくる..... そこから見えるものは、全てが「わたし」。そして「わたし」の鏡像。「わたし」と「あなた」というミクロの関係性に映し出される、マクロの大宇宙。そこには様々な原型 ― 知者、手品師、芸術家、愛人、活動家、戦士、王者がいて、光を当てられるのを待っている。ならば完全な四角形とは、きっとその全てのバランスが取れているということ。


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  でも、ここで四角形の一角だけに光をあてて輝かせているということは、ひとつの想い(理想)に集中し過ぎて他の角を忘れているということなのかもしれません。それは偏った想いや世界観を頑なに結晶化させ、互いに傷ついたり欠けたりしながら旅をしていくわたし達の姿でしょうか? それとも... こころに乱反射する無数の想いを濾過しながら全てが欲しいと感じる愛惜の気持ちを断ちきり、一瞬一瞬の選択を繰り返しながら懸命に何かを追求していった先人達 ― そしてわたし達 ― が手に入れた「個性のかたち」なのでしょうか?

  もしかしたら、そのどちらでもあるのかもしれません。人間ってどんなにヤサグレていても、どこかに希望があるから生きているんだと思います。 もしかしたら出逢えるかもしれない。もしかしたら辿り着けるかもしれない。とにかくやってみよう、やるしかないって。そしてこうも思います。四角形は、そのままではただ静かにそこに存在するだけ。わたし達もまた、ただ立っているだけ。思い切って一歩を踏み出そうとすれば、必ずバランスを崩す瞬間がある。その前に、踏み出した足を地に着ける。歩いていくということは、その繰り返し。そうやって、出逢いと別れを繰り返しながら、どこまでも歩いて行こうとする。前後左右上下、どの方角にでも。

本当はただ立っているだけで、そこに居るだけで、初めの始まりから自分も世界も全てが完成しているのだとしても。それをただ感じればいいのだとしても。わたし達が鏡を見る。そこに映った世界は動いてる。だからわたし達も、動いていく。四角形の一角を輝かせ、それを道しるべとして。全てを見られる、そのときまで。

  天秤座6°でわたし達は、たぶん小さな一歩を踏み出すのではないでしょうか。あるひとは、新たな現実に向かって。あるひとは、新しい出逢いに向かって。それは自分を識るために、相手を、物事を、世界を、秤にかける旅。 でも、忘れないで。「わたし」という感覚の深奥、そのどこかに、まだ見たことのない永遠の完成形が生きているかもしれないことを。


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  人間が抱く理想や夢が透明な結晶となって顕現する可能性。そして頑ななこころの刃が大切な未来を切り裂く危険。 「わたし/達」と「あなた/達」が出逢うところ。抽象的で奥深い意味合いを沢山含んだ天秤座 ― 牡羊座軸の5°~6°。そして次の7°から先は、対人関係や社会的なコミュニケーションでどんどん実践的な挑戦のテーマが出て来ます。なので気持ちがどどーんと重くなってみたり、また何かの拍子に昂揚したりと気分の波が激しくなるひとがいるかもしれません。でも、そのときそのときの気持ちが向く対象に集中し過ぎると、ストレスで本当に心身のバランスを崩してしまうかも?

10月14日の牡羊座の満月は、牡羊座らしくかなりアグレッシブな(火星的な)度数で起きます。そのエネルギーもたぶん前倒しで来ると思うので、対人関係では上辺のやり取りなどあまり細かいことは気にしないで行きたいと思います。もしそれがその場限りのことなら『あぁ、これって四角の一角だけを結晶化させてるシーンだな...』とか思いつつ、軽やかにバランスを取っていきましょう。そして、今自分が「わたし」という内的宇宙の片隅で何を結晶化させようとしているのか、それを見ていたいと思います。


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have a great trek!!!

hiyoka(^_^


hiyoka_blue at 20:05|PermalinkComments(0)

September 13, 2019

🌕9/14の満月 ― みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)

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    満月は前回の新月のテーマが熟し、花開き実を結ぶときです。 この日は太陽と月が、地球を挟んでちょうど反対側にやってきます。0°の新月から始まった地球全体への課題は、満月で180° 対向のエネルギー同士がぶつかりあい補いあうことにより、輝く満月というひとつの「結果」を見せてくれます。それは、わたし達が空間から受け取ったエネルギーをどう昇華し、現実に表現してきたのかを、あらためて見せてくれる「鏡」だと言えるかもしれません。なので満月のテーマは新月の瞬間から色濃く育っていくとも言えるでしょう。そして わたし達はみな満月を超えて、次の新月までにその経験を消化(昇華)し、エネルギーはゆっくりと静まっていきます。それはこの世界に生きるわたし達の意識に与えられたプログラミングの一種かもしれません。そんなシステムをどう使うのか?それとも使われるのか? それはきっとわたし達次第。さぁ、今回はどんな風景が見えるでしょうか? では今月も行ってみます。(^_-)~☆
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★満月タイムスケジュール★
エネルギーが高まる時です。ヒーリング・メディテーションや祈りを捧げたい方は、もし可能ならこの時間帯(ずれるなら満月前がベター)に合わせてみてください。エネルギーの高まりを感じられると思います。

【地方平均太陽時:ソーラータイム(LMT)】
東京・関東ローカルで 9月14日13:56前後、北海道周辺で14:02前後、関西方面は13:37頃(日本標準時ではこの時間)、沖縄周辺で13:25前後に 魚座21°05'で満月となります。

今回のテーマのベースであり、今も背景で発効し続ける新月の大テーマについてはココをご覧ください。
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サビアン・シンボルによる【満月がもたらすテーマと挑戦】
*ここではデーン・ルージャー(ルディアー)版やマーク・エドモンド・ジョーンズ版の解釈ではなく、透視家エルシィ・ウィーラーの伝えた言葉をそのまま書き写したオリジナル版サビアン・シンボルを使ったブレイン・ボヴィの解釈を参考に、アスペクトを加味して書き下ろしています。
*テーマはひとつの意識の流れを表したものです。この流れは順不同に現れたり循環したり、ひとつだけ突出して感じられる場合もあります。また、内容はその時々のアスペクトを意識しながら抽出しています。


【月 魚座21°→22°/ 太陽 乙女座21°→22°】
  🌕 “A little white lamb, a child, and a Chinese servant”
  『小さな白い子羊、子供、そして中国人の召使い』
  🌞 “A girls’ basketball team”
  『少女達のバスケットボール・チーム』
     ↓↓↓
  🌕"A man bringing down the new law from Mount Sinai”
  『シナイ山から新たな “法” を持って下りる男』
  🌞“A royal coat of arms”
  『王室の紋章』

9月29日新月のベース・シンボル 天秤座5°台
 『真実の内的智識を教える男』に繋がっていく

【テーマがもたらす雰囲気と挑戦(順不同)テーマ発効期~9/28】
 ※満月の場合、1週間~数日前から前倒しで感じられると思います。

→★護られた環境下での無垢さと無知の違いを認識する必要
→★導くこと、教えるという役割に付きまとう責任の重さ
→★プライドや権威を護るために自分を正当化しようとする心理
→★自分が属する集団のアイデンティティを通して全てを判断する危険
→★抗えない運命や定めと思ってきた物事の真偽を再評価する必要
→★“公平な条件” が立場の違いにより不公平を生む現実を見る
→★未熟さゆえの傲慢さや不機嫌で侮蔑的な態度を
    広いこころで受けとめていなす経験豊富な目
    または 上手く利用するためにすり寄る欺瞞に満ちた目
→★他者や自分自身の“内なる子供”を導くために必要な持続力と忍耐力
→★個人的な権利や利益を放棄し、全体のために尽くそうとする精神
→★新たな状況や物事の中で慣れない感覚を抱きながら何かを達成していく
→★社会や人間関係の「権力」や「特権」に付随する膨大な「責任」の重さ
→★正当な義憤と単なる悪意やウサ晴らしの言動との相違が結果として出る
→★自己犠牲か、それを装った支配か、その両極を見抜く必要
→★古い伝統に裏打ちされた美と威厳、または剥がれ落ちる偽の紋章
→★感情/精神/霊的世界など目に見えにくい領域を慎重に見定める
→★おおげさな権威や神秘性でゴリ押しまたは魅了する存在に注意
→★「印象」や「確信」も足早に消えて変化していく人間のサガを見る
→★もの静かに戦闘態勢を整え、もしもの時に備えておく必要
→★ちぐはぐになりがちな感情・精神・行動を整え自分自身に立ち帰る・・・→


★エネルギーのポイント:新月
            『自分自身の安全神話を書き換える』
             
            満月
            『書き換えた安全神話に沿って行動する』

            
190914FM



moon



  伊豆東部から関東首都圏を襲った台風15号は各地に大きな爪痕を残し、横浜では海沿いの工業団地に集まる中小企業に甚大な被害が出たと聞いています。また特に千葉県では家屋の被害の他にも道路の遮断、停電や断水、固定電話や携帯も不通に。。 今はずいぶん復旧してきたとはいえ、まだまだ厳しい生活を余儀なくされているひと達が沢山... そして直後から不眠不休で復旧に力を注いでいる大勢のひと達も...。台風一過で猛暑は収まり急に秋めいてきたけれど、心身の疲れやストレスはホッとひといきついた後に出やすいもの。無理せずどうかご安全に!

  ただ星をみる限り、これから先も日本は災害に気をつける必要はありそうです。とりあえず何があっても最低限数日くらいはしのいでいけるだけの準備はしておきたいです。世界は凄まじい勢いで動いているし、局地的な武力衝突や内乱、テロや暗殺事件など、不安定な状況は2020年にかけてしばらく続くでしょう。ひとのこころも大地も、噴き上げたり揺れ続けることで、長い間に様々に溜まった埃や澱が浮上する — 全ては人間が創造したものなら、それを何らかのかたちで収めなければならないのも人間。そんな時代を生きるべくして生まれてきたことにも大きな意味があるような気がします。


akari



  さて、新月は目には見えないスーパー・ムーンでしたね。それは月が近地点に来ていたから。今回の満月はブラックムーン・リリス(BMリリス)とゆるいコンジャンクト(オーブ5°30’程度)なので、遠地点に近い月。なので今夜の中秋の名月は少しだけ小さく見えるかな? この、遠地点の月は比較的力が弱いという説もあります。けれど実際は弱いというよりも「少し俯瞰して自分自身を見つめる機会」と言ったほうが良いかもしれません。

月はあらゆる惑星から送られる様々なエネルギーを感知し、わたし達それぞれに「自分の気持ち」として感じさせる働きを持ちます。なので火星とともに燃え上った新月の強力なスーパー・ムーンは、総体的にひとびとの怒りやこらえ性のなさ、様々なこころの叫びとなって空間に木霊していたような気がします。そして明日はその結実となる満月。今回の満月でもアスペクトを見るとなかなかの厳しさがあるし、テーマも社会や人間の本質を突いてくるところがあって侮れません。海王星ともコンジャンクトで、現実に追われる中でふと夢見心地に誘われる可能性も高いし、BMリリスもちょっぴり「隠れ離人症」みたいな性質があり、放っておくと悪さをしかけてくることがあります。でも、たとえ海王星の霧のただ中にあったとしても、明晰夢めいた現実の中で意識して自分と周囲を見渡し、「これは何なのだろう?」と問うてみる。それはもしかしたら、まだ見ぬ山河を越えていくための強力な羅針盤になっていくかもしれません。

沢山のアスペクトが形成されている今回の満月ですが、時間の都合で今回の星読みもサビアン・シンボルのみになります。また余裕が出来たらアスペクト編も再開しますね。m(_”_)m


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★9月満月のサビアン・シンボル ★


満月のベースとなるシンボル:魚座21°
『小さな白い子羊、子供、そして中国人の召使い』


        ではさっそくサビアン・シンボルをみてみましょう。この組み合わせも何年か前にルネーションで経験した度数ではあるけれど、やはり今年は同じテーマの内にも微妙に異なるニュアンスが浮上している気がします。

今回のシンボル、まずベースとなるのは『 小さな白い子羊、子供、そして中国人の召使い』という、ちょっと謎めいた光景です。このシンボルには三つの異なる要素がひとつのシーンに収められています。
 

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  by EM Framing, Pixabay


  「小さな白い子羊」― イメージとしては、ただただ無垢で可愛らしい存在。「子供」― こちらもイメージとしては無垢で可愛い存在だけれど、このシンボルではそれに加えて、まだ幼く社会的な規範を知らない存在としても描かれているようです。また、特になんのことわりもないことから、この子はおそらくM・E・ジョーンズやエルシィ・ウィーラーと同じ白人の子供ではないでしょうか。

そして「中国人の召使い」― サビアン・シンボルには折りに触れて「中国人」のシンボルが出てきます。これは全て1920年代当時の米国における「移民」という立場を表していると見ていいでしょう。もともとアメリカという国自体が移民の国です。けれど、世界各国から新大陸で成功を手にするという夢を求めて大量の移民が押し寄せるようになると、旧移民(アングロサクソン系プロテスタントや開拓移民など)と新移民(東・南ヨーロッパ系、アジア、南アメリカ系・カトリックその他異宗教・出稼ぎ移民など)との溝が深まり、社会や経済面で人種や民族差別があらわになっていきました。特に大量に渡ってきた中国のひとびとは、当時の一般的な白人米国社会では「米国に溶け込もうとしない異文化の侵入者」「下層の仕事をする人々」などのイメージがあったと言われています。以前もシンボルに出てきた「洗濯屋」「超低賃金の工場労働者」「召使い」などは、そんなひとびとの代表的職業だったようです。このような移民問題と、それにまつわる様々な立場からの不平不満は、これまでもアメリカに渦巻く大きな問題のひとつでした。そしてここ数年は、まるで歴史が一斉に反動期にでも入ったように、あらゆるマイノリティ(そして抑圧されていると感じるひとびと)からの声が高まり、それが極まった現在はマイノリティ同士の間にさえも新たな亀裂が生じ始めています。


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  By Capri23auto, Pixabay


        では、このシンボルに出てくる「中国人の召使い」は、真っ白な子羊や子供に対してどのような思いを抱いているのでしょうか? そして子羊は、子供は、どう感じているのでしょう?

  子羊は無垢でか弱い存在のシンボルです。けれどいつも側に寄り添っているはずのお母さん羊の姿は見えません。この子は群からはぐれてしまったのでしょうか? ならば、誰かが世話をしなければ生きていけません。子供はふわふわして温かく、可愛い目をした羊をきっと気に入るでしょう。純粋な気持ちで子羊と友達になりたい、ペットにして可愛がりたいと思うかもしれません。けれど、それにはきちんと世話をする方法を知り、身に付けなければなりません。ここでそれを教える役目を果たすのは、きっと人生経験を積んだ中国人の召使いなのだと思います。

この真っ白な子羊は、魚座が包含する「霊性/魂」の一番純粋な顕れ ―「無垢さ」を暗示しているのかもしれません。そして人間の子供は、まだ手つかずの生き生きした感情と未発達な自我、そして好奇心に満ちあふれたナマの肉体的欲求(何でも触って口に入れてしまうような)をも表しているように見えます。子供は純粋であると同時に、邪悪さや危険が至るところに(自分の中にさえも!)潜むことをまだ知らず、やりたい放題のワガママにもなってしまいます。ならば、かしずきながらも教師の役割を果たさねばならない中国人の召使いは、苦労と経験を積んできた人間の精神、そして成長した自我を顕しているのでしょうか...。


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  こう考えてみると、このシンボルには人間世界に見られる二つの道が示されているように見えます。まず一つの道筋はこんな感じかな。

…→ 魚座の最高の顕れとされる、自分の「霊性」を守り育てるためには、まずその存在に気付き、慈しむこころが必要。そして同時に、騒々しい社会の中で、純粋な感性をどう護り、どう育てていくかを知り、そのためにどうしても必要となる「自己規範」を確立する必要がある。

…→ それには自分にとって人生で何が一番大切か?という問いに対する自分なりの答を「核」として経験を積み、大人としての忍耐力を身に付ける必要がある。自分を生きる「霊性」または「わたしと呼ばれるいのち」に仕え、護れるように。ゆるぎない感性を鍛えていくための自立した精神性を保てるように...。

  小さな白い子羊は、あどけない子供をひたすら慕います。子供はそんな子羊が可愛くてたまらず、召使いに助力を求めます。『ねぇねぇ、この羊、飼ってもいいよね?』 召使いはおそらく主人筋にあたるだろう子供を、人種・文化の壁や差別という世間の波を乗り越えて慈しみ、これまでの人生で蓄積してきた智恵を用いて導くかもしれません。たとえば、こんなふうに言うかな?『きっとそれはお父様がお許しにならないでしょう。でも、わたしの所で面倒をみることは出来ますよ。坊ちゃんは内緒で遊びにいらっしゃい。どうしたら羊と仲良く出来るか教えてあげましょう』なんて...。


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  中国人の召使いはそのとき、弱々しく見える真っ白な子羊が実は彼/彼女にとってもかけがえのない存在 ―「普遍的な魂の象徴」であることを深く理解しているのかもしれません。ここではわたし達「人間」という存在を構成する「霊」―「肉体」―「精神」という三つ組(または三角関係)の象徴と、その間をスムーズに流れていこうとするエネルギーの構図を見てとることが出来ます。

  けれど、それはあくまでも「理想」としてのカタチです。魚座の霧はそうすんなりと晴れてはくれません。もうひとつ、今という現実をふまえて考えられる道があります。

  可愛い子羊を見て子供は『ボクが世話をする!』と言い張るかもしれません。『ぬくぬくした羊を抱っこしてボクのベッドで一緒に寝るんだ!』 なんて言い出すかもしれないし、おやつのキャンディを子羊にあげようと思うかもしれません。でもそんなことを許したら、召使いは雇い主である子供の親に厳しく叱責されるでしょう。何も知らない子供の思いどおりに子羊を扱わせるのは、その子にとっても子羊にとっても危険なことかもしれないのです。そしてまた別の側面も考えられます。当時の米国社会で召使いにかしずかれた子供なら、やがて責任ある地位に就き、広い世界に立ち向かってひとびとを導かねばならない運命の下に生まれている可能性があります。だとすれば、きっと幼いうちに、自分が生まれた世界の厳しい一面を学んでおく必要があるでしょう。無垢と無知はまったく違う。天真爛漫とやりたい放題も違う。生き物を友とすること、関係をもつことは、相手が動物であれ人間であれ、自らの選択に対し責任を引き受けること...。


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  けれどもしここで、召使いが自分の虐げられた境遇を恨み、天真爛漫な子供の恵まれた境遇を妬ましく感じていたらどうでしょう? きっと子羊に対しても『お前はいいよね。たまたま真っ白な子羊に生まれたってだけで何の心配もなく可愛がってもらえるんだから... ふん、 世の中は本当に不公平だよ!』なんて考えていたとしたら? ...そこには果てしない鬱屈と羨望、そして自分自身のこころが生み出す分断の淵からふつふつと湧き起こる怒りと抑圧が見てとれます。それは、たとえ一瞬の想いであったとしても、いつ頭をもたげるかわからない凄惨な闘争の芽となり得るでしょう。つまりここに描かれるもうひとつの光景は、「霊」―「肉体」―「精神」の三つ組みが逆流を起こし、精神が病み衰え、闘争が肉体を蝕み、やがては霊の死が訪れることを暗示する道です。

けれど...大なり小なりこういう構造や意識の流れって、わたし達のこころの中で、社会や人間関係のただ中で、大きくは集合体の総意として、わりと普通に起きていることじゃないでしょうか...?

 
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満月に光を放射する太陽のベース・シンボル:乙女座21°
『少女達のバスケットボール・チーム』


       一方、月に光(人間意識)を与える太陽側のベース・シンボル、乙女座21°『少女達のバスケットボール・チーム』はどうでしょう。 この度数は4年前に日蝕が起きた位置でもあり、最長6年と言われる蝕の効果で強化されているかもしれません。

  米国の女子バスケットボールの歴史は19世紀末から大学対抗試合として始まりました。参加者はモダンでお転婆で裕福なお嬢様方だったようです。当時はまだまだ「飛んだり跳ねたりするのはレディのする事ではない!」という風潮が強く、チームを作るだけでも社会的な偏見と闘い、まずは「互いに競い合う権利」を勝ち取る必要があったそうです。だからきっと、このチームの選手達はそれぞれに個性が強く、自分の意見や主張をはっきり持っていたのではないでしょうか。


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  先進的な考えを持つ彼女達は、抑えつけられるような状態を良しとはしなかったと思います。必死にドリブルの練習を続ける子、恋の悩みに気もそぞろな子、親にも兄弟にも内緒で参加した子、戦うことがそのまま自己表現になっている子…それぞれの想いを抱えた勝ち気な少女達。誰かが笛を吹いたとしても、最初から足並みを揃えるなんて、とても無理だったかもしれません。けれど、試合が決まれば話は別。だってやっと勝ち取った「試合する権利」です。それぞれの悩みをひととき忘れ、自分自身のプライドとアイデンティティをかけて「敵チームに勝つ」という共通の目的の下に集まり、それぞれに割り当てられた役割を果たさねばなりません。

  参加した目的はそれぞれ異なるかもしれない。それに最初から上手な子
もいれば、どんなに練習しても上手くいかない子もいます。そうでなくても少ないメンバーです。技量の差が歴然としていても、チームに期待することが全然違っていても、カバーしあって共に働く必要があります。その過程では沢山の問題が起きてくるでしょう。『あの子は自分が目立つことばかり考えている』とか『せっかく頑張ってるのに足を引っ張らないで!』とか。。 未熟さからくる口論や喧嘩、葛藤。そんなときの少女達は、ひとりひとりが自分だけの「子羊」を抱きしめて地団駄をふみながらイヤイヤする子供なのかもしれません。今抱きしめている子羊が本当は何なのかもまったく知らないままに...。


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  外部(親・周囲・世間や社会)から押し付けられた「純白のレディ」という衣装を脱ぎ捨て、自分の体で、自分の力と技で、自分だけのアイデンティティをつかみ取りたいと願う……これは日々を生きるわたし達の姿でもあります。それと同時にわたし達は、チームとして、集団や集合体の一部として、競合社会の中でそれぞれの役割や責任を果たすことも求められます。これもまた、何かに属すことによって得られるアイデンティティや身分であり、わたし達はそれに支えられることによって、自分という存在を護り育てる基盤を得てもいるからです。それはわたし達のほとんどが普段は気付くこともない「特権」なのかもしれません。

想いや期待や意見の違い、力の格差を乗り越えてひとつにまとまること。そして「敵」― 試練や危機、災難とせいいっぱい戦い、耐えて打ち勝つこと。あるいはチームの一員として黒でも白でもなく渾然一体となり、その中でひたすら自分の本質を出し切ること。白いドレスを脱ぎ捨てて、少女達は元気はつらつ!... けれどまだまだ未熟な彼女達を導くコーチはきっと大変だったのではないでしょうか。コーチは無垢なこころを持つ少女達のひとりひとりを、自分自身の人生経験に照らして判断し、導こうとします。おそらくその方法論は、子羊や子供の無垢さとは異なる、彼/彼女自身が紡ぎ上げた個人的・社会的・文化的な世界観で成り立っていたでしょう。ではもしそれが、度重なる苦い体験の印象から「こうでなければならない」と堅苦しく凝り固まっていたら? 当時の米国で大学教育まで受けられた「上流女性」達の “文化的特権” や、格差への不公平感で歪められていたとしたら...?


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  ...最善と最悪が極小の粒子となって、ふうわりと優しい混沌の霧を創り出す魚座。...極大と極小、見る者と見られる者がひとつの存在として重なり合い、解釈の違いによってどうにでもなる “シュレディンガーの小箱” みたいな魚座。 そんな魚座の行程を2/3ほど過ぎた最終ディーカンで起きるこの満月。ここで浮き彫りにされる二つの道 ― 光景は、そのときどきで下すわたし達の判断が、大きくも小さくも、それまで自分達が目にし、耳にしてきた物事から紡ぎ出された「印象」の集積に過ぎないことをさりげなく気付かせてくれる気もします。

みんながこころを開いて互いを受け入れ智恵を出し合えば、それは大きな経験として共有していけるかもしれない。これは社会的な理想です。でも、わたし達ひとりひとりの経験は、広大な世界から見ればとても狭くプライベートなもの。だからもし本当の意味で共有出来るものがあるとすれば、それは個としての経験や記憶の後ろに茫漠と拡がる漆黒の闇だけかもしれない。生と死が入り混じり、生きとし生けるもの達の夢がまどろむ深く豊かな存在の闇。そしてそれが何なのかを本当に識っている存在は、もしかしたら...ことばを知らぬ小さな子羊だけ。 わたし達は自分が抱きしめている子羊を通してその深く豊かな闇を互いに覗き込み、ただ受け入れていくことが出来るでしょうか?


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満月のメイン・シンボル:魚座22°
『シナイ山から新たな “法” を持って下りる男』


        さて次に満月のエネルギーが向かう先は、メインのシンボル『シナイ山から新たな “法” を持って下りる男』です。これには旧約聖書の「出エジプト記」に出てくる有名なモーセと、神が彼に託したといわれる「律法」のイメージが濃厚に重なります。このシンボルはモーセの話と密接に繋がるものなので、そのお話から始めてみますね(とは言ってもわたしも詳しいわけではないので、もしも間違いなどありまたらご指摘ください)。

        モーセは120才まで生きたと言われています。彼の人生は前のシンボルと共通する「数の要素」を持っています。つまり、三つの時期に分かれているんです。そして、そのうち最初の40年はエジプトのハトシェプスト王女の庇護のもとで育てられ、安楽に過ごしました。当時エジプトではイスラエルの民は奴隷化され、迫害されていました。そんな中でも彼の場合は殺されそうなところを奇蹟的に助けられるなど、とても幸運な巡り合わせで生き延びていました。ところがある日、彼はイスラエルびとを打ち据えていたエジプト人を怒りにまかせて殺してしまったのだそうです。そこから、彼の失意と逃亡の40年が始まります。


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 シナイ山麓 聖カタリナ修道院


  その後、彼は遠い砂漠の地でひとりの羊飼いとしてひっそりと暮らし、結婚もして、腰を落ち着けて時が過ぎました。ある日、タベラと呼ばれる地を通ったモーセは、燃えても燃えても燃え尽きない枯れ柴を見て不思議に思い、近寄りました。すると神の声が聞こえてきて、彼ら民族の神である「ヤハウェ」であると名乗ったのだそうです。そして、虐げられて苦しむイスラエルの民をエジプトから脱出させよと命じられました。その時、神は彼に『ここには土足では入れない、靴を脱げ』と告げました。その言葉は彼に「人生の全てを捨ててかかれ」という暗示でした。 

  ここでモーセがすぐさまその通りに出来たかと言えば、そんなことはありませんでした。全てを捨ててまで自分が属する民族を救うなんて大それたことを、何故自分がしなければならないのか? せっかくここまで生き延びてきたのに...と迷いに迷い、何度神に促されてもなかなか腰を上げられなかったそうです。その意味では、彼は人生の2/3を「普通のひと」として生きたのかもしれません。

  けれどやがて、彼は神の声に従ってエジプトに戻り、ファラオにイスラエルの民を脱出させる交渉をすることになります。彼の最後の40年です。神の助けもあって運良くエジプトを離れられても、大勢の民を連れて旅することは当然ながら苦難の連続でした。ファラオの軍勢に追われて食べ物や水にも事欠き、やがては『これならエジプトにいた方が良かったじゃないか! 上手いこと言いやがって、騙された!』なんて不平不満をもらしてモーセを非難する人々が出て、かなり不穏な雰囲気にもなります(これは国のリーダーや政治家と大衆、プロジェクトのリーダーと下部のひとびととの関わりで今も世界中で見られる光景かもしれません)。


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  けれどその都度「神の奇蹟」を顕したモーセは、すでにベールで顔を隠さないと輝く光でまともに見ることも出来ないとされたほどの宗教的英雄になっていたと伝えられます。やがて旅の一団がシナイ山のふもとに辿り着いたとき、神が山の上に顕れ、モーセを招きました。山上に登った彼は、そこで神から十戒を授かり、ひとり下りてきました。そしてこの時「イスラエルびと」と「神」との「契約」が成立したのだそうです。

  その後も「神の民」の歴史は長く続いてきました。それは建国の闘いの歴史でした。ユダヤ教からはキリスト教が生まれ、またイスラム教も源は同じでした。けれど今も、それぞれに宗教的、政治的、それに経済の問題も複雑に絡んで闘争を孕み、世界をゆるがす問題の根源ともなって尽きることがありません。イスラエル/パレスチナ問題、そして最近は特に米国急進左派層にも拡がる親イスラム&反イスラエル主義とユダヤ人差別。またユダヤ/シオニスト絡みの陰謀論も絶えることがありません。一方、キリスト教の最高権威として長く世界に君臨してきたバチカンの威光も度重なるスキャンダルによって衰えを隠せない今、至高であるはずの神に関しても、ひとびとの周囲は濃霧に覆われているように見えます。地球規模で見ても、いったい何が真実で何がウソなのか、 “適正” なグレーゾーンはどこなのかさえもわからないような状況だと言えるかもしれません。


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  至高で純粋な力であるはずの「神」という存在。けれど、もし神が存在したとしても、その力が生身の人間に託され、それが聖化されて権威となり、ひとびとによって都合良く解釈され始めたとき。そこにはまた別の、とても “人間的な” 「魔の力」が入りこむのだと思います。

わたし達人間はこの長い闘いの歴史を終わらせることが出来るでしょうか? 長く水面下に隠されてきた過去は、これからも次々と浮上してきます。社会的にも、個の経験としても。現ローマ法王を決めたコンクラーベは、ちょうどこの度数で新月が起きたときに開かれました。キリスト教社会に大きな影響力を持つバチカンの指導者方は、この宇宙からの挑戦を知っていたでしょうか?

        このシンボルには、ごく普通の人間でしかないわたし達が、ある機会を得て「力」を持ったとき、または身近にそれを感じたとき、その「力」と「特権」をどう扱うのか?という問いかけが含まれています。それは、わたし達それぞれの中に住む、純粋で真っ白な子羊をどう育てていけるのか? 純粋な “Calling”(自分自身を存在たらしめている「核」から微かに響いてくる「声」または「音」)にどう応えるのか? という問いでもあります。

旧約聖書やモーセの物語、そして宗教絡みの闘争という問題は、世界規模のスケールで展開していきます。けれど、その話の中に潜む本質は、実はわたし達の日常にも姿形を変えて常に起きていることではないでしょうか? 
 

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  ここで「力」とされているものが、民族や国を救う力でも、職場のゴタゴタをまとめる力でも、パートナーや家族との絆を確かなものにする力でも、またはSNSや動画サイト、ブログで自分の意見や気持ちを発信する力だったとしても。 その力によって本当に大切なものを護り生かしていこうとすれば、そこには常に大きな忍耐と、ある種の犠牲がつきまといます。けれどその覚悟を持たないとき、責任を負いたくないとき、わたし達は自分を安全な場所に置いてひとを動かそうとします。そして気に入らなければ批判し、不平不満をもらします。

そこに在るとき、ひとは自分が「犠牲者」であることさえも、他者より優位に立つための盾とすることが出来ます。そしてそんな盾と盾の隙間から、内部に溜まった澱を世界に向かって吐き出すことも出来ます。けれどそれは、見知らぬひとびとの中に新たな怒り、妬み、恨みを呼び、力と力のぶつかりあいを生み出していくでしょう。あるときは派手に、あるときは密やかに。互いに自分の、自分達だけの、力や正当性や特権を護ろうとして…。これは日々、ネットやメディアで、あるいは日常の暮らしの中にもよく見られる光景です。そこに勝者はひとりもいない、そんな闘い。そしてその闘いのさ中で真っ先に傷付き喪われていくのは、小さな白い子羊の姿、わたし達の内なる霊性の種子なのかもしれません。


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満月に光を放射する太陽のメイン・シンボル:乙女座22°
『王室の紋章』


  では月に光を与える太陽のメイン・シンボルを見てみましょう。『王室の紋章』。この月と太陽・表裏二組のシンボルをよく見ていくと、この乙女座のシンボルはひとつの物事を地上的・社会的な視線で捉えているのに対し、魚座のシンボルは同じことを天上的・霊的、または宗教的な側面から捉えているように思えます。

        『王室の紋章』( “王家の紋章” でも良いのですが)。これは連綿と受け継がれてきた伝統の重さ、積み上げられた地位や血統、そしてそれらがもたらす特権を表すものです。そして、国家やそこに居住する人々を先導する役割を担っていること(担ってきたこと)を意味しています。今は王家による直接的な統治制度を廃した国が多いけれど、それでもこの紋章を受け継いだ人々は、友好国である限り世界のどこに行ってもその国が持つ最高権威の継承者(または象徴)として最大の敬意を持って扱われます。


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        この「紋章」はその昔、深い森や荒れ地、険しい山、見渡すかぎりの敵陣の中で郎党を率い、道なき道を切り拓いた人々の血脈の証しです。多くの血を流しながらも、人々の安住の礎を築いた先祖達の偉業の印ともされるものです。その偉業を果たすには、絶大な権力を持つことが必要でした(戦乱の時代にもし合議制を敷いていたら一丸となった闘いなど出来ないし、奇襲に即応することも出来なかったでしょう)。 王のことばは即ち「法」であり「輝き」でした。また『王室の紋章』は戦いの中で絶対に譲ってはならない一線、護るべき誇りをも意味します。騎士達は自らが仕える王家(国家)の旗印をかかげ、その紋章に託された集団の命運のためにいのちと名誉を懸けて一騎打ちを行いました。もしかしたら近代の戦争でも、たとえば戦闘機のパイロット達の心理には似たような側面があったかもしれません。現代でも勇壮な国歌や軍歌にその片鱗が色濃く見られる国は沢山ありますね。

       さて、魚座22°の月は「神」から「力」を負託され、乙女座22°の太陽は「ひとびと」から「力」を負託される。。 この二つのシンボルに共通して浮かぶのは「選ばれし者」のイメージです。そして「法」と、それを施行するための「権力」でしょうか。善と悪とが混沌と入り混じる人間社会では、人々が一団となってまとまりながら平穏に生きていくために「法」が必要になります。そしてその下に守るべき「規則」や「規範」そして文化的・局所的な「社会常識」が出来てきます。


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  また、特権階級である王や貴族の生涯にもモーセの生涯にも「ノブレス・オブリージュ」として知られる、選ばれし者が負う重い責任がついて回ります。それは「統率者に権力を負託した者達(国民や大衆、または神なる存在)に対する義務」。命を差し出すことを暗黙の了解とした「契約」でした。これもまた「法」です。おそらく究極の「法」とは、この世の境界を超えた先に存在するはずの「聖なる意志」を源泉とするものだったのかもしれません。

  一方、独裁的王権を持たなくなったわたし達の時代はどうでしょう? 世の中を見渡すと、沢山の「法」や「ルール」に溢れています。そして皆が口々に『これが正しい』『いやそれはおかしい。完全に間違ってる!』『いやこっちこそが正しい。 そんなことも理解出来ないなんて頭が悪い証拠だ!』などと、国境を越えて罵り合ったりしています。

それぞれがより良いと信じる「法」をかかげて自らのアイデンティティとし、あちこちに様々な主義主張が溢れるさまは、まるで意識の世界で永遠の戦いが始まっているかのよう...。昔なら、イデオロギーを広めるためのツールは活字やダイレクトな集会や対人関係、あるいはせいぜい拡声器くらいだったかもしれないけれど、今はネットの世界で誰もが自分の「意見」自分の「法」を発信するようになりました。そしてカーディナル・クライマックスから昨今の木星・海王星の下、それぞれの多様な文脈を、より発信力を持つ著名人やメディアが汲み上げてさらに誇張(木星)と欺瞞、誤読、誤解(海王星)を混在させながら拡散するというシステムが成立してしまったように見受けられます。そんな中では以前メリマンさんが書いていたように「信じられるものなど何ひとつない」ということだけが真実なのかもしれません。


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  こんなときは、なおさら統率者が「ノブレス・オブリージュ」を果たす姿を示すことが重要になりそうです。けれど、もし彼らが責務を果たしていたとしても、今、便利に見えながら複雑になってしまった社会の中で、それを明確に、しかも信頼に足るかたちを通して示すのはかえって困難かもしれません。加速していく世界の中で、わたし達は1秒でも早く結果を知りたがります。そしてチラリと見てはすぐに忘れていきます。そんな現代社会で『王室の紋章』はどんな輝きを放てるでしょうか? リアルと幻影の区別が曖昧な今、声高なパフォーマンスや受けの良いレトリックが主流になれば、その反動は暴力という形をとって顕現するかもしれません。その兆しは比較的平穏に見えた世界においても見え始めています。...そういえば、1950年〜1960年台にテレビが普及して以来、電気や電磁気、電波や電子を介したメディアがひとびとの認知の道筋を全く別物に変化させるだろうと、当時のメディア理論家/文明評論家のマーシャル・マクルーハンは50年以上前に予測していました。そして、その流れは今も留まるところを知らない勢いで進化しつつあるようです(あ、話が横道に逸れてるかな…😓)

  うーん...じゃ、この満月はわたし達にとって何を象徴しているんだろう? 自分自身にとって絶対の「法」、消えることのない紋章の「重さ」や「輝き」って何だろう? そして「譲れない一線」や「力」とは何を指すのだろう? 宗教者ならすぐに答は出るのかもしれません。また、道を求めて歩むひとも「これだ!」と感じられる何かをこころの内に持っているかもしれません。確固とした政治的信条や「こうあるべき何か」を明確に描いているひともいるでしょう。けれど漠然とした不満を抱えながら、これまで培ってきた自分の世界観を護るために使える目新しい「法」を盾とし、その隙間から人生の不満や鬱屈した想いを槍のように突き出しているひともいるかもしれません。まるで『こんな世界に誰がした!』とでもいうように...。けれどそんなひとのこころの奥底にも、まだ純白の子羊はきっと生きているのではないでしょうか。そして、見出され、抱きしめられるそのときを、じっと待っているのかもしれません。


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  何か本当に大切なもの。ずっと護っていかなくちゃいけないもの。絶対に妥協出来ない物事… わたし達はそれぞれにそんな「とても大切なもの」を、漠然とでも抱えて生きているような気がします。たとえそれが「ことば」で表現し得ないものであったとしても。でも『何もないよ、大切なものなんて。その日その日をただ生き暮らしてるだけ。どうでもいい』とか『ただ虚無を見ているだけ…』なんてひともいるかな。ならばその「虚無」や「どうでもいい」状態こそが、今 自分の内部で真正面から対峙すべき大切なものなのかもしれません。そんなタイミングに来ているかもしれません。「自分なりの安全神話」が崩壊し、それを書き換えるとき。そして、これからはきっと、それを生きてみるとき。

       こうしてみると、今回の魚座の新月の度数は両方とも、いかにも魚座らしい「挑戦」を提示しているように思えます。そして、魚座のミルク色の霧の中には途方も無い激しさが隠れ潜んでいることを暗示しているのだとも。

魚座ってもともと、究極の理想や慈愛、平和を希求する星座宮です。でもわたし達がその境地を現実に手にするには、いくつかの関門を通り抜けていかなくてはなりません。それを避けて通れば、手に入るのははかない夢や幻想、そして意識の海底に横たわるかすかな罪悪感と、永遠に逃避し続ける自我の深い眠りです。


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  海王星とBMリリスが近くに控えるこの満月の前後で、わたし達は身近な対人関係や集団、いえ、もしかしたら自分自身の中にも、ある種の狡猾さや無責任さを見て怒りや嫌悪を感じることになるかもしれません。または本当に虚無や孤独を感じて身動きが取れず、うずくまるひとがいるかもしれません。なぜなら今、満月のロード土星は月のSノードとコンジャンクトし、そこに小惑星アグニ(焼き尽くす霊の火)とヴェスタ(燃え続ける霊の火)からクァドリフォームが形成されているから。これは「トールのハンマー」または「神拳」と呼ばれるグループアスペクトで、頂点となる惑星に強烈なフォーカスを当ててきます。今回はその拳を打ち込むのが、小惑星とはいえピンポイントで来ればじりじりと燃え立つ炎で対象を照らす「火」の星達です。なので感受性の強いひと、ネイタルで霊の火の要素が強いひとなら、何かを感じ取るかもしれません。

また、今回は牡羊座のエリスに対しても、オルクスとジュノー、そしてセレスからクァドリフォームが形成されています。エリスの原型には、加速する世界の中で断片化し、継ぎはぎと穴だらけになってしまった「自分」をあちこち探し回って次々と不和を創り出しながら、その中で自分を確かめようとする働きがあります。そんなエリスに焦点を当てるオルクスとジュノーの働きを放っておくと、やたらに誰かを批判したり喧嘩をふっかけたいような気分にさせられるかもしれません。

でも、このフォーメーションをもう一歩踏み込んで受けとめるなら、オルクスが「理解を深めて相手に通じることばを発するために、目の前の問題を熟考する必要があること」を示唆し、そしてセレスは「実りある対人関係のためには互いの着地点を探る必要があること」と囁いているのがわかるかもしれません。ただし、それは事なかれ主義や周囲の期待をくみ取って迎合することではありません。エリスは不和の星という要素を持ちながらも、「互いに分かち合うことで得られる深い満足感を探求する」という位置に在ります。事実は事実として明確にねばり強く伝えていくことも必要。鍵となるのは社交辞令でもスマートさでもなく、目前のリアリティに対し真摯に取り組む姿勢。その結果としてそこから何が得られるか?  たとえそれが思わぬ道筋だったとしても、オルクスが漕ぐ冥界の渡し船に乗る勇気を持つなら、少なくとも悔いはなさそう。このアスペクトがヒットするひとには、たぶんこれがヒントになるかも? だから、もし上に書いたような経験をしたとしても、自分も、誰のことも、責めないでください。このシンボルには、身を焼く火の壁を突破するための「門」もまた暗示されているのだから。


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  シナイ山から下りてきた男は、自分にとっての「神」なるもの、つまり「純粋で至高なる存在」の下で、履き物を脱ぎ捨てました。その時彼は自分の人生の全てを、とても大切な何かに託す覚悟を持ったのだと思います。そしてその時から、それが「自分の意志」=「力」となり、また同時に「それ以外の全て」ともなりました。これを「今見知っている “自分” 以外の全て」…って、言い換えてもいいのかな。 

これは真っ白な子羊を通して預託された力であり、究極の問いです。『見る覚悟はあるかい? それを負う覚悟はあるかい?』って...。大きな覚悟、そして小さな小さな、ささやかな覚悟。ひとによっては「覚悟」なんてことばでは表現出来ない、もしかしたら意識さえ出来ないほど微細でありながら、それでいて強靱な何かへの意志かもしれないけれど。

今は見る影も無くなってしまったように思える『王室の紋章』。けれど、わたし達の内界を統べているのは他ならぬ「わたし自身」です。それは、誰? 自分という存在を率いる「王」は、誰? 「紋章」はたぶん、ひとりひとりの中に刻まれてる。だからわたし達は、自分に対して「ノブレス・オブリージュ」を果たしていく。自分自身の生に対して。それはきっと、まだ見ぬ「白い子羊」なのかもしれない...。


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  本当に色とりどりのわたし達。でも。きっと、満月の下に抱くそれぞれの小さな想いこそが、今 感じるべき大切な「法」への一歩、小さな結実なのかもしれません。

  これから先のルネーションにも、新たに創造的ともいえる挑戦のテーマがどんどん出て来ます。そろそろセットアップも佳境に入るころ。けれど、だからこそ。無理に力を入れることなく、一番シンプルな自分に立ち戻ってみて。深く、深く。頭もこころもその瞬間まっ白にして、ひと呼吸いれて。

で、『何だろう?これ』って。実は「法」には何も書いてなかったりして。そして本当は今、それが一番大切なことだったりするのかも...?😊



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have a great trek!!!★
hiyoka(^_^

hiyoka_blue at 20:36|PermalinkComments(2)

August 29, 2019

🌑8/30の新月―みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)

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    新月は前回からの課題を経て、次の新月までの約1ヶ月をかけて取り組む新しいテーマが開示される時。 そしてこれは生まれた星座に関係なく、地球に生きるわたし達みんなに平等に降り注ぐエネルギーです。わたし達はこのエネルギーを使って日々、自分なりに考え行動していきます。その現れはひとの数だけ様々ですが、やがてはお互いに影響しあいながら、社会・国・世界の潮流を作っていきます。これは言い換えると、わたし達を取り囲む「空間の雰囲気」です。星読みの世界から見れば、誰もがその中で生き、そのテーマに呼応して・・(素直になったり、反抗したり、無視したりしながら・・)自分なりの人生を創造していると言えます。 その意味でも、刻々と変容していく惑星エネルギーの流れをおおまかに知っておくことは、きっと何かの役に立つのではないでしょうか。
    例えば... シンボルの光景やキーワードを覚えておくだけでも、何かに迷った時の指針になるはず。ではでは今月も行ってみます!(^_-)
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★新月タイムスケジュール★
願い事やアファメーション、ヒーリング・メディテーションなどしたい方は、もし可能ならこの時間帯に合わせてみてください。エネルギーの高まりを感じとれると思います。(^_^)

【地方平均太陽時: ソーラータイム(LMT) 】
東京・関東ローカルで  8月30日19:56前後、北海道周辺で 20:02前後、関西方面(日本標準時ならこの時間)は19:37頃、沖縄周辺では 19:07前後に乙女座 06°46’ で新月となります。

前回の新月のテーマについてはココ、満月についてはココをご覧ください。

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サビアン・シンボルによる【 新月がもたらすテーマと挑戦 】
*ここではデーン・ルージャー(ルディアー)版やマーク・エドモンド・ジョーンズ版の解釈ではなく、透視家エルシィ・ウィーラーの伝えた象徴の言葉をそのまま書き写した「オリジナル版サビアン・シンボル」を使ったブレイン・ボヴィの解釈を参考にし、アスペクトを加味して読んでいます。
*テーマはひとつの意識の流れを表したものです。この流れは順不同に現れたり循環したり、ひとつだけ突出して感じられる場合もあります。また、解釈の内容はその時々のアスペクトを意識しながら抽出しています。


【月・太陽♍️乙女座6°~7°― 発効期:8/30~9/28 】
🌑🌞”A merry-go-round”
   『メリーゴーラウンド』
            
🌑🌞”A harem”
   『ハーレム』

【テーマがもたらす雰囲気と挑戦(順不同)~9月28日】
ひとによっては数日前から前倒しで感じられると思います。
新月から満月を経て次の新月まで共振し続けるキーワードを抽出しています。

→★人生で味わう山や谷を巡りめぐるサイクルの一環として眺めてみる
→★社会的なシステムの中で自分のポジションや
    しがらみを保とうとするこころのメカニズムに気付く必要
→★一度踏み出したら後戻りは出来ない状況を前にこころを決める
→★人生を社会的な力を強化するための螺旋階段と見るか...
     または流れの外に出て行き交う全てを幻のように眺める
→★気ままな旅を選ぶか目標に向かって進む航路を選ぶかという選択
→★決まり切った安定路線を外れ、欠乏感を満たすために脇道に逸れる
→★現状から抜け出し他者より高みに昇るために特定の集団に加わる
→★必要な利益を得るために自分自身の一部を犠牲にする状況
→★自分の欲望を誰かに投影しその成功や美を歓ぶ、または失敗に落胆し怒る
→★危機を怖れ快適さと安全を願ってひたすら閉じこもりたくなる気持ち
→★自分なりの「緊張」と「弛緩」のリズムを知って活用する
→★外の世界を知らないための偏狭さや「島国根性」的な世界観に注意
→★安全圏に避難する時と
    あえて勇気をふるい打って出るべきタイミングを見分ける
→★「タブー」や「禁断」とされる人生領域へと安易に誘う声に注意
→★危うい物事を「目撃した」または「知っている」と吹聴する行為
→★全体への責任を負わずに保護や特権を当然と感じる傾向とそれへの逆風
→★「平等」や「公平性」ということばの裏にひそむ矛盾を見ていく
→★自らの分を知ってたとえ窮屈でも現状を維持し向上を目指すか
            タブーとされる荒野の冒険に出るかの選択・・・→

魚座21°台の満月へと続く


★エネルギーのポイント:
 前回の新月『制御不能な世界を自己制御によって渡る訓練』
             
 今回の新月『自分自身の安全神話を書き換える』
                   
            
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  猛暑の8月ももう終わり、明後日からは9月。陽の落ちた木立からは虫の音が聞こえ始めました。いつもならホッと息をつく気分なのだけど。世界/社会では毎日のように物事が新たな展開を見せ、あるいは加速的に進行していて、あぁやはりセットアップの年なんだな… と感じます。


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  そういえば、カーディナル・クライマックスのただ中にあった5年前の秋、このブログにこんなことを書きました。

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…カーディナル・クライマックスが始まって以来、沢山のことが起き、今も様々な波が生まれては寄せています。世界は音を立てて変化しつつあるし、惑星達を見る限り、これは動きがおさまれば元に戻るというような変化ではなさそう。人間も、社会も、大地も。『この世でただ一つ、変わらないのは変化するということだけ…』メリマンさんはだいぶ以前のコラムでカーディナル・クライマックスを評し、こう言っていました。これを本当の意味で体感する5年という月日はもう始まっています(そしてその後に続く4年間の試行期に繋がる道も…)。周囲の状況や出来事が、そしてわたし達自身の内面までもが日々 "変わってしまうこと" を、わたし達はごく普通の日常だと感じ始め、受け入れていくようになるでしょうか?

きっと「良いこと」も起きれば「悪いこと」も起きる。個人的にも、社会的にも。もちろん、これまでもそうでした。けれど今までと決定的に異なるのは、カーディナル・クライマックスの惑星配置を背景として、そこに「根こそぎ」感覚が潜んでいることです。

そのせいもあって、敏感な感受性を持つひと達は、言葉に出来ない大きな不安を感じるのではないかと思います。言葉に出来ない不安。それをわたし達は必死に説明しようとします。『きっと○○がXXだから不安なんだ…それさえ何とかなれば…』 そのひとの信条や人生経験によって、いろんなバージョンの理屈づけが出来るでしょう。けれど、こうした合理化によってこころが本当に休まるかどうかはわかりません。なぜなら、星々がわたし達に示唆しているのは 『解など無い』 という場所からもう一度出発し直すことだから。

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  天王星・冥王星スクエアというカーディナル・クライマックスの中心部が終わり、セットアップの年とされる2019年も2/3が終わろうとしている今。わたし達はすでに物事のとてつもないテンポアップと複雑化に慣れてしまい、それをごく普通の日常として無意識に受け入れているようにも思えます。 それとも、そこはかとない不安が背中に貼り付いたように感じながらも、変わらぬ人生の機微に一喜一憂しながらそれぞれの人生を生きているのかな? 昨日があり、今日があり、そして明日がやってくる。大抵のひとにとってそれは変わらないとしても。わたし達が立つ大地と空間はじわじわと、でも本当に根こそぎシフトしてきたと思うし、これからもそれは続くでしょう。


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  前々回のメリマン・コラムでは、来年起きる土星と木星のコンジャンクション=地性星座宮から風性星座宮へと移りゆく長期の文明シフト「グレート・ミューテーション」について触れられていましたね。けれどこうした文明シフト(人間精神のシフト)は、誰かや何かの力によって一方的に変えられるわけじゃない。宙にひしめく無数の星々のネットワークから放射されるフォースを使い(またはそれとともに踊って)、わたし達ひとりひとりが自分の人生を創りあげていく、その行為の集積が膨大な流れとなり、歴史を創っていくのです。

あ、冒頭からなぜこんな話をするのかというと、今回の月がちょうど近地点に在泊する強力なスーパームーンだから(満月と違って目には見えないけれど)。また今回は前回の金星に代わって新月図のロードとなる火星が月、太陽にコンジャンクト、他に金星、水星、ジュノーも揃って獅子座から乙女座に移行し、乙女座のナチュラルハウスである6室に入ることなどを考えると、この新月がまた新たなシフト・ポイント(またはスイッチ)になるひとがいるんじゃないかな?と思ったからです。 世界という巨大装置の歯車が回る、カチリという音。それに呼応するかのように、こころの内側深くで何かが微かに ピンッ と鳴る。...それはそんな感じで起きるのかもしれません。その音は微かかもしれない。けれど、その余韻は体内に長く響き続けるのではないでしょうか。


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  とはいえ、今回の新月が起きるのは現実派で細部の整合性にこだわるとされる乙女座の第1ディーカン。テーマもかなり社会的な意味を帯びてきそう。ならもしかして、この新月がなんらかの形でネイタルに触れるひとは、社会的な意味での選択を通して新しい一歩を踏み出すのでしょうか? 騒がしく忙しい世の中にあって先行きの見えにくい今、もう一度足許を見つめて。こころの平衡を保ち、今ここに。自分自身がどう在るのかを眺めてみる。行くのか? 留まるのか? うん、決めた。けど、ならばどうやって? 

乙女座の惑星群に相対するのは強力な魚座の海王星が放射し続ける幻の霧。そこには美しい夢もあれば、底知れない怖れや疑念もあります。それは何かが明確に形をとる前に一度溶け崩れていくような混沌。だから無意識を通してやってくる導きは、マインドで掴もうとすれば儚く消えていく。

それでも信頼していくしかない。けれど、いったい何を? 


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魚座の海王星

  1998年11月。海王星は行きつ戻りつの後、本格的に水瓶座の旅を始めました。そこは理性と知をもって『We are the world!』という理想を追求するリベラルな星座宮。そこで天王星とともに多様な世界を結ぶコンピュータ/インターネット・カルチャーを育んできた海王星は、わたし達がカーディナル・クライマックスのゲートをくぐった2012年2月、最終的に魚座入りを果たしました。そして、現在魚座17°台の中間地点を逆行しながら再び行きつ戻りつし、最終的に牡羊座入りする2026年1月まで、自ら支配する魚座に滞在します。この約14年にわたる強烈な魚座の海王星の下で、良くも悪くも日々こころにじわじわと浸潤してくるその力をダイレクトに感知するのはとても難しいと思います。

けれど広く世界を、社会を見渡して「最近なんだかなぁ...」と思うとき。あるいは「人間も捨てたもんじゃないな...」と感じるとき。または日常のさりげないやり取りの中で誰かの無償の優しさに触れてこころが癒やされたり、逆に「自分が(または誰かが)こんな目に遭うなんて許せない!」という情動に駆られるとき。そこにはきっと魚座の海王星がこっそりと...他人の顔をしながら忍び寄っているかもしれません(他の惑星とも連動しつつ)。


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  海王星に関連する主な徴候は、漠とした希望、優しさ、自己犠牲、えも言われぬ魅力、芸術、理想主義、宗教心、傷ついたひとびとに手を差し伸べる行為。逃避行動、言い訳、責任回避、被害者意識。そして形を持たない哀しみ。 あるいは社会(共産)主義、病院、慈善団体、内密の行動、隠蔽、噂話、混濁、錯乱、集中力の欠如、薬物やアルコール、支離滅裂さ、狂信性... etc.

天王星・海王星の水瓶座時代、風の知性をもって「あらゆる違いは乗り越えられる」とばかりに包括的な多様性を押し進めてきた世界。グローバルという夢。けれど魚座の海王星の下ではそんなふうに表層を整えた世界観に対する様々な反動が噴出しているように見えます。

魚座は水性、つまり「感情」が力を持つ領域です。また12星座宮の終着地点であり、スッキリと割り切ることなど出来ない言語化不可能な感情が無意識の層に堆積しながら溶け崩れていく領域でもあります。きっとだからこそ、魚座には人間としての最善から最悪までもが存在し、ときに幻となって噴き出すのではないでしょうか。ならばいくら理性で解決しようとしても、知力で制御しようとしても、人間って最後の最後には感情によってしか動かないと言えるのかもしれません。


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  たとえば米国を見ていると、コンピュータの黎明期を牽引してきた知的リベラル層がいまや目を覆いたくなるほど感情的な急進左派を生み出し、高邁な理想の下に意見の違うひとびとをファシストと名付けて断罪するような流れが目立ちます。反論には即座に傷ついて報復するし、話し合いの余地もないありさま。テックモンスターと呼ばれる巨大IT企業は平和の名の下におおっぴらに個人のプライバシーを覗き検閲を行い、大手メディアは良くて切り取り、ともすれば完全なフェイクニュースを流す(これ、本当に驚くことが沢山あります)。ジャーナリストはクリエイターと化し、思い入れをこめて報道という名の作品作りにいそしみ、性別や出自によって細分化したアイデンティティで断片化されたひとびとは、互いに深い疑心暗鬼に陥っているように見えます。それは同じ国の中で「カルチャー・ウォー」「コールド・シビルウォー」などと呼ばれる状況。これはたまたま米国の社会世相をあれこれと追っていて感じることではあるけれど。今、日本を含めて世界中が多かれ少なかれ似たような情動の渦の中にあるのではないでしょうか。

  そういえば前回の満月、水瓶座22°台のメイン・シンボルは『腰を下ろして両手足を振る大きな熊』でしたね。そしてテーマのポイントは『制御不能な世界を自己制御によって渡る訓練』でした。おそらく鍵となったのは水瓶座の持つ理性や知性だったはず。どうでしょう?上手く使えたでしょうか? で、今回は繊細だけどちょっと手強い乙女座の新月。向こう岸には、ひたひたと冷たい湿り気を帯びて輝く海王星。 理性では御しきれなかったこころのわだかまりを。漠とした不安を、胸に溜まった想いの澱を。魚座の水辺に映りこむ自分を、その自分を動かしている歯車の本体を... ゆっくりと覗き込むようなひと月の旅になるかもしれません。


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  ならば信頼していくしかない。でも、だから、いったい何を? 

  今、ここに在り、生きていることの絶対性を。そう... もしかしたらその原点まで降りてみること。そこには自分が知っていた強さや弱さなどはるかに超えた何かが ひっそりと、何にも惑わされることなくただ呼吸し続けているのかもしれないから.....

海王星が魚座を去り、牡羊座入りする2025年~2026年。世界は再び真新しいアイデンティティを探り求めて激しく動き始めるでしょう。そこからしばらくはおそらく「風」と「火」の時代になります。(土星と海王星が牡羊座入り、その後天王星が双子座入り、冥王星は水瓶座を運行)だから今、魚座の海王星がわたし達のこころに入り込み、人間の感情が持つどうしようもなさ、それがもたらす愚かさや哀しさ、そして幻の彼方にほの見える「美」や「希望」を見せるのなら... それを味わい尽くしてみるというのもまた、これからを生きるわたし達それぞれが選択してきたことなのだと思います。


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★8月新月のサビアン・シンボル★


新月のベースとなるシンボル:
乙女座6°『メリーゴーラウンド』

(補完、または対象的な位置付けとなるのは対向の魚座6°
 『正装した将校達のパレード』)


  今回もまた、数年前に満月を通して経験した度数です。けれど当時とはまた異なるニュアンスのテーマが強調されているようにも思えます。そのことをふまえながら、もう一度ふり返ってみますね。

  以前、こんな童謡みたいな詩?を書きました。

  回る 回る メリーゴーラウンド
  調子っぱずれな オルガンの調べ
  ぴかぴか光る イルミネーション

  乗るひと 見るひと 賑やかに
  上がって 下がって 下がって 上がる

  木馬は回る どこへも行かず
  ひたすら巡る メリーゴーラウンド♪


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  ここはきっと休日の遊園地。親子連れや恋人達、家族や友人同士、沢山のひと達で賑わっています。回転木馬に乗って手を振る子供達。その笑顔を微笑みながら写真に撮るひと。メリーゴーラウンドって本当に昔からある遊具です。それが今でも遊園地の主役のひとつとして生きていて、大人も子供も楽しんでいるって、凄いことかもしれません。ところでメリーゴーラウンドに音楽は付き物だけど、このシンボルが降ろされた1920年代のアメリカの遊園地ではどんな曲が奏でられていたのでしょう? 古い映画の中に見られるメリーゴーラウンドのBGMには、今聴くとどこか懐かしいような、もの悲しいようなイメージがあります。

これは1950年代の曲だけど、なんとなくこんな感じかな?



  曲に合わせて小さく揺れながら、スーッとせり上がってフーッと下がって。ゆっくりゆっくり、ぐるぐると回る木馬たち。

色とりどりの木馬にまたがった子供達は『このまま終わらないといいな。ずっとずっと、永遠に回りつづけたらいいのに..』なんて思うかもしれません。何故だかわからないけど、そこは別世界。上がれば、下がる。昇れば、降りる。まるで人生の浮き沈みのように、永遠に回りつづける別世界。けれど本当の人生とは違う。馬から振り落とされることもないし、そのまま空に向かって駆け出すこともない。たぶん、安全。そして、どこにも辿り着かない。それに本当は、全て機械で動いている世界。カタカタと、回りつづける歯車。

        人生では日々沢山の物事が起き、出逢いがあり、そしてあつれきがあります。わたし達は自分の力を証明しようとして、または相手を説得しようとして、思い通りに生きたくて、日々頑張っています。様々なことばを用い、イメージを使い、怒って見せたり、優しい笑顔で自分をアピールしたり。ときにはじっと耐えたりして。その対象は他者とは限りません。他のひと達に背を向けて、自分の中で、自分に向かってそれをやることだってあります。これ以上傷つかないで済むために。あるいは自分を護るために。その結果として、きっちり片を付けて(またはそう感じて)納得出来ればひとときの安らぎを得るし、状況に負ければ落ち込んで堂々巡り。これはちょっともの悲しいメリーゴーラウンド。この新月の下では、自己批判や他者批判、落ち込みや昂揚感の回転木馬に乗って、上がったり下がったりしながらぐるぐると回り続けるひとが出てくるかもしれません。うん。それもまた、人生。でも...


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  この度数に対向する魚座6°のシンボルは『正装した将校達のパレード』です。本当に対象的ですね。それに、魚座というよりこちらのほうが乙女座で、メリーゴーラウンドのほうが魚座に似つかわしいような気もするけれど?

パレードする将校達はおそらく儀礼装と言われる最高位の制服に身を包んでいるのでしょう。もしかしたら、士官学校の祝賀行進かな? それとも記念日や国賓を迎えての軍事パレードかもしれません。自衛隊観閲式の映像を見たことのあるひとなら、およその雰囲気は掴めるのではないでしょうか。彼らの行進には儀仗兵のドリルに近い厳密さがあります。号令に合わせた機械的なその動き、無表情かつ精悍な顔つき。制服が象徴するエリートっぽさ、責任感、そして強靱な意志力と勇敢さ。ぴたりと同じ方向を見つめる厳しい視線は国威と勇猛な武力のアピールです。これ、ひとりでもしくじって調子を狂わせたらきっと大変。何故ってきらびやかな将校達のパレードが真に目的とするのは、『この軍隊とはけっして戦いたくない....』と見る者に思わせるだけの武力とともに、その武力を担う者達の一歩も退かない決意の固さや意志力を、将来敵となるかもしれないひとびとに誇示することだから。つまりこれは「間接的防衛活動」の一環であり、血みどろの戦争に至る前に持てる力を美にまで昇華させて脅威とし、同時に自国のひとびとに誇りを与える — そんなイメージの戦いでもあるのだそうです。だから将校達は、一糸乱れぬ行進を見せながらも何処かに辿り着こうとしているわけじゃない。ただぐるっと広場を巡りめぐってみせながら、イメージVSイメージの戦闘を続けているんですね。


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  けれど考えてみれば制服は、一種の鋳型とも言えます。社会の中で、わたし達はいつの間にか色とりどりの制服を身に纏います。アイデンティティ、主義主張、どこに生まれ、どこに住みどんな仕事をして暮らしているか。学歴は? 収入は? 認知度は? 意識的にも無意識下でも、わたし達は様々な制服を着込み、それらしくふるまおうとしているのではないでしょうか? 社会人という制服。自由人(ノマドとかかな?)という制服。大人、子供、高齢者、若者、強いひと、弱いひと、マジョリティにマイノリティ、意識高い制服にロウワーな制服。夫や妻。男、女、どちらでもないひと、どっちでもあるひと、異端に鬼畜にハンパ者、宇宙人やら地球市民……もう、数限りない制服。着る制服、着せられる制服。脱いでみせるための制服。そしてまた、同じ制服の中にも自動的に生成される、上下格差をデザインした制服やバッジ。 その究極は「わたし」という一張羅の制服。どこまでもセルフィーをまとって自分の世界を回り続けるわたし達。もしかして、世界という名の遊園地には巨大な鏡の迷路があって、そこに「人生」という名のメリーゴーラウンドが設置されているのかな...?


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  何処にもたどり着かないメリーゴーラウンド。ときには昇り、ときには落ち込む、それは楽しくもあり、哀しくもある円環路。それが良いとか悪いとかじゃない。ただ、きっと今。わたし達は今着ている制服に似合った木馬に乗って、何処かを巡りめぐってる。じゃその制服、またはこころの鋳型を創り上げ、ぐるぐると同じところを回り続ける内的メカニズムっていったい何だろう? 何がわたし達をそうさせるんだろう? 木馬にペンキで描かれた何も見てはいない目。凜々しい将校達の、一切の感情を消し去った目。それぞれの制服を身にまとうことは、たぶんとても安全で、護られることでもあるのだと思う。でも、もうそのままではこの先何処にもたどり着けないとしたら…?

今、もしかしたら... これまで「わたし」を動かしてきたメカニズムにヨレが生じ、ガタついてきてるひとがいるんじゃないかな? もしそうなら、この新月期には『そろそろリニューアルの時期が来たよ!』という呼び声が聞こえるかもしれません(時にはそれが、ちょっと痛い思いをともなうものであったとしても)。

これから先しばらくの間。濃く垂れ込めた雲の切れ目から、微かに聞こえる新しい調べに導かれて。何かことばにならない感覚に動かされて、声高らかに『選択した!』とも言えないほどの精妙さをまといながら。そっと一歩を踏み出すひとがいるのかもしれません。

  さぁ回転木馬は軸から放たれて、駆け出すだろうか? 将校達は新たな戦場へと旅立つのだろうか…?


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では、メインのシンボルにいってみましょう。
新月のメイン・シンボル:
乙女座7°『ハーレム』

(補完、または対象的な位置付けとなるのは対向の魚座7°
 『ゴツゴツした岩に横たわる十字架』)


  『ハーレム』。そしてその対向には『ゴツゴツした岩に横たわる十字架』。ここでも再び「安全」というキーワードが浮かび上がります。今の惑星配置からすると、これは「安全」や「護り」といくばくかの「特権(または不利益の解消)」を確保するために何かを犠牲にしつつ、それでも一方では全体の利益となるために何かしなければと感じて行動してみる…または行動への欲望が高まる...そんな感じのイメージかな。

ハーレムといえば、権力やお金を持つ人々によって部外者と会うことを禁じられ、囲われて暮らす複数の女性達が居住した領域...というのが代表的なイメージでしょうか(もともと「ハーレム」とはアラビア語で「禁断、禁じられたもの」を意味することばだそうです)。


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  ハーレムに「自由」はありません。外に出ることは出来ない… その代わり、不満さえ抱かなければ、大きな力によって護られているという安心感があります。外界での暮らしには付き物の、予想外の出来事や事故・事件に遭うこともないだろうし、暮らしの心配もありません。主にとっての自分の価値(魅力)が下がらないよう努めてさえいれば、きっと戦火からも護ってもらえるでしょう(内部では常に目に見えない競争が付きまとうのだとしても)。

  一般的に見て今のわたし達には考えられないことだけれど、昔の女性にとってそれはある種の特権でもあったようです。ハーレムに留まりその規範に従って生きている限り、食べ物や衣服に困ることは無いし、巷の規範にも縛られることなく贅沢に暮らすことも出来ました(実情はどうあれ、1920年代米国のハーレムのイメージはそうだったようです)。権力者と繋がっていれば、外界に残した家族の生活も保障されていたかもしれません。

そのときどきの、安心、そして安全。生きていく上ではとても大事な要素です。自然災害に襲われたり、何か大きな事件が起きたとき。日頃忘れがちな生きるためのサバイバルに直面するとき、わたし達はその大切さを思い出します。 だから自分の分を知って「安全地帯」に留まることもまた現実的な選択だし、そこに生きながら、時間をかけ、エネルギーを使って力と立場を築いていくことだって不可能ではありません。


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  ハーレムといえばとても特殊な環境に感じられるけど、その構造が象徴する現実を考えてみると、男性・女性に限らず今のわたし達だって「社会」や「国」という名のハーレムの住人だと考えることも出来ます。いくばくかの自由と安定を手に入れるために、妥協しながらも懸命に生活を支えているのだとしたら…。

けれど、世界という大きな括りの中では、個として絶対に譲れないギリギリのラインを保つためにあえて妥協しない、という選択をするひともいるでしょう。もう、それは頑固なまでに。もしそうなるとすれば、自分がその道を選んだように見えても、傍目にそう見えたとしても、本当は選択の余地が無いほど行き詰まった状態に来ていたのかもしれません。他に道は無い。いや本当は、最初から無かった。ならば残された道を行ってみるしかない。たとえそれが危険に満ちた迷いの道だったとしても。禁断の道だったとしても。そしてとどの詰まり、その結果を受け入れるしかない。『必ず新しい道が拓けてくる、きっと何処かに辿り着くんだ』と信じて。同じ道を行くのも選択。新たな道を行くのも選択。いずれにしても、必ず新しい挑戦は待っている。そしてこの新月期、その道を示しているのは『ゴツゴツした岩の上に横たわる十字架』かもしれません。


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  「十字架」というと、やはりキリスト教会の屋根に立つあの十字架をイメージしますよね。でもこのシンボルで描かれる「cross」は、もっと一般化したイメージで「十字形に組まれた標識」を指すと考えられます。魚座は宗教性を帯びた星座宮なので「信じる」という意味ではキリスト教の十字架も含まれるけど、おそらくそれでは意味が狭まってしまうでしょう。このシーンで出て来る原語の「cross」は「crossroad markers」つまり交差点に立つ標識を想起させるとB.ボヴィは指摘しています(たとえば古代ギリシャで旅人の守護や厄除けとして十字路に置かれていた「ヘルマ」と呼ばれる石柱のように)。じゃ、その示唆に沿って、この対向度数もちょっと覗いてみましょうか。


  ……今「わたし」はハーレムの住人。でも、そこから逃げ出したいと思ってる。溜まりに溜まった不満があるから。決まりきった生活の外に出てみたい。自由になりたい。ひとりになりたい。やりたかったことを思う存分やってみたい。誰かのために生きるのはもう嫌だ…。

そんなある日、夢を見た。ふと気付くと「わたし」は険しい山道に立っている。そこにあるのは大きな岩。ゴツゴツした岩肌の上に、十字形の標識が置かれていた。ん? 何処からか落ちてきたのかな? いや違う。岩だらけの険しい道には標識を立てる場がないんだ。最初から、ここにこうして置かれていたんだ。

前方に目をやると、霧の向こうにうっすらと十字路が見える。ならばこの標識が道しるべ? 右か、左か、それともこのまま真っ直ぐ行くのか…それとも戻る? いや、戻るなんてあり得ない。だってふり返っても今来た道はもう消えている。刻の輪とともに生きるなら、きっと前に進むしかないんだ。

自分を護ってくれる壁も、ふかふかの絨毯も、着替えもなければ食べられそうな草も生えていない、そんな荒涼とした山道。全ての虚飾が取り去られたむき出しの岩肌。この先、何があるかは誰にもわからない。ポケットにも何もない。見回しても、今まで自分のものだと思っていたものなど何ひとつなかった。たったひとり。果たして自分は耐えられるだろうか? けれど、そんな風景の中に、ぽつんと置かれた「わたし」のための標識。 

でも人生の選択って、本当はそんなものかもしれない。本気で選ぶなら。考えて、あらゆることを考えぬいて、感じて。踏んばって立って。そして、体に響く微かな音を聴いて。さぁ、どっちへ行こう?


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        このエネルギーは、人生上の大きな決断として顕れるとは限りません。もしかしたら日常のほんの些細なこと、誰かの行動やひとことによって浮上してくる一瞬の感情と、そこから拡がるある種の「気分」として経験することもあると思います。 それでも、何かがひそやかに結実を迎えようとしています。頼るべき基準など何も無いように見えても、心地良さや安心感を手放すことになっても、タイミングが来たひとなら。きっとそこからごく自然に一歩踏み出すでしょう。ならば、自分の背中をどんなエネルギーが押しているのかを知り、どんな想いが溜まっているのかを自覚して歩を進めることには大きな価値があるのではないでしょうか。


  けれど慎重さも忘れないで。『悪魔は細部に宿る』これが乙女座の合い言葉。無謀な冒険と「それしか無い道」 とは決定的に違います。たとえ妥協を許さぬ道を行くにしても、安全や安定を選んで現在の場に留まるにしても、今は本当にいろんな欲望のエネルギーが交錯し、綱引きをする時期であることもこころに留めておきましょう。それが十字路を覆う霧の正体でもあるのだから。

たとえば駆け引きや小さなウソで逃げたくなるエネルギー。自分に対しても、他のひと(または見知らぬ罪びと)に対しても、報復や罰を与えるのが当然だと感じる燃え上がるような原動力(それはおそらく自分自身が経験している「理不尽さ」の投影)。深いこころの傷から目を逸らすための無茶な行動。はかり知れないひとの気持ちや物事の背景を考える余裕を失なわせる無意識の強い衝動。ひそやかにエネルギーを吸い取る寄生者を切りたくても切れないという葛藤。わかっているはずなのにまた同じ事を繰り返してしまう、自分の前に立ちはだかるその壁をどうしても超えられないという感覚。自分の直観を信じられなくなり、疑心暗鬼に落ち込ませるエネルギー。あるいは幻想に基づく強い使命感(ドン・キホーテ的な)、または罪悪感。良かれと思いながらつい犯してしまう誤り。そして限りあるいのちに残された日々を数えながら抱く、この先何かが起きるのではないか?という漠とした不安と期待感。動きたい、何とかしなくちゃ!という衝動。うーん、このところ乙女座 — 魚座間を行き交う惑いのエネルギーは複雑で細やか。何でもアリに見えて、一筋縄ではいきません(ゆったりかまえて想像力の翼を拡げ、思いを巡らすには良いのだけど..)


August


  いえそれでも、だからこそ。ハーレムの素敵なソファーに寝そべって、主の居ない間にひと休み。盛夏から秋への変わり目に、耳を澄ませて見えない月を感じてみる。 

『これでいいんだ』 ふと、呟いてみた。

すると即座にこころが問い返す。『本当か?』

『さぁ...どうだろうね』 

半分本当で半分は嘘。 だってそんなの割り切れやしない。でもそのままが、今のありのまま。そしてありのままが、少しずつ 少しずつ 深まっていく。体中にひろがる霧が、いつしか すっと透明になっていく。 ん。なんか口角、上がってる? 「わたし」の中で、歓んでるのは何?

  そのとき。目の前にひとりの女神が立つ。その名はヘカテー。精霊の集まる十字路に立ち、聖なる岐路を護る月の女神。彼女は地獄の犬を連れ、松明を持って道を照らす。そして道往く者にこう問いかける。
『後戻りはないぞ。本当にこの道を行くのか?』と... 。

さてと。何て答えてやろうかな?♪


(この新月図で、小惑星ヘカテは天秤座11°台のDCにピタリとコンジャンクトしています。だからこのひと月のうちに、何かドラマティックなシフトを経験するひとがいるかもしれませんね。)

みんな、どうか素敵な新月の夜を!







have a great trek!!!★

hiyoka(^_^

hiyoka_blue at 22:15|PermalinkComments(4)

August 14, 2019

🌕8/15の満月 ― みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)

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    満月は前回の新月のテーマが熟し、花開き実を結ぶときです。 この日は太陽と月が、地球を挟んでちょうど反対側にやってきます。0°の新月から始まった地球全体への課題は、満月で180° 対向のエネルギー同士がぶつかりあい補いあうことにより、輝く満月というひとつの「結果」を見せてくれます。それは、わたし達が空間から受け取ったエネルギーをどう昇華し、現実に表現してきたのかを、あらためて見せてくれる「鏡」だと言えるかもしれません。なので満月のテーマは新月の瞬間から色濃く育っていくとも言えるでしょう。そして わたし達はみな満月を超えて、次の新月までにその経験を消化(昇華)し、エネルギーはゆっくりと静まっていきます。それはこの世界に生きるわたし達の意識に与えられたプログラミングの一種かもしれません。そんなシステムをどう使うのか?それとも使われるのか? それはきっとわたし達次第。さぁ、今回はどんな風景が見えるでしょうか? では今月も行ってみます。(^_-)~☆
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★満月タイムスケジュール★
エネルギーが高まる時です。ヒーリング・メディテーションや祈りを捧げたい方は、もし可能ならこの時間帯(ずれるなら満月前がベター)に合わせてみてください。エネルギーの高まりを感じられると思います。

【地方平均太陽時:ソーラータイム(LMT)】
東京・関東ローカルで 8月15日21:48前後、北海道周辺で21:54前後、関西方面は21:29頃(日本標準時の場合はこの時間)、沖縄周辺で21:00前後に 水瓶座22°24'で満月となります。

今回のテーマのベースであり、今も背景で発効し続ける新月の大テーマについてはココをご覧ください。
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サビアン・シンボルによる【満月がもたらすテーマと挑戦】
*ここではデーン・ルージャー(ルディアー)版やマーク・エドモンド・ジョーンズ版の解釈ではなく、透視家エルシィ・ウィーラーの伝えた言葉をそのまま書き写したオリジナル版サビアン・シンボルを使ったブレイン・ボヴィの解釈を参考に、アスペクトを加味して書き下ろしています。
*テーマはひとつの意識の流れを表したものです。この流れは順不同に現れたり循環したり、ひとつだけ突出して感じられる場合もあります。また、内容はその時々のアスペクトを意識しながら抽出しています


【月 水瓶座22°→23°/ 太陽 獅子座22°→23°】
  🌕 “A rug placed on a floor for children to play”
  『子供達を遊ばせるため床に敷かれたラグ』
  🌞 "A carrier pigeon”
  『伝書鳩』
     ↓↓↓
  🌕"A big bear sitting down and waving all its paws"
  『腰を下ろして両手足を振る大きな熊』
  🌞“A bareback rider”
  『裸馬の乗り手』

8月30日新月のベース・シンボル
 『メリーゴーランド』に繋がっていく

【テーマがもたらす雰囲気と挑戦(順不同)テーマ発効期~8/29】
 ※満月の場合、1週間~数日前から前倒しで感じられると思います。

→★自分にとっての内的な拠り所、「ホーム」といえる場を再確認する
→★自分が生きる家、地域、領域、国の安全と防御や防衛に関わる問題
→★日々の喧噪の中で緊張を和らげるちょっとした遊びごころやユーモア
→★あれこれと気を散らさずに真に重要なことを見極める必要
→★攻撃的な怒りの衝動や性衝動などを抑制する訓練の大切さ
→★過度の飲酒や薬物の摂取、放埒な行動が引き起こす危険に注意
→★派手なパフォーマンスや高揚感よりも地道な生真面目さの価値を見る必要
→★ここまでは安全、この先は危険という境界や限界を知り遵守する必要
→★成熟の過程で必要とされる新たな忍耐心と持久力
→★曖昧な尺度やコンセンサスがとれない状況で問われる自由と責任のバランス
→★訓練や修練を通して自己抑制や自己コントロールを習得していく
→★突然の情動に乗せられて動くことがもたらす重大な結果
→★デリケートで壊れやすく価値ある何かを扱うための繊細な注意力
→★密やかに行われる巧みでよく訓練された戦略の存在に注意
→★欲望むき出しの態度、または優しく包括的なふるまいの裏に隠れた真意
→★様々な刺激に耐え、あくまでも品性を失わず自分らしくあるという挑戦
→★人生の浮き沈みを眺めふり返り、今の自分を再確認していく・・・→

エネルギーのポイント新月
            『制御不能な世界を自己制御によって渡る訓練』
             
            満月
            『制御不能な世界を自己制御によって渡る訓練』
            (新月と同じ)

190815FM


★8月満月のサビアン・シンボル ★

  今回は以前も一度経験したことのある度数です。当時は天王星・冥王星のカーディナルスクエアが減衰し始め、ひとつの時代が終わっていく時間帯に入ったときでした。そして今ふたたび同じテーマを満月として経験するというのも、何故かとてもタイムリーな気がします。実は今回、シンボルは割愛しようと思っていました。でもこの満月はシンボルのテーマが大事な気がするのと、以前書いたケンタウルス族の説明も初めて読むひとがいると思うので、以前のものをほんの少しだけ変えて最初に再掲することにしました。ただし以前とは月と太陽の位置が逆なので月の説明が短いです。それでも今回は太陽のパワーが強調されそうなので雰囲気は十分掴んでもらえると思います。


満月のベースとなるシンボル:
『子供達を遊ばせるため床に敷かれたラグ』


  新月で出て来たかなり政治的なシンボルとはうって変わり、暖かな家の中で遊ぶ子供達の足許には厚くてフカフカの敷物が敷かれています。ここなら飛び跳ねても大丈夫! 転んだってケガする心配はありません。子供達は、このラグの上なら安全です。もちろん、ラグを敷いてあげた側(親、学校、保護する立場の人々)にとっても、子供達がこの上にいる限り、安心していられます。それに、イタズラな子供達に床を汚される心配だってありません。ラグの上は、誰にとってもホッと安らげるホームみたいなもの。でも、はたして子供達はおとなしくその中だけで遊んでいられるかな?


rug2


  ラグの縁は安全と危険の境界線です。そして子供達は、境界や限界をヒラリと飛び越えるのが大好き。どこだって気の向くままに駆け出していきたいのです。 いったん境界を踏み越えれば、転んで痛い思いをするかもしれません。もっと思いがけない危険だって待っているかもしれません。それを理解しておくのはとても大切なことです。でも、経験を積まなければわからないことだって世の中にはあります。 今のような厳しい星回りの中で、安全地帯を一挙に飛び越えて行くのは暴挙でしょう。それでも、もしそうしなければならないと感じるのなら。この期間は転ぶこともきちんと想定した上で冒険に出かけましょう。「今、ラグの外に出ている」それを十分に知った上で慎重に行動するのと意識もせずにただ飛び出していくのとは、結果に大きな違いがあります。そして、常にユーモアや快活さを携えて未知の領域を乗り切っていきましょう。けどもし迷ったら、いつもこころの中に帰るべき場所があることを忘れないで。


満月に光を放射する太陽のベース・シンボル:
『伝書鳩』


  この伝書鳩は「帰巣本能」のシンボルです。どんなに遠いところからでも、初めての土地からでも、一度飛び立てば必ず自分の「ホーム」へと帰ってきます。重要なメッセージ、または何か小さくて大切なものを携えて。B.ボヴィは原語の “carrier” が化学の世界で言う “触媒” の意味を持つことに着目していました。まだ現代のように世界を繋ぐ通信環境が整っていなかった当時、伝書鳩は軍事、報道、医療用の物資運搬、そして重要な情報を人知れず伝えるためのツールとして利用されていました。その働き ― 忠実な帰巣本能とそのための飛翔能力 ― は、人間にとって次の行動を起こすための「触媒」の役割を果たしていたと言えるかもしれません。1000kmも離れた遠隔地からさえ戻ることが出来る伝書鳩。でも、その行程には危険がいっぱいです。鷲や鷹に襲われて命を落としたり、磁気嵐で感覚器官が狂い、戻れなくなってしまう鳩達も沢山いたそうです。


pigeon


  わたし達は毎日外界に自分自身を曝して生きています。日々いろいろなことが起こっては消え、飛び交う多くの情報の中で、笑ったり怒ったり、打ちのめされて沈んでみたり。ときにはちょっぴり背伸びして遠くまで足を伸ばし、新しい冒険に挑んだりします。けれど、そんな日々の中で、いつもわたし達の支えになっているのは...「巣」「ホーム」「自分の居場所」だと感じられる何処かや、誰かとの絆、あるいは「わたし」という存在の核そのものではないでしょうか。そしてそれをもう一歩掘り下げてみると、その場所や絆は...自分の記憶の「原点」として存在し続ける「何か」なのかもしれません。

        たとえ外側からどう見えようと、迷ったときに常に立ち帰ることの出来る原点を自分の内部に持ち、それを信頼するとき、わたし達は元気になります。ときにはそれが窮屈だったり、しんどかったり、我慢しなければならないような状況があったとしても。そこから遠く離れているとき、わたし達はふとその場所を思い出します。支えられてきた。今も、支えられてる...そこにわたしが居ると。それは辛い状況を耐え抜く力を与えてくれるかもしれません。


bird&tree


  この対極をなす2つのシンボルは、自分の真の「ホーム」、そこに戻ればいつだってそっと羽根を休めることの出来る場を持つことの大切さ、かけがえの無さを再確認し、それを大切にしていくことを示唆しているように思います。 ん?「そんなの無いよっ!」てひともいるかな? でも、これってことばで説明したり、論理的にどうこう言うようなことじゃありません。きっと誰でもそれを何処かに持ってる。もしかしたら存在という空間の内部に。もしかしたらわたし達の体が今、生きようと頑張っているそのこと自体の中に。それがどんなものであろうと。たとえ誰が何を言おうと。「ホーム」があるからわたし達は「ここ」に存在してるんじゃないかな?


満月のメイン・シンボル:
『腰を下ろして両手足を振る大きな熊』


  わたし達人間にとってぬいぐるみのクマさんは可愛いけれど、本物の大熊は恐ろしい力を持つ存在です。いきなり出くわして襲われたら、ひとたまりもありません。けれどこのシンボルの大熊は、座って両方の手足を振っています。何だろう? もしかしたら、サーカスの演し物かな? 恐ろしいはずの熊も、今は観客に向かって懸命に...でもちょっぴり不器用に手足を振り、しきりに愛嬌を振りまいています。いえ、彼自身は別に愛嬌を振りまいているつもりなどないかもしれません。ただ厳しい訓練に耐え、そこで生きるために、自分に課された役割と責任を果たしているだけかもしれません。遠目から見れば愛嬌ある姿に見えても、彼の力は強大です。気軽に握手することなんて出来ません。大熊には悪気や相手を傷つける気持ちなど一切無くても、たとえ穏和な性質だったとしても、わたし達が不注意にも彼を人間と同じように扱えば、彼を怖れさせ、防御の一打を受けて大怪我をしてしまいそう。そしてその結果はいたいけな大熊の生命を奪うことにもなりかねません。


bear


       このシンボルは、訓練によって耐えぬく力、衝動に負けない精神力を身に付けることを示すと同時に、相手と自分の違いをよく知り、安全と危険の垣根にデリケートな注意を払いながら共存を図ることを示唆しているように思います。熊の手足は大きく力に満ち、美しくもあります。けれど彼はテディベアじゃない。別世界に生きるべく生まれた命です。彼には彼の生きる世界 — ホーム — があり、わたし達にはまたそれぞれのホームがあります。

腰を下ろして両手足を振り続ける大きな熊さん。わたし達が彼の内なるホームを理解し、本当の意味でこころを通い合わせることは出来るのかな? もしそんなことが可能だとしたら…..それはわたし達が自分自身の内なるいのちの原点を見出し、そこに自分自身=彼の獣性をそのまま包含し得たときではないでしょうか。


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  ところでベア・マーケットといえば金融界では「弱気相場」を意味します。これは『熊を捕らえる前に熊の皮を売るな』という、甘い見通しや安易さを諫める格言から来ていると聞いたことがあります。相場が下がると見込んで高くなったところを空売りする...まだ熊は現れないけど、とりあえず架空の皮を売ってしまうことで儲ける。そんな行為がこの格言と結び付いたのではないでしょうか。うかつな空売りは確かに大怪我のもと。けれどそれは、相場を張るひとにとっては一種の醍醐味かもしれません。けれどこれもまた、 危険と安全の境界線をよく見極めた上で、慎重にトレードプランを立てる必要があります。必要なのは、自己制御。制御しがたい世界を渡っていくための、それは唯一の力なのかもしれません。



満月に光を放射する太陽のメイン・シンボル:
『裸馬の乗り手』


  裸馬は野生の荒々しいエネルギーのシンボルです。馬がまだ馴れないうちは、乗り手と馬の間でクッション役を果たす鞍を装着することなど出来ません。この馬はまだ野性の一団から捕獲されたばかりなのでしょうか? でも、この乗り手は本能のままに荒ぶる馬を巧みに抑え、思い通りに走らせることが出来るようです。「馬を乗りこなす」ことは「自分自身に備わったパワーを統制する」ことだとB.ボヴィは言っていました。きっと裸馬の乗り手は、荒ぶる馬と自分との間に隔てるものを置かず、野性の荒々しさを受け入れ一体化することによって、それを自分のコントロール下に置くことが出来るのかもしれません。それは人間の「精神」と「本能」との闘いでもあります。


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  このシンボルのイメージは、半人半馬のケンタウルス族を思い起こさせるところがあります。で、ケンタウルス族の小惑星といえば、まずはカイロン。そしてこのところ様々なアスペクトを形成して活躍中?のフォルス、アスボルス、ネッソス、キラルス、エケクルスなど... 天上には現在発見され名付けられている半人半馬達が沢山存在します。 けれどその中で、崇高な精神と荒々しい武闘派的な衝動とを完全に統合することが出来た存在は、ヘラクレスやアスクレピオスなどギリシャ神話に出て来る英雄達の師でもあった、カイロンだけなんです(元々彼は出自が他のケンタウルス達とは異なるのですが...)。その他のケンタウルス達は、温厚だったと言われるフォルスでさえ、好奇心に負けてうかつな行動を取ってあっけない死を迎えることになるし、他はほとんどが激昂した末に激しい戦いや復讐の刃に倒れ、凄惨な死を遂げています(例外は一番の美青年キラルス。彼はある日何の理由もなく何処からか飛んできた矢に貫かれ命を落とします)。

  ケンタウルス族の惑星達は皆「<象徴的な死>を経た末の癒しと解放」というテーマを持っています。死を迎えるまでのいきさつも死に方もそれぞれだけれど、彼らのほとんどは死を通して解放されるまで、怒り、恨み、裏切り、復讐、性的欲望や欲しいものを取らずにいられない欲動など、どちらかというと下半身的な生命力のほとばしりに殉じて生きた存在だったのではないかと思います。その豪快な躍動感は裸馬の持つ荒々しいエネルギーそのものです。けれど同時に半分は人間でもあった彼らの生は、たとえ一時的な高揚感に胸躍ることがあったとしても、実は恒常的に抱える大きな痛みと哀しみを伴うものだったかもしれません。


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  ネイタルチャートでケンタウルス族が位置する領域は、そのひとが抱える「暴れ馬」、奥深い「傷」を意味します。何かのきっかけでその傷が疼くとき、わたし達の中の裸馬もまた蘇ります。何か強い感情的な刺激を受けたとき。湧き起こる衝動に抗えず、傍目からは自暴自棄としか思えない行動を取るとき。あるいは、思わずひどいことを口走ってしまうようなとき。その傷口は開き、深い開口部からは鮮血とともに自分でも驚くほど生々しい粗野な力が湧き起こります。

わたし達は文明社会に生き、日頃はいちおう良識的な生活を送っているけれど、実は一皮剥けば、みんな半人半馬のケンタウルスかもしれません。たとえ表面的には優雅にふるまえたとしても、その裏では縄張り争いが続いているし、支配と被支配をかけた闘争も後を絶ちません。それは広い社会に見られるだけでなく、身近な家族間にも見られるナマの姿です。そこに愛が絡み、情がからみ、憎しみが生じ、わたし達は身動きが取れなくなります。 

結局のところ、他の存在 — 動物や植物の命によって贖われ、支えられているわたし達の生命。それもまたこの世界が辿ってきたひとつの営み。わたし達の中には、理性や善に向かおうとするこころだけでなく、必ず動物としての苛酷な本能が潜んでいます。それを、善・悪という二元性で割り切れるものでしょうか。 肯定と否定、生に向かうこころと死に向かうこころの全てがわたし達であり、人間として今、ここを生きるということではないでしょうか。


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  「鞍=Saddle」。これは鶏やアヒルなど家禽類の腰背部の形を示すことばでもあります。普段は馬の背にやわらかな羽毛のクッションを取り付けて、しずしずと馬を進めるわたし達。中には白馬の騎士然としたひともいます。わたし達の本能なんて、すでに理性によって飼い慣らされたアヒルのようなもの。けれどふと気が付けば、世界の至るところに攻撃的なエネルギーが溢れています。ゲームやスポーツで「健全」に昇華することの出来ない、何か永遠に蠢くものの存在。それはわたし達の中にも、確かに存在します。たとえそれがあからさまな暴力の形は取っていないとしても...。それらをありのままに見るとき、そこにはシンプルな野性動物の世界よりずっと厄介で、一度たりとも癒やされることのなかった一種の "ねじれ" が存在しているように思えます。


  でも... 。もしもわたし達が裸馬の乗り手になるのなら? それが出来るとすれば、始まりは「鞍」というクッションを通さずに、自分の中に潜む矯められることのない荒々しさと向き合うことかもしれません。上半身と下半身の中間 ― 裸馬との接点 ― に持てる力を込め、意識を持って一体化し、自我を超える力で全てを呑み干す。傷をみとめ、それでもなお生きて前に進む。 語られる術を持たなかったそれぞれの何かを解き放つ。ただ、無を怖れずに漆黒の記憶へと。それには孤独な作業を必要とします。

一人の人間の中には、おそらく何層にも分かれた無数の多様性が存在するのではないでしょうか。その全てを見切るなんてことは、今のわたし達には不可能に思えます。それでも。自我の奥に潜む広大な存在の闇に意識を向けることも無いまま真の多様性を理解することは可能でしょうか? それをこの世界に実現することは出来るでしょうか? わたし達はこの人生で「美女」と「野獣」を統合し、いつの日か新しい人間のカタチを創り上げることが出来るでしょうか? 今、科学の世界ではその可能性を前提としているけれど? 

…でも獣性と人間性を統合することの出来る裸馬の乗り手って、いったいどんな存在だろう? その可能性はわたし達の中に在るだろうか。もしかして...それが霊性? でもそれって誰? それは、本当に「わたし」だろうか? いえ、それとも... ? 


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  あ、ここまで読んでくれたひとの中には『革新的な水瓶座の満月なのに、ずいぶんディープだなぁ..』なんて思うひともいるかな? けれど、どんな星座宮でも最後の第3ディーカンになると、成長した意識が次のステージに移行するための準備段階に入ってきます。水瓶座の次は魚座。この流れが象徴するのは、対向の獅子座が抱く世界の中心に存在する自我からの転換を終え、今度は世界を包括的に見る自我の集団として志を同じくする仲間が集まり、ともに世界に変革をもたらそうと思いっきり創造的思考を拡げるという段階を終えていくこと。そして彼も我もなく全体に溶け出していく形のない自分を識り、全てがより大きなサイクルの中に吸い込まれていく、その深淵をかいま見ること。または光とも闇ともつかない未知の記憶を思い出していくこと…そんなテーマが浮上してきます。本来なら型破りでちょっと斜めから世界を捉え、新しい風を呼び込む水瓶座の月。そして “白馬の騎士 & バラの貴婦人” がお似合いの獅子座の太陽。けれど、全ての星座宮に共通して言えることとして、そこまで成長してきた意識に対し大体22°〜23°あたりで『待て! 何か忘れてはいないか?  一度ここで立ち止まり、よく考えてごらん』という含みが顕れてきます。 

いつも思うのですが、サビアン・シンボルの象徴体系を扱う際に「これで終わり」ということはありません。掘り下げれば果てしなく深く、尽きることがありません。


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        危険と安全。衝動と忍耐。欲望と理性。強靱さと防御... 様々なアンビバレンスを含む満月のテーマは、これからわたし達が時をかけて歩むそれぞれの道に、星々が与えてくれるカリキュラムのひとつ。 けれど、わたし達はみな山や森に暮らす一匹の大きな熊であり、また草原を、都市を、天空を自由に駆け巡る半人半馬のケンタウルスでもあることを忘れずにいたいと思います。彼らは人間から見ればときには檻の中の見世物であり、また恐ろしい獣として怖れられたり、ときには食用肉や害獣として狩られます。けれどありのままの生を生きています。ケンタウルス族もまた大変な乱暴者ではあったけど、戦士として豪放に生き、傷もまた生の証しとして引き受け、大いに楽しみ、散っていきました。ならば。笑いと自由と胎内に踊るいのちと…やがて訪れる死さえも親しい友としていけたらいい。この生を、せいいっぱいに。今、そんなふうに感じています。


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★8月満月の星模様とチャレンジ ★
   ― 気になるアスペクトいろいろ ―

満月軸と牡牛座のヴェスタがTスクエア
獅子座に太陽、金星、水星、火星、ジュノーが勢揃い(ジュノーは射手座のイクシオンとトライン)
逆行のシャドウを抜けたばかりの獅子座の水星が牡牛座の天王星とスクエア
12日に順行した木星(グレートアトラクターの位置)とアルチラが射手座/双子座軸でオポジション、ノード軸(土星&アグニ)とでイリテーションレクタングル

  さて。12日に木星が順行し、天王星が逆行。惑星が方向転換した当初の前後数日はそのパワーが強まる。また木星はしばらくの間グレートアトラクターの想像を絶するような強大な吸引力に曝されていたため、エネルギーは十分に充填されている。というわけで、この順行当初の木星にはひとびとの思考を極化させていく一方で、あまりにも新しい概念すぎて普通の感覚では掴みきれないような、理解を超える思考がふいに湧いてきたり、そんな類いの思考(思想?)に出くわして何故だかちょっと感動するような傾向がみられるかもしれない。もしかしたら長い間探しあぐねてきた突破口が見つかるかも?とワクワクするような経験をするひともいそう。ただ、常識とはかけ離れた概念はともすると単なる「はぐらかし」だったり、落ち着いてよく考えてみたらどうとでも取れるレトリックだったりする可能性もある。または、どこかに破綻があったり何かが隠されているかもしれない。もしこの期間に新たな “世界観” や “面白いひと” に出逢ったりしたら、「本物」かどうかしっかり見極める必要があることを頭の片隅に入れておきたい。


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  一方、木星が関与するイリテーションレクタングルは深く物事を考えたり、細部に神経を行き届かせながら大きな視野で世界を見渡す機会とも言える。それは自分自身やひとびとの過去と未来を繋ぐ架け橋になるかもしれない。なので上に書いたこととも重複するけれど、ひとつの発想からとめどなくインスピレーションが湧き、どんどん突き詰めていくひとがいると思う。もしそうなら、そのひとはそこで得た着想を大事に育て、将来仕事の関係に活かしていける可能性がある。

けれどもしそこに注意点があるとすれば、一点集中しすぎることかも? レクタングル内部の緊張感が高まれば、そのパワーは背中を押す推進力になる。それはいいのだけど、ともすると誰かに自分の考えや探求する物事を話したくなるかもしれない。そして話しはじめたら止まらなくなったりするかもしれない。けれど自分にとって大切な「真実の探求」も、他のひと達にとっては異なる可能性が高い。怖れることなくどんどん表現していくのは良いけれど、不必要なディベートを仕掛けたり「こんなことがわからないなんて!」などと思い始めたら、たぶん危険信号。周囲のひと達はその話題への関心を失ったり、「うん、うん」と頷きながらこころは別世界に飛んでいたりするかも? 

新しい発想を活かしていくにはコミュニケーションも大切。けれどそれには未完成な自分を抑え、じっくりと物事を育てるための胆力と忍耐力が必要になる。適度なインターバルをとり「物事の根っこ」と自分自身の両方を休ませることも必要。(レクタングルの一角をなすアグニは聖なる火の力そのものだけど、使い方によっては自分の身をジリジリと焼く火にもなる)。それさえ間違わなければ、本当に今までの「精神の牢獄」を突破するひとがいるかもしれない。少なくとも、そのきっかけを掴めるかもしれない。


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  水瓶座の満月は通常、進歩的/革新的なエネルギーを帯びるものだけど、今回Tスクエアとなる牡牛座のヴェスタは『あなた自身が真に “身を捧げる” ことが出来ると思える「感覚」や「理念」て何? あらためて信じる必要もないほど「そのもの」だと感じられる生き方ってどんな感じ?』と問いかけてくるかもしれない。ヴェスタが在泊するのは感性が研ぎ澄まされる位置。そのエネルギーによる知覚範囲は日常の「現実」から「見えない世界」の領域まで拡がってる。けれどそこには同時に「幻に酔うような感じ」や「肉体性の希薄化」という落とし穴も用意されている。それに加えてライ(自己合理化や嘘、欺瞞や詐欺に関連する小惑星)がヴェスタにコンジャンクトしていることにも注意が必要かもしれない。

また、満月図のロード金星が獅子座で太陽とコンジャンクション。太陽は満月に補完的なエネルギーを加味するものだけれど、今回は獅子座側(太陽側)の力が強く顕れそう。火星と水星、それにジュノーも在泊して獅子座的なエネルギーは強い(ジュノーはイクシオンとトラインで胸に秘めていたことをぶちまけるかも?)。

逆行のシャドウから解放された水星と天王星の組み合わせはとてもクリエイティブな発想を生むかもしれない。けれど木星からもある種「ぶっ飛んだ」創造性が放射されてくるとき、獅子座的な『わたしこそクイーン!』『オレ様こそキング!』的な自我をふくらませてしまうとおそらく周囲からは引かれそう。この満月の水星は、ちょうど逆行開始地点だった「断崖」の上に立っている。あちこちから強力なエネルギーが放射されて、ネイタルによってはとっちらかり気味なひともいると思うけど、様々な発想や想いの基盤であるはずの「自分自身の選択」「自分が向かうべき方向」を見失わないよう、しっかり手綱を締めていこう。


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  それと、これは小さな惑星やパーツ構成から導き出される一種のスペキュレーションではあるけれど。太陽・金星にはエマーソンズ・デスポイントというアラビックパーツが重なる。ASCには小惑星フラッド(洪水)DCにはダイシンサイとレクイエムが乗ることから、この期間は自然災害や事故に十分気をつけ、あまり危険な場所には近付かないほうが良いと思う。今後も、いつ何があってもまあこれなら当面は何とか... と思える程度に備えは十分にしておきたいところ。ASC~DCの度数からすると、何か突然の出来事を通して目が覚めたり、何かが解放されるような動きも感じられる。このDCを「関係性」と捉えるなら、過去から引きずってきた「腐れ縁」的な関係を断ち切ったり、背負っていたものを突然投げ出すようなひともいるかもしれない。自己制御がテーマとなる満月ではあるけれど、それはもしかしたら他者に制御された状態から手綱を自分の手に取り戻す行為かもしれない。もしそんなひとがいたら、当座は辛く苦しい思い、または罪悪感や孤独感に悩む可能性はあると思う。でも、これからの数年できっと真新しい人生が開けていく。今は前を向いて、大きく息を吐いて。そして真新しい空気を胸いっぱいに吸ってみるとき。


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MCに冥王星族アラウンがコンジャンクト、2°のオーブで10室に逆行の冥王星、近傍9室に逆行の土星とSノード。IC近傍3室にアグニとNノード
太陽・金星とアスボルスから冥王星にYOD

  政治・経済・社会(仕事)的な面では強力なトップダウンを示唆する冥王星とMC上のアラウンだけれど、現在の在泊位置を見るかぎり様々な側面を見越した上で表面的な「和」や「妥協」、あるいはもしかすると大局を見越す必要から何か論議を呼ぶような決定がなされ、それが賛否両論を呼ぶ感じかもしれない。また「清濁併せ呑む」とか「絶妙の緩衝地帯」を探るようなことかも。「見越した先」が正しいかどうかは当然、決定者(達)とそれを見る側(わたし達)の質による。ただアラウンの象意は良いにつけ悪いにつけ、こころを騒がせ反応を喚起する物事の裏に潜む本当の動機や目的、理由をじっくり識別していく必要があることを示唆する。表から見えない「裏」の存在(それが何かはわたし達にはわからないのだとしても)。また、何事かを決定するにしても、あるいはそれを論評するにしても、調査とコミュニケーションを的確に、周到にしていくことは鍵だと思う。ただどんな結果になるとしても、その経験を通して何か新しい物事(や方向性)が発芽していくかもしれない。


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ネッソスに2種のBMリリス(ミーンとトゥルー)がコンジャンクト、パラスとキラルスからクァドリフォーム。ネッソスにオルクスがオポジションで、クァドリフォームを貫く狭小なカイト状態
イクシオン・ルシファーがオポジション(射手座・双子座軸)

  このあたりは長期にわたって続くアスペクトもあり、このところの世界や世相の刺々しさ、因果応報的な物事の流れに関連したフォーメーションかもしれない。長い間に溜まりきった歴史的なカルマの清算。それに絡む政治的な闘争。あるいはテロや暴力的な抑圧とそれに対する反動。また、イクシオンとルシファーがオポジションでそれにパラスが調停の形となるけれど。調停といってもこれは実際に物事を解決するアスペクトではなく(ある程度調整はするにしても)、ただ根本的な直面や対決で大事になるのを避けるために迂回路を提供する..という程度の力。イクシオンが絡むとき、個人のケースでは「向こう見ずな無頼」くらいの感じで済むし、善悪の常識をくつがえす思想や自由人を輩出するケースもあるのだけど、社会的にルシファーと向き合う場合はやはりネガティブに使われやすいかも。たとえば凶悪でモラルなど意にも介さないサイコパスによる犯罪など。やりたい放題に罪を犯し、捕らえられても何が悪いのか?と気にもしないとか。100%の不信感の中で生きながら、それに代わる核を持たずに存在し続けるような感じだろうか。パラスが絡むクァドリフォームとともに働けば、政敵を陥れるためならフェイクニュースや噂、捏造した書類、画像、映像などどんな手段でも取られる可能性がある。そして人間はそれを「正義」だと信じ込むことが出来る。これは大きな意味で太古からわたし達人間に与えられてきた「霊的な火の試練」となるフォースかもしれない。


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<その他満月に対するパラレルとコントラパラレル>

月とヒブリス、レクイエム(悼む、死への想い)、ティフォン(災害、災厄)、サウロン(魔、またはビッグブラザー)がパラレル
月と金星、ヘラクレス、ハウメア、ニオベ、ヘルがコントラパラレル
太陽と天王星、火星、マグダレーナ(アイデンティティをかけての激しい闘争)、アグニ(火の力)、ベンヌ(生と死、回復力、常に新たな気持ちに切り替える)、ルビコン(引き返せない境界)、クヴィエ(断絶)がパラレル
太陽とソフロシネ(沈着冷静)、クシナダヒメ(いのちが持つ呪術的な力)、カサンドラ(怖れずに明確に何かを伝えることの代償)、アガメムノン(統率力が問われる状況)がコントラパラレル

  特に太陽と火星、天王星のパラレルは物事が想定外の方向に展開したり、不安定な状況を創出しやすいので要注意。小惑星達の働きはおそらく味わいを添える程度だとは思うけれど、それにしてもここにもダイナミックな顔ぶれが揃っている。この夏も沢山の物語が生まれるのかもしれない。

火星は17日に射手座のフォルスとトライン(災害や事故に注意)18日に乙女座入り(獅子座とは全く異なる領域に入るので注意。物事の細部に気を配り、ひと息ついて勤勉さを取り戻す必要があるかも)


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  うーん、勢いに乗って書いてみたけれど、この満月図ではまだまだ拾えば沢山のアスペクトがあって、カバーしきれないほど。それでもやっぱり沢山挙げすぎたかも..😱


  けれどこうしてみると... 今回の満月の下でわたし達は、日常の自分が抱える雑多な想いの層を突き抜け、これからの世界が迎えようとする長期の膨大なシフトに備えて(意識的であれ無意識下であれ)今を生きる自分を確認するよう促されるのかもしれない。そんな気がします。まるで階段を一歩ずつ上がっていく(または深い底へと降りていく)ように。

何故なら今起きていること、今表面化してきつつある現象、わたし達が抱えている想いはみなこれから数年をかけて大きく育ち、それぞれに新しく主要な流れを生み出していくだろうから。そしてそれはやがて思いもよらない「分光」と化して、いつの日か無数の多層宇宙へと流れ込んでいくのかもしれません... 。


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have a great trek!!!★

hiyoka(^_^

hiyoka_blue at 20:40|PermalinkComments(2)

July 31, 2019

🌑8/1の新月―みんなに降り注ぐエネルギー(フツウの戦士サンたちへ♪)

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    新月は前回からの課題を経て、次の新月までの約1ヶ月をかけて取り組む新しいテーマが開示される時。 そしてこれは生まれた星座に関係なく、地球に生きるわたし達みんなに平等に降り注ぐエネルギーです。わたし達はこのエネルギーを使って日々、自分なりに考え行動していきます。その現れはひとの数だけ様々ですが、やがてはお互いに影響しあいながら、社会・国・世界の潮流を作っていきます。これは言い換えると、わたし達を取り囲む「空間の雰囲気」です。星読みの世界から見れば、誰もがその中で生き、そのテーマに呼応して・・(素直になったり、反抗したり、無視したりしながら・・)自分なりの人生を創造していると言えます。 その意味でも、刻々と変容していく惑星エネルギーの流れをおおまかに知っておくことは、きっと何かの役に立つのではないでしょうか。
    例えば... シンボルの光景やキーワードを覚えておくだけでも、何かに迷った時の指針になるはず。ではでは今月も行ってみます!(^_-)
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★新月タイムスケジュール★
願い事やアファメーション、ヒーリング・メディテーションなどしたい方は、もし可能ならこの時間帯に合わせてみてください。エネルギーの高まりを感じとれると思います。(^_^

【地方平均太陽時: ソーラータイム(LMT) 】
東京・関東ローカルで  8月1日12:31前後、北海道周辺で 12:37前後、関西方面(日本標準時ならこの時間)は12:12頃、沖縄周辺では 11:42前後に獅子座 08°36’ で新月となります。

前回の新月・日蝕のテーマについてはココ、満月・月蝕についてはココをご覧ください。

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サビアン・シンボルによる【 新月がもたらすテーマと挑戦 】
*ここではデーン・ルージャー(ルディアー)版やマーク・エドモンド・ジョーンズ版の解釈ではなく、透視家エルシィ・ウィーラーの伝えた象徴の言葉をそのまま書き写した「オリジナル版サビアン・シンボル」を使ったブレイン・ボヴィの解釈を参考にし、アスペクトを加味して読んでいます。
*テーマはひとつの意識の流れを表したものです。この流れは順不同に現れたり循環したり、ひとつだけ突出して感じられる場合もあります。また、解釈の内容はその時々のアスペクトを意識しながら抽出しています。


【月・太陽 ♌️獅子座8°~9°― 発効期:8/1~8/29 】
🌑🌞"A Bolshevik propagandist”
   『ボリシェヴィキのプロパガンダ要員』
            
🌑🌞”Glass blowers”
   『吹きガラスの職人達』

【テーマがもたらす雰囲気と挑戦(順不同)~8月29日】
ひとによっては数日前から前倒しで感じられると思います。

今回は新月から満月を経て次の新月まで共振し続けるキーワードを抽出しています。
またアスペクトについては満月以降を入れるとまた長くなりすぎなので、
新月~満月までにしました。
キーワードは沢山出てきたので、気に掛かるものがあったらひとつだけでも頭に入れてみてね。


→★目に見えない水面下で綿密に練られた計画または策略
→★人々に与える影響力や他者を操縦し “乗せていく” 力に注意
→★空気を読みながらセオリーに則って態度や演技を変えていく能力
→★シンプルでありながら柔らかく奥深い物事を理屈で説明したがる心理
→★冷徹な計算の上で熱く語る、またはクールにふるまう
→★感動的な幻と現実との相違、表と裏の違いに気付く必要
→★包括的に装った外面と異質なものを頑なに拒否する内面の差異に注意
→★炎上を効果的に使ってより重要な社会的課題から目を逸らす
→★共通の仮想敵を創り上げることで集団的なエゴを燃え上がらせる
→★いのちの通わないものを “動かす” ことによって “生命” を与える力
→★「失敗」と「成功」は視点の変化でどうとでも変わるという法則
→★創っては壊し、壊れては再び創り続けていく「内的な熱」の存在を見る
→★複雑でデリケートな問題に対し根気よく巧みに立ち回る力が求められる
→★素早い順応力や適応力で統制や抑圧の力をすり抜けていく
→★かゆい所に手が届く小気味よさで幻想を振りまく行為を見抜く必要
→★してやったりという態度や派手で傲慢な自信過剰さと
          地味ながら不屈の信念や情熱との相違を感知する
→★自分自身を活かし続ける「呼吸の力」を繊細に意識していく必要
→★余計なことを考えず日々淡々と積み重ねることで固めていく力
→★内的にも外的にも今の目的に最も適した“温度”や“リズム”を知っておく
→★「安全性」と「防衛手段」を常に手の内に入れておく必要
→★自己の中に潜む生々しい暴力性を見切って腹に収める訓練
→★どれだけダウンを喫してもけっしてノックアウトされない回復力
→★周囲で主流を占める世界観に呑まれず自分の道を歩む強さを思い出す・・・→


★エネルギーのポイント:
 前回の新月『後ろで扉が閉まり、それを背に最初の呼吸をする』
             
 今回の新月『制御不能な世界を自己制御によって渡る訓練』
                              
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★8月新月の星模様とチャレンジ ★
(主なアスペクトとスケジュールざっと)
 個々のアスペクトについてはとりあえず満月までです。
 満月については何か思いついたら短いバージョンを書くかツイートするかもしれません
😉

新月(太陽・月)に金星がコンジャンクト(8月14日に正確な合となる)
 ASC/DC軸に対して新月がTスクエアの関係
 →DCとコンジャンクトの天王星がスクエア(セパレート)
 →ASCが蠍座8°台でロードの山羊座冥王星が3室在泊

 新月図の金星の位置はちょうど水星が逆行を開始した度数『絶壁の尖端の岩石層』。ちょうど水星が順行に転じたところで「絶壁から思い切って飛ぶのか?それともこれまでの積み重ねを大事に維持していくのか?」今回の逆行にともなうそんな問いかけが思い出されるかも。今、本当に人生の岐路に来ているひとがいたなら、水星がシャドウを抜ける満月までの間に何かひとつ小さな決め事をしてみるといいかも。ほんの些細な物事でも、一歩前へ踏み出していくきっかけになるかもしれない。

天王星は深い深い水底に映った「真実の自分」を覗き込むような位置。天王星はここから8月12日に逆行を開始。そして来年1月12日まで約5ヵ月間続く。この惑星は抑圧への反抗と解放、そして革新的な思考や物の見方(または飛び出したい気分)を象徴するけれど、これからしばらくの間はどちらかというと外界よりも内的な世界に向けて「過去からの解放」を求めるようなベクトルが生じる。順行に転じるタイミングは2020年を迎えて起きる最初の月蝕の翌日。もしこのタイミングに何か期するところを感じるひとがいるなら、この新月期は「過去」からの脱皮と新しい解放感を得ていくためにじっくり取り組んでいく機会になりそう。

逆行の冥王星は、今の自分の立ち位置を一度キチンと受け入れた上で「何でもない自分、何でもない日々」の貴重さや大切さを意識するよう語りかけているように見える。アセンダントの位置は一時的に「痛い思い(精神的または物理的)」をする可能性を示唆してはいるけれど、それは調整していくうちに結局何かに気付かせてくれたり、プラスになる物事に繋がっていくと思う。社会的なつき合いは無理をしないこと。お金の出入り、ことばの使い方には気をつけて。

新月に小惑星ニオベがコンジャンクト&パラレル
 アラウン、ヒュロノメ、ネッソス、アヌビスetc.がコントラパラレル

オルクス・ネッソスが長期のオポジション、キラルスがハードに絡む
 ニオベは豪雨や自然災害と関連する小惑星。梅雨は明けたけれど、このところ落ち着かない大地の様子からみても台風や地震、噴火などへの警戒は引き続き必要だと思う。また、ニオベは母と子(または親と子)に関わる哀しみや争いごとにも関連すると言われる。CPの小さな惑星達の顔ぶれはクセ者ぞろいだし、オルクスとネッソスのオポジションやキラルスの絡みもあるので、引き続き子供、若者、無辜のひとびとが犠牲になる事件や事故のニュースが報じられるのかもしれない...。

引き続き土星・Sノードがコンジャンクト
 このところ暗さや怖れ、何ともいえない重さを感じるというひとは、この組み合わせの影響を受けているかも? 山羊座/蟹座軸の中間部は本当に強いプレッシャーがセッティングされている領域。それは垂直に上昇していくロケットの打ち上げ時に宇宙飛行士が大きなGに必死で耐えるような感覚かもしれない。それだけ成長が加速される領域に、土星とSノードが逆行のため長期で行きつ戻りつするということは、カーディナル・サインの中間度数に主要惑星や重要な感受点を持つひとにとって苦しく重く感じることが多いのではないかと思う。けれどそれは、本当に深い部分で(もしかしたら生まれてくる前に)「ここで頑張ってみよう」「通り抜けるべきはここなんだ。そして澄んだ空へと向かおう」と計画してきたのかもしれない。ならばきっと踏ん張れる。土星は9月18日に順行し、そこからSノードとも少しずつ離れていく。

グレートアトラクターとコンジャンクトの木星がMCにトライン
 たとえ束の間であっても、華やかさや楽しさを味わうには良い配置。「主役」と「脇役」または「その他大勢」の間に存在する「見えない壁」が強調される場面があるかもしれないけれど、いちいち個人的に受け取らず目の前の光景をエンターテインメントとして楽しむのが一番かも。

逆行の水星とグリーヴ、逆行のエリスがスクエア
獅子座の火星・ジュノーと牡牛座のヴェスタがTスクエア
 内的な「火」と「水」の対峙。浄化。目に見えるものに左右されない「透明さ」の認識。哀しみが絶望に触れたとき、何かがクルッと反転する。憎悪と果てしない許容精神との強烈な両極化に注意。

木星・アルチラがオポジション
 夢見に注意。何か面白いヒントが隠されているかも? ただしあまりに別世界の住人になってしまうと日常の重要な物事を見過ごしたり、上の空になったりしがちなので気をつけて。

冥王星とパラスがスクエア、天王星とパラスがクインデチレ
ネッソス・リリス・イカルスがコンジャンクト
ネッソス・キラルスがセスキスクエア
パラスとルシファー・アスボルスがトライン
 アスボルスとルシファーがぴたり双子座22°台でコンジャンクトということもあり、「ここまで来て何故こんなことが!」などと思うような経験をするひとがいるかもしれない。それはもしかしたら、これまで軽視していた物事が重い意味をもって立ちはだかったり、それを甘く見ていた自分自身の勝手さに対し、何が真実かを知っているもうひとりの自分が後ろからドンと背中を叩くような感じかもしれない。特にミュータブルサインの22°近辺に重要な惑星や感受点を持つひとはちょっと気をつけてみて。

惑星スケジュール少し

8月1日
 水星が順行開始
8月7日~11日
 太陽・金星と木星がトライン
8月8日~10日
 カイロンとアグニがスクエア(8月8日)
 太陽と金星が土星・Sノードにクインカンクス
 8日前後は出来れば喧噪から離れてこころ静かに過ごすことをお薦め!
 ひとりでも、こころ許せるひととでも。そして危険な状況には近付かないこと。
8月11日
 木星が順行開始
8月12日
 天王星が逆行開始
8月14日
 太陽・金星がコンジャンクション
8月14日〜15日
 ルシファーとイクシオンがオポジション
 (火星とパラスが調停する形)
 アグニとNノードがコンジャンクションでSノード・土星とオポジション

 霊的な「火の試練」
 このあたりはちょっとトゲトゲしい雰囲気が生まれやすいかも?

8月15日
 水瓶座22°24’で満月!


Milky-Way's-heart



  7月の日蝕と月蝕を経て梅雨も明け、夏真っ盛りの新月。この間、ヨーロッパを襲った熱波や米国の豪雨による洪水などの異常気象、世界各地で起きた大きな地震や噴火など世界の至るところから地球の変動を感じさせるニュースが伝えられました。日本では月蝕の直後に多くのひとが犠牲となった京都アニメーション放火事件が起き、その後に経済を左右しそうな消費税や様々な格差、言論の自由や緊張する国際問題などがテーマとされた参議院選挙があり、低い投票率の中で与党が改選過半数を得ました。世界を見れば、EU離脱を控えた英国では離脱強行派のボリス・ジョンソン新首相の誕生、米国では来年の大統領選を控え、荒ぶる(?)トランプ大統領に敵対する急進左派の台頭著しい民主党の候補者選びは混戦状態。メディアにはフェイクニュース(国際的に著名な大手メディアでも確認)が溢れ、突き進むポリティカルコレクトネスの中で今や31種類を数えるジェンダー区別は混乱と軋轢と不信感を呼ぶ中、再び起きた銃乱射事件。そして米中の貿易戦争にイラン核合意をめぐる問題、行く先の見えないまま続く香港の抗議運動、日本の輸出管理強化に対しエスカレートする韓国の反日運動、竹島をめぐる中国とロシアの不審な動き、日本の原油タンカーが行き来するオマーン海峡の警備問題、そして先行きに?マークが付く世界経済など、挙げればキリがないほど様々な事象・事件の数々。そのどれもが何か大きな時代のシフトを予告している感があるけれど、実際には日々の生活の中でどんどん感覚が麻痺していくような気がします。

でもそれは、いろいろ深刻な問題が起きているとはいえ、そして個人の人生では大変な思いをしているひとが沢山いるとはいえ… 今この瞬間に起きている海外の “修羅” と比較すれば、まだわたし達の暮らす場が一見して平穏で、どこか当然のように『変わりない明日が来るだろう』と思える状態にあるからかもしれません(主に米国の社会的なトピックを日々追っていると本当にそう感じられてきます)。今、世界全体を覆う雰囲気にはとりあえず「○○○を破壊する/破壊される」という方向性がセットされている気がするけれど... (○○○には各領域/各集団独自のターゲットが入るとして)。


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  わたし自身は今の日本全体を総括して見る目など持ちあわせません。ただ、世界全体の動向と無縁ではいられない以上、わたし達が暮らす環境もきっと大きく変化していくでしょう。それが良いか悪いかは別としても、ダムが決壊するときはあっという間。そしてその決壊はずいぶん前から… 誰も気に留めないような微細なクラックから始まっていきます。それはもう起きているのかもしれません。

もしそのことに気付くひとがいるとしたら、それはきっと日々の生活の中にふと感じる微妙な違和感の中で...。 2020年以降に予測されている「途方もない社会変化」(メリマンさん談)の中で、今まで日本人が享受してきた良くも悪くも『生きることにまつわる伝統的な美意識』が根こそぎに崩れていくのかどうか? もしかして、やがてはミラーワールドの住人としてデジタルな「わたし」という双子とともに、当然のように生きていく — そんな未来へと踏み出していくのか? それを決めるのは、今現在のわたし達自身なのだと思います。

  と、なんとなく日蝕〜月蝕期をふり返って感じたことから書き始めたけれど。じゃ、8月の新月期は?というと... 「個の創造性」を謳いあげる獅子座の第1ディーカンに入り、創造性をめいっぱい楽しめる部分がひとつ。それと同時に、とても社会的な側面 — 個人的な内面と社会とのせめぎ合いの中で、それでも自分の道を歩もうと頑張りながら、自分が自分であることの強さと脆さの両方を味わっていく… そんな側面が示唆されているように感じられます。


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  今月は太陽が火星に少しずつ近付いていく行程にあって、火星とのコンジャンクションで起きる次の新月(8月30日)後の9月2日が太陽・火星の正確なコンジャンクション。そしてまもなく水星がそれに追い付きます。また土星とSノードのコンジャンクション/パラレルも逆行運動のせいで9月末まで続きます。過去をふり返り、確かめながら、来たるべき変化 — 冥王星との会合に備えようと欲する土星。一方、木星もまたこのところ逆行運動によってグレートアトラクターの強大な引力を受け続けながら大衆を極化させつつ「普通でないこと」を誇大に表現したり面白がったりして期待を膨らませ、9月22日の最後の海王星とのスクエアに備えています。 そんなわけで、気象も人間の心理もなかなか落ち着きそうにないし、ときにはひとびと(または誰か)の怒りのパワーが爆発することもあるでしょう。... さて、わたし達は自分が選択したはずの道を、ときには微細な修正をかけながら... それでも揺るぎなく進んでいけるかな? 

  というわけで、今月もなかなかにダイナミックな盛夏となりそうです。そんな中、ほっと落ち着いてひとり「呼吸し続ける体そのもの」を感じる時間ってとても大事。だから頑張るとき、楽しむとき、そして心身ともに休んで栄養補給するとき。出来る限りその3つのバランスを取りながら、ときに立ち止まって「自分らしさ」とは何か?を感じていけたらどんなにいいだろう..(それはたぶん幸せとか不幸とかの判断を超えて、何故ここに生まれ、何故今ここを生きようと決めてきたのか?を深く問うことに繋がっているかもしれません)。

二度と訪れることのない、大切なセットアップの夏。忙しいひとも多いと思うけど、そんな中でも自分が今生きていることが本当にどれほど大きな意味を持つことか。結局は「無」と「有」の狭間にいる今の「わたし」の掛け値ない在りようから全てが始まっていることを、もう一度噛みしめてみる。深い自然のただ中で。あるいは街の雑踏の中で。華やかに散っていく花火の下で、または深夜ひっそりと沈む自室の闇に目を閉じて。... 今年の夏、もしそんなひとときを持てたなら、それはとても素敵なことだと思います。


Helix



おっと前置きが長くなりました。では、サビアン・シンボルにいってみますね。



★8月新月のサビアン・シンボル★


新月のベースとなるシンボル:
獅子座8°『ボリシェヴィキのプロパガンダ要員』


  これはかなり政治的な意味合いを持つシンボルなので、日本ではすでに参院選の最中から発効していたテーマかもしれませんね。そしてこの度数も、わたし達は今までのルネーションで何回か経験してきています。なので昔から読んでくれているひとは覚えているかも。おそらく繰り返しにはなるけれど、今はまたその中から新たな発見があるかもしれません。

  ではここで、まず獅子座の原型から見てみましょう。 獅子座は「わたし」を行動で表すサイン。その「わたし」は、牡羊座でひとつの「意識」として生まれ、牡牛座では「物質」と「生命」を発見し、双子座で「知的好奇心」と「二面性」を獲得し、蟹座を通じて「精神的子宮の中から外界へ向かい殻を破るためのプレッシャーと意志」を得ました。だから次の獅子座で言う「わたし」とは、いまだ無垢なエゴが意志を持った状態。そして外側の世界 — 人間関係や社会などのプレッシャーを受けて矯正されていく以前の、もって生まれた「自分」、また血の繋がりや輪廻によって受け継がれた一種の「才能」を発揮していく状態でもあります。 


LionHeart


  意志を持ったエゴは果敢に自分を表現していきますが、しっかりとした防御には気が回りません。まだ自分しか目に入っていないのです。だから自分の力を大いに感じ、自分の考えが正しいと思ったときは、世界の中心に立ってドラマティックにアピールします。この力を一番うまく使えるのは、本当に無垢で純粋な「わたし」をおおらかに表現するとき。そこに余計な計算や複雑に錯綜した欲など入る隙はありません。そこにある欲をたとえるなら、世界の中心から宇宙に向かって「我ここにあり!我を見よ!」と叫ぶ、そんな感じかもしれません。そしてそういうときの獅子座には、人々のこころを魅了してやまない独特の華やかさがあります。まるで太陽のように、生命の源が若々しく燃えている... そんな感じかもしれません。

けれどこのドラマティックなアピール力は、物事が自分にとって不利な状況になってきたとき、自己のサバイバルのために使われることもあります。自分の状況が有利になるように表面を取り繕ったり、無理にでも「自分はそんな人間じゃない」と装いながらあくまで輪の中心に居続けたり、周囲の愛や賞賛を得ようとするときです。またその力は小さなプライドを護るためにも使われます。アストロロジャーで幼時のトラウマに関する研究家でもあったアリス・ミラーは『獅子座の子供が抑圧されたりシビアな家庭環境にあるときは、自分の身を護るために周囲から期待された役割を上手に「演じる能力」が発達するケースが多い』と報告しています。 こうして獅子座の精神は、世界の中心に自分自身を置いて果敢に闘いながら、その都度結果と直面し、それによって否応なく成長していくことになります。

今回のサビアン・シンボルのテーマは、獅子座が本質的な挑戦として抱えている「手つかずのエゴ」に関わるもの。それは、この光も影も色濃く射す盛夏のエネルギーをどう受けて立ち、どうクリエィティブに使っていくのか? という挑戦なのかもしれません。 獅子座はその華やかなオーラから「王者のサイン」と呼ばれています。けれど生まれながらの王者は、自らのエゴの扱いとその結果に大きな責任を負う者でもあります。


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  ではそんな王者のサインの8°に顕れた『ボリシェヴィキのプロパガンダ要員』とは? ボリシェヴィキとはロシア社会民主労働党が分裂して形成された左派の一派で、レーニンが率いていた政治集団のことです。「暴力革命」を主張し、徹底した中央集権による組織統制をしいていました(wikipedia)。『プロレタリアの敵に死を!』と謳う彼らは、1917年の十月革命(ボリシェヴィキ革命)からロシア内戦を経て、1922年には史上初の共産主義国家『ソビエト連邦』を誕生させました。そしてそんな彼らの後身が『ソビエト連邦共産党』となったわけです。こうした動きは、このシンボルが降ろされた1925年の米国ではかなり異質の脅威と受け止められていたのではないでしょうか?

こうした極左革命派のプロパガンダ要員がどんな感じであったかは、現代の日本に生きるわたし達にはなかなか想像がつきません。けれど『平和!パン!土地!』というスローガンの下で繰り広げられたボリシェヴィキの宣伝活動は、貧困にあえぐ多くの若者達にとって、きっと魅力的に映ったのではないかと思います。このスローガンを、他の党派は「絶対に守れない約束だ」として非難したそうです。けれど、その非難の内容は経済理論や政治哲学なども絡みあって大衆が理解するには難しく、結局はこの魅力的なスローガンひとつの力によって、非常に多くの支持を得たという話が伝わっています。まさにパワーワードだったのですね。


Lenin


  ただし wikipedia によれば、実際彼らの活動資金は民衆によって支えられていたわけではなく、米国ニューヨークのアメリカン・インターナショナル・コーポレーションから提供されたものだったそうです。出資者はジョン・モルガン、ロックフェラー、ジェームズ・スティルマンなど、米・英の裕福な銀行家達で、この革命は彼らからの巨額の投資による資金力で成功したのだと言われています。このあたりの話を読むと、非常に複雑な歴史の裏側を見る思いがします(ここからまた様々なパターンの「陰謀論」にも繋がっていくようですが…ただ米国のwikipediaにはこれに関する記述は今のところ見当たりません。またドイツの資金が使われたという説もあります)。

もともと「ボリシェヴィキ」とは「多数派/majority」という意味です。とはいっても、大衆の中から多数派として立ち上がったわけではなく、政治上重要な人事と要職を一手に握ったので「多数派」と名乗ったのだそうです。そしてその実態は、ひと握りのエリート達が全ての政策を決定し、下に向かっては厳しい統制を敷くものでした。多くの人々に伝播させるためのメッセージは、まず内部で念入りにアイデアを練り、形にするところから始まります。ボリシェヴィキを構成していた大多数の人々は、党の中枢部を占めるたった数人の思想によって動かされ、その導きに従って懸命に宣伝・勧誘に努めていたことになります。おそらく、上層部のスローガンを信じ切って働いた年若いプロパガンダ要員達は、大いなる情熱をこめて革命の理想と美しい未来を説いてまわったのではないでしょうか? それを後から見るかぎり、一種のカルト宗教にも似た情動があったのではないかと思えます。


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        このエネルギーが示唆しているのは、誰かが声高に何か(大抵の場合、現状への批判や否定とそれに代わるべき夢)を訴えかける → それに刺激されて気持ちが盛り上がり → 『そうだ!そのとおりだー!』の大合唱が起きる → 全体に昂揚した気分の下でいつのまにか物事の流れが決まっていく…という表面のストーリーがひとつ。 そして同時にその水面下では、限られた人々によって周到に準備され計画された筋書きが存在し、それを演じる演者によって実はその筋書きどおりに物事が進行していく…という、裏のストーリーがひとつ。賛同するにせよ、反対するにせよ、それらもまた念入りなシミュレーションに基づく計算された物語の一部かもしれないこと。そして知力と資金力という、今の世界に君臨するために必要とされる、赤裸々な道具の存在です。

ともに手を携え、平等に分かち合う — そんなイメージで語られることの多い共産主義だけれど、実際のボリシェヴィキはひと握りのスター政治家や弁士達のものであり、ロシア~ソビエト連邦の 「エゴの中枢」として、自分達とは相容れない者達を情け容赦なく弾圧し粛清していったという事実。その奥底には資本主義となんら変わるところのない非情な権力欲と富への欲望が存在したのかもしれません。また、こうした流れは歴史という大きなサイクルの中にあって、過去に自分達が受けてきた「抑圧」と同じパターンを新たに繰り返す姿を描いているとも言えそうです。


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  この度数の補完作用を示す対向度数は水瓶座8°『イブニングドレスで着飾ったロウ人形』です。ロウ人形と聞くと、今のわたし達は観光地のロウ人形館で見るような有名人のフィギュアを想像するけれど、このシンボルではいわゆる「マネキン人形」を指していると考えられます。サビアン・シンボルが降ろされた1925年の米国では、デパートや大手衣料店のウィンドウを飾るマネキンは皆ロウ人形だったからです。最新流行のヘアスタイルに結い上げ、豪華なイブニングドレスをまとったロウ製のマネキン達は、きっと道往くひとびとの注意を惹いたことでしょう。当時の女性達は憧れの眼差しでウィンドウを見つめたかもしれません。『あぁ、あんな素敵なドレスを一度でい